IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第41話「背中合わせの姉妹」

 

「―――以上の報告で分かりますように、亡国機業の活動は活発となっております。ラウラ・ボーデヴィッヒさんのシュヴァルツェア・レーゲン。そして、銀の福音の暴走はどちらもBerserker systemが原因であり、彼等が関わっているのは間違いないかと」

「で、しょうね」

 

薄暗い部屋。まだ昼間だというのにこの部屋はカーテンで陽の光も遮られ、室内にある光はカーテンの隙間から洩れ出す僅かな光とディスプレイの光のみ。そんな薄暗い部屋の中で、二人の女性が机を挟んでの密会が行われていた。

一人は王の貫録を漂わせて堂々とした態度で椅子に座わり、もう一人は机越しに王を仕えるようにピンと背筋を伸ばして立っていた。

その机の上に置かれているのは『生徒会長』と書かれたプレート。そう、椅子に座る女性はこのIS学園の生徒会長であり、裏工作を実行する暗部に対する対暗部用暗部『更識家』の当主、更識楯無。そして、向かいに立つのは幼い時からずっと彼女に仕え、更識楯無にとっては幼馴染である布仏虚であった。

 

「これ程までに彼等が目立つ行動を起こしたのは第二次世界大戦以来の事です。これは、何かが起こる前兆ではないかと各国や委員会の上層部も危惧しております」

 

虚の報告を訊き楯無は「そう…」と呟き、何かを思考するように目を瞑る。

 

(上層部の考えは私も同じ。奴らが近々何か大きな起こすのは明らか。今までの事件はそれに備えての前準備と言った所でしょうね)

 

ラウラ・ボーデヴィッヒの事件、銀の福音の事件、どちらも最新鋭の期待が関わっており、軍内部…それも、かなり深い部分にまで入り込まなければ機体に爆弾を仕掛けるのは不可能だ。悪戯にそんな危険な真似る連中がする筈もないと彼女は考える。

 

「取り調べの時、彼女なんて言ってたんだっけ?」

「ラウラ・ボーデヴィッヒさんですか?『新しく上官が変わってから感情が不安定になった』と発言しています。これは、Berserker systemの影響によるものだと」

「その肝心の上官は?」

「ドイツに問い合わせたところ、その様な人間は軍には存在しないと。その上官の情報も一切残っておりません」

 

(立つ鳥跡を濁さず、か…)

 

分かりきっていた事だが何も手がかりが無いこの状況に楯無は溜息を吐く。これでは話し合いをする以前に問題ではないかと…。

此方が取れる行動なんて何時如何なることが起きても即座に対応できるように備えておくだけ。つまり、どうしても後手に回ってしまい。その起こるであろう事態を未然に防ぐ事は不可能なのだ。

 

「どちらもBerserker systemも関係している。つまり連中の目的はBerserker systemにあるのかしら?」

「データを見てもあれは未完成の状態。そして、とても完成に至るとは私は思えませんが…」

 

Berserker systemはISを強制的に第二形態移行させるという物。シュヴァルツェア・レーゲンは第二形態移行をするまでには至らなかったが、銀の福音は第二形態移行を遂げた。確かに完成に近づいてはいるのだろう。しかし、暴走して使い手の意思に反する兵器など最早兵器とは呼べない。Berserker systemはその肝心な部分が出来ていないのだ。

 

「制御出来ない兵器なんて危なくて使えた物じゃないものね」

「はい。Berserker≪狂戦士≫とは皮肉な名前ですね。製作者側もの制御する事は諦めているのでは?」

 

制御不可能、手に負えない、暴れる事しか出来ないから狂戦士。Berserker system…。

 

「ただ暴れさせる事だけが目的?ISは貴重なのに使い捨て同然に扱うだなんて……………まさか、ね」

 

ふと、ある可能性を思い浮かんだ楯無だったがすぐにそんな事は有り得ないとその思い浮かんだ事を否定する。すると、虚は主の思考を見透かしているかのようにその否定に同意した。

 

「有り得ません。学園内のISは毎日点検しています。Berserker systemの存在を知ってからは、更にその検査も厳重になりましたから。私もその点検に参加しています。Berserker systemらしきプログラムは確認されませんでした」

「……そう、なら良いんだけど」

 

Berserker systemは直接ISコアにアクセスしなければインストールは出来ないと確認されている。つまり、学園内部に工作員が紛れてやしない限りBerserker systemが学園のISに浸食する可能性は無い。そして、IS学園のセキュリティーは世界一厳重で侵入はまず不可能だ。……襲撃事件なんて起こしておいて不可能なんて良く言えたものだなと楯無自身思うが、あれほどのイレギュラーでもない限り不可能、そう不可能なのだ。正直、こういうのは疑っていたらキリが無い。

 

「じゃ、次の議題に移りましょう」

 

ぱちん、と彼女の手に持つ扇子が音を鳴らす。

 

「はい?まだ何かありましたか?」

「あるある、大ありよ。ミコトちゃんの機体についての話が残ってるじゃない」

「ミコトちゃ―――こほん、ミコト・オリヴィアさんの大破した専用機修復の件ですね?ですがあれは、織斑先生の管轄だった筈では?」

 

ミコト・オリヴィアに関する全ては委員会の決定で織斑千冬に一任されており、イカロス・フテロの管理もその中の一つだ。生徒会長である更識楯無であっても、彼女の専用機であるイカロス・フテロを如何こうする権限は無い。

 

「悪い様にはしないからって仕事を譲って貰ったの♪」

「はぁ、それはまた何のために?」

 

若干呆れ気味に虚は楯無に訊ねると、楯無はクスリと悪戯な笑みを浮かべてその問いに答える。

 

「ねえ、虚ちゃん。友達を作るにはどうしたらいいと思う?」

「友達、ですか…?気が合うとか趣味が同じとか共通のする部分があるとか色々あると思いますが…それが何か?」

 

虚の答えに楯無は「そうね」と満足そうに頷く。

そう、共通の何かがあれば人は引かれ合うものだ。そして、関わっていくうちに共通の物を持つだけだった者同士はいずれ友情へと変わっていく。何故なら人は一人で生きてはいけない生き物なのだから…。

 

「ふふふ♪それはね?」

 

―――困った時は言う。私はたっちゃんにいっぱい貰ってる。次は私が返す番。

 

いつかあの白い少女が彼女に向けて言ってくれた言葉。何の裏も無いただ純粋に助けたいからという理由だけの優しい言葉。あの言葉に甘えるべき時は今なのかもしれない。

 

(本当は見守っていてあげたかったんだけど。けど、未だ完成の目途が立っていないとなると、ね…)

 

楯無はある少女を想う。未完成のおかげでこれまでの事件に関わらずにいられたのは幸か不幸か。中途半端に完成した機体で今までのイレギュラーと対峙する事になるよりかは幸いと考えるべきなのだろうが、このままこの状況が続くとなると楯無も動かなくてはならなくなる。更識家当主として…。けれど、自分が手を貸そうとすれば必ず楯無の言う少女はそれを拒絶するだろう。そんなことは楯無にも分かりきっていた。

何故なら楯無が先程から想う少女と言うのは、入学からこれまで表舞台に現れる事がなかった1年4組の代表候補生 更識簪。そう、更識楯無のたった一人の妹なのだから。

 

「あの子をミコトちゃんと接触させようと思うの」

 

更識楯無という完璧な姉に対しコンプレックスを抱いている。その所為か自分もそうであろうとして他者を遠ざけ何でも自分ひとりでやろうとする傾向があるのだ。そして、誰の手も借りず自身の専用機を完成させようとしている。かつて姉の楯無がそうしたように、専用機を自ら組み上げる事でコンプレックスを解消しようとしているのだろう。だが、学園行事には参加せずにもう2学期が始まると言うのにもかかわらず完成には至ってはいない。このままでは代表候補生としての彼女の地位が危うい。しかし楯無が手を貸そうとすれば彼女を更に傷つけてしまうことになる。ならどうすれば良いか?答えは簡単だ。あの言葉を掛けてくれたあの白い少女に助けて貰おう、と―――。

 

「成程、そう言う事ですか……しかしまた大胆な」

 

頬に手を当てて溜息を吐く虚ではあったが反対する様子は見られなかった。彼女自身その選択に間違いではないと思っているからだろう。それだけミコト・オリヴィアという少女に対する二人の信頼は厚かった。

あの少女の学園内での人との繋がりは広い、簪とは正反対に。だからこそ、何でもひとりでしようとする簪にとっては彼女に接する事で何か見えてくるかもしれない。そして、これはミコト自身にも損では無い。先程、虚が言った『共通のする部分』。ミコトも簪と同じで大破したイカロス・フテロを1からの状態で修復しなければならない状況なのだから。

 

「二人で力を合わせて…ですか」

「そっ♪ミコトちゃんなら大丈夫でしょ♪」

「そうですね。彼女ならきっと大丈夫でしょう。きっと…」

 

二人で力を合わせて互いの機体を完成させるだろう。そう二人は願う。

 

「……それと同時に、そろそろこちらも動き出しましょう」

「やっとですか。正直、この件に関しては対応が遅すぎると思います」

「渦中に飛び込まず離れて眺めた方が状況を見渡せるものよ、虚ちゃん?」

「その様な甘い判断が許される状況でもないかと…」

「まあ…ね…」

 

本年度の新入生の専用機持ちの多さ。度重なるイレギュラーの出現。そして、亡国機業の存在。もう不干渉で通すことは不可能だろう。本格的に彼女が動かなければならないまでに事態は深刻な状況であった。

 

「近く、機を窺って接触します。これから忙しくなるだろうから覚悟してね?」

「何を今更。お嬢さまが問題を起こすのは今に始まった事ではないですから」

 

幼き頃から楯無に仕えているのだ、こんな事はもう慣れていると諦め混じりに虚は言う。

 

「あっ!ひっどーい!」

「何が酷いものですか。いつも無茶ぶりをして周りの人間を振り回すんですからそう言われても当然でしょう?」

「ぐぬぬ…!なんと従者らしからぬ台詞。ご主人様はとても傷つきました」

「なら丁度良いのでそのまま反省して下さい」

「本当に酷い!?」

「はいはい分かりましたから。何時までも騒いでないでカーテン開けて下さいよもう、暗いんですから」

 

真昼間だと言うのにカーテンを閉め切った薄暗い生徒会室で先程までのシリアスな雰囲気を忘れて騒ぎ出す主従二人なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

第41話「背中合わせの姉妹」

 

 

 

 

 

 

 

――――Side ミコト・オリヴィア

 

 

「でやあああああっ!」

「まだまだぁ!」

「ぼぉ~……」

 

ガキィンッ!と重い金属音を響かせて、一夏と鈴が刃を交えてぶつかり合う空を私は日陰で体育座りをしてぼーっと眺めている。今日は二学期初の実戦訓練で1組と2組の合同、だけど私のイカロス・フテロは故障中なので私は今日は授業を見学。皆一緒の授業なのに残念。

 

「くそっ……シールドが!?」

「ほらほら!最初の勢いはどうしたのよっ!」

 

クラス代表同士……だったかな?その対決で始めは一夏が押していたけど、時間が経つに連れて鈴の方が優勢になっていた。それもその筈、一夏の白式はまんまの短期決戦仕様。時間を掛ければ掛ける程それだけ自分の首を絞めていき、第二形態になった事で性能は向上したけれどその燃費の悪さも加速してしまった。攻守共に優れた雪華の突撃槍モードで逆転を狙うも、高速に動く標的と自身の機体に一夏はついて行けていない様子で、結果その一撃必殺は当たらずにシールドもエネルギーも消費して自分の首を絞めるハメになってしまっている。

 

一夏、動く目標に当てるの苦手だもんね。

 

そう言えば、今まで一夏が≪零落白夜≫で倒した敵ってセシリアや動きの少ない機体ばかりだった様な気がする。

 

「そらそらそらそらぁ!」

「ちょっ!?それは撃ち過ぎだろ!?ぎゃあああああああああああっ!!!」

 

あ、落ちた…。

 

衝撃砲の雨にエネルギーが尽きた白式は成す術もなく轟沈し、それと同時に試合終了を告げるアラームが鳴り響いた。

グラウンドに二人の機体が降りてくると、二人を囲む様に見学していたクラスの皆と千冬達が集まって来る。今の戦闘の反省点の説明でもしてるのかな?あ、一夏叩かれた…。

 

「ぼぉ~…………あつい」

 

9月の頭、夏の季節もそろそろ終わる頃とは言ってもまだまだその暑さは健在。日陰に居るにも関わらず私の額には汗が浮かんでいた。

 

ピンポンパンポ~ン♪

 

「…………う?」

 

突然聞こえてきたスピーカーから聞こえてくる校内放送の呼び出し音に、暇を持て余していた私は意識をそちらへと向ける。

 

『―――1年1組のミコト・オリヴィアさん。1年1組のミコト・オリヴィアさん。至急、生徒会室まで来て下さい。以上!』

 

今のたっちゃんの声だ。生徒会室に行けばいいのかな?

でも、今は授業中。抜けだしたらまた千冬にげんこつされるしどうしたらいいのだろうと悩んでいる所、千冬が私が見学している日陰へとやって来た。

 

「オリヴィア。授業は良いから生徒会室に行って来い」

「……いいの?げんこつ、しない?」

 

行けと言っておいて後でげんこつはあまりにも理不尽。

 

「するか。………というかだな、拳骨が嫌なら授業を抜け出そうとするな馬鹿」

「だが断―――あうっ!?」

 

台詞を言い終わる前に千冬のげんこつが私の頭に落ちる。やっぱりげんこられた…。

 

「断るな。まったく、妙な言葉を覚えおってからに。布仏には後でしっかり言っておかなければな」

「?」

「はぁ、もういい。それより早く行け。奴も授業中に呼び出さなくても良いだろうに……」

 

そうぶつぶつ何か言いながら千冬は授業へ戻って行く。

 

「ん。私もいこっかな…」

 

千冬ももう行っちゃったし、たっちゃんが呼んでるみたいだから私も生徒会室に行くことにした。

 

 

 

 

「おじゃまします」

「おっ、来たわね~♪待ってたわよ、ミコトちゃん♪」

 

生徒会室に入ると扇子を持ったたっちゃんが笑顔で出迎えてくれる。

 

「授業中に呼び出してごめんなさいね?ミコトちゃん」

「ん。見学で退屈してたから、いいよ?」

 

たっちゃんの傍で控えていた虚がそう私に謝って来るけど、私は気にしないでと首を振る。実際、あのままだと退屈で死んじゃいそうだったから呼んでくれて嬉しかったよ?

 

「まあ、退屈そうにしてたから呼びだしたんだけどね☆」

「会長…?」

「あはは、ごめんごめん。冗談だから」

 

少し怖い顔をする虚にたっちゃんは口元を扇子で隠して笑って誤魔化した。あの表情は冗談じゃなくて本心な気がする。私は別にそれでも構わないけど。

 

「……? 二人とも、授業…」

「うん?ああ、私達は生徒会の仕事があるから特別に授業を受けなくても良いのよ。まあ特別な仕事の時限定だけどね?」

「そうなんだ」

 

授業中でも仕事しなくちゃいけないなんて生徒会って大変なんだね………あれ?

ふと、ある事に疑問に思う。生徒会の仕事だと言うのなら誰か足りなくはないだろうか?そう、生徒会役員はたっちゃんと虚を含めてたったの3人。最後の一人が此処にはいなかった。そして、その最後の役員と言うのが…。

 

「……本音?」

「本音ちゃんは置いてきた。はっきり言ってこの戦いにはついていけない」

「?」

 

たっちゃんが何を言ってるのか良く分からない。ん、私もまだまだ勉強が必要。

 

「本音は此処に来ても寝てるだけだから、それだったら授業を受けさせた方は有意義でしょう?あの子も織斑先生の授業で居眠りしようだなんて考えないでしょうし」

「……おー」

 

虚の捕捉に私は成程と納得する。確かにここでは本音の寝てる姿とお菓子を食べてる姿しか見た事が無い。本人曰く「二人が完璧すぎるから私の仕事が無いんだよー、えへへー♪」とか言ってたけど、あれは仕事が無いんじゃなくて仕事をやらないだけだと思う。ん。

 

……あれ?従者ってなんだっけ?

 

前に本音から教えて貰った従者と言う言葉の意味と本音の行動がどうしても当て嵌まらないのは何で?

 

………むぅ~??

 

「それでね、呼び出したのは大事な話があるからなんだけど……どうしたの?」

「大丈夫だ、問題無い」

「そ、そう…?」

 

ん。少し混乱しただけだから。

 

「お話、なに?」

「あ、うん。その話って言うのはね。―――っと、その前に、ミコトちゃん1年4組の代表候補生って知ってる?」

「1年4組の代表候補生…」

 

そう言えば随分前にそんな話を何処かで訊いた事がある気がする…。

 

―――ま、まぁ幸いな事に専用機を持っているクラス代表はわたくし達一組と四組だけですからそんな深刻に考える事はありませんわ。

―――噂じゃその候補生の専用機も未完成の状態らしいしね。

―――………そうだねー。

 

…ん。そうだ。クラス対抗戦の時に一夏達がその話をしてた。あの時、本音が何処か悲しそうにしてたのを覚えてる。

 

「たしか、専用機、未完成なんだよね?」

「あ、知ってるんだ。でも少し違うかな。未完成じゃなくて持ってないのよ、専用機を」

「う?」

 

専用機を持ってない?専用機持ちなのに?

そう思ってしまうと、そんな私の顔を見たたっちゃんがクスリと苦笑する。

 

「不思議って顔をしてるわね。うん、まあ仕方ないわよね。専用機持ちなのに専用機を持ってないだなんて可笑しな話だもの」

「ん……」

 

たっちゃんの言葉に賛同するように私も頷く。

 

「でも、何でそんなお話、するの?」

「うん、ええっとね…」

 

専用機を持たない専用機持ちの1年4組の代表候補生のお話。突然そんなお話をされても私にはたっちゃんが何を言いたいのか全然わからない。

でも、たっちゃんは何か言いたそうにしている。ううん、どう言うべきか言葉を選んでるみたい。いつものたっちゃんらしくない。

 

「その代表候補生って言うのがね…………私の妹なの」

「んー………」

 

ぽく、ぽく、ぽく、チーン!

 

「…………おー!」

 

ぽんと手を叩く。

一つ一つの小さな情報の欠片が、大きな一つへと纏まって行く。あの時、どうして本音が悲しそうだったのか今ならなんとなく分かる気がする。

 

「把握」

「う、うん?分かって貰えたみたいで良かったわ。何が分かったのかは知らないけど…」

 

ん。大丈夫だ、問題無い。

キランと目を光らせて、ぐっと親指を立てる。すると何でか二人はポカーンと口を開けて私を見ていた。ん。どうしたの?

 

「シリアスな話になる筈だったのに何でこんな空気に……じゃなくて!その妹の事でミコトちゃんにお願いしたい事があるの!」

「ん。任せる」

「即決!?話も聞いてないのに!?」

 

お願いしてきたのはそっちなのに何で驚くんだろう…。

 

「あのね、ミコトちゃん?話も聞かなくてOKするのは止めた方が良いと思うわ。悪い人に騙されてからじゃ遅いのよ?」

「たっちゃんは、悪い人じゃない、よ?」

「お嬢様はどちらかといえば悪い人の分類に―――」

「おいコラ」

 

めっと言い聞かせてくる虚の後頭部をたっちゃんはパシンッ!と扇子で叩く。

 

 

「この従者め信じられないわね…。でも虚ちゃんの言う通りよ?話の内容も聞かずにOKするのは感心しないな?」

「でも、約束した」

「え、約束?」

「ん。困ったら助けてあげるって約束した。たっちゃんに私はいっぱい貰ってるから。なら、内容なんて関係ない」

 

それに、友達が助けを求めてるのに助ける理由なんて必要ないから。

 

「……あ~もうっ!ホン~~ットに可愛いなこの子は!」

 

たっちゃんに目にも止まらぬ速度で抱きかかえられて、足をぶらんぶらんさせながらほっぺたをプニプニされる。

 

「うりうり~♪擽り攻撃だ~♪」

「あが~…くすぐったい」

 

抱きかかえてからの擽り攻撃に私は目を細める。でも不思議と嫌じゃない。たっちゃんは擽りに関しても上手いからかな?たっちゃんが何時も言ってる『生徒会長、即ち全ての生徒の長たる存在は最強であれ』って。擽りもかな?

 

「あの、会長?話が進まないのでそろそろ……」

「あ、うん。そうね!お願いを聞いてもらうにしても、その内容を話してないものね!」

 

「それじゃあ説明するわね」と、たっちゃんは椅子に座って説明を始める。私を膝の上に座らせて抱きしめたままの状態で。

 

「…お茶をご用意しますね。(お嬢様。その状態で説明をするのはあまりにも不適切な気が…)」

「ん、よろしくね~♪」

 

たっちゃんの言葉に「畏まりました」と丁寧にお辞儀をして虚は奥へ引っ込んで行くと、たっちゃんは説明を始めた。

 

「私の妹…名前は更識簪って言うんだけどね。日本の代表候補生なんだけどさっきも言った通り専用機がまだ完成してないの」

「どうして?」

 

そう訊ねると、たっちゃんは少し言い辛そうに私の問いに答える。

 

「倉持技研は知ってる?]

「ん。一夏の白式を開発したところ、だよね?」

 

白式の元々の製作・開発室。その名は私の刷り込まれた知識にも存在している。日本でも世界でも有名な企業。

 

「正解。それで簪ちゃんの専用機の開発元も倉持技研、つまり…」

「白式と同じところ」

 

私がそう答えると、たっちゃんも「正解」と頷いた。

 

「そう、本来なら白式は開発が頓挫して欠陥機として凍結される筈だったの。ううん、実際凍結されてた。でもある男の子の存在でそうはならなかった。」

「一夏?」

「またまた正解。それはそうよね『世界で唯一ISを使える男』の専用機なんだから、白式に関わっていた技術者は大喜びで凍結を取り消したわ。でも、その所為で倉持技研で開発が進められていた別の機体の技術者も白式の開発やデータ収集に全て取られてしまった…」

「……その機体が?」

「そうよ、簪ちゃんの専用機。第2世代型IS『打鉄弐式』。打鉄の後継機で、本来なら完成していた筈の機体」

「一夏のせい、なの?」

「悪い言い方をすればそうなのかもしれないわね…」

「そう、なんだ……」

 

私はしゅんっと落ち込む。一夏は悪くない。でも、簪って子から見ればそうじゃない…。でも、一夏は何も知らないでただ与えられただけ、でも簪って子は奪われて…。

 

「あ、ああでもね!彼自身が悪いって訳じゃないの!うん!それに、あの子にも非はあると思うしね!」

 

すると、たっちゃんが落ち込む私を見て慌ててフォローをしてくれた。

 

「…あの子?」

「簪ちゃん。あの子、何でも一人でやろうとするから。出来る事も、出来もしない事も…」

 

悲しそうに、そして何処か寂しそうにたっちゃんは語る。私の知っているいつも明るく振る舞うたっちゃんの姿はそこには無くて、私はそんなたっちゃんが見たくなくて…。だから―――。

 

「私は、何をすればいいの?」

 

―――ぜったい、助けてあげたいって思った。

 

「私が出来ること……ううん、たっちゃんがして欲しいこと、言う」

「………うん、ありがと」

 

ぎゅっと私を抱きしめている腕に力が籠るのを感じると、私はたっちゃんの手にそっと自分の手を重ねた。

 

「あの子の……簪ちゃんの力になってあげて欲しいの。あの子ってば意地っ張りで人と接するのが苦手だから…だから、助けて欲しくても誰にも助けを求めない」

「たっちゃんは、何で助けてあげないの?」

 

こんなに心配してるのに、たっちゃんは何でも出来るのに、なのに助けようとしない。不思議。

 

「助けたいよ、すっごく。でも、それをすれば逆にあの子を傷つけることになる。それはもっと嫌なの…」

「…どうして?」

「ミコトちゃんは私をどういう風に見てる?」

 

ん。そんなの簡単。

 

「大好き。大切な友達」

「お持ち帰りしちゃうわよ?わりと本気で」

「?」

 

私の正直な感想に何故か顔を赤くするたっちゃんだった。

 

「そうじゃなくてね、私のイメージとかそういうのを言ってるの!」

 

あ、そういう事なんだ。

 

「んー…。なんでも出来るすごい人。皆に尊敬されてる」

「そうね、皆そう思ってるでしょうね。私自身もそうだし、そうであろうとしてる」

 

そう自信に満ちた声ではっきりとたっちゃんは言う。けれどその後に表情を曇らせて「でも…」と、台詞の後に言葉を付け加える。

 

「それが原因であの子に強いコンプレックスを抱かせているみたいなの…」

「仲良くないの?」

「ぐふぅっ!?」

 

私の率直な質問にたっちゃんは妙な悲鳴をあげると、ガクリとうなだれてしまう。聞いちゃいけない事だったのかな…?

 

「でも、私は何をしたら、いいの?ISの開発なんて、出来ない…」

 

知識はある。刷り込まれた知識にISの技術関連は存在する。でも、それは基礎であって応用や発展させられるかと訊かれればNO。私にそんな技術はない。

 

「あ、うん…。ミコトちゃん自身にそれの解決を求めてはいないの。私が期待しているのはミコトちゃんの人脈」

「人脈…?」

 

人脈。ん、知ってる。人と人との繋がりのこと。でもそれがどうかしたの?

 

「知ってる?ミコトちゃんって人気者なのよ?もしかしたら生徒会長である私以上に」

「んー?」

 

そうなの、かな?私には分かんない…。

 

「貴女が何かしようとすれば必ず周りに居る人達が助けてくれてるでしょ?」

「ん」

 

いっつも皆に助けられてる。

 

「だから問題無し!というかね、専用機の完成なんてついでなのよ。私が一番望んでいるのはミコトちゃんが簪ちゃんの友達になってくれる事なの!」

「友達?」

「さっきも言ったよね、あの子は人と接するのが苦手だって。だから、ミコトちゃんと友達になることで沢山の人達と接している内にその内気で臆病な正確も治るかなぁって」

「私、そんなに凄くない、よ?」

「いつも通りに接してくれるだけで十分!」

 

いつも通り…?むぅ、難しい…。

 

「どうお話し、すればいい?」

「それはもうミコトちゃんに全部任せます!」

「えー…」

 

たっちゃんはいっつも強引…。

 

「あはは♪そんな顔しないの。ちゃんとミコトちゃんにも得する事なんだから」

「私にも?」

「イカロス・フテロ。直したいでしょ?」

「!」

 

たっちゃんの言葉に私は目を見開いてたっちゃんを見上げる。

 

「イカロス、直せる?」

「正確には直すの。貴女達が」

 

私達が…?

 

そう疑問に思うと、たっちゃんは先程まで笑顔だった表情を真面目なものへと変える。

 

「ミコト・オリヴィアさん。貴女の専用機、第3世代型IS『イカロス・フテロ』の情報を公開して良いと委員会から許可が下りました。これまではイカロス・フテロのデータは機密扱いでデータの流出は禁止されていましたが、今後は貴女の好きな様にデータを使って頂いてもかまいません」

「?」

「ええっとね。つまり、誰と情報を共有しても構わないと言う事よ。何かの機体の開発に役立てたり、誰かにデータを見せて機体を一から作り直して貰ったり、ね」

「……いいの?」

 

本来なら有り得ない話。第3世代のデータなんて国の最高機密にも等しいのだから。

 

「いいのいいの♪これは交渉のカードになるわよ?簪ちゃんも少しでもサンプルが欲しいでしょうから(ギリシャも文句なんて言えないでしょうし、ね…)」

「でも、出来るの、かな…?」

 

千冬も真耶もどうすればいいのかってすっごく悩んでたのに。パーツの生産ラインがどうとか…。

 

「あの子も、この学園の生徒も優秀よ。絶対に貴女の翼を直してくれる。ううん、生まれ変わらせてくれる。だから―――」

 

たっちゃんの暖かい両手が私の頬にそっと触れ、たっちゃんは少し寂しげに私に微笑んだ。

 

「―――あの子も助けてあげて、ね?」

「………ん!」

 

約束。絶対にまもる。約束は破っちゃ駄目だから…。

 

「話は終わりましたか?なら、ティータイムといたしましょう」

 

丁度良いタイミングで虚がティーセットと美味しそうなケーキをトレーに乗せて戻って来る。

 

「そうね、そうしましょうか」

「ケーキ♪」

「ふふ、ミコトちゃんはどのケーキが良い?」

「ショートケーキが、いい」

 

生クリームといちごの相性は絶妙。異論は認めない。

 

「ショートケーキね。お嬢様はどれにします?」

「私はモンブランかな~?」

「はい、かしこまりました」

 

目の前にショートケーキが乗せられた綺麗な皿が置かれると、私はさっそくフォークで一口サイズにケーキを切って口の中へと運んだ。

口の中に広がる生クリームの甘み。やっぱりショートケーキは至高だと私は思う。ん。

 

「きゃっほう♪」

「ふふふ、美味しい?」

「ん♪」

 

たっちゃんの言葉に大きく頷いてもう一口パクリ。するとそこである事を思い出し、ゴクンとケーキを呑みこんでからたっちゃんへと話しかける。

 

「あっ、でもね、たっちゃん」

 

たっちゃんは大事なことを分かってない。

 

「? なぁに?」

「さっきの言葉、気持ち、言わないと伝わらない。大切にしていても、言わないと、駄目」

「えっ……」

 

たっちゃんは戸惑いの表情を見せるけど、私はそのまま言葉を続ける。

そう、どんなに大切に思っていても、気持ちを伝えないとその人には伝わらない。

 

「でも、私は嫌われているから…」

「一歩踏み出さないと、前に進まない。何もしないと、前に進まない。このままじゃ、ずっとそのまま」

「…………」

「だから、たっちゃんも頑張る」

「伝わる、のかな…?」

「話さないと、伝わらない。踏み出さないと、近づけない」

 

だから、たっちゃんと簪はずっとこのまま関係になっちゃう。

 

「……うん。そうね」

「はい。ミコトちゃんの言う通りですね」

「分かってるつもりだったんだけどなぁ~…。やっぱり怖がってたのかな?」

「お話するのが?」

「それもあるけど、もっと嫌われちゃうかもしれないって…」

「………」

「あ~、駄目だなぁ私。何が『生徒会長、即ち全ての生徒の長たる存在は最強であれ』よ。全然駄目じゃない」

「たっちゃんはすごいよ?」

「ううん。ダメダメ。私はダメダメだわ~ダメダメなのよ~…」

「たっちゃんが壊れた…」

 

ダメダメを何度も繰り返してる。どうしよう…?

 

「いつもの事だから気にしないで」

「うん。従者って言葉を辞書で引いて来なさいそこ♪」

 

ちょっと怖い笑顔でたっちゃんはチョップを繰り出すけど、虚はひらりとそれを避けた。

 

「…ミコトちゃん」

「ん?」

「今直ぐは出来ないけど…。でも、頑張ってみようと思う」

 

そう言って、たっちゃんは微笑むと、私もそれに微笑み返した。

 

「…ん♪がんばる」

 

私も頑張るから。たっちゃんも頑張る。

 

そんな夏の残暑が残る昼間。私達は生徒会室で楽しいお茶会を楽しむのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





―――どうでもいいおまけ

楯無「ミコトちゃんとの付き合いの長さなら私が一番だから♪(ドヤァ」
セシリアママ「ムキィィィィ!!!」

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