IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~    作:金髪のグゥレイトゥ!

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3510号観察日誌7

 

――――12月12日 AM03:57

 

 

「作戦3分前だ。各員、作戦内容は把握しているな?」

 

「「「「「はっ!」」」」」

 

高高度で揺れる輸送機の中、隊長格と思われる男が複数の武装した男達にそう問うと、男達は一寸の乱れの無い息の合った返事を返した。

 

「よし。0400に目標の真上を通過すると同時に降下。ハンガーを制圧しISを確保した後、研究所内『全て』の人間を排除する」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

「ISを壊すなよ?『男』の俺達の命より貴重な物なんだからな」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

「…ん?」

「どうした?何かあったのか?」

 

操縦席でレーダーを監視していたパイロットが突然声を上げる。何か異変があったのかと隊長格の男はパイロットに尋ねる。しかし、レーダーには異常は見られない。何かの見間違いだったのだろうとパイロットは首を左右に振る。

 

「あ、いえ。レーダーに一瞬何か映ったように見えたのですが…気のせいだったみたいです」

「そうか。目標はISを5機所持している。レーダーから目を離すな」

「はっ!」

 

作戦開始の時刻はもうすぐだ。彼らはその時が来るのを待機して待つ。

 

 

――03:58

 

カチッカチッカチッ…

 

「スゥ…スゥ…」

「…もう直ぐね」

 

安らかに眠るこの子を髪を愛おしそうに撫でながら私は時計を見ていた…。

 

 

 

 

――03:59

 

カチッカチッカチッ…

 

「所長。少し休まれては?此処最近睡眠をとっていない様ですが…」

「…」

「…所長?」

 

私は部下の言葉に耳を傾けずただじっとその時を待つ。胸に付き纏う妙なざわめき。きっと、今日がそうなのだろう。私が時計の音を聞きながらその時が来るのを待っていた…。

 

カチッカチッカチッ…

 

 

――04:00

 

「さぁ時間だぞ!エアボーンだ!」

 

時計の針が4時を指した時。爆音が響き研究所全体を大きく揺らした。

それを開幕の合図に男達は輸送機から飛び降りる。鳥籠が終わり告げようとしていた…。

 

 

 

 

――――クリス・オリヴィア

 

 

「始まったわね…」

 

爆発が研究所を揺らした後、研究所の至る所から銃声や悲鳴が響き始める。どうやら時間通りに彼が言う『大掃除』が始まったらしい。

 

急がないと…。

 

襲撃部隊の構成は伝えられてはいないが、ISを連れて来ていてもいなくても、ハンガーは既に押さえられている筈。本国もISは貴重なため可能なら無傷の状態で確保したい。なら、ISが保管されているハンガーを最優先に狙うのは当然と言えるだろう。

あの子をISに乗せれさえすれば、後はどうにでもなる。問題はどうやってハンガーまで行くかだ。エレベーターで行くのは無謀すぎる。非常階段も駄目だろう。なら残された通路は…。

視線を天井へ向けると、そこにあったのは通気口。気は引けるが此処しかないだろう…。幸い私でも通れるくらいの幅だ。通気口を通ってエレベータまで移動。そして上を目指そう。

 

ルートは決まったわね。

 

「3510号。起きて」

 

私はベッドで眠る彼女の肩をゆさゆさと揺らすと、彼女は眠たそうに目を擦りながらゆったりと身体を起こす。普段ならまだ寝ている時間だ。眠いのは仕方が無いだろう。しかし、今はそんな呑気にしている場合では無い。

 

「んぅ……」

「ごめんなさい。眠いのは分かるけど。我慢して」

 

テキパキと彼女をパジャマからISスーツに着替えさせ、此処から脱出する準備をする。大して時間は掛からない。何せ準備なんてこの子を着替えさせるだけなのだから。所要時間は1分。過去最短記録で彼女を着替えさせて準備は完了。後は引き出しにある手紙と…。

 

「…っ」

 

拳銃を懐に仕舞って部屋を出るだけだ。

 

銃なんて撃った事無いけど…。

 

当てる事も、牽制にすらもならないかもしれない。しかし持つのと持たないとでは全く違う物だろう。きっと…。

 

『う、うわああああああっ!?』

 

「っ!?」

「……?」

 

直ぐ近くで同僚の悲鳴が上がる。もう近くまで来ている様だ。今直ぐにもでも移動しなくては…。

 

「…さて、行きましょうか」

「?…コクリ」

 

今の状況が全く理解できていない彼女はとりあえず頷き私の手を握って来る。暖かかった。私の一番大好きな温もりだ。この温もりが後少しで失われると考えると辛かった。

しかし、今はそんな悲しみに浸る時すら許されず。私はこの子の手を引いて通気口のパネルを開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side ゼル・グラン

 

 

「所長!逃げてくだ……がっ」

 

目の前に頭が弾け首から血を噴き出し血の噴水へと変わり果てた嘗ての部下に、私は今までこんな狂人についてきてくれた右腕に対して世話になった礼と共に静かに黙とうし、部下を殺めた侵入者を睨みつける。

 

「随分と手荒な事をするものだ。貴様等が同じ国の者だと思うと自分に流れる血が嫌で仕方が無い」

「貴方にだけは言われたくありませんね。抵抗は諦めていただこう。上からは研究員は全員殺せと命令されている」

「実験体はどうした?」

「全て排除した」

 

そうか。別に心痛むものではないが、連中に排除されたとなると気に食わないという気持ちもあるな。しかし…。

 

小娘。まさか殺されたなんて事はあるまいな?

 

もしもそうだとしたら期待はずれにも程がある。この私の利用したのだ。そんなつまらない結果は絶対に許されない。

 

「あれだけ金を掛けておいて馬鹿な連中だ。保身のためなら市民から巻きあげた金も溝に捨てるか」

「巻き上げたのは貴方でしょう。グラン博士」

「ふん。だが、選んだのは国のトップだ。違うか?」

「…」

 

目の前の男は何も言わない。男にとってはどうでも良い事なのだろう。マスクから覗かせるその眼には感情と言う物が見られなかった。

 

「答えんか。まぁ貴様の意見はどうでも良い。ところで、クリス・オリヴィアも殺す対象に含まれているのか?」

「全て殺せと命令されている。例外は無い」

 

…だろうな。連中が証拠を残すとは思えん。

 

「そうかそうか。で?勿論ハンガーは押さえたのだろうな?監視の者は?」

「無論居る。ISを使える実験体もそれを指導していた教導官も既に排除済みだ」

 

成程、だとするとあの小娘が目的を達成するのは難しいか。ISに乗り込めさえすればどうにかなるだろうが。それまでに死んでしまうだろう…ならば。

私はポケットからスイッチを取り出す。

 

さて…ならば私も国に痛手を負わせてやろうか…。

 

「!?動くなっ!」

「さらばだ」

 

私が何か企んでいる事に気付いたのか男は銃をの引き金を引くが遅い。男が引き金を引く前に私はスイッチを押し、何処かで響く爆音と共に頭を撃ち抜かれ鮮血を撒き散らし絶命した。顔に笑みを浮かべながら…。

 

「くっ!何処が爆発した!?各員!状況を知らせよ!何処が爆発した!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side クリス・オリヴィア

 

 

「っ!また爆発の揺れ…随分と派手にやってるわね」

 

二度目の大きな揺れに、襲撃の激しさが増してきていると判断した私は。更に移動速度を上げていく。しかしこうも狭く匍匐前進での移動だと幾ら急ごうがそれは歩く速度より遅いのはどうしようもない事だった。

 

「う~…狭いのいや」

 

後ろでついて来ているあの子が涙声でそんな事を言うが我慢して貰う以外ない。廊下を通れば射殺される以外ないのだから。

 

「我慢して。もう少しでエレベーターに…ほら見えた!」

「…見えない」

 

私は見えて来た光と、出口から見えるエレベーターを吊るすワイヤーを指差すが、私が視界を遮っているため彼女には見えないでいた。考えても見れば当然である。

 

「あ、あはは…あ、良かった。運良くこの階で止まってる」

 

後は音を立てずに屋根に乗って中に誰も居ないか確認…うん誰も居ないわね。

 

耳を押し当て中から人の気配が無い事を確認すると、私は通気口で待っていたあの子を引っ張り出してエレベータに乗り込むと一階のボタンを押してまた屋根に登る。

 

「?…中」

「此処じゃないと危ないのよ」

「???」

 

上昇するエレベータの屋根の上で私はそう説明したが、彼女は全然分かっていない様子だった。

そんな中、数分すると一階へと到着しエレベーターが止まる。誰も入って来る様子も無い。今の内に移動しよう。再び通気口の中へ。あの子は心底嫌そうにしていたが問答無用で引き摺り込もう…としたが、通気口内の様子がどうもおかしかった。

 

「うっ…けほっけほっ!煙?」

 

通気口から黒い煙が流れ込んできて耐えられずエレベータへと戻る私。何かが燃えているのだろうか通気口は煙で満たされ移動するのは不可能な状態だった…。

 

…何処かで爆発が起きてたからそれが原因かしら?

 

しかしどんな理由であれ、これでは通る事が出来ない。危険だが廊下を通るしか方法はないだろう…。

 

「下に降りましょう」

「コクコク」

 

随分と嬉しそうね…。

 

通気口に入らなくて良いと分かったのか嬉しそうに何度も首を上下に動かす彼女。今自分が置かれている状況を理解しているのならこんな反応はしない筈なのだが…いや、理解できてる訳が無いか。何せこの子なのだから。

中に降りると、私は入口の陰に隠れ彼女を私の後ろに押し込み開閉ボタンを押しドアを開ける。

 

…反応なし。

 

ゆっくりと開かれたドアに外からは何もの音はしない。どうやら人はいない様だ。ほっと胸を撫で下ろし外を覗きこんだ。覗きこんだ私の目に映り込んだのは、いつもこの子と一緒に歩いていた変わり果てた光景だった…。

爆発のよるものなのか、彼方此方で火災が発生し黒煙を上げ、廊下には嘗ての同僚と、襲撃してきた軍人と思われる男の死体が転がっていた…。

 

「…っ」

 

目の前に転がる死体と人の焼ける臭いで胃の中の物を戻しそうになるが、私はそれを必死に耐えて彼女の手を引き廊下を歩いて行く。

 

「…くさい」

 

彼女は鼻を押えてそう訴えて来るが私もそれは同じだ。しかし、私はそれを口にしない。これは私の招いた事なのだから。彼らを殺した張本人がそんな言葉を吐いて良い訳が無い。

 

…でも、何で襲撃してきた軍の人間まで?

 

死体の状況からみて死因は爆発によるもの。戦いのプロである彼等が自分で攻撃で死ぬとは考えにくい。では、誰が…?

第三の勢力でも介入してきたとでも言うのだろうか?此処には国の半分以上のISが存在する。そしてこの場所は公には出来ないとなると狙うには絶好の場所ではある。

 

「でも今はそんな事考えている場合じゃないわね。今の内に急いでハンガーに向かわないと…」

 

状況は把握できないが、どうやら先程の爆発で双方共に被害が及んでいる様だ。なら、敵が混乱しているであろう今がチャンス。今の内にハンガーに向かいISを奪ってこの子を…。

この子の手を引き変わり果てた廊下を走る。瓦礫や、死体を跨ぎながら。その中の幾つからはまだ息があり呻き声を漏らす者も居たが私は足を止める事無く進み続けた…。

 

「ぅ~…」

「ごめんね。もう少しの我慢だから」

 

次第に顔色まで悪くなって来る彼女に私は謝る事しか出来ない。せめて外にでさえすればこの臭いや煙も少し位は弱まると思ったのだが。どうもハンガーに近づくに連れて煙の勢いも増していっている様な気がする。

 

おかしい。彼方此方で火災は起こってるけど此処まで酷くは…まさか!?

 

「ハンガーもさっきの爆発の被害にあってるんじゃ!?」

 

誤算だった。ISは本国も無傷で確保したい筈と確信していた為ISが破壊されるなんて事は考えていなかった。もし、ISが破壊されていたとしたら、もうこの子を逃がす事が不可能になる。

 

「…っ」

「あぅ!?」

 

私は彼女を抱えて廊下を走る。もう廊下に転がる死体を意識する事は無かった。いや、そんな余裕も無くなったと言うべきなのだろう。

息を切らしながら私は願う。無事であってくれと。しかしハンガーに辿り着いて私が目にしたのは残酷な現実だった…。

 

「そ、そんな…」

 

ガクリと膝をつく。私の目にしたのは最強の兵器の残骸。爆発の所為であろう。機体は黒く焦げ腕や脚はバラバラに散らばっていた…。それも一機だけでは無い全ての機体がそうなっていたのだ。

 

まさか、本当にISを破壊するだなんて…。

 

「どうすればいいの…?」

 

力無く誰も答えてくれる筈も無い問いを呟く。当然返って来る筈も無い。私の耳に届くのはパチパチと火が弾ける音だけだ。

頼りのISは鉄屑に変わり果て脱出手段は失われた。どうすればいい?どうすればここからこの子を脱出させる事が出来る?どうすれば…。

 

くいっくいっ…

 

…?

 

「何?どうかしたの?」

 

作り笑いで服を引っ張って来る彼女に微笑みかけると、彼女はすっとハンガーの奥の方を指差した。

 

「イカロス・フテロ…壊れてない」

「えっ!?」

 

バッと彼女の指差す場所を見る。すると、そこにはこの子の専用機であるイカロス・フテロが無傷で佇んでいた。

 

ど、どう言う事?どうしてこの機体だけ?

 

慌てて立ち上がって機体に近づいて行く。そして近づいてみて更に疑問が思い浮かぶ。妙なのだ。この機体の周辺だけは爆発の形跡がない。むしろこの機体に影響が無い様に爆発した様にも見る。まるでそうなる様に爆弾を設置して爆破したかのように…。

 

偶然とは考え辛いわね。他の機体は見事に破壊されてるのに…。

 

ともあれ、この子の機体が無事で良かった。何故この機体だけ無事だったかと言うのはこの際置いておこう。考えている時間は残されていないのだから。

 

 

 

 

「さぁ、機体に乗りなさい3510号」

「…?まだ空暗い」

「今日は特別なの」

 

いつもの訓練だと勘違いしているのか。そんなこの子に私はそう誤魔化すと、この子をコクピットに乗せてISを起動させ、目的の座標を登録する。これで迷わずに真っ直ぐ目的地に向かえる筈だ。

 

「………」

 

…ついに来ちゃったかぁ。

 

遂にきてしまったこの時…。

来なければ良いと思っていた。ずっと続けばいいと、この子の傍に居たいと。でもそれは許されない。別れの時間がやってきてしまったから…。

 

「3510号」

 

私は最後に微笑んで話し掛ける。お別れは笑ってしようとそう決めていたから…。

 

「?」

「ハイパーセンサーの指示する場所に向かって飛ぶのよ?良いわね?」

「ん」

「あと、此処には戻って来ちゃ駄目。分かった?」

 

戻ってきた頃にはきっとこの場所は更地に変わって誰も居ないだろうから…。

 

「!……フルフル」

「駄目」

「や」

「言う事聞きなさい」

「いや!」

「きゃっ!?」

 

激しく首を横に振りあの子は私の言葉を拒絶すると、彼女はISに強化された肉体で私を軽々と持ち上げる。一緒に連れて行こうと考えているのだろう。一人ぼっちになるのは嫌だから。この子は孤独が嫌いだから。きっと誰かが傍に居てあげないとこの子は生きていけない。でも、此処から逃げなければ今死んでしまう。それだけは私が阻止しなければならない。この子を愛する者として…。

 

「…大丈夫。迎えに行くから」

 

彼女の頬に手をそっと触れて優しく語りかける。子供をあやす様に優しく…。

 

そう、必ず迎えに行く。

 

「…」

「絶対に、絶対に迎えに行くから。それまで待ってて、ね?」

 

例えこの身が朽ち果てようとも、必ず迎えに行く。貴女が全てを終えた時に絶対に迎え行く。そしたらまた一緒に暮らそ?またあの暖かな日々を…。

 

「一人は…いや」

「一人じゃないわ。貴女が行く所は人が一杯居るの。きっと友達も出来る。寂しいなんて事は絶対にない」

「…何処?」

「学校よ。知識にはあるわよね?」

「ん…勉強するところ」

「そう。あと、友達を作る所」

「ともだち…」

「そうよ。此処では絶対に作る事が出来ないもの…だから、作っていらっしゃい。きっと掛け替えのない宝物になるから」

 

その存在は、きっと貴女の人生をより暖かな物へと変えてくれる。貴女を孤独から守ってくれる。もう、私は貴女を守れないけどその友達がきっと貴女を守ってくれるから…。

 

「…………行ってくる」

「良い子ね」

 

長い沈黙後、渋々ではあるが友達と言う物に興味が出たのだろう。私の言う事にあの子は従ってくれた。

 

…そうだ。大事な物をあげるの忘れていた。

 

「ミコト…」

 

ぽつりとそう呟く。

 

「?」

「貴女の名前よ。何時までも3510号だと友達出来ないからね。ミコト・オリヴィア。それが貴女の名前」

 

番号じゃなく。貴女が貴女だと言う証明する名前。貴女だけの名前。私が最後に送ってあげられるもの…。

 

「ミコト…ミコト…」

 

そう何度も繰り返し呟く。自分に言い聞かせるように。心に刻みつけるように。ミコトは何度も呟く…。

 

「ん…」

「気に入って貰えたかしら?」

「ん…クリスがくれたから」

「…そう」

 

泣きたくなるのをぐっと堪える。

ああ、卑怯な子だ。もう覚悟していたつもりなのに。そんな言葉を滅多に見せない笑顔と共に言われたら覚悟が揺らいでしまうではないか…。

 

「っ…これ!『織斑 千冬』と言う人に渡してちょうだい。きっと力になってくれる筈だから」

 

こみ上げて来る涙をぐっと堪え、手紙を取り出すとミコトに渡す。力になってくれるなんて何の根拠のない出まかせだ。これは唯の私の願望でしか無い。しかし私には彼女にしか頼れる人物なんて居ないのだ。

 

「ん…」

 

バサァ…

 

「ミコト」

 

翼を広げ飛び立とうとする彼女の背中に私は呼び掛ける。

 

「?」

「いってらっしゃい」

「…いってきます」

 

最後の、本当に最後の言葉を交わし、彼女は鳥かごから抜け出し翼を羽ばたかせて大空へと旅立った…。

 

いってらっしゃい…そして、さようなら。私の愛しい娘…。

 

娘が飛び去っていった空を眺めながら私はこの数ヶ月間を振り返った。短くも長い日々だった。満たされた日々だった。愛おしい日々だった。

 

最初の頃は、面倒な仕事を押し付けられたと愚痴を吐いていたと言うのに。いつの間にか、あの子と過ごす日々が楽しくなって。掛け替えのないものになって…。

 

気付けば、あの子の事を我が子の様に想っていた…。

 

私の部屋にはあの子との暮した思い出が詰まっており、あの子の写真も沢山保管されている。あの子との思い出。あの子との凄した日々。それは、私にとって宝物だった…。

 

どうか、あの子の行く先にも温もりが在りますよう…。私はそう願い天を仰ぐ…。

 

嗚呼…どうやら終わりみたいね。

 

後ろの通路から聞こえて来る大勢の足音。きっと軍の人間だろう。私の人生も此処で幕閉じだ。

 

「ミコト…さようなら」

 

そう呟いた瞬間、私の視界は紅く染まり。意識はそこで途絶えた…。

 

意識のとだえる瞬間、最後に脳裏に浮かんだのはあの暖かく優しかった日々だった…。

 

 

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――――Side ???

 

 

「研究所が所有するIS5機奪取が目的だったのだが…」

 

バイザー型のハイパーセンサーが映し出すのは黒煙を上げる研究所と、ハンガーに転がる4機のISの残骸。まさかこっちが襲撃する前に自爆するなんて思いも因らない事が起きてしまった。

 

面倒な事を…。

 

自決するのは勝手だがそんな事は私が関与していない所でやって貰いたい。スコールにどう報告すれば良いのやら…。

 

「ん…?」

 

センサーに反応が在りセンサーが指す方向を見ると、ハンガーからISは物凄い勢いで飛び出して来る。あの特徴的な翼。報告で聞いたギリシャが開発した第三世代か…。

 

「せめて1機だけでも確保しないと言い訳も出来ないか」

 

何せ、何処ぞの『お構いなしの雨』はこっちの事情など考慮してくれないのだから。

内心そう愚痴を溢すと『サイレント・ゼフィルス』奔らせ、飛び去った新型の後を追う。しかし流石は新型と言った所か、高速機動型なだけはあってこの機体では追い付けそうに無い。接近して取り押さえようと考えたが無理そうだ。なら自慢の羽を千切って落としてしまおう。そう判断した私は『スターブレイカー』を構えて照準を定めて撃ち放つ。

 

ビュンッ…

 

『…?』

 

「避けたか」

 

易々と回避され少しイラっとしながらも再度狙って銃を撃ち放つ。しかし結果は同じだ。何度撃っても奴には掠りさえしなかった。

 

「ちっ…ちょこまかとっ!」

 

『???』

 

「いい加減落ちろっ!……なっ!?」

 

苛立ちの籠った声でそう叫ぶ。しかし叫んだ瞬間センサーから新型の姿が消える。

 

「何処に消えた!…あそこかっ!?」

 

センサーが再スキャンした結果。新型は私が居る場所とはかなり離れた場所を飛んでいた。一瞬にしてあんなに距離を離されるとは。私は信じられない物を目にしている気分だった…。

 

『エム。作戦は失敗よ。戻りなさい』

 

急に響くISのプライベート・チャンネルの作戦失敗の意味する声。

 

「まだ終わって無い」

 

『いいえ。貴女のそのサイレント・ゼフィルスではあの新型には追い付けないわ。それに、随分とエネルギーを使ったんじゃない?』

 

声の主の言う通りゲージがかなり減っていた。このまま撃ち続ければ帰りのエネルギーまで使ってしまう事になるだろう。

 

『戻りなさい。良いわね?』

 

「っ…了解」

 

小さく舌打ちすると、私は方向変えて、新型とは違う方へと飛び去って行く。心に苛立ちを残して…。

 

…苛々する。まるで遊ばれているみたいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――Side 織斑 千冬

      IS学園

 

 

「今日の授業はこれで終了とする。解散!」

 

「「「「有難うございました!」」」」

 

こう今年も終わりか。毎年毎年、喧しい馬鹿者共が集まって来るが如何にか物になりつつあるな。まぁ、まだまだひよっこ以前だが…。

 

全員が礼をするとキャッキャッと騒ぎながら校舎へと戻っていくのを眺めつつそんな事を思っていると、キラリと何かが空で光った様に見えた。

 

む?何か光ったか?

 

陽の光で何かが反射して光った様に見えたが…気のせいだろうか?

目を細めじっと空を眺めると、やはり空でまた何かが光った。飛行機かとも思ったが明らかに小さい。それにこの速度…ISか!?

 

「山田君!今直ぐ生徒達を避難させろ!」

「え?な、何でですか?」

「いいから急げ!」

「は、はいぃ!?み、皆さ~ん!急いで校舎に戻って下さぁ~い!」

 

私の怒声に涙目になりながらも彼女は慌てて生徒達を校舎へと誘導する。どうにか生徒の避難は間に合いそうだが…しかし何処の馬鹿だ。白昼堂々とこの学園にISで乗り込んで来る奴は。

空を睨み待ち構える事10秒。小さな点だった機影も今ではハッキリと視認出来る。目立つ翼とシルエットから察して高機動特化機と言った所か?

 

良い度胸だ。捻り潰して委員会に叩きだしてやる。

 

そう後の事を考えながらも演習で使用していた打鉄に乗り込み。さあ、相手になってやろう。と、勢い良くスラスターを噴かせ向かってくる未確認機体と接触…する筈だった。

 

「…何?」

 

余りにも予想外の結果に、呆然と後ろを振り向く。

なんと、接触すると思われたソレは。私など見向きもせずに横をすり抜け、そのまま校舎の方にも向かう事無く大きな爆音と共にグランドにクレータを作り停止したのだった…。

 

「んきゃあああああっ!?」

 

…どうやら爆風に巻き込まれた馬鹿者がいるらしい。聞きなれた同僚の間抜けな声に、私は頭を押さえやれやれと溜息を吐いた…。

 

 

 

 

 

 

「この機体。酷く破損してますね。よくこんな状態で…」

 

グランドに墜落してきた機体は酷い状態だった。両足は千切れかけ、本来なら美しかったであろうその大きな翼も表面が剥げ、無残な物だった。

 

「攻撃による物では無いな。機体の方が耐えられなくて自壊したのか…」

 

一体何処から飛んできたかは知らないがとんだ欠陥品だな。この機体は…。

 

長距離飛行に耐えられず自壊するとは。ISと呼ぶには余りにも酷い出来だ。元々ISは宇宙空間での活動を想定し、開発されたマルチフォーム・スーツ。現在は軍事転用されているが、それでも攻撃されたのなら兎も角として。飛行しただけでこうはならないだろう。

 

「何処の機体でしょう?見た事無いですね」

 

私の記憶にもこんなISは存在しない。こんな余りにも特徴的な機体を見れば忘れる事はないだろう。

 

「どこぞの国が鉄砲玉として送り込んで来たかとも思ったが…どうやら違うらしい」

「て、鉄砲玉って…」

 

そんな馬鹿な事を考える連中がこんな間抜けな事をする訳も無いだろうし、それにこの機体。どうやら武装もしていないらしい。

 

「と、とりあえず!パイロットを助けましょう!…ってええ!?」

「…っ」

 

これは…どう言う事だ?

 

クレータを滑り降り、半壊した機体からパイロットを引き摺り下ろそうとコクピットに近づいた私と山田君はパイロットの顔を見て言葉を失う。何故ならそのパイロットは…。

 

「お、織斑先生…?」

 

私と瓜二つの少女だったのだから…。

 

 

 

 

 

あの後、私と山田君は急いでこの少女を保健室に運んだ。幸いな事に、シールドはちゃんと機能していたため彼女の身体に怪我は存在しなかった。

 

「疲労で眠っているだけで、命には別状はないそうです」

「そうか…」

 

夕陽に照らされて茜色に染まる保健室のベッドで白い少女は眠っていた。彼女の言う通り本当に疲れていただけなのだろう。その表情はとても安らかな物だった。

 

「あの、この子は一体何者なんでしょうか?えっと、その…何て言うか…」

「私に似ている、と?」

「あ、はい…」

 

言葉に困っていた彼女に私はハッキリと発言すると彼女は目を逸らして頷く。確かに聞き辛い事なのかもしれないが、真実を先程知ってしまった私にとっては何を今更と言った感じが強く。特にコレと言って気にする様な事は無い。

 

不快極まりない事は変わらないがな…。

 

ポケットから封筒を取り出すとそれを睨みながらそう思う。この少女を保健室に運んだ後。私はこの封筒の中身を確認したが。本当に不快極まりない内容だった。

 

「あの…?その封筒は?」

「別に中身を見ても構わないですよ」

「え?あ、はい。えっと、手紙…ですね?なになに……これは」

 

手紙の内容に彼女の表情が困惑から一気に眉がつり上がり真剣な物へと変わる。唯事では無いと判断したのだろう。まぁ、この学園に居る以上、こう言う事は表に見えないだけで裏では日常茶飯事なのだが。今回はかなり特殊な例だ。

 

「この浸みは…涙ですね。それに何度も書き直した痕…」

「…」

 

この手紙を書いた本人はこの少女とどんな関係で、どんな気持ちだったのだろうか。私にそれを知る術は無いがきっと悔しい気持ちで一杯だったに違いない。この少女を手放す不甲斐無さ。この少女を守れない自分の無力さで…。もし、自分もこの書き手と同じ状況だったらどうしただろう。一瞬、弟の顔が頭を過ぎったが直ぐに私はそれを振り払う。

 

私は、決して手放したりなどしない。守ってみせる…。

 

「…あとは、データディスク?」

 

封筒から出て来たのはデータディスク。私を不快にさせた原因がそのディスクの中に入っている…。

 

「何が入ってるんでしょう」

「『クローン計画』とやらの情報だよ」

「クローン…計画…ですか?」

「さっきも君は言っただろう?私にそっくりだと。つまりそう言う事だよ」

 

クローン計画。私の遺伝子でクローンを培養。私と同じ能力を持ったIS操者を量産すると言うふざけた計画だ。まさか私が知らぬ所でそんなものが行われていようとは…。

 

「そんな…だ、だって!人間のクローンは!」

「国際条約で禁止されている。だが、これは事実だ」

 

目の前の少女は紛れの無く私のクローンだ。肌と髪の色は異なるがな…。

 

「…この子どうするんですか?」

「…」

 

―――この子を 守って。

 

守って…か。何と身勝手な事を言ってくれる。

 

IS学園特記事項。本学園に於ける生徒は、その在学中に於いて、ありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。この学園の生徒になれば少なくとも3年は身の安全が保障される。そして、この少女なら生涯安全が保障されるだろう。その寿命故に…。

だが、それは学園側が受け入れればの話だ。こんな厄介事受け入れるとは考え辛い。特に、この子に出生を知れば尚更だ。

 

「この子を守ってって…この手紙を書いた人はどうしたんでしょうか?」

「…さあな。最悪、死んでいるかもしれんな」

「そんな…だったら何でこの子と一緒に逃げなかったんですか!?」

「この少女個人なら学園が受け入れる可能性が高くなるからだ。この手紙の主が一緒に居れば学園の性質から考えて確実に受け入れを拒否しただろう。少しでもこの子供が助かる確率を高める為、自分の命を切り捨てたか。別の意味でもな…」

 

あの機体の破損状況。一人だから此処まで辿り着いたものの、もし二人なら途中で墜落していた。

そして、この学園でなければ延々と逃亡生活をしなければいけなくなる。死と隣り合わせの…。国は絶対に逃がしはしないだろう。ならせめてこの子だけは…と、そう言う事だ。

 

やれやれ…。

 

がしがしと頭を掻く。望んでも居ないと言うのにどうして厄介事とは立て続けにやって来るのか。それに…。

 

「…盗み聞きとは良い度胸だな。更識 楯無」

「えっ?」

「あらら…ばれてましたか」

 

ぱちんと扇を閉じる音を響かせひょこりと保健室の入口から顔を覗かせると、奴は悪びれる様子も無く部屋に入ってくる。

 

「何の用だ?まぁ、聞かなくても分かるが」

「はい♪生徒会長としてのお勤めを♪あとそのディスク下さいな♪」

「ほざけ。暗躍する生徒会長なんて居るものか。あとやらん」

 

どうせ遅かれ早かれ自力で情報を入手するだろうが。

 

「人聞きが悪いですね。せめて警護って呼んで下さいよ」

 

扇で口元を隠して優雅に笑う更識だったが。その笑顔を向けられた私はまったく笑ってはいなかった。寧ろその笑顔を見て唯でさえ苛立ってると言うのに更に苛立ちが増し、隣に居る山田君ががくがくと震えていた。

 

まったく、とことんイラつかせる奴だ…。

 

「ああ、あと。あの機体の解析が終わりまたよ」

 

何故それを貴様が知っているなどとは聞かない。もう質問するのも疲れる…。

 

「機体名は【イカロス・フテロ】何て言うか、名は体を表すって感じですね」

「イカロスの翼、ですか…ギリシャ語ですね」

「皮肉な名前を付けたものだ。由来した物語と同じ結末になるとはな。笑えん」

「機体の方も欠陥も欠陥ですからねぇ…どうするんです?このイカロス少女」

 

…。

 

「…貴様はどうして欲しいんだ?『生徒会長』殿?」

「私としては厄介事を持ち込まれるのは困りますけど、このIS学園に厄介事なんて日常茶飯事ですし。今更って感じですね」

 

否定出来ん…。

 

くすくすと笑う更識に頭を押さえる。本当に彼女の言う通りなのだから困る。だからこそ持ち込みたくないのだが…。

 

「私は『委員会』の決定に従うだけですよ。それが仕事ですから」

「ふん、狗が」

「酷いですね。生徒会長と言う責務を果しているだけじゃないですか」

 

黙れ女狐め。

 

「それで、どうするんです?」

「…さて、な」

 

安らかな寝息をたてている少女を見る。

 

―――この浸みは…涙ですね。それに何度も書き直した痕…。

 

…まったく。

 

助けてやる義理は無い。寧ろ自業自得とも言えるだろう。しかしあの手紙の事を思い出すと、どうしても良心がズキズキと痛む。あの一言は無駄に言葉を並べるよりも遥かに重みがある物だった。

 

「はぁ、面倒事が増えたな…」

 

今からやらなけれならない山積みの仕事の事を考えると、溜息を吐かずにはいられなかった…。

 

 

 

 


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