IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第58話「心壊」

 

 

 

月明かりが照らす夜。黒と白は再び出会う。

それはまるで鏡合わせの様な瓜二つの少女。片や黒、片や白といった髪の色に違うはあるものの、その容姿は殆ど変わりはしない。黒き少女が纏う狂気を除いては…。

 

「一月ぶりか。相変わらず不愉快な顔をしているな贋作」

「あなたも同じ顔」

 

まるでミコトを人だと思わぬ言い様。しかしミコトはそれを気にした様子もなく相変わらずの無表情で返し、少女は不快そうに表情を歪め舌打ちする。

 

「チッ……今此処で切り刻んでやりたいが、それでは私の虫が収まらん。近いうちに奴が事を起こす。その時にこの前の借りと一緒にお前を叩き潰してやる」

「? ん」

 

少女の言葉の意味を理解している訳でもないのに頷くが、それが彼女を余計に機嫌を損ねる事となる。

 

「貴様……」

「ん?」

 

少女から放たれる殺気が辺りの空気を震わせる。常人ならその殺気を向けられれば気を失ってしまうことだろう。

しかし、この少女。ミコトに限っては例外だった。純粋故に人の根本を見る事が出来るミコトだが、その純粋の所為もあってか人間の俗な部分には疎い。嫉妬や怒り、そう言った人の負の感情はミコトにはあまり理解出来ない物だった。そして、それが自身に向けられる物なら尚更。

自身に向けられる殺気にすら気付いていないミコトに、恐怖や暴力で屈服させるこの少女ではどうあってもミコトの怯ませることは出来ないだろう。

 

……だからこそ、それが引き金となった。

 

「………気に喰わない」

 

夜の街道に怨嗟の籠った声が響く。

 

「気に喰わない気に喰わない気に喰わない気に喰わない気に喰わない気に喰わない気に喰わない気に喰わないきにくわないキニクワナイ!お前のその澄ました顔が!出来そこないの贋作の分際で満ち足りたその顔が!」

 

その白い髪は失敗作の烙印。作られた模造品の中で最も粗悪な物だと言う証。だと言うのにも関わらずこの人形にもなれなかったガラクタは、それを負い目に思うどころか気にした様子もなく自身の生を謳歌していた。出来損ないの分際で、だ。そして、少女が何より許せなかったのが、ミコトの確固とした揺るがない意志を秘めた瞳。少女に怯む事が無かったその意志の強さが何よりも少女は気に喰わなかった。

 

――――コワシテヤル……。

 

そうだ壊してしまおう。その自信を、その意志を、その心を、滅茶苦茶に…。そんなどす黒く禍々しい狂気が少女の中で蠢き、ミコトを見た少女の顔にはニタァと口の端を頬までつり上がる。

 

 

「――――」

 

 

「…………ぇ?」

 

 

少女の呟いた言葉。それを耳にしたミコトは目を大きく見開く。

 

 

少女の口から告げられた真実。母と過ごした幸せな日々、。暖かな思い出。そしてあの時に交わした約束。それらが音を立てて砕け散りミコトは唖然と立ち尽くす。

 

 

そして……。

 

 

帰る場所を失ったミコトの瞳から光が消えた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第58話「心壊」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑一夏

 

 

「まったく!夜道に女の子を一人置いていくだなんて信じられませんわ!紳士にあるまじき行為ですっ!」

「度し難いなお前は!」

「誠におっしゃる通りです…」

 

俺の前を先導して走るセシリアとラウラに罵声を浴びせられながら自動販売機への道を行く。

こんな夜中に女の子を一人置いていくだなんて不用心も良い所だ。ここ最近平穏な日々が続いていて、しかも誕生日パーティーに浮かれて気が緩んでしまっていたのかもしれない。

この辺りは治安は良いが以前の時の様な事もある。不安に駆られながら走っていると、自動販売機の前で立っているミコトの姿が見えた。別段何かあった様子も無く。自販機の光に照らされながらぽつんと街道に佇んでいる。良かった。どうやら大事になることは無かったようだ。

 

「はぁ…良かった。おーい!ミコト……あれ?」

 

俺はミコトの姿を見てホッと安堵してミコトと声を掛けようとしたのだが、ふとある事に気付く。

 

……ん?誰かいるのか?

 

ミコトの視線の先、暗闇の中から人影が見える。何か会話している様だったが、この暗さと離れた距離では会話の内容やその話相手の顔までは確認することは出来なかった。そしてその人影は俺達がやってくるのを見ると、ミコトに背を向けて暗闇の中へと消えて行った。

その闇に消えていくその後ろ姿を、刹那とも言える程の僅かな時間だったが俺はこの目ではっきりと見た。

 

え?……千冬姉?

 

見間違える筈もない。俺はその後ろ姿を毎日見ているのだから。そう。闇に消えて行った後ろ姿は千冬姉の後ろ姿と似ていた。でもそんな筈は無い。千冬姉は教師が一緒に居ては楽しめぬだろうと気を利かせてくれて、今日は家に戻って来ない筈だ。もしかして顔だけ出しに来たのだろうか?でもそれだと俺達に会わずに帰るのはおかしい。ミコトの横で立ち止まり闇に目を凝らすがもう先程の人影は見当たらない。確認しようと思ったが無理な様だ。けれど…。

 

「………」

 

ラウラは険しい表情を浮かべて人影が消えて行った暗闇を睨み続けていた。今さら気付いたが右手には拳銃が握られていた。

 

「ちょっ、ラ、ラウラ!?」

「……いや、なんでもない」

 

そう言ってラウラは暗闇から視線を外すと、持っていた拳銃を懐へとしまう。拳銃なんて物騒なもの取り出して何でもなくは無いだろ。銃刀法が息して無いってレベルじゃないぞ。

 

「ふぅ、何事も無くて良かったですわ。ごめんなさいね、ミコトさん。一夏さんには一度紳士としての心構えをしっかり教育しておきますから」

 

こっちはこっちで何を言い出すんだ。

 

「おいおい。確かに今回は俺が不用心過ぎたけどそれはないだろ?」

「い・い・え!これは常識の問題ですわ!家に戻ったら覚悟して下さいまし!」

「うぇ~…ミコトからも何か言ってやってくれよ。…ん?ミコト?」

「ミコトさん?」

 

俺達の呼び掛けに反応を示さないミコトに、俺とセシリアは不審に思い目を合わせる。元々ミコトは口数が少なくはあったが、此方が話しかけたら首を傾げたり頷いたりして何かしらの反応を返してくれたのだが、今のミコトは虚空を見つめたまま此方を振り返る事さえしない。これはいよいよもっておかしい。

 

「ム、どうした?」

「いえ、ミコトさんのご様子が…。ミコトさん?ご気分でも悪いのですか?だったらわたくしはおぶって………え?」

 

ポンとミコトの肩に手を置き後ろから顔を覗き込んだセシリアはミコトを顔を見て言葉を失う。

 

「ミコト……さん?」

「………」

 

もう一度セシリアはミコトの名を呼ぶ。けれど、ミコトは反応しない。

 

ガバッ!

 

「っ! ミコトさん!聞こえていますの!?ミコトさんっ!!」

「お、おい!?どうし―――うっ」

 

顔を蒼白にして強引に振り向かせ両肩を掴んで激しく揺らしだしたセシリアの豹変に、俺は驚いて訊ねようとしたが振り向き様に涙を滲ませた瞳に鋭く睨まれ言葉を詰まらせる。

 

「どうしたも何も…!ミコトさんを見て分からないのですかっ!?」

「えっ………っ!?」

 

セシリアに言われて漸く俺はミコトへ意識を向け。そして、セシリア同様に言葉を失った。

 

「ミコト………なのか…?」

 

何を当たり前の事を言っているのかと言われるかもしれない。目の前に居るのは誰がどう見てもミコトだ。容姿も背格好も髪の色もミコトの筈……なのに…。

 

「………」

 

俺の瞳に映るミコトはまるで抜け殻だ。生気を感じられない魂の抜けた人間の抜け殻。表情を変える事の無い人形…。

確かに俺の知っているミコトは口数が少なくて普段は無表情だ。でも、でもこんな人形の様な表情をする奴なんかじゃない。アイツの瞳は夢が希望で輝いていて、こんな感情の無いガラス玉の瞳をする様な奴なんかじゃ…。でも、今俺の目の前に居るのは……。

 

「ミコ……ト……」

 

変わり果てたミコトを見てラウラは呆然と立ち尽くす。ミコトに駈け寄ろうともせず、ただ表情を絶望に染めて立ち尽くしていた…。

 

「何が…!何があったのです!?応えて…!返事をして下さいミコトさん!ミコトさんっ!!」

「………」

 

ミコトをぎゅっと力いっぱいにに抱きしめてセシリアは懸命に何度も、何度も呼び掛ける。けれど、ミコトは何を言わない。カクンカクンと首を人形の様に揺らすだけだ。

 

何が…一体何があったんだ…。何が…。

 

別れるまでは笑っていたんだ。パーティー楽しかったって…。俺が居なかった数分の間に、ミコトをこんな姿にしてしまう出来事があった。けれど、それが何なのか俺達には分からなかった…。

俺が…俺があの時ミコトを置いていかなければ…。過ぎた事を今更悔やんだそんな時だ。

 

「………んだ……って…」

 

セシリアの呼び掛けに反応を示さなかったミコトが、初めて言葉を溢す。

 

「! な、何ですか?今何とおっしゃいまして?」

 

漸く見せてくれた反応にセシリアは顔を綻ばせ、溢す言葉を聞きとろうとミコトの口元に耳を寄せた。だが…。

 

「死…んだ……って…」

「………ぇ?」

 

ミコトの口から零れた言葉は、あまりにも残酷な物だった…。

 

「クリ…ス……死んだ…って……もう、会え…な……帰る場所……ないって……」

 

光が消えた瞳からポロポロと零れ落ちる涙。途切れ途切れの力の無い弱々しい声。それを目にして、耳にして、今度こそ俺達は何も言えなくなってしまう。

 

「…………は?……え…?」

 

『クリス』その名を俺はよく知っている。ミコトと特別親しい人間は誰もが知っている名だ。ミコトからよく聞かしてくれたから。

初めての体験、面白かった出来事、その度にその名が出てきて、その度にミコトは「帰ったらクリスに自慢する」と笑顔で話していた。それがミコトの口癖だった。そう、ミコトはそれだけ家に帰る事を心待ちにしていたのだ。なのに、なのにこんな…。

 

こんなのってありかよ…。

 

俺と別れた後に何があったのかは分からない。ミコトの言う事が本当の事なのかは分からない。でも、それが本当だとしたら…。

 

ミコトはあんなに楽しみにしてたんだぞ?あんなに頑張ってたんだぞ?夏休みは家に帰りたくても帰られずに寂しそうにしてたんだぞ?それでも我慢して頑張ってたんだぞ!?

 

「――――ッ!」

「っ!?ラウラ!?」

 

突然走りだしたラウラ。慌てて呼び止めようとしたが止める間も無くラウラは夜の街道へと消えてしまう。

 

「………なん…だよ…」

 

楽しい誕生日の筈だった。さっきまではそうだったんだ。なのに…。

 

「なんなんだよ…」

 

幸福に満ちた日常は脆くも崩れ去り、絶望に満ちた世界へと一変する。

 

急速に移り変わる現実に頭が付いて行けず。俺はもう何が何だか、如何したらいいのか、頭の中がぐちゃぐちゃで分からなかった。目の前に泣いているミコトが居るのに俺は何も言ってやれず、ただ立ち尽くしてセシリアに抱きしめられて泣いているミコトを眺めている事しか出来なかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

 

「はぁ…はぁ……っ!」

 

何処だ!?何処に行った…!?

 

辺りを注意深く見回しながら暗い夜道を凄まじいスピードで駆け抜ける。あれから時間は経過していない、必ずまだこの近辺に居る筈だ。ミコトをあんな姿にした奴が――!

既に眼帯は外され金色の瞳は闇を睨み殺してやりたい程憎い獲物を探す。時折通りかかる一般人が私に向けられた殺気に悲鳴をあげるが、それを無視して私は只管に走る。走って、走って、走り続けて…………やがて、その足をピタリと止めた。

 

「…………」

 

分かっていた。追い付けないことぐらい。何者かは知らないが、あの情報を知っていると言う事はその筋の人間。みすみす捕まる様な真似はしないだろう。そんな事は分かっている。分かっているのだ。しかし…。

 

―――クリ…ス……死んだ…って……もう、会え…な……帰る場所……ないって……。

 

ミコトのあの泣き顔を見て、黙って見過ごす事なんて出来る筈が無いだろう!?

 

しかし結果はこれだ。結局はこうして逃がしている。ミコトをあんなにした犯人を捕まえる事が出来なかった。

 

「クソ、クソ、クソクソクソクソ………クソッ!!」

 

何度も、何度も、吐き捨てる。悔しくて、悔しくて。自分の愚かしさと無能さが只管に悔しくて…。

未然に防げた筈なのだ。私がミコトから目を離さなければこんな事態にはならなかった。私の気の緩みがミコトを傷つけた。私がミコトの心を『殺した』も同然ではないか。

 

「クソオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」

 

無念の叫びが夜の市街地に虚しく響くのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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