IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第46話「何気ない日々」

 

トンッ、トンッ、トンッ…。

 

「おぉ~……トンテンカン、トンテンカン…」

 

放課後の教室。

釘を打つ金槌の奏でる心地良いリズム音。それがとても面白くて、気付けばそのリズムに合わせて私の身体は左右に揺れて、視線は文字通り金槌に釘付けとなっていた。あ、いま私ウマいこと言った気がする。

 

トンッ、トンッ、トンッ…。

 

「トンテンカン、トンテンカン♪」

「…………はぁ…」

 

ピタリ。

 

「トンテン……う?」

 

金槌が動きが止まるのに連動して心地良いリズムがピタリと止まると、私は不思議に思い金槌を使っている人間、学園祭に使うお店の看板作りに励む一夏を見上げた。どうしてやめるの?

 

「……あのな、ミコト?そんなに近くでじっと見られたら集中できないんだけど…というか、危ない」

「気にしない」

「いや、気にするって!?」

 

むぅ、一夏はどうしてもやってはくれないらしい。なら私にも考えがある。私は開いた右手を一夏に突き出す。

 

「…何だこの手は?」

「じゃあ、私がやる」

 

他のクラスの皆だって、学園祭の準備で自分の担当の仕事をしてる。なら、私だってするべき。ん。そうするべき。

その方が効率的なのは確実。だけど、一夏は手を高い位置まで挙げて金槌を私から遠ざけると、何故か私の要求を拒否してしまう。

 

「駄目。危ないから」

「う~…やりたい」

 

せがむ様にじぃ~っと一夏を見上げる。だけど一夏は一向に頷こうとはしない。

 

「そんな顔しても駄目なものは駄目」

「う~…う゛~っ!」

 

でも私も引かない。ひたすら一夏に視線で訴えかける。―――すると、一夏は溜息を吐いて…。

 

「………ったく、分かったよ。少しだけだぞ?」

 

渋々と頷いて金槌を差し出してくれた。

 

「! ん♪」

 

やた♪

 

私はぴょんと跳ねて喜び、さっそく一夏から金槌を受け取り木材に釘を当てると、金槌を大きく振り上げる。

 

「あっ、そんなに高く振り上げたら…」

「ん!――――あうっ!?」

 

ゴンッ!鈍い音と共に私の指先から激痛が奔る。釘に向けて振り下ろした筈の金槌が、狙いがずれて自分の指を叩いてしまったのだ。その痛みに私は小さく悲鳴を上げて手から金槌を落としてしまう。

 

「うぅ~……いちかぁ…イタイ…」

「あ~もう言わんこっちゃない。ほら、指見せてみろ」

「ん……」

 

一夏に言われて差し出した指先からはぷくりと小さな血の球が出来てしまっていた。それを見て一夏は慌てて私の手を取ると傷の具合を確認する。

 

「うわっ、血が出てるじゃないか!?爪は割れて…ないな。あーよかったぁ」

「う゛~…けど、痛い…」

 

指の先がじんじんする…。

 

「自業自得……と言うには、俺の監督不届きにも原因はあるか……んむ」

「あっ……」

 

血が浮かぶ指先を一夏が口に咥える。―――と、その瞬間。「きゃああああ♪」と周りで別の作業をしていた筈のクラスメイト達の黄色い歓声が教室を揺らした。

 

……びっくり。いきなりどうしたの?

 

何事かと周りを見ると教室に居る全員が此方を見て羨ましそうな顔をしてる。なに?何があったの?と、私は首を傾げていると何処からかシャッターを切る音が…。

 

―――カシャッ!

 

「ナイスツーショット♪良い写真ありがと♪」

「薫子…」

 

シャッター音が聞こえてきた方を向くと、カメラを片手に持った薫子が笑顔でウインクをして立っていた。たぶん、さっきのシャッター音は薫子だろう。

 

「ちょっ、何撮ってるんですか!?」

「ん?織斑君がミコトちゃんを指チュパしてるところ」

 

……指チュパ?

 

「こ、これは血が出てたからであってですね!?」

「うんうん。分かってるよ、私にはよ~くわかってるから」

「……本当に分かってるんですか?」

 

疑うように薫子に訊ねる一夏。そんな一夏に薫子はにっこり笑う。

 

「真っ白で綺麗なミコトちゃんの指をprprしたかったんだよね!わかります!」

「全然わかってねぇ!?」

 

グッと親指を突き立てる薫子に一夏は悲鳴を上げる。何の話してるの?prpr?んー…私に知識には存在しない。

 

「しかし……これは売れる!売れるわ!学園祭の売上No1は間違いなし!ありがと~!」

「まてまて!?今聞き捨てならんこと言いましたよねっ!?」

「うん?何を言っているのかな君は。新聞部の収入源は殆どが写真の売上だよ?」

「本人の合意は!?」

「いや~、女尊男卑って良い世の中だよね♪」

「最悪だこの人!?」

 

肖像権?なにそれおいしいの?と、悪びれた様子もなく薫子は笑う。別に私は自分の写真を売られても気にしないけど、一夏は顔を真っ青にして何をそんなに焦ってるんだろう?何か怯えている様にも見えるけど…。

 

「勘弁して下さいよ!?何か知らないけどすっげぇ嫌な予感がするから!?命の危険をビンビン感じてるからっ!?」

「おー、良い勘してるね。これが『MMM』に出回れば織斑君の命は無いよ?」

「また出たよ『MMM』!ホントに何者だよその連中!?」

「たっちゃんも相手にしたくないって程の集団だからねぇ…」

 

一夏はさっきからブルブル震えてるけど、薫子も笑顔だけど口の端がヒクついてる。

 

「あんなに強いあの人がそう言うとか半端ないじゃないかっ!?」

「そう、半端ないの」

「はんぱ、ない?」

 

……ん。良く分からないけど、たっちゃんは強いよね。私は焦る二人を他所に、一人でうんうんと頷いていた。

 

「……いやなら余計に止めて下さいよ!?俺を殺す気ですか!?」

「え~?私も部費が掛かってるからなぁ。あ、だったら今度独占インタビューさせてくれたらこの写真は売らないであげる。どうかな♪」

「ぐぅ…仕方が無いか。命には代えられん…」

「?」

 

写真の話から何で命の危険にまで発展するのか私には分からない。

 

「あ、それとね」

「……まだ何かあるんですか?」

 

物凄く嫌なそうな顔をして一夏は薫子を見る。

 

「えっとね、たっちゃんが呼んでたわよ?」

「へ?……うわっ!?もうこんな時間か!?」

 

薫子に言われて漸く一夏は時計の針が指している時間に気が付く。

何故、一夏がこんなに慌ててるかと言うと、昨日たっちゃんにみんなボロボロに負けたから一夏の専属コーチはたっちゃんがする事になって、今日からその特訓をするらしいんだけどいつの間にか約束の時間になってて一夏が慌てているというわけ。

 

「すまんっ!看板作りだれか代わりにやっててくれ!」

「りょうかーい!織斑君、がんばってねー!」

「看板作りは私にまかせろ~!バリバリ~!」

「やめて!」

「……なんかとても不安に駆られるが任せた!」

 

そう言ってクラスメイトに仕事を任せ、一夏は慌てた様子で教室を飛び出して行ってしまった。その走り去って行く背中を見送ると、薫子はくるりと此方に向き直り笑顔を浮かべて此処に来た本来の用件を話し始める。

 

「それで、ミコトちゃんは私になんのお願いごとかな?」

「ん。イカロスのこと」

 

薫子が此処に来たのは偶然じゃない。私が予め薫子にお願いしてたから。本当は私が薫子の所に行く予定だったんだけど。

 

「うんうん。話は大体たっちゃんから聞いてるよ。ミコトちゃんが来たら助けてあげてとも言われてる。それで要望は何かな?人員?それとも相談?」

「ん。ぜんぶ」

 

今のままだと全然だから。私と簪だけだと無理だから。だから、みんなに助けて欲しい。

 

「あはは、欲張りだね。でも了解。おねーさんに任せなさい!優秀な子に声を掛けておくから。2、3年生はミコトちゃんに甘いし断られる事は無いと思うよ」

「ありがとう。薫子」

 

気にしないでと薫子は笑う。それが私には嬉しくてたまらなかった。

でも、また周りの人達から恩が積もっていく。返済しきれないたくさんの恩。私はこの恩はいつか返せる日が来るんだろうか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第46話「何気ない日々」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑一夏

 

 

「まだまだ遅い!もっと速度を上げて!」

「は、はいっ!」

 

放課後の第三アリーナに厳しい声が響く。

約束の時間に遅れた俺を笑顔で許してくれた楯無先輩だったが、訓練が始まればその雰囲気は一変。こうしてマニュアル操作の訓練の最中に怒号が飛び交っていると言う訳だ。

しかしマニュアル操作と言うのは思った以上に難しい。普段はPICが自動的に飛行の維持、加速や減速を制御してくれていた訳だが、マニュアル制御にしてしまえばそれら全て自分でやらなければならない。飛ぶだけでやる事が一杯で神経がガリガリ削られていくようだ。

 

し、死ぬ。死んでしまう…!

 

昨日の自分は弱くない発言がとても恥ずかく感じる。しかも、他のメンバーは箒を除けばこんなのは容易に出来てしまうのと言う事実が、俺を更に情けなく感じさせていた。隣で並んで戦っているつもりがそんなことは全然無かったと言うことに…。

 

「――っ!くそっ!」

「おっ、うんうん!いい感じ!じゃあ、そこで瞬間加速してみようか!」

「えっ!?」

「瞬間加速。シューター・フローの円軌道から、直線機動にシフト。相手の弾幕を一気に突破して、移動する目標を追跡しながら突撃槍モードに切り替え、それと同時に瞬間加速」

 

に、二段瞬間加速!?

瞬間加速を連続での使用。そんなのマニュアル操作で飛行がやっとの俺に出来る訳が……。

 

「さっさとやる!」

「っ!―――うおおおっ!」

 

もうどうにでもなれと瞬間加速に切り替えた俺だったが――――その瞬間、瞬間加速にだけ意識を奪われて飛行制御を完全に忘れてしまい、白式は制御を失って目標とは真下の地上へ目掛けて物凄いスピードで突っ込んでしまう。

轟音と共に舞う土煙。そして、その発生源には大きなクレーターとその中心に犬神家な俺が逆さで地中に埋まっていた……。

 

 

 

 

「楯無先輩。このシューター・フローって俺の機体には関係ないんじゃないですか?」

 

地中に埋まった状態から楯無先輩に救出され、俺は一旦休憩と言う事で地面に尻を着いて訓練中ずっと疑問に思っていた事を訊ねた。

『シューター・フロー』は射撃型の戦闘動作だ。近接戦闘しか出来ない白式にはまったく無縁の動作の筈なんだが、特訓を始めてからずっと俺はこればかりを繰り返している。そもそも、射撃なんてしていないのにシューター・フローと言うのは言葉の意味的におかしくないか?

 

「はぁ…キミはこの訓練の意味をまったく分かってないみたいだね」

 

しかし、楯無先輩から返ってきたのは答えではなく、呆れた様に吐かれた溜息だった。

 

「射撃とマニュアルでの機体制御。これは別に射撃の訓練をしている訳じゃないんだよ?」

「というと?」

「これは相手の動きを見る訓練。マニュアル操作で機体を制御しながら相手を捕捉し続けるというね。一夏くんってば相手をよく狙わずに勢いに任せて攻撃してるだけだもん」

 

ひ、否定出来ない……。

 

「それに、雪華の突撃槍モードは速度=威力だからね。高速移動をしながらの相手の追跡は勘だけじゃどうしようもないもの。だ・か・ら、基礎をしっかりとしないといけない。分かったかな?」

「う、うっす!」

「なら訓練を再開するよ。ほらさっさと立つ!」

 

厳しくはあるが今まで教えてくれた誰よりも分かりやすいのは確かだ。俺は疲れた身体に鞭を打って立ち上がると特訓を再開する。特訓は陽が暮れるまで続けられた。

やばい、これが学園祭まで続くとか疲労で死ぬかもしれない――――と、その時の俺はそんな事を考えていたのだが、現実はそれ以上に過酷だった…。

 

 

 

 

「お帰りなさい。ご飯にします?お風呂にします?それともわ・た・し?」

「―――――……」

 

特訓が終わり、疲れた身体を引き摺りながら部屋に帰って来てドアを開けると、俺の部屋に居る筈の無い人物が裸エプロンという信じられない格好でお出迎えをしてくれた。

―――バタン。俺は思考が追い付かず堪らずドアを閉めた。

 

「………はぁ」

 

一息吐いて自分を落ち着かせる。さて、状況を整理しよう。ドアに張られているプレートには確かに『織斑』と刻まされている。この部屋は俺に宛がわれた俺専用の部屋。だから俺以外の人間が居るが筈が無い。まして、裸エプロンを着た楯無先輩がお出迎えをしてくれるなんてことはあり得ないのだ。では今の自分が見たのは何か?恐らく年頃なお男子の思春期が見せた幻想かなにかだろう。そうに違いない。裸エプロンとかどこのエロ本だよ。あはははは……はぁ~、でもなぁ…あの人だしなぁ…。

 

「………よし、ラウラに痴女が出たって通報しよう」

「ストープッ!?それはストープッ!?」

 

この場から立ち去ろうとすると、勢い良くドアが開いて楯無先輩が慌てた様子で飛び出し俺を引き止めてきた。流石にあの姿で出て来なかったか。しかし、この短時間で服を着替えている辺り流石と言えなくもない。全然褒められた事じゃないが。

 

「そんな売れなくなった女優みたいなことしないで下さいよ。見てて痛々しいですから…」

「キミは私をどういう風に見てるのかなっ!?」

 

どういう風にって……。

 

「カリスマ(笑)の回復を図ろうとするも、色々と間違った行動をとる駄目な人?」

「私の尊厳って……」

 

少し泣きそうな楯無先輩だが、今までの行動が行動なだけにフォローのしようが無い。というか、そんな事はどうだっていい。大事なのはそれじゃない。

 

「そもそも何で俺の部屋に居るんです?流石にプライバシーを無視し過ぎでしょう」

 

女子に囲まれた生活で俺の唯一の憩いの場だよここ?此処まで脅かすとか本当に勘弁して下さい。心身ともにズタボロにするつもりですか?しかも裸エプロンとか、冷静を装ってるけどさっきのは男の事情的にかなりヤバかった…。疲労しきってなければ絶対反応してた。

 

「あ、それはね。今日からこの部屋に住む事になったからよ」

「はぁ、この部屋に………え?」

 

泣きそうな顔からコロリと笑顔に変えて何て言ったよこの人?今日からこの部屋に住むって言わなかったか?いやいやないない。何がないって、そんな事許される筈が…。

 

「生徒会長権限って便利だよね♪」

「………さようで」

 

にっこり笑ってそう告げてくる生徒会長殿にやっぱりかとげんなりして肩を落とす。そんな事だろうかと思ってはいたんだけどね。実際に面と向かってにこやかに言われると…なぁ?どうせ俺が何と言おうと、この決定は覆らないんだろう。潔く諦めるしかない。

はぁ……疲れを癒す為に部屋に戻って来た筈が余計に疲れた。晩御飯食べにいこ…。

 

「あらん?何処に行くのかな?」

「食堂ですよ。晩御飯がまだ何で……まさかついてくる気なんじゃ…」

「んー。面白そうだけどもう食べちゃったしなぁ。今回は遠慮しておくわ」

 

『今回は』…か。と言う事は次は一緒に来るんですね。明日から胃の痛くなる食事が始まるようだ。…泣きたい。

楯無先輩に「いってらしゃーい」と明るく声に送りだされて、更に疲労が圧し掛かった身体を引き摺りながら俺は食堂へと向かった。

 

―――と、楯無先輩と別れて食堂へと向かう途中。思わぬ人物と廊下で出くわす。

 

「あら」

「あ、布仏先輩…」

 

のほほんさんのお姉さんこと布仏虚さんだった。此処は一年生寮だと言うのに3年生であるこの人と廊下でバッタリ出会うとは珍しい。別学年の先輩達が自分達の寮以外に立ちよるなんてあまり無いことなのに。

 

「虚でいいわ。名字だと、二人いるから分かりにくいでしょう?」

「えっと…じゃあ、虚先輩で」

「ええ」

 

それで問題無いと虚先輩は頷く。しかし、雰囲気からしてしっかりとした人だな。隙がないと言うか、だらしなさを感じないと言うか。この人はのほほんさんのお姉さんだと言うんだから世の中不思議なもんだ。似ているのは顔立ちだけじゃないか?

 

「虚先輩は何で一年の寮に?」

「会長の様子を見に、ね。あの人に限って無いとは思うけれど、不足している物があるのなら手配しないといけないし」

 

あの人に限って…ね。随分と信頼している様だけれど、楯無先輩にうっかりはデフォじゃないのかと俺は思うんだが。

 

「楯無先輩なら着替えとかうっかり忘れてそうって考えてるでしょう?」

「げっ……」

 

何でバレたんだ?そう疑問に思っていると、そんな俺の様子を見て虚先輩はクスクスと笑う。

 

「織斑君は隠し事があまり得意じゃないみたいね。顔に出てるわよ?」

「マジですか…」

 

自覚がないと言えば嘘になるが、こうもはっきり言われるとは…。

でも実際にすぐに顔に出すから楯無先輩とかにからかわれるんだろうなぁ。こんな自分が恨めしい。

 

「それと、会長はそんな間抜けな人じゃないわ」

「………」

 

虚先輩の発言に失礼だから口にはしなかったが、表情には出てしまっていたらしく虚先輩は苦笑する。

 

「信じられないって顔ね。まあ、あんな出会い方をすれば無理もないかもだけれど」

 

あんな出会い方という言葉に楯無先輩に初めて会った時の光景が脳裏に浮かぶ。……うん。うっかりだ。誰がどう見てもうっかりだ。溢れんばかりのうっかり臭が漂ってる。

 

「でもね、私が言っている事は本当。あの人は自分に対しては完璧主義者で、自分の弱みを他者に見せる様な人じゃなかったわ。少なくとも去年までは」

「ミコトですか?」

「あら、分かる?」

「まあ、そりゃあ…」

 

分かるもなにも俺の周りの人間はそんなのばかりだからな。俺もミコトに強く影響を受けている中の一人だし。

 

「良いことか悪いことなのか私には判断しかねるけれど、更識家当主としてではなく普通の女の子としてなら、きっとこれは良いことなんでしょうね」

「はぁ……」

 

そう言って虚先輩は複雑そうに笑う。そういえば楯無先輩は楯無家の当主ということなのだが、そのことについて俺は何も聞かされてはいなかった。俺の周りの人間は変わった境遇に育った者ばかりだが、楯無先輩もそうなのだろうか?でも、虚先輩の言葉の意味って一体…?

 

「……と、用事を忘れるところだったわ。私はそろそろ行くわね」

「あっ、はい」

 

相変わらずの綺麗なお辞儀をしてから虚先輩は去っていき、意味深な言葉を残して行った虚先輩の後ろ姿をぼーっと眺めていたが、ぎゅるると空腹を伝える腹の虫が鳴き、本来の目的を思い出した俺は食堂へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

――――Side 更識簪

 

 

「簪、ご飯一緒に食べよ?」

「……え…?」

 

食堂で一人夕食を摂っていると、夕食の載ったトレーを持ったミコトが私の座るテーブルへやって来ると、突然夕食を一緒に食べようと誘ってきた。

突然の事に私は戸惑うけど、何とか思考を回復させてどうしてかと訊ねる。

 

「……ど…どうして…?」

「? 夕ご飯だから?」

 

けれど、何でそんなこと訊くの?と不思議そうな顔をしてこの子は私が求めている返答とはズレた答えを返してくる。

 

「ち、ちが……私が言いたいのは……そうなんじゃなくて…」

 

何で他の子とじゃなくて私なんかと食べるのか。そう言おうとしたのだが、私がそう言葉にする前にミコトが言葉を遮る。

 

「友達なら一緒食べる。ん。なにもおかしくない」

「………はぁ…」

 

駄目だ。この子はこういう子だった。ある意味、姉よりも手に負えない人間。それがミコトだった。なら、私がどうこう言っても無意味なのは道理。私は諦めて同席を許すしかなかった。別にミコトと食事を摂るのが嫌な訳じゃない。でも……。

 

私なんかと食べたって面白くもなんともないのに…。

 

そう、私なんかと一緒に食事をしても気まずいだけだ。なら、いつも一緒に居る本音や『彼』と一緒に食べれば良い。でも、この子は何故かそうしない。訳が分からない。本当に訳が分からない子だ。この子は…。

 

「いただきます」

 

私に向かい合う様にして正面の席に座ると、律儀に手を合わせていただきますの挨拶をしてから自分の晩御飯であるサンドイッチに手を伸ばしてぱくりとかぶりつく。

サンドイッチ。晩御飯にしては少し変わったチョイスだと私は思う。朝食とかならまだ分かるけど少し足りなくはないだろうか?…と、そんなこと思いながら、自分の食事の手を止めてミコトの食事する様子をじっと観察する。別に、何を話しかけたらいいか迷っているからとかそんなんじゃない。断じてない。

 

「…たべないの?」

「………っ!?」

 

いつまでも動く様子のない箸がミコトは気になったのか、ミコトも食事を止めて訊ねてくる。

 

「………えっ?……あ、いや…これは…」

 

どうしよう?観察してたなんて言えないし…。

とは言っても、このまま無言を突き通すのも気まずいだけ。でも、世間話なんて私にはとても出来そうにない。ど、どうする?どうすれば……そ、そうだ!

 

「き、機体のイメージは……決まった…?」

 

無難ではあるが、あ、ISの話題ならなんとかなる!き、きっと!…しかし、我ながらなんと話のネタが少ないことかと泣きたくなってくる。

 

「ん」

 

急な話題の転換に不審に思う様子も無くミコトは頷いた。

 

あ、決まったんだ……。

 

昨日の別れる時に凄く悩んでた様子だったから少し心配だったんだけど、決まったのならそれは良かった。

 

「そう……聞かせてくれる…?」

「ん。もっともっと遠くまで行ける翼。空の向こう側へ行ける翼」

「………えっと…?」

 

まるで詩を書き綴ったかのような言葉に私は困惑する。私は強化案のイメージを訊ねた筈なのに、まさかこんな言葉が出てくるとは思いもしなかったから。

 

「え、えっと………もっと具体的に言って…」

 

さっきの言葉では曖昧すぎて、何をどうしたいのかが見えてこない。これでは設計のしようがない。

 

「宇宙」

「…宇宙?」

 

またも予想の斜め上の単語が飛び出してくる。

 

「行ってみたい。あそこまで」

「行ってみたいって……宇宙に…?」

「ん」

 

各国の技術者が聞けば笑い出しそうな話だけど、この子はそれを気にする様子も無く、まるで夢を見る子供のように眼を輝かせていた。

 

「宇宙…か…」

 

本来、ISは宇宙空間での活動を想定し、開発されたマルチフォーム・スーツ。けれど、どの企業もIS本来の目的なんて忘れて兵器としての開発に力を注いでいる。アラスカ条約により軍事転用は禁止されているというのになんて矛盾だろう。

でも、この子はISを本来の目的として利用しようとしている。さっきも言ったように、技術者が聞けば笑うに違いない。だけど……。

 

「……分かったわ。そういう方向で纏めてみる」

「ん♪」

 

嬉しそうに頷いてサンドイッチにかぶりつく作業を再開する。

この子のこんな表情を見ればそんな事言える筈も無い。寧ろ私も見たくなった。ISの原点回帰。ISのあるべき姿を。

 

…よし、場の空気も先程よりかは幾分はマシになった様だし、私も夕食を再開しよう。

少し冷めてしまった夕食を箸でつまみながら夕食の時間は過ぎていく。食事の最中たいした会話は無かったものの、私が学園生活の中で一番豊かな気持ちで食事をとれたのは今回が初めてなのは確かだった。

 

「……けほっ」

「? ……風邪?」

 

突然、咳をするミコトに私は食事の手を止めてそう訊ねる。

この子の食事はもう済んでしまっている。なら、食べ物が気管に入ってむせてしまったと言う訳でもないだろうし。

 

「んー…?」

「…そう」

 

咳した本人も分からないらしい。埃でも吸ったのかな?

 

「………ごちそうさま」

 

遅れて私も食事を終えると、何となくこの子に習って私も挨拶をしてみる。何故だろう。たった一言の筈なのに少し気恥かしい。

 

「……じゃあ…私はこれで……あれ?」

「すぅ……すぅ……」

「寝てる…」

 

さっきまでは普通に会話してたのに…。学園祭の準備とか忙しいとか言ってたからそれが原因なのかな?

気持ち良さそうに寝ている所を起こすのもなんだか気が引けるし、かといって此処に置き去りにするなんてことも出来ない。だとすればもう選択肢は一つしか残されてはいなかった。

 

「………はぁ」

 

……仕方がない。

 

私は溜息を溢し、ミコトをミコトの部屋まで運んであげることにした。幸いミコトは小柄だし私でも問題無く運べれるだろう。一応これでも代表候補生。一般生徒よりかは身体能力は優れているつもりだ。

 

うんしょ…っと!…あ、あれ?

 

「…………軽い」

 

両腕に圧し掛かる重さに私は驚かされる。腕の中で眠っているミコトの体重はまるで羽のようにとは大袈裟だが、私が容易に持ち上げられるほどに軽かった。幾ら他の人よりかは少しだけ鍛えているからってこれは…。

 

……とにかく移動しよう。此処だと周りの人の目があるし…。

 

「…あれ?ミコト?」

 

眠るミコトを抱きかかえて部屋に戻ろうと一歩踏み出した途端、男子の声によりピタリと立ち止まった。最悪。まさか、このタイミングで『彼』と出くわすだなんて…。

そう私は内心舌打ちをしたい気持ちに駆られるが、そんな私の心境など知りもせず彼は此方へと近づいてくる。

 

「ああ、やっぱりミコトだ……って、どうかしたのか?」

 

抱きかかえられているのがミコトだと確認すると、初対面である筈の私に親しそうに話しかけてくる。他の代表候補生達もこんな感じで近づいたのだろうか…?

裏を感じさせない好意的な彼だったが、私にはとても彼と同じように接する事は出来ない。だって、彼が居なければ私はこんな……止めよう。そんな事を考えるのはあまりにも非生産的すぎる。

 

「まさか…また、熱が出て倒れたんじゃ…っ!?」

「え?……あっ!ち、ちが…ね、寝ちゃったから……部屋に運んであげようと思って…」

「はぁ…そうか、よかったぁ…」

 

この子になにも異常は無いと知るとほっと彼は胸を撫で下ろす。

そういえばこの子って以前に倒れた事があったんだっけ…。彼の様子でも見た分かるようにとても大切に思われてるんだ…。

 

「すぅ…すぅ…むにゃむにゃ…」

「ったく、ミコトの奴気持ち良さそうに寝ちゃって…。ごめんな?迷惑掛けて」

「いい…わ、私は……ミコトの……友達…だから…」

 

自分で言っておいてカァっと顔を赤くなる。な、何言ってるんだろ私…。

 

「ははは、そうか。えっと…初対面だよな?俺は織斑一夏…って、知ってるか。この学園じゃ男子は俺しか居ないし」

「………更識簪」

 

そう気さくに笑って自己紹介をする彼。あちらが名乗った以上、此方も名乗らないのは礼儀に反すると思い、視線を合わせない様にして私も自分の名を名乗る。

 

「……あれ?更識って…」

「―――っ…それじゃ……」

 

更識の名を聞いて反応を示す彼を見て、私は彼の前から逃げる様にして早足で立ち去った…。

 

 

 

 

「確か…この部屋だったよね?」

 

廊下で人とすれ違う度に視線を感じながらこの子の部屋へと辿り着く。本音と同じ部屋だとは言うのは本音本人から聞かされていたのでこの部屋でまず間違いないと思う。

 

コンコンコンッ…

 

「はいは~い」

 

ノックをした後、間を置いてドア越しから訊き慣れた間の伸びた声がすると、どたどたと忙しない足音が響いてドアがガチャリと音を立てて開かれる。

 

「誰かな~?あれれ~?かんちゃん~?珍しいね~って………み、みみみみこちー!?どうしたのー!?」

 

開けたドアの間から顔を覗かせて訪ねてきた人間が私だと分かると、にこ~と笑顔を浮かべる本音だったが、腕の中で寝ているミコトに気付いて悲鳴に似た声を上げてミコトに詰め寄ってくる。

 

「ほ、本音……落ち着いて…寝てるだけだから…そんなに大きな声出すと起きちゃう」

「な、なんだぁ~良かったぁ~……」

 

何やらデジャヴを感じると思ったら、さっき彼と似たようなやり取りをしたなと本音を見ながら思う。彼といい本音といい本当にこの子が大切らしい。

 

「……中に入っていい?ベッドに寝かせてあげたいから」

「あっ、うん。いいよ~どうぞどうぞ~」

 

部屋の主に入室を許され部屋の中へ。

部屋の中を見渡してみれば、可愛らしいぬいぐるみなどが沢山あり、山のように積まれたお菓子が少しばかり目立つが、年頃の女の子に相応しいそれは実家の本音の部屋を思い出させる。学園に入っても相変わらずの趣味なようだ。私は苦笑を漏らしてベッドにミコトをそっと寝かせる。

 

「ありがとね~。かんちゃん~」

「か、かんちゃんは止めて…」

 

本音は妙なあだ名をつけたがるから困る。

 

「それじゃあ……私は部屋に戻るね?」

「え~?せっかく来たんだし~お泊りしてこうよ~?」

「えっ……」

「えへへ~。かんちゃんと一緒に寝るの久しぶりなのだ~」

「ちょっ、ま……」

 

何勝手に決めて…。

 

「かんちゃんのパジャマは~これだね~♪」

 

そういって取り出したのは犬の着ぐるみ。え?それパジャマなの?どう考えたって着ぐるみ…。

 

「じゃあ~着替えよっか~?」

「えっ?ま、待って……い、いやああああああああああ!?」

「むにゃむにゃ……」

 

夜の学生寮に私の悲鳴が響き渡るのだった…。

 

 

 


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