IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第40話「夜空に咲く花」

 

 

「わぁ…!」

 

鳥居を潜ると、ミコトは目前に広がる初めて経験するお祭りと言う物に嘆声を漏らした。街とは異なった人の賑わい、活気溢れるこの場の雰囲気、何処からか流れてくる笛や太鼓の音色、普段の街では見る事の無い屋台、どれもこれも何も知らぬ幼子にとってはとても新鮮で、少女を驚かせるのには十分すぎるものだった。

目の前の好奇心を擽る光景に、胸の辺りに感じるうずうずが治まらない。早く見て回りたいと好奇心が騒いでる。そんなミコトは我慢出来ずに隣に立っていた一夏の手をぐいぐいと引っ張る。

 

「…!…!」

「っとと!おいおい落ち着けってミコト―――だから引っぱるなって!?」

 

一夏が落ち着けと言い聞かせようとするが、彼の手を引く少女の頭の中はそれどころではない。アレ楽しそう、アレ何かな?アレやってみたい、屋台を見回す度に、次から次へと色々な事が思い浮かんでは頭の中が好奇心で溢れかえって、無我夢中に一夏を人混みの中へと引っぱっていく。

そんなミコトの姿に鈴達は苦笑を浮かべると、駄々を捏ねる少女に成す術もなく引っぱられていく一夏の後をついて行く。

 

「あらら、祭りの雰囲気に呑まれちゃったのかしら?」

「ミコトさんはお祭りは初体験なのですから、はしゃいでしまうのは致し方ありませんわ。折角のお祭りなのですから楽しまないと損でしょう?」

「そうだよー。お祭りは楽しまないとねー♪」

「そうそう、楽しんで……って、本音さん!?何時の間にそんなに食べ物をお買いになりましたの!?」

 

ぴょんこぴょんこと跳ねてはミコトの次にはしゃいで見せる本音の両手に持つ食べ物の数にぎょっとするセシリア。

楽しいこと好きな本音にとってこのお祭りは絶好のイベント。正に水を得た魚状態で落ち着いていられる訳もなく、皆が目を離している内にあっちを行ったり、こっちを行ったりして、わたあめ、フランクフルト、イカ焼き、クレープ、チョコバナナ、リンゴ飴、等の定番の屋台の食べ物を買い漁っては両手の指で器用に挟む様な形で持ち、その取得品を次々と増やした結果が現在のこれである。

 

「喰い漁らずして何が祭りかっ!」

「祭りの楽しみ方なんて人それぞれだから否定はしないけどさ、ものには限度があると思うな。それ、一人で食べきれるの?」

 

常人なら3品目あたりで胸焼けが起こりそうな品揃えにシャルロットはそう指摘するが、本音は涼しげに笑みを浮かべてドヤ顔でこう答えた。

 

「私のお腹を満たすならこの3倍は持ってこーい!」

「わけがわからないよ…」

「本音さんのお菓子限定での大食いは今に始まった事ではありませんわ。わたくしはそれを身をもって体験しましたし……ああ、あの時のことを思い出すだけで寒気が…」

 

そう言ってはセシリアは顔を青くしてブルリと肩を震わせる。

増やすのは簡単だが減らすのは難しい。あのスイーツ巡りに付き合わされたセシリアの減量生活がどれだけ過酷だったかは言うまでもない。

 

「それよりもお前達、一夏達と逸れてしまうぞ?いいのか?」

 

今まで黙って祭りの様子を観察していたラウラが離れていく一夏とミコトの背中を指さしてそう忠告すると、ラウラに言われて漸く気付いたセシリア達が慌てて二人の後を追いかける。

 

「うわ、ほんとだ!?早く追いかけないと!」

 

何と言ってもこの人混みだ。逸れてしまっては合流するのは極めて困難で祭りを楽しむどころではなくなってしまう。それに、デパートの時とは違い迷子のアナウンスなんて物はありはしない。祭りを楽しみたい一夏達にとっては逸れるのはなんとしても避けたいところだろう。

 

「もうラウラさん!どうして早く教えてくれないんですの!?」

「……す、すまん。日本の祭りが物珍しかったのでつい夢中になって報告を怠ってしまった」

 

少し照れる様にしてラウラはそう謝罪した。

ラウラは生れた時から軍人として教育を受けていた為にこういう娯楽には縁が無い人生を歩んできた。彼女の取り巻く人間関係は上官や部下と言ったもので特別親しい人間も居らず、親しい同年代の友人と遊びに出掛ける事なんて勿論なかった。その所為だろう。普段は隙の無い彼女も気が緩み、意識が祭りの方へと向いてしまうのは。しかし、それでもしっかり一夏達を見失う前に気付くのは流石は現役の軍人と言うべきか。

 

「そんなことより早く追うわよ!あの二人目を離すとすぐトラブルに巻き込まれるんだから!」

「ですわね。毎度毎度トラブルを起こされては堪りませんわ」

「もぐもぐ……あー!みんな待ってよー!」

 

食べる事に夢中になっていた本音が慌ててセシリア達の後について来るが唯でさえ足が遅いのに、両手が食べ物で塞がっていては更に移動速度の低下は当たり前。現にご覧のあり様だ。

 

「えう~…待ってよ~!……はぐはぐ」

 

一夏達を追いかける皆の更に後ろをよたよたとゆっくりとした駆け足?でリンゴ飴を口に咥えたままついて行く本音。この少女、何が何でも食べ物を口から離す気は無いようだ。喰い意地もここまでくれば大したものである。

 

「少しは自重なさいな貴女は!あと、食べながら走るのはおやめなさい!」

「あ~う~…でも減らさないと走り辛いよ~…」

 

重し(食べ物)を捨てて速度を上昇させる。まるで気球のような原理で動く本音であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第40話「夜空に咲く花」

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑一夏

 

 

「むふぅ…わたあめ、甘くておいしい」

「ははは、そうか」

 

祭りを見て回る途中で買ったわたあめをご満悦そうにちょびちょびと可愛らしく齧るミコトを、俺は隣で微笑えましく思いながら眺めていた。

 

「これおもしろい、ね。綿みたいなのに、甘い」

「そりゃ綿飴だからな。綿みたいだし飴だから甘いさ」

「ん。これ、好き」

 

そう言ってまた一口齧る。どうやら相当お気に召したらしい。口の周りはもう既にベタベタだ。セシリアが見たらさぞお怒りになる事だろう。ところで、そのセシリア達は何処に行った?ミコトに引っ張られながら祭りを見て回ってたらいつの間にか居なくなってたんだよな。どうしよう、この人混みだと探すのは大変そうだぞ…。

辺りを見渡しながらどうしたものかと頭を掻いていると、そこに人混みの中から俺の名を呼ぶ声が人混みの中から聞こえてきた。

 

「一夏さん!…ふぅ、やっと追いつきましたわ!」

「アンタ達ねぇ!この人混みで勝手に行動するんじゃないわよ!」

「ほんとだよ、もう」

「あ、だめー…。食べてながら走ったたから気分がー……うぷっ」

「このたこ焼きと言うのはなかなかイケるな。それより大丈夫か?本音」

 

何やら騒がしい聞き慣れた声のする方へ振り返ってみると、人混みを上手く避けながら此方へとやって来るセシリア達の姿を見つける。プンスカといかにも怒っていますオーラ全開なセシリア達ではあったが、俺はそれよりも最後尾で気分を悪そうにしてるのほほんさんの方が気になった。一体何があったのさ。

 

「まったく、お二人で先々行ってしまわれるんですもの―――って、ああもう、またこんなに汚して……。これは今度お食事のマナーを徹底的に躾けないといけませんわね」

「うぅ~…」

 

ミコトは俺の後ろに隠れると、いやいやと首を振って涙目で訴えてくる。ああ、うん。言いたい事は分かったからとりあえず離れような?口周りの汚れが俺の服についちゃうから。

 

「また一夏さんはミコトさんを甘やかして!」

 

いや、お前も大概だと思うがね、どの口がほざきやがりますか。それに俺が庇ってるんじゃなくて、ミコトが勝手に俺の後ろに隠れてるだけなんだけども…。

しかし、これは仕方ないとも思える。ミコトは祭りが初めてなんだし、はしゃいだりするのも無理もない。多少行儀が悪くても大目に見ても良いんじゃないかと俺は思うけどな。

 

「ま、まあまあ、ミコトは祭りが初めてなんだしさ。夢中になるのは仕方ないって、な?」

「そうやって甘やかしていてはミコトさんのためにはなりません!」

 

お前は本当にミコトの母親かよと。

ん?だとしたら俺が父親の立ち位置になるのか?不思議としっくりとくるのは何故だろう。

 

「……本音。いつも不思議に思うのだが、何故あの二人はミコトを挟むと毎度のこと夫婦でもないのに夫婦の様な会話を始めるんだ?」

「そう言う性質なんだよきっとー。S極とN極みたいなー?」

「ふむ、主夫な一夏と仕事に生きるセシリアならバランスが取れていて案外お似合いかもしれんな」

「…なぁに勝手なこと言ってるのかしらぁ?」

「本当にね♪」

「うわわ~!?地雷踏んじゃった~!?…イタタタタ!?りんりんギブギブ~っ!?」

「シャ、シャルロット?……ちょ、やめろ!関節が曲がってはいけない方向に曲がってしまう!?」

 

外野が何やら騒がしいな。何やってんだよアイツ等は…。

唯でさえ皆目立つのにそんなに騒いだら注目の的だ。現に擦れ違う人達皆が俺達の方をじろじろ見られていてとても恥ずかしいのだが…。

 

「お~い、あまり羽目を外し過ぎるなよ~?」

「見てないで助けてよ~!おりむ~!?」

 

そうは言われてもなぁ、こっちはこっちで立て込んで――――って……。

視線を騒いでいるのほほんさん達からセシリアへと戻すと、俺は目を点にする。視線を戻した先にあるのは、子供の行儀の悪さに怒るお母さんなセシリアだと俺は思っていた。けれど、実際にあるのは…。

 

「ふ、夫婦……(キマシタワー!)」

 

……何で弛みきった顔して放心してるのこの人?整った顔立ちが色々と台無しなんだが。こういうのを残念美人って言うんだろうな。

 

「セシリア~、戻ってこ~い」

「―――ハッ!?またしてもやってしまいましたわ……コホンッ、まあ一夏さんの言う事も最もです。今日の所は大目に見ましょう。折角のお祭りなのですから!」

 

咳払いをして冷静さを取り繕おうとしてももう遅いけどな。毎度のことだけど。

 

「………きゃっほう♪」

「お前なぁ…」

 

叱られないと分かった途端、俺の後ろからひょこりと顔を出すミコト。なんて変わり身の早い。お父さんそんな子に育てた覚えはありません!あと、口の周りを綺麗にしなさい!って、おいこら!俺のズボンで拭こうとするな!?

 

「はいはいズボンで拭こうとするんじゃありません。今拭いてあげますから」

「んー…♪」

 

ミコトはそれを聞くと、俺のズボンから手を放してセシリアに口を綺麗に拭いてもらう。

はぁ、やれやれ。平然と恐ろしい事をしてくれるちびっ子だ。

 

「なんか、今日はやけに幼児退行してるわね?別に見た目相応だから不思議にも思わないけど」

「あはは、もう鈴ってば、同い年なんだからミコトに失礼でしょ?」

 

でも、鈴の言う通り何時にも増して子供っぽいっていうか何というか…。

 

「……甘えたいんだよー、きっとー」

「…そうだな」

 

のほほんさんとラウラが何やら意味深な言葉を溢し、皆の視線は二人へと集まる。そんな中、ミコトは一人だけは不思議そうに首を傾げていた。

 

「甘えたい?」

「………あははー、童心に返るって言うのかなー?ほら、みこちー子供みたいにはしゃいでるでしょー?だから子供みたいに甘えたくなったんじゃないかなー?」

 

いつもの柔らかな笑みを浮かべて、のほほんさんはそう説明をする。彼女の言う事は少し無理がある様にも思えたが、ミコトだしと言われればそれはそれでまた納得もいくだろう。けれど、やはり引っ掛かるものもあり少し訊ねようとすると、それはミコトが何やら必死に俺の手を引っぱって意識を逸らされたことにより阻止される。

 

「一夏、一夏。アレ、なに?」

「ん?アレ?……ああ、射的屋か」

 

ミコトの指差す先を追ってみると、そこにあったのは浅黒く焼けた肌に白いTシャツを肩まで捲り上げた気の良さそうなおっちゃんが店主をしている射的屋だった。

そこへ、射的と聞いたセシリアがキュピーンと目を光らせる。

 

「ふふん!わたくしにかかれば全ての景品を撃ち取って差し上げますわ!」

「大人げなさ過ぎる……で、やってみたいのか?ミコト」

「ん!」

 

目を輝かせてミコトは頷く。どうやらお姫さまは射的が御所望の様だ。

 

「むぅ、ミコトさんがやらなくてもわたくしが取ってあげますのに…」

「ゲームってのはな、やって楽しむ奴と、やってるのを横で眺めて楽しむ奴の二種類がいるんだよ。そして大半が前者だ」

 

そもそもミコトが興味を示したのは射的屋の景品じゃなくて射的屋の方だからな。

 

「んじゃ、やってみるか?奢ってやるからさ」

「…いいの?」

「いいって、セシリアもやるだろ?」

「え?わたくしもですの?い、いいですわよそんな!一夏さんにお金を出していただくだなんて…」

「遠慮するなって、皆はどうする?やるか?」

「んー、あたしはパス」

「僕もいいかな。後ろで3人がしてるのを見てるよ」

「私もー、こういうの苦手だしー。みこちー、頑張ってねー」

 

やるのは俺を含めて3人か。内心皆がやらなくてほっとしつつ射的屋へ向かう。一回や二回は大した額じゃなくてもこの人数じゃ結構するからな。女の子の前でカッコつけたくなるのが男の子だが、見栄を張るもんじゃないよ、うん。

 

「へい、らっしゃーい」

「おじさん、2人分ね」

「お。仲の良い夫婦だねぇ!いいねぇ!綺麗な奥さんと可愛い娘さんがいて!……もげろ!」

「おいこら」

 

おっちゃんの豪快な笑顔とは裏腹な私怨の籠った言葉にズビシッ!とツッコミを入れる。もげろ言うな。

 

「まあまあ、夫婦だなんて♪」

「セシリアも悪乗りするなよな…」

「あら、わたくしは悪乗りではなく本―――とぐぇ!?」

 

ハイライトが消えた瞳をした鈴が無言でセシリアの縦ロールを引っぱると、首の辺りでグキリと嫌な音を響かせてセシリアは淑女に有るまじき声を漏らす。

 

「んん?親子じゃなかったのかい?まあ少し若すぎるとは思ったが」

「若すぎだろ!?俺立ちまだ高校生だっての!」

「最近は小学生が母親になる時代だからなぁ。性の乱れる世の中だよ」

 

そんな無責任な事をすれば俺は千冬姉に殺されるっての。千冬姉はそう言った無責任な行為は何よりも大っ嫌いだし…。

 

「いやいやいや!同い年だからね!?この二人!」

「なん…だと…!?」

 

俺の言葉を聞いておっちゃんは信じられないといった面持ちでミコトを見る。

 

「いやーたまげた。夫婦は冗談のつもりだったんだがまさか同い年とはなぁ。お二人さんどちらかの妹さんかと思ったんだけども」

「気持ちは分かりますけね。こいつは俺の友達ですよ」

「ん~?」

 

丁度良い位置にあるミコトの頭をポンポンと叩くと、叩かれている本人は訳が分からず話をしている俺とおっちゃんの顔を交互に見て不思議そうに首を傾げる。

 

「がはは、そう言うところをみると益々兄妹に見えるがね。ほい、鉄砲と弾だ」

 

おっちゃんは気の良い笑みを浮かべて俺から2人分のお金を受け取ると、鉄砲とコルクの弾をミコト、セシリアに渡す。

 

「あら、エアーライフルではないんですのね」

 

お前は景品を粉砕したいのか…。

 

「銃口の先にコルクの弾を詰めるんですの……よし!」

 

セシリアはコルクの弾を込めて銃を構える。

流石は毎日のようにISに乗ってライフルを使っている事はあって、銃を構えるその姿は様になっている。

 

「――――狙い撃ちますわ!」

 

ポンッ!

 

気合の入った掛け声とは反して、銃から気の抜けた音を発てて弾は景品に掠れる事も無くぽとりと地面に落ちた。

 

「「「「「「………」」」」」」

 

気まずい空気がこの場に流れる…。

あれだけ威勢の良い事言っておいてこれではどう声を掛けたらいいのやら…。

 

「はずれた」

「うぐっ…」

 

しかし、子供の純粋さは時として残酷な物で容赦無くセシリアに事実を突き付ける。

 

「い、今のは……そ、そう!弾道を確認したのです!次は当てます!」

 

そう言ってセシリアは慌てた様子で再び弾を込めて銃を構えて弾を放つが、またしても弾は景品には当たらず明後日の方向へと飛んでいく。そして、最後の一発も掠めはしたが景品を倒すまでには至らなかった。

 

「あ、当たりませんわぁ…」

 

敗北に打ちひしがれるセシリア。

何となくだがこうなりそうなのは予想してた。見た目だけ似せた玩具の銃が本物の銃と同じように弾が飛ぶ筈もない。本物と同じ感覚で撃っても当たりはしないだろう。

 

「ま、まあ、元気出しなってお嬢ちゃん」

「そうだぞ、どうせ遊びなんだしそんなに落ち込む事無いだろ?」

「代表候補生としてのプライドが…」

 

そう弱々しく呟きながら、肩を落としてトボトボと後ろで見学していた鈴達のもとへと戻っていく。だから遊びにムキになるなってば…。

 

「ど、どんまい!ゲームだから!そんなに落ち込まないで!」

「ぷっ!アハハハ!全弾外れてんの!おっかし――――アイタぁ!?」

「空気読め」

「ナイス、ラウっち~」

 

……後ろが騒がしいなぁ。

 

後ろで騒いでいる連中は放っておくとして、まだ弾を一発も撃っていないミコトはと言うと―――。

 

「次、私…」

 

そう言って後ろの騒音を気にも止めずに、むん!と銃を抱えたまま可愛らしくガッツポーズをしていた。

何時にも増して真剣な表情で銃を構える―――が、狙おうにも身長が低いために手前の台が邪魔して景品に狙いを定める事が出来ない。ミコトはそれに戸惑いどうすればいいのか困った顔をして俺を見上げてくると、俺はそれを見て苦笑する。

 

「う~……届かない」

「ははは、ちっちゃいから狙えないか。よっと―――」

 

ミコトの両脇を持ってひょいっと持ち上げてやる。

 

「どうだ?これで狙えるだろ?」

「お~…!」

 

俺に持ち上げられて急に自分の視線の位置が高くなると、ミコトはそれが楽しかったのかきゃっきゃっとはしゃぎ出す。ああもう…。

 

「こらこら、暴れるなって」

「むふ~♪」

「……本当に兄妹じゃないのかい?」

「だから違うってば」

 

おっちゃんの疑いの目を向けられるも、俺はキッパリと否定。

確かにおっちゃんの疑う気持ちも分かる。いま俺がやっている事だって傍から見れば背の届かない妹をおぶってやる兄の姿その物だろう。俺自身もミコトの事を妹感覚で接している時だってあるし。でも、だからと言ってこの事実は変わらない。

 

「一夏。一夏。これ、どうやるの?」

「えっとな、まずはコルクの弾を銃口に押し込むんだ。しっかりと詰めるんだぞ?じゃないと弾が飛ばないからな」

「ん………できた!」

 

うむ。頑張ればもっと入るけどミコトの力だと引き金を引けなくなりそうだからこれ位で良いか。

 

「んじゃ、次は構えだ。出来るだけ銃口を的に近づけてるんだけど……ミコト、何が欲しいんだ?」

「あのペンギン」

 

銃口を向いた先にあるのは大きめの一頭身ペンギンのぬいぐるみ。本当にミコトはペンギンが好きだな。

 

「よし、ペンギンだな。じゃあ目一杯に銃口をペンギンに近づけて、よ~く角を狙うんだぞ?真ん中だと倒れないからな」

「ん」

 

ミコトは頷いて俺が教えた通りに銃を構えて引き金を引く。

ぺしーんと渇いた音が射的屋に響く。その後、少し間をおいて聞こえてきたのは柔らかい物が地面に落ちる音。

 

「お!当たったぞミコト!」

 

地面にころがっているのはミコトが欲しがっていた一頭身ペンギンのぬいぐるみ。ミコトは見事に自分が欲しがっていた物を勝ち取ってみせたのだ。

 

「上手いことやったなぁお嬢ちゃん!ほれ、これはもうお嬢ちゃんのモンだ持ってきな!」

「ん♪」

 

ミコトはぬいぐるみを受け取ると、ぬいぐるみを大事そうにギュッと抱きしめて、満面の笑みを浮かべながら自分が欲する物を勝ち取った事を喜ぶ。

 

「ミコトも満足したようだし、別の所回るか」

「ん。おじさん、バイバイ」

「おう!また来年も来てくれよな!お嬢ちゃん!」

 

おっちゃんにミコトは手を振って別れを告げて、俺達は射的屋を後にする。

 

 

 

 

射的屋で遊んだ後も、俺達は色々な屋台を見て回り、遊んで、食べたりなどして祭りを楽しんだ。そして、時間も過ぎていき屋台をだいたい見て回り終えた頃、あれだけはしゃぎ回って俺達の先頭を歩いていたミコトが急にピタリと立ち止まると、くるりとこちらへ振り返ってきた。

 

「ん?どうしたんだ?ミコト」

「一夏、そろそろ箒迎えに行く」

「え?ちょっと早い過ぎるんじゃない?」

 

実は30分程前に箒から仕事が予定より忙しいため、合流するのは遅れそうだとメールがあった。

 

「んー…や」

「いやと言われてもねぇ。早すぎると箒にも迷惑が掛かるでしょ?」

「ぶぅー…」

 

鈴の言う通り携帯の時計を見れば時間は丁度7時を表示していた。最初に箒と約束した時間は7時。本来ならもう箒と合流している筈だったのだが、箒からメールが来て時間は7時半へと延びてしまった。そして約束の時間までにはまだ30分もある。流石に早すぎるだろうと鈴は言うのだが、ミコトはいやいやと駄々を捏ねて迎えに行くと聞かない。

 

「箒と、遊んでない…」

「あー……」

 

ミコト、箒と一緒に祭りを見て回るって約束してたもんなぁ…。

8時から花火だし、それから一時間は花火を見て、花火が終わったあとはもう屋台も片づけを始めてしまいお祭りが終わってしまう。箒と祭りを見て回る時間なんて無いのだ。

 

「じゃあさ、何か差し入れ持って行ってあげようよ。箒もお仕事が忙しくて晩御飯も食べてないだろうし。それならいいでしょ?」

「おっ、それは良いな。ついでに花火見物の時に何かつまむ物も買っておくか。早めに買っておかないとそろそろ屋台が混み始めるぞ」

「うむ、食料を早急に確保せねば」

 

花火の打ち上げ時間は8時から。8時になれば皆花火を見るのに夢中になるから花火打ち上げ前は食べ物を扱う屋台は混み始めて長蛇の列が出来てしまい、食べ物を購入するのは困難。その前に確保しておかないけない。

 

「さんせー♪どの屋台が一番美味しいかもう把握済みだよー♪フライドポテトはあっちがオススメ~♪お祭りの出店にしては揚げ具合が絶妙だよ~♪フランクフルトはあっちかな~?焼きそばは断然あっち~!」

「アンタ、そういう所は逞しいわね…」

「乙女の嗜み~♪」

「貴女には乙女の嗜みについてしっかりと話し合う必要がありそうですわね…」

「えー?どうしてー?」

 

心底分かんないと言った感じで、不思議そうに返してくるのほほんさんにセシリアは頭を抱える。いや、如何しても何もそう言う事だろう?男の俺でも分かるぞそれくらい…。

 

「もう、いいですわ…」

「え?そうー?セシリアは変だなー」

「貴女にだけは言われたくありませんわ!」

「解せぬ」

 

解せないのはこちらの方である。

 

「馬鹿やってないで早く行くわよ。遊ぶのは箒と合流してからでも良いでしょうが」

「何買っていく?晩ご飯なら量の多いヤキソバかな?」

「あのタコ焼きと言うのは美味かったな、あれにしよう。私はあれが好きだ是非そうするべきだ」

「ラ、ラウラさん…?」

「はいはい、たこ焼きね。買ってあげるから落ち着きなさい」

「ミコトの幼児退行が伝染してる…」

 

ミコトと同じく祭りの雰囲気に呑まれた人間がまた一人…。食い気という駄目な方向へと走ってしまったのは親しかったのほほんさんの影響か。それとも、お祭りの楽しみ方をのほほんさんを見て間違った認識をしてしまったのか。どちらにせよのほほんさんが原因なのは間違いない。

 

「………」

「ほえー?」

 

無言でのほほんさんを見るが、視線を向けられた本人は俺の考えている事など露知らず、のほほんと少し責めを含んだ視線を受け止める。

 

「えっとねー………遺憾の意を表明する~♪」

「なんでさ」

 

てか俺の考えてること実は分かってるんじゃないのか!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 篠ノ之箒

 

 

「ふぅ~…」

 

神社なんて普段は退屈も良い所だと言うのにこういう行事の日に限っては忙しい。

一人溜息を溢すと、屋台が立ち並ぶ賑やかな境内を眺める。今頃一夏達はお祭りを楽しんでいる頃だろうか。もう少しでお手伝いから解放されるとはいえ、本当は神社の手伝いが無ければ最初からその中に私も加わりたいのだがそうはいかないか。家の事情で神社の管理を押し付けた身とあっては、どうしても申し訳なく感じてしまう。

 

ミコトには悪い事をしたな…。

 

本当ならもう少し早めに上がれると思ったのだが、予想以上に忙しいがために約束の時間を遅らせてしまった。

あんなにミコトは楽しみにしていたと言うのに申し訳ない気持ちで一杯で仕方が無い…。

 

「箒ちゃん。お疲れ様」

 

巫女服を着てお守り販売の手伝いをしていたところを、40代後半の歳相応に落ち着いた物腰と柔らかな笑みを浮かべた女性が声を掛けてきた。

 

「! 雪子叔母さん。お疲れ様です」

「はい、お疲れ様♪」

 

忙しいと言うのに雪子叔母さんはまったくそういう素振りを見せない。昔から私はこの人が笑顔を崩すところを見た事が無い、怒ったところなんて以ての外だ。

 

「屋台の方を見ていたみたいだけれど、お祭りが気になる?」

「え?あ、いや……別にそんな事は…」

「うふふ、昔から嘘が下手ね、箒ちゃん」

「………」

 

簡単に嘘を見抜かれて私は頬を赤く染めて顔を俯く。本当にこの人には敵わない。

 

「行ってきたら?折角の夏祭りなんだから」

「いえ、もう直ぐ売り場も閉めますし、やると言ったからには最後までやらないと」

「本当、昔から真面目ね箒ちゃんは」

「わ、私は別に真面目では…」

 

私は別に真面目な訳ではない。ただ不器用なだけだ。

剣道もそうだ。周りには私が剣道一筋で真面目に鍛錬を積んでいる様に見えたかもしれないが、本当の所は他人に接しようともせずに一夏の繋がりを感じたいがために、そんな不純な気持ちで竹刀を振い続けて、その結果他人を傷つけて…。そう、私は決して真面目なんかじゃない。

 

「箒ちゃん?顔色が優れない様だけど、大丈夫?」

「…いえ、大丈夫です」

 

雪子叔母さんから逃げる様に顔を逸らしそう答える。

 

「……そう、箒ちゃんがそう言うのならそうなんでしょうね」

「…はい。すみません、お気を遣わせてしまって」

「良いのよ、可愛い姪っ子だもの。寧ろ甘えてくれた方が私は嬉しいわ」

「甘える…ですか。すいません、ちょっと難しいです」

「ふふふ、かもね。昔からそうだったものね」

「うぅ…」

 

本当に、この人は…。

 

「それじゃあ仕事を再開しましょうか。ほら、丁度お客さんが―――あら、まあまあ!これはまた随分と懐かしい顔ね」

 

雪子叔母さんはお客を見て一瞬驚いていたようだったが、それは直ぐに柔らかな笑顔へと変わる。

しかし、何か妙だ。雪子叔母さんの浮かべている笑顔は明らかに接客時の笑顔ではない。いや、神社の人間が営業スマイルというのも何か変な気もするが…。でもやはりあの笑顔は変だ、あの笑顔は何かを懐かしみ、細めたその目には喜びに満ちていて、まるで子の成長を喜ぶ母の様であった。少なくとも祭りに訪れたついでにお守りを買いに来たお客に向ける笑顔では無い。どのような人でも分け隔てなく接する人ではあったが、この様に微笑んで見せるのは近しい身内くらいにしか見せる事は無いだろう。

 

「? どうかしまし―――」

 

知り合いの方でも来たのだろうか?私がそう思いお客の方を見る。そして、その直後にピシリと音を立てて硬直した。

 

「おっす、箒」

 

視線を向けた先、そこには右手を上げて挨拶をしている一夏がいた。

 

「――――い、一夏!?」

「だけじゃないけどね。へー、巫女服かぁ。なかなか似合ってるじゃない。はい、差し入れのやきそば」

「鈴もか!?じゃあ皆も…」

「ん。いるよ?」

「わー♪生巫女だ生巫女だー♪まさか友達に巫女さんがいるなんてねー。たい焼きも食べるよねー?」

「巫女服ですか。修道服とは見た目は異なりますが清楚な感じはしますわね。クレープ召し上がりますか?」

「箒、すっごく似合ってるね!かわいいな~!あ、これ差し入れのべビーカステラね」

「ふむ、紅白でシンプルな色合いだな。私は好きだぞ?出来れば白黒、もしくは黒一色だとなお良いが。ほれ、たこ焼きだ」

「な、なななっ!?何でお前達まで居るんだっ!?と言うかこんなに食べられるか!?」

 

次々と一夏の後ろから現れる友人達。

いや、いやいやいやいや!何で此処に居るんだ!?時間変更のメールは謝罪の文も一緒に確かに送った。待ち合わせ時間までまだ時間はある筈。なのに何で皆ここに来ているんだ?うぅ…皆、私の巫女姿をじっと見てる。は、恥ずかしい!見られたくないから着替えて合流するつもりだったというのに…!それよりも何で皆食べ物を私に押し付けてくる!?

 

「箒の巫女服姿も久しぶりだなぁ。あの頃は小さかったから昔と今とじゃ全然違うな」

「わ、悪かったな!昔とは全然違って!」

「何で怒ってるんだよ?昔は可愛かったけど今は綺麗で似合ってると思うぞ?」

 

か、可愛いっ!?

 

「~~~~~っ!?///」

 

ほ、褒められた?一夏に褒められたのか私は?…ま、不味い、顔がすっごく熱くて茹で上がってしまいそうだ…。

 

「あらあら、箒ちゃんったら可愛い♪」

 

くすくすと雪子叔母さんは茹でダコ状態の私を見て可笑しそうに笑う。すると、そこで一夏は漸く雪子叔母さんの存在に気付く。

 

「あっ、えっと……?」

「あら、覚えてない?まあ仕方ないわよね、二人が小さかったから」

 

……ああ、言われてみれば何度か一夏も雪子叔母さんと顔を会わせた事があったな。あれは剣術道場で稽古をしていた時か。たまに神社に戻って来ていては、その時に道場に通っていた子供達にお菓子の差し入れをくれたのを覚えてる。

 

「…ああ!あの時の!」

「思い出してくれた?」

「はい!よく稽古の後に皆でお茶とお菓子をご馳走して貰ったのを覚えてますよ!」

「そうそう、懐かしいわねぇ。すっかり一夏くんも大きくなって……あら?」

 

頬に手を当ててそう懐かしそうに語る雪子叔母さんだったが、一夏の後ろから顔だけをひょこりと出してこちらの様子を窺っていたミコトに目が止まり、何かを確かめる様にじ~っとミコトの顔を見つめる。

 

「えっと、貴女…」

「う?」

「…いいえ、何でもないわ。ごめんなさいね、私の知ってる子に似てたものだから(他人の空似…よね?)」

「ん」

 

ミコトに戸惑いを見せた雪子叔母さんだったがすぐに笑顔へ戻る。

恐らく雪子叔母さんが戸惑っていたのはミコトが千冬さんにあまりにも似すぎていた為だろう。千冬さんも此処の道場に通っていたから顔を会わせる機会はあった筈だから千冬さんを知っていても不思議ではない。何より、人騒がせなもう一人の姪の親友で有名人なのだから知っていて当然とも言えるだろう。だが、今はそれよりも―――!

 

「――――そ、それより!どうして来た!?まだ待ち合わせの時間じゃない筈だぞ!?」

「だから差し入れだって、ほれ焼き鳥」

「お前もか!?」

 

山の様に積まれた差し入れに新たに焼き鳥が追加される。何だこの祭り定番のよりどりみどりは。見ているだけで胸焼けしてしまいそうだ。

 

「まあ、本当の所はミコトが箒に会いたいって言い出して聞かないから、約束の時間よりも早く此処に来たんだけどな。んで、仕事の邪魔はしちゃ悪いと思ったから差し入れという名目で様子を見に来た訳だ」

「それでこれか…」

 

どっさりと積まれた差し入れの山を見る。気持ちは嬉しいがこれでは嫌がらせではないかと疑ってしまうぞ…。

すると、私がげんなりとしている所にまた新たに差し入れが追加される。

 

「箒、仕事、がんばって?」

 

一夏の後ろに隠れて……そう、それはまるで悪戯をした子供が叱る親の機嫌を窺うそれに似ていて、ミコトは顔だけ覗かしてぽつりと呟くと、恐る恐る自身の後ろで隠していたわたあめを私に差し出してきた。

我儘を言った自覚があるのか、きっと仕事の邪魔をして怒られると思ったのだろう。そんなことは決してないと言うのに。そう、怒られるべきは約束を破った私の方なのだから。けれど、仕事をしている以上それを放り出すわけにはいかない。いや、既に放り出しているんだ私の家は。それなのに手伝うと申し出た側として「友達と遊びに言って良いですか?」なんて自分勝手な事はとても言える筈が無い。

 

「ミコト…ありがとう」

 

私はミコトに感謝を述べてわたあめを受け取ると一口齧る。

…うん、甘い。口の中で広がるわたあめ独特の甘み。そう言えばわたあめを食べたのは何年振りだろう?わたあめなんて祭りの屋台にしか目にする機会は無いし、ここ数年祭りに行く事なんて無かったから本当に食べたのは久しぶりだった。

 

「…ふふ、美味しいな」

「!…ん。よかった♪」

 

私の言葉を聞いて、先程まで不安そうだった表情は忽ち花が咲いた様に明るくなる。

 

ふふ、可愛いな。本当に…。

 

思えばミコトと出会ってもう少しで半年程か。出会った頃に比べてミコトも表情が豊かになったものだな。私も人の事は言えないが。

 

「ご馳走様だ。すまないな、まだ仕事は終わってないからもう少ししてからまた―――」

「あら、遊びに行って来たら良いじゃない」

「雪子叔母さん!?」

 

雪子叔母さんはにっこりと微笑んで、先程までの会話を台無しにするような事を言い出す。

 

「さっきまでの会話を聞いてると本当はお友達と約束してたんでしょう?駄目じゃない嘘吐いちゃ、さっきも言ったでしょう?甘えて貰えた方が私は嬉しいって」

「ですが、一度引き受けた以上は―――」

「一夏くん。箒ちゃんをよろしくね?あっ、食べ物は此処に置いて行きなさい。見て回るのに邪魔でしょう?預かっておいてあげるから花火の時間になったら取りにきなさいな」

「あ、はい。でも良いんですか?」

「良くな―――」

「良いの良いの。せっかくの夏祭りなんだから楽しまないと、ね?」

 

話の中心である筈の私を置いてけぼりにして、話はどんどん先へと流れていく…。

 

「ああでも、着替えてる時間はないわね。箒ちゃん、仕方が無いからそのまま遊びに行ってらっしゃい。大丈夫、此処は神社だから巫女服でも恥ずかしくないわ」

「え、ええ!?」

 

何その暴論!?流石に無理がある様な…。

 

「それもそうっすね。よし箒、行くぞ!」

 

がしっ!

 

一夏が私の手を握ってくる。

 

「ちょっ、待って!?放せ!」

「箒、いこ?」

 

がしっ!

 

そして、もう片方の空いてる手をミコトが握る。

 

「ミコトもか!?」

 

がっしりと両手を二人に拘束され、二人に強引に引っ張られる。

一夏の方を振り解こうにも男と女では力の差があり過ぎて振り解けない。ミコトの方は振り解こうと思えば振り解けるが、そうするとミコトが傷ついてしまいそうなのでやはり出来ない。

結局、私は抵抗をする事すら許されずにずるずると屋台の並ぶ境内へと引き摺られていくしか無かったのだ。

 

「何だこれは?一体どう言った状況なのだ?どうしてこうなった!?」

 

私の疑問に答えくれる者は居ない。ただ引き摺られていく私を微笑ましく見守るだけだ。真面目に仕事していた筈なのにこの仕打ち。あんまりである。

 

「結果オーライ…で良いんですのよね?」

「たぶん…うん、良いんだと思う」

「あれだと余計に目立つわよね…?」

「まるで宇宙人の様だな」

「しののんは犠牲となったのだー」

「あらあら、元気なさそうだったけどあの様子だと大丈夫そうね。うふふ」

 

くっ!他の連中は他人事のように!

 

「は、放せ!は~な~せ~!!」

 

私の叫ぶ声が夏の夜空に響くのだった…。

 

 

 

 

 

「なあ、いい加減機嫌直せよ。悪かったってば」

「………ふん!」

 

隣で一夏が両手を合わせて謝罪して来るが、私はそっぽ向いて一夏に奢ってもらった(正確には奢らせた)クレープを頬張る。

あの後、引き摺られる様な形で祭りを見て回る事となった私は、巫女服という目立つ服装と目立つ奇行のために当然擦れ違う人々の注目の的となり、自身に集まる視線に私の顔からは恥ずかしさのあまり炎が噴き出してしまいそうなほどに真っ赤に染め上がり、もうお祭りを楽しむ余裕などありはしなかった。いや、楽しむどころかあれは公開処刑の類いだ。処刑を楽しむなんて狂人以外の何でもない。流石に見るに見かねて他の連中が助けてくれたが、何故もっと早く助けてくれ何だと思わずにはいられない。というか連中も途中までは楽しんでたからな!

 

「箒、ごめんね?」

「ミコトは悪くない。悪気があったわけではないからな……他の連中と違ってな?」

 

「「「「「「………」」」」」」

 

ミコトにそう微笑んでからギロリと他の連中を睨む。睨まれた者達は一斉に視線を逸らした。こいつら…。

 

「しかし今度からは止めてくれ。お願いだから」

「ん」

 

切実にそう願うとミコトは素直に承知してくれた。分かって貰えて何よりだ。あんな目に遭うのは二度と御免だからな。

 

「ならば良し。祭りも満喫した事だし……ああ、そろそろ花火の時間だな。神社に戻るとしよう」

「あー、ほんとだー。もう打ち上げ始まっちゃうよー?」

 

楽しい時間…とは言い難かったが、そう言うのに限って時の流れが早く感じるもの。

気が付けば現在の時間は8時前、もうすぐ花火が始まってしまうのでそろそろ移動した方が良いだろう。神社に戻って雪子叔母さんに預かって貰っていた食べ物を受け取ってから例の場所へ向かう事にしよう。

 

私と一夏を先頭にぞろぞろと参道を歩いていると、隣で歩いていた一夏が私に話しかけてきた。

 

「やっぱりあそこに行くんだろ?ほら、例の場所」

「無論だ」

 

私と一夏が言う例の場所というのは、神社の裏にある林を抜けたところに秘密の穴場のことだ。

背の高い針葉樹が集まって出来た裏の林には、ある一角だけ天窓を開けたように開いている。そこから見る景色はさながら季節を切りぬいた絵の様で、春は朝焼け、夏は花火、秋は満月、冬は雪と、色とりどり四季折々の顔を見せる秘密の場所。そこを知っているのは千冬さんに姉さん、そして一夏と私の四人だけだ。

 

昔はよく4人であそこに行ったものだ。何時からだろう、あそこに立ち寄らなくなったのは…。

 

一人物思いに耽っている内に神社に戻って来ると、雪子叔母さんから預かって貰っていた食べ物を受け取りそのまま皆を連れて神社の裏にある林の中へ。

 

「おー、変わってないな。ここも」

「…そうだな」

 

一夏の言う通り此処はあの頃と全く変わらない。聞こえてくる虫の鳴き声も、時折吹く風に乗って運ばれてくる草木の香りも、あの時のままだ。まるで此処だけ外から隔離されて時が止まっていたかの様に…。

 

「…天窓」

「素敵ですわね…」

「わぁ…」

「良い眺めだねぇ~」

「成程な、確かに花火を見るには絶好のスポットだろう」

 

着いた先にあった天窓を見上げて、皆はその眺めに口を大きく開けて溜息を溢す。

 

「へぇー、神社の裏にこんな所あったんだぁ」

 

以前にこの街で暮らしていたからと言って、鈴が知らなくても当然だ。だからこそから秘密の穴場なのだ。そうでなくては秘密の穴場とは呼べかないだろう?

 

「此処を知ってるのは私と一夏を含めて四人だけだからな。知らなくて当然だろう」

 

4人だけが知っている秘密の場所。以前の私なら一夏との共有の秘密を、この思い出の場所を、誰かに教える事なんて無かっただろうが……ふふ、不思議だな。皆なら悪くないなと思えてしまう。

 

「箒、箒」

「む?どうした?ミコト」

 

とてとてと私の足元に駈け寄って来るミコトに私はしゃがんで視線を合わせてやる。

さて、行動が予測不可能なこの少女は何を言い出すのだろうか?そう思いながらミコトのアクションを待つが…。

 

「ありがと」

 

ミコトの口から述べられたのは突然の感謝の言葉。

一瞬、ミコトのその言葉の意味を理解出来きずにきょとんとしてしまうが、「ああ、そうか」と直ぐにその意味に気付き、ふっと笑顔を浮かべる。

言葉足らずだが何となくわかる。この子は聡い。多分、ミコトには私にとってこの場所がどれ程大切な場所か理解しているのだろう。だから「ありがとう」と感謝の言葉を述べたのだ。だから私もこう返そう。

 

「……うん、どういたしまして」

「ん♪」

 

ドーーーーン!

 

そして、タイミングを見計らったかのように、轟音と共に夜空に色鮮やかな花火が咲いた。

 

「おっ!始まったな!花火!」

 

花火大会を告げる最初の一発目に続いて、次々と花火が夜空に鮮やかに咲いていく。この花火大会は百連発で有名で、一度始まると一時間以上ぶっ通しで轟音と一緒に夜空に彩りが止む事は無い。

 

「ひゅ~♪やっぱ夏と言ったらこれよね~♪」

「わっ、すごいね!」

「これが日本の花火…。イギリスの花火とはまた違いますのね」

「た~まや~♪」

「………これは、また凄いな」

 

パッ、パパッと花火が瞬く度に、楽しそうに花火を見上げる皆の顔が光に照らされる。この顔を見られただけで私にとっては十分楽しい夏祭りだったと言えなくもない。

ん?皆と言えばミコトはどうしたのだろう?初めての花火なのに随分と静か―――。

 

「――――――…」

 

―――だと思ったら、花火を見上げたまま目を丸くして硬直していた。手に持ったわたあめも食べるのも忘れて。

 

言葉もない、と言ったところか。ふふふ。

 

「どうだ?ミコト。初めての花火の感想は?」

「すご…い…きれい…」

 

きっと、今思っている気持ちをそのままに言葉にしたのだろう。まるで子供の様な感想が少し可笑しくてくすりと笑うと一緒に私も空を見上げる。

赤、青、緑、黄色と様々な色の花火が瞬いては夜空と私達を照らす。

 

「ああ、そうだな。とても綺麗だ」

「でも、おなかがドンドンってなるね…」

「ぷっ…あはは!そうだな。ドンドンってなるな」

 

お腹を押さえて戸惑うミコトの顔を見てまた可笑しくて笑ってしまう。まあ、それもまた花火の醍醐味だから我慢してくれ。

 

「………」

 

ミコトから他の皆へ視線を移す。花火の光に照らされるその表情はどれも楽しそうな物ばかり。

そう、この場に居る誰もが花火を楽しんでいた。だからこそ思う。願う。

 

また見よう。皆で、私達しか知らない、この秘密の場所で…。

 

そう祈りながら、夏休み最後の思い出はそれは華やかな火に彩られて過ぎていくのだった―――。

 

 

 


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