IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第47話「学園祭準備。そして、闇も動きだす」

 

 

 

食事を終わらせて部屋に戻ってくるとベッドでゴロゴロと寛ぎながら「おかえり~」と出迎えてくれる楯無先輩を見て、改めて俺は楯無先輩がこの部屋に住むのだと再確認すると、深い溜息を吐いて部屋の中へ入る。

上着を身近な椅子の背に半ば放り投げる様にして掛けて、別の椅子を先輩から近くもないし遠くもないと言った微妙に距離に移動してからそれに腰を下ろす。

 

……うん。全然落ち着かない。座ってるのに全然休んでる気がしない。

 

箒やシャルロットの時は最初は似た様な物だったけど、箒は幼馴染だと言う事もあって気兼ねなくとまではいかなくても時間が経てば落ち着けたし、シャルロットはシャルロットで事情もあってその上あの性格だから気を遣うことはそれほどなかった。両名ともハプニングはあったが…。

 

「何、この距離間?」

「そういえば、さっき食堂でちょっと気になる子にあったんですけど―――」

「無視ですかそうですか……。ふ~ん、気になる子ねぇ。一夏くんったら可愛い子を沢山囲んでるくせにまだ足りないんだ~?」

 

ニヤニヤと弄るネタを見つけたと楽しそうに笑う楯無先輩だったが、俺はそんなつもりは毛頭ないので華麗にスルー。てか囲んでるってなんだ。そんなことした覚えないっての。

 

「―――更識って先輩と同じ名字の眼鏡を掛けた子なんですけどね。先輩の妹さんか何かですか?」

「えっ?」

 

それを聞いて驚いた表情を浮かべる楯無先輩。ああやっぱり知り合いだったのか。更識なんて珍しい名字だからもしかしたらと思ったんだけど。今になって気付いたが容姿も楯無先輩に何処となく似ていた気がする。やっぱり妹さんなのか?

 

「あの子にあったんだ……っと、あの子が私の妹なのかだったよね?うん、あの子は更識簪。キミの予想通り私の妹のだよ。でも意外、あの子が食堂に居るなんて。普段は購買でパンを買って済ませてるのに」

 

食生活が偏ってるなぁ。ここの学食はそこらの店より遥かに美味しいのに勿体ない…。

 

「それで簪ちゃんがどうしたの?……まさか!私だけじゃなく簪ちゃんにまで手を出すつもり!そんな、姉妹揃ってだなんてマニアック!」

 

何を言っているんだこの人は…。

 

「んなワケないでしょうっ!ただ、眠ってるミコトを部屋までおぶって運んでるのを見たんで気になっただけですよ!」

「うそん。おぶってって…簪ちゃんが?」

「はい。俗に言うお姫様だっこで」

「ぶっ!?お姫様だっこ!?あの簪ちゃんが!?」

「え、ええ、まぁ…」

 

あのっていうのはどのことなのかは知らんけれど、簪って子がミコトをお姫様だっこしてたのは事実だ。楯無先輩は信じられないといった様子だけど、楯無先輩の知る妹さんはそんな事をする人物ではないのだろうか?確かに大勢の人が居る食堂でお姫様だっこなんてなかなか出来る事じゃないが。

 

「うっそ、なにそれ?何で私はそこに居なかったんだろ。見たかったなぁ、簪ちゃんがミコトちゃんをお姫様だっこしてるところ」

「まあ、注目の的だったのは確かですね…」

 

ミコト本人も学園じゃ有名人だ。廊下ですれ違えば殆どの生徒がミコトに声を掛けるし、あの特徴的な天然の白い髪は何もしなくても周りの視線を集めてしまう。まして大衆の面前でお姫様だっこだ。視線が集まらない訳がない。

 

「ううむ無念…。薫子ちゃんか新聞部の子が写真をとってくれてる事を祈りましょう。でもそっか、あの簪ちゃんがね……うふふ♪」

 

何処か嬉しそうに楯無先輩は微笑む。その笑みは俺が今まで見てきた楯無先輩のどの笑みとも違う姉としての慈愛に満ちた笑みだった。先輩と出会って2日しか経ってはいないが、それでもその2日間はこの人がどういう人物か知るには十分な時間だった。ときどきヘタレたりはするがこの人の浮かべる笑みや行動の殆どは何処か演技染みていて、こういう生徒会長としてではなく素の表情を見せるとは思いもしなかった。

廊下で虚先輩がミコトと関わって楯無先輩は変わったと言っていたが、ならミコトと出会う前の楯無先輩はどんな人物だったのだろう?素を完全に表に出さずに完璧な生徒会長を演じる。それは、どれだけ孤独なのだろう?俺にはとても想像できなかった。だからだろうか、虚先輩が複雑そうに、けれど何処か嬉しそうに笑い語っていたのは…。

 

「あはは、やっぱりミコトちゃんに任せて正解だったみたい♪」

 

……ん?

 

「どうしてそこでミコトの名前が出てくるんです?それに任せたって…」

「うん?一夏くんもミコトちゃんが最近毎日のように何処かに行ってるのは知ってるよね?」

「はい。何処に行ってるのかは教えてもらってませんけど……妹さんと関係があるんですか?」

「正解。その行先は簪ちゃんのところ。詳しくはまだ話せないけどね」

 

まだ…ね。しかし、楯無先輩の話が事実だとすると、この間のミコトが頬を赤く腫らしていた原因はもしかして……いや、事情もよく知らないんだ。皆には黙っておこう。ミコトが関わると暴走する奴もいるし。

 

「実は一夏くんに任せようかなとも思ってたんだけどねぇ」

「本当に本人の意思関係無しに話を進めますよね。まあ、人選は間違って無いと思いますよ?ミコトに任せちゃえばだいたい解決しちゃうだろうし」

 

正確には場の雰囲気に流されていつの間にか解決しちゃってると言うのが正しいか。

 

「そうね。これもミコトちゃんの魅力が成せる業かな。このまま私が生徒会長を卒業まで務めたら、次期生徒会長はミコトちゃんかもしれないわね」

「え?次の生徒会長を決めるのって、バトルロワイヤル形式で一番強い生徒を決めるんじゃ…」

「なにその汗臭そうな選挙方法。ちゃんと普通に選挙するってば。私の場合、前の生徒会長を倒して今もこうして務めている訳だけど、私みたいなケースは珍しい方よ?」

 

……まあ、誰も好き好んで四六時中狙われる様な職務に就きたいとは思わないよな。

 

「だとしても、ミコトには生徒会長は無理でしょう。最強とかミコトにはなんと言うか……イメージ的に合わないと言うか」

「そう?強さっていうのは力だけじゃないと私は思うな。ミコトちゃんみたいに人を惹きつけるのも強さの一つだと私は思う」

「でも、この前の先輩みたいに襲われでもしたらミコトじゃどうにもなりませんよ」

 

そりゃISの操縦なら生徒会長に相応しい実力はあるかもしれないが、生身の方は全然だ。

 

「キミはミコトちゃんが襲われているところを見かけたら、黙ってそれを眺めてるの?」

「そ、そんな訳ないでしょう!当然助けますよ!……あっ」

「うん、つまりそう言うこと。他の子達も同じ行動をとるだろうね。ううん、そういう事態も起こらないかもしれない。今回の件は生徒達の私へ不満が原因で起こったものだから」

 

人を惹きつけるのも強さの一つ。成程、その通りなのかもしれない。自分が出来ないのなら出来る人に頼めばいい。その考え方は何でも一人でこなせることが出来る楯無先輩に無いものだ。もちろん、それにはそれだけ人に好意を持たれていなければ出来ない。そして、それが出来るミコトはやはり凄いのだろう。

 

「まあ、今回の件はキミという存在が原因なんだけどね?毎日のように襲われるようなことがあったんじゃ私だって身がもたないよん」

「あ、あはは…」

 

そうは言うが勝手に周りの人間が騒ぎたてただけで、俺に非は一切ない筈なんだが…。

 

「……でも見てみたかったな。ミコトちゃんが生徒会長をしてるところ」

「楯無先輩はその頃は卒業して学園にはもう居ないですもんね」

「…………うふふ、そうだね。流石に留年して簪ちゃんと同じ学年になるのはちょっと遠慮したいなぁ」

「自由人のミコトが立候補するとは思えませんけどね。―――っと、もうこんな時間だ。シャワー浴びて来ますね」

「うふん。背中流してあげよっか?」

「結構です!」

 

そういって服を脱ぎ始める楯無先輩に俺は慌てて断ると、バタンッ!と大きな音をたてて洗面所のドアを閉める。まったく、真面目な話をしてると思ったらすぐこれだ。

閉めたドアに背中を預けて俺はまた深く溜息を吐くのだった…。

 

 

 

「――――……ほんと、キミが生徒会長をしてるところを見たかったよ。ミコトちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第47話「学園祭準備。そして、闇も動きだす」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑一夏

 

 

学園祭まであと一週間をきった日の放課後。中間試験も終わりやっと本格的に準備に取り掛かれるようになったので、放課後に皆で教室に残って話し合おう事になったのだが…。

 

「えー、これから役割分担を決めたいと思うんだが。皆希望とかあるか?料理担当とか、ホール担当とか」

「あの、一つ質問があるのですが…」

 

皆が黙って俺の話に耳を傾けるなか、スッとセシリアは静かに手を上げる。

 

「………何故、黒板の料理担当者の箇所に『※セシリアは禁止』と書かれているのでしょう?」

「お客様にセシリアの料理を食べさせるわけにはいかんからだ」

 

俺の言葉にうんうんと頷くクラス一同。もうこのクラスの間には『セシリアに料理はタブー』というの暗黙のルールが成り立っていた。そりゃ、セシリアが料理しようとする度に大騒ぎになれば誰だってそう認識してしまうだろう。

食中毒とか洒落にならんからな。その原因がイギリスの代表候補生となると尚更だ。スキャンダルになるぞ。

 

「わたくしだって日々成長しているのですよっ!?」

「火力不足とか言って調理にレーザー兵器を持ちだす人はちょっと…」

 

あと、赤みが足りないからと言ってケチャップやタバスコを大量投下するのも頂けない。まず味見をして下さいお願いします。

 

「私達があれだけ練習に付き合ってやったのに何故進歩しないんだ…」

「鈴なんて文字通り匙を投げたもんね…」

「そして残飯処理は私というな。不味いレーションになれた私でもあれはきつかったぞ。そもそもアレは食べ物じゃない」

「?」

 

箒達からは散々の言われ様。けれど、事実なのでセシリアも何も言い返せないでただ悔しそうに唸るばかり。

ああ、あと、ラウラは別に好きで残飯処理をしている訳じゃない。セシリアが好意でミコトに食べさせようとするものだから、それを阻止しようと自ら犠牲になっただけだった。でなければ誰もアレを自ら進んで食べようだなんて思わない。

 

「ぐ、ぐぬぬぬ…!こ、紅茶なら誰よりも美味しく淹れられますわよ!?」

「え~?ティーパックでよくないかな~?」

「駄目です!わたくしが居る以上そんな紛い物を出すなんて許しませんわ!」

「そ、そこまで拘らなくても…」

 

面倒臭そうにぼやく女子に上流階級のお嬢さまとしてのプライドが許さないのかウガー!と猛反発するセシリア。そんなぎゃあぎゃあと騒がしい教室のなかで、俺は一人「ふむ…」と顎に手を当てて思考する。

 

「紅茶か…」

 

一応、セシリアはお嬢様な訳だし、偏見かもしれないが紅茶にもきっと詳しい事だろう。念の為に一度飲ませて貰う必要はあるが、それなら任せても良いかもしれないな

 

「……うん。わかった。紅茶だけならセシリアに任せてもいいかな。試飲させてもらうけど」

「言いだした者から始めよ、だぞ一夏。私はもう嫌だからな」

「ああ、任せておけ。これ以上犠牲は出させないさ」

「何でそんな言われ方をされなければなりませんのっ!?遺憾の意を表明いたしますわ!」

 

そんなもの何の意味もなさないと言う事は歴史が証明してるんだよ。

 

「あと、コスプレ担当も決めないとな。シャルロット、肝心の衣装の方はどうなったんだ?」

「えっとね。メイド服六着と執事服一着までなら貸してくれるって」

 

六着か。まあ教室も広くないし6人もいればお店は問題無く回せるかな?半分にすれば午後と午前でシフトを分けられるし。じゃあ、コスプレ担当者は誰にするかだが…。

 

「誰かメイド服着たい人居るか?」

 

うわ、言っといて何だが、今の台詞なんか危なくないか?何も知らない人が聞いたら完全に変質者じゃないか…。

 

「一夏、一夏」

 

―――と、反応を見せないクラスメイト達の中で、ミコトだけが懸命にグイグイと手を上げて自己主張。

 

「お、おう?どうしたんだミコト」

「私やる。私、経験者。適材適所」

 

う~ん。口足らずなミコトが接客できるか不安だが、本人にやる気があるのなら問題無いだろう。他に立候補者が居る訳でもないし。

 

「了解。一人目はミコトで決まりな」

「やた♪」

 

こうして、一人目が決まった訳なのだが。その途端――――。

 

「みこちーがやるなら~わたしもやる~」

「で、でしたらお二人だけだと不安なのでわたくしもいたしますわ!」

「あっ、なら僕も!(この前は着れなかったし)」

「まあ、立案者の私がしないと言うのもな」

「むぅ、これで私だけ名乗り出なければ、まるで私が空気が読めない奴ではないか…」

 

次々と出てくる立候補者によりあっという間にコスプレ枠が埋まってしまった。しかも、名乗り出たのは2組の鈴を除いたいつも通りのメンバーだ。うん。まぁ六着って訊いたあたりからこうなるんじゃないかとは思ってたんだけどな。

 

「というかセシリア。お前自分で紅茶担当やりたいって言ってたのにコスプレ担当もしたいってのはどういうことだ?」

 

『コスプレ』喫茶な訳だから、コスプレ担当の人間が接客をしないといけない訳で、そうなると紅茶なんて淹れる余裕なんて無いと思うんだが、セシリアはそれを分かっているのだろうか?

 

「あっ……」

「……すっかり忘れてただろ?」

「そ、それは……そ、そう!わたくしが紅茶の淹れ方を指導すればいいのですわ!これなら問題ありません!ええ!」

 

苦し紛れの言い訳なのは見て丸分かりだが、まあ一応は理に適ってる。セシリア一人で紅茶を淹れるよりも、セシリアが紅茶の淹れ方を教えて美味しい紅茶を淹れられる人員を増やした方が効率が良いのは確かだ。……本当に美味しいならだけど。

 

「……本当に客に出せる飲み物なんだよな?」

「どれだけ信用がありませんのわたくしは!?」

 

ハハハ、日頃の行いを顧みてくれ。

 

そんなこんなでその後も他の役割分担も順当に決まり。連絡事項を済ませると各々自分の振り当てられた作業へと移っていく。それを見届けてよし俺も作業を始めるかと思ったその時。ガラッと、音を立てて教室のドアが開かれた。

 

「一夏く~ん!迎えに来たわよ~♪」

 

陽気な挨拶と共に教室に入って来たのは楯無先輩だった。

楯無先輩は下の学年の教室だと言うのも気にせず、周りから視線を浴びながら堂々として俺の所まで歩いてくると、腕を絡めてきてニコリと極上の笑みを浮かべる。

 

「さ、今日も特訓がんばろ♪」

「「「………」」」

「は、はははは……」

 

背中に突き刺さる視線に3つの視線に冷や汗を流しながら渇いた笑い声を洩らすが、内心生きた心地がしなかった。

 

「た、楯無先輩少し離れて下さい。動き辛いです」

「そんな、酷い!一緒に夜を過ごした仲じゃない!」

「ちょ、おまっ!?」

 

なに爆弾発言してくれちゃってるのこの人!?この状況でそんな事言ったら……。

 

「何っ!?どういう事だ一夏!?」

「そうですわ!今の言葉は聞き捨てなりません!」

「説明してよ一夏!」

 

爆弾をぶちまけられたと同時に俺は3人に包囲されて詰め寄られてしまう。しかし、騒いでいるのはこの3人だけじゃない。今の楯無先輩の教室中に響いていたのだから、当然……。

 

「えっ、嘘!?生徒会長と織斑君が同衾!?」

「嗚呼、この世には神も仏もないと言うの…」

「か、勝てない……希望が…僅かにあった希望が完全に潰えたわ…」

 

ざわざわと騒がしくなっていく教室。ああ、ほら収拾がつかなく――――ぽんぽん…。

 

「ん?」

 

肩を叩かれて俺は振り返る。振り向いた場所に立っていたのは……鈴だった。

 

「………ニコ♪」

「……ニ、ニコ?」

 

不気味な程に綺麗な笑顔で微笑む鈴に俺も笑い返す。しかし、俺は見た。鈴のコレでもかという程に強く握り締められている拳を……。

握り締められた拳。それをどうするのか容易に想像できた。俺は「嗚呼、またなのか…」と悟った様に天井を見上げて眼を瞑った。このあと俺がどのような結末を迎えたのかは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 更識簪

 

 

放課後、第二整備室。

そこはISが関係した学園行事の前でもないと言うのに、部屋には多くの生徒が行き来し、生徒たちの飛び交う掛け声やIS整備用の工具の掻き鳴らす喧しい音が響いていた。

 

「あ~ダメダメ!それじゃあ重くなっちゃう!」

「ふにぃ。でもぉ、それだと耐久度の問題がぁ」

「薄い装甲を何層にも重ねるってのはどう?」

「う~ん。それだとコストがなぁ…」

「経費は学園持ちだから問題ないよぅ。それでいきましょうぅ」

「ぬふふwwお国の税金美味しいですwww」

 

試作パーツを入れ替えてはその度に端末を操作してシミュレートを行い、設計に欠陥がないかパラメーターのチェック。その入れ替えるパーツも殆どが一から製造しあれこれと思考錯誤が成されている。しかし、何より凄いのは整備科の先輩達は以上の作業を今の会話をしながら手を止めないでしている事だ。視線は空中に浮かぶ複数の投影ディスプレイに、両手は空間投影キーボードを操作、工具を操作などで常にフル稼働状態だと言うのに、雑談を楽しむ余裕があるとは…。

…でも、最後の方の人、何か凄くこと言ってた気がするけど、訊かなかったことにした方がいいのかな……?

 

「薫子。ありがと」

「気にしないでいいってば。私達も6割くらい趣味でやってるようなものだし」

 

そう笑いながら黛先輩もパネルを操作して翼部分のスラスターの出力を調整を行っている。この機体だと一番繊細の部分な筈なんだけど。エースの名は伊達じゃないってことだろうか。

データ収拾など私も手伝いはしてるものの、正直少し場違いなのは否めない。協同して作業するには技術レベルが違い過ぎる。

 

「ふぅ……」

 

少し疲れたので作業の手を止めて休憩。簡易ディスプレイの眼鏡を外すとその際にイカロス・フテロが視界に映った。

骨組みだけといった状態のイカロス・フテロの所々には多数のケーブルが繋げられ、その痛々しい姿はまるでICUで医療機器につながらた患者のようだ。なら、あの子は一体どういう心境でこの機体を眺めているのだろう?自分の愛機を誰よりも大切に思っているあの子は……。

 

「……頑張らなきゃ」

 

私が出来る事は限られているけど、少しでも早くあの子の機体を直してあげたいから。

ぼそりと誰も聞こえない程小さな声で呟くと、眼を軽くマッサージをしてから私は再びディスプレイと睨めっこをする作業を再開しようと空間投影キーボードに手を伸ばした――――その時、バタンッ!と大きな音を立てて出入口のドアが開く。それには作業をしていた先輩達も手を止めてドアの方へと視線を向けた。

 

「やっほ~!みこち~!かんちゃ~ん!手伝いにきたよ~!」

 

ババァーン!と擬音をバックに背負って登場してきたのは、更識家の使用人家系であり私の幼馴染でもある布仏本音だった。

相変わらずのゆっくりとした動作で、だぼだぼの袖を揺らしてこっちに歩いてくる……が、その道中で床に転がっていた工具を脛にぶつけて、その場で蹲りプルプルと震えて「ぬぅあ~」と悶絶するという何とも情けない姿を見せてくれた。この子が自分の従者だと思うととても恥ずかしい。

 

「あうう~…いたいよぉ~…」

「だいじょうぶ?本音?」

「みこちぃ~……」

 

駈け寄るミコトにまるで子供のように本音は泣いて抱きつく。えっと、本音ってこんなに甘えん坊だったかな?

 

「ん。いたいのいたいのとんでけ~」

「えへへへへ~♪」

 

…………。

 

何か二人が仲良くしている所を見てるとなんだか胸の辺りが変な感じになる。この感じは何?これは……嫉妬?でも、コレは誰に対しての感情?本音?それともミコト?

 

「前方不注意……本音が悪い…」

「うぅ~…かんちゃんひどいよ~う~」

「ぁぅ……」

 

そ、そんな事言われても……本当のことだし…。

正しいことを言っている筈なのに、涙目で見つめられると罪悪感でこっちが悪いみたいに思っちゃうじゃない…。

 

「はいはい御三方いつまでも遊んでないで作業を再開再開。学園祭までには形までは完成させたいんだからさ」

 

パンパンと手を叩いて黛先輩が私達の間に割って入る。別に遊んでる訳じゃ…いや、そんなことより学園祭までにって……えっ、一週間?一週間で完成させるつもりなの?

 

「…そ、そんなに早く……出来るんですか…?」

「形だけはね。もちろん試運転もしないといけないし、細かな調整も必要だけど」

「わ~、すごいね~」

「さすが薫子」

「えっへん!どんなもんだい!」

 

そう言って胸を張る黛先輩だったが、それに他の先輩達が猛抗議。

 

「こらぁ、私達を差し置いて自分だけ良い顔しないのぉ」

「そうだそうだー!」

「薫子だって一人だけじゃ無理な癖に!」

「あははは~、ごめんごめん♪」

 

そう、黛先輩だけじゃない。どの先輩も凄い技量を持っている。一年生と2年生では学習時間も違うから技量の差は勿論出てくる。けれど、此処に居る先輩達は2年生の中でも優秀な部類に入る人達だ。たまに整備室に訪れる他の先輩の作業を見ている私には分かる。

 

……でも、本当に凄いのは…。

 

「ん。みんな、ありがとう」

「気にしない気にしない!」

「一からの開発なんて滅多に出来る事じゃないですからぁ」

「寧ろ感謝したいくらいだよ!」

 

先輩達の笑顔に囲まれてミコト見て私は思う。そう、本当に凄いのはそんな人達を集めるミコトなのかもしれない。その魅力は私は勿論のこと、姉さんにも無いものだから。きっと、今の現状はミコトだからこそ出来たこと。ミコトが居なかったら、私はこの場にはいなかった。

 

「よ~し!さっさと完成させるわよ~!これが終わってもまだもう一機残ってるんだからね!?」

「「「「お~!」」」」

「………ふふっ」

 

元気の良い掛け声をあげる皆を見て笑みを溢す。集団行動なんて苦手だとずっと思っていたのだけど。嗚呼、結局私も先輩たちと一緒なんだと改めて思って、でもそれが何処か嬉しくて、少し照れくさかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side ???

 

 

その部屋は生活感というものを一切感じさせない一室だった。あるのは質素なカーテンとベッドだけ。それ以外の生活品は何も置いておらずまるで留置所の一室のようだった。

そして、部屋の主は何もしようとする訳でもなく、明かりもない暗闇の中ベッドに腰を掛け、ただ無言に佇んでいた。

 

「入るわよ、エム」

 

ノックもせずに私は部屋に入る。いや、ノックをしたところでこの部屋の主は反応なんて返さないのだからしても無駄なことだ。現にエムと呼ばれた少女は私が入って来ても此方を見ようともしない。

 

「次の任務が決まったわ。近いうちに貴女も働いてもらう事になるからそのつもりでね」

「………」

 

少女は何も返さない。ただ無言を突き通すのみ。でも、それじゃあ私が面白くないので少し挑発してみることにした。

 

「ギリシャの件に続いて銀の福音の回収も失敗。これ以上の失敗はご遠慮してもらいたいわね」

「あれはお前が帰還命令を出したからだ。あのまま続けていれば私が勝っていた」

 

彼女はそう言うがそれはまず有り得ない。米軍基地という敵地のど真ん中で、しかも国家代表を相手にして勝利などまず不可能だ。エムの力量は相当なものだが所詮は戦争は数。あのまま長引けば敵の増援が来てエムは敗北していただろう。それは誰でも予測できる結末。それを認めないのは彼女が『敗北』という言葉を、誰かに劣ると言う事実を嫌うから。何故なら、彼女が自分より勝っていると認める人物はこの世界に一人しか居ないのだから。

 

「今回はオータムとの共同任務。2機のISを奪取してちょうだい。その片方は大破しているから奪取は簡単でしょう?」

「………で、その襲撃する場所は?」

 

私はその場所を告げると、それまで無表情だったエムは嬉しそうに口元を歪めた。私がエムに告げた場所。その場所の名は―――。

 

「―――IS学園」

 

 

 


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