IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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3510号観察日誌4

 

 

 

 

 

「3510号!指示通りに動けと何度言わせるんだっ!?」

 

今日も教官の怒声が訓練場全体を揺らす。最早日常的風景となりつつあるそれは、本来ならこの施設この場所では別段可笑しい事では無い。他のクローン達の訓練にも彼女の怒声は毎日の様に響いている。しかし、今響いている怒声はいつも訓練場で響いている怒声とはベクトルが余りにも違い過ぎていた。

 

「~♪~♪」

 

「だから!今は飛行訓練では無く射撃訓練だと言っているだろうがっ!」

「はぁ…」

 

教官の怒声など聞こえていないと私達に伝えるかの様に笑顔でくるくると空に円を描いて舞い続ける3510号。それを見て私は頭を抱え、教官は激怒して怒声を響かせる。

ISの訓練をする様になってもう一月が経つだろうか。その一月の間、何度もISに搭乗し訓練を行ってきたがそれは訓練と呼ぶには余りにも程遠い物だった。幾ら注意しても、幾ら叱っても、3510号はISに搭乗すれば空しか飛ばない。エネルギーが尽きるまで空を舞い続けるのだ。確かに本来の目的であるISのデータ収集は順調に行われている。飛行機動のデータのみだがそれだけでも3510号のデータはどのクローン達のデータより良い記録を残している。

 

「…」

 

確かに結果は残している。それでも私は心配でならなかった。命令を聞かない実験体を上の人間が生かしておくだろうかと。今直ぐにでも廃棄が決定するのではないかと不安でたまらなかった。

だって言うのにあの子は…。

 

「~♪」

 

「…もぅ」

 

私の悩みなど知らずに気持ち良さそうに空を舞う3510号。本当にどうしたものか。何とかしなければいけない。そう分かってはいながらも、これと言った打開策が思い付かず空を自由に舞う彼女を眺める事しか出来なかった…。

 

「ったく!今日も無駄に時間を消費しまった。おい研究員。いい加減に降りて来いとお前からも言ってくれ。お前以外の人間の言う事はろくに聞かんからな」

「…」

「おい。聞いているのか?」

「………え!?何ですか?」

 

考え事をしていると急に教官に声を掛けられつい訊き返してしまう。

 

「何ですか?じゃない。他のクローン達もこの訓練場とISを使うんだ。早くアレをどうにかしてくれ」

 

もうそんなに時間が経ったのか。気付けばハンガーにはあの子の姉妹でもあるクローン達が綺麗に整列して待機している姿があった。ISは大変貴重で数が限られているためこうやって交代で使っていくしか訓練の方法が無い。しかし、訓練場を独占し長時間ISを乗れる3510号はこれでもかなりの優遇なのだ。クローン達はISの倍以上の数は居る為、ISに乗れるのは一日長くて1~2時間。しかし3510号は一日に6時間はISに搭乗している。

 

これも所長が優先的にISを回してくれているおかげだけど…。

 

一度は調整もせずISのデータ取りをして廃棄する予定だったあの子をどうしてあそこまで優遇するのか。私は気になって仕方が無かった。最近では上の人間の雰囲気に焦りといった物を感じるがそれが関係しているのだろうか?

そんな事を考えながらコンソールへ向かっていると、ふとある事に気付いた。ハンガーで待機しているクローン達の数が明らかに減っているのだ。この前までは20体はいた筈だ。だが今は15体しか居ない。別の場所で待機しているのか?だが、今までは一纏めで訓練していたと言うのに一体どうして…。

 

効率を考えて一部は他の訓練でもさせてるのかしら?でも今までそんなことしてなかったし、そんな話は聞いてないけど…。

 

3510号の監視員になって、他のクローン達の訓練状況も一応は伝達は届くようになっている。しかし訓練内容が変更されたという伝達は私には届いてはいない。私の様な下っ端には伝える必要は無いだけかもしれないが、やはり気がかりだった。

 

「…」

「おい何をしている。早くしないか」

「あっはい!…3510号。今日はもう終わりだから降りて来なさい」

 

『……ん』

 

私が指示すると同時にピタリと空で停止しゆっくりと降りて来る3510号。訓練の指示は言う事聞かないのにお終いだと伝えれば素直に降りて来るのは一体全体彼女の中ではどう言うルールが構築されているのだろう。まったく不思議でならない。

 

「やれやれ…」

「あの…」

「ん?」

 

漸く大人しくなった3510号に疲れ果て溜息を吐く教官に、私は数の減ったクローン達の事を訊ねてみる事にした。研究の方は深く関わってはいないが訓練を担当する彼女なら何か理由を知っているかもしれないと思ったからだ。

 

「クローン達の人数が少ない様ですけど、どうかしたんですか?」

「ああ、そんな事か。廃棄された」

 

彼女の口に出た言葉に全身の血の気が引き視界が揺らぐ…。

 

………ぇ?

 

「今…何て?」

 

彼女は一体今何と言ったのだろう?私の聞き間違いでなければ廃棄されたと言っていた様な気がするが。まさかそんな事ある筈が無い。欠陥品とまで言われていた3510号ですら廃棄されずにいたと言うのにまさかそんな事…。

 

「廃棄されたんだよ。成果を残せなかったからな」

「そん、な…」

 

あの子の…姉妹が…?

 

あの子達が互いに姉妹と認識しているのかは私には分からない。同じ母親から生まれて来たという訳でも無い。でも、だけど。あの少女達は確かにあの子の姉妹たちで…。

 

「まぁ、私から見たらどれも同じ顔だから誰が廃棄されたか分からんがな」

 

正直どうでも良いと言うと彼女は待機しているクローン達の方へと去っていき私は一人コンソールに呆然と立ち尽くす。『成果を残せなかったから』彼女の言葉が何度も何度も頭の中に響かせて…。

 

 

 

 

 

「………」

 

訓練が終わり自室へと戻った私は3510号を放ったらかしで机に突っ伏して自分に問い掛けていた。自分の所為なのか?と…。

 

―――廃棄されたんだよ。成果を残せなかったからな。

 

3510号が結果を出したからあの子の姉妹が…でも、そうしなければあの子が…。

 

一体何が間違っているのか。一体私はどうしていたら良かったのだろう。結果を出さなければあの子は死んでいた。でも結果を出したせいであの子の姉妹は廃棄されてしまった。命が失われてしまった…。

 

私が殺したのも同然だ…。

 

やってしまった自分の行いの重さに、命の重さに今になって漸く気付く。この研究に関わると言う事はこう言う事だと分かっていた筈だ。いずれあの子とも別れが来る事も以前から自分に言い聞かせて来たではないか。だと言うのに何故今になってその重圧に圧し潰されようとしているのだ自分は…。

 

くいっくいっ…。

 

「っ!?」

 

突然スカートを引かれて驚いて振り向くとそこには心配そうに私を見上げる3510号の姿があった。

 

「……ぅ?」

 

…そうだ。この子に関わってから…。

 

元々この仕事は自分には合わないとは分かってはいた。だが仕事だと割り切ってはいたのだ。でもこうしてこの子と関わって。この子も生きているのだと知って以前の様な考え方がもう出来なくなっていた。

 

どうすればいいのよ…っ。

 

結果を出さねばこの子は廃棄される。結果を出せば他の子達が廃棄される。では、どうしろと言うのだ?

 

わからない…わからないっ!

 

ばんっ

 

「っ!?ビクゥッ」

 

何もかもが分からなくなり机に殴りつけてしまい。その音に3510号はビクリと身体を震わした。

 

「ぁ…」

 

しまった。この子を怖がらせてしまった…。

 

自分の見っとも無い姿に悔いると、私は怯える3510号の頭にそっと手を置いて頭を撫でる。

 

「ごめんなさい。驚かせちゃったわね」

「…フルフル」

 

首を横に振っているのは気にするなと言う意味なのだろうか。どうやら気を使わせてしまったらしい。まったく、こんな小さな子に気を使わせるなんて本当に自分はなんて情けない…。

何が間違っているのか…そんなの決まっている。この研究。この計画こそ間違っているのだ。考えるまでも無いではないか。

 

それでも…。

 

それでも私は。研究を続けていくしかない。この子を長く生かすためにも。例えそれが他の命を犠牲にするとしても。それしか方法は無いのだから。無力こそが罪。きっとこれが何も出来ない私の罰なのだろう…。

 

…でも、本当にそれで良いの?

 

この子にとって長く生かすということが一番大事な事なのだろうか?他にもっと大事な事があるのではないだろうか?このまま唯『生かされている』だけの人生でこの子を終わらせてしまって良いのだろうか?

 

…良くない。

 

現在のクローンの寿命は約1~2年程とされている。とても短い時間だ。だからこそ、その短い人生を楽しんで貰いたい。後悔の無い様に。しかし、それは此処では叶わない願いだ。この檻の中に閉じ込められていたらこの子は何も知らずに生涯を終わらせてしまう。鳥かごの中の小鳥で終わってしまう…。

この子を此処から逃がす…何処に逃がす?何処に逃がしたところで必ず国は追って来る。証拠隠滅のために。この子を殺しに…。それに、この子を匿ってくれる人が存在するのだろうか?クローンで明らかに厄介に巻き込まれると分かっていると言うのに。しかし私には一つだけ心当たりがあった。

 

ある…一つだけ。あそこならきっと…。

 

あそこならきっとこの子を守ってくれるだろう。この子に沢山の物を与えてくれるだろう。どの国も関与できないあの場所なら。きっと…。

 

ぎゅっ…

 

「…オロオロ」

 

再び黙りこんでしまった私が心配でたまらないのか私の腰に抱き着いて来る3510号。私は彼女を安心させるように微笑む。

 

「…何でも無いから。心配しないで」

 

―――可愛がるのは結構だがあまり欠陥品に構うなよ?

 

ええ、本当に…。

 

「何でも、無いから…」

 

そう言って微笑むが、心の内ではいずれ来るであろう結末と自分の無力さに泣きたくてたまらなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side ゼル・グラン

 

 

 

 

 

「何度も言っている。計画は順調だと」

 

『…』

 

「ISのデータは送った筈だ。それを見てその様な判断しか出来ないのか?だとしたら早々にその席を後任に譲るべきだろうな。まぁ、後任も大して変わらんだろうがな」

 

『…っ!』

 

私の見下した言葉に電話の相手は見苦しい程の反応を見せるが私はそれを鼻で笑いながら会話を続ける。

 

「結果は出している。文句はあるまい」

 

この一ヶ月間の成果は今までに無い程の物だったと言えよう。我々の目的である「最強のIS操者」に偏ってはいるが近づいているのは確かだ。

 

その結果を出したのがあの欠陥品だったと言うのが意外ではあるがな…。

 

『…っ!』

 

「計画は続ける。文句は言わせんぞ」

 

『~~~っ…っ!』

 

乱暴に電話が切られるとそこで会話は終了してしまい私は受話器を相手とは反対にゆっくりと置きそのまま椅子に腰を下ろし深く溜息を吐いた。最近反対派の連中の活動が活発になっていると聞いたが上層部が計画の撤退を執拗に要求して来るのはそれが原因か。

 

特別に解決策がある訳でもないと言うのに非人道的だの何だのと思考を常識に囚われる日和見主義者の馬鹿者共め。この計画が成功しなければ我が国に明日が無いのが分からないのか!

 

他国は次々に新型のISを開発していく中、我が国は他国が開発した量産型に頼るばかりで何ら進歩を遂げていない。今、我が国は他国に勝る技術を持たなければ破滅しか道は無い。そしてその技術がこのクローン計画なのだ。だと言うのに反対派の連中は未だに非人道的だとほざいている。

 

無能共め…。

 

人と人との競争に道徳など邪魔な物でしかない。そんな足枷捨て去ってしまえば良い。報告ではドイツでは遺伝子強化の研究が行われていると聞く。この分野でさえ他国に抜かれようとしていると言うのに…。

 

「馬鹿が…」

「荒れていますね、所長。本国からですか?」

 

書類の束を抱えている部下がそう訊ねて来るのに私は何も言わず無言で頷く。

 

「最近多いですね。また成果を出せとかそんなのでしょう?」

 

また無言で頷く。そんな下らない事で一々口に出して反応してやるのも馬鹿馬鹿しい。それだけ先程の会話の内容は下等な物だった。

 

「…何か報告でもあるのか?」

 

そんな下らない事を言う為に話し掛けて来た訳ではないのだろう。そんな事で時間を無駄に費やす無能者など私の部下には居ないし必要ない。

 

「はい。本国からの送られた資料が此処に」

「本国から?どうせ下らない物なのだろう?」

「そうですね。どちらかと言えばそうなのかもしれません。どうぞ」

 

苦笑する彼は抱えていた書類を差し出すと、私はそれを受取り内容に目を通す。渡された書類に記されていたのは本国が開発中の新型のISについてのものだった。

 

IS…ああ、そう言えばそんな話も上がっていたな。まったく開発は進んでいない様だが。

 

「新型…第3世代か」

 

もし開発が成功すれば我が国も先進国と肩を並べられるのだがな…。

 

「新型と言うよりパーツの実験機ですね。武装なんてありませんし」

「何?どう言う事だ?」

 

彼の言葉に眉を顰め、資料を読むのを止める。

 

「EN兵器なんて開発出来る程我が国は進んでいませんからね。当然かと。完成しているのは新型のスラスターだけと言う酷いものですから」

 

デザインもアレですし…と言う部下の言葉は敢えて聞かなかった事にした。そもそも興味も無い。

 

「何でそんな物の資料が送られて来る?」

「新型スラスターのデータが欲しいそうです。理論上では現存するどの機体よりも複雑な機動が可能…らしいです」

 

なんと曖昧な…。

 

此方も時間が無いと言うのにそんな性能がはっきりしないガラクタの開発に付き合えと言うのか。馬鹿ばかしい。私は付き合ってられんと資料を破り捨てようと手に力を込めるがふとある事を思い付きピタリと手を止めた。

 

…待てよ?その新型。上手くすれば使えるかもしれん。

 

捨てようとしていた資料をもう一度読み直し、それを確信するとニヤリと笑みを浮かべある人物の顔を思い浮かべて心の中でこう呟いた。

 

「丁度良いのが居るではないか」

 

と…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side クリス・オリヴィア

 

 

「よっと…サラダはこれでいいわね。3510号!トーストは焼けたぁ~?」

「じぃ~…」

「ああ、まだみたいね…」

 

トーストが焼けるのを唯じっと眺めている3510号を見て人型のレンジかアンタはと苦笑すると、出来たサラダをテーブルに運びトーストが焼けるのを待つ事にする。

 

大切にしよう。今、この時間を…。

 

昨日から私はこの事過ごす時間を今まで以上に大事に過ごしていた。後悔はするだろう。でも最悪の形で終わらしたくないから。だから私は…。

 

…チンッ

 

「っ!」

 

レンジのトースターが焼けたのを知らせる音と同時に3510号はこんがり黄金色に焼けたトースト二枚を皿に乗せてウキウキした表情で此方へと運んで来ると、テーブルに皿を置き自分の向かいの席に座った。

 

「はいご苦労様。それじゃあ頂きましょうか?」

「コクリ」

 

もぐもぐと美味しそうにトーストに噛り付く3510号。唯のトーストなのにとても幸せそうに食べる姿は見てるこっちまでも幸せにしてくれる。

 

「…」

「?」

 

私がじっと自分を見ているのが気になったのか食事を一旦中断して此方をじっと見つめて来る。

 

「何でも無いわ。ほら早く食べなさい。今日も訓練があるんだから」

「コクリ」

 

そう言うと、素直に頷き食事を再開する3510号。そしてそれをずっと眺めている私。

暖かな時間だ。ずっとこんな時間を過ごせたらどれだけ幸せだっただろう。それは叶わぬ願いだとしてもそう思わずにはいられなかった…。

 

「と、そうだ。今日から訓練の時間は少し留守にする事があると思うけどちゃんと教導官の言う事を聞くのよ?」

「…?」

「ちょっと用事がね…分かった?」

「…コクリ」

 

本当に分かっているのだろうか。私は彼女の事が気になったが、言っても無駄だろうと判断しこの話は終わりにして自分も食事にする事をした。

 

Pipipipi…

 

と、そんな時だ。部屋の通信端末の音が鳴り響いたのは。

 

…呼び出し?

 

席を立ち端末の画面を覗くと私は目を丸くする。画面に表示されていたのはなんと所長の名前だったのだ。慌てて私は端末を操作して通信を繋げる。

 

「な、何のご用でしょうか?」

 

『今日からISの訓練はこちらが用意した新型を使って貰う』

 

「…新型?」

 

突然来た所長からの通信の内容は、また急な物だった…。

その時、私もあの所長すらも知らなかった。そのISがあの子に本当の翼を与える事になるなんて…。

 

 


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