IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第39話「あの星空の様に…」

夏の日差しがギラギラと照らしつけるIS学園正面ゲート前。

俺達7人はそれぞれ大きなの鞄を手に持って、ゲート前で山田先生が車を回してきてくれるまで、それぞれ雑談をしながら暇を潰していた。暑い日差しに晒されながらも、雑談をしている皆の表情はまるで童心に返ったのような無邪気で明るい物だった。

 

皆、数日前からもうはしゃいでたからな。かく言う俺もそうなんだが…。

 

「良い天気だね~」

「んー…」

「だな」

 

のほほんさんとミコトに釣られて俺も空を見上げる。雲一つない青空だ。まさにお出掛け日和と言えるだろう。

しかも、今日は待ちに待った皆でキャンプに行く日だ。天気に恵まれて本当に良かった。―――と、そんな時、俺達の前に一台のワゴン車がキキィーッ!とブレーキ音を響かせて止まる。

 

「皆さーん、お待たせしましたー!準備は出来てますか?あ、荷物はトランクの中に仕舞って下さいね?」

 

IS学園が所有している遠征用のワゴン車から降りてきたのは山田先生だった。本当に車の免許持ってたんだなこの人…。

いや、山田先生本人が現地まで自分が来るまで乗せていきますって行ってたから免許を持ってるのは知ってはいたのだけれども。普段が普段だけに……事故らないよね?すっごく心配なんですけど?

 

「すいません、山田先生。私達は夏休みでも先生はお忙しいのにわざわざ付き合っていただて……」

「良いんですよ篠ノ之さん。これも先生の務めですから♪」

 

申し訳なさげにしている箒に山田先生はそう言って微笑んだ。…うん、まあ、普段は抜けたところが目立つけど本当に良い先生なんだよなぁ。千冬姉とは違うタイプの優しいお姉さん的な人だ。―――と、そんな事を考えてるうちに、みんな荷物を積み終えてしまったようだ。山田先生もそれを確認するとトランクのドアを走行中に開いてしまわない様にしっかりと閉じる。

 

「―――これでよし。荷物も積み終わりましたし、出発しちゃいましょう」

「おー♪待ちに待ったキャンプに出発だー♪」

「おー♪」

「こらこら二人とも、出発する前からそんなはしゃいでいては到着する前にくたびれてしまいますわよ?」

「向こうは涼しいといいわね」

「お前はまたそれか…。都会とは違ってコンクリートなどが無いから涼しいとは思うぞ?」

「サバイバルは現地調達が基本だ。蛙や蛇もなかなかにイケるぞ?」

「お願いだからやめて。ちゃんと食料は用意してるから……」

 

………。

 

わいわいと騒ぎながら皆が車へと乗り込んでいくのを、最後尾で眺めながら俺は笑みを浮かべていた。

此処最近、大きなトラブルは無い。この間、買い物に出掛けていたミコト達が強盗事件に巻き込まれたらしいがそれ以外に別に大したことは―――って、強盗事件の遭遇も大したことだよな。IS学園に入学してから事件続きでどうも感覚が狂ってしまってるみたいだ。

けど、それだけ命懸けの戦闘が多かった。俺達はISに乗ってるとは言ってもそれを除けば世間では戦いとは無縁な学生の筈なのに…。だからこそ、今と言うこの何気ない日常が、友達と笑い合えるこの時が、とても愛おしかった。

 

楽しいキャンプになるといいな…。

 

「織斑く~ん。何をしてるんですか~?出発しますから乗ってくださ~い」

「―――あ、はい!すいません、すぐ乗ります!」

 

物思いに耽っている所を山田先生に声を掛けられて、俺だけ車に乗らずポツンと突っ立っていることに気付くと、慌てて俺も車に乗り込む。

 

「はい、皆さん乗りましたね。シートベルトはちゃんと締めて下さいね?危ないですから」

 

俺が乗り込むと同時に扉のロックが掛かり、車内にブロロンッとエンジン音が鳴り響き、エンジンの規則正しい振動が車体を静かに揺らし始める。

 

「では、出発しますね~」

「れっつご~♪」

「ご~♪」

 

ハイテンションなミコトとのほほんさんの掛け声を合図に、エンジン音を一際大きく響かせて車はキャンプ場を目指して発進した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第39話「あの星空の様に…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑一夏

 

 

3時間程掛けて、俺達はIS学園が所有している演習場に到着。

流石IS学園と言ったところか、無駄にスケールがデカかった。俺達の前にあるのは一面に広がる森林と山々。そして―――。

 

「でっけぇ~……」

 

その広大に広がる森林を囲う様に存在する高さ10m以上はあると思われる『KEEP OUT』『立入禁止』と文字が書かれた巨大な侵入防止用の塀。それが端が見えないまでに続いているその光景はまるで万里の長城を連想させるほど圧巻である。

 

デカイ。とにかくデカイ。見上げてると首が痛くなるくらいにデカイ…。

 

―――ああ、先程の『一面に広がる森林と山々』と言うのは訂正しよう。正確には『一面に広がっていると思われる森林と山々』だ。実際はこんなに高い塀があるために中は確認できない。 

何故、俺がそんな曖昧な事を思ったのか。それは、カーナビの画面が緑一色に染まっていた事からそう推測した訳だ。まあ、俺の予想はたぶん当たってると思うけど…。

何せISの演習に使う場所だ。狭ければ演習なんて出来やしないだろう……広すぎるけどな!?

 

「演習用に使われてる場所らしいからね。流石に一般人が侵入出来る様なザルな警備はしてないよ。危ないし」

「確かにそうだけどさ…」

 

隣で一緒に見上げていたシャルロットがそう言うが、物には限度と言う物があると思うんだよね俺…。

そう呆れていると、突然、閉ざされていたゲートがゴゴゴゴ…ッ!と重い金属音を響かせて開門を始め、遅れて監視員室の所へ行っていた山田先生が俺達が居る車へと戻って来る。

 

「皆さーん!車に乗って下さーい!中に移動しますよー!」

『はーい!』

 

目的地のキャンプ場は更にこの奥らしい。そこまでまた車での移動か…。

内部を車で移動しなければならない距離って…何処まで広いんだろう?そんな事を考えながら車で移動すること10分。漸く俺達は目的地のキャンプ場へ到着した。

キャンプ場の目の前には川が流れていて水を汲むには便利、地形も平らでテントを張るには丁度良い、正にキャンプに最適な場所と言えるだろう。

 

「よ~し!遊ぶぞ~!」

「お~」

 

ガシッ!

 

「「あうっ」」

「まあ待て」

 

さっそく遊びに出ようとするミコトとのほほんさんの首根っこを掴んで阻止。遊びたい気持ちが一杯でウズウズしてるのはよく分かるが先にする事があるだろ?

俺は車のトランクから先程施設から借りてきたテント一式を取り出すと二人の目の前に置く。

 

「先にテントを張ってからだ。暗くなってからじゃ手間取るだろ?」

「あ~う~…」

 

呻いても駄目。テント張るの結構面倒なんだぞ?

何せ8人分だ。二人用のテントを使っても4つ、俺は勿論一人用のテントを使うから合計5つ。それら全てを張るのは相当時間が掛かるだろうから皆で分担して張った方が早く終わる。そうすれば遊べる時間も多くなるのでそちらの方が利口な選択だろう。

 

「こういう作業もキャンプの醍醐味って奴だよ。大人しく組み立てるの手伝いなさい。一人でテント張るの難しいんだから―――ほら、そっち持つ」

「ぶぅ~…」

「ミコトは私と一緒に組み立てよう。何、テントを張るのは訓練で慣れているから直ぐに終わる。そうしたら遊べるさ」

「ん」

 

シャルロットにそう言われ、しぶしぶ組立作業を手伝うのほほんさんであった。けれど、ミコトの方はのほほんさんとは違って寧ろ積極的に参加してラウラの手伝いをしていた。たぶん始めての体験なためか、好奇心旺盛なミコトにはこんな面倒な作業でさえ楽しい経験なのかもしれない。

で、他の皆もテントを組み立てる作業を始めて、辺りにカンカンと杭の打つ音が鳴り始めた訳なのだが。それとは別に騒がしい声が…。

 

「鈴さん!それはそっちではありませんわ!―――ああもうっ!だからそうではなくて!」

「うるさいわねぇ!これはこうでいいんだってば!」

 

……さて、俺も自分の分のテントを組み立てるかな。

わざわざ渦中に飛ぶ込む程愚かでは無いので敢えてスルーして、俺も自分用のテントを組み立てる作業を始める。てか、なんであの凸凹コンビを組ませた。互いに自己主張が激しいからこうなることは目に見えてただろ。あ~あ、あんなにシートを引っぱり合って…。借りものなんだから破る様な事はしないでくれよ?

 

「しかしこういうのは中学生の林間学校以来か……」

 

うちの家庭は何処かに出掛けたりなんてことはしなかったしな。

両親も居ない家族団欒とは無縁の家庭だ。けれど、それを不満に思った事は一度も無い。両親が蒸発して、まだ中学生だった千冬姉が女手一つで俺を育ててくれた。どれだけ千冬姉が苦労してきたのか、それを知っている俺には不満なんて抱ける筈が無かった。

 

「……一夏?どうかしたのか?」

「あ、ああ、いや、なんでもない。あは、あははは!」

「………なら良いが」

 

手が止まっている俺を不思議に思ってか、箒が心配そうな表情を浮かべて俺に声を掛けてくる。内容が内容だったので流石に話す訳にもいかず適当に誤魔化しはしたが、箒は納得はいっていない様子。……いかんいかん。折角のキャンプなのに暗い事考えてちゃいけないよな。周りに気を遣わせてしまうじゃないか。

 

「そう言う箒はもう出来たのか?テント」

「ああ、山田先生と一緒だったからな。流石慣れている事だけはある、直ぐに終わった。……あそこで騒いでいるのは当分先そうだが」

 

未だにポールを通す作業すら終えていないセシリアと鈴のペアを見て箒は呆れて溜息を零す。

まったくアイツ等は…。ミコトだって悪戦苦闘しながら頑張ってテントを組み立ててるって言うのに…。

 

「んしょ…んしょ…」

「上手いぞミコト。空気で膨らませる様な感じで……そう、その調子だ」

 

慣れない手つきで作業をこなすミコトを、ラウラが一つ一つ丁寧に教えてテントを組み立てている。

髪を色素が似ている事もあってかあってか、まるで歳の近い姉妹が協力し合ってテントを張っている光景に見えてしまって、思わず微笑ましく眺めてしまう。

 

「和むなぁ」

「うむ」

 

のほほんとする俺に箒も同意する。

これが数ヶ月前は命を狙われる側と狙う側の関係だったって言うんだから世の中何があるか分からないよな。今更そんなの蒸し返す様な事はしたくないから口には決して出さないけど。

 

「のんびりしている所悪いが、自分のテントは良いのか?」

「―――と、そう言えば忘れてた」

「まったく、他人の事言えないじゃないか」

 

いや、あっちで騒いでるのと同類にされちゃ堪らんよ?

 

「一人用のテントだし簡単に張れるって」

 

大きさも他のテントより一回り小さいし、最初からポールが組まれている簡単なタイプだから、あとはインナーテントを引っ掛けて固定しまえば終わりだ。そう時間のかかる作業じゃない。

 

「そうか…なら私はアレの仲裁に入る事にしよう。あれでは何時まで経っても終わりそうにないしな」

「おう、ガンバレ」

 

俺の激励に箒はうむと頷いて、未だに騒いでいる二人の間に割って入る。

何やら二人を宥めようとしてはいるがなかなか上手くいかず、次第に箒の表情も険しくなり最後には―――問答無用で二人の頭に拳骨を落とした。ガンッ!ととても痛そうな音が森の木々を揺らし、先程まで騒いでいた二人は頭を押さえて沈黙する。

一瞬だが、拳を振り下ろす箒の後ろ姿が千冬姉に重なって見えたのは気のせいだろうか?気のせいだといいな…。

 

「篠ノ之さんが大人になったら織斑先生みたいになるかもしれませんねぇ」

 

こっちにやって来た山田先生がそんな事を呟いた。

やめてよ山田先生。鬼神が二人になるとかおっかな過ぎる。

 

「勘弁して下さい」

「そうですか?似てると思うんですけどね。篠ノ之さんと織斑先生って……」

 

似てる、ねぇ…。

 

まあ、共通する部分はあるかもしれない。

千冬姉も箒も、昔は他人を信用出来ず、触れれば切れる様な雰囲気を放っていた。それが、千冬姉は束さんと、箒は俺と関わる様になってから少しずつそれも和らいでいって………成程、確かに似ているのかもな。

 

「………よっし!完成っと」

 

そんな話をしている内に俺もテントが完成。うむ、なかなか上手に出来たんじゃないか?

 

「はい、お疲れ様です。織斑くんはこれからどうするんです?」

「んー……皆が終わるの待ってますよ。俺だけ遊ぶのはミコトとのほほんさんに怒られそうなんで」

「うふふ、そうですか♪私はテントで休んでいますので何かあったら呼んでください。―――あ、それと山の中で遊ぶのは構いませんが、蛇や蜂には気をつけて下さいね?あと、危ない事は禁止です」

 

指を立ててめっですよ?と注意される。

 

「分かってますよ。折角のキャンプで怪我なんてしたくありませんし」

「よろしい♪釣り具とか他に道具が必要なら直ぐそこにある管理棟にいけば貸し出ししていますから遠慮なく使ってくださいね?」

「はい、わかりました」

 

伝える事を粗方伝え終わると、山田先生はテントの中へと引っ込んで行った。

ふむ、道具か…。それなら釣りもしてみたいし、皆を待っている時間つぶしに借りに行ってこようかな?あっちのほうもまだ時間が掛かりそうだし、時間的にも丁度良いだろう。

 

「んじゃ、そうするか」

 

俺はテントで休憩している山田先生に一声掛けてから管理棟へ釣り具を借りに向かうのだった。

 

 

 

 

 

「意外に遠かったな……」

 

バケツの中に入れた釣り具をがちゃがちゃと響かせ、キャンプ場へと続く道を歩きながらそうぼやく。

思いの外、管理棟まで距離があったから時間が掛かってしまった。直ぐそこって言われたから近いのかと思ったら全然そんなことなかったぜ。ちゃんとどれくらい掛かるか山田先生に聞いておけばよかったと今更後悔する。

 

「あっ!やっと戻って来たー!もー遅いよー!」

 

キャンプ場に戻って来てみれば、既に皆はテントを張り終えてしまっていた。どれだけ待たせてしまったのかは分からないが、俺に気付いたのほほんさんが待ちくたびれた様子でぶーぶーと膨れている様子からして相当待たせてしまったのかもしれん。わりと急いで帰って来たんだがなぁ…。

 

「悪い悪い、待たせちゃったか?」

「いや、此方も終わったのはつい先ほどだ。気にするな」

「そうか、なら良かっ――――ん?」

 

俺の服をくいっくいっと引っぱられる感覚に、何だ?と不思議に思い視線を落とすと、そこには俺の服を抓まんでいるミコトがそわそわした様子でこちらを見上げて立っていた。

 

「一夏。みてみて、テント。私、頑張った」

「おっ、よく出来てるじゃないか。頑張ったなミコト」

「ん♪」

 

始めてテントを張ってみて上手く出来たから誰かに褒めて貰いたい心境なのだろう。

そんな見た目相応に子供っぽくはしゃぐミコトを微笑ましく思い、がしがしと頭を撫でて褒めてやると、ミコトは目を細める満足そうににんまりと笑顔を浮かべた。

 

「? 一夏、それ何?」

 

一頻り頭を撫でられて満足したミコトは俺から一歩離れると、ふと俺の手に持っているバケツに目が止まり、気になったのか俺に訊ねてくる。

 

「ん?ああ、釣竿だよ。折角目の前に川があるんだし、釣りでもしようかなってさ」

「………おぉ~…」

 

なんか目をキラキラさせてるけど分かってないなこれは。

 

「もー!二人ともそんな事より早く行こうよー!皆、暑いからって川に行っちゃったよー?」

「うおっ!?あいつ等いつの間に!?」

 

のほほんさんに言われて皆を探すと、川の方で膝の上あたりまで水に浸かって水遊びを楽しんでいる皆の姿がそこにあった。一体、何時の間に移動したんだアイツ等。全然気付かなかったぞ。

 

「みんな、ずるい…」

 

自分は我慢したのにと、ぶぅ~と不満そうに頬を膨らませるミコト。

しかし、意外だな。ラウラがミコトをほったらかしにするなんて。いつもならずっと傍に控えてるのにな。

 

「みこちーに危険は無いか水質の検査だってー」

「さいですか…」

 

訂正。ラウラは何処までもラウラだった。

よく見てみれば一人だけ皆の輪から離れてフラスコらしき物を弄っている。お前はここに何しに来たんだ…。

 

「………うむ!」

 

キランッ!と目を光らせて満足そうに頷くラウラ。何がうむ!かは知らんが満足いく結果が出て良かったな。

 

「何してるんだお前は…」

「…む?一夏か。安心しろ、この川から危険な物質は検出されなかったぞ?」

「ああ、うん。そう…」

 

そんなドヤ顔をされてもね…。

言葉に困るから止めて欲しい。出来れば一般常識的な範囲のボケで頼む。

 

「ラウっちもこんな所で一人しゃがんでないで皆と一緒に遊ぼうー?」

「ん。ラウラ、遊ぶ」

「む、そうだな。折角の休暇を満喫しないのは時間を無駄にしているに等しい―――ところで一夏」

「ん?何だ?」

 

がさごそとフラスコやらなんやらを鞄に仕舞いながらラウラは俺が手に持っているバケツを指差す。

何だ?ラウラも釣竿を知らない―――んな訳ないか。幾らなんでもミコトじゃないんだしそれは考え辛いだろう。偶にズレた行動をとる時があるけど。

 

「それは釣り具の様だが、釣りでもするのか?」

「ああ、管理棟から借りてきた。なかなか道具が豊富だったぞ?」

 

キャンプに必要な道具から遊び道具まで、アウトドアと聞いて思い浮かぶものは全て揃えられていた。暇をした時は覗いてみるのをお勧めする。

 

「ならばもう少し上流に行ってみるといい。水深も深いし水温も低いためニジマスも多く生息しているだろうしな」

 

一体この短時間でどうやってそこまで調べたんですか…?

 

「少なくとも此処では釣れまい。……あれだけ騒がしければな」

 

ラウラは川で遊んでいる箒達の方を見る。

 

「キャハハハッ!た~のし~い♪」

「ちょっ!?鈴さん!つ、冷たいですわ!や、やめなさ―――きゃあ!?」

「ぬあっ!?おい止せ!こっちまで巻き込むな!あ、あああっ!?」

「え、えええ!?僕も!?」

 

ざぷーんっ!!

 

三つの水柱が上がる。

何時着替えたのかは知らないが水着姿の鈴に、がしりと足を掴まれて川に引き摺り込まれ全身水浸しになる箒達。それを見てニヤニヤと笑う鈴にキレた三人が鈴を捕まえようとして追いかけ回し、騒がしい水中での鬼ごっこが始まった。

 

「………だな。釣りは静かにするもんだ」

 

ラウラの言う通りアレでは騒がしくて魚も踊りて逃げてしまう。

 

「私達も水着に着替えた方が良いねー」

「ん」

「え?水着持って来てるのか?」

「もしかしたらいるかなー?ってねー。おりむー、覗いちゃ駄目だよー?」

「覗かんがな」

 

そんな命知らずな行動をとる程俺も馬鹿じゃない。

 

「んじゃ、また後でな~」

 

がちゃんとバケツを鳴らして上流の方へと歩き出す。

 

「ふふ、晩御飯に一品加わる事を期待しているぞ?」

「プレッシャーかけるなよ…」

 

背後から聞こえてくる声にひらひらを手を振って上流へと向かうのだった。

……しかし、食材は多過ぎるぐらいに持って来てるだろうにまだ足りないと言うのかあのお子様体型は。末恐ろしいな…。

 

 

 

 

ちゃぽん…。

 

「………暇だ」

 

水面に釣り糸を垂らして、川の流れと沈む気配の無い浮きをぼーっと眺めつつそうぼやく。

ゆっくりと流れる時間。その中でどれだけの時間が経過したかは分からないが、少しも釣れる気配がない。持って来たバケツには当然魚は一匹もおらず、本当に魚が居るのか疑いたくなるくらいだ。

 

「まあ、そう簡単に釣れるとは思ってはいなかったけどさ」

 

まさかここまで釣れないとは思いもしなかった。流石に収穫は0というのは避けたいが、このままだとその可能性も有り得るな。

とはいっても、所詮は釣りは運。焦ったところで釣れない時は釣れないのだが…。

 

「ふわぁ~………」

 

あまりの退屈さに欠伸をすると、目を閉じて周囲の音に耳を傾ける。

時折そよぐ風に揺れる木の枝、彼方此方から響く蝉の鳴き声、遠くから聞こえてくる箒達の騒ぐ声。そして、ぺたぺたと背後から此方に近づく謎の音…………ん?

 

ぺたぺた…?

 

聞き覚えがあるような無いような…。

 

「……何だ?」

 

音が気になって振り返る。

そして、振り返った先、そこに立っていたのは―――。

 

「ん?」

 

大きな目、大きなくちばし、大きなお腹をした巨大なペンギン………ってまたか。

最早見慣れたそれに俺は溜息を溢す。こう何度も見せられたらいい加減慣れてくるぞ。まったく…。

 

「はぁ……またその水着?か。ミコト」

「? ん」

 

ペンギン―――いや、ミコトが頷く。

まさか川でもそのペンギンに遭遇するとは思わなんだ。川に出没するペンギン……シュールである。ん?アザラシも出没する近年、珍しくも無い、か?

 

「まあいいや。それでどうしたんだ?皆と川で遊んでるんじゃなかったのか?」

「ん。釣り、してるところ見てみたかった、から」

「そうか。だけど残念なことに一匹も釣れてないんだよ。悪いな」

 

ミコトに見せたバケツの中身はスッカラカンで、現在の収穫状況をこれ以上に無い程分かりやすく示してくれていた。

 

「釣りって、難しいん、だね」

「いや、俺が下手なだけってのもあるけどな」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

実際、釣りをしたのなんて人生で片手で数えられる程度だし、釣りの腕前なんて素人以前のレベルだろう。

 

「そう、なんだ」

「釣りなんてする暇なかったからなぁ」

「……どうして?」

「遊んでる余裕なんて無かったからさ。両親に捨てられて――――いや、止めよう。こんな話」

「聞かせて」

 

俺の隣に腰を下ろし、ミコトは俺に話の続きを求めてくる。決して楽しい話ではないと分かりきっていると言うのに、純真無垢な瞳はじっと俺を見つめて、俺の口から話の続きを語られるのを待っていた…。

 

「はぁ……つまらないぞ?それに聞いていて気持ちいい話じゃない。それでも聞きたいのか?」

「ん。知りたい、一夏の事」

 

返って来たのはやはり予想通りの答え。ミコトの一度言い出した事は決して曲げないのは分かっていた事だが困ったもんだ。そんな言い方されちゃあ断れないじゃないか。

仕方がない。どうせ魚も釣れなくて暇なんだ。此処はミコトのご要望にお応えして、昔話でもして暇を潰すとしよう。

 

「さっきも言ったけどさ。両親に捨てられたんだよ、俺と千冬姉は」

「何で?」

 

何で…ね。寧ろこっちがお聞かせ願いたいくらいなんだが。

まあ、その両親の顔も俺は思い出せないんだがね。今更ひょうひょうと出て来られても両親として認識するのはまず無理だろうな。

 

「さてな、こればかりは捨てた本人に訊いてみないと分からないよ」

「………」

 

俺の話を聞いてミコトは黙りこくってしまう。顔には困惑の表情を浮かべて…。

…理解出来ないって様子だな。お母さんが大好きなミコトには無理もないか。

 

「それからは千冬姉が女手一つで俺を育ててくれた訳だ。当時、千冬姉は中学生で碌な仕事もないそんな中で必死に働いて、俺を守ってくれて、どれだけ大変だったんだろうな。想像も出来ないよ」

「………強いね。千冬」

「ああ、自慢の姉さんだ」

 

俺の憧れであり、目標だ。

 

「いつかは守られる側じゃなくて護る側になりたいな」

「なれる。一夏の盾は、そのためにあるから。きっと、この子もその想いに応えてくれる。ううん、応えてくれた」

 

そう言ってミコトは待機状態の白式をまるで褒めるかのように優しく撫でる。

 

「応えてくれた……か」

 

本来、ISは機体の特性や操縦者の癖や戦い方も合わせて成長するとされている。

しかし、第二形態移行の結果発現したのは、一撃必殺の威力を誇る最強の矛≪零落白夜≫とは全くの真逆の性質を持つ絶対的な防御力、防衛力を誇る最強の盾≪雪華≫だった。この結果に至るデータを蓄積する戦い方なんて俺はした覚えは無い。つまり、ミコトの言う通り白式が俺の求めに応えてくれたと言う事なのか…?

 

「そう…かもな」

「ん」

 

今ではもうあまり覚えてはいないけど、確かにあの時、そんな事を言われた様な気がする。

 

「……っと、話が逸れたな。んで、中学に入ってから俺も少しでも家計を支えようと思ってさバイトを始めたんだ。その所為で遊びに出掛ける事なんて鈴達と駅前とかで遊ぶ事くらいしかしてないんだよ」

 

結局、ISの登場でお金の問題は既に解決済みだったみたいだけどな。

 

「そうなんだ…」

「ああ、だから今の生活にはある意味満足してるよ。今もこうして皆と遠くに遊びにいけるしな!……これで事件とかなければ尚良いんだけど」

「ん。同意」

 

はは、同意か。そうか…。

 

「ミコトは今の生活が楽しいか?」

「ん。すごく楽しい。一夏がいる。箒がいる。本音がいる。セシリアがいる。鈴がいる。シャルロットがいる。ラウラがいる。皆がいる。だから楽しい」

「……そうか。良かったな」

「ん!」

 

ニコリと笑って元気良くミコトは頷く。今の気持ちを包み隠さず表現するかの様に。

 

「ずっと、ずっと一緒に居たい、な……」

「ミコト…」

 

空を見上げてそう微笑むミコトの横顔を俺は見て不安でたまらなくなる。その笑顔は何処か儚くて、今にもガラスの様に音をたてて崩れてしまいそうで…。

 

「ん?」

「…いや、何でもない」

 

俺の視線に気付いたミコトが不思議そうにこちらを見てくると、俺はミコトから視線を逸らして川にプカプカと浮かぶ、浮きへと視線を向ける。

 

……ずっと一緒に居たい、か…。

 

そのままの意味、そのままの意味の筈なのに。その言葉には深い無いかが……計り知れない重みがあった。

 

「一夏」

「っ!? な、なんだ?」

 

ミコトの言葉が気になって考え込んでいるところに突然声をかけられて身体をビクリとさせてしまう。けれど、ミコトはそんな事は気にした様子もなく、川に向かって人差し指を指した。

 

「プカプカしてるの、沈んだ」

「へ?―――うおっ!?引いてる!?」

 

気付けば、竿の胴が大きくしなっていた。

俺は慌てて竿を引き上げようとする。けれど、水中の魚も負けじと激しく暴れ、釣り糸が水を切り裂くをようにして水面を走り回り、引き上げるどころかその強い力で逆にこっちが釣竿を持って行かれてしまいそうだ。

 

こいつ……でかい!

 

「くっ…このぉ!」

 

踏ん張り持って行かせてなるものかと堪えると、強引にリールを巻いて行く。

 

「んぎぎぎぎ…っ!」

「がんばれ、がんばれ」

 

ミコトの声援を背景に、俺と魚との戦いも終わりに近づいてきた。リールを巻くに連れて魚との距離が次第に近づき。そして―――。

 

「おりゃあああああ!」

「おー」

 

ばしゃんっ!と水飛沫を上げ、奮闘の末ついに魚が水の外へと釣り上げられた。

 

「ニジマス釣ったぞおおおおおおお!」

「おー!」

 

釣った魚を掲げて訳の分からないテンションに身を任せて叫ぶ俺とミコト。その様子はどこぞのバラエティ番組の芸人が魚を釣って叫んでいるワンシーンのようだ。

 

「よし!この調子でじゃんじゃん釣るぞ!」

「ん。頑張る、一夏――――ぁ」

 

どぽーんっ!

 

ずるりと岩場から足を滑らせてミコトが川に落ちた。

 

「ミ、ミコトーーーっ!?」

 

慌てて岩場からミコトが落ちた川を覗きこんでミコトの名を叫ぶ。

すると、安全装置でも働いたのか、何時ぞや見たあの風船のようにお腹を大きく膨らませて、仰向けの状態でミコトは浮上してくる。幸いなことに怪我は無いようだ。しかし―――。

 

「おー…?」

 

此処は川。当然、水面に浮かんでいれば流されてしまう訳で、ミコトもその例外では無く。どんぶらこどんぶらこと下流へと向けて流されていく……

 

「またかああああ!?」

「……おぉ~♪」

 

 

 

 

「流石にみこちーが上流から流れてきた時は心臓が止まるかと思ったよ。いやホント。桃太郎か!ってツッコむ余裕すら無いよ。笑いを誘うどころか悲鳴を誘ったよ」

 

そう真顔で普段の間伸びした声で無くのほほんさんは言う。その場の光景が容易に想像できるな…。

空もすっかり茜色に染りキャンプ場に戻って来ると、皆からミコトが流されてしまったあの後どうなったのか話を訊いていた。ちなみに、俺の方はあの後何故か大量で皆に一匹ずつの量を釣る事が出来た。

 

「ていうか、何で助けなかったのさー!?」

「本当だよ。なにやってるのさ一夏」

「いや、ミコトが楽しそうだったからつい…」

 

流されながら笑いながら此方に手を振って来る様を見せられたら助けようなんて考えが吹っ飛んじまったのだ。

まあ、釣り場に行く際に川沿いに移動してたから滝とかも無い穏やかな川なのは確認済みだし、流れた先には皆がいるから大丈夫だろうと判断して放置したのだが。実際、流れてきたミコトは満足そうな表情を浮かべていたそうな。

 

「驚かされるこっちの身にもなってみろー!」

 

んがー!と怒るのほほんさん。

 

「HAHAHAHA!いやー、すまんすまん」

「反省してるようには見えませんわよ?い・ち・か・さ・ん?」

「すいませんでした!」

 

ゴゴゴゴゴ…ッ!と物凄い気迫に圧され、石の上だというのにも構わずにその場で土下座する。マジで怖いセシリアママ…。

 

「まったくもう……」

「ま、まぁまぁ、オルコットさんもその辺にして、もう陽も傾いて来ていますし、そろそろ夕食の準備をしないと…」

 

山田先生が見るに見かねて止めに入って来てくれる。おおう、流石は山田先生だ。IS学園の良心やで…。

 

「そうだね。山田先生の言う通り明るいうちに食材を切り分けとかないと」

 

家に居る時とは違い、此処には光を照らす灯りが無い。

刃物を使う作業は明るいうちに済ませておかないと後々まずい事になる。懐中電灯の心許無い光に照らされて刃物を使うのは少し勇気がいるし、懐中電灯を持つ役と刃物を使う役とで二人以上での作業になるので手間が掛かる。

 

「良いか、セシリア。切るだけの簡単な作業だ。もう一度言うぞ?切るだけだ。それ以外の事はするなよ?絶対だぞ?」

「あの、箒さん?なんでそんなに念を押すんですの?」

「こんな所で集団食中毒は洒落にならないからな。焼くだけのバーベキューとは言え、念の為だ」

「あ、あなたねぇ…!」

 

プルプルと怒りで身体を震わせるセシリアだったが、実際にそれを食しているみんなは視線を逸らして誰もフォローには入ろうとはせず、山田先生とラウラもセシリアの料理は話に聞いていたため我関せずを貫いていた。唯一の味方のミコトとのほほんさんは、俺が釣って来たバケツの中で泳ぐ魚に御執心なので援護射撃は無いと見ていいだろう。

うん。見た目は美味しそうなんだよ、見た目はな。それが余計に質が悪いんだけど…。

 

「い、良いでしょう!そこまで言うのならわたくしが料理が出来ると言う事を証明して差し上げますわ!」

 

おいやめろ。キャンプ前日に鈴と箒の三人でどうやったらセシリアに料理をさせないで済むか話し合ったのが無駄になる。本当ならバーベキューの具材は今の半分くらいで、カレーが一品に加わっていた筈なんだぞ?

 

「バーベキューだって言ってんだろ!?切って刺して焼くだけだから!それだけだから!」

 

独創的なアレンジをさせないために調味料も塩と胡椒ぐらいしか持って来てないんだぞ!?何をどうするつもりなんだよ!?

 

「セシリアならそこらへんの草とかキノコとか引っこ抜いてきて使いそうだから怖いわね」

「………」

「いや、そこで黙らないでよ…」

 

視線を逸らして黙ってしまうセシリアに、冗談半分のつもりで言った鈴の方が顔を青くなってしまう。素人がキノコ狩りをしてはいけません。マジで死にますから勘弁して下さい。

 

「……やはり私達だけで支度をしよう。セシリアはコンロに火でも熾しておいてくれ」

「く、屈辱ですわ…」

 

ガクリと打ちひしがれる。俺はそんなセシリアの肩にぽんと手を置く。

 

「一夏さん…」

 

セシリアが涙目でこちらを見上げてくる。そんなセシリアに俺は微笑むと―――。

 

「はい、チャッカマン」

 

―――そっとチャッカマンを差し出した。

着火剤に火を付けるだけの簡単なお仕事です。

 

「あんまりですわ!?」

 

ガビーンと悲鳴を上げるセシリア。いや、火の番もキャンプでは大事や役割だぞ?それにセシリアのプライドを捨てる事で俺達の命が助かるのなら安いもんだよ。

 

「ほらほら、遊んでないで支度しよ?暗くなっちゃう」

「そうですよー?暗いと手元が危ないんですから、まだ明るいうちにやっちゃいましょう!」

「では、私は一夏が釣った魚の内臓を取り出して竹串を刺しておこう。こればかりは慣れてる奴がやらなければな」

 

くるりとナイフを指で回転させながらラウラは言う。軍とかでキャンプとか慣れてそうだもんな。

 

「んじゃ、ミコトとのほほんさんは食器の用意をしといてくれ。残りは切る係な」

「ん」

「りょうか~い♪」

 

皆それぞれ準備を始める。けれど、準備に取り掛からずにその場に膝をついている人物が一人…。言わずもがなセシリアである。

 

「う゛ぅ~……」

「お前は何時まで落ち込んでるんだよ…」

 

 

 

 

 

そんなこんなで陽が暮れて、辺りはすっかり暗くなり空に星が瞬き始めた頃。キャンプ場には小さな煙が立ち上り、辺りにはジュージュと肉の焼ける音と、美味しそうな匂いが漂っていた。

 

「お~い、コレ焼けてるぞ~。って、こら!のほほんさん!器用に野菜だけ残すな!」

「えへへ~♪……たべるー?」

 

のほほんさんが野菜しか無い串を此方に差し出してくる。こののほほん、笑って誤魔化すどころか押し付けて来やがった…。

 

「あるある、串に野菜だけ残るパターン。子供限定だけど」

「むむ~!りんりんは私が子供だとでも言いたいのか~!?」

 

両手に野菜だけの串を持って叫んでも説得力が欠けている事に何故気付かないのか。

しかし俺が気になるのは、のほほんさんの傍らで黙々と野菜を食べているミコトだ。この肉食娘ミコトが何も文句を言わない事を良い事に、ミコトに野菜を処理させてるし…。

 

「まずその野菜を自分で食べてから言いなさい。話はそれからよ」

「ぶぅ~…」

「ん。でも、私、野菜が好きだから…」

「ミコトさんは普段からあまり肉を口にしませんからね。殆どパンやサラダなどが主ですし」

 

うん?まさかのほほんさんが野菜を残してるのって、ミコトの為なのか…?

 

「肉うめ~♪」

 

…ないな。

 

「ま、その為にトウモロコシを持って来たんだけどな。ほれ、ミコト。焼きトウモロコシだぞ。がぶっといけ、がぶっと」

「………かぷっ」

 

タレの甘い香りを漂わせる焼きたてのトウモロコシを俺から受け取ると、ミコトは小さな口をめい一杯大きく開けてかぶりとかぶりつき、口の周りをタレで汚しながらまるで可愛らしいリスの様に頬を膨らませてがじがじと黄色い実を齧っていく。

 

「ああもう、また口を汚して…。ほら、綺麗にしますからじっとしていてくださいまし」

「ん~…」

 

セシリアママがハンカチでミコトの口周りの汚れをごしごしと拭き取るこの光景はもう定着しつつあるな。本人ですら無意識に行動している様にも見えるし。

んで、年齢的に一番『ママ』と呼ばれてしっくりくる筈の山田先生は今どうしているかと言うと―――。

 

「くは~っ♪やっぱりバーベキューにはビールですよね~♪」

 

缶ビールと片手にすっかり出来上がっていた。

 

「引率の先生がビール飲んでる…」

「仕事の鬱憤が溜まってるんだろう。そっとしておいてやれ。それより魚が焼けたぞ。焦げんうちに喰え」

「…うむ、やはり焼き魚は良い。調味料を大量に使う味付けより、塩だけといった素材を活かした味付けが私の好みだ」

「これ、一夏が釣ったんだよね?すっごく美味しいよ♪」

「おう、そう言って貰えると頑張って釣った甲斐があるってもんだ」

 

自分の釣った魚を美味しいと食べて貰うのはとても嬉しいものだ。

 

「頭がグロテスクですわね…こ、このまま齧るんですの?」

「そうそう、こうがぶっとね」

 

そう鈴が実践して見せるがセシリアは顔を青くして自分の焼き魚を見る。

 

「うぅ…」

 

セシリアは食べるのを躊躇い焼き魚と睨み合う。やはり、良い育ちのお嬢さまには丸ごとの姿で食べるのは抵抗があるのか?そういう機会少なそうだしなぁ。

 

「セシリア、食べないの?美味しいよ?」

「ミ、ミコトさん…。え、ええ、そうですわね。せっかく一夏さんが釣って来てくださったんですしね!」

 

などと言いつつ、再び睨めっことを始めるセシリアであった。しかし、ミコト(娘)の前で情けない姿を見せる訳にもいかないと思ったのだろう、意を決して遂に焼き魚にがぶりをかぶりついた。

 

「はぐっ――――――あ、美味しい…」

 

そう言って、驚いた様にぽつりと言葉を零すと今度は躊躇いもせずに二口目をぱくり。

 

「…ええ。本当に美味しいですわ、これ。とてもシンプルな味で」

「ん。一夏、がんばった」

「おう。俺、頑張った」

 

ミコトを真似て俺もそう言ってみると、セシリアは手元に手を当ててクスリと可笑しそうに微笑む。

 

「うふふ、はい。とても美味しいですわ。一夏さん、ありがとうございます」

「いやいや、喜んで貰えた様で良かったよ」

「あれ…?(何か…)」

「むぅ…(子連れの夫婦みたいで…)」

「ぐぬぬ…(良い雰囲気だな…)」

 

あれ?箒達の様子が…。

 

「何だ?どうかしたのか?」

「「「なんでもないっ!」」」

 

うおっ、ビックリしたぁ…。

 

「そ、そうか…」

「「「ふんっ!」」」

 

ぷいっとそっぽを向いて串に刺さった肉を喰らう3人。何で機嫌が悪いのか良く分からないがそっとしておこう。触らぬ神に祟りなしだ。

 

「?」

「まったく、騒がしい奴らだ……うむ、魚が美味い」

「あははー♪楽しいから良いんじゃないかなー?」

 

 

 

 

こうして、楽しいバーベキューの時間は過ぎていき…。

食材を全て平らげ焼く物が無くなったコンロには弱々しい火がぷすぷすとくすぶって、その弱々しい火が真っ暗な闇の中で光を灯していた。

 

「ふぃ~…食った食った…」

 

食い過ぎて張った腹を撫でながら一息吐く。

多めに食材を用意したつもりだったけど少し多過ぎたか?最後ら辺じゃあ皆食べきれなくて俺とラウラが残飯処理係と化してたし、もう少し計算して用意した方が良かったかもしれん……げぷっ。

 

「はしたないですわよ、一夏さん」

「そうは言うけどな、ベルトを緩めないだけ許してくれよ」

 

女性の前で流石にそれは不味いと自制したんだからこの程度は許して欲しいものだ。

 

「ま、アタシは気にしないけどね。そんなのいちいち気にする程短い付き合いじゃないし」

「私はセシリアに同意だがな、親しい仲にも礼儀ありだ」

「そう?僕は別に良いと思うけどなぁ。それだけ気が許し合えてるってことだし」

 

おいおい、何か友達同士でのマナー弁論が始まったぞ…。

 

「弁論を交わすのはかまわんが、先に片付けを済ませてからにしろ。このままじゃ就寝も出来ん」

「ん。火の後始末、大事」

「水汲んできたよ~。ざば~ってかけちゃって良いんだよねー?」

「ええっと、炭とかって確か廃棄場に捨てるんだけっな。ですよね?先生……先生?」

「すぴぃ~…しゅるるるぅ~……むにゃむにゃ」

 

先生の方を見てみれば、そこには空の缶ビールを握り締めて酔い潰れている山田先生の姿が…。

その教育者と言い難いその姿に俺は頭を痛めると、無言で先生を背負ってテントの中へと放り込んで片付けの作業に戻る。

 

「…俺達だけでするか」

「うむ」

 

しかし、引率がそれで良いのか…。こりゃ千冬姉にばれたら酷い目に会うだろうなぁと、頭の中でその光景を想像してブルリと身体を震わせる。千冬姉には黙っていよう。引率としてついて来てもらった恩もあるし、山田先生にはそれ以外にもお世話になってるし、日頃の感謝もこめて片付けは俺達でやって休ませてあげないとな。

 

「さて、じゃあちゃちゃっと片付けますかね」

 

溺酔した山田先生を先に休ませて俺達だけで片付けすることに。

とは言え、一人抜けても人数は十分に居るので片付けにはそう手間取る事は無く、出たゴミをゴミ袋にまとめて、眠くなるまで皆で簡易的なキャンプファイヤーを作り、それを囲んで雑談を楽しんだ後、火の後始末をしっかりして、皆はテントの中へと戻っていった。

 

 

 

 

 

「――――……んんっ」

 

皆が寝静まり、虫の音と川の流れる音だけが聞こえる真夜中にふと俺は目を覚ます。

 

「……~~~っ!やっぱ寝袋だと寝辛いな」

 

彼方此方に感じる痛みに身をよじる。

普段ふかふかのベットで寝ている所為だろうか、固い地面に慣れない寝袋だとどうも眠りが浅い。おかげ瞼を閉じても眠りにつく事が出来ず、すっかり眠気が冴えてしまった。

 

「……また眠くなるまで少し散歩でもしてくるか」

 

散歩している内にまた眠くなるだろうと思い、俺は身を起こすと外は真っ暗なため懐中電灯を持ってからテントから這い出た。

すると、俺の目に飛び込んできたのは、まるで空と地上がひっくり返って都会の光が空で輝いているんじゃないかと思える程に、夜空一面に広がった美しい星空だった…。

 

「うわぁ…」

 

都会では見る事が出来ない美しい夜空に感動して声を漏らした。なんて言うかもう、言葉が無い。唯々目の前の光景が美しくて立ち尽くして星空を見上げるだけだ。

そこへ草を踏む音を俺の耳が捉える。

 

「……一夏?」

「この声……ミコトか?」

 

誰だ?そう思って懐中電灯の明かりを声のした方へと向けてみると、そこにはぽつんと立つミコトの姿が。どうしてこんな真夜中に一人で外なんかに…。

 

「どうしたんだ?寝れないのか?」

「ん。だから星、見てた」

 

そう言って、ミコトは星空を見上げる。

 

「……綺麗」

「ああ、綺麗だな」

 

俺もミコトの言葉に同意して空を見上げる。本当に綺麗だ。この星空は…。

しばらく俺達は無言で星空を眺めていた。それが1分かそれとも10分かそれ以上かは分からない。目の前に広がる幻想的な光景に時間の感覚も薄れ、唯ぼーっと星空に眺めていた。すると、突然ミコトが口を開いて…。

 

「一夏、知ってる?」

「ん?何をだ?」

「この星の輝きは、ずっとずっと昔の輝きだってこと」

「ああ、あの光っている星は地球からずっと遠くにあって、星の光が地球に到着するまで途方に暮れるくらいの時間が掛かるんだっけ?」

 

中学の授業で習った気がする。随分とうる覚えだけど。

 

「ん。星の距離の単位は光年。1光年は9兆4600億km。デネブは1800光年、ベガは40光年、アルタイルは16光年」

 

星空に指をさして三角を描きながらミコトは語る。デネブ、ベガ、アルタイル…確か、夏の大三角だっけか。

 

「この沢山の輝く星の中には、もう燃え尽きてしまってる星もあるかもしれない」

「かもな」

 

そうかもしれないし、そうでないかもしれない。結局の所、誰にも分からない。ISが本来の目的通り活用されていたのなら少しは宇宙の謎も解明されていたのかな?

 

「それでも、輝き続けてる。ここにあり続けてる」

「ミコト…?」

 

どうもミコトの様子が少しおかしい。何だ?何を言いたいんだミコトは…。

 

「私も…星になれたらいいのにな。そしたら、ずっと皆といられる」

「そんな……そんな縁起でもないこと言うなよ」

 

そんな、離れ離れになる様な事…。

ぎゅっとミコトの手を握る。するとミコトは不思議そうに俺を見上げるが、俺は構わず手を握り続けた。ミコトが何処かに行ってしまわない様に、離れ離れにならない様に…。

 

「一夏?」

「ずっと一緒に居てやるさ。箒も、鈴も、セシリアも、シャルロットも、ラウラも、のほほんさんだって。皆一緒に居てくれるさ」

「……ほんと?」

「ああ!だって――――」

 

だって……。

 

「―――友達だろ?」

 

そう、友達なんだから…。

ミコトが寂しがってたり、悲しんでたり、苦しんでたりしたら、必ず俺達が傍に居てやる。どんな時だって。

 

「だから、お前もどっかに行ったりすんなよな?お前はいっつも自由気ままにフラフラ飛んでっちゃうからな」

「…………ん♪いっしょ」

「ああ、一緒さ」

 

お互いに笑い合う。星に見守られながら…。

そして、そんな俺達の頭上に広がる星空は、どこまでも、どこまでも綺麗だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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