IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第43話「Even」

 

 

「………」

 

IS学園、第二IS整備室。稼働テストなどの利便性を考えて各アリーナに隣接する形で存在するその場所は、本来なら2年生から始まる『整備科』のための設備。けれど、一年生である筈の私は今こうして整備室にいる。理由は簡単。自分の専用機を完成させるため……けれど。

 

「…………ふぅ」

 

メカニカル・キーボードを打っていた手を止めて溜息を吐くと、空中投影ディスプレイから視線を外して天井を見上げる。

 

……駄目。全然集中できない。

 

いつもならこんな事はない。追い詰められている状況の中で他の物に気を逸らしていられる余裕なんてある筈無いのだから。けど、現にこうして私は目の前の作業に集中できないでいる…。

 

その原因は…。

 

―――そうしないと、簪じゃなくなっちゃうから?

 

…これだ。あの子の声が、言葉が、私の集中を乱れさせる。

 

うるさい…。

 

―――ん。でも、簪自身がそう思ってない、よね?

 

うるさい……うるさいっ。

 

―――だって、そうしないといけないなんて、誰も言ってない。そう思ってるのは…。

 

「………っ!」

 

がんっ!目の前にある、未だ完成されていない姿で立っている『打鉄弐式』を殴る。低い金属音が整備室に鈍く響き渡った。

 

「…分かってる……そんな事は……分かってる」

 

誰が何と言おうと私は『更識簪』だと、あの子にそう否定して来ながら。私自身があの人の妹だからと、これくらい出来なければいけないと心の中で決めつけているのを、そうでなければ『更識簪』を名乗る資格が無いと思っているのを…。分かってる。分かってるつもりだった…。

 

「………」

 

……虚しい。こんな事を一人で悩んで何になると言うの…?

 

「……痛い」

 

ジンジンと痛む手を見下ろしてぼそりと呟く。

そう言えば、あの子の頬を叩いた時もそうだった。今思えば何であんなことしたんだろう?非生産的な行動。何にも得られる物は無いのに…。いや、得どころか損しか無い。本音の話ではあの子は交友が広く沢山の人に慕われているらしい。あんな事をしたことが広がりでもしたら、いろいろと面倒な事になりかねない。ううん、実はもうなってるかもしれない。

 

「面倒な子に……関わっちゃった…はぁ…」

 

ガクリと肩を落として溜息を吐く。どうしてこう上手くいかないんだろう。専用機も、生活も…。―――と、そんな時だ。整備室の奥にひっそりと佇むブルーシートに覆われたソレに気付いたのは…。

 

「………?」

 

なんだろう…?昨日まではあんなの無かったのに…。

 

好奇心かそれとも嫌になる現実への逃避か、私は気付けば足が無意識にブルーシートの方へと向かっていた。

ブルーシートの目の前までやって来る。本当ならしちゃいけないんだろうけど、今の私はどうも思考が鈍っているみたいで、覆っていたシートを捲る。そして、シートに隠されていたソレを見て私は息を呑んだ――――。

 

「……えっ?」

 

ブルーシートから姿を現したのは骨組みが剥き出しの……ううん。スクラップ同然の無惨な機体。フレームは剥がれ、損傷が激しくISとして機能していない残骸。元々はどんな形をしていたのか今はもう分からない。唯一特徴らしい部分と言えば、原形を殆ど留めて良いない翼の様な……。

 

「……翼?」

 

翼を持ったIS…。それってまさか――――!?

 

この学園で翼なんて特徴的を持つISなんて一機しか存在しない。私も行事などで実際に目にしている。これは、この機体は…。

 

「これ、もしかしてあの子の「ん。それはイカロス・フテロ。私の……翼」――――!?」

 

此処にいる筈の無いあの子の声。その声に私はまるで背中に冷水を垂れ流されたかのように大きく身体をビクリと仰け反らせ、恐る恐るゆっくりと後ろを振り返る。振り返った先、そこに居たのはやっぱりあの白い女の子だった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

第43話「Even」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side ミコト・オリヴィア

 

 

「カチコミですわ!」

「何言っているんだ。このクロワッサンは…」

「?」

 

今日の授業が終わった途端にガタンッ!と音を立てて変なことを叫びながら席を立つセシリアに、近くの席で座っていたラウラが呆れ顔でセシリアを見上げる。

 

「お前が常日頃口を尖らせてミコトに言い聞かせている淑女がどうのこうのと言うのは何処に消えたのかと言いたくなるが……いきなりどうした?」

 

声に引かれてなんだなんだと箒もこっちにやって来る。それに続いて一夏や本音も集まって来た。ん?鈴は2組だから居ないよ?まだSHRの最中だと思う。一緒のクラスだったら良かったのにね。

 

「どうした?ではありませんわ!見てみなさいなミコトさんの頬を!」

「う?」

 

ずびしっ!といきなり私は指をさされて何の事か分からず首を傾げる。

 

「こんなに赤くなってしまって…。ああ、なんて可哀そうなミコトさん…」

「う、うわぁ…(モンスターペアレント?)」

「(過保護過ぎるだろ常識的に考えて…)ああ、うん。そうだな。…それで、何でカチコミなんて言葉が出てくるんだ?というか何処で知ったんだそんな言葉?」

 

カチコミ…なんだろ?食べ物か何かかな?

 

「一夏さんはミコトさんの赤く腫れた頬を見て何も思わないのですか!?」

「セシリアが何を言いたいのかは分かる。でもな?ミコト本人が転んだだけって言ってるんだしさ…(俺自身もそれに納得してる訳じゃないけど…)」

「転んだだけでこうはなりませんわよ!誰かに叩かれでもしない限りこうはなりませんわ!」

「うぅ~…ぅ?」

「あ、あわわ…(きっと、かんちゃんだよね…。あうあう~…どうしよどうしよ~?)」

 

何でバレたんだろ…?

私の吐いた嘘は簡単にバレてしまい。すっごく怒ってるセシリアに私は何も言えずにただ呻き声のような声を上げて縮こまる事しか出来ない。縋る様な想いで誰か助けてくれないかと視線を周りの人へ向ければ、落ち着かない様子の本音に目と目が合った。たぶん事情を知ってるんだと思う。でも、セシリアは私に夢中みたいでそれに気付いてない。

 

「そう!これは間違いなく虐―――もごっ!?」

「はーいストップ。ミコトの前で余計なこと言わない」

 

突然セシリアの背後から手がにゅっと生えてきて、何か言おうとしていたセシリアの口を塞いだ。突然の事に皆びっくりすると、セシリアの後ろからヒョコリと鈴が現れる。

 

「な~に騒いでんのよ?隣のクラスまで聞こえてたわよ?」

「お~、りんりんナイス~♪」

「鈴、ないす~?」

 

何がナイスなのかは分からないけど、本音がそう言うので私も本音を真似してみる。

 

「それほどでもない」

「―――プハァッ!?……なぁにが、それほどでもない。ですか!いきなり人の口を塞ぐなんて淑女としてあるまじき行いですわよ!?」

「あー、うん。今のアンタにだけは言われたくないって断言してあげるわ」

「~~~っ!……り、鈴さん?わたくしは今真面目な話をしているんですのよ?お分かり?」

「ええ、そうね。だからアタシも自分が一番正しいと思える行動を取ったの」

「はぁ?何を言って…」

「ったく…これだから親馬鹿で上流階級のお嬢様は…。こういう時の対応が全然なっちゃいないってのよ、もう」

 

おでこに手を当ててヤレヤレと頭を振りながら溜息を吐くと、鈴はがっしりとセシリアの腕を掴んで逃げられない様に拘束して教室の外へと引きずって行く。

 

「一夏~、この馬鹿借りてくわね~?」

「お~う」

「い、一夏さん!?あっ、ちょっと!は、離しなさいなっ!?ど、どういうことですのおおおおおおおおおぉ………」

 

ずるずると引き摺られながらセシリアの悲鳴が小さくなっていくのを、私達はただ黙って見送った…。

 

「あ~…まあ、その何だ」

 

セシリアが居なくなって静かになると、一夏はポリポリと頭を掻いて口を開く。

 

「セシリアの言う通りミコトが嘘をついてるってのは俺達にも分かるし、ミコトが言いたくないってのも分かる。……その理由は分かんないけどな」

「………ん」

 

申し訳ない気持ちになりながら一夏の言葉に私は頷く。

 

「ミコトが言いたくないって言うなら言わなくても良いさ。ミコトが大丈夫だっていうんなら俺は信じる。箒達だってそうさ。な?」

「うむ」

「心配だけどね。ミコトだ言うんだもん、信じるよ?」

「無論だ」

「あはは~♪もちろ~ん!」

「ほら見ろ。皆も信じてるってさ」

「……ん。ありがとう、みんな」

 

皆が笑顔で頷いてくれる。それがすごく…すごく嬉しかった。

 

「…まあ、一部の人間は愛情故に暴走してアレだけどな(親馬鹿恐るべし…)」

「?」

 

一夏が何か呟いてたみたいだけど私の耳には聞きとれなかった。気になって目で訊ねてみるけど一夏は「気にすんな」と言うだけだった。

 

「でもな、ミコト」

「? 何?」

「昼ご飯の時も言ったけどな。困った時は俺達に相談するんだぞ?約束だ」

 

そう言って一夏は小指を立てて私に突き出してくる。私、知ってる。これは約束のおまじない。

私は一夏の顔をじ~っと見上げる。一夏は笑っていた。笑って私の行動を待っていた。だから、私は頷いて私も一夏と同じように小指を立てて一夏の小指に絡める。

 

「…ん。約束」

 

ゆびきりげんま。本音が教えてくれたおまじない。

 

「……それじゃ、もういくね?」

 

しばらくの間、ゆびきりを交わした後、私は絡めた指を解き教室の出口へ身を翻して言う。

 

「何だ?また内緒ごとか?ミコト」

「ん、ナイショ」

 

笑ってそう訊ねてくる一夏に私も人差し指を口元にあてて笑って返した。

 

 

 

 

―――その頃、セシリアママは…。

 

「ただでさえアンタもミコトも影響力あるのに、変に騒いだら『MMM』とか変なのが騒ぎ出して収拾がつかなくなるし、イジメで親が出てきて解決した例なんて殆どないの。そんな事も分からないの?馬鹿なの?死ぬの?」

「スミマセンデシタ……(´;ω;`)」

 

屋上で正座して鈴姉ちゃんに怒られていた。

 

 

 

 

「第二整備室……ここだった、かな?」

 

各アリーナに隣接するように建てられた施設。普段はあまりこの辺りは立ち寄らないために、少し自信なさげに私は第二整備室と思われる部屋の入口の前に立つ。

私のイカロス・フテロは白式と同じで、搭載重量の上限も極めて低い所為で拡張領域≪バススロット≫は無いに等しいために、整備や調整は簡易的な物でその程度は自分で出来るから機密保持の理由もあって自分でやっていたので、ここにIS関連で足を運ぶ事は無かった。最後にこの辺りに来たのは一夏達が入学する前に散歩でこの部屋の前を通った時だったけ…。

 

「……んー?」

 

部屋の中はいたって静かだ。以前にに整備室の前を通った時は、鉄の打つ音とか削る音とか整備科の人の声とか、喧しい音が絶えなかったんだけど……誰も居ないのかな?

 

ガンッ!

 

「あ…やっぱり、いた」

 

部屋の中から鉄を叩いた時に出る様な音が聞こえてくる。やっぱり部屋の中には誰かいるみたい。簪かな…?

ドアの取っ手に手を伸ばすと、静かに開いて部屋の中にはいる。

 

……いた。

 

たっちゃんの情報通り部屋の中には簪が居た。でも、簪は私に気付いていないみたいで、部屋の隅にある何かをじーっと眺めていた。何を見てるんだろう?私は気になって目を凝らして薄暗い部屋の隅にあるソレを見る。

 

………ぁ。

 

簪が見ていたのは大破したイカロス・フテロだった。そういえば、たっちゃんがパーツを第二整備室に運んでおくって言っていた。たぶん、イカロス・フテロも一緒に第二整備室に運ばれたんだと思う。

 

「これ、もしかしてあの子の…」

「ん。それはイカロス・フテロ。私の……翼」

「――――っ!?」

 

私が簪の言葉に答えると、簪はビクリと身体を震わせてゆっくりと此方へを振り返った。

 

「……なんで……ここにいるの…?」

 

最初は信じられない物を見る様な目で私を見ていたけれど、それはすぐに警戒へと変わり、明確な敵意が私にも伝わって来るのが分かる。

 

「ん。たっちゃんが、簪はここにいるって、教えてくれた」

「………余計なこと…いわなくていいのに…」

 

たっちゃんの名前が出た途端に簪は表情を歪めた。

 

「そんなこと、ない。たっちゃんが教えてくれなかったら、簪を見つけられなかった」

「だから……余計なことなのよ…」

「?」

 

何が気にいらないんだろう…?

 

「………出てって……私、貴女のこと嫌い…」

「…ダメ。私は、簪に伝える事があるから」

「……っ! あれだけ言って……まだ足りないのっ?」

「ん。これだけは、伝えておかないと、いけないから…」

「……何?」

 

すごく睨まれるけど、それでも私は目を逸らない。

大事なことだから。これか、絶対に言わないといけない事だから…。

 

「ごめんなさい」

 

そう言って私は深く頭を下げた。

 

「………………え?」

 

突然の私の謝罪に簪はぽかんとしているけど気にしない。私はそのまま続ける。

 

「酷いこと言って、簪のこと傷つけちゃったから。だから、ごめんなさい」

「………本当に…そう思ってるの…?」

 

謝る私に対して簪は警戒を解かずに問う。本当に私がそう思っているのかと。

私が謝罪する理由。それは、簪を傷つけてしまったから。だから私は謝りたいと思った。その気持ちに偽りは無い。でも…。

 

「謝りたい気持ちに嘘はない。でも、あの言葉にも嘘はない」

「…それは……謝ってるって……言わない…」

 

眉間に皺がより目の鋭さも更に鋭くなる。けれど、私も引かない。

 

「けど、事実」

「―――っ!」

 

私の言葉に簪は眼を見開いて右手を大きく振り上げる。その振り上げられた右手が振り下ろされる先にあるのは間違いなく私の頬だ。けれど、私は目を瞑らずにじっと簪を見つめながらそれを受け入れる。………でも、振り下ろされた右手は私の頬に触れる事は無く、頬に触れる寸前でピタリと止まり。スッと右手は離れていく。

 

「………叩かないの?」

 

あと数ミリ動かせば頬に振られる事が出来るのに、どうしてそうしないんだろう?そう不思議に思って首を傾げて訊ねる。

 

「……疲れるから……しない」

「そうなんだ」

 

疲れるなら仕方ないよね。

 

「……それに」

「?」

「私…だって……私だって…そんなことは分かってるもの……」

 

簪は自らそれを認める。でも、その時の簪の顔はとても辛そうで、唇を噛むその仕草はとても悔しそうで……そして、今にも泣いてしまいそうだった…。

 

「姉さんの妹なんだからこれくらい出来ないと、とか……更識の名を列ねる者として、とか………自分自身、心の何処かで決めつけてるのは……分かってる」

「…そうしないと、簪は簪でなくなっちゃう、の?」

「………違う……私は私……でも、自信を持ってそう言えない…」

「………」

 

簪は簪だと自信を持って言えない。私自身、簪の気持ちは理解出来ない。この疑問はお昼の時のまま。でも、きっと簪にとっては大事なことなんだと思う。けれど、それは……。

 

「仮に、専用機を一人で完成できたとしても」

「……分かってる……完成させても私は『姉さんの妹』として評価される……流石は会長の妹だって…」

「それは、簪が望む『更識簪』、なの?」

 

簪は無言で首を左右に振る。

 

「……それも分かってる……でも、それしか方法は見つからなくて……その方法も上手くいってないけど…」

 

たっちゃんの話だと全然なんだっけ、進展…。

 

「誰かに助けて貰うのは、ダメ?」

「駄目。それだと、意味が無いから…」

 

はっきりとした口調で簪は答えた。『一人で専用機を完成させる』、簪にとってそれは絶対譲れないラインらしい。

 

「姉さんは……何をしても完璧にこなすから……だから、これくらい一人で出来ないと…だめ」

 

それは…違う。

 

「完璧な人間なんて、いない」

「……え?」

 

簪が譲れない事がある様に、私にもそれは譲れない。たっちゃんが完璧な人間。そんな事は決して無い。

 

「完璧な人間なんて、いない。人でなくなっちゃうから」

「………人で…なくなっちゃう…?」

 

言葉を繰り返す簪に私は頷く。

 

「完璧な人は一人で何でもやっちゃうから、誰も頼らない。でも、人は誰かに頼らないと生きていけない。一人だと生きていけない。だから、それはもう人じゃない」

 

簪はたっちゃんの事を完璧だと言う。でも、そんな事はない。

確かにたっちゃんはすごい。この学園にいてたっちゃんを知る人は皆口を揃えてそう言うと思う。けれど、どんな凄い人でも何処かで誰かの手を借りてるもの。そう、だから―――。

 

「たっちゃんは完璧じゃない。だから、私に助けてって言ってきた」

「姉さんが…?」

「ん。私は、会長のたっちゃんに命令されたんじゃ、ない。たっちゃん自身に助けてってお願いされたから、今ここにいる」

 

会長命令とか、そんなものじゃない。

 

「お願いする事は、恥ずかしいことじゃない」

 

私なんて、いっぱいいっぱい皆にお願いしてる。どれくらい頑張っても、返しきれない程の物を皆に貰ってる。

 

「だから、簪も助けてって、お願いすればいい」

「………そ、それは…」

 

私がそう言っても、簪は抵抗があるのかなかなか言葉にしない。何か言おうとすれば口を閉ざして、また何か言おうとしてまた口を閉ざす、その繰り返し。

 

「言えないなら、私から言うね?」

「…えっ?」

「私の翼を…イカロス・フテロを、助けてほしい」

 

簪の背後で何も物言わずに佇む残骸と化した私の翼を指差して、助けを乞う。私じゃ無理だから、あの子を救えないから…だから、私は簪に助けを乞う。

 

「えっ……あの……えっと…あ、あれ?」

 

思考が付いて行けてない様子。まさか逆に助けを求められるなんて思ってもいなかったらしい。

 

「私じゃ、この子を直してあげられないから…。おねがい、助けて?」

「ちょ、ちょっと待って………何が如何してそんな話になるの…?」

「? 私じゃイカロス・フテロを直すのは無理だから…」

「う、うん。それは聞いた……それを何で私が直す事になってるの…?」

「?」

「な、なんでそこで不思議そうな顔するの…?」

「………助けて、くれない?」

「あ、あうぅ~……(そんな泣きそうな顔されたら脹れた頬も相まって罪悪感が半端ないよぅ!?)」

 

じっと見つめる私に何故か簪はたじろいて、ぷいって顔を逸らす。

 

「?」

 

そっぽを向かれたのでその向いた先に回り込んでみるけど、またぷいって顔を逸らされてしまう。むぅ~!

 

「人とお話しする時は、目を見なきゃ、ダメ」

「っ!………貴女、自分勝手すぎる……私の機体の事も……この機体の事も…全部…」

「そう、かな?」

「……そうよ…ずるい」

 

そっか、ずるいんだ…。んー…。

 

―――いいのいいの♪これは交渉のカードになるわよ?簪ちゃんも少しでもサンプルが欲しいでしょうから。

 

……あっ、そうだ!

 

「私に協力すると、良いことある……よ?」

「……何で疑問形なの?」

「…なんでだろ?」

「わ、私に聞かれても…」

 

う~…交渉って難しい。

 

「でも、損はしないと…思う。私を助けてくれたら、イカロス・フテロのデータ、好きに使って、いいよ?」

「!」

 

簪が先程までとは明らかに違う反応を見せる。これって、チャンスって奴なのかな?

 

「この機体は、飛ぶ事しか出来ないけど、束が少しだけど、手を加えた機体。だから、きっと簪にも役に立つと思う、よ?」

「……束?……っ!?もしかして、篠ノ之束っ!?」

「ん」

 

肯定、と頷く。

 

「≪展開装甲≫っていう、第4世代にあたる新技術が使用されてる。私のは試作らしい、けど」

 

それでも、ISの開発者である篠ノ之束の新技術は、どの国もどの企業からも喉から手が出る程の物だと言うのがたっちゃんの意見。実際、それを完璧に再現できるかは、現状の世界の技術レベルでは無理らしいけど。でも、やっぱりそのデータは貴重。

 

「…………」

「どう、かな…?」

 

少し不安げに私は問う。自分の出せれる全てを提示した。もう逆さにしたってこれ以上は出て来ない。

 

「………やっぱり……駄目…できない…」

 

けれど、簪の口から出てきたのは拒絶の返事だった…。

 

「う~…」

「そ、そんな顔しないで……」

 

じんわりと瞳を潤ませて泣きそうな私を見て、あたふたと慌てる簪。

 

「私も……助け…ぃ…データも……でも、私じゃ無理……この機体の状況じゃ、一から手掛けないといけないから……」

 

簪は大破したイカロス・フテロを見て言う。

 

「でも、簪は一人で自分の機体を、完成させようと、してる」

「ど、土台はもう殆ど完成してるから……肝心なのは武装の方と……細かな調整だけだし…でも、その機体はパーツも作らないといけない、私じゃ無理…」

「じゃあ、整備科の人に手伝ってもらう」

「それだと………私は必要なくなる…整備科の人に頼めばいい……その方が良い…」

「ダメ。それだと簪にデータ渡せない」

「え?」

「え?」

 

私、何か変なこと言ったかな…?

 

「え、えーっと……?」

「簪は、助けられたくない、だから交渉する」

「(私の知ってる交渉と違う!?私にデータ渡してもそっちは得しないよね!?)」

 

さっきから簪は驚いた表情ばかり浮かべてる。そんなに私は変なこと言ってるのかな?私は自分の思ってる事をそのまま言ってるだけなのに…。

 

「そうすれば、私の満足。簪も満足。い~ぶんだよね?」

「も、もう……無茶苦茶…」

 

頭を抱える簪に私は頭上にはてなマークを浮かべて首を傾げた。何か今の交渉に問題はあっただろうか?どちらも損は無かったと思うんだけど。

 

「はぁ………貴女は…どうあっても、私を手伝うつもりなのね…?」

「ん」

 

肯定。

 

「……そして、貴女も助けて欲しい……でも、貴女の機体を直すのには他の人の協力が必要…」

「ん」

 

それも肯定。

 

「結局……私は一人で作業が出来なくなる……誰かの手を借りることになる…」

「ん」

 

そう言う事になるね。

 

「これって………イーブンって呼べるの…?」

「う?」

 

どっちも目的は達成されるからい~ぶんじゃないの?

 

「……駄目…この子、全然理解してない…」

「そう、かな?」

「そう………私はあまり他人と関わりたくない……それに、誰かに構ってる余裕もない…」

「でも、このままじゃ…」

「………何時まで経っても完成しない…かもしれない」

 

悔しそうに簪はそう呟く。

入学してから今まで、『打鉄弐式』の進展は無い。なら、どれだけ時が経とうが一人では『打鉄弐式』を完成させる事は不可能と考えて良い。

 

「いつまでもこのままじゃ駄目……それは分かってる…」

「ん」

「意地を張って、立ち止まってたら…結局何も始まらない」

「ん」

 

そう、簪はまだ歩き出してさえしていない。『更識簪』として…。

たっちゃんの妹だからとか、これくらい出来ないと言えないからとか、自分らしいことは一つも出来ていなかった。

 

「でも……私だけじゃ何も出来ない…」

「ん」

 

だって、人は完璧じゃないから…。

 

「なら……た、助けて…くれる?」

「ん」

 

助けを求める問い掛けと共におずおずと差し出される右手。私もその問いに頷いて右手を差し出す。

 

「助ける。簪は、私を助けてくれる?」

「わ、私が……出来る事なら…」

「なら、い~ぶん。交渉成立」

「……そう、だね……交渉成立…」

 

私と簪は握手を交わす。私は笑顔で、簪は少し恥ずかしそうにして。

 

「オリヴィアさん……これから…よろしく、ね?」

「ミコトで良い。こちらこそ、よろしく」

「じゃ、じゃあ私も簪で……あ、そういえば、最初からそう呼んでる……」

「ん」

 

こくりと頷く。だって、更識だとたっちゃんもそうなんだもん。ややこしい。

 

「……ほんと……ミコトは自分勝手…」

「う?」

「いいよ……もう…」

 

簪はそう言って諦めたと溜息を吐く。でも、その表情は何処か楽しそうだった…。

 

 

 

 


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