IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第49話「鏡映しの学園祭―中篇―」

 

一夏達が学園祭を楽しんでいる同時刻。IS学園から数キロ離れた廃棄された古びたビル、その屋上に一人佇む少女の姿がそこにあった。

少女は待つ。9月とはいえまだ夏の暑さを残す日差しを浴びながらも、その額には汗一つ浮かんではいない。その整った顔に浮かぶ表情はまるで氷像のように冷たく、その瞳は遠くに見える学園だけを捉えていた。

 

―――すると、そこへプライベート・チャンネルに通信が入る。

 

『…学園内部に潜入。此方から合図を送るからそのタイミングに合わせて襲撃しろ。わかったな?』

 

「…………」

 

通信越しに聞こえてくるキツイ女の声。その声からは好意的なものは一切感じられず、二人がどういう関係か明確に表していた。 

 

『っ!おい!分かったなら何か言いやがれっ!』

 

「………」

 

少女は何も応えない。何故なら少女にとってこの女の声など雑音でしかないのだから。少女は狂気に満ちた笑みでその整った顔を歪ませて、その時が来るのを待つ。その右手にはターゲットである自分に瓜二つの白き少女の写真を握らせて…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第49話「鏡映しの学園祭―中篇―」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑一夏

 

 

「ご協力ありがとうね。写真出来たらみんなにあげるから♪」

「はぁ、そうっすか…」

 

写真を撮り終えてご満悦な黛先輩だったが、それに対して俺の方はと言うとゲンナリとした表情で、その黛先輩のカメラを持って嬉しそうにはしゃいでいる様子を眺めていた。文句の一つも言いたいところだがそんな気力も暇もない。俺やミコトとのほほんさんを除いた他のメイド達も撮影を終えると、周りの状況に漸く気付き大慌てで仕事場へと戻り、鈴も行列の客が自分のお店に流れてくるかもしれないと戻ってしまった。俺もこんなことしてないで早く仕事に戻らないといけない。

 

「ミコト、塩撒け塩」

「? ん」

 

俺の言う言葉の意味を理解できていなかった様子のミコトだったが、暫し塩の入れ物と黛先輩と俺をを交互に見て考えこむと、その純粋な性格のためか言葉をそのままの意味で捉えて身近のテーブルに置いてあった塩の入れ物をぐいっぐいっと黛先輩に押しつけ始める。直接塩を撒かないのはミコトの優しさからか。

 

「ちょ、ミコトちゃん塩押しつけて来ないでぇ!?」

「? 違うの?」

 

言われたとおりにしただけなのに何故か拒絶されてしまい、首を傾げるミコト。

 

「間違ってないぞミコト。ほら、楯無先輩にもやってしまえい」

「ん」

 

ズビシ!と指をさすと、ミコトはラジコンのロボットのように楯無先輩へと方向転換して黛先輩同様に塩の入れ物を押しつける。

 

「あ、あらん?私も?」

「自業自得」

 

俺達の輪から離れた場所から妹さんのナイスなツッコミでヲチがついたところで、そろそろふざけるのも終わりにするとしよう。

 

「それじゃあ俺達は仕事に戻るんで先輩達も退散して下さい」

「あいあい。これ以上お邪魔するのも悪いしね」

「そう思うなら最初からしなけりゃ良いのに…」

「分かってないねぇ織斑君!シャッターチャンスは自分の手で作るものなんだよ?」

 

人それをマッチポンプと言う。

 

「それじゃあ私は別の場所の取材を――――と、いけない。ミコトちゃんに大事なこと伝えるの忘れてたわ」

 

黛先輩は何かを思い出し、去ろうとして出口の方へと向けていた身体をくるりと翻し此方へと向きなおる。

 

「う?私に?」

「そう、ミコトちゃんに♪」

 

そう言ってニコリと笑顔を浮かべる黛先輩。

 

「パンパカパ~ン♪なんと、なんとですよ?朝方にミコトちゃんの機体が完成したのです!」

 

態々自分で効果音までつけて、黛先輩は何かとんでもない事を言い出した。

ミコトの機体、考えるまでも無くイカロス・フテロの事だろう。完成したと言う事はつまりあのボロボロの状態から直ったと言う事だろうか?黛先輩の言葉にミコトは眼を大きく見開いてパチクリと瞬きをして驚いた表情を浮かべた。

 

「……ほんと?」

「勿論♪わたし、嘘吐かない!」

 

記事の捏造は普通にするけどなと言いたくなったが、此処は空気を読んで胸の内に仕舞っておこう。それに……。

 

「…………………わぁ♪」

 

こんな花の咲いた様な笑顔を見せられちゃ、それ以外の事なんてどうでも良くなってしまうじゃないか。

 

「やったね~みこち~♪」

「ん♪やた♪」

「あら、予想してたより早かったわね」

「そりゃミコトちゃんの頼みですから。頑張っちゃうよ」

「えっ、イカロス・フテロの修理って黛先輩がしてくれてたんですか!?」

 

楯無先輩が修理の件を知っていたのもそうだが、黛先輩がそれに関わっていたのは驚きだ。2年生から専攻が分かれて専門的な技術が学べるからと言って、まさかあの状態のイカロスを修復するとは…。IS学園の生徒がエリート集団だと言う事を改めて思い知らされる。

 

「正確には私と私の友達。あと、そこの子達もね?」

 

そう言ってちらりと視線を向けた先には、急に自分を見られてびくりと身体を跳ね上がらせる簪さんと、にぱ~と笑顔を浮かべるのほほんさんがいた。

この二人も関わっていたのか。ああなるほど、何と無く最近のミコトの行動が読めて来たぞ。

 

「あは~、みこちーのためなんだから当然だよ~。ね~?かんちゃん~?」

「ぇ、えっ?…………わ、私は……自分のためでもあるから……」

 

そうのほほんさんに話を振られた簪さんは、モジモジと顔を赤く染めて照れた様子でぼそぼそと微かに聞き取れる程の声で呟く。ふむ、どうも彼女はお姉さんとは正反対で自己主張が乏しいようだ。

簪さんは自身に向けられる視線から逃げるようにのほほんさんの後ろに隠れるその仕草は怯える子犬の様で微笑ましい。

 

「………ふふっ」

 

そんな簪さんを楯無先輩も慈母の笑みを浮べて見守っている。

色々と規格外であまり素の自分を見せない人だけど、こういうところを見るとやっぱりこの人も一人の妹を持つ姉なのだなとしみじみ思う。

 

「時間があいたら第二整備室に行ってみるといいよ。あの子もきっとミコトちゃんのこと待ってるだろうからさ」

「ん!」

 

ISは機械なのにミコトのそれは、まるで家族の退院を喜ぶ子供の様だった。きっとミコトにとってはその表現で間違ってないんだろうな。いや、もしかしたらそれ以上にかもしれない。

 

「では、今度こそさらば!」

 

そう言って、黛先輩はカメラを大事そうに抱えて次のネタを探しに何処かへと去っていくのだった。

 

「さ・て・と、薫子ちゃんも行っちゃったし、私もそろそろお暇するわね」

 

パチンと音を鳴らして開いていた扇子を閉じ、楯無先輩も最後に俺達にウインクを残して教室を出ていってしまう。

 

「あっ………わ、わたしも……それじゃあ…!」

「かんちゃ~ん!あとでお店に遊びに行くからね~!」

「いく」

「……う、うん!」

 

そう言って簪さんは教室を出て行った楯無先輩を追いかけていく。

一気に人が居なくなってしまい、騒然としている教室も俺達の居る場所だけ何だか妙に静かに感じる。まるであの先輩達は台風の様な人だな本当、過ぎ去ったあとの静けさが正にそれだ。

 

「ひぃ~!?織斑くん!はやく仕事に戻って~!?」

「そうだよぅ!もう行列が凄くて手に負えないだからぁ!」

 

廊下の長蛇の列を整理しているスタッフからついに泣きの声が…。

やはりあの行列を抑えるのは無理があったか。いや、むしろ今までよくもったと言うべきだろう。スタッフの尽力には感謝しきれない。その頑張りに報いる為にも俺も先程以上に仕事をこなすとしよう。

 

「わるい!すぐに戻る!ほら、ミコトとのほほんさんも仕事に戻るぞ!」

「ん。がんばる」

「らじゃ~!」

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 更識簪

 

 

ミコトと本音と別れた後、私はらしくもなく廊下を走っていた。

 

「お、お姉……ちゃん…っ!」

 

立ち去ろうとする姉を私は慌てて追いかけてその背中を呼び止めると、此方に振り返って姉は笑顔を浮かべた。

 

「うん?簪ちゃんじゃないの。どうかしたのかな?」

「………ぁ」

 

さっきまでは普通にあの苦手な姉と話せていたというのに、ミコト達と別れて二人っきりになった途端、言おうとしていた言葉を今更になって身体が拒む。

 

「あ………ぅ……」

 

どうしよう…。さっきまではちゃんと喋れたのに…。

声を出そうとすれば言葉が喉に詰まりまともに声が発せられない。顔だってそう、俯いて視線を合わせる事だって出来やしない。当然だ。今まで私は姉に怯えて逃げてきたのだから。それが今日になってまともに会話が出来る訳がないのは分かりきった事だった。さっきのはまぐれ、ミコトや本音が居てたまたま会話が成り立ったに過ぎない。なのに、私はそんな事も忘れてこんなことして…。

自分でも馬鹿だと思う、何を勘違いしていたのだと。私なんかがお姉ちゃんと二人っきりで面と向かって話せる訳が―――。

 

「大丈夫」

「…………ぇ?」

 

優しい声と、緊張で固く握られた私の手を包み込む暖かな温もり。私はその声と温もりに俯いていた顔を上げると、私の手を両手で包み込む様に握り、優しく微笑むお姉ちゃんの顔がそこにあった。

 

……なつかしい。

 

この感じ、何時ぶりだろう?随分と昔の様な気がする。更識とかそんなの意識して無かった頃、私とお姉ちゃんが幼かった頃…。

 

「いくらでも待っててあげるから。ゆっくり話して…ね?」

「………ぅ……ん……」

 

そう優しく言い聞かせてくるお姉ちゃんに私は頷き。一旦、深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、途切れ途切れになりながらも言葉を紡いでいく。

 

「っ……な…で……なんで……あんな事……したの…?」

「あんな事?」

「お姉…ちゃんは………はちゃめちゃなこと…ばかりしてるけど……その行動には……必ず意味があるから……」

 

さっきのそう、周りからしてみれば傍迷惑極まりない行動だけど、きっとあの行動には意味があると私は思っている。各部活を騒がせている彼の争奪戦もそうだから。けれど分からない。さっきのあれにはデメリットが大き過ぎる。何か意味があるにしてもお姉ちゃんならもっとスマートに出来た筈だ。

 

「あはは、はちゃめちゃかぁ…」

「………事実」

 

ボソリと呟かれた言葉にお姉ちゃんはうぐっ!と情けない声を洩らすけど、直ぐに調子を元に戻して私の問いに答える。

 

「意味、か……。簪ちゃん、今しか作れない思い出ってあるよね?」

「? うん…」

 

時間は戻る事は無い。その時その場所でしか作れない思い出だってあるだろう。

 

「私はね、その思い出を強引に作っただけなの。少しでも記憶に残しておくために、あの時こうしてれば…とか、そんな後悔はしたくないから」

 

「あっ、ついでに言うと、薫子ちゃんも協力者なのよねん」と、お姉ちゃんは言葉をつけたす。やっぱり…。

あの状況での集合写真はやり過ぎだなと思ってたけど、やっぱりそうだったんだ。あの人の場合、半分以上は趣味の様な気もしないでも無いけど。

 

「でも………うふふ、簪ちゃんがあそこまで怒るなんてね。私がミコトちゃんの邪魔をしてるのがそんなに不満だった?」

「わ…私は……怒ってなんて……」

「嘘。だって、そうでなきゃ私に話しかけるなんてしないもの。覚えてる?最後に私と会話したのは何時だったか」

「…………」

 

少なくとも半年はあると思う。IS学園の入学について話したのが最後だった筈だから…。

 

「うん、随分と前よね?その時も私から話しかけた筈よ」

「……………ぅん」

 

家で姉さんと顔を合わせる事なんて殆どない。姉さんから逃げていたから。だから、逃げている方の私が話しかけるなんてことはまず無い。

 

「それなのに簪ちゃんから話しかけて来て……ふふ、嬉しくなっちゃった。話しかけてくれたこともだけど、それ以外にも色々と、ね♪」

「…?」

 

口元に扇子を当ててお姉ちゃんは本当に嬉しそうに笑う。私には何でそんなに嬉しそうなのか理解出来ないけれど…。

 

「何で……そんなに嬉しそうなの…?」

「うん?だって、壁を作って他人を寄せ付けなかったあの簪ちゃんが、他人のために怒ったんだよ?姉としてそれを喜ばない筈がないじゃない!」

 

大衆の面前でなんて恥ずかしいことを…ううん、それ以前に怒られてるのに何で喜んでるの?この姉は…。

 

「ねえ、簪ちゃん」

「な……なに…?」

「簪ちゃんにとってミコトちゃんは何?」

「な、何って…」

 

改めて問われてふと考えてみる。私とミコトの関係って…。

 

―――私は……ミコトの……。

 

ふと、食堂で彼に言った自分の言葉を思い出す。

あの時は誤魔化し半分で言ったつもりで言った言葉。何も意識しないで咄嗟に口にしていたその言葉の続きは…。

 

「………と…」

「と?」

「と……ともだ…ち…」

「………そっか♪」

「~~~~っ///」

 

また嬉しそうに微笑むお姉ちゃんに、私はなんだか恥ずかしくなって顔を伏せた。

嗚呼…失敗した…。そう言えばあの時も同じことになってた…。

 

「んふふ~♪そんなに照れなくてもいいのに~♪」

「……ぅ…うるさ…ぃ…」

 

照れてなんかないもん…。

 

「あははっ♪……うん、でも安心した。大切にするんだよ?友達を、友達と過ごす今この時を」

「ぇ?それって………ぁ… う、うん……」

 

それって、どういう意味なの?と、訊ねようかと思ったけどお姉ちゃんの笑顔を見てすぐにその考えは止めた。先程までの暖かな笑顔とは違う。温もりを感じさせない仮面を張り付けた様な笑顔。明らかな拒絶がそこにあったから…。

 

「話は終わり?なら、名残惜しいけど私も仕事があるからもういくわね?」

「………ぅん……」

 

…そうだ。お姉ちゃんは生徒会の仕事があるんだった。それに、私もクラスの子に仕事を任せて来てるから早く自分の教室に戻らないといけない。

 

「うんうん。簪ちゃんもクラスのお店頑張ってね。じゃあバイバイ」

「………」

 

お姉ちゃんは別れを告げて行ってしまう。私も自分の教室へ戻ろうと元来た道を引き返す。…でも、お姉ちゃんが最後に見せたあの笑顔。あれがどうしても気になって、教室に戻っても脳裏から離れる事は無かった…。

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑一夏

 

 

「やった~休憩時間だ~♪みこちー、かんちゃんのところいこ~♪」

「ん。お腹すいた。サンドイッチ、たべる」

「あっ、二人とも待ってくれ!」

 

廊下に出て行く二人を慌てて追いかける。

 

「ん?一夏、どうしたの?」

「二人とも簪さんのクラスに行くんだろ?だったら俺も一緒にいいか?」

「おりむーも~?」

 

飴玉がなければ蟻も群がらないという、俺が居なければ先程の騒動で溜まりに溜まったお客も少しは減るだろうと言う考えで、多少のクレームは致し方なしと俺も休憩を貰えることになったのだ。客の殆どが俺が目的だったために休憩は無いと思われていたのだが、これは嬉しい誤算だ。

 

「ああ、簪さんってイカロス・フテロの修理を手伝ってくれたんだろ?なら俺もミコトの友達としてお礼を言いたいんだ。でも、ほら……簪さんって、俺のことが苦手みたいだからさ。何か逃げちゃうし」

「あ~…でも、おりむー、それは逆効果かもぉ~…」

 

逆効果とはまたどういう意味だろう?

 

「えっとねー…」

「あの、ちょっといいですか?」

「はい?」

 

俺とのほほんさんが話していると、その会話に割り込んでくる女性の声。

声の聞こえた方へと振り向けば、そこにはキッチリとスーツを着こなしたロングヘアーが良く似合う美人な女性が立っていた。

 

「えっと…何か?」

「失礼しました。私、こういう者です」

 

初対面の人間に話し掛けられて困惑する俺に、スーツの女性は素早く名刺を取り出して俺に渡してくる。

 

「は、はぁ……IS装備開発企業『みつるぎ』渉外担当・巻紙礼子さん?」

 

名刺を読み上げてからもう一度巻紙さんを見る。話しかけてきてから常ににこにこと笑顔を浮かべているその様は実に『企業の人間』らしい人だった。

 

「はい、織斑さんにぜひ我が社の装備を使って頂けないかなと思いまして」

 

ああ…、またこの話か…。

 

世界で唯一ISが使える男子である俺が駆る白式に装備を使って貰えると言う事は、想像以上に広告効果が高いらしく、白式に装備提供を名乗り出てくる企業は後を絶たない。夏休み中も巻紙さんの様な人達が家に訪問してきて、夏休みの半分以上の時間を費やしてしまったのだ。企業の方も必死なんだろうけど此方から言わせてもらえれば、学生にとって貴重な夏休みと言う憩い時間を無駄にされたのだからあまり良い印象は無い。

 

「あー…すいません。こういうのはちょっと……」

「そう言わずに!」

「いや……そんな事言われてもですね……」

 

手早くお断りしてお帰り願おうとしたのだが、巻紙さんは俺が思っていた以上に押しが強く、簡単に引き下がってくれそうに無かった。

 

困ったなぁ…。厄介な人に捕まっちゃったみたいだ…。

 

巻紙さんの対処に困り果てていると、右手を誰かに掴まれて引っ張られる。視線を下ろせばそこにはミコトが手を引いて俺を見上げていた。

 

「ミ、ミコト?如何したんだ?」

「………一夏。いく」

「行く?行くってどこに…」

「いく。急ぐ」

 

ミコトは俺と質問に答えようとはせずに、何か必死に手を引っぱっては俺を何処かへ連れて行こうとする。大した力じゃないので簡単に抗えるのだが、どうもミコトの様子がおかしい。

 

「わ、分かったから引っ張るなって!?すいません!そう言う事なんで!悪いですけどこれで!」

「あっ!」

 

うまいことミコトを利用してこの場から脱出。

ミコトに手を引かれていた筈の俺はいつの間にかそのミコトを脇に抱えて猛ダッシュで巻紙さんから逃げるのだった。

 

 

 

 

「どうしたんだよミコト?あんなことして」

 

巻紙さんを撒いて人気のない階段の踊り場までやって来ると、あの人が追って来て無いかを確認してホッと一息吐いて、俺は先程の行動の説明をミコトに求めた。

確かにミコトはいつも突拍子もない行動をとることが多いが、さっきのミコトは様子がおかしかった。まるで……そう、何かに怯えている様にも見えた。

 

「…一夏。あの人、怖い。お話……だめ」

「あの人~?巻紙さんって人のこと~?」

「ん。あの人…怖い。だめ」

 

怖い…か。俺にはそういう風には見えなかったんだけどなぁ。

でも、ミコトのこの真剣な表情で訴えているのを見ると、勘違いとして終わらせるのは不味い気がする。一応気には止めておくとしよう。

 

「なるほど、分かった。気をつけるよ」

「……ん」

 

頷くミコトだったけれど、握った手は緩めてはくれなかった。どうやらまだ警戒は解いてはくれないらしい。

 

「……一夏。はやく簪のところ、いく」

「ああ、分かったから。いい加減手を離してくれ、な?」

「や」

 

手の開放を要求するもミコトはふるふると首を振って頑なにそれを拒む。周りから感じる生温かい視線がとても居心地が悪いんだが、やれやれ……。

ミコト自身、善意で俺を心配してのことだから強くは言えない。此処は俺が我慢するとしよう。

 

「……はぁ、分かったよ。好きなだけ握っててくれ」

「ん」

 

握られた手の力がぎゅっと強くなるのが分かる。ははは…これは何が何でも話してくれそうにはないぞ。

 

「あはは~相変わらず兄妹みたいだね~」

「あのなぁ…」

 

他人事だと思って無邪気に笑いおってからに…その台詞は聞き飽きたっての。

周りから感じる生温かい視線の殆どがそんな事を考えてるに違いない。いや、別にそれが嫌という訳ではないんだけど、何だかこそばゆいと言うかなんというか…。

 

「仲が良いのは良いことだよ~。と言う訳で~私もぎゅ~♪」

 

のほほんさんは反対側へと回り込むと、ミコトの空いてる方の手をぎゅっと握り、俺とのほほんさんでミコトを挟む様な形で三人横一列になって手を繋ぐ。

 

「えへへ~仲良し仲良し~♪」

「ん~♪」

「ったく、何やってんだか…」

 

とか言いながら、俺も気付たら笑ってたりするんだけどな。

 

「今度さ~みんなで一緒に手を繋いでみようよ~楽しいよ~きっと~」

「おお~」

「…………」

 

8人が横一列に並んで手を繋ぐ光景を想像してみる。……奇妙な光景だ。てか、通行の妨害以外の何ものでもないだろそれ。

 

「ば、馬鹿なこと言ってないではやく簪さんのクラス行こうぜ?」

「え~、やっぱり来るつもりなの~?」

 

そこまで嫌なのか、渋い顔をさせるのほほんさん。何でそんなに俺を簪さん会わせたくないのか…。のほほんさんが意味も無く人を遠ざけようなんて事はしないと思うから、きっと理由があるんだろうけど……ああ、そう言えばさっきな気か言い掛けてたがそれが理由なのかもしれない。

 

「一体何でそんなに嫌がるのか教えてくれないか?俺が簪さんに会うと何かまずいのか?」

「違う~違うよ~。会うのがまずいんじゃ無くて~、その会う理由がまずいんだよ~」

 

会う理由?イカロス・フテロを直す手伝いをしてくれたお礼を言うのがそんなにまずいことなのか…?

 

「えっとねー、かんちゃんはねー4組の代表候補生なんだー」

「4組の代表候補生……というと、あの噂の?」

「そーだよー。代表候補生なのに専用機を持ってない。正確には完成して無いんだけどねー」

 

随分と前にクラスメイトの女子達と話していてそんな事を耳にした記憶がある。確かその話を聞いたのは4月頃だっただろうか。あれからもう半年ほどするが、学園行事で4組の代表候補生の専用機を目にしたことは一度もないのはそれが理由だったのか。

 

「そうなのか。でも、それが何の問題があるんだよ?」

「その完成してない原因が問題なんだよー」

 

完成してない原因が問題?また妙な言い回しだな。

 

「かんちゃんの専用機の開発元はねー、倉持技研、つまりねー…」

「一夏の白式と同じところ」

 

のほほんさんの言葉にミコトが続ける。

倉持技研、白式と同じ開発元…。俺の関係はあるのは間違いないようだが、情報が不足していてまだ話の全容が見えない。

 

「かんちゃんの専用機が未完成なのはねー。白式の方に人員を全員回しちゃってるからなんだー」

 

白式の方に人員を全員……成程、のほほんさんが何を言いたいのかが大体分かった気がする。本当なら簪さんの専用機は今頃は完成していた筈だったんだろう。でも、俺と言うイレギュラーが現れた所為でその予定も狂ってしまったと…。

だれど、それが理由でのほほんさんが俺を簪さんに会わせたくないと言うのなら納得はいくんだが、『完成してない原因が問題』と言う台詞を聞く限りでは会わせたくない理由は別にある様に思える。

 

「それでねー、つい最近まではかんちゃん一人で専用機を完成させようとしてたんだー」

「へぇ、凄いな」

 

流石は代表候補生なだけはある。俺なんかじゃとてもそんな事は出来やしない。

 

「でもねーでもねー、一人で完成させるのはやっぱり無理だったのー。だからーイカロス・フテロのデータを条件にー、イカロス・フテロの修理を手伝ってたんだー」

「……ああ、そう言う事か」

 

漸く合点がいった。つまりだ、俺の所為でこんなことしてるのに、どの面下げてお礼なんてぬかしやがるんだと、そう言う訳だな。

 

「確かにそれだと俺が会いに行くのは不味いよな」

「ごめんねー、おりむーは悪くないのにー…」

「い、いやいや!のほほんさんが謝ること無いって!?」

 

申し訳無さそうに頭を下げて謝るのほほんさんに、俺は慌てて頭を上げる様に求めた。

この事については誰が悪いとかそう言うのがある訳じゃなくて、間が悪かったのだ色々と…。

 

「そう言う事なら仕方ないよな。残念ではあるけど諦めるよ」

「? 何で、会わない?」

 

簪さんにお礼を言いに行くのを諦めた俺に、ミコトは不思議そうにしてそれを訊ねてくる。

 

「何でって…ミコト、話聞いてたか?」

「ん。でも、一夏悪くない。簪も悪くない」

「いや、そうなんだけどさ…」

 

ミコトの言う通りなんだろうけど、簪さんが俺をあまり快く思っていないのも事実なんだよなぁ…。簪さんと顔をちゃんと見て会話した事なんて一度もないし。

 

「なら、一緒にいく」

 

そう言ってミコトは俺達の手を引いて歩き出した。

 

「お、おいおい…?」

「みこちー?」

「ずっとこのまま、ダメ。話さないと、ダメ」

 

ミコトはじっと真剣な眼差しで俺達を見上げてこう語る。逃げるな、と…。確かに現状を先延ばししたところで、何時まで経っても関係が改善される事は無いだろう。そして、向こうが此方を避けると言うのなら、此方から向かって行くしかないということか…。

 

「いく、話す」

 

ぐいぐいと引っ張る力は大したことは無いものの、俺ものほほんさんもその真剣な訴えに圧されて、抗う事が出来ずにずるずると引き摺られていく。

参ったな。こうなったミコトは何を言っても聞かないぞ…。

 

「………はぁ、分かったよ。簪さんに会って話せばいいんだな?」

「ん」

 

こういうのはタイミングとか必要だと思うんだけど、それこそ先延ばしの言い訳だもんなぁ。腹を括るか……ああ、胃が痛い。今の話を聞くと尚更…。

 

「……あはは~がんばれ~おりむー。ふぁいとだ~」

 

一緒に引き摺られているのほほんさんの暖かなエールが心に沁みるよ、まったく…。

 

「他人事だな…」

「そんなことないよ~?だって私はかんちゃんの従者だもん~」

 

そう言いながら何処か嬉しそうにしているのは、きっと俺の気のせいでは無いのだろう。

 

 

 

 

「………ぇ?」

 

色々な具材が並べられたショーケースの前に立っていた簪さんが俺達の姿を見て唖然と目を丸くした。

 

「な……なんで…」

 

俺と簪さんがはち合わせた途端、なかなかの盛況ぶりだった店内に気まずい空気が…。いかん、これじゃあ営業妨害も同然じゃないか。

 

「あー…その、時間良いかな?少し話したい事があるんだけど…」

「……私には無い…仕事中だから帰って」

 

第一声から帰れと言われて早くも挫けてしまいそうになる。が、男がやると言った以上は簡単に引き下がるわけにはいかんのですよ。本人が話す気がないと言うのなら話さざるおえない状況を作るまでだ!無駄に楯無先輩に振り回されてる訳じゃないって事を見せてやる!

 

「お~い、ちょっと簪さん借りて良いかな?」

「……えっ……何言って…!?」

「えっ?……あ、うん!そろそろ交代の時間だから別に構わないよ!」

 

簪さんの隣で作業をしていた女子に簪さんの貸し出し許可を求めると、声を掛けられた女子はいきなり声を掛けられたことに慌てながらも簪さんを連れていく事を許可してくれた。ありがとう、名も知らぬ女子生徒さん。これで外堀も埋まったと言う訳だ。

 

「……え?……ま、まだそんな時間じゃ…」」

「更識さん学園祭の準備とかも人一倍頑張ってくれてたし、少し予定より時間が早くても気にしなくていいよ!」

「うん!そうそう!」

「織斑君と学園祭見て回れるのは羨ましいけどね~!」

「……えっ?…えっ?…えっ?」

 

周りがもう自分が休憩することが決定していることに、簪さんは訳がわからないと戸惑った様子でキョロキョロと周りを見回すが、周りのクラスメイトから向けられるのは善意の笑顔だけ。

 

「ミ、ミコト、本音…」

 

クラスメイトは駄目だと悟った簪さんは、ミコトとのほほんさんに助けを求めようと二人の名を呼ぶのだが、その呼ばれた本人達はと言うと…。

 

「卵サンドふたつ」

「あ!私は生クリームといちご~!あ~と~は~チョコクリームのバナナ~♪」

「かしこましましたー」

 

友達と主人のピンチなど気にも止めずにサンドイッチを注文していたのだった。

 

「………はぁ…」

 

それには簪さんも駄目だこりゃと頭を抱えて深く溜息。

そんな簪さんの苦悩を他所に、サンドイッチを買い終えたミコトは、満足そうに両手にサンドイッチを持って簪さんのもとへとやって来ると、ふたつあるサンドイッチのうち片方を簪さんへと差し出してにこりと笑った。

 

「簪、学園祭、一緒に見てまわる」

「…………何言っても無駄なのね…」

「?」

 

諦めた様子の簪さんにミコトは首を傾げる。

 

「……なんでもない、気にしないで」

「? ん」

 

こうして、クラスメイトに「がんばれ~」とよく分からないエールと共に見送られながら。殆ど強引なやり方ではあったが簪さんと学園祭を見て回ることになったのだった。

 

 

 

 

「みこちー、アレ面白そうだよ~。行ってみよ~!」

「ん」

 

普段とは違う賑わいを見せる廊下をはしゃいで駆けまわる二人のメイド達。

しかし、従者が主人を置いて遊びに没頭すると言うのは如何なものだろうか?

 

「あまり離れるなよ~?また逸れるから」

「ん!」

「りょうか~い!」

 

そう言った傍から二人の姿は見えなってしまう。まあ此処は学園だし、のほほんさんも一緒に居るから大丈夫だろう。

 

「さてと…」

 

チラリと隣を近くもなく遠くもなく、ギリギリ一緒に歩いていない様に見える程度に微妙な距離を空けて歩く簪さんを見る。

 

「二人っきりになった訳なんだが…」

「……不潔」

 

なんでさ。

 

二人っきりになって早々、冷たいお言葉を頂いた。

 

「……私には貴方を叩く権利がある。色々と…」

「そ、そうだな」

 

ギロリと睨まれて思わずたじろぐ、『色々』の部分はきっとさっきのことも含まれてるんだろうなぁ、あはは…。

 

「でも……しない。人を叩くと、叩かれた方も叩いた方も痛いって知ったから…」

 

そう言って彼女は自分の右手を見下ろし、ぎゅっとその右手を握り締める。

 

「………この前、ミコトが4組に行ってくるて言って戻ってきたら頬を腫らせてたんだけど、それって…」

「……私……私が叩いたの…」

「…そうか」

 

後悔の表情を浮かべて、簪さんは自白する。

……まあ、大体予想はついてたんけどな、ミコトが4組に行って誰に会っているのか知った時点でかなり人が絞れたから。

 

「「…………」」

 

周りが賑わうなか、俺と簪さんの間にだけ気まずい沈黙が流れる。

……さて、どうしたものか。正直、その件について俺がどうこう言う資格は無いんだよな。これはあくまでミコトと簪さんの問題で、その問題も二人の様子を見ると解決しているようだし、俺が如何こうする事じゃない。まあ、ミコトの友達として思うところがない訳じゃない……でも。

 

「ミコトとは仲直りしたんだろ?」

「え?……う、うん…」

「そっか、ならそんな顔すんなよ」

 

ミコト本人が許したんなら、それこそミコトの友達を名乗るのなら受け入れなければいけない。

 

「で、でも……私は貴方の友達を傷つけた…」

「ミコトは許したんだから、俺からは何も言う事は無いさ。それに、ミコトの友達は俺の友達だろ?」

 

友達の友達は友達ってね。

 

「……あと、俺からもごめんな」

「えっ…?」

 

突然の俺からの謝罪にきょとんとする簪さん。

 

「のほほんさんから聞いたよ。俺の所為で簪さんの専用機が未完成のまま開発が止まったんだよな?」

「………ええ、私の専用機『打鉄弐式』は、開発に携わっていた人員を全て奪われて開発途中のまま放置されたわ。本来なら凍結されていた筈の貴方が乗る白式のデータ取りの為に」

 

そう言って、視線を右腕に付けられたガントレットへと向けた。

 

「……ごめん」

 

二度目の謝罪。けれど、簪さんはその謝罪に首を左右に振る。

 

「……貴方が謝る必要なんて無い、そんな事は分かってる。……でも、どうしても心の何処かで貴方が居なければ…って…そう思ってしまう」

「ああ、その感情は当然だと思うよ。事実だし」

 

実際に俺と言う存在が現れた所為で、散々な目に会った人物を簪さん以外で俺は知っているから…。そいつは俺を責めることはしなかったけど、本当は簪さんみたいに思うのが当たり前なんだ。例え俺が望んでISに関わった訳じゃないにしても、彼女達は被害者で、彼女達から見ればから『織斑一夏』という存在は嵐という災害でしかないんだから。

 

「俺は望んでISを動かした訳じゃない。でも、簪さんに…色々な人に迷惑を掛けたのは事実だ」

「……だけど…貴方も大変な思いをした」

「ああ、そうだな。前まであった筈の平凡な生活なんてもう無いし、学園に来てからは命の危険に曝されたこともあった。弱音を吐きそうになった時や、何で俺がこんな目に遭わなきゃならないんだって思ったことは何度もある」

 

入学当初はもう胃に穴が開きそうで本当に辛かった。千冬姉や箒達と言った家族や友達の存在がなければたぶん心が折れていただろう。

 

「…じゃあ、どうして笑っていられるの?」

 

簪さんは俺の目を見て訊ねてくる。初めてちゃんと目を見て話しかけてきた彼女の瞳は、とても真剣な物だった。

 

「どうして、か……いや、だって文句だけ垂れてても仕方がないだろ?俺がどれだけ文句を言っても、周りは俺の意識に関係無く進んでくんだから」

「…………」

 

彼女は何も言わずにただ黙って俺の言葉に耳を傾けいる。

 

「なら、さ。やれるだけやってみようって思ったんだよ。その理由も見つけたから」

「………まるでアニメや漫画の主人公みたいな台詞」

「あははは、自分でもクサイ台詞だとは思ってるんだけどな」

「…………そんなことない」

 

照れくさそうに笑う俺に簪さんは小さく首を振ってそれを否定した。

 

「……言うだけなら簡単。でも、それを実行するのは凄い勇気がいる…………わたしには……むり」

「そうか?自分の専用機を完成させようと一人で頑張ってたらしいじゃないか。それこそ俺には無理だな」

 

最新鋭のテクノロジーの塊であるISを自分で作ろうだなんてとても常人には考え付く事じゃない。

 

「…結局、私一人じゃ出来なかったから」

「いや、別に一人でやる必要なんて無いだろ?」

「………そうね、本当にそう」

 

簪さんはくすりと笑う。その時の簪さんは、まるでそんな事を言った自分を笑うかのようだった。

一人で出来ないのなら誰かに手伝って貰えばいい、それは社会で生きるのに当然の事だ。けれど、そうしようとしなかった簪さんはきっと何か理由があったのかもしれない。その理由がなんなのか俺には分からなかったが。

 

「えっと……話が逸れちゃったけどさ。とにかく謝っておきたかったんだ」

「………いい、私もごめんなさい」

「おいおい、何で謝るんだよ?」

「え?だって私は貴方を一方的に嫌って……」

「そんなの関係無いだろ?今はこうして話せてる訳なんだしさ。それにさっきも言ったろ?」

「……友達の友達は…友達?」

「ああ!簪さんと俺は友達なんだからそういうのはナシナシ!なにより気まずいだろ?」

「う、うん……」

「よし!じゃあこの話は終わりな!」

 

俺は暗い話は打ち切って楽しい学園祭見学を再開することにした。

 

「おりむー!ただいま~!」

「おう、おかえ……り゛!?」

 

タイミング良く帰って来たミコト達を見て俺は思わず目を疑う。戻って来たミコト達の両腕に抱えられていた物は沢山のお菓子。しかも、その腕にあるどのお菓子も見るからに高そうな高級感あふれるパッケージばかり。その所為もあってかミコトものほほんさんもこれ以上に無い程にホクホク顔だった。

 

「な、なんだよ、その豪華なお菓子の詰め合わせは?」

「景品」

 

そう言ってミコトは指をさしたのは美術部の看板で、その看板には『爆弾解体ゲーム』と言う文字がド派手なデザインで書かれていた。

 

「みこちーってば凄いんだよ~。こう、シュバババ~って~!」

「むふ~♪」

 

どんなもんだと誇らしげに勝ち取った景品を俺に見せてくるミコト。そんなミコトに俺はポンと頭に手を置いて褒めてやる。

 

「へぇ、凄いな。俺もラウラにみっちり教わったけど、そんなに速くは出来ないのに」

「ん。『知ってる』から簡単だった」

 

うん?まあ知識がないと爆弾の解体なんて出来ないよな。

と、何だかお互いの認識が合っていない様な会話をしている所で、ポケットにしまってあった携帯電話が鳴り響く。

 

『一夏、今どこ?そろそろ戻って来て。一夏は居ないのかってクレームが殺到してるから』

 

電話越しからも伝わって来るシャルロットの焦りよう。ふむ、どうやら例の作戦はあまりうまくいかなかったようだ。

 

「わかった、すぐに戻る。わりぃ、一緒に回ろうって言って早々なんだけど、店の方がヤバイんで戻るわ」

「ぁ……ごめんなさい。私の所為で時間とったから…」

「いやいや関係無いって、そもそも簪にお礼を言うのが目的だったんだからさ。長時間休憩できないのは分かりきってたことだし」

「そうだよ~きにしな~いきにしな~い。、おりむーはうちの売れっ子なんだからバシバシ働くのだ~」

「だ~」

「売れっ子って……あのな?ホストじゃないんだから」

「でもでも~似たようなものだよね~?」

 

ひ、否定出来ない。やってることはホストクラブと大差ないし…。

 

「そ、それじゃあまた後でな!」

「ん。がんばる」

「おりむー、がんばってね~」

「が、がんばって…」

 

3人の暖かい声援に見送られながら俺はいそいそと仕事場に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 更識簪

 

 

「クレープ~♪うまうま~♪」

「うま~♪」

「た、食べ過ぎじゃない…?」

 

塞がっている両手を器用に使ってさっき買ったクレープを頬張る二人にそう訊ねてみる。実はこの二人、クレープだけじゃなく目に止まった屋台を虱潰しに買い漁り、かなりの量を平らげているのだ。私はもう見ているだけでお腹いっぱい……。それに、何より驚くべきことは、その食べた物の殆どが無料だと言うことだった。

 

「歩いてるだけで食べ物の方から集まって来る……なんなの、これ?」

「みこちーは~人気者だから~」

 

通りかかった2年生と3年生から「おいでおいで~」と手招きされてついて行けば、何故か売り物である筈の食べ物を無料で貰うと言う不思議な光景に度々遭遇。その光景はハロウィンで子供がお菓子を貰っている様子と酷似していた。

 

「人気者というより、甘やかされてる感じ…」

 

お菓子をあげたり頭を撫でたり抱き着いたりと、あれはどう見ても同年代や近い年齢に人に対する扱いじゃなく、小さい子供に対する扱いな気がする。

 

「いつものことだよ~」

「いつもなんだ…」

「~♪」

 

でも、その光景が容易に想像できるのがまたなんともミコトらしいと言うかなんと言うか…。

 

「まあその分セシリアが厳しくするからバランスは取れているがな」

「えっ」

 

突然現れる凛とした声に振り向くと、そこには眼帯をつけた銀髪のメイドが立っていた。この子はさっき一緒に写真を撮った…。えっと、名前は確か……。

 

「先程は慌ただしくてまともに自己紹介も出来なかったな。もう一度名乗ろう、ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

…そう、ラウラ・ボーデヴィッヒさん。ドイツの代表候補生でミコト達の仲が良いグループの一人。

そのボーデヴィッヒさんは改めて自己紹介をすると右手を差し出して握手を求めてきた。私はその差し出された右手に恐る恐る手を伸ばして握手を交わし、自分からも改めて自己紹介をする。

 

「……さ、更識簪…です」

「うむ。よろしくだ」

「あ~ラウっち~。ラウっちも休憩~?」

「おつかれ、さま?」

「うむ、お疲れ様だ。一夏と入れ替わりでな。更識…は二人もいるし分かり辛いから簪で良いだろうか?私もラウラと呼んでいい」

「う、うん…」

 

もうそれが定着しつつあるからそれでいいよ、もう…。

 

「簪も一人だけでこの二人の手綱を握るのは大変だっただろう?」

「ああ~その言い方ひどいよ~それじゃ~私達が手が掛かるみたいじゃないか~」

「ふふ、違うのか?」

「ぶ~ぶ~失礼しちゃうな~」

 

笑ってからかうラウラさんに、本音は頬をぷくぅ~と大きく膨らませて不満そうに抗議する。…なんて言うか、二人とも背は小さいから見ていて微笑ましいな。

 

「な、仲良い…ね?」

「誓いを交わした親友だからな」

「だね~二人は仲良しなのだ~。でも~みこちーやみんなとも仲良し~♪」

「そ、そう…」

 

聞いてもいない事までぽややんと答えてくる本音。

誓いと言うのは分からないけど、そんなのを交わすくらいなんだからよっぽど仲が良いんだこの二人。一時期は険悪なムードだったってクラスの子達が話しているのを聞いたけど…何があったのかしら?

 

「さて、折角の学園祭をこんな立ち話で時間を無駄にしていないで楽しまないか?」

「だね~」

「ん!ラウラ、あれやって!」

 

指差したのは弓道部の出し物。看板には『ダーツ』と書かれていて、高スコアを出せば景品が貰えるシステムの様だ。

 

「む?弓道部のダーツ?また妙な組み合わせだな…よし、私の投げナイフで鍛えられた腕前をとくと見るが良い」

 

余裕の笑みを浮かべて屋台へと進んでいくラウラさん。と、その時だった。スピーカーから音が響いたのは…。

 

ピンポンパンポ~ン♪

 

……校内放送?

 

『唯今から、第四アリーナにて生徒会企画参加型演劇【シンデレラ】を始めます。生徒の皆さまもどうぞご来場ください』

 

生徒会と聞いてお姉ちゃんの顔が思い浮かぶ。

どうせまたろくでもないことを企んでるんだろうなと、少し頭が痛かった…。

 

「…しんでれら?」

「『参加型』というのが何ともな。本音、生徒会…と言うより、あの生徒会長は今度は何を企んでいるんだ?」

 

ラウラさんも私と同じ事を考えていたらしい。本当に信用の無いんだねお姉ちゃん…。

 

「ほえ~?私は知らないよ~?生徒会室にいっても寝てただけだから~」

「いや、役員としてそれはどうなんだ?」

「本音…」

 

呆れ顔の私とラウラさん。役員としてもだけど従者としても失格だよ、それ…。

 

「まあ、一夏が巻き込まれるのは確定だろうな。王子役なんてこの学園で唯一の男子であるアイツ以外にあり得ん」

「ご、ごめんなさい。またお姉ちゃんが迷惑掛けて…」

 

さっきも迷惑掛けたばかりなのに…。本当にあの人は何やってるんだろ…。

 

「いや、簪とアレは関係無いだろう?気にする事じゃない。それに、そこまで不快でもない。だからこそ厄介なのだがな」

 

やれやれ困ったものだ、とラウラさんは溜息を吐いた。

 

「……それで、どうする?見に行くのか?演劇」

「第四アリーナでするんだよねー?なんで体育館じゃないんだろー?」

「普通じゃないのは明らか…」

 

コンサートとかならともかく、演劇だとアリーナはどうしても不向き。まあ、あの人が関わってるんだから普通の演劇じゃないのは当然かもしれない。常識的な演劇を求めてるのなら、見に行くべきじゃないと思うのだけど…。

私はちらりとミコトを見る。

 

「演劇…」

 

……どうしよう、すっごく興味津々って顔してる。

 

「見てみたい。演劇!」

「まあ、分かりきった事ではあったが……あれを見に行くのか?」

 

ラウラさんは窓の外を指差す。窓から見える第四アリーナからは何かの爆発音と、蒼い光の柱が光っては消え光っては消えと繰り返していた。演劇の演出にしてはあれは派手すぎる気がする。そもそもシンデレラってあんな派手な演出が必要な部分ってあった?

 

「演劇って、凄いんだね!」

 

キラキラと目を輝かせるミコト。いけない、演劇をあんな滅茶苦茶なものだと間違った知識として認識しちゃってるわこの子。

 

「……決まりだな。なら急いでアリーナに―――」

 

ジリリリリリリッ!!

 

「な、なになに~!?」

「……か、火事?」

「お~?」

 

突然、校舎中に火災警報器のベルが鳴り出した。

何事かと他の生徒達もざわめき出し「え、なに?火事?」「え!?嘘!?どこが燃えてるの!?」「ひ、避難しないと!」等と、口々に不安を露わにする。

でも、周りが騒いでいる中、ラウラさんだけ(ミコトだけ状況を理解していない)が冷静な様子で外を眺めていた。出火場所を探しているんだと思う。けれど急に動いていた視線をピタリと止めて、ラウラさんは何かを見つけたのだろうか?じっと目を凝らす。

 

「……む?」

「ど、どうしたの~?らうっち~?」

「…いや、いま空に蒼い光が落ちたのが見え―――」

 

そうラウラさんが言いかけた、その瞬間―――。

 

ドゴオオオオンッ!

 

―――先程よりも一段と大きい爆発が学園を揺らした。

 

『きゃあああああああっ!?』

 

校舎の彼方此方から生徒達の恐怖に満ちた悲鳴が聞こえてくる。火災報知機に続いて今の爆発。唯事では無いと理解するには十分だった。

 

「あ、あわわ~!?なんなの~!?」

「い、今の爆発って……第二アリーナの方から…?」

「!」

 

その私の言葉を聞いた途端、ミコトは突然は駆け出した。

 

「ミコト!待てっ!―――っ!?」

 

ラウラさんが慌ててその後を追おうとしたが、混乱する女子生徒達にそれ阻まれてしまう。

 

「まて、待つんだミコトッ!?ミコトォォォォ!」

「………ぁ」

 

ラウラさんの呼び掛けは虚しく警報器の音に掻き消される。私は自分の失態に悔いるラウラさんから視線を外へと移すと、窓から見える第二アリーナには、もくもくと黒煙が上がっていた…。

ミコトが向かった先、それはきっと第二アリーナ。あの黒煙が上る場所だった……。

 

 

 

 

 


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