IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第50話「鏡映しの学園祭―後篇―」

 

走る。走る。流れる人の波とは逆方向に、鳴り響く警報音に慌てふためく生徒達の間を掻き分けて。

 

「はぁ…はぁ…っ!」

 

蒼い空に広がる黒い煙。その煙が上る第二アリーナ。さっきの爆発。

爆発が発生したのはたぶん第二アリーナ。あそこには第二整備室があって……あの子が居る。

 

「いか…なきゃ…っ!」

 

やっと直ったんだ。やっとまた飛べるようになったんだ。なのに、また壊れるなんて……そんなの絶対に嫌だ!

行かなきゃいけない。すぐにあの子のもとへ、イカロス・フテロのところに。

 

バタンッ!

 

「―――イカロスっ!」

「何だ、随分と遅かったじゃないか」

 

勢い良く第二整備室に飛び込んでいた私に、部屋の奥からよく聞き慣れた…でも、それとはまったく異なる冷たい声が出迎える。

その声に私はビクリと身体を震わせると、きょろきょろと辺りを見回してその声の主を探した。けれど、部屋に充満する煙が光を遮断して視覚が殆どきかず、部屋の奥に居るであろうその声の主を確認する事が出来なかった。

 

「……だれ?」

 

私は暗闇に問い掛ける。

 

「せっかく分かりやすいように目印までつけてやったのに、随分と待たせるじゃないか。お前が来るまでの時間に私はどれだけのことが出来たと思う?」

 

私の問いに声は答えもしないで、自分の好きなように話を続けていく。

 

「これがあの人のコピー?あまりガッカリさせてくれるなよ……なぁ?」

「……っ」

 

私に向けられる殺意。怒りとかそういう余計な感情が一切含まれない混じりけの無い純粋な殺意。『ただ殺したい』それはまるでナイフみたいに無機質な凶器そのもので、こんな澄んだ殺意…感情を向けてくる人を私は初めて見た。

 

「しかし、困った。報告には大破して搭乗は不可能と聞かされていたが…。ああ、これはいけない。予期せぬ事態だ。これでは作戦に支障をきたしてしまう」

 

そんな事を言っているけど、その声からはとても焦っている様にはみえなくて、それどころか逆に喜んでいる様にもみえた。

 

……怖い。

 

ラウラの時とは違う狂気。理解出来ないその存在が私は怖かった。

 

「操縦者に乗られでもしたら厄介だ。ふふふ…」

 

ワザとらしいもの言い。まるでそうしろと言うかのよう…。

 

「さあ、あの時の続きだ。私を楽しませろ」

「……あの時?」

 

まるで一度私に会ったかのような言い方。でも、私にはこの声の主に心当たりは無い。同じ声をした人には毎日会ってるけど、こんな冷たい声をする人じゃない。

私がその言葉に頭を悩ませているなか、煙は爆発で出来たと思われる壁に空いた大きな穴へと流れて行き、部屋に充満していた煙は少しずつ晴れていく。始めに蒼い装甲が光を反射させながら煙の中から現れて、そして―――。

 

「…………え?」

 

―――その声の主は姿を現し、私はその姿を見てどうして?と此処にはいない筈のその存在に目を丸くする。

私が見たもの。それは、まるで鏡映しでもしているかのように、私にそっくりな『私』の姿だった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第50話「鏡映しの学園祭―後篇―」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……時間は少しばかり遡り、場面は第四アリーナへと切り替わる。

 

 

――――Side 織斑一夏

 

 

「ぜぇ…ぜぇ…っ!死ぬ!死んでしまうっ!?」

 

第四アリーナいっぱいに作られた豪勢なセット。そんな広大なステージを、俺こと織斑一夏は自身に襲い掛かる脅威から逃れる為に全速力で駆け抜けていた。後ろの方から聞こえてくるレーザーが地面を抉る着弾音や、刃物の空を切る音を耳にする度に、俺は命の危険を感じて声にならない悲鳴をあげながら涙目で唯只管にステージを右へ左へと逃げ回っていた。

何故こんな状況になったのか?そんな物は明白だ。こんな状況を作る人物なんてこの学園に一人しか居ない。

 

『王子の冠に隠された軍事機密を狙いシンデレラ達が王子に襲い掛かる!嗚呼、頑張れ王子!負けるな王子!」

「…あんの愉快犯めぇ!」

 

スピーカーから聞こえてくる呑気なナレーションに、俺の怨嗟の叫びが殺伐としたステージに虚しく響き渡る。

こんな命の危険に曝される状況を作ったのは、もちろん毎度お馴染みと化したIS学園生徒会長を務める楯無先輩だ。シャルロットに電話で呼び戻されて教室に帰って来てみれば、俺を待ち構えていた楯無先輩に有無言わさず俺と箒達は連行されて、『観客参加型演劇』とやらに強制参加させられることになった。演目は『シンデレラ』。それらしい王子の衣装に着替えさせられ、それらしいナレーションの出だしに俺は最初は普通の演劇かと思っていたのだが、そんな事は全然無かった。出だしのまともなナレーションから、先程の様な妙なナレーションが流れ出したと思ったら、ドレスを着た箒達がいきなり凶器を手に持って襲い掛かって来て、ステージは戦場へと変貌し今の状況へ至ると言う訳だ。

 

ヒュンッ!

 

回想に耽っていると、後方から飛んできた飛刀が俺の頬を翳める。

 

「ひぃ!?どうしてこうなった!?どうしてこうなった!?」

 

演劇……そう、演劇をする筈だったんだ!なのに何で俺は襲われなくちゃならない!?演劇というのはレーザーや手裏剣が飛び交ったり、真剣の刀で前髪斬られたりするものじゃない。決して無い。そもそも演劇で命の危険に曝されること自体がおかしいんだ。

 

「一夏、覚悟おおおおっ!」

「ぬわあああ!?」

 

いつの間にか追い付いていた箒が俺に目掛けて刀を振り下ろす。ちょ、それ俺の頭が真っ二つコース――――。

 

ガキィンッ!

 

鉄同士がぶつかり合う音。

流石にもう駄目だとへたり込んでしまっていた俺はハッとして顔を上げると、そこにはみんなと同じシンデレラ・ドレスを着こんでシールドを装備したシャルロットが俺を守る様にして立ちはだかっていた。

 

「ムッ!邪魔立てするかシャルロット!?」

「み、みんな正気を失い過ぎだから!?死んじゃうからねそれ!?」

「シャ、シャルロット。た、助かった……」

 

やっと常識的な言葉を聞けて俺は安堵する。そう、そうだよ。俺が求めていた反応はこれなんだ。凶器は人に向けて使っちゃいけない。これは世界に通じる一般常識なんだよ。

 

「ありがとう、シャルロット。死ぬかと思ったよ…」

「そんな事より!一夏、速く逃げて!此処は僕が抑えるから!」

 

繰り出される剣戟を全て防ぎながらシャルロットは俺に逃げる様に促すと、俺はチラリと視線を箒へと向ける。

 

「がるるるっ!」

 

け、獣と化してる…。

 

これは是非もない。ここはシャルロットに甘えさせてもらおう。

 

「あ、でも!」

「お、おう?なんだ?」

 

この場から逃げようとした俺に、シャルロットが慌てて呼び止めてくる。

 

「に、逃げる前にその冠は置いて行って欲しいなぁ、なんて…」

「冠か?別に構わないけど…」

「なぁっ!?シャルロット、貴様!?」

 

何をみんなそんなに必死になっているのかは知らないが、狙われる原因はこの冠みたいだし、俺もこんなものは早々に捨ててしまいたいので別に構わない。そう思い頭の上にある冠に手を伸ばしたのだが…―――。

 

バチバチバチッ!

 

「あばばばばばばb!?」

「い、一夏ー!?」

 

王冠に手が触れた瞬間。俺の身体に電流が駆け廻る。

 

『王子にとって国とは全て。その重要機密が隠された王冠を失うと、自責の念によって電流が流れます』

 

俺がぷすぷすと香ばしい香りを漂わせていると、俺をあざ笑うかのようにアナウンスが流れる。

 

「ふ、ふざけんなああああああっ!?」

 

ガバッと起き上がりアナウンスに向かって吠える。

 

『ああ!なんということでしょう。王子様の国を思う心はそうまで重いのか。しかし、私達は見守る事しかできません。………プークスクス』

 

おい今あの人笑っただろ?絶対に笑ってただろ!?

 

「こんな場所に居られるか!俺は安全な場所に逃げるぞっ!」

「あっ、一夏!王冠は~!?」

「悪い!諦めてくれ!」

 

助けてくれたシャルロットには申し訳ないが、王冠を渡してまたあの電流が流れるのは流石に御免だ。

 

「そ、そんなぁ~…」

「すまん!」

 

背中に「まってぇ~…」と未練がましいシャルロットの声を浴びながらこの場から逃げ出す。それから少しすると、後ろの方から金属同士のぶつかる音が響き始める。どうやらシャルロット達が戦闘を始めたらしい。凛と箒はシャルロットが抑えてくれている筈だから、俺が警戒するべきは何処からともなく飛んでくるセシリアの狙撃のみ………ん?何か地響きが…。

 

『さあ!ただいまからフリーエントリー組の参加です!皆さん、王子様の王冠目指して頑張ってください!』

「は、はぁ!?」

 

アナウンスを聞いて驚愕する俺だったが呑気に驚いている暇は無く、地響きは次第に大きくなり始めていき…地響きを響かせながらざっと見ても数十人以上のシンデレラがステージに現れた。

 

ドドドドドド…ッ!

 

「織斑くん、おとなしくしなさい!」

「私と幸せになりましょう!王子様!」

「そいつを……よこせぇ!」

 

…まるで飢えた狼の群れだ。

その群れを見て即座にUターンしようとしたのだが…。

 

「いぃちぃかぁあああああ!」

「ひぃぃぃ!?」

 

振り返るとすぐそこまでシャルロットの防衛を抜けきた修羅の形相で迫ってくる箒を見て情けなく悲鳴を上げた。あれが居る方へ向かいのは自殺行為に等しい。『前門の虎、後門の狼』というか『前門の鬼、後門の狼』だこれ。

 

「その王冠をよこせえええええ!」

「ぎゃああああああっ!?」

 

頭上を翳める斬撃を地面をごろごろと転がって避け、そのままゴキブリよろしくカサカサと地面に這い蹲りながら逃げる。

 

「このっ!往生際が悪いぞ!?」

「当たり前だ馬鹿!?こっちは命掛かってるんだぞ!?お前等は何を必死になってるんだよ!?」

「そ、それは……ええい!お前は黙ってその王冠を差し出せばいいんだ!」

「理不尽だ!?」

 

まともな返答が返ってると期待した俺が馬鹿だったようだ。正気を失っている奴に凶器なんて持たせるべきじゃない。というか誰か助けて!?

 

「こちらへ」

「へっ?」

 

され夏の声が聞こえたかと思えば、俺は這い蹲っている足を誰かに引っ張られてセットから転げ落ちた。

 

 

 

 

 

「此処なら誰も来ないでしょう」

「はぁ、はぁ……ど、どうも…」

 

俺は誘導されるまま、セットの下を潜りぬけて更衣室までやって来た。幸か不幸か衣装を着替える時に使った部屋なので俺の制服も揃っている。こんなもの早々に着替えて此処から脱出しよう。そうしよう。

 

「えっと……?」

 

そういえば、セットの裏が暗いこともあったが逃げるのに夢中で、此処まで誰が連れて来てくれたのか確認出来なかった。改めその人を確認すると、なんとその人は今日廊下でしつこく付き纏ってきた巻紙礼子さんだった。

 

「―――うわっ!?」

 

此処まで連れてきてくれた人間の正体を知って、思わずバッと繋いでいた手を振り払ってその人から距離をとる。

 

「どうかしましたか?」

 

相変わらずのニコニコと笑顔を浮かべてそう訊ねてくる。

 

―――あの人、怖い。お話……だめ。

 

あの時のミコトの言葉が脳裏を過ぎる。

こんな美人な人と二人きりという状況に、健全な男児ならドキドキするのは当然のことなのだろう。けれど、俺には警戒、緊張、疑心、そう言った感情が頭の中でぐるぐると回って、全く異なる意味でドキドキと心臓が鳴っていた、

 

「……な、なんで巻紙さんが…」

 

恐る恐る質問する。いくら参加型とは言え、まさか巻紙さんも演劇に参加しているなんてことは無いだろう。それを証拠に巻紙さんの服装はさっき会った時と同じのキッチリと着こなしたスーツ姿だった。ならば何故ここに居るのか?巻紙さんはその質問に変わらない笑顔のままで答える。

 

「はい。この機会に白式を頂きたいと思いまして」

「……何?」

 

予想だにしなかった回答に一気に警戒を強め、臨戦態勢をとる。ISは何時でも展開できる様に意識を常に集中している状態だ。少なくとも、銃を持ち出されてもISの装甲でやられる事は無い。

 

「冗談にしては笑えませんよ?」

「冗談でテメェみたいなガキと話すかよ、マジでムカツクぜ。いいから、とっととよこしやがれよ」

 

先程の丁寧な口調とは一変し、汚い言葉が吐き捨てられるが、表情は先程のままで不釣り合いな笑顔を浮かべていて、それがますます不気味を引きたてていた。

何なんだこの人は?何で白式を狙う?そう俺が疑問に思っていると、女は突然俺の腹に目掛けて蹴りを放たれる。

 

「ぐっ!?」

「チッ!」

 

咄嗟に腕に巻かれたガントレットで蹴りを防ぐ。蹴りを受け止めた腕がビリビリと痺れる。鍛えられた人間だからこそ放てる鋭い蹴りだ。警戒していなかったら、俺じゃ避ける事は出来ずに確実に喰らっていただろう。

そして、俺はそこから目の前の人物を巻紙礼子から敵へと認識を切り替えた。

 

「くそがっ!警戒されない様にニコニコしてたのによぉ、何で警戒してるんだよボケ。無駄骨じゃねーか、どうしてくれるんだよ、あ゛っ?戻らないじゃねーかよ。私の顔がよ」

 

八つ当たりも同然に訳の分からない言葉を女はぶつけてくる。

顔が戻らない?……ああ、なるほど。常に笑顔だったのは慣れない表情を無理につくってそれを続けていたからか。そりゃあんな性格だ。普段あんな笑顔なんて浮かべてる様にも思えないし、顔の筋肉が固まって戻らなくなる訳だよ。

 

「自業自得って言葉知ってますか?」

「……ブチ殺すぞ…テメェ…」

 

先程からの会話から女の性格が短気だと言う事は容易に察しがつく。それをうまく利用しようと挑発して相手の判断力を乱しつつ、俺はこの窮地からどう脱出するか考えるが、更衣室の出口は女の後ろにあり当然目の前の女はそう易々と通してはくれないだろう。

 

「上等だ…。そんなに死にてぇなら今直ぐ殺してやるよぉ!」

 

女がそう吠えると同時に、スーツを引き裂き女の背後から鋭利な『爪』が飛び出す。

現れた『爪』の正体…。それはISだった。それも、クモの様に複数の脚を持った黄色と黒の禍々しい配色で、脚の先には刃物の様な物が備わっていた。『悪趣味』この一言に限る。あの女のISにはある意味お似合いなのかもしれない。

 

「オラァ!死ねよっ!」

 

背中から伸びた八つの装甲脚、その先端が割れるように開いて銃口が姿を見せる。

 

「くそっ!」

 

その銃口を見て俺は危険を察して床を転がると、それと同時に発砲音が響き、先程まで居た場所は弾けて大きな穴が出来上がる。

 

生身でISに立ち向かうのはまずい!すぐに白式を―――!

 

転がる勢いを利用してすぐさま立ち上がると、俺は白式を展開しようと意識を集中する。しかし、それは敵の可笑しな行動により中断されてしまう。

 

「―――ああ、大事なことを忘れてたぜ」

 

何を思ったのか、女は突然すぐ近くにあった火災報知機のがしゃん!と殴りつけたのだ。ボタンを保護していたプラスチックは音を立てて砕け散り、学園にはジリリリッ!と耳をつんざく喧しい音が鳴り響く。

 

「な、なにを――――うわっ!?」

 

女の不可解な行動に困惑とする俺だったが、火災報知機の音が鳴り始めてから少し間を置いて、大きな爆発が建物を大きく揺らし、堪らず俺は身体をよろめかして膝をついた。

 

「っ……今の爆発もお前の仕業か!?」

「はぁ?ちげぇーよ、ボケ。今のは私の同業者だ。こっちの合図に合わせて襲撃する手筈だったんだよ」

 

女が言う合図というのは火災報知機のことだろう。けど、何が目的でこんな大胆な事を…。

 

「何でこんな事をする!?此処が何処だか分かっているのか!?IS学園だぞっ!?」

「馬鹿かお前?だから何だってんだよ。こんな宝の山襲わない手は無いだろうがよぉ」

「それこそ無理だって言ってるんだ!学園にあるISは全て地下深くにある保管庫に厳重に保管されている筈だ!あそこは一部の教員にしか近づけないって聞いてるぞ!?」

「るっせーなぁ……あるだろうがよぉ!大破して操縦者の手から離れている専用機がよぉ!」

「……まさかっ!?」」

 

嫌な…とても嫌なイメージが脳裏を過ぎった。思い浮かんだのは機械仕掛けの翼。少女の願いの象徴である翼。つい最近まで傷を負い飛ぶことが出来ず、今日やっとその傷が癒えたことを知らされた翼。少女はその傷が癒えるのを待ち遠しにして、それを聞かされてとても喜んでいた。それなのに…。

そんな筈は無い。外れろ、外れろと俺は必死に願う。けれど、現実はとても残酷で…。

 

「そんな……まさか、そんな…!?」

「今頃は回収されてる頃だろうなぁ……アハハハッ!」

「――――」

 

少女の想いを嘲笑うその嗤い声に、俺の思考は怒りに染まり―――弾けた。

 

「白式ぃいいいいいいっ!!!!」

 

怒りに満ちた声で己の剣の名を叫ぶ。

その咆哮に呼応して光の粒子が俺の身体を覆い、緊急展開によって服は粒子分解されてISスーツに、俺の身体にはISが一瞬にして装着され、更衣室内はスラスターの最大噴出によって生れた暴風でベンチやロッカーが宙を舞い、俺自身も暴風となって突進する。

 

「うおおおおおおっ!」

 

どす黒い感情。それは決して抱いてはいけないもの。人として心を委ねては許してはいけないものだ。……だけど、込み上げてくる怒りの激流に身を任せて眼前の敵に斬りかかった。しかし、感情に任せた斬撃は敵から見れば軌道が読み易く、女は後方に大きく跳び上がり天井に張り付いて振り下ろした斬撃を余裕の笑みを浮かべて難なくかわす。

 

「おっと、あぶねぇあぶねぇ。はははっ、やっと使いやがったな!待ってたぜぇ!それを使うのをよぉ!?」

「くっ!」

 

場所が悪すぎる。こんな狭い空間じゃいくら機動性に優れていようがその性能を十分に発揮できない。それに引き換え女のISは天井に張り付くなどして、蜘蛛の見た目通りの動きでこの狭い空間を物ともせずにすばしっこく動きまわる。その背中から伸びる複数の装甲脚が見せる機動はまるで蜘蛛の巣…狩り場を駆ける蜘蛛そのもの。イカロス・フテロといい、どうして異形のISはここまでそう言うのに特化しているのか……。しかし、機体の性能が発揮できない以上、いま俺が置かれている状況はどれもこれも不利なものばかり。これじゃあまるで蜘蛛の巣に飛び込んだ獲物の気分だ。

 

「おらおらぁ!みっともなく踊れや!」

 

天井に張り付いての実弾射撃による銃弾の雨が俺にへと降り注ぐ。

機動力は殺されはしたが、幸いにして実弾は≪雪華≫で防ぐことは出来る。俺は降り注ぐ銃弾を≪雪華≫を傘の様にして銃撃を凌ぎ、そのまま押し返す様にして盾を構えたまま敵に向かって突進する。

 

「ぐぅっ!」

「―――チッ!ウザッてー盾だなおい!」

 

反撃の筈だった突進はまたも簡単にかわされてしまい、奴がさっきまで居た天井に激突により生れたクレーターという結果だけが残る。

 

「くそっ、またっ!?」

「おらぁ!後ろががら空きだぁ!」

「っ―――ええいっ!」

 

背後から響く機銃を構える音に、俺は振り向くこと無くスラスターを噴かせて飛び退き、それにコンマ単位で遅れてコンクリートが弾けた。

 

「っ!」

「アハハハハハハッ!」

 

銃声で満ちた更衣室に耳障りな女の嗤い声がやけに耳につく。

いつの間にか女の両手に構築されていたマシンガンの乱射により、コンクリートの天井は逃げ回る俺を追跡する弾丸によって耕され、更衣室の壁やロッカーは瞬く間に銃痕で埋め尽くされて気が付けば見事な蜂の巣が完成していた。

 

「……ちっ、うぜぇ」

 

なかなか当たろうとしない俺に女は苛立ち始める。

 

「ちょこまかと鬱陶しいなぁ、おい……そもそも生意気なんだよ、お前みたいな男がISを使うなんてよぉ。お前らクソ虫は地面に這い蹲ってればいいんだよぉ!クソがっ!」

「勝手なことばかりっ!」

「―――ちぃっ!?」

 

ガキィンッ!

 

刃と爪がぶつかり合い火花を散らす。

回避行動から反転し、弾幕を掻い潜りながらの接近への切り替え。楯無先輩との特訓が活きた瞬間だった。

 

「あんたは……あんたは一体何なんだっ!?」

 

雪片による斬撃を複数の脚を巧みに使って撥ね退け、後方に飛び跳ねて再び距離は女の優位な間合いへと開く。

 

「何で…何でこんな事をする!?」

 

何で人の想いを踏みにじる様な真似をそんな楽しそうに笑いながら出来るんだ?あの機体の持ち主が…ミコトがどんな想いであの機体が直るのを待ち望んでいたのか知っているのか!?

 

「ああん?そんなの悪の組織だからに決まってるだろーが!」

「ふざけるなあああああっ!」

 

こちらへ放たれる銃撃の回避など完全に無視して、俺は真っ向から全速力で女に斬りかかる。

 

「おっとあぶねぇ、イノシシかっつーの。そんな単調な攻撃当たるかよ、バーカ」

 

―――が、しかし。勢いに任せただけの攻撃は簡単にかわされてしまう。

 

悪の組織。そんな事は如何だっていい…。俺は、俺が言いたいのは…!

 

「あんたは知ってるのか?あの機体の持ち主がどんなにあの機体を大切にしているのかを……。あの機体は!持ち主にとってどんな存在なのかを!?」

「はぁ?知るかよバーカ。ISなんてただの兵器だろ?他人の殺す為の兵器、それだけだろーが!」

 

八門の集中砲火が俺へと降り注ぐ。しかし、何層にも重なった鉄壁のシールドが弾丸を尽く弾き飛ばし持ち主へと通す事を許さない。楯無先輩から聞かされた話によれば、≪雪華≫のシールドは世界最高峰の防御力とのことらしい。銀色の福音の高出力レーザーすら防ぐシールドだ。例え至近での射撃であろうとビクともしない。

 

「この程度ならっ」

 

反撃に移る。そう思った矢先―――。

 

「っとにめんどくせー盾だな、おい。何時までの時間を掛けてる訳にもいかねぇし……しゃーねーなぁ、そろそろお遊びの時間は終いにするか」

 

指先に何か糸の様な物を弄る動作を見せる。

何の真似だ?俺は訝しげにそれを見るが、敵が何を仕出かすか分からない以上、時間を与えることは危険だと判断し、そのまま構わずスラスターを最大出力で敵の懐へと飛び込む。――――が、俺が女の目前まで迫ったその時。その瞬間を待っていたかのように、女の口がニタリとつり上がる。

 

「私の名前を覚えて逝きな!秘密結社『亡国機業』が一人、オータム様だ!」

「―――なっ!?」

 

女はそう叫び、手で弄って何かを俺目掛けて投げつけてくる。

投げられた物体の正体はエネルギー・ワイヤーで構築された塊。その塊は俺の目の前でパンッと音を立てて弾けて巨大な網となって視界いっぱいに広がる。

 

「まずっ―――!」

 

咄嗟に回避行動を取ろうとしたが、瞬く間もなくワイヤーは全身に絡まり付き一瞬にして雁字搦めにされてしまう。

 

「いっちょあがりってなぁ!クモの糸を甘く見たなぁ、おい?」

「くっ……!」

 

ニヤニヤと人を馬鹿にした笑みを浮かべるオータムに、ギリッと歯軋りの音を鳴らして睨む。

ワイヤーの拘束から脱しようともがくが、下手に動けば動く程ワイヤーは身体に絡みつき、更に締め付けが強くなり呼吸すら困難になり、状況はますます悪くなってしまう。

 

「ぐっ……か…はぁ…」

 

エネルギーで構成されたワイヤー…。≪零落白夜≫さえ使えればこんなもの切り裂けれるのに…!

 

その頼りの雪片弐型もワイヤーに絡み取られ、使用する事は不可能。俺に抗う術はもう………ん?

俺の中で何かが引っ掛かる。

 

いや、待て。本当に無いのか?『エネルギー』で構成されたワイヤーを斬り払う手段。それは本当に≪零落白夜≫だけなのか?

 

「!」

 

そうだ、あるじゃないか!一つだけ、もう一つだけこの状況から脱出する手段が!『攻撃』することは封じられた。でも―――!

 

「何だぁ?急に大人しくなったな。足掻いても無駄だって気付いたのか?」

 

耳障りな女の声が耳もとに響くが、俺はそんな雑音に耳を傾けず左手に意識を集中させる…。

 

力を…もっと力を……!

 

「………せ」

「あ?」

 

呼吸もまともに出来ず、擦れた声でポツリと零した言葉にオータム訝しげに俺を見る。

 

「吹き…飛ばせっ……≪雪華≫ァ!!」

 

―――――カッ!

 

強烈な閃光が≪雪華≫から発生し、俺の全身に絡みついていたワイヤーごとオータムを吹き飛ばした。

≪雪華≫から発せられた衝撃により、オータム壁に打ちつけられる。そして、その生れたチャンスを俺は見逃さなかった。体勢を整える間なんて与えはしない。突撃槍モードへ移行、最大噴力での突撃体勢に入る。

 

「けほっ!ごほっ……!もう加減とか遠慮とか抜きだ。この部屋ごとぶち壊す…っ!」

 

場所が狭く不利だと言うのなら、その不利となる物全てを薙ぎ払ってしまえばいい。此処には俺と俺の命を狙う敵しかいない。そうだ、何も遠慮することは無いじゃないか。俺はただ、眼前の敵を倒すことだけを考えれば良い…。

 

「く、くそっ……そんな機能訊かされて……てめぇ、まっ…!?」

「いっけえええええええええっ!!!」

 

よろめきながら立ち上がり、此方を見たオータムは初めて焦る表情をみせる。けれど、俺はそんな表情も制止の言葉も気にも止めずに突貫した。

 

「う、うわああああああああっ!?」

 

錯乱しながらも俺の突進を食い止めようと、全砲門での威嚇射撃と再び撒かれるエネルギー・ワイヤー。しかし、そんな物では突撃槍モードとなった≪雪華≫は止まらない。実弾の弾丸もエネルギーで構築されているワイヤーも尽く消し飛ばして、白式は前へ前へと突き進む。

 

「く、くるな……くるなぁあああああ!?」

「貫けえええええええっ!!!」

 

ズガアアンッ!!

 

激突により生じた衝撃がアリーナ全体を大きく揺らした。

 

「…………」

 

静まり返る更衣室。舞い上がる煙と埃で視界は埋め尽くされ、パラパラと崩れたコンクリートの破片が地面に落ちる音だけが部屋に響いていた…。

ゆっくりと煙が晴れていく。漸く視界が回復して俺は辺りと確認する。更衣室は半壊。白式が通過した床は抉れ、衝突した壁には大きな穴がポッカリと空き、そこからは部屋の外にある廊下の景色が覗かせていた。

 

「……そ、そうだっ!アイツはどうなった!?」

 

漸く訪れた静寂に気が抜けてしまったのか、慌ててオータムの姿を探すと、足元に転がる無惨に大破したISと地面に横たわるオータムを見つける。恐る恐る雪片の剣先でつついてみるが反応は無い。どうやら気を失っているようだ。

 

「お、終わった……のか…?」

 

その問いに答える者はいない。変わり果てた更衣室には静寂が流れるのみ。

 

「とにかく警備員に連絡して……そうだ!第二整備室に急がないと……!」

 

そう言ってオータムから背を向けた――――と、その時だ。

背後からカチャリという金属音をハイパーセンサーが感知し、はっと俺は後ろを振り向く。振り向いた先には、何やら40センチ程の大きさの奇妙な四本脚の装置を持ったオータムがボロボロの姿で立っていた。

 

「――――!?」

 

俺は驚き咄嗟に離れようとしたが、オータムはそれよりも速く手に持っていた奇妙な装置を俺の胸に押し付ける。

刹那、俺の身体に電流を流された様な激痛が奔る。

 

「がああああああああっ!!」

 

身を引き裂かれる様な激痛。何かを身体から強引に引き剥がされる様な感覚。正体不明の脱力感。そして、電流による脳が焼かれる様な激痛の中、俺は自分に起こっている異変に目を見開いた。

俺に装着された白式が……光の粒子となって少しずつ消滅を始めていたのだ。

 

「なっ……んでっ…!?」

 

目の前で起こっている現象にそう疑問に思わずにはいられなかった。

電流が収まる頃にはもう白式は完全に消滅してしまい、装置が外された俺は身体にかかる脱力感に、まるで人形の糸が切れた様にガクリと身体は力無く地面に崩れ落ちる。

 

なに……が…?

 

何が起こったのか。ぼやける思考が現状に全くついて行けない。消えた白式に呼び掛けても何も反応がない。いや、そもそも白式との繋がりも感じられなかった…。

 

「…は、ははっ……」

 

……?

 

「はっははは……アハハハハ!………アハハッアハハハハハハハッ!!!!死ねぇえええ!」

「がァっ!?」

 

壊れたかのように笑い出したかと思えば、俺は腹を蹴りあげられその痛みに、たまらず身体を丸めて蹲る。

しかし、オータムの暴力は止まらない。何度も、何度も俺に蹴りを浴びせてくる。

 

「シネッ!シネッ!くそっ!くそっ!くそっ!死ねっ!死ねぇ!!!」

「がっ……くっ……!」

 

くそっ、やりたい放題したやがって…。

キッとオータムを睨みつける。するとそれが気に入らなかったのか、今度は顔を力一杯踏みつけられる。

 

「ぐぁ…!」

「何睨んでんだ、アァッ!?ISも無いくせに粋がってんじゃねぇ!!」

 

……そうだ。何でISが無くなったんだ?あの装置…コイツが何かやったのは間違いない。

 

「何を……何をした…?俺の……俺の白式に何をしたっ?」

「るっせーんだよ!誰がしゃべっていいって言ったんだ、アァっ!?」

「あぐっ…」

 

また、腹を蹴られる。

どうやら逆上しているのか、俺の疑問への返答は期待は出来ないらしい。……が、その返答は此処にはいない筈の別の人物がしてくれたのだった。

 

「―――≪剥離剤≫。ISを強制解除させる装置よ。まさか実用化されてるとは思わなかったけど」

「なっ!?誰だっ!?」

 

聞き覚えのある女性の声。その声の出所を追えば、そこには崩れた壁に腰を掛けた楯無先輩がいた。殺伐とした状況で普段通りの余裕に満ちた振舞いと、その手にはいつもの扇子が握られている。

 

「せ、先輩……?」

「YES!完璧正統派美少女生徒会長の楯無先輩ですよ~♪」

「…………」

 

こんな状況でもこの人はいつものペースを崩さないのか…。

 

「おい、なに無視してやがる!?……けっ、まあいい。見られたからにはお前から殺す!」

 

身を翻し、オータムは≪雪華≫による攻撃に唯一生き残った一本の装甲脚が楯無先輩に襲い掛かる。そして……。

一瞬、一瞬の出来事だった。襲い掛かるオータムに楯無先輩は何も反応も出来ずに装甲脚の鋭い爪が楯無先輩の身体を貫いた。

 

「た、楯無先輩!……よ、よくも、てめぇ!!」

「もう、心配しないの。一夏くんも知ってるでしょ?私の実力」

「………へ?」

 

身体を貫かれた筈の楯無先輩の声が俺の耳に届く。

そんな馬鹿なと、俺はもう一度楯無先輩を見るが、その身体はちゃんと装甲脚に貫かれて………いや、待て。よく見れば血は一滴も流れてはいない。それに、目を凝らしてよく見ると何か身体に違和感が…。

 

「何だ、お前……?手応えがないだと……?」

 

一番混乱しているのは貫いた本人であるオーラムだ。そのオータムの戸惑う表情を見て、楯無先輩は満足そうにくすりと笑みを零す。……が、その笑顔もそこまでだった。

 

「……うん。もう既にボロボロだし、弱い者いじめになるから少しは手加減してあげるべきなんだろうけど………私も怒っちゃってるから全力で潰すわね?」

 

楽しげな声。だと言うのに、俺はその声を聞いてゾクリと身体を震わせる。怒っていた。いつも自分を隠していた先輩がそれを隠そうともせずに怒りを露わにしていた。

そして、不思議なことはまだ続く。次の瞬間、なんと楯無先輩の身体が突然ぱしゃっと音を立てて崩れ落ちたのだ。

 

「!?こいつは……水か?」

 

先程まで楯無先輩が立っていたところの床の水溜りを見て、オータムは妙な手応えの正体に気付く。

水……そうか、さっきの水の跳ねた時の様な音がしたのはそれでか。

 

「ご名答。貴方が貫いたのは、水で作った私にそっくりな偽物」

 

何処からか聞こえてくる余裕に満ちた声…。

そして、ふと肌に感じる湿気に気付きいて辺りを見回す。すると俺が目にしたのは、いつの間にか発生した部屋一面に不自然に漂う霧。なんで、こんな室内で……。

 

「私ね、この日の為に頑張ってきたのよ?どうすれば『あの子』に良い思い出を作ってあげられるか私なりに考えた。いっぱい、いっぱい考えて……でも、それも無駄になっちゃった」

「はぁ!?なに訳の分からないこと言ってやがる!?」

 

霧の中から響いてくる楯無先輩の語りに、オータムは声を荒げながら、装甲脚を我武者羅に振りまわしながら霧を振り払って先輩の姿を探そうと試みるが、振り払えども振り払えども霧は直ぐに元に戻り視界は遮られ、楯無先輩の姿を確認する事は叶わない。ハイパーセンサーなら索敵するのは容易の筈なのだが、≪雪華≫のダメージか、それともこの無正体不明の霧の仕業かそれも出来ないようだ。

 

「貴方には分からない、か……それもそうでしょうね。なら……」

「な、なんだっ!?」

 

オータムの周辺だけ、霧の濃度が急速に高くなっていく。

 

「吹き飛びなさいな」

 

冷たく感情の籠らない声と同時にパチンッ!と、指を鳴る。その次の瞬間、オータムの身体は爆発に呑まれた。

 

「『ミステリアス・レイディ』。それが私のISの名前。『霧纏の淑女』の名前の通り、水を自在に操る機体よ。って、あら……?」

「…………」

 

≪雪華≫の突撃でなんとか残っていたISの装甲も今の爆発で完全に壊れ、オータムは白目を剥いてピクピクと身体を痙攣させている。完全に気を失っていた。

 

「聞いてないか」

 

反応の無いオータムに興味を無くしたのか、オータムから視線を外すと何かを探す様にキョロキョロと辺りを見回し「あっ、発見!」と言って何かを見つけると、床に落ちていたそれを拾い上げ、此方に振り向いてにっこりといつも通りの笑みを浮かべた。

 

「た、楯無先輩…」

「うんうん、良く頑張ったね。はい、これ」

「これは……」

 

そう言って笑顔で差し出されたのは、菱形立体のクリスタル。白式のコアだった。そのコアは第二形態まで発展した証として、通常の球形コアよりも強い輝きを宿している。

俺はそれに手を伸ばしてそっと触れる。すると、その瞬間、触れたコアからトクンと鼓動の様な物を感じると、コアは光と粒子となって霧散、白式と再び繋がったのを確認するのだった。

 

「しかし≪剥離剤≫とはねぇ。こんな大胆な真似をして盗りに来るだなんて迂闊だったわ」

 

指で何か見覚えのある円状の物体をクルクルと回して弄びながら、楯無先輩は転がっているロッカーの残骸に腰を掛ける。気楽そうに喋ってはいたが、その表情は何処か悔しげな表情だった。

しかし、楯無先輩が指で回してるのって俺がかぶってた王冠じゃないのか?……いや、それよりも!

 

「先輩!イカロス!イカロス・フテロはどうなったんですかっ!?」

「大丈夫よ。襲撃犯は逃走。イカロス・フテロも無事だから」

「そ、そうですか。良かった…」

 

その報告を聞いてホッと安堵する。ミコトの夢が守られた。これ程嬉しいことは無い。

 

「そうね。………それが、幸か不幸かは分からないけれど」

「はい?何か言いました?」

 

聞き取れはしなかったけど、最後に何か呟いてた気がしたんだが…。

 

「うん?何が?…それよりも早くミコトちゃんの所に言ってあげなさいな。私はコレの後始末があるから」

「あっ、はい!」

 

本当ならこの後は報告やらなんやらで缶詰になる筈なのだが、ここは楯無先輩の気遣いに甘えることにして、すぐさまミコトの許へと向かったのだった。

 

 

 

 

「だって……その結果、ミコトちゃんはまた戦闘で身を削る羽目になったのだから…」

 

更衣室に残された楯無先輩の呟きに気付かないまま…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そして、時間はまた遡る。

 

 

――――Side ミコト・オリヴィア

 

 

「家から来たの?何番?」

 

パンッ!

 

耳を突く音と同時に後ろコンクリートの壁が弾けた。ツゥーっと私の頬に血が伝う。

 

「お前達と一緒にするな。虫唾が走る」

「……違うんだ」

 

純粋に気になっただけなのにすっごく怒られた、なんでだろ?

 

「お前達はこの顔を見慣れているかもしれんがな。……ああ、だがその顔を原形が留めない程にズタズタに引き裂くのは面白そうだ」

 

そう言って、女の子は口の端をニタリと吊り上げて嗤う。

 

……怖い人。人を傷つけることを遊びとして楽しんでる…。

 

「しかし、ただ一方的に殺るのはつまらん。だから―――」

 

暗闇から何かを掴むと、私に似た女の子はそれをそのまま私の方へと放り投げてくる。がしゃんと大きな音を立てて目の前に落ちてきた大きな影。それは……。

 

「―――乗れ。お前の機体に」

「!」

 

生まれ変わったイカロス・フテロだった。

背中の羽は勿論健在。それだけじゃなくて、脚部や腰の辺りにも羽型のスラスターが追加されて、全体的なフォルムも羽をイメージされたデザインとなっていた。

 

ん。私の要望通りに仕上がってる。薫子は良い仕事した。

 

「……ん」

 

私はコクピットに乗り込む。久しぶりのコクピットの感触。三ヶ月は乗っていなかったから、ほんとうに久しぶり…。

 

『―――Access』

 

座ったと同時にシステムが起動。装甲が私に装着され、またこの子と繋がるのが分かる。

 

―――ただいま。

 

…ん。おかえり。

 

聞こえてくるこの子の声にくすりと笑う。

また飛べることが嬉しい。そんな感情が沢山私に伝わって来る。同じ。私もその気持ちは同じ。だから…。

 

「……それじゃあ、いこう。イカロス・フテロβ」

 

ぽっかりと開いた天井から覗かせているあの場所へ。あの空へ…。

その意思に答える様に畳まれていた翼が大きく広がり、機体を廻るエネルギーがドクン、ドクンって脈動のように伝わって来る。私はその駆け廻るエネルギーを翼に込めて―――。

 

バサァ!

 

―――大空へと飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side エム

 

 

「……来たか」

 

先に空に上がって待機していると、漸く贋作も空へと上がって来る。

翼を持ったIS。形はだいぶ変わりはしていたが、『あの時』私から逃げ切ったあの翼は今も健在で、私にそれを知らしめる様に悠々と羽ばたいて、私の乗る『サイレント・ゼフィルス』対峙していた。

 

「あまり時間は無い。そのご自慢の翼をもぎ取って早々に終わらせてもらおう」

 

別に、目の前に居る贋作があの人に対する渇望を少しでも満たせてくれるなどと微塵も思ってなどいない。私は『あの時』の借りと、あの人と同じ顔をしたアレさえ殺せれば満足なのだから。そう、これは猫が獲物である鼠で遊ぶあれと同じなのだ。退屈しのぎその程度の価値しか無い。

……しかし、そんな私の言葉に対して奴は不快そうに表情を歪める訳でもなく、ただ平静に首を左右に振って言葉を返してくる。

 

「貴方に勝つことは出来ない」

「命乞いか?今更そんなつまらないことをするな」

 

興ざめも良い所だ。そんなものを私は期待していない。そんなものじゃ楽しめない。

 

「でも……」

 

む?

 

「貴女に私とこの子は落とせない」

「………ほう」

 

奴の言葉を聞いて、自然と口の端がつり上がる。

大した自信じゃないか。羽をもがれた時に見せる表情。それを見るのが楽しみでならない。

 

「絶望に堕ちろ!」

 

開戦と同時にスターブレイカーのビームを奴の機体の命である翼に向けて放つ。

 

「―――ん!」

 

不意打ちに近い攻撃だったのだが、驚いた様子もなく驚異的な上昇よって容易く初撃をかわされる。一発、二発、高速機動で逃げ回る奴を高速機動で追尾しながら精密射撃を続けたが、奴は舞いを舞う様にして尽くかわして見せた。

尋常じゃない程に高機動に特化した機体。並の機体では追尾することは不可能だろう。純粋な速さ比べをするなら、高機動化パッケージをインストールしても厳しいと推測する。

 

…見たところ奴に攻撃手段は無い。となると、敵の援軍が駆け付けるまでに落とせなければ私の負けと言う事か。

 

「…ははっ!」

 

良い!良いじゃないかっ!あの時と同じ状況!こうでなくてはなぁ!

 

「なら、これはどうだ?」

 

再びビームを奴に目掛けて放つ。奴は先程同様に回避しようとするが……回避行動を取った直後、奴が避けたと思ったているビームは弧を描いて大きく曲がり、再び奴に目掛けて奔った。

 

「えっ―――あぅ!?」

 

それを見て奴は初めて表情を驚きに変え、慌てて回避行動を取ろうとするがもう遅い。ビームは奴の腹部に着弾して装甲を破壊。奴の機体はそのまま着弾の衝撃でバランスを崩し、クルクルと回転しながら落下。海面から数百メートルの高度で体勢を持ち直す。

 

「一撃は耐えたか」

 

パイロットには直接のダメージは無いとは言え、あれだけの薄い装甲、気を失うには十分の筈だが…。初めて見た時よりも気休め程度に追加された装甲に助けられたようだ。しかし、次を耐えきれるかどうかは明らか―――。

 

「最初からその予定だったが、あっけない幕切れだったな」

 

2発目は耐えきれまい。そう思いながら止めの一撃を放った。

迫りくるビーム。無論奴も回避を試みる。しかしビームの速度には勝てる訳もなくこれで終わりだと私は確信した。だが…―――。

 

「むぅ~~~!」

「……何?」

 

―――突如、視界から奴が消えた。

 

標的を見失ったビームはそのまま海面へと消え、慌ててハイパーセンサーで索敵をして奴を探す。すると、センサーが示す奴の座標は私の後方、はっとして振り向けば。そこには優雅に空の遊泳を楽しんでいる奴が居た。

 

「むふぅ~♪」

 

…私が感知できなかった?馬鹿な。

 

あの人ならともかく、贋作である筈のアレに私が劣る筈がない。何かの間違いだ。そう思いながらも、今度は奴の動きに注意しつつもう一度ビームを放つ。

すると、また奴は姿を消して遥か上空へと姿を現す。ビームは当然外れる。……だが、今度はこの目で確かに奴の動きを追うことが出来た。追うのがやっとでビームの操作に意識を割く余裕は無かったが…。

 

信じられない事だが、奴は高速機動を維持したまま、2段…いや、恐らく4段以上の瞬間加速で追尾して来るビームを避けてみせたのだ。その結果、あまりの超機動に私も目標を追う事が出来ず、ビームは私の操作から外れて目標とは明後日の方角へと飛んでいってしまった。

 

もうあのビームの軌道に適応したとでも言うのか?ありえん…。

 

「ちぃっ!」

 

ならば2射連続。複数のビームの追尾に対応できる訳が…。

しかし、そんな私の予測は簡単に裏切られる。奴は2つの追尾して来るビームをまた瞬間加速を多用した超高速機動でまたかわして見せる。これも避けるか…。

 

「射撃では埒が明かんっ!」

 

射撃モードから銃剣モードに切り替える。ビームを避けると言うのなら仕方がない。こうなったら接近して直接叩き斬ってやる。奴が瞬間加速を使うと言うのならこちらも使うまでだ。あの機動は確かに脅威だが、身体にかかる負担も相当の筈。常に瞬間加速を使用している訳ではない。ならばあれに追い付くことは可能だ。

海上では2機の機体が繰り広げる戦闘。その速度は目視出来ず、緑と蒼の2色のスラスターの光だけが∞のアーチを描いて空を交差し、その戦闘の激しさを物語ってる。

 

「疾ッ!」

「むぅ!」

 

擦れ違い様を狙ってブレードを振う。が、奴は羽と機体の各所にあるスラスターを巧みに使い、本来なら無理な体勢での回避行動をやってのけた。

 

…そういうことか。

 

避ける様子を見てあの機動の仕組みを理解する。あの異常なまでの瞬間加速の連続使用は、あの多数のスタスタ―を小分けにして行ったからか。言葉にすれば単純で簡単なようにも聞こえるが、それはかなりの操縦者の技量が求められる高等技術だ。誰もが真似できる物じゃない。

 

「だが―――!」

 

私がそれに対処できないと思ったか!?

 

そんな訳がない。贋作のお前に出来て私に出来ない訳がない!

スラスターの出力を更に上げる。奴に喰らいつく為に、奴に追い付く為に……と、その時。私の耳にある音が聞こえてきた。

 

「~♪~~♪」

 

鼻歌だ…。奴とすれ違う際、奴が鼻歌を歌っているのを、私の耳が確かに聴いたのだ。

 

戦闘中に鼻歌?私を相手にして鼻歌を歌う余裕があるだと…?

 

馬鹿な、そんな事有り得ない。奴はあの人じゃないんだ。奴が私に勝る筈が……そう自分に言い聞かせている途中、私は奴を見て言葉を失った。

自由に空で戯れている贋作。そして、奴の視線の先は…。

 

私を…見ていない…?

 

戦闘中でありながら、奴は対戦相手である私を見ていなかったのだ。奴が私を見ていない。奴が見ているのは、視線の先にあるのは…空。

あの時もだ。あの時も奴は私を見向きもしなかった。まるで、子供が遊びに夢中になる様に、私など眼中になかった。

 

戦闘をしているつもりだったのは、私だけだと言うのか…?

 

これではまるで道化ではないか。その無様な自分の醜態に羞恥心と怒りが込み上げ……爆ぜた。

 

「な、舐めるなああああっ!」

 

スラスターを最大噴力で一瞬で奴との距離を詰める。

 

「…足りない」

 

しかし、奴は自分に目掛けてブレードが振るわれていると言うのに興味を示さない。ぼそりと奴は何かを呟くと、突然上昇を始めブレードは空を斬る。

 

「もっと…もっと、高く」

「逃がすかっ!」

 

そのまま上昇する速度は上げ続ける奴を追うために私も上昇する。

上昇する奴の後ろは無防備。後ろから射撃で撃ち落としてしまえばと思いライフルを構えたがすぐにそれを止める。大気圏離脱でもするつもりなのかと疑う馬鹿げた上昇速度。身体にかかる負荷が半端では無く、狙いを定める余裕なんてなかった。ともすれば、直接近づいて奴を引き摺り下ろすしか他に手は無い。

 

―――エンジンが限界値に近づいています。直ちに速度を落として下さい。

 

先程からハイパーセンサーの警告音が煩い。エンジンがレッドゾーンに近づいているようだが、私はその警告を無視して更に速度を上げる。

奴との距離が縮まって行く。もう少し、少しだ。あと少しでブレードの有効範囲内に入る。相手との距離、100m…80…50…30…。

 

追いつい―――。

 

「ごめんね」

「……何?」

 

ブレードを振う直前、奴は謝罪の言葉をセンサーが拾う。一瞬、その言葉に眉を顰めた私だったが…。

 

トンッ…。

 

――――なっ!?

 

奴の行動にその表情は驚愕へと変わる。向かっていた反対方向へ押し返される感覚。ふと気付けば、サイレント・ゼフィルス上空では無く海へと降下していた。

 

「私を……踏み台にっ!?」

 

そう驚く私を置いて、奴の機体はグンッ!と上昇速度を爆発的に上昇させた。

 

私を踏み台にすることで、補助ブースターの代わりにしたのか!?

 

縮めた距離がまた離されて行く。急いで体勢を戻し、再び奴を追いかけるがその距離はもう縮めることは出来なかった…。

だんだんと離れて行く奴の後ろ姿に無我夢中で手を伸ばす。

 

届かない…だとっ?

 

どんなに速度を上げても…手を伸ばしても…あれには届かない。

 

認めん!認められるか!こんなっ…!

 

こんな子供のお遊びに私が振りまわされるなんて結果、認められる筈がない。届く、届くんだ。手を伸ばせば必ず…!何故なら、いくらコピーとしての性能が優れていようと、奴は所詮あの人の贋作でしかない。私が劣る筈がないのだから。だから―――!

 

ガクンッ…。

 

突然、スラスターの出力が落ち急速に速度が低下する。

機体の異変に即座にパラメーターを確認。スラスターのステータスが赤く点滅し、スラスターに異状がきたしているのが分かった。

 

「―――エンジントラブルっ!?」

 

今もこうして飛行していられるのは、ハイパーセンサーが危険と判断してエンジンをカットしてくれたからだろう。でなければ今ごろは空中でバラバラになっていた。しかし、これではもう奴を追う事は出来ない。それに下を見れば学園から複数のスラスター光が此方へと向かって来ていた。

 

「くっ、時間切れか……離脱する」

 

『了解。至急この空域から離脱しなさい』

 

どうやらずっと私の戦闘をモニターしていたらしい。スコールから直ぐに撤退の許可が出た。

 

「……オータムは回収しなくて良いのか?」

 

『ええ、構わないわ。もともとそれも計画の内だから』

 

私も奴も失敗するのは全て計算ずくと言う訳か…。

 

「……捨て駒か」

 

『あら、捨て駒なんて酷い。『種』を撒くための苗所を準備しただけよ』

 

奴が何を考えているのか、それは私には分からない。そもそも興味もない。すぐに思考を切り替えて離脱を始めた。

離脱の際に私は空を見上げる。そこにはもう奴の姿は無く、奴が消えた青々とした空を忌々しく睨むと、この場から離脱するのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side ミコト・オリヴィア

 

 

「――――届いた♪」

 

キラキラと輝く星々、大気圏内の空とは違う浮遊感、私の後ろには青くて綺麗な地球。

 

「宇宙……来たー♪」

 

宇宙。これが私が見てた空の向こう側…。

 

「空って……本当に広いんだね、イカロス」

 

キラキラと輝く星の海。この光景が無限に広がってるのが宇宙なんだ…。

 

「きれい…」

 

私がいつも見上げていた空の向こう側はこんなに綺麗だったんだ。

 

「お、おお~?……おお~~!」

 

少し散歩してみようと思って羽ばたいたら、機体がぐるんぐるんって回りだす。

 

―――PIC/ON.

 

「……お~」

 

薫子が付けてくれたPICが起動して、ぐるぐる回転していたのがピタリと止まる。

これが無重力…。宇宙で散歩するのは難しそう。これは練習が必要。ん、頑張る。―――と、私が意気込んでいると、そこに通信が入った。

 

『―――ミコトさん!応答して下さい!聞こえてますの!?』

 

あ、セシリアだ。これは良いタイミング。さっそくセシリアに自慢する!

 

「セシリア!届いた!宇宙!届いた!」

 

私は興奮気味にそう自慢した。

 

『宇宙って……え、ええええええっ!?』

 

むふ~♪セシリアすごく驚いてる。私、満足。

 

『アンタ、なんてところに居んのよ…』

『お、お前なぁ…』

『ま、まあ無事なんだから良かったじゃない!……驚いたけど』

『まさか、宇宙とはな…』

『まったく、ミコトにはいつも驚かされる…』

 

あっ、他のみんなもいるんだ!

 

「みんな!すっごい!宇宙ってすごい!」

『がくっ…俺達の気も知らないで…』

『はぁ……良いから降りて来なさいな。皆心配してますのよ?』

「ん~♪」

 

本当はもっと居たかったけど、セシリアの言う通りにする……何だかとっても疲れたし。

 

「またこようね、イカロス♪」

 

――――♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…そして、騒乱の学園祭が終わり。再びいつも通りの学園での生活が戻って来た。あの事件後、IS委員会はようやく相次ぐ事件の重大さを危険視し、警備の強化として教員が搭乗したISを学園の警備として配備する事を決定。

 

「スゥ……スゥ……」

 

「何かさ、最近物騒になってきたよねぇ。何があったんだろ…」

「さあ?この間の学園祭が関係してるんじゃない?」

 

当然、あの事件の真相は生徒や来訪客には明かされてはいない。表向きでは調理用のガスボンベがガス漏れを起こして爆発したと説明はしているが、それを信じる者は殆ど居なかった。

 

「何だか怖いなぁ…」

「だね~、怪我人は出てないから大丈夫だとは思うけど…」

 

この処置の結果が大きな事態を引き起こす事はまだ誰も知らない…。

 

「ん~……むにゃむにゃ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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