IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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第63話「終わりの足音」

―――Side 織斑一夏

 

 

「キャノンボール・ファストかぁ…色々な事があり過ぎてすっかり忘れてたな」

 

もう目前にまで迫るキャノンボール・ファストの存在を、千冬姉に言われるまですっかり忘れていた俺は頬杖をついて気の抜けた声でそうぼやいた。

ミコトの体調が回復して気が緩んでいるのだろう。身が引き締まらずだらーと自分の席でだらけていて、その見っともない姿はまるで某RPGゲームに出て来るバブルスライムの様である。

―――と、俺がダラダラとしているところ。そんな俺を見かねてセシリアがかみなりが落ちる。

 

「一夏さん!キャノンボール・ファストが目前に迫っていると言うのに何ですかその体たらくは!見っともないですわよ!」

 

委員長タイプなセシリアにどうも今の俺の態度がお気に召さなかったらしい。ぷんすかと擬音が聞こえてきそうな程に怒っていた。

そして、そんなセシリアに続いて他の代表候補生たちも俺を叱り始める。

 

「なっさけないわねー。もっとシャキっとしなさいよシャキッと!」

「そうだよ一夏。それに織斑先生も言ってたじゃない。今度のキャノンボール・ファストではちゃんと結果を出せって」

「まったくだ。情けない結果を出して教官に折檻されるのは貴様なのだぞ?」

「うん。気を引き締めないと…駄目」

 

だらける俺とは違い代表候補生組は各々やる気に満ち溢れ……ていると言うより、焦っているのか?放課後の自主練もいつも以上に気合が入っていると言うか切羽詰っていると言う感じだ。

 

「わかってるんだけどな……それにしても皆なんか落ち着きが無くないか?」

「そりゃアタシ達は結果が芳しくなかったら千冬さんだけじゃなくて国の担当官からもお叱りが待ってるからね」

「ええ、わたくしは代表候補を務める代わりに色々と国から援助を受けておりますから、好ましくない結果を出すと代表候補の資格を剥奪されてしまいますの。それだけはなんとしても阻止しなくては…」

「僕はIS適性が高いから性別を偽ってた罪を許されてるところもあるから、良くない結果は出せないよ…」

「祖国の誇りに泥を塗る訳にはいくまい」

「うん。国を代表してる…訳だから…」

「ふ~ん…」

 

皆それぞれ色んなものを背負っている。その事実を皆の話を聞いて改めて皆が国の代表なのだと認識する。

そう考えるとなんだか皆が遠い世界の人間のように思えてきてしまい、なんだか疎外感を感じてしまった俺は仲間を求めて箒へ話を振った。

 

「代表候補生って大変なんだな。な、箒?」

「…おい、それでは私もお前の様に腑抜けている様ではないか」

 

俺と同じ代表候補ではない箒が俺の発言にピクリと反応して異議を申し立ててくる。俺と同類にされるのは気に入らないらしい。凄い不満そうな表情で俺に向けている。

 

「え?」

「え?ではない!私とて日々鍛錬に勤しんでいる!お前と一緒にするな!」

 

ダンッ!と竹刀で床を突きウガー!と威嚇してくる箒。

なんと…。まさか仲間だと思っていた箒が裏切っていたとは…。これはもう俺の味方はのほほんさんしかいないのか。そう思い俺はのほほんさんに視線を移すと俺の視線に気づいたのほほんさんは…。

 

「私だってお菓子を食べるっていう仕事を頑張ってるよー!」

 

ぷくぅと頬を膨らませてそのダボダボな袖をぶんぶんと振り回して抗議してくる。嗚呼良かった。のほほんさんは何処までものほほんさんだった。

 

「…何を安心しているのか知りませんけれど、お仲間が居た所で一夏さんが怠けている事には変わりませんのよ?あと本音さん?後でお話があります」

「ぐっ…」

「っ!?うぐぅ~…」

 

セシリアはじとーっと俺を睨み咎めつつ、尚且つ自身に矛先が向くと予知してこっそり逃げ出そうとしていたのほほんさんを見逃さない。俺とのほほんさんは親に叱られる子供の様にしゅんっと縮こまるしかなかった。

…しかし、確かに皆が言うのも尤もだ。ミコトが元気になったからと言って少し気が緩み過ぎてしまったかもしれない。強くなるんだと決意した手前こんな体たらくでは誠によろしくない。それに、またいつかミコトをあんな目に遭わせた奴が現れるか分からないのだ。今一度覚悟を決めて気を引き締めなおす必要がある。

 

「………うしっ!」

 

パンッ!

 

俺は自らの両頬を思いっきり叩き教室全体にその音を響かせた。そんな俺の突然の行動を見て皆がきょとんとする。

 

「い、一夏さん?突然どうしましたの?」

 

俺の目の前に立っていたセシリアは恐る恐る俺に訪ねて来る。む?何だ?人を変な物を見るような目で見てきて…?

 

「ん?ああ、気を引き締めなおしただけだよ。皆の言うとおり気が緩み過ぎてたからな」

「まぁ、そうでしたの。突然自分の顔を叩くものですから驚いてしまいました。ですが理解して頂けたのでしたら良かったですわ」

「ああ、もう大丈夫だ!」

 

そう言って俺は少しヒリヒリする顔を引き締めてぐっと握り拳を作ってみせると、セシリアは「やはり殿方はこうでなくてはいけませんわね」と、ご満悦な表情で微笑む。どうやら失望されずには済んだらしい。しかし、それとは反対に…。

 

「尻を叩かれなければ動かないのもどうかと思うがな」

「同感だ」

「ぐっ…ぬ…」

 

冷たい視線を向けて来る箒とラウラ。自分が完全に非があるとはいえ、この二人は本当に容赦がない。冷たい視線がグサグサと刺さってとても痛く、再び俺は縮こまってしまう。

 

「ま、まあまあ。一夏もやる気出してくれたんだからそれで良いじゃない。ね?」

 

そんな俺を見かねてシャルロットが間に割って入って俺を庇ってくれた。それにより俺に向けられていた視線も弱まる。けれど、その矛先は俺ではなくシャルロットに向いてしまい…。

 

「シャルロット。あまり甘やかし過ぎるのは一夏にも良くないぞ。大体、いつもお前は一夏を甘やかしてだな」

「あ、あははぁ…。甘やかしてるつもりは無いんだけどなぁ…?」

「いいや甘いな。そんな事だから一夏はいつまで経っても…」

 

くどくど…。

 

自身に矛先が向けられて今度はシャルロットがたじたじになってしまう。くどくどと長い説教を受けながら、シャルロットは俺の方をちらちらと見てきて助けを求めて来る。

しかしこの状況を俺に如何にかするのは無理難題に等しい。俺が何か言ったところで「お前が言うな」と返されるだけだ。しかもまた矛先が俺に戻ってくる。と言う訳で―――。

 

「(すまん!)」

「(ひどいよ一夏!?)」

 

シャルロットには尊い犠牲になってもらうと言うことで、手を合わせてごめんのポーズをとると、シャルロットはガーンと効果音が聴こえてきそうな表情を浮かべる。そんなシャルロットを見て罪悪感で胸を痛めつつ、「すまぬ。俺にはどうする事も出来んのだ…」と、心の中でそう謝罪するのだった。

 

―――カランッ…。

 

……と、俺達が騒いでいるところに何かが床に落ちる音が響いた。

それは小さな音だった。騒がしい教室の雑音にかき消されてしまう程の小さな音。けれど、それが何故かやけに大きく響いたかのように聴こえしまい。教室はしんと静まり返ると皆の視線がその音の発生源へと向けられる。

 

「……お~?」

 

皆の視線が集中するの先には、数日間欠席していたため宿題やらが溜まっていて一人自分の席でその処理をしていた、不思議そうに首を傾げて床に落ちた自分のシャープペンシルを眺めているミコトの姿があった。

ミコトは席を立って床に落ちたシャープペンを拾おうと手を伸ばす…。

 

カランッ…。

 

…また落とした。

二度三度。拾っては落とし拾っては落としの動作を繰り返して、漸くシャープペンシルを拾うことが出来ると、今度はしゃがんだ体勢から起き上がろうとしてバランスを崩してコテンと尻餅をついてしまう。

 

「「「「「「「ミコト!?」」」」」」」

「ミコトさん!?」

「み、みこちー!?」

 

これにはそれまで黙って見ていた俺達も慌ててミコトへと駆け寄ってミコトを抱き起した。

 

「おいおい!?大丈夫かミコト!?」

「どこか調子が悪いんですの?ミコトさん!?」

「おー…?」

 

また臨海学校の時の様に突然体調が悪くなって倒れてしまったのではないか。俺達はそれを心配してミコトに訊ねたのだが、尋ねられた本人は俺の腕に抱えられてたまま何の答えずにただ不思議そうに自分の手に持っているシャープペンシルをぼーっと眺めている。

 

「みこちー?大丈夫ー?」

「?」

 

のほほんさんは俺の腕をぬっと強引に横から割り込んでミコトの顔を覗きこんで安否を心配する。けれどミコトはどうしてそんな事聞くのかと不思議そうに首を傾げるだけだ。

ミコトは皆の顔を不思議そうに眺めて、そしてもう一度自分の持つシャープペンシルへと視線を落とす。そしてそれから暫くじーっとそのシャープペンシルを見つめていたのだが、急に俺の顔を見て来たと思ったらすっと俺の顔に手を伸ばしてきたのだ。

 

しかし…。

 

俺の顔へ伸ばされた手は、顔を通り抜けて明後日の方向へと向かっていき虚空を切る。

俺は何をしているんだ?と首を傾げていたが、ミコト本人もかなり戸惑っている様子で必死に何かを何度も何もない場所を探っていた。そして次第にその表情は怯えへと変わっていく。

 

「どうしたんだ?ミコト?」

「ぁ……」

 

俺は心配になってミコトの手を掴むと、ミコトは小さく安堵の声を洩らした。

 

「本当にどうしたの?気分でも悪いの?」

「ミコトさん?どうなんですの?」

「んー…わかんない」

「分からないって、アンタねぇ…」

 

分からないって事は無いだろうとは思ったが、言っている本人も本当に分からないようで戸惑っている様子だった。これ以上問い詰めても逆にミコトを困らせるだけだと思いそれ以上深くは問わなかった。

無論、皆納得している訳じゃない。この間の様な事があったばかりだ。また倒れてしまうのではないかと俺達も、クラスの皆も心配そうにしてミコトを見ていた。しかし、そんな中…。

 

「まさか…もう…なのか…?」

 

ラウラがだけ深刻そうな表情を浮かべて何かをぶつぶつと呟いていた。

おかしい。こんな時、ミコトに過保護ないつものラウラなら大袈裟なくらいに騒いでいる筈だというに…。

 

「ラウラ?どうしたんだ?」

「っ!?……いや、何でもない。きっとストレスの所為で疲れが出たのだろう」

「え、はぁ?いきなり何を言って…」

 

ストレスによる疲れ?さっきのミコトのあの症状はそんなものによるものじゃ無かった。もっと別の何かによるものだ。しかし、ラウラは強引に話を推し進め、ミコトを俺の腕から奪うとミコトを背負う。

 

「う?ラウラ?」

 

ミコトはきょとんとした表情でラウラを見上げる。

 

「念のためだ。ミコトは保健室で休ませてもらおう。本音、教官にそう『報告』しておいてくれ」

「ほぇ?………あっ、うん…わかったよー」

 

ラウラの言葉に一瞬沈んだ表情を見せたかのように見えたが、やはり気の所為だったかいつも通りのぽややんとした笑顔で、のほほんさんは頷いて返事をすると教室を出ていく。

そして、その後に続くように指示を出したラウラも医務室に向かおうとミコトを背負って歩き出す。

 

「お、おい!待ってよラウ…」

 

それを俺は慌てて呼び止めてラウラの肩に手を伸ばしたのだが…。

 

「―――ッ!」

「うっ……」

 

振り向きざまに向けられた有無を言わさないその眼力に、伸ばされた手はビクッと止まり俺はたじろいでしまう。その眼はまるで氷の様に冷たく、触れるものすべてを拒むように「触るな」「関わるな」そんな感情が言葉にせずとも伝わってくる様だった。

しかし、その眼を向けられたのは一瞬で、さっきまでの冷たい眼が嘘だったかのようにラウラは微笑んだ。

 

「……フッ、心配するな。さっきも言った通り唯の疲れによるものだろう。あんなことがあったばかりだ。あまり騒ぎになるような事は避けたい。この事は黙っておいてくれ」

「あ、ああ……そう、だな…」

 

そう微笑んで背を向けて歩き出すラウラを、俺はもう引き止めようとはしなかった。いや、出来なかった。ラウラのあの眼を見たらそんな気なんて起きる筈も無かった…。

ラウラはまだ状況を呑み込めず不思議そうにしているミコトを背負って教室を出ていく。教室に残されたのは気まずい空気だけ…。

 

『………』

 

いつも通りの日常が戻ってきた。俺はそう思っていた。しかし本当にそうなのだろうか?俺はラウラが去って行った出入り口を眺めながら、そんな疑念を抱かずにはいられなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑千冬

 

 

「……老衰化が進んでいます。それも凄まじい速度で」

「…そうですか」

 

精密検査の結果が出たと聞いて、医務室へとやって来た私に保健医は一番初めにそう告げたのはそんな無情な台詞だった。

その報告に私は目を閉じて頷くしかなかった。分かっていたのだ。先日の事件がミコトの心と身体に大きな負担になっていたことも、それが身体に何らかの形で影響を及ぼすであろうことも…。

 

「殆どの臓器機能が60%程まで低下しています。正直、よく今まで普通に生活できていたのかが不思議なくらいです」

「我慢していたのでしょう。あれは人一倍我慢強い奴ですから」

 

身体の異変に気付かなかったと言う可能性もあるだろうが、あの少女は自分の死期を悟っていた節があった。こうなる事を予想して黙っていたのかもしれない。

 

「………それで、いつまでもちますか?彼女は」

 

本当はこんな事は聞きたくない。オリヴィアと親しくする者達の事を考えると、胸が苦しくなって事実を聞くことを拒みたくなる。しかし、自分は大人でそれと同時に教師だ。目を逸らすことは許されない。だから訊ねた。彼女が何時まで『生きられる』のかを…。

 

「いつその時が来ても可笑しくないです。先程も言いましたが、本当によく今まで普通に生活できていたのかが不思議なくらいなんです」

「………」

 

保健医の沈痛な面持ちで告げられたに現実に、ガツンと頭を殴られたかのような衝撃が奔り視界が大きく揺れ、身体のバランスが崩れそうになるのを何とか足に力を込めて耐えた。

 

「そう…ですか…」

 

いずれは来る事だと覚悟していた。そう遠くなる未来必ず訪れる事だと…。しかし、まさかその時がもう目前にまで迫って思いもしなていなかった。もしかしたら無意識のうちに甘い考えを抱いていたのかもしれない。まだ大丈夫だと、まだ時間はあると…。

 

「いつその時が来ても可笑しくない…」

 

もう一度、自分に言い聞かせるように復唱する。その瞬間脳裏に過ぎったのは自分の弟や生徒達の笑っている光景だった。その光景はどれも傍にはあの少女の姿があった。どれも幸せそうで温かな光景であった。その光景を思い描く度に胸が痛んだ。その時が来たとき、彼等一体どうなるのだろうと…。

 

「今すぐ設備の整った病院に入院させるべきです。少しでも長く生き長らえさせたいのなら…」

「……」

 

この医務室もISという兵器の取り扱うこの学園のものなだけあって、並の病院以上の設備は整ってはいる。しかし、病気などと言ったものとなるとやはり病院の方が設備も環境も上だろう。保険医の判断は正しい。オリヴィアを少しでも延命させたいのなら病院に移すべきなのだろう。しかし…。

 

本当にそれで…良いのか?

 

私は廊下の窓から見える青空へと目をやる。空はいつもと変わらず青く澄み渡り何処までも続いてた。

オリヴィアを病院に移す。そうなればあの少女は残りの人生を病院の狭い一室で送らなければいけなくなる。残った時間をずっと病室の小さな窓から見える狭い空を眺めながら生きて……そして死んで逝く事になるだろう。しかし、それは果たして生きていると言えるのであろうか?自由を奪われ、夢を奪われ、狭い部屋に閉じ込められて、ただ無意味に生かされる余生に何の意味があるのか?それはあの少女が最も嫌うものではないのか?

 

「オリヴィアは今まで通り学校を通わせる。最後まで、普通に生活できるまで…」

「は?しょ、正気ですか織斑先生!?先程も言ったでしょう、いつ倒れても可笑しくないんですよ!?」

 

私の発言に保健医は信じられないと言った面持ちで私に考えを改めるよう説得してくるが、私は決定を曲げる気は無かった。最後まであの少女の好きにさせよう。そう決めたのだ。

 

「例えそうだとしてもオリヴィアはそれを望むだろう。そして、あの子の母親も…」

 

あの少女の母親は娘の幸せを願った。だからこそ先が短い人生であったとしても少女をIS学園へと送ったのだ。己の命を犠牲にして…。

 

「どれだけ長く生きたかではない。どんな生き方をしたか。それが重要なのだと私は思う。少なくともあの少女には…」

「ですが…」

「貴女の言うことも正しいだろう。生きていれば良いこともあるかもしれない。しかし、それは人並みに人生を謳歌した人間だからこそ言える言葉だ。あの少女は余りにも生きてきた時間が短すぎる。やりたいことも殆ど出来ていない。それなのに残りの人生を病室に閉じ込めて自由を奪って何があの少女のためになると言うんだ?」

 

あの少女は生まれて1年するかどうか程度の時間しか生きていない。その短い時間の中でどれだけ少女のしたかったことが出来たであろうか。殆ど出来ていない。時間さえあれば人並みの幸せを得られたかもしれない、人並みに恋をすることだって出来ただろう。けれどそれは許されない。ならば残り短い時間を少女の好きに使わせてあげるのが、少女にとって一番ではないのか?少しでも長く生きてもらいたいと言う周りの感情ではなく、少女の望むようにさせてあげるべきではないのか?私はそう保険医に説き、保険医もそれ以上は何も言わなかった。

 

「………オリヴィアさんにこの事は?」

「伝えない。生徒達にもだ。ボーデヴィッヒや布仏も含めてな」

「よろしいのですか?あの二人はオリヴィアさんの監視役なのでしょう?」

「あの二人もいっぱいいっぱいの状態です。事実を伝えてられて普段通りに振る舞うのは無理でしょう」

 

それはもう以前の事件で証明されている。今度オリヴィアの身になんかが起きればボーデヴィッヒは勿論、笑顔が絶えなかった布仏も自分を見失わないでいられるはずが無い。あの二人ももう限界に近い状態なのだ。

 

「事実は教員と生徒会長の更織姉だけに伝える」

「…わかりました」

 

保険医はそれだけ言うと、この話を切り上げて今後どのようにオリヴィアの生活をサポートしていくかの話へ移っていく。常に目が届く距離に教員を配置、専門の医療スタッフを学園に常置、24時間万全の態勢でオリヴィアをサポートをするなどといった話し合いが行われた。

 

 

 

 

 

今後の対策の話を終えた後、私はオリヴィアが休んでいる医務室へと足を運んだ。

実のところあまりにも急な事態にゴタゴタしてしまい、オリヴィアの様子を実際に自分の目で確かめていなかったのだ。保険医の話では今のところ表面上では何の症状は出ていないとのことだが、一度この目で確かめておく必要があった。

 

「オリヴィ―――」

 

医務室のドアの前でノックしようと伸ばした手がピタリと止まる。

部屋の中から複数人の楽しそうに会話する声が聞こえてきたからだ。それもその声はどれも聞き覚えのある声ばかり。私はそっとドアを少しだけ開けて中の様子を覗き込むと、そこにはやはり一夏達いつものメンバーが楽しそうにミコトと談笑していた。

 

「まったく!いきなり医務室に運ばれるから心配したのよこの馬鹿!」

「ん。すまぬ…すまぬ…」

「また何か変な言葉覚えてる…」

 

まったく、何をやっているのやら…。

 

普段と変わらぬ馬鹿な会話にクスリと笑みを零した。

 

「でもほんとに良かったよー。何にも無くてー」

「だから言っただろう。疲れによるものだと。お前達が大袈裟過ぎなのだ」

「いや、お前に言われたくないぞラウラ…」

「ですわね」

「セシリアもな」

「ですの!?」

 

………。

 

幸せが、ぬくもりが、そこにはあった。この日々が何時までも続くと疑わない子供たちの笑顔がそこにはあった…。

 

私は医務室から背を向けて歩き出す。目的は果たした。ならば私が此処にいる意味はもう無い。

医務室から漏れて来る笑い声を背に受けながら私は廊下を歩いて行く。いつまでも聞こえて来る笑い声。それを聞きながら私はギュッと拳を握りしめて、世界の非情さと、己の無力さを恨んだ…。

 

終わりがもうすぐそこまで来ていた…。

 

 

 




短いです。鬱話はモチベーション上がりませんね

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