IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第57話「誕生日」

 

「遅れてきた理由がISを使っての姉妹喧嘩とか何やってんすか……」

 

俺の家に遅れてやって来た更識姉妹から聞かされた事情に俺は心底呆れてしまう。

他人の誕生日に姉妹喧嘩をする事もそうだが、その喧嘩にISまで持ち出してくるなんてもうスケールがデカイとかそういうレベルではない。前代未聞なのではないだろうか?

 

「てへペロ☆」

 

うわ、ウザイ!容姿が完璧なぶん余計にウザイ!

 

「ご、ごめんなさい…」

「あっ、いや!?別に怒ってないぞ?」

 

姉とは反して、妹の方は本当に申し訳なさげに深々と頭を下げて謝罪してきたので、慌てて頭を上げさせる。俺は祝って貰う側だからそんな事言える立場じゃない。そもそも遅れてきたことに関しては何とも思ってないし。……まあ、その内容には驚いたが。

が、しかし、簪本人は真面目な性格な所為もあってかどうしても納得出来ないらしい。

 

「で、でも、準備を手伝えなかったのは事実だから…」

「あら、気にする事はありませんわよ?人手も沢山ありましたし、パーティーに慣れているわたくしが居ましたから!」

 

フフン!と自慢げに語るセシリアだったが、周りからセシリアに向けられる視線はやけに冷たい。

 

「ええそうね。準備の方は何ら問題無かったわ。寧ろセシリアの料理を阻止するのが一番苦労したしね」

「ええ本当に……え?わたくし?」

 

まさか自分に矛先が向けられるとは思いも因らなかったのか、解せないと言った感じでセシリアはきょとんとして自分を指差す。

鈴の言う通り『準備』事態はそれ程苦労すること無く終わった。が、それとは別に、目を離せばすぐ料理をしようとするセシリアを止めるのに、無駄に労力を浪費して疲れ果てたのもまた事実だ。いや本当に毎度毎度勘弁して下さい。

 

「まさか加熱するのにレーザーを持ち出そうとするとは思わなかったよ…」

 

げんなりとした表情で料理担当だったシャルロットが語る。他の料理担当だったメンバーも疲れ果てた様子でうんうんと頷いた。

 

「ちゅ、中華料理は火力が命だと聞いたからですわっ!」

「え、なに?それは中華料理店の子であるアタシに喧嘩売ってるの?」

 

周りに自分の味方が居ないことに焦ったのか、セシリアは弁解しようとするものその発言に本場の中華娘が噛みつく。鈴の言う事もご尤もだ。アレを中華料理などと言われたら溜まった物じゃない。というより料理に対する冒涜である。

 

「本音がよく話していたけれど、まさか本当に此処までとは思わなかったわ」

 

セシリアのメシマズは最早クラスの中でセシリアママに続く常識であり、それをのほほんさんから聞かされていた虚先輩は、その実物をその目で見て驚きやら呆れやらを含んだ何とも言えない表情で頬に手を当てて疲れた溜息を溢す。実は虚先輩も料理担当だったりする。

 

「? セシリアのサンドイッチ、おいしい、よ?」

「ミコトさん…。ほら、聞きまして?ミコトさんは美味しいと言ってくれますわ!」

 

ねーよ…。

 

「だよね~。あのサンドイッチは美味しかったよ~?」

「(それはミコトと本音の味覚にたまたまあっただけだと思うのだが…)」

「(ミコトは甘いモノ好きだから…)」

「(アタシは激甘なたまごサンドなんて認めない…)」

 

のほほんさんの援護射撃も受けて、どうだ!と胸を張って勝ち誇るセシリアだったが、あの時一緒にセシリアの作ったサンドイッチを食していた一部を除いた面々は、それは無いと言いたそうだったが、またセシリアが騒ぎ出しそうだったので敢えて口には出さなかった。

 

「あの頃の私は『アレ』だったからよく分からんが。まあ、なんだ。皆の言う通り気にすることは無い」

「う、うん…(なんだか余計に申し訳なくなったんだけど…)」

 

厨房の惨事を耳にして余計に気を負わせてしまった感がハンパないが、こんなもの俺達にとってはもう日常茶飯事なので気にしなくていいし、簪もいずれこの騒がしさに嫌でも慣れることだろう。

 

―――ぱんっ!

 

手を叩く渇いた音がリビングに響く。

皆は何事かと視線をその音の発生源へと向けると、そこには手を合わせて人を惹き付かせる笑みを浮かべる楯無先輩が居た。

 

「よっし!ちゃんとお詫びもすんだことだし、誕生日会を始めちゃいましょうか!」

「っと、そうですね。こんな話で時間を潰すのは勿体ないですし」

 

話の切りが良いところを見計らってくれたんだろう。話の話題がこの家に集まった本来の目的へと切り替えると、楯無先輩が醸し出す明るい雰囲気に先程までの混沌とした雰囲気は何処へやら、もうすっかりパーティーを楽しむ空気に変わりつつあった。流石、全生徒に人気な生徒会長である。

 

「それでは!不肖このわたくし!IS学園生徒会長 更識楯無が音頭をとらせていただきます!皆さまコップは手に渡りましたかな?」

 

そんなノリノリな口調で皆を見渡しコップが手に渡ったかを確認すると、コップの中を満たすジュースを揺らして上に持ち上げ、高らかに声を合図に。

 

「一夏くん!誕生日おめでと~!」

 

『お誕生日おめでとう!一夏!(さん)』

 

皆の祝福の言葉と、パンッパンッ!とクラッカーの音と共に誕生日会は始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第57話「誕生日」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑一夏

 

 

時刻は夕方の5時。織斑家のリビングにはちょっと豪華な料理がテーブルに並び、皆のわいわいと賑わう声で満ちていた。

賑わう皆を見渡す。例年とはまったく異なるメンバー。例年通りなら弾や中学の友達などで集まって祝って貰っていたのだが今年は違う。此処に居る者みんな国籍がバラバラで、その誰もがISの関わる人間だ。少し前までは外国人の知り合いなんて鈴ぐらいしか居なかったし、IS関連も千冬姉に遠ざけられていたから関わる事が無かった。だからいま俺がこうして見ているこの光景が、俺の人生が劇的な変化したことを表して居る様だった。

「ぷはぁ…IS学園に入学したり、死にかけたりと色々あったけど、今年もなんとか歳を一つ重ねる事ができたなぁ」

 

コップに入ったジュースを一気に飲み干し、こうして五体満足で誕生日を迎えられたことに安堵を溢す。

幼馴染との再開。ミコトとの出会い。セシリアとの決闘。そして、命懸けの事件と遭遇の数々…。振り返ってみればなんとハードな半年だった。入学当初、こんな物騒な学園生活を送ることになるなんてあの時の俺は想像もしていなかった。

 

「大袈裟な……とは言えないか」

「そだねー。トラブル続きだったもんねー」

「そのトラブルの中心に居たのは殆どアンタだったけどね」

「いや、好きで中心にいるわけじゃねぇよ?」

 

俺の存じない所で物事が勝手に進んでるだけだ。別に俺が悪い訳じゃない……とは言っても、周りからすれば俺がトラブルメーカーなのは事実なんだろう。大変不本意ながらそれは認めなきゃいけない。

 

「ん、知ってる。はらんばんじょうって、言うんだよね?」

 

ミコトはフォークを片手に持ち、口元にクリームでべたべたにして、そう得意げに俺を見上げてくる。

 

「はいはい、口元を拭きますから……ほら、じっとしてくださいな」

「ん~…」

 

ミコトとセシリアのそんなテンプレと化しているやり取りを眺めながら話を続ける。

 

「あむっ……じゃあ、ついでに生き残れたことも祝っとく?」

「お、お姉ちゃん!?不謹慎…!」

 

ケーキの上に乗っかったイチゴをフォークでつき刺しパクリと頬張ると、楯無先輩はそんな事を言い出してそれを聞いた簪があわあわと慌てふたく。いや本当に何を言い出すんだろうこの人は…。

 

「もう、折角のお祝いなのにそんな物騒な話題持ち込まないで下さいよ」

「? そうか?」

 

そうジト目で批難するシャルロットだったが、根っからの軍人であるラウラからしてみればそうでも無いらしい。そりゃ特殊部隊に所属する軍人という、物騒と共同生活な日常を送ってそうなラウラならそうかもしれないが。

 

「あはっ♪まあそれは冗談だけどね~………半分は」

 

こらこら、最後にボソリと呟くな。半分は本気なのかよ。そりゃ確かによく生き残れたなって思える程に危ない目には沢山遭ったけどさ。

 

「ほ~ら!そんな不満そうな顔しないの。何だかんだ言って学園祭からここ最近は平和だったじゃない」

「お嬢様、本来はそれが普通なんです。本当、今年は例年に比べてトラブル続きでしたね」

 

学園生活3年目の虚先輩は例年と比較して溜息混じりにそう溢した。きっと生徒会の人達も事件の後始末とかなんやらで忙しかったのだろう。その事件に関わっていた人間としては、わざとじゃないにしても忙しそうに仕事をしている姿を見てしまうと申し訳ない気持ちになってしまう。

 

「なんて言うかその…ご迷惑掛けます」

「いいえ、一夏君は悪くないわ。それに、私達より一夏君達の方がずっと大変な目に遭ってるじゃない。だから気負う必要なんて無いのよ?」

 

嗚呼、良い人だぁ。流石は生徒会の常識人だぁ…。

 

「そ~だよ~。気にしな~い気にしな~い」

「………」

「にゃ~!?いひゃいいひゃい~!?」

 

最も気にするべき人間がケーキを美味しそうに食べながら、まるで他人事のようにそう言うと、虚先輩は無言でのほほんさんの頬を引っ張り、のほほんさんは間の抜けた声で悲鳴をあげる。

俺が生徒会に入って一ヶ月程度しか経ってないが、その一ヶ月でのほほんさんが仕事をしている姿を俺は一度も見たことが無い。生徒会室に居る時の殆どが寝ているかお菓子を食べているかのどちらかだ。のほほんさんが少しでも仕事をしてくれれば虚先輩の少しでも負担が減るだろうに…。

 

「俺が言うのもなんだけど、のほほんさんは少し働いた方が良いと思うぞ?従者的に考えて…」

「働きたくないでござる!ぜったいに働きたくないでござるっ!」

「………」

 

妙な台詞を口走るのほほんさんに虚先輩は頬を引っ張る力を強め、リビングにはのほほんさんの悲鳴が響く。

 

「うちの駄メイドちゃんは放っておくとして、こんな時にそんな暗い話をするもんじゃないわよ?」

「言い出したのは楯無先輩じゃないですか…」

「あら?そうだったかしら?」

 

楯無先輩は広げた扇子で口元を隠し視線を此方から逸らす。こ、この人は…。

 

「それにしても随分な量の料理を作ったのね。和・洋・中勢揃いじゃない」

 

わざとらしい話題逸らしである。まあ、作り手がそれぞれ国が違うから必然的にそうなってしまうのは仕方ない。

 

「……うん。でもまさかパーティーでラーメンが出てくるとは流石の会長も想像出来なかったわ」

「何よ?何か文句ある?」

 

楯無先輩の言葉に、ずずずーっとラーメンを啜っていた鈴が反応する。

パーティーに出てくるご馳走を想像すれば、大抵が自分に好物を思い浮かぶことだろう。そして、鈴の好物はラーメンで鈴は料理担当の一人。ならテーブルにラーメンが並んでいても不思議では無く、何より鈴の作るラーメンは絶品でご馳走と呼ぶに相応しい一品だ。

 

「ううん、文句なんて無いわよ?これ美味しいし」

 

そう言って楯無先輩もお椀によそわれたラーメンを啜る。流石に全員の分を用意する時間も人数分の器も無かった為か、大きめの鍋でラーメンを作り、各自でよそって食べるという形式となっている。それでも自分の分はしっかりマイどんぶりで作ってあるのは流石と言うべきか。

 

「本当にな。この麺手打ちか?市販のじゃないだろ?」

 

既製品の市販のモノではこんな歯ごたえはまず出せない。俺がそう訊ねると、鈴は自慢げに胸を張って大きく頷く。

 

「あったりまえよ!アタシがラーメンに関して手を抜く訳ないでしょ?それに麺だけじゃないわ。チャーシューも手作りなんだから!」

「おおう、正にこだわりの一品って奴か」

 

それを肯定するかのように黄金色のスープがきらりと光を反射して輝く。

 

「………一夏、それおいしい?」

 

ミコトに声をかけられて振り向けば、じーっと興味深そうに俺が食べているラーメンにミコトの視線が注がれていた。そう言えばミコトはいつも学食ではサンドイッチばかりで、ラーメンどころかそれ以外のメニューを食べているところなんて見たことが無い。

 

「うん?おお、美味しいぞ?食べるか?」

「ん」

 

『美味しい』という言葉に興味を惹いたのか、好奇心旺盛なミコトは間を置くこと無く即座に頷き。俺はそんなミコトを微笑ましく思いつつ自分が持っている器をミコトを手渡した。

 

「どうだ?美味いだろ?」

「ずずずっ……ん、おいしい」

 

俺や鈴を真似て麺を啜ると、きゅもきゅと美味しそうに食すミコト。どうやらご満悦のようだ。

 

「ふふんっ!ミコトのラーメンの素晴らしさに気付いたようね!」

「ん。とくにナルト、おいしい」

「いや、ナルトは既製品だから…」

 

うずまき模様のナルトを箸で一つ摘まんで口の中に放り込むと美味しそうに頬を緩める。きっとミコトの美味しいの判断基準は、単純に『甘い』か『甘くない』かのどちらかなのだろう。

 

「うぅ、ずるいですわ…わたくしも一夏さんやミコトさんに料理を食べてもらいたかったですわ…」

 

未練がましそうに此方の様子を見て、そう呟くセシリアだったが全員が聞こえてないフリをする。触らぬ神に祟りなし。誰も地雷原に自ら進んで足を踏み入れようとはしないだろう。

 

「一夏、一夏」

「ん?なんだ?」

「ん。これ、食べる」

 

落ち込むセシリアを他所に、ぐいっぐいっと俺の服を引っぱり俺の名を呼ぶミコトに俺は視線を落とすと、ミコトがテーブルの皿を一つ手に取り俺に向けてずいっと差し出してきた。

その皿に乗せられていたのはスクランブルエッグ。他の豪華な料理とは比べて地味なものだったが、そのちょっと焦げが目立ち不慣れさが伝わってくる料理を見て随分と前にミコトとの会話を思い出し、まさかとミコトを見て訊ねた。

 

「もしかして、これって…?」

「ん。私が作った」

 

頬をピンク色に染め、褒めて褒めてと期待の眼差しで見上げてくるミコト。そんな可愛らしい姿に苦笑すると、俺は箸で一口分程摘まんで口の中に放り込み卵を噛み砕く。

……うん。焦げで少し苦いが食えないことは無い。それに、ミコトの事だから砂糖を多めに入れてると思ったがそんな事は無く丁度良い甘さだった。きっと、教わったことを忠実に守って作ったのだろう。

 

「……美味しい。ありがとうな、ミコト」

「! ん♪まだ、たくさんある。食べる」

 

俺の言葉にパァァっと笑顔を咲かせてミコトはおかわりを勧めてくる。

 

「まあまあ♪本当、美味しそうですわね。わたくしも一口頂けます?」

 

落ち込んでいた筈のセシリアが横からひょこりと割り込んできた。

 

「ん。いいよ」

「ありがとうございます♪では…………まあ!大変美味しいですわ♪」

 

ミコトの了承を得ると、セシリアはスプーンで卵を掬って口の中に含んだ。そして、じっくりと味わう様にして卵を飲み込んだ後、ニコリと柔らかい笑顔を浮かべて。

 

「こんな美味しいものを作れるだなんて、ミコトさんは凄いですわね♪」

「むふぅ♪」

 

少し大袈裟に褒めてミコトの頭を優しく撫でた。

まるでそれは、母親が子供に褒めて成長を促すそれに似て無くもなかったが、きっとセシリアはそう言うのではなく素で褒めたのだろう。セシリアのミコトに対する溺愛ぶりは少しアレだからなぁ。

 

まあ何にせよ微笑ましい光景……。

 

「これはお礼としてわたくしも何か料理を……」

 

『おいばかやめろ』

 

折角、心が和んだのに台無しにしてくれるな…。

そんなこんなで、時折地雷が隠れ潜む危険と隣り合わせの会食を楽しみながら時間は過ぎていく。料理があらかた喰いつくされた頃には時計の針は8時を指していた。

 

 

 

 

「けぷっ……むふぅ、まんぞく」

「はにゃ~、もう食べられないよ~」

 

料理を食べつくした(主にケーキといったデザート類など)ミコトとのほほんさんは、ごろんとソファーに寝転がる。食べたら寝る。まるで子供を見ているようだ。

 

「こら、お前達。食べてすぐ寝てしまうと牛になってしまうぞ?」

「ぶぅ~…しののん大袈裟~。それにおばさんくさ~い」

「おばっ……」

 

のほほんさんの言葉にピシリと硬直する箒。

 

「牛?牛がなんですの?」

 

外国出身であるセシリアが首を傾げる。

 

「食べてすぐ横になると太るぞってことだよ」

「あ、あ~、なるほど…」

 

意味を理解したシャルロットが苦笑いをして「少し食べ過ぎたかな…?」と何やらお腹を気にした様子でブツブツと呟いていた。

 

「む~!おりむ~は~デリカシ~がな~い!」

 

そう言うのほほんさんは従者としての心構えが無いけどな。主人を前にしてそのだらけっぷりは如何かと思うぞ?

 

「一夏が女心を分からないのは今に始まった事じゃないでしょ?」

「ああ、そうだな」

「ですわね」

「うん」

 

……何故か女性陣からジトーッと冷たい目で見られているのだが俺が何かしたか?やはり太ると言う単語がいけなかったのだろうか?

 

「あ、あー……料理も食べ終わったし、そろそろお開きにするか?」

 

いつまでもこの視線を向けられるのが居た堪れなくなり、テーブルの空き皿を片づけようと手を伸ばすが、そこに楯無先輩の待ったが入る。

 

「いやいや、何言ってるのかな君は?まだメインイベントが残ってるじゃない」

「へ?でももう料理ありませんよ?もしかしてまだ食べ足りないんですか?」

 

だとしても冷蔵庫の中は空っぽだから今から買い出しに行かないといけないのだが…。

 

「も~違うでしょ?誕生日って言ったら誕生日プレゼントじゃない」

「…………あっ」

 

言われてみればと楯無先輩に言われて思い出したけど…。いや、仮に覚えていたとしてもだ。プレゼントをくれだなんてがめついこと言える訳が無い。こうやって祝って貰えるだけで嬉しいのだから。

かと言って、俺のためにわざわざ用意してくれたプレゼントを断るのも失礼になる。特にミコトだ。これはセシリアからこっそりと聞かされたことなのだが、ミコトは一生懸命悩んでプレゼントを選んでくれたらしい。それを無碍にするのは最低の人間がする事だろう。

 

「何を呆けている?ほれ、受け取れ」

「うわっと…!?」

 

ラウラがぽいっと大雑把に紙袋を投げ渡してくるのを、俺は慌てて落とさぬよう空中でキャッチする。

投げ渡された紙袋は白一色の地味で飾り気の無いものだった。ラウラらしいと言えばらしい。しかし紙袋は随分と軽いもので、キャッチする時に聞こえてきた金属独特の擦れる音から察するに、紙袋の中身はキーホルダーとかの類いだろうか?

 

「えっと、これって…?」

「うむ。誕生日プレゼントと言う奴だ。開けてみろ」

 

ラウラに言われる通りに紙袋の口を開いて逆さまにすると、掌にジャラジャラと音を立ててシルバーのチェーンが通された金属のプレートが落ちてきた。

 

「おお、ネームプレートだ」

 

ラウラのプレゼントはネームプレート。軍で言う認識票と言う奴だった。実にラウラらしいプレゼントである。

 

「私はファッションやら流行やらは疎いからな。こんな物しか用意できなかった。気に入らなかったら捨ててくれても構わない」

「馬鹿。そんなことするわけ無いだろ?ありがとな、ラウラ」

 

もう一度ラウラに感謝を述べてプレートを手に取る。プレートの表面には俺の名前が刻まれていて、それを見るとこれは俺のために用意されたものだと言うのが伝わってくるのが分かる。それが少しくすぐったくて、そして嬉しかった。

 

「喜んでもらえた様で何よりだ。これで身体が木端微塵に吹き飛んでも身元確認が出来るな」

「縁起の悪いことを言うのは止めてくれ!?」

 

ニヤリと黒い笑みを浮かべて言ってくるブラックジョークに顔を青くする。可能性がゼロじゃないぶん余計に質が悪い。

え?何?まさかその為にこれをプレゼントした訳じゃないよな?ていうか、そう言われた途端に手に持っているネームプレートから黒いオーラが見え始めたのですが…。

 

「ていっ」

 

縁起の悪さ満載のプレゼントに俺がビビっていると鈴がやって来てラウラの後頭部を叩く。

 

「むぅ、何をする貴様」

「馬鹿やってんじゃないっての。次が閊えてるんだから」

 

不満げな表情を浮かべて抗議するラウラに、鈴は何故か口の端をヒクつかせてくいっと親指を自分の後ろへと向ける。後ろにはソワソワとした様子でまだかまだかと順番を待つ箒達の姿があり、その更に後ろには楯無先輩が面白そうに此方を眺めていた。

 

「何も律儀に順番を待たなくとも、一緒に渡してしまえばいいではないか」

「もうっ、ラウラってば分かってない!それに抜け駆けした人の言う台詞じゃないよそれ!?」

「な、何なのだ一体…」

 

プンプンと怒るシャルロットに「抜け駆けとは何のことだ…?」と、訳が分からないと困惑するラウラ。俺も順番なんて関係無いと思うんだが、それを口にしてしまえばラウラと同じように怒られてしまうのは明白なので黙っておこう。

 

「油断しましたわ。まさかラウラさんに出し抜かれるだなんて……(一番最初にプレゼントを渡して好印象を与える筈でしたのに!)」

「ぐぬぬ…(鈴達と牽制し合っていたのがいけなかったか。ラウラに意識を向けていなかった…無念)」

「やられたわ、まったく…(セシリアやシャルロットは勿論だけど箒も何気に金持なのよね。アタシも代表候補生として補助金とか貰ってるけど、思考が庶民的だからプレゼントのインパクトというかスケールというか、値段的な意味で負けてるってのに…)」

「むぅ~!(ど、どうしよう!みんなのプレゼントより絶対地味だよ僕の!?)」

 

睨みあってバチバチと火花を散らす箒達。プレゼントを貰うだけの筈なのに何だろうこの緊迫感は…。

 

「善意でプレゼントしただけなのに何故か責められた。何を言っているの分からないが私も何なのか分からない」

「お前もだいぶ毒されてきたよな」

 

きっとのほほんさんの部屋にある漫画の影響だろう。やれやれだぜ。

 

「あはは、一夏くん達と一緒に居るとほんと退屈しないねぇ♪」

「他人事のように…」

 

人の不幸を笑う楯無先輩に俺は恨めしそうにジト目で睨みそう溢すが、睨まれた本人は「他人事だからね」と悪戯な笑みを浮かべる。

 

「ぐぅ…」

「呻かない呻かない。それより良いのかな?一夏くんにプレゼントを早く渡したいのはあの子達だけじゃないみたいよ?」

「へ?」

 

そう言って楯無先輩はクスクス笑ってちょんちょんと下を指差す。言われるままに下に視線を落とせば、そこには大事そうに両腕でぎゅっと抱えて此方をじーーーっと見上げるミコトが立っていた。

腕に中に抱えられている物がきっとセシリアの言っていた、ミコトが俺のために悩みに悩んで用意してくれたプレゼントなのだろう。

 

「それ、俺にくれるのか?」

「ん!」

 

後ろの方で何やら騒がしくなっているのを無視して、屈んでミコトの視線に合わせて訊ねるとミコトは大きく頷き、抱きかかえていたプレゼントをぐいっと両手で突き出すような形で差し出してくる。そんな少し不器用な渡し方に俺は微笑ましく思いつつ、「ありがとう」と感謝を述べてそれを受け取った。

ミコトから渡されたリボンで包装された縦長の箱。重さは先程のラウラがプレゼントしてくれた物より少し重いくらいだろうか?これだけだと中身が何なのかまでは分からない。開けても良いかと訊ねようとしたのだが、ワクワクと感想を待ち侘びているミコトを見てそれは止めた。答えなんて目の前の少女を見れば聞かずとも分かると言うものだ。

これは下手な感想は言えないなと、俺は重大な責任に苦笑しつつリボンを解いていく。プレゼントしてくれた本人の手前、ラッピングを剥がす時は丁寧にだ。

 

「………ん?これは…」

 

箱のふたを開けると中には、何かの花を象った置物らしきものが……いや、少しゴツゴツしすぎる気もするが、頭に紐を通す輪っかがあるのでたぶんこれは…。

 

「ネックレス…にしては随分でかすぎやしないか、これ」

 

もし、これを首に掛けた場合。このデザインと大きさは普段生活するのに邪魔にならないだろうか?

 

「ん。コレね?こうやって使うの」

 

ミコトは箱からネックレスを取り出すと、茎の部分から一つ花を取り外し手に取る。どうやら複数ある花の一つ一つが取り外しが可能になっているようだ。手に取った花に買った時に一緒に付いて来たと思われる紐を通して自分の首に掛けて見せた。

 

「こうやって、ひとつ、ひとつ、皆にわけるの」

 

一つ、また一つと茎から花を摘みながらミコトは楽しそうに語る。ぺアネックレスって奴か?『ペア』って数じゃないけど……っていうか。

 

「えっと、これが俺のぶんか?」

「ん」

 

最後に残ったものを俺は指差し訊ねると、ミコトは平然とした顔で頷く。

俺が渡されたのは花が全て摘み取られて残った茎の部分。最早それは棒でしかなくアクセサリーと呼ぶにはあまりにも飾り気のない物だった。

 

「それ、今は花咲いてない。でも…」

 

摘み取った花を持ってミコトは未だに睨み合っている箒達の中心に割って入ると、摘んだ花を一つずつ皆に配り始めた。

 

「むっ?」

「え?ちょっ、なによ?」

「ミ、ミコト?」

「あら?これは…」

 

いきなりの乱入と、なんの説明の無いまま渡された掌の上で転がる花に、皆は顔をきょとんとさせられてしまう。例外をあげるならセシリアだけがミコトに渡された物に最初は驚き、そして次第に優しい微笑みへと変えていた。セシリアはミコトと一緒にプレゼントを選んでいたので、ミコトのプレゼントが何か知っていたからだろう。そして、そんな皆の反応を見て満足したミコトはその輪から外れて、次は更識家の皆のところへトテトテと駆けて行く。

 

「あれ、私達にもくれるのかしら?」

「ん。たっちゃんも虚も友達だから」

 

「友達だから」その言葉に花を取ろうと伸ばしていた楯無先輩のピタリと手が止まった……気がした。

それは一瞬で、もしかしたら俺の気のせいかもしれない。それだけ判断に困る程の刹那の時間だったから。それに、楯無先輩は笑っている。とても嬉しそうに。そんな楯無先輩がミコトからのプレゼントを拒む理由は無いのだから。ならやっぱり気のせいなのだろう。

 

「……そっか。ありがとね、ミコトちゃん」

「ふふ、大切にするわね」

「ん!」

 

その感謝の言葉を聞くとまた満足そうに微笑んで、楯無先輩の横をすり抜けて次はのほほんさんのところへ。

 

「本音と、簪も」

「わぁ~!わぁ~!ありがとーみこちー!いっしょー大切にするねー!」

「え?わ、私も貰っちゃっていいの…?」

 

ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶのほほんさんとは違い、簪の方は花のネックレスを受け取ることに躊躇いがある様だった。

 

「ん。簪も友達」

「で、でも……私、皆と違って知り合って一ヶ月くらしか無いのに……」

 

確かに簪はこの場に居る人間の中で一番付き合いが短い。ミコトと知り合ったのは学園祭前ごろの筈だから一ヶ月程か。

…ああ、なるほど。つまり簪が言いたいのは、ミコトが親しい友人にこの花のネックレスを配っているというのなら、短い付き合いでしかない自分が貰って良いのかと言いたいらしい。しかし、俺が思うにそんな一緒に過ごした時間の差なんて誤差の範囲だと思うが……。だって、たった数カ月の差だろう?

 

「関係ない」

「そーだよー。そんなの関係ないよー」

「だ、だけど……」

 

いつまでも悩んで受け取ろうとしない簪に、ミコトの表情にもだんだんと不満の色が濃くなりだした。するとそこに楯無先輩が乱入する。

 

「え?いらないの?それじゃあ、私が貰っちゃおうかな~?」

「! ダ、ダメッ!?」

 

そんな意地の悪いこと言って、楯無先輩は横からミコトの掌に乗っている花に手を伸ばす……が、その手は届く前に簪が慌ててミコトの手から自分のぶんの花を掴み取った。

 

「まったく、最初から素直に受け取ればいいのに」

「お、お姉ちゃんのいじわる…」

 

顔を真っ赤にして簪は恨めしそうに「う~っ」と小さく呻き声を洩らす。

 

「ほーら、膨れてないで

ミコトちゃんにちゃんとお礼を言わないと」

 

その言葉を聞いて、姉に花のネックレスを盗られまいと必死になって、まだ自分はミコトにお礼を言っていない事を思い出しまたまた焦り始める。

 

「あっ…その……えっと!?………ありがとう」

 

小さな本当に小さなボソボソとした声で感謝の言葉を洩らした簪。顔はもう林檎のように真っ赤っかである。

 

「ん。もらってもらえて、私もうれしい」

 

先程までの不満そうな顔は何処へやら。簪のその言葉を聞いた途端、ミコトの表情はパァと花が咲いた様に綻ばせて微笑む。ころころと表情を変えて忙しないミコトだが、それも半年前は殆ど表情を動かす事が無かったと言うのだから凄い変わり様である。ああ、変わったと言えば……。

 

「ラウラも、はい」

「ミコト……ありがとう。大切にするよ」

 

そう、ラウラだ。ミコトにネックレスを貰い微笑んでいるラウラも、出会った頃とは随分と丸くなったものだ。出会った当初の抜き身のナイフの様な鋭い雰囲気はもう無く、クラスメイトからはその実力もあってか頼られる存在となっていた。いや、ラウラだけじゃない。皆そうだ。皆ミコトと関わって変わったんだ。きっと……。

 

「一夏」

「おう、おかえり」

 

花を配り終えたミコトが達成感に満ち溢れた顔をして戻ってくる。

 

「えっとね。今は花咲いてなくても、皆が揃ったとき、この花、咲く」

「………」

 

ミコトの言葉を聞いて俺は皆を見回す。状況に理解出来ずに渡されたネックレスを凝視する者や、嬉しそうにネックレスを眺めたり首に掛けたりする者など様々だ。

 

「皆がいっしょの時に、綺麗に咲くの。だからね」

 

ミコトが自分の持っている花を俺の持つ茎の部分と重ねて微笑む。

 

「一夏が咲いて欲しいなって思った時、皆を呼べばいい」

 

その言葉を残しミコトは皆の輪の中へと戻っていった。戻った途端シャルロットやのほほんさんに抱きしめられたり、鈴に照れ隠しに頭をぐしゃぐしゃに撫でられたりと、皆にもみくしゃにされて大変そうなミコト。そんなミコトを見て俺はネックレスに視線を落とし先程ミコトが言った言葉をぼそりと呟いた。

 

「皆を呼べば……か」

「一夏さんはライラックの花言葉をご存知ですか?」

「え?」

 

皆の輪から外れてこっちにやってきたセシリアが、首に掛けた花のネックレスを撫でながら

 

「ライラックの花?」

「このネックレスのモチーフとなった花のことですわ。それで、ご存知ですか?」

「いや、花の事とか詳しくないし…」

「ふふ、まあ殿方はそう言ったものには興味が無いのは仕方ありませんわね」

「わ、悪かったな。教養が無くて」

 

口に手を当ててクスクスと苦笑するセシリアに、俺は無知な自分が少し恥ずかしくなって不貞腐れた様に返す。

 

「いいえ、別に馬鹿にしてる訳ではありませんのよ?それで花言葉なのですが、『友情・青春の思い出・純潔・初恋・大切な友達』などがありますの」

 

友情・青春の思い出・純潔・初恋・大切な友達……か。

 

「へぇ、友達に関係するのが多いんだな」

「そうですわね。うふふ、ミコトさんの想いが伝わって来ませんか?」

 

ほんのり頬をピンク色に染めて、嬉しそうに首に掛けてあるネックレスを両手で優しく包み込みながらセシリアは微笑み、セシリアの言葉に俺も微笑んで頷く。

 

「………ああ、そうだな」

 

皆に囲まれて微笑むミコトを見てもう一度ネックレスに視線を落とす。これはミコトの想いが沢山籠った贈り物で、ミコトの願いそのものであり、『絆』そのものなんだ。大切にしなくちゃいけない。ずっと、ずっと大切にしよう。ずっと…。

こうして、俺の16歳の誕生日は終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

「誕生日会が終わったと思ったら今度はお泊り会とはな……」

「ん」

 

自販機の光に照らされてミコトと二人並んで立つ。

誕生日会からお泊り会へとシフトチェンジし、物資不足となり飲み物の補給のため、俺とミコトは自宅から最寄りの自動販売機へやって来ていた。最初は今日の主役にそんな事はさせる訳にはいかないと周りに言われたが、もう俺の誕生日会は終わっている訳で、それに俺は今日何もしていなかったので買い出しを志願した。……のだが、流石に全員分のジュースを持つことは無理だとミコトが言い出して、ミコトも一緒に付いてくることになったのだ。

 

「さってと、誰がどれだったかなぁ………って、あれ?」

 

財布を取り出そうとポケットに手を入れたのだが財布の感触が無い。慌てて上着のポケットも調べるも財布は見つからない。どうやら財布を家に置いて来てしまったらしい。

 

「……やっべ、家に財布忘れてきた」

「oh……」

 

……仕方が無い。家に戻って取ってくるか。

 

「悪いミコト。すぐ戻ってくるからちょっと待っててくれるか?」

「ん。待ってる」

 

そうミコトが小さく頷くのを見てから俺はミコトと別れ、財布を取りに駆け足で家へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

………。

 

きっとその時の俺は気が緩んでいたのだろう。平穏な日々がしばらく続いていたから。こんな市街地で万が一のことなんて起こる訳が無いと…。

 

今思えばあの時、ミコトと別れなければ、ミコトを一人にしなければ、もう少しは幸せで平穏な日々が続いていたのかもしれない。少なくとも、あの日からミコトが笑顔を失う事は無かったのかもしれない。

 

よりにもよってあの日。あのネックレスを貰った日に、ミコトの笑顔が失われる事になるなんて……。

 

 

 

 

 

 





…………(ニコッ

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