IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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3510号観察日誌5

 

 

 

 

「新型…ですか?」

 

余りにも突然の命令に思わず訊き返してしまった。だってそうだろう。新型を任せられるなんてエース級もしくは代表候補クラスの操者でもないと有り得ない話だ。それを彼等にとって使い捨ての道具でしか無い3510号に任せる?一体どう言う事なのだ。通信越しの老人の思惑がまったく読めない。

 

「何故あの子…3510号なのですか?適任者なら本国にも幾らでも居るのではないでしょうか?実験体達の教導をしている教導官だって優秀な操者だと聞いています」

 

『生れて間も無く、そして搭乗経験の少ない3510号を捕えられない者等あてに出来ん』

 

「…チラリ」

 

私は後ろを振り向きあの子を見る。あの子は食事を終えコップに注がれたミルクをチョビチョビと飲む作業の最中だった。

 

…う、うう~ん。

 

それを本人の前で言えばどれだけプライドをズタズタにされるだろうか。科学者とIS操者など分野が余りに違い過ぎて科学者である彼に此処まで言われたら…。事実だとしても彼女に同情してしまう。

 

『それに、今回の新型は少々特殊でな』

 

「特殊、と言いますと?」

 

『IS開発のノウハウをロクに理解出来ていない馬鹿共が造ってしまったISと呼ぶには余りにもおこがましいガラクタ…と言えば理解出来るか?』

 

「…成程」

 

我が国は今まで海外の輸入を頼りにしていたためISの開発など初めての試みだったのだろう。そしてそれよこれよと考えも無しに組み立ててしまったためISを造っていたつもりがISの様なモノが出来上がってしまったに違いない。そしてそれのデータ取りをウチが押しつけられてしまったと言う事か…。

クローン計画にしか興味の無い所長にとってこれ以上に迷惑で面倒な話は無いだろう。心なしか所長の声も苛立っている様に聞こえる。

 

『本国が此処に送って来たのも誰も扱えないからというのが一番の理由だ。でなければ此処に任せはしないだろう』

 

そうか。IS開発の連中は謂わばライバル同士の様な物。科学者と言うのは頭が固くてプライドの高い連中ばかりだ。決して敵に塩を送る様な真似はしない。此処に送られてきたのも「データ取りもロクに出来ない役立たず」と言うレッテル貼らせるためでもあるのかもしれない。まぁ、それはあっちの方も同じだろうが…。

 

『私から言う事は一つ結果を示せ。それ以外は認めん』

 

そう言うと通信は途切れ端末からはそれっきり音は聞こえなくなってしまう。結果を示せ。それ以外は認めない。つまり、結果が残せなかった場合は…。

 

「…っ」

 

何て勝手な…っ!

 

物言わなくなった端末を睨みつけ怒りに震える。あの男はあの子を特別視しているように思えたがそれは勘違いだった。あの男はこの子も、この子の姉妹達も道具としか見ていない。

 

…急がないといけないってのにっ!

 

決意したのは昨晩で、準備が整っていないと言う段階ですら無い。計画を実行に移すには色々な手回しと時間が必要になる。そんな時にまさかこんな邪魔が入るなんて…。今日を乗り切らなければその子が処分されてしまう。そんな事になれば元も子もないのだ。

 

どうする?理由を付けて今日は…いえ、そんな先延ばしにした所で何の解決にもなって無いじゃない。

 

「?」

「っ!?…ど、どうしたの?」

 

思考に耽っているといつの間にか彼女が私の傍に近づき此方の様子を上目遣いで伺っていた。

 

「ん」

 

トーストが乗った皿を差し出す彼女。そんな彼女の行動に困惑する。

 

「んっ」

「えっと…?」

 

どうしたのかしら?

 

「私が作った。食べる」

 

先程彼女がレンジと睨み合っていた光景を思い出す。そうか、確かに調理したとは言い難いが彼女が焼いたには違いない。成程、感想が聞きたいのか。私は皿に乗った既に冷たくなりかけているトーストを手に取るとそのまま一口齧る。

 

「…どう?」

「ふふ、美味しいわ。上手に焼けたわね」

「…ん♪」

 

満足そうに頷くと彼女は自分が座っていた椅子に戻ると、再びミルクをちょびちょびと飲み始める。

 

「…もぐ」

 

もう一口トーストを齧る。冷たいけどとても暖かな物を感じた。そう言えば誰かの手料理とか食べたのは何時ぶりだろうか?もう何年も食べて無い様な気がする。

 

「くすっ…手料理とは呼べないけどね」

 

そうあの子に聞こえない様に笑みを溢すともう一口トーストを齧る。

 

そう言えば、トーストを焼くのも最初は出来なかったっけ…。

 

最初の頃はよく丸焦げにして二人揃って苦い顔でトーストらしきモノを食べたものだ。それを今では成長して焦がさないで焼ける様になっていた。何度も何度も真剣に練習して…。

 

あの子に賭けよう。今までだってそうして来て此処まで来たんじゃない。頑張って来れたじゃない。

 

あの子が今生きているのも、私が今この手に持っているコレも。あの子が強く望んで、頑張って手に掴んだ物だ。私は何もやっていない。あの子自身が得た物なのだ。

何故だろう。今まで自分を苦しめていた不安が晴れ。この子ならきっとやれると大丈夫だと。私は手に持っているトーストを眺めていたらそんな事を思えるようになっていた。

 

「3510号」

「?」

 

自分の名を呼ばれてコップを置き此方を向いて来る彼女に私は微笑んでいつもの言葉を彼女に贈る。

 

「今日もがんばろ」

「ん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食を済ませると直ぐにISスーツに着替えて訓練場に向かう私の3510号。

訓練場に続く廊下をこの子と歩くのはもう日課となっていた。しかし一月前とは違う部分がある。そう、もうこの子は私に抱えられて移動するなんて事は無い。私の隣に並んでちゃんと一緒に歩いている。まだ私が歩幅を考えてあげないと付いて来れないという部分はあるがそれでもこの子は一人でもう完璧に歩けるようにまで成長したのだ。これを喜ばずして何を喜べと言うのだろう。きっとこれが子の成長を喜ぶ親の気持ちなのだろう。私には子を産んだ事は無いが今の気持ちはきっと、実の子を持つ母親と同じものだと。私はそう思っている。

 

「…!…!」

「ふふっ」

 

隣で一生懸命と歩いている彼女を見て私は微笑む。速度を落として欲しいと言えば落としてあげるのに。とりあえず少しだけ速度を落としてあげよう。気付かれないようにこっそりと。

 

「…ふぅ」

 

速度が落ちた事で表情に余裕が出来る。このペースで行こう。そう急ぐ事も無い。それに…。

 

「この時間を大切にしたいから…」

「?」

「ふふ、気にしないで。独り言よ」

 

私の呟きに彼女は反応し此方を見上げて来るが私は微笑むだけでそれ以上は何も言わない。きっと私は最後まで真実を言う事は無いだろう。この子に重い物を背負わせないために、この子に足枷を付けさせないために。真実は私と共に…。

 

…やめよう。この事を考えるのは。

 

今はその時じゃない。私は頭の端に思考を仕舞い込む。

 

「…そう言えば、まだ今日の事について話して無かったわね」

「?」

「実はね、今日は貴女に本国から送られてきた新型の実験機に乗って貰う事になってるの」

「…?」

 

あはは…分からないかぁ。刷り込み作業が済んでるから良い大学に行ける程度の知識はある筈なんだけどなぁ…。

暫し考えるがやはり理解出来ないのか首を捻る彼女に私は苦笑するともっと分かりやすく説明してあげる事にした。それはもう色々と省略して。

 

「えっとね、新しい乗り物に乗るの。分かる?」

「!…コクリ」

 

理解出来たか。良かった。

色々と問題ありな説明だったが理解してくれたならそれで良いだろう。余計な事をこの子に教えて不安にさせる必要も無い。この子はいつも通りにしていれば過ごして貰えればそれで良いんだ。

 

「…そら」

「本当ね。良い天気」

 

彼女の言葉に私も視線を上げて太陽の眩しさに目を細める。見上げた先には何処までも続く青空が広がっていた。外部からの監視の目を逃れるために地下に存在する研究所で唯一空が見えて唯一空がある場所。それがこの訓練場である。そしてこの子が一番大好きな場所でもある。

 

「…♪」

 

…ほらね?

 

ちらりと彼女を見れば目を輝かせて空を眺めていた。ISの訓練をするようになってから、此処に来ればいつも彼女はこうして空を眺めては落ち着かない様子でまだかまだかとISに乗るのを待つ様になっていた。

さて、ハンガーに待機している整備の人やこの子を待たせるのも何だ。さっさとハンガーに向かうとしよう。

 

「ほらほら~何時までも空を眺めてないでさっさと行くわよ~?」

「うぅ~っ!」

 

ずるずるずる~…

 

いやいやと駄々をこねる彼女を無視して彼女を引き摺ってハンガーへ向かう。反抗している様だが彼女自身軽いし力も無く。この一ヶ月で私も彼女をおぶったりして力が付いているため易々と彼女を引っ張る事が出来た。

 

「はいはい我儘言わないの~」

「う゛ぅ~っ!!」

「…何やってんだお前ら?」

 

ハンガーに到着した私達を出迎えたのはメカニックの人達の呆れた様な視線と、もうこの子専属とも呼べるあのIS訓練初日にISの整備を担当していたあの男だった。

 

「気にしないで下さい」

 

「…ぅぅ」

 

向けられる視線を華麗にスルー。この一ヶ月間でそう言う変な物を見る様な視線には耐性がついているのだ。この研究所の人間にしてみればクローンであるこの子にこんな風に接する私は変人の様な物だろう。当然変な目で見られる。それを毎日人と出くわす度に向けられればそれは耐性が付くに決まっている。

 

「…まぁ、良いけどよ。お前さんがそれで良いのなら。俺には関係ねぇ」

 

意味有り気な言葉を呟き彼はハンガーの奥の方へと歩いて行く。私も新型の件が気になったので彼の後について行く事にした。此処で、待っていても向こうから運ばれて来るだろうが、この子の命が関わる以上、どうしても気になって仕方がなかったのだ。

 

「あの…新型は何処にあるんでしょうか?」

「あ?…ああ、あのガラクタの事か」

 

新型と言う単語に彼は一瞬何の事か悩むと、思い出したと頷き新型をガラクタと言い換えて口に出す。ISに関わるメカニックの人間にまでガラクタ扱いとは。一体どれだけ酷い物なのか…。

 

「もう搬入されてるよ。あのコンテナがそうだ」

 

そう言って彼が指差したのは頑丈な造りをした4メートルはあるであろう大きなコンテナだった。

彼はコンテナに近づくとコンテナの操作盤を操作すると、ガコンと重い音を立ててコンテナがゆっくりと開き始め中の機体が姿を現した。

 

「ウチの国が必死こいて開発した第3世代実験機」

「…ぇ?」

 

正直に言おう。私は新型の事を本国が何も考えずに別の国の機体のパーツをあれこれくっ付けたオリジナルと言うには余りにも酷い継接ぎだらけの機体だと思っていた。しかしどうだろう。私の目の前にあるのは私の予想を遥か上を越えたモノ…。

 

「開発名【イカロス・フテロ】。人が造り出した張りぼての翼だ」

 

翼そのものだったのだ…。

異形。このISを一言で現すとすればそれだろう。兵器としての物々しさは無く、装甲も極限にまで削られ、まるでそれは女性の理想的なフォルムを連想させる。そしてコクピットを覆う様にして畳まれた翼はまるで天使の様だ。美しい。そして美しいからこそ異形に見えた。これは兵器人を傷つけ命を奪う兵器なのだ。なのに、何故こんなにも美しいのだろう?

 

「!…羽…」

 

実験機の翼を見てそうぽつりと呟く彼女だが、表情は無表情な物だと言うのに目は真剣そのものだった。どうやらビジュアルの所為か実験機に興味津々らしい。

 

「にしてもイカロスとは、開発部の連中も皮肉なもんを送ってきやがったなぁ」

「ギリシャ神話の話からきてるんですよね。この名前…」

 

イカロス・フテロと言うのは恐らくギリシャ神話の『イカロスの翼』からきたものだろう。名工ダイダロスとイーカロスの親子はミーノース王の不興を買い、迷宮に幽閉されてしまう。彼らは蝋で鳥の羽根を固めて翼をつくり、空を飛んで脱出したが、イーカロスは父の警告を忘れ高く飛びすぎて、太陽の熱で蝋を溶かされ墜落死した。と言う物語だ。

 

「太陽は神、イカロスは俺ら。命を作り出す神の御業に手を出そうとしている俺達は地獄に落ちてしまえって意味なのかもな」

「…」

 

彼の言葉に私は目を伏せる。確かに彼の言う通りだろう。私達は地獄に落ちるべきなのかもしれない。でも、これに乗るのはこの子ではないか。そんな縁起でもない物を押し付けるなんて…。

 

「まぁこんなモン作り出すアイツ等も大概だけどな」

「え?」

「こいつぁ一度も飛行実験が行われていない機体なんだよ。いや、出来ないが正しいか」

「…は?」

 

飛行実験が行われていない?そんな物を押しつけて来たのか本国は?いやそれ以前に出来ないって何だ?それでは本当に唯のガラクタではないか。

 

「面倒だが説明してやろう。コイツの特徴は見ての通り翼だ。8枚の羽の先端全てにスラスターが付いていてそれが変格的な機動を可能にさせてるんだが…実はすべて手動操作でな。操作が複雑しすぎてまともに飛ぶ事すら出来ねぇんだわ。仮に飛ぶ事が出来たとしてもまず武器は使えねぇだろうな。操作で手一杯だろうさ」

「ちょ…駄目じゃないですかそれ」

 

ガラクタとかそれ以前の問題だ。飛ぶ事も戦う事も出来なければ何のためのISだと言うのだ。

 

「本来なら補助機能とかが付いてる筈なんだがな。ウチの国じゃあそんな大層なもんは造れねぇんだろ。付けれたとしてもコンピュータに任せている所為で本来の性能は発揮しきれないかもな」

「そんな物なんですか?」

 

私はISに関しては詳しく無いのでそう言う専門的な理論は理解出来ない所が多い。補助を付ければ操作が楽になり余裕が出来ると思うのだが違うのだろうか?

 

「補助がオートとなるとどうしても自分の意思とは反する行動や若干の誤差が出ちまうんだよ。その所為で性能も殺しちまう。そう言う意味でもこの新型は欠陥品なんだ」

「駄目駄目じゃないですか。そんなの設計段階で分かる筈でしょう?」

「だが使いこなせれば恐らく空戦では敵無しなんじゃね?とか考えてるんだろうなぁ。本国の連中は」

「馬鹿げてる…」

「それだけ大きな力が必要なのさ。今の現状を覆すには。アンタ等が研究しているのだってそうだろ?」

 

彼の言う通りだ。こんな禁忌に手を染める程にこの国は廃れ始めている。国民には知らされてはいないとは言え国のトップがそれを許す時点で…。

 

ぐいっぐいっ!

 

ん?

 

何やら必死に私の袖を引っ張っている彼女。何事かと思えばちらちらとあの実験機を見ている事から考えてあれが凄く気になるらしい。

 

「乗る!…乗る!」

 

手を万歳してコクピットに乗せてくれとせがむ彼女。背が小さい彼女では屈んだ状態の機体でも一人で乗る事は出来ないため私が持ち上げて乗せてあげなければならない。いつもそうして乗せてあげているのだが今日はいつも以上に興奮した様子でISに乗りたがっている。こんな彼女はこの一ヶ月で初めて見る。それだけこの機体が気に入ったらしい。

 

「クッククク…んじゃそろそろ始めるか。こっちのチビ鳥も我慢の限界の様だしな」

「…ですね」

 

いくら悩んだ所で意味が無い。とりあえず彼女を乗せてみない事にはと、私は彼女を抱き上げコクピットに座らせる。

 

『―――Access』

 

彼女が座ったと同時にシステムが起動。装甲が彼女に装着され彼女とISが『繋がる』。しかし様子が少しいつもと違う。画面が幾つも表示されシステムが自動的に作動している様だが…?

 

「あれはシステムがチビのリンクを最適化してるんだ」

「それってつまり…専用機!?」

「誰も使いこなせなかったって報告は聞いて無いのか?チビがあの機体のテストパイロットだ」

「テストパイロット…専用機…」

 

唖然として私はあの子を見上げる。

凄い。専用機なんてとても名誉なことではないか。専用機を任せられるのは国の代表か代表候補位しか居ないと言うのに…。

 

「チビ。さっきの話聞いてい…る訳ねぇか。もう一度言うがその機体は今までの機体とは違う。いつも通りに飛べるとは思うなよ?」

 

『…コクリ』

 

唖然とする私を他所に、いつの間にかコンソールにまで移動していた彼はコンソールを通して彼女に一言忠告をすると無言で問題無いとあの子は頷く。

 

…3510号。

 

不安な表情であの子を見上げる。この結果があの子の未来を決めるのだ。今回は前回以上に難しい条件かもしれない。彼女はこの試練を乗り越える事が出来るのだろうか…?

 

…お願い。

 

「おい!そこにいるとあぶねぇぞ!運べねぇだろうが!」

「…っ!?は、はい!」

 

すごい剣幕でそう怒鳴る彼に私は慌ててコンソールの方へ駆けていき、彼と入れ変わり管制を務めるとクレーンが外に3510号と実験機を運び終えた事を確認して通信を繋げる。

 

「3510号…やれる?」

 

『………………ん、飛ぶ!』

 

バサァッ!

 

暫し空をじっと見上げ眺めるのに満足したのか小さく呟くと、掛け声と共に折り畳まれた翼が大きく広げた。大空を飛ぶこの時を待ち望んでいたかの様に、喜びを表すかの様に、翼はめい一杯に広げられ…そのままばっさばっさと翼を上下に大きく振り始めた。

 

は…はぁ?

 

あの子の予想外の行動にポカーンとしてしまう私。一体あの子は何を始めるつもりなのだろう?

 

「あの子…何を…?」

 

こう言っては何だがなんとまあ間抜けな光景だ。鋼鉄の翼を必死に上下に振る。その姿はまるで…。

 

「鳥の真似をしてるのか?あのチビ」

 

そう、雛鳥が巣から必死に飛ぼうとしている姿にそっくりなのだ。しかし、あの翼は鳥の翼とは違う。いくら振っても空を飛ぶ事は…。

 

『ん~っ!…ん~っ!』

 

しかし彼女は翼を振るのを止めようとはしない。一生懸命に飛べると信じて空を見上げながら必死に翼を振っている。

 

「今更なんだけどな…」

「はい?」

 

黙って3510号のもがく姿を観察していると、突然彼が口を開いて何か話し始めた。

 

「あれは一度も飛行実験が行われていないって言ったけどよ…あれは行われていないんじゃなくて誰も飛べなかったんだよ」

「!?」

 

驚愕の事実に私はあの子から視線を外し彼の方を見る。

 

「スラスターを吹かせばその衝撃で上に飛ぶんじゃ無く後ろに吹っ飛んで壁に激突。他のパイロットがやっても地面に激突とか似たような結果ばかりで誰一人飛ぶ所か宙に浮くことすら出来なかったって話だ」

 

そんな馬鹿な。じゃあ何故そんなものを此処に送って来たの?このままじゃあの子が…。

 

視線を彼女の方へと戻す。あの子はまだ翼を振り続けている。飛べると信じて…。

 

…3510号。

 

「こりゃ、駄目か?」

 

…そんな事無い。

 

「まだです」

 

まだだ。まだ終わっていない。

 

『ん~っ!ん~っ!』

 

だって、だってあの子は…。

 

「いや…だってよぉ?」

 

「まだあの子は…」

 

『っ!…ん~っ!!』

 

「諦めていません!」

 

その瞬間だった。地上に暴風が吹き荒れたのは…。

 

 

 

 

 

 

「ほう…」

「所長。これは一体…?」

「賭けに勝った、か…」

 

唖然とモニターを眺める部下を無視して、彼はニヤリ笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

「嘘だろ?おい…」

「3510号…」

 

誰もが空を見上げていた。私も、隣に居た彼も、他のISの整備をしていたメカニックの人達も、事情など目もくれず青空が広がる空を見上げていた。

そしてそこには…。

 

「3510号!」

 

翼を羽ばたかせて空を舞うあの子の姿があった…。

 

『ん♪気持ちいい…』

 

本当に気持ち良さそうにそう返事をするあの子に私はただ「そっか…」と笑ってこたえ。また空を見上げる。色々と不安が多かったが、彼女が喜んでいるのならそれで良いだろう。私はそう思い空を見上げる。

 

「成程、そう言う事か…」

「え?」

 

皆が唖然と空を眺める中、隣で空を眺めていた彼が突然そう呟くので私は驚いて彼に視線を向ける。すると彼はやはり皆同様に空を見上げていた…が、彼が眺めているのはあの子では無いらしい。眺めていたのは。そう、あの子に気を取られ気付かなかったが一緒に飛ぶ鳥の方を彼は見ていたのだ。

 

「まさかあの子。鳥の真似を…?」

 

あの時と同じように…。

 

最初のIS搭乗の際、あの子は空を飛ぶ鳥を見て初搭乗にも関わらず空を飛ぶ事が出来た。それは自分が憧れる空を自由に飛び回る鳥の様に飛びたいと願うイメージが強かったから。だが、今回はそのまんま鳥の真似をあの子はやってのけたのだ。

 

「本来ならどこの大昔の冒険家だよって笑う所なんだろうけどな」

 

確かに、本来なら有り得ないと笑う所なのだろう。しかし、ISだからこそそれが可能にした。彼女のイメージを忠実に再現できたのだろう。それも、彼女の純粋さ故に出来た事…。

 

「鳥…か」

 

…綺麗。

 

陽の光を反射して輝くその翼に、私は心の中でそうぽつりと呟くとあの子の姿を目に焼き付けていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side ゼル・グラン

 

 

「報告は聞いた。ご苦労だった」

 

『はい。ありがとうございます』

 

「今後も期待する。以上だ」

 

私は必要最低限の会話を済ませ通信を切ると、今日の出来事を思い出しニヤリと口の端を吊り上げる。これで本国の連中も少しは大人しくなるだろう。何せあの欠陥機を使いこなせるクローンが現れたのだ。反対派の連中も文句は言えまい。私の研究は証明されたのだ。

 

だが、まだ…。

 

そうだまだ終わってはいない。まだ問題は山積みだ。クローン研究はやっとスタート地点に立ったようなものだ。しかし、少しは時間に余裕が出来た事だろう。あの欠陥品の御蔭で…。

 

コンコンッ…

 

「所長。ご報告が…」

「何だ。人が良い気分に浸っている所に…」

 

私の言葉を返事と見なしたのかドアを開け部屋に入って来る。そんな少し強引な部下の行動に私は不審に思い眉を顰めた。

 

「何があった?」

「…本国の反対派の連中に動きがありました」

 

…何だと?

 

一瞬、我が耳を疑った。今彼は何を言った?

 

「新型のデータは送った筈だ。何処に不満がある?」

「不満は無い。だからこその行動でしょう。クローン計画の情報が各国に漏れた可能性があります」

 

馬鹿な…何て愚かな事を!?奴らめ、自滅するつもりか!?我々を巻き込んで!?

 

「その情報は確かなのか?」

「まだ確証は持てませんが…可能性は高いかと」

「…っ」

 

まだ本国から何も伝達は無い。本当に情報が漏れたのならこの研究所は証拠隠滅のため処分する事になり何らかの伝達が届く筈だ。

 

…我々事消すと言う可能性を除けば、だが。

 

「…研究は続ける。君は引き続き本国の動向を探りたまえ」

「了解です」

 

…。

 

礼をして去っていく彼を横目に、私は重苦しく息を吐く…。

 

急がねばならなくなった。余裕が出来たと思った矢先にこんな事になるとは。おのれ、反対派の連中め…。

 

やっと、やっと此処まで昇りつめたのだ。過去幾度と無く自分の研究を馬鹿にされそれでもなお私は研究を訴え続けた。そして悲願が叶おうとしているのだ。

 

「終わらせない。必ず私が正しかったと言う事を思い知らせるまで終わらせてなるものか…っ」

 

憎しみに満ちた呟きが部屋の響いた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side クリス・オリヴィア

 

 

「これを、この操作盤の裏にくっつけて…と」

 

殆どの者が眠りについた深夜。私は通信管理室にこっそりと忍び込みジャミング装置を、操作盤の裏に設置する。

 

「これで私の部屋からの通信履歴は残る事は無いわねっと…」

 

これで外と連絡が取れる。あとは連中と連携して…。

 

これは明らかな裏切り行為。だが、私は全てを敵に回してもあの子を助けなければならないのだ。そう、それがこの国だとしても…。

 

絶対に私はあの子を助けてみせる。それが、私の命を引き換えにしたとしても…。

 

 

 

 

 

 

 

 


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