IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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一年前っておま…


第65話「崩壊」

学園の廊下で血塗れとなって倒れたミコトはすぐさま病院へと担ぎ込まれた。付き添いとして一夏達も病院へ同行したのだが道中の事はあまり覚えてはいない。気がつけば一夏達は入室を許されず閉め出された救急処置室のドアの前で立ち尽くしていて、『手術中』と書かれた赤く点灯するランプを唖然と見上げていた。けれど、担架で運ばれる血塗れのミコトを見た女子生徒達の悲鳴だけはやけに耳に残っていた。

一体何が起きているのか。それはこの場に居る誰もが未だに事態を呑み込めていなかった。頭の中が空っぽになって思考することが出来なかったのだ。

 

「血圧、脈拍共に低下しています!」

「点滴急げ!輸血もだ!」

「け、血管が伸縮して点滴が思う様に流れません!」

「強引にでもボリュームを上げろ!……くっ!人体の機能が殆ど死んでいる。何だこの身体は!?このままだと長くもたんぞ…!」

 

今もランプを灯す救急処置室の中からは忙しない治療スタッフの声が聞こえて来る。中の状況は見ることは出来ない。けれど、その会話の内容や声色からどれだけ絶望的な状況なのか想像するのは容易だった。

救急処置室の中は絶望の一色に染まっていた。担ぎ込まれた時のミコトの状態を見た医療スタッフの誰もが目を疑った。手の施しようが無いなんて言葉はもはや生温い。どうしてこの状態で生きていられるのかが不思議な状態だった。

外科的処置も彼女の弱りきった身体では、身体に大きな負担をかける外科処置など行うことは出来ない。逆にそれは止めを刺すことに等しい。そもそも身体の殆どの部分がもう駄目となっているのだ。最早為す術が無い。彼等が出来る事と言えばせいぜい心肺蘇生か薬品を投薬して少しでも長く生き長らえさせる様に延命処置を行うことだけだった…。

 

「………」

 

誰も口を固く閉ざし一言も喋ろうとはしない。ある者は途方に暮れ。またある者は祈る様に床に膝をつき顔の前で手を組み。またある者は表情を絶望に染めていた。そう、誰一人として他人に気を掛ける余裕なんて無かったのだ。

重い沈黙。そんな一夏達のもとへコツコツと廊下を叩くハイヒールの音を立てて近づく人物がいた。一夏の姉であり彼等の担任でもある織斑千冬だ。

 

「まだ、終わらないのか」

「ぁ…千冬姉…」

 

覇気の無い間の抜けた声を漏らして一夏は振り返る。振り返ったその顔は生気を感じられない酷い有様で、その顔を見た千冬は眉を顰めた。普段の彼女なら「なんて情けない顔をしているんだ」と喝を入れていた所だろうが、この状況でそれをする程彼女も鬼では無い。弟の心中も十分に理解している。それにこの事態は自分の力不足が招いたことでもあるのだ。叱ると言う選択肢など端からなかった。

 

「此処は私が引き受けるからお前達はもう戻れ」

「………」

 

こんな事になったのだ。心労は相当なものだろうと一夏達を気遣って千冬はそう促すが、一夏はふるふると首を振って拒絶する。他の者も同じでこの場から動こうとはしなかった。その反応は予想していたのだろう。千冬は「そうか」と短く言葉を零すとそれ以上何も言おうとはせず、赤く点灯する『手術中』のランプを見上げてそれが消えるのを待った。

 

………。

 

あれからどれ程の時間が経ったのか。30分。1時間。それとも1分も経っていないのかもしれない。何もせず何も話さずただ『手術中』のランプが消えるのを待つだけ。清潔感のある白一色の廊下とこの静寂は時間の感覚を狂わせる。この空間だけ時間が止まっているのではと錯覚してしまう程に…。

このままずっとこの状況が続くのだろうか?そんな考えが頭の中に過ぎり出した頃。『手術中』のランプが消え救急処置室のドアが開いた。救急処置室から担当医が出て来ると、一夏達は一斉にその担当医に押し寄せた。

 

「っ!? せ、先生!ミコトは!?ミコトは大丈夫なんですかっ!?」

「なんとか一命はとりとめました。ですが…」

 

医者は千冬に目を向け話しても良いのか目で尋ねるが千冬はそれに対し首を左右に振る。

ミコトがもう長くない事を打ち明ける訳にはいかない。それを明かせば、何故そうなったのか。原因は何なのか。芋づる式に情報を明かさなければならなくなってしまう。中途半端に説明したところで一夏達も納得はしないだろう。なら最初から明かさなければいい。明かす時が来るとしたならそれは全てが終わった時だろう…。

 

「ですが?」

「……あ、いえ。意識はまだ戻っていませんが容態は安定しています。ですが、絶対安静なので暫くはオリヴィアさんには入院してもらうことになるでしょう」

「そう、ですか…」

 

医者の話を聞いて一夏達は最初は安堵したがすぐにその表情を曇らせる。暫く入院するということはミコトが楽しみにしていたキャノンボール・ファストの出場は諦めなければならないと言うことだ。イカロス・フテロに乗るの制限され実習ですら乗ることが出来ず、キャノンボール・ファストだけが大好きな空を飛ぶことが出来る機会で、それをミコトが心から楽しみにしていた事を知る一夏達にとってはミコトの事を想うと心苦しかった。

けれどそれも致し方ない事だと納得もしていた。あの状態でキャノンボール・ファストに出場させられる訳が無い。もしそんなことをすればミコトが死んでしまうかもしれない。ミコトが死んでしまう。それは一夏達にとってとてつもなく恐ろしい事だった。そして、だからこそ聞かずにはいられなかった。

 

「先生。ミコトに何があったんですか?どうしてこんな事に…」

「それは…」

 

医者は困った表情を浮かべる。話を逸らせられたかと思いきやそれは失敗に終わってしまった。そもそもこんな事になっても事実を隠しきること自体無理な話なのだ。友人が血を吐いて倒れたと言うのにその原因を知りたがらない訳が無いだろう。

かと言って事実を言う訳にもいかない。この医者もIS委員会が用意したミコト専属の医療スタッフだ。ミコトの情報を一切を明かすことは禁じられているのを知っている。しかしそれは本当に正しいのだろうか?目の前に居る少年達は心の底からあの少女を身を心配していると言うのに本当に真実を話さなくていいのだろうか?自分は確かにIS委員会と言う組織に属している人間だ。ならば組織の決定は絶対。けれどそれ以前に自分は医者なのだ。医者として患者の友人に真実を話すべきではないのか?

医者としてかそれとも命令か二つの選択に彼女は悩み苦しんだ。そしてその苦悩の末、彼女は打ち明けよう口を開くのだが…。

 

「報告はまた後日聞く。お前達は学園に戻れ」

「っ!千冬姉…」

 

医者と一夏の間を割って入る様な形で千冬がそれを阻み。一夏は親の仇かのように千冬を睨んだ。

 

「午後の授業を抜け出してきているんだ。さっさと戻れ。どのみち今日は面会は出来ん」

「そん「分かりました。今すぐ戻ります。学園の方も混乱しているでしょうから」」

 

反発しようとする一夏を楯無が遮り話を強引に推し進める。

 

「なっ!?楯無先輩!?」

「織斑先生の言う通り面会も出来ないんじゃ此処にいる意味はないでしょう?それに…言わないと分からない?」

 

楯無は自分達側だと思っていた一夏は何故と驚くが、そんな一夏を楯無は冷たいと言うよりも感情の籠っていない機械的な態度であしらった。

 

「でも…だけどっ!」

「そうですわ!こんな…!納得いく説明も無しで…!」

「こんな事になって話せませんはいそうですかで通る訳ないでしょ!?」

「せめて!せめてミコトに何があったのか説明してください!」

「こんなの…普通じゃない…!」

 

何の説明も無しに納得できるはずが無いと皆それぞれ反発した。しかし返ってくるのは先程と変わらぬ冷たい返答だった。

 

「いいから帰るの。此処は病院よ?騒ぐと他の人にも迷惑なの。皆も良いわね?」

 

『っ………』

 

有無言わさない眼光が一夏達を見据える。学園最強の絶対強者に睨まれて反抗的だった者達は全員何も言えなくなってしまう。

 

「理解してくれたみたいね。ほら、みんな帰りましょう……ね?」

 

そう言って彼女は学園に戻る事を渋る一夏達に『命令』する。彼女の表情はニコリと微笑んではいたがその目は笑ってはいなかった。反抗するなら無理やりにでも従わせる。そう目が語っていた。普段はおちゃらけていて見せることが無い学園最強の貌。敵意すら込められたその瞳に睨まれ一夏達はぞくりと身体を震わせる。楯無の実力はこの場に居る全員が知っている。もし実力行使になるようものなら圧倒的力の差で捻じ伏せられるだろう。

 

「ぐっ…」

「…では、皆さん戻りましょう」

 

納得なんて出来る筈も無い。しかし実力差は歴然。それぞれ悔しそうに顔を歪めながらも逆らうのは無意味だと諦めると一夏達は楯無の指示に従い最後にもう一度名残惜しそうに救急処置室を見た後、途中で何度か足を止めて振り返りながら虚に先導されてぞろぞろと学園へと戻るのだった。

 

「………?」

 

……ある二人を除いて。

 

「本音ちゃん?ラウラちゃん?」

 

皆が移動を始めても本音とラウラは一歩たりとも動こうとしない。そんな二人を怪訝に思い楯無は二人の名を呼んでみたが反応を示さなかった。

事情を知らない一夏達と違って二人は事情を知っている。だからこそミコトの安否に対する心配は一夏達に比べて相当なものに違いない。楯無は現在の二人の心情を察して此処はそっとしてあげたかったが、一夏達はもう既に行ってしまっている。二人が何時までも此処に留まっていれば一夏達も不審に思われてしまうだろう。二人を特別扱いには出来ない。楯無は心を鬼にして二人の肩を掴みやや強引に振り向かせた。

 

「ちょっと二人とも―――」

 

ぐいっと強く引っ張られ脱力しきっていた二人の身体は大きく振り子人形の様にカクンと揺れ、その拍子に顔が楯無の方へと振り向く。

 

「…っ!?」

 

漸くこちら向いた二人の顔を見た時、楯無は絶句した。

振り向いた二人の瞳には楯無の姿を映してはいない。二人はまるで魂の抜けた抜け殻の様に虚ろな瞳で茫然と虚空を眺めて立ち尽くしていたのだ。

 

「うっ…」

 

そんな二人の姿を目にして楯無は思わず口元を覆い後退る。

目の前に居るのは死人だ。希望を失くした人の形をした肉塊。生きる活力を感じさせない魂の抜け殻。それはあの時と同じ。何時かのミコトと同じ様に生きる屍となり果てていた…。

 

「二人とも…」

 

その痛々しい二人の姿に楯無は目を伏せた。

分かっていたのだ。いつかは終りの時が来るのは楯無も分かっていたのだ。本音やラウラもそうであっただろう。それでも笑っていられる強さを本音は持っていると楯無は思っていたしラウラもそうだ。彼女の並ならぬ覚悟を理解していたからこそ他国の軍に属している立場であってもミコトの護衛に関して楯無は何も言わなかった。きっと最後までミコトを守ってくれると信じていた。

けれど実際はいつも明るく微笑み。軍人らしく気丈に振る舞っていた二人の姿は今はもう見る影もない。死が目前にまで迫る愛する人間の姿に、訪れてしまった残酷な終わりに心が耐えきれなかったのだ。その結果、二人を生きる屍へと変えてしまった…。

 

「更織。二人は私に任せてお前は学園に戻れ」

「…良いんですか?」

「二人をこの状態で学園に戻す訳にもいくまい」

 

千冬はちらりと何も反応を示さずに立ち尽くす二人を見て言う。

この状態の二人を学園に連れ戻すのは避けるべきだ。ミコトに最も近しい人間とも言える二人だ。二人の変わる様を学園の生徒達が見れば余計な混乱を招きかねない。それを理解しているのか千冬の提案に楯無も頷き深く頭を下げた。

 

「…そうですね。二人をよろしくお願いします」

「ああ、学園の方は頼む。恐らく混乱している事だろうからな」

「分かってます。生徒達の事は任せて下さい」

 

楯無は頷いて見せると千冬に背を向けてこの場から去って行った。

立ち去る楯無の背を見送りながら千冬はその背を見ていつもの覇気が微塵も無い事を容易に見抜いていた。何んとも無い訳が無い。彼女もまた気丈に振る舞っているように見えて相当に堪えていたのだ。

 

「……」

 

楯無も去りこの場には千冬と抜け殻となった二人だけが残される。

気味の悪い静寂。千冬は抜け殻となった本音とラウラを見て思う。何だ?何なんだこれは?これが結末だとでも言うのか?千冬は世界に問う。しかしその問いの返答は当然返ってくる事は無く世界の理不尽さに千冬は呪い殺さんばかりの憎悪を込めて吐き捨てるのだった…。

 

「くそったれが…っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第65話「崩壊」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――side 織斑一夏

 

 

学園は混乱を極めていた。

俺達が病院に居た最中、血だらけで病院に運ばれたミコトの話はあっという間に学園全体に広がり一切ミコトの情報を掲示しない学園に対して、これまでの学園側の対応を含めた溜めに溜まった不満が遂に爆発しまい、ミコトの安否や説明を求めて多くの生徒達が半ば暴徒と化し職員室の入り口に押し寄せていたのだ。

この事態を目にした楯無先輩も直ぐに生徒会長として騒ぎを収拾しようと努めたが、決壊したダムの水の流れを止めることが不可能なように、暴走する生徒達には楯無先輩の声は届く事は無かった…。

 

「織斑君!」

「ッ…!」

 

興奮して襟元を掴んでくる生徒のその力の強さに俺は表情を歪める。

病院から戻ってきた俺達に待っていたのはその生徒たちの質問責め……などと言った甘いものじゃなかった。濁流の様に押し寄せる生徒達が俺達の胸ぐらを掴み脅迫にも近いそれでミコトの安否を問うてきたのだ。

 

「ミコトちゃんはどうなったの!?先生達も何も教えてくれないし!ねぇ答えてよ織斑君!」

「ちょっ…はな…」

 

手を放してくれと言いたくても冷静さを失いかけている目の前の生徒には何を言っても通じそうになかった。

しかし無理も無い。前回の様に一切の情報が提示されていない状況じゃない。今回は多くの生徒が血塗れのミコトの姿を目撃している。誤魔化しようのないこの状況で教師から生徒達には一切の情報が公開されていない。友達が血を吐いて病院に担ぎ込まれたと言うのに何も教えられない何て納得が出来るはずが無い。そう、出来るはずが無いんだ。俺だって同じだ。俺も彼女達と同じ気持ちなんだ。

 

「み、皆落ち着いてくれ!ミコトの容態は安定してもう心配は―――」

「アレを見て安心できるわけないじゃない!容態は安定?ミコトちゃんがあんな事になった原因も言わないで、はいそうですかって納得できるわけないでしょう!?」

 

俺の説得を遮って生徒の一人がそう反発すると他の生徒達もそれに同調して「そうよそうよ!」と声を上げて場の空気は更にヒートアップしてしまう。

まずい。これ以上生徒達が興奮すれば本当に暴動になりかねない。そうなればもう収拾がつかなくなり教員達も言葉ではなく力尽くで生徒達を鎮圧しなければならなくなってしまう。以前に楯無先輩が言っていた。ミコトがその気になれば楯無先輩を生徒会長の座から引き摺り下ろすことくらいなんてことない程にミコトの人気は絶大なのだと。その話を聞いた時はミコトは人気者なんだな程度にしか思わなかったが、前回と今回の目の前の状況を見て漸くあの言葉の本当の意味を理解した。これは異常だ。彼女達はミコトが関われば何だってするだろう。これはもう人気とかそういうのではなく信仰に近かった。楯無先輩が恐れるのも良く分かる。

 

「みんな落ち着いてよ!アタシ達だってミコトが如何してあんな事になったのか知らないんだから!」

「嘘言わないでよ!一緒に病院に付き添ってたんだから少しくらい知ってるでしょ!?」

「ぁぐ…!?」

 

掴みかかって来る生徒に堪らず鈴がそう訴えるが生徒達は聞く耳を持ってはくれない。それどころかますます興奮させてしまい生徒達を鎮めるどころか火に油を注ぐ結果となってしまった。

俺の襟元を掴んでいる手の更に力が強くなり俺は小さく呻き声を漏らす。苦痛で顔を歪めながら俺は俺を掴んでいる生徒の顔を見る。彼女の瞳の中には狂気の炎が揺らめいていた。周りを見渡せば誰もが皆同じ瞳をしていた。狂気で顔を歪めていた。いつもの皆の笑顔は見る影が無くて…。それが俺にはとても怖くて悲しかった…。

 

壊れていく…。

 

何もかもが壊れていく…。

 

穏やかな日常が…。

 

笑顔に満ちていた日々が…。

 

温かなこの場所が…。

 

ガラガラと音を立てて…。

 

壊れていく…。

 

「やめろ…やめてくれ…っ」

 

皆がミコトを本当に大好きだってことは十分解ったから…。だからミコトを理由にこんな事をするのはやめてくれ…。ミコトを理由にミコトが好きな場所を壊さないでくれ…!

 

「…やめろよ!こんなのミコトが見たらどれだけ哀しむと思ってんだよ!?」

 

………。

 

悲痛な俺の叫びが辺りに響き渡り、ミコトの名を聞いた途端に殺伐としていた生徒達の騒音が嘘の様にしんと静まり返る。

 

「ミコトを理由にこの場所を滅茶苦茶にするのはやめてくれ!ミコトが大好きな場所を壊さないでくれよ!」

 

俺の叫びに生徒達は表情をハッとさせる。こいつ等がやっている事はミコトの為なんかじゃない。ミコトを理由にして自己満足のために暴走しているだけだ。

ざわめき始める生徒達。冷静になって少しは思考が回るようになったのか、生徒達もそれに気づき次第に自分のやっている事の愚かさと罪悪感に蝕まれてみるみるその表情は悲痛なものへと変わっていく。

 

「皆ミコトを大切に想ってるのは分かるよ!でもこれは違うだろ!?こんなの…」

 

哀しみで震える声を目一杯に張り上げて生徒等に訴える。

 

「こんなの!気に入らないからって鬱憤を晴らしてるだけだろ!」

 

彼女達のやっている事はあの誕生日会での俺と同じだ。ミコトに何をしてやればいいのか、何をすればいいのか分からず。何も分からないのは何も教えてくれない大人が悪いんだと他人の所為にして、ミコトの為にとミコトを言い訳に見当外れなことをしていた俺と同じなんだ。この女子生徒達もまた一時の衝動に身を任せて暴走し挙句の果てにはその言い訳をミコトの所為にしようとしていた。こんなことすればミコトが哀しむのは分かっている筈なのに…。

 

『………』

 

俺の言葉に生徒達は目を伏せて黙り込んでしまう。もうこれ以上何か言おうとする生徒は居なかった。

嫌な静寂がこの場に流れる。先程までの暴走から理性が戻り行き場を失った矛先をどうすればいいのか分からず生徒達は胸の中にもやもやとした蟠りを残したまま、先生が教室に戻るよう言いにやって来るまでこの場にずっと立ち尽くすのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

あの後、なんとか生徒達の暴走は楯無先輩や教師達の必死の奮闘により鎮火され授業は再開された。

しかし、どの生徒達もみんな表情は暗く心此処に在らずと言った感じで授業に身が入っていないのは目に見えて明らかで、当の俺もその中の一人であり授業なんて耳を傾けずにずっとミコトの事を考えていた。

 

「ミコト…」

 

突然前触れも無く目や口や鼻や耳などいたる所から血を流し血だらけとなって倒れたミコト。あの時の光景が目蓋の裏に焼き付いてしまい目を閉じれば血まみれの姿のミコトが浮かび上がって離れない。

アレは異常だ。普通じゃない。以前からミコトは普通の人より身体が弱いということは知っていた。臨海学校の時に高熱で倒れたのもそれが原因だって思っていた。身体が弱いから体力を消耗してそれで高熱を出して倒れたのだと。でも今回ミコトは前触れも無く突然血を吐いて倒れた。こんなことあり得るのか?倒れる直前までミコトは普段と変わった様子は無かったのに…。

 

…本当に突然だったのか?

 

前触れも無く突然倒れた。本当にそうだろうか?臨海学校で高熱で倒れた時。あれが予兆だったとすれば?あの時からもうこうなる事が始まっていたとしたら?ミコトの詮索は一切禁止されていたのも母親の死の件が知られるのを防ぐためだけじゃなく、この事についても知られないためだとしたら?考えれば考える程思い当たることが沢山ある。逆になんで今まで不思議に思わなかったのかと言う程に…。

 

…違う。

 

気付かなかったんじゃない。不自然だと言うのはずっと前から気づいていたんだ。でも考えない様にしていた。考えるのが怖かったんだ。考えてしまったらそれが現実になる様な気がしたから。口にしてしまえば日常が壊れてしまう気がしたから。

だが今更でしかない。考える考えない関係なしに事は起こってしまったのだから。…いや、起こるべくして起こったと言えばいいのだろうか?どう判断するにしてもやはり情報が足りなかった。しかしそれも無意味な事なんだろう。

二つの空席を目を向ける。ラウラとのほほんさん。二人は未だ病院から戻って来ていない。ミコトの情報を知るラウラは千冬姉に残されでもしたのだろう。のほほんさんの方は分からない。余りのショックで体調を崩したのかもしれない。俺達の中で一番ミコトと親しかったのはのほほんさんだ。ミコトのあの姿を見て心に負った傷は相当な筈だろう。体調を崩するのは無理も無い。

 

―――事情を知っていればオリヴィアを救えると?己惚れるなよ小僧。その言葉ボーデヴィッヒの前の言えるのか?

 

「………」

 

ラウラの席を眺めているとあの時の千冬姉の言葉が蘇る。事情を知ってさえいればこの事態は防げていたかと言えば絶対に否だ。そんなこと間違っても口にすればそれこそあの時の繰り返しに…いや、あの時は実際に殴られはしなかったが今度はそれ以上の制裁が下されるだろう。骨の一本や二本は覚悟しなければいけない程の…。

この事態は避けられない事だったんだ。でなければあのラウラがそれを許すはずが無い。俺が知りたいのは何が原因で…いや違う。ミコトに何が起こったのか、だ。しかしそれも詮索するなと止められてしまった。これは幾らなんでも横暴としか言いようがない。大切な友達が血を吐いて倒れたと言うのに、何があったのかさえ知る事さえ許してくれないなんて…。

 

「こうやって慣性を利用することによりエネルギーの消費を抑え…」

 

集中力が散漫してもはや誰も聞いていない状態の授業の説明。本来ならこんな弛んだ授業態度をとっていれば千冬姉の雷が落ちているのだが、その千冬姉は今ここには居ない。それどころか副担の山田先生の姿もここには無かった。

いま教卓に立っているのは千冬姉でも山田先生でも無く二人の代わりとしてきた臨時の教師だ。千冬姉はミコトの付き添いで病院に山田先生は突然の体調不良と言う理由で二人は教室に来ていない。

臨時でやって来た教師はあくまで事務的に授業を進めていく。授業を聞いていない生徒達などお構いなく一方的に教科書の文章をつらつらと並べていくだけで分からないところは無いかなど確認しようともしない。これは余計な私語やミコトに関する質問などをされないための威圧行為なのだろうが、まるでロボットに授業を受けているかのようで実際にこの教師は授業中表情一つ変えない鉄仮面ぶりであった。

山田先生で誤解されがちだがIS学園の教師は兵器を扱っていうることもあり殆どがこういった感じの軍人気質な教師であり、逆に山田先生のような教師は少数であったりする。

 

キーンコーンカーンコーン…。

 

授業の終了を知らせる鐘の音が鳴り響く。教師はその音を聞くと黒板に書き込んでいたチョークをピタリと止めた。

 

「時間ですか。では今日の授業はこれまでに……ああ、その前に一つ大事な話がありました」

 

そそくさと退出しようとしていた教師が思い出したかのように言うと、『大事な話』と言うワードに全員がピクリと反応すると授業中には一切向けていなかった関心を初めて教師へと向ける。大事な話と言うのはミコトについての事じゃないのか。そんな期待を抱いて…。しかしその期待は容易に裏切られる。

 

「今週末のキャノンボール・ファストについてです」

 

期待していた物とは全く異なる内容にクラスの全員が落胆する表情を浮かべたが、そんな生徒達などお構いなしに教師は話を続けていく。

 

「一度延期をしてしまったキャノンボール・ファストですが当初の予定通り今週末の土曜日に行われます。皆さんもそのつもりで準備をしていてください。特に専用機持ちの生徒はこの行事の華と言って過言ではありませんので、貴重なISを与えられていると言う心構えを持って挑んでください。話は以上です。では今度こそ解散してください」

「あ、あの!」

 

教材を腋に抱えてそそくさと立ち去ろうとする教師を一人の生徒がガタンと音を立てて席から立ちあがって慌てた様子で呼び止める。

 

「はい。何か質問ですか?」

「あぅ…」

 

呼び止められて教師は振り返り無機質で冷たい視線を呼び止めてきた生徒へと向けると生徒はその視線にたじろいでしまい「あの…その…」と口をモゴモゴさせるだけで自分が居ようとしていたことを伝えられず。次第に教師の表情にも苛立ちが浮かび始める。

 

「…それで、何か分からないところでも?」

「ひうっ!キャ、キャノンボール・ファストの事なんですけど…」

 

苛立ちを含んだ教師の言葉にびくびくと怯えながら生徒は教師に訊ねる。

 

「ミコトちゃ…オリヴィアさんは出場するんですか?」

 

生徒の質問の内容はやはりと言うべきかミコトの事だった。その質問にクラスの視線が教師へと集中する。これは皆が気にしていた事だった。

 

「……オリヴィアさんは体調不良のためキャノンボール・ファストを棄権する事になっています」

 

ざわりと教室がざわめく。

 

「で、でもミコトちゃんすごく楽しみにしてたのに…!」

「たった一人の生徒のために市との合同行事を延期させろと?唯でさえ一度延期しているのです。これ以上延期など出来ません。一体どれだけの人とお金が動いていると思ってるのですか?」

「…っ!」

 

教師の尤もな正論に生徒は何も言い返せなくなってしまう。

教師の言うとおりこの行事には膨大な金と人が使われている。そして情報を公開されてはいないが亡国機業の件もある。一人の生徒の為に変更なんて出来る筈が無い。

 

「他に質問は?」

 

教師はそう言って生徒達を見渡すと生徒達は悔しそうに顔を伏せて押し黙ってしまいそれ以上は反発しようとする生徒は居なかった。

 

「……無いようなので今度こそ解散です。以上」

 

それを確認すると教師は今度こそ教室を出て行き教室には重い空気だけが残るのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

「…申し訳ありませんが、ミコト・オリヴィアさんは絶対安静で面会は出来ない事になってるんです」

「何とか一目だけでも会わせて貰えませんか?」

「規則ですので」

「そう、ですか…」

 

看護師は「では」一方的に話を切り上げると何処かうんざりとした様子で去って行く。

そんな看護師に少し態度が悪すぎないか?と俺は顔を顰めたが、IS学園の制服を見た時またかと言う顔をしていたので恐らく俺達以外にも放課後になって病院に訪れた生徒が大勢いたのだろう。考えることは皆同じだと言うことだ。

放課後。楯無先輩や虚先輩を除いたいつものメンバーで病院にやって来ていた。もしかしたらあれからミコトの容態が少しでも回復しているかもしれないと淡い希望を抱いて…。けれどその希望は大きく裏切られて結果はご覧の通りの門前払いだ。

 

「やっぱり会わせてもらえなかったね…」

「まあ、分かってたことだけどさ…」

 

分かっていた。鈴のその言葉に全員が沈んだ表情で俯く。

血だらけのミコトの姿。あの姿をその目で見れば希望的観測なんて出来る筈も無い。しかしそれでも元気になっていてほしかった。笑顔で迎えてほしかった…。

 

「…戻ろう。いつまでも此処に居たら病院の人達の迷惑になる」

「だな…」

 

ミコトを一目見ることも叶わず後ろ髪を引かれる思いだが、既に大勢の生徒達が押しかけて来ていたようだし、これ以上この場に留まって重い空気を漂わせるのは病院に迷惑をかけてよろしくない。

箒の言葉に俺は渋々頷くと来た道の方へと振り返り一歩足を踏み出そうとしたのだが……ふと、ある事を思い出しピタリと足を止めた。

 

「……そう言えば、のほほんさんとラウラはまだ病院に居るのかな?」

 

結局あれから学園で二人の姿を見る事は無かった。学園に戻って来ていたのなら体調が悪くても教室に顔くらい出しに来ると思うのだが…。

 

「お二人とも教室に戻って来てませんでしたわね…」

「私も…あの後、本音見てない…携帯にも掛けてみたけど出てくれなかった…」

 

俺達は互いに顔を見合わせる。あんな事があった直後だ。もしや何かあったのでは?そう不安に駆られ次第にその不安は膨れ上がっていき次々と良くないことばかりが頭に浮かんできてしまう。

二人を探そう。あの時は周りに気を配っている余裕は無かったがあの二人も相当ショックを受けている筈だ。そんな二人を放ってはおけない。

 

「…二人を探そう」

「そうですわね…。お二人ともあまり素を表情に出さない方達ですけど、今回の事は流石に…」

 

セシリアは心配そうにそう言うが、そう言っているセシリア自身だって顔色も悪く精神的にかなり参っているだろうに…。

 

「学園に戻ってきていないなら恐らく病院にいるだろう。厳格なラウラが一緒なんだ流石に学園に戻らず二人揃って何処かに行ってしまったと言うことはあるまい」

「でも何処にいるの?一番居そうなミコトの病室は立ち入り禁止だし…」

「病院中を探し回るのは迷惑…どうやって探すの?」

「どうするってそりゃお前…」

 

俺は通りかかった忙しそうな看護師を呼び止める。その時、看護師に物凄く嫌そうな顔をされたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――side ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

 

カチッ…コチッ…。

 

あれからどれだけの時間が経過したのだろう?壁に掛けられた時計の針の音だけがこの静寂に包まれた部屋に響いている。部屋を見渡せばあるのは2つのベッドのみで私はそのうちの一つに腰を掛けていた。恐らく私が今いる場所は病室か何かなのだろう。此処に来るまでの記憶は無く気が付けば私はいつの間にか部屋に連れて来られていた。

そして、ぼーっと部屋を見渡しているともう一つのベッドに誰かが寝かされているのに今気が付く。

…本音だ。

 

「…本音?」

「………うん」

 

返事が返ってくる。如何やら起きていたらしい。しかし、その声からはいつも元気は無かった。

 

「…来ちゃったんだね」

「……ああ」

 

彼女の悲痛な声に私は頷く。何がなんて言わない。そんなの分かりきっていた。

 

「何で…このタイミングなのかな?」

「…そうだな」

 

本音の何でと言うのは今週末に迫ったキャノンボール・ファストの事だろう。ミコトが楽しみにしていた行事であり、恐らくミコトにとっての最後のフライトになる舞台…。

如何して?何故このタイミングなのか。余りにも…余りにも残酷過ぎる。神はどうしてミコトにこんなにも過酷な運命を強いるのか。それとも作られた私達には神など存在しないと言うのか…。

 

「みこちー…楽しみにしてたのになー…」

「…そうだな」

 

最早それしか返す言葉が見つからなかった。

 

「どうしようもないのかな…?」

「………」

 

私は無言で首を横に振る。知らない。分からない。私に聞かないでくれ。どうすればいいのかなんて私が教えてほしいくらいなのだ。

どうしろと言うのだ?脳裏にあの血に濡れたミコトの姿が焼き付いて離れない。あの絶望を形にした光景が離れないのだ。あれを目にしてどうやって希望的な案を導き出せと言うのだ。どうしようもない。もう自分達が出来る事なんてあと一つだけしか…。

 

「私達が出来るのはもうミコトの最後を…」

「やめてよ…!」

「………」

 

最後まで言わすまいとする悲痛な叫びと本音の涙を滲ませた瞳にキッと睨みつけられ私は押し黙る。

 

「みこちーは……まだ大丈夫…大丈夫だもん…」

「本音…」

 

どんなに辛くともいつも笑顔で振る舞っていたあの少女の姿は見る影もない。弱々しく何かに縋る様にぶつぶつと呟く本音の姿が痛ましくして私は見ていられなかった。

ミコトは大丈夫だ。心配するな。そう言ってやりたかった。けれど口が動かない。言葉として出てこない。そんな自分が思ってもいない上辺だけの慰めの言葉など何の意味も無いと思えてしまって、友達が目の前で悲しんでいるのに何も言ってやれない。それどころか逆に本音を傷つけている…。

 

「いつかは来ることだったんだ。本音…」

「いやだよ…聞きたくないよぅ…」

 

耳を塞いで頭をぶんぶんと振って本音は私の言葉を拒む。

 

「受け入れなければいけないんだ。でないと…」

 

最後の時。誰がミコトを笑顔で送り出すと言うのだ。一夏達に出来るわけがない。友達の突然の死に一夏達が受け入れるわけがない。この役目は真実を知り運命のその時を覚悟をしていた私達だけにしか務まらないのだ。

 

「できないよっ!どうしてラウっちは受け入れられるのっ!?ひどいよっ!」

 

そんな本音の発言にカチンと来る。

 

酷いだって?どうして受け入れられるかだって…?そんなの…そんなの…!

 

ふつふつと怒りが込み上がり血が頭へと昇っていく…。

 

「受け入れている訳ないだろうっ!?」

「…っ!」

 

私の怒鳴り声に本音は驚いてびくりと身体を震わせる。

受け入れられる訳が無い。もしこんな運命を避けられる術があると言うのならその方法を選ぶに決まっている。だがそんな都合のいい方法なんて有りはしない。有りはしないんだ。

 

「これしかないだろうっ!もう……これしか残ってないだろうっ!私達が出来る事なんて…っ!」

「そんなの…そんなの!諦めてるだけじゃない!」

「それは…っ!」

 

違う…とは言えなかった。事実、私の軍人としての合理的思考がもうミコトは長くないと判断し延命と言う選択を切り捨て次の段階に意識を向けていたのだから。これは彼女に諦めただけだと責められて当然の事を私はしていた。ミコトを守ると二人で誓ったと言うのに…。

 

だが…。

 

「それなら…何が出来ると言うんだ」

「ラウっち…?」

 

諦めるなと言うのなら。何か出来ると言うのなら教えてくれ。何だってしてやるさ。ミコトの為になると言うのなら。だから教えてくれ。私は…。

 

「ミコトに何をしてやれると言うんだ…!」

「………」

 

本音は答えない。答えられない。それもそうだろう。それは先程本音が私に答えを求めた問いだ。同じ質問を返されて答えられる筈が無い。

 

何もありはしない。何も出来はしない。教えてくれ…。

 

「残された僅かな時間で……ミコトの為に何が出来るんだっ!」

 

私の叫びが病室に響く。

沈黙する病室。それはまるで時が止まってるかのように恐ろしいくらいに静かだ。……しかし、その沈黙は―――。

 

カラーンッ…。

 

「…ぇ?」

 

―――何かが床に落ちる音によって破られる。

 

「な…ん…?」

 

今のは何の音だ?浮かび上がる疑問。私は本音に視線を向けると本音は私を見ておらず、その視線は私の『後ろ』を見ていた。信じられないものを見た様な顔で…。

そんな本音の顔を見て私はサーッと血の気が引いていく。まるで全身の血が抜けたかのような感覚。全身は冷たく。だと言うのに汗は溢れ出し心臓の鼓動は胸から飛び出さんばかりに大きかった。

 

そんな…まさか…。

 

ドクンッ…ドクンッ…。

 

ゆっくり、ゆっくりと…。

 

どうして…こんなところに…。

 

ドクンッ…ドクンッ…。

 

どうかそうでない事を願いながら…。

 

あり得ない。こんなところに居る訳が…っ!

 

ドクンッ…ドクンッ…。

 

後ろへと振り返る…。

 

 

けれど、世と言うのものは余りにも無常で…。

 

 

振り返った先に私が見たものは…。

 

 

手から零れ落ちたのであろう床に散乱するジュースの缶と…。

 

 

そして…。

 

 

表情を絶望に染めて立ち尽くす一夏達だった…。

 


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