今回、下手したら皆さんに見捨てられるかもしれません。ですが話の展開の都合上、出しておいたほうがいいなと思い投稿しました。まあ……閲覧数が減った場合はその時はその時ということで。
ということで今回も行き先不明、無秩序無軌道運転で参ります。
「お、おおおおおおお、お前一体……!?」
素っ裸のままで年頃の少女の前に出るわけにもいかないので、ダイスケはとりあえず自分の上に被さっていた布団で下半身を隠し、同じく全裸の少女に手近にあった白い布を投げ渡す。
「と、とりあえず、それを羽織れ。」
「んー、これ使っていいノ?」
もちろんダイスケは相手の姿を見るまいと適当に投げたものなので、それがなんなのかわかっていない。だが、何も無いよりはマシだろう。
「き、着たか?」
「ウン、大丈夫ネー。」
これで一安心、と思ったがそうは問屋が下ろさない。
「ブゥゥゥゥゥゥウウウウウウ!!!」
渡した正体不明の白い布で大失敗。ダイスケが投げ渡していたのは脱ぎ捨てられていた状態でそこにあった自分の制服の下に着るワイシャツだった。
つまり、彼女は現在所謂「彼シャツ」の状態だったのだ。しかも結構いいスタイルなのでボディーラインが白地のシャツで強調されてなかなか……ゲフンゲフン。兎に角そんなで可愛らしく「キョトン」とした顔で見つめてくるからその破壊力は半端ではなかった。
「ねぇ、どうしたノ?なにか、この格好まずかった?」
「いや、ちょ、その格好で近づくな!もっとマシなの渡すから!!」
「えー、別にこれでもいいけド。」
「俺が良くない!!!」
無邪気に近づいてくる少女をなんとか押しのけようとしていると、玄関のチャイムが鳴る。
「ダイスケくーん、どうしたんですかー?ご飯食べてないんだったら、早くしないと遅刻しちゃいますよー!」
なんと最悪のタイミングで榛名が来た。もっと最悪なことに昨日自宅を出た時に見つからないように裏口から出たので、榛名はダイスケが遅くに帰ってきたことを知らない。つまりいつもの調子で彼女はやってきたのだ。
「あ、い、い、今行く!!!」
「あ、ちょっと!!」
彼シャツ状態の少女の制止を振り切り、慌てて箪笥から自分の下着一式と上着を持って自室を出るダイスケ。幸いなことに家の構造上、階段で裸になっていても途中までは玄関からは見えない。急いで下着を着、適当なズボンと上着を羽織り玄関へと向かう。
「あ、おはようございます……どうかしたんですか?そんなに慌ててきて。」
「お、おう、おはよう。いやそれが、昨日の晩に熱出ちゃって。今日はさすがに休もうかなーってさん。」
一刻も早く榛名を追い出して事態の収集に努めたいダイスケは、思わず根も葉もない嘘をついてしまう。完全にその心理状態は彼女か妻が浮気している現場に偶然居合わせた時の男のものだ。別に付き合ってるわけじゃないのに。
「え、そうなんですか。なら、私お粥でも作りますよ。」
「い、いや、別にそこまでする必要ないって!!粥ぐらい自分で作れるし、ご飯も炊いたのがあるし!」
「でも、熱があるんでしょう?そんな時に火を扱うなんて危ないですよ。」
「いやいやいやいや!だいぶ熱も下がってきてるし、休むのも大事をとってだから!!」
本当はインフルエンザで熱が42度出ていても学校に行きたいのがダイスケの本心だ。その最大の理由は皆勤賞を獲って進学ないし就職で少しでも有利にしたいというものである。だが今回ばかりはそうも言ってられない状況で、皆勤賞も涙を飲んで見送らなければならないかもしれない。それほどの決心をダイスケはしているのだ。
それ以前に先日の戦闘で倒壊した校舎のことを考えると今日は休校なのだろうが。
「そうですか?なら、いいんですけど……。」
「うん、いいんだ!ほら、早く百八十度回頭!もたもたしてると榛名が遅刻しちまうぞ!!」
玄関で立つ榛名の方を掴んで無理やりドアの外へ出そうとする。榛名は困惑しながらもされるがままに従う。そして、あとちょっとで出て行ってくれるというそのとき。
「ダーリン、その娘誰なノー?」
背後に聞こえてくるまだ若干眠たげな声。恐る恐る振り返るとすぐ後ろに件の少女の姿があった。まだ彼シャツの状態だったが、幸いなことに下着だけは履いてきてくれていた。いや、どっちにしろ最悪な状況なのには変わりないが。
だが、もっと衝撃を受けているのは榛名の方だった。
「……あの、そのヒト誰ですか?」
完全に目からハイライトが消え、返答次第ではただではおかないという意思を明確に伝える榛名。だが、ダイスケ本人が事情を知らないのだから返答のしようがない。
そんな事情もお構いなしに少女はダイスケの腕に抱きつく。
「あ、ひょっとしてダーリンのお友達?なら、はじめまして!私、イギリスから来たエリザベス・D・マサノといいマース!!よろしくネ!」
今ダイスケですら初めて知った情報がいくつかあるが、榛名が最も気になったキーワードがひとつあった。
「あ、あの、ダーリンって……。」
「ハァイ!ワタシ、ダーリンと結婚して強い子を産むために来たデース!」
朝っぱらから胃がもたれるような単語をよくもまあスラスラと出せるものだ。おかげでダイスケも榛名も口をあんぐりと開けて固まってしまって、自宅の中から聞こえる「お姉さまーどこですかー」というこれまた知らない少女の声にも反応できずにいる。
「お、お前なぁ!何、突然訳わかんないこと言ってるんだよ」
「わからないって、そのままの意味だけド?っていうか彼女、大丈夫?」
「へ?」
見れば榛名が完全に混乱して思考停止状態に陥っている。
「結婚……ダイスケくんと……子作り……きゅう。」
バタンッ
膨大な情報が一気に流れ込んでしまって榛名の脳細胞はついにエラーを起こし、彼女を昏倒させてしまった。
「おい、榛名、榛名!……はるなぁぁぁぁぁああああああああ!!!!」
この日三回目のダイスケの叫びが、近所に響いた。
*
「納得のできる説明をお願いします。」
「だから言ったでショ?アナタと強い子を作りに来たって。」
「それがわからねぇって言ってるんだよ、こっちは。」
「あ、マーマイト使います?」
「絶対使わねぇ。つーか、お前の方は何でそんなにナチュラルに会話に入り込めるんだよ。」
「それはお姉様の妹ですから。」
今は玄関で倒れた榛名をなんとか起こし、妹の霧香に引き取ってもらったあと。ダイスケは自分の妻を名乗るエリザベスという少女とその妹と一緒に朝食を食べていた。ちなみに妹の方はマリア・D・マサノというらしく、テーブルに並んだ朝食を作ったのも彼女だった。ただ姉のエリザベス曰く「マリーに煮込み料理をさせるのは鬼門なんだけどネ……」とのことらしいが。
テーブルに並んでいるのはこれまた典型的なグレートブリテンといった朝食といった料理が並んでおり、そこにはマリアがわざわざ持参しというマーマイトまでがテーブルの上に鎮座している。
学校の方はもう皆勤賞は諦め、既に今日は休むことを担任には伝えてある。多分、今目の前に転がっている事案の方が将来の人生設計以上に自分に関わるはずだからだ。だが、いくら訪ねても彼女たちは先に行ったこと以上のことは言わない。
「頼む、詳しい話を教えてくれ。イッセーたちがどうなったのかも知りたいし、なんで俺がお前と……その、子作りしなきゃならないかってのも知りたいし。」
「ダーリンの仲間のことなら心配いらないネ。ワタシが作った解熱剤で熱は引いてるし、みんな無事ヨ。」
「そうか……ありがとうな。」
「oh、感謝されちゃったネ!お礼は男の子女の子両方ずつで……。」
「それとこれとは話が違う。」
ぺし、と軽いチョップ。
「でも、お姉さま。この人にはある程度の事情を知ってもらったほうがいいんじゃないですか?」
助け舟を出すマリア。常識的に考えて名前も知らない人間から突然「結婚してくれ!」と迫られてはい、わかりましたと素直に承諾する人間はいないだろう……松田と元浜あたりならやりかねないが。
「……じゃあワタシたちの身の上話、聴いてくれる?」
話はこうだ。彼女たちはイギリスはカンブリア州、バロー=イン=ファーネスの出身。実家が古くからある魔術師の家系なのだそうだ。
そこへ生を受けたエリザベスとマリアの二人は、二人共神器を授かって生まれてきたという奇縁に巻き込まれてしまう。それも二人共も同じ系列の特殊な神器であったというのが不幸の始まりであった。
「そりゃあ、確かに不気味ネ。自分たちの血族の中に訳のわからない神器を持った子供が二人も生まれちゃったんだから。」
名のある神器を持って生まれたのならば歓迎もされただろう。だが、彼女たちの神器がこれまで発見されたことがない神器であったと知った一族は彼女たちを恐れ、半隔離状態にしたという。発現したのが持って生まれた魔術の才能を徐々に開花させつつある時期だったというのが重なり、彼女たちは未来を嘱望されつつあった中で突然どん底へ突き落とされてしまった。
「だから、自分たちでバックボーンを作るために二人で黄金の夜明け団に入団したり、二人で自分たちの神器がどんなものなのかの研究もしていったネ。」
「そうやって、自分たちで調べていくうちに自分たちの神器を持っているっていうのを最近になって感じ始めたんです。ちょうど、二ヶ月ほど前でしょうか。」
その時間はダイスケが神器を初めて発言させて経過した時間とほぼ一致している。
「それで仲間の存在を察知して日本にやって来たってことか……。」
「スゴイでショ?」
「いや、凄すぎだろ!!どこにいるのか、そもそも本当にいるのかさえも不確かなのによく俺を探し当てたな!っていうか、ほんとに俺らは同種なのか?それすら俺にはわからないんだけど……。」
「大丈夫ネ。ほら―――」
そう言ってエリザベスはダイスケの手を取り、その掌を自分の胸へ通し当てる。
「いや、ちょ―――……あ。」
最初はエリザベスの突然の行動に慌てたダイスケだったが、次第に自分の胸の奥に温かいものが去来するのを感じる。それを感じるのはもう何年ぶりなのだろうか。両親を突然失い、それ以来感じることがなかった感覚。祖父と祖母のそばにいるときよりも強く感じた懐かしい、両親と一緒にいた頃の家族の温もりであった。
「ね?これだけ一緒にいて安心できるなんて、縁も由もない他人同士じゃ感じられないネ。」
「結局、フィーリングかよ……。」
口では小言を言うダイスケであったが、どんなに理路整然とした理屈を並べる以上に同族の力が宿っていることを実感していた。
だが、同時にあることもダイスケの脳裏に浮かび上がってくる。昨日、コカビエルが自分に言った「ゴジラ」という言葉だ。紛れもなくあれはダイスケに向けた言葉である。
「じゃあ、俺の神器はゴジラを封じたもので、お前たちのもそれに連なるものってことか……。」
既にカマキラスが実在することや、昨日のコカビエルの発言から考えればこれは充分にありえることだ。それでも自分に「怪獣王」の異名をとる大怪獣が宿っているとは想像もつかなかった。
だが、熱線を放つことや鎧の色が黒かったこと、そして身内の危機に対して敏感になったことを思い返せば納得ができる。各作品を見返せばわかるが、ゴジラという怪獣は同族の危機に対して非常に敏感で、それを害そうとするものはどのような相手であっても徹底的に粉砕しようとし、そして実行する。
「思い返せば心当たりはいくつもあるけど、いくらなんでもなぁ……。」
自分の身に宿るもののことを考えるとどんどん気が滅入ってくるダイスケ。忘れがちだがゴジラの神器が存在するということは、かつてゴジラが大暴れしてその結果ドライグのように封印されたということだ。絶対に因縁がある奴が出てきて生死を賭けるような事件に巻き込まれるのに決まっている。
さらに気が滅入ったダイスケだが、ゴジラを宿すのは自分だけではないことを思い出してエリザベスとマリアを見る。
「あ、あのな……いろいろ考えるとあれだけど―――」
「Wow!私たち世界一有名なmonsterだなんてすごいネ!!」
「きっと、このことを知ったら本家の連中マジでビビりますよ!!ざまーみろです!」
大して気に病んでなかった。それどころか嬉々としてエリザベスはダイスケの腕に抱きついてくる。
「ゴジラみたいにmajorな怪獣なら、きっとドラゴンの子を授かるより強い子が生まれるネ!!二人で頑張ろ、ダーリン!」
「あ、子作りってそういうことかよ!!」
ダイスケはここでようやくエリザベスが言っていたことを理解する。以前ドライグから聞いた話だが、歴代の赤龍帝の籠手の所有者はドラゴンを身に宿すことで同時に強い“力”も宿し、多くのものを引き寄せたという。その内の一つが異性だ。歴代所有者の中には毎晩違う女と肌を重ねたという猛者もいたらしい。それと同じ理由で、エリザベス自身の力とダイスケの力を「子供を産む」という形で一つにしようというのだ。
おそらくそれには先の話の中にあった彼女たちの実家云々が関わっているのだろう。さしずめ「隔離扱いされているのを挽回するために強い力を持った血族を産もう」といったところだろうか。その思考に至ったダイスケは、途端に彼女たちに対する態度を硬化させる。
「……そういうことならイッセー、赤龍帝の奴に頼め。あいつなら喜んで引き受けてくれるよ。」
そう言ってダイスケは抱きつくエリザベスを乱暴に振りほどき、食器を洗うためにシンクへと向かう。
「え!?な、なんで!?」
突然態度が変わったダイスケに驚くエリザベス。正直なところを言えば、彼女は自分の容姿が世間一般で言うところの「美少女」のカデコリーに当てはまることは自覚していた。それを自慢する事もひけらかす事もすることはない人物ではあったが、それでも拒まれはしないだろうという自負はあった。それを拒まれたのだから受けた衝撃は大きかったのである。
「なんででもだ。とにかく俺は、そういう頼みは聞いてやれない。でもオカ研のみんなを助けてくれたのは事実だし、俺が苦しんでたのも……その、方法に関しては含むところはあるし、初めてだったのにってのもあるけどそれでもお前らは助けてくれた。だから子作り以外のことなら、なんでも恩返しとして手助けできるところはする。」
言いながらダイスケは食器を洗剤とスポンジで洗い始める。エリザベスはその背中に向けて言葉をかけようとするが、ダイスケの言外の圧力で黙ってしまった。
「さっき見た荷物で分かったけど……マリアだっけ、お前たち今夜の宿無いんだろ?」
「え、はい……貴方を見つけることができたんで、昨日のうちにホテルを引き払っちゃったんです。」
「なら日本にいるあいだは家に泊まってくれていい。部屋は空いてるし、食費もあと二人賄う分は余裕がある。適当料理でいいなら三食も出してやる。俺が恩返しとしてできるのは……今はそれぐらいだ。」
しばらくのあいだ、キッチンには流水音と食器を洗う音だけが響く。そんな中、所在無さげに佇むエリザベスを見かねたマリアが切り出した。
「……あ、そうだ!お姉さま、今日は日が昇っている間にいくつか行かなきゃならない所がありましたよね!?」
「……うん。」
「そういうことなんで、半日家を空けるんですけどいいですか?」
「ああ。回るところが多いんだったら早めに出かけとけ。その食器も俺が洗ってやる。」
「それくらい手伝いますよ!三人で手分けしたほうが早いでしょうし。」
「いや、俺ひとりでいいよ。行ってこい。」
「いえいえ、手伝いま「いいから」……はい。行きましょう、お姉さま。」
ダイスケの圧力に押されたマリアは、ついに姉を引き連れて引き下がった。
そしてダイスケは食器を洗って乾燥機に入れるというルーチンワークに集中し始める。そうしなければ胸の奥のしこりに気を取られてしまいそうになる、そんな気がしていた。
*
「……で、時間割変更とかはないんだな?わかった、教えてくれてありがとうな―――え、あいつ?うん、しばらく泊めてやることにした。大丈夫だって、部屋はあるし。間違いなんか起こるかっつーの。うん、うん、ああ。わかってるって。じゃあ、おやすみ。」
通話を終え、ダイスケは携帯を充電器に置いた。そして先ほどの榛名との電話で聞いた翌日の時間割を元に必要な教科書とノート類をカバンに詰め込んでいく。
いくら同居人が増えたとは言え、その世話にかまけて明日も学校を休むわけにはいかない。今日知ることができなかったオカ研のメンバーの様子も見るためにも明日の登校は絶対だ。そうして明日の準備を終え、奇跡的に課題がなかった事に感謝しながらダイスケはベットの中に潜り込む。
とにかく今日一日、ダイスケの機嫌は悪かった。
世話をする人間が二人も出来たからわけではない。エリザベスのことについてだ。
夕刻頃に帰ってきた二人は「ディナーは自分たちが作る」といってそのままキッチンを占拠してしまったので、居場所を無くしたダイスケはとりあえず自室にいた。その時、不意にマリアがダイスケの部屋に入ってきたのである。
なんでも「カレーぐらい一人で作れるから野菜を切ったあとは手を出すな」と追い出せれてしまったらしい。マリアの鍋料理はそんなにひどいのかとダイスケは戦慄したが、本題はそこではなかった。彼女の要件は、朝話していなかったエリザベスのもうひとつの話についてであった。
『実は……私たちの神器が原因で実家で腫れ物扱いにされたっていうのは単なる名目。本当は別の理由があったんです。』
それは、彼女たちの両親に関することであった。
彼女たちの父は実は日本人である。留学中に当時クラスメイトだった母と出会い、結ばれた……と普通ではここで終わる話が、母の血筋が絡んで複雑な話になってしまった。
先にも話したとおり、エリザベスとマリアは古くからランカシャーを拠点に活動してきた魔術師の家系だ。その為、一族の者の婚姻に関しては非常にうるさい。母方の祖母の方は地元の、それも本家筋から来た祖父と結ばれている。
そうやって裏の事情がわかる者たち同士で行ってきた婚姻の伝統を傍流とは言え母が破ろうとしていたのだ。よってエリザベスたちの両親の結婚は本家によって大々的に反対されてしまった。それに相手である父が日本人であるということも足を引っ張ってしまった。
イングランドの中で古くから続く血に外国人が、それも宗教的に無関心と言われる日本人の血が混ざろうとしているのを本家の古い人間たちは許さなかったのだ。それでも祖母と祖父は認めてくれた。自分たちも追放されかもしれないのを覚悟の上でだ。そうやって最大の理解者を得て本家の反対を押し切った父と母は結婚をし、半ば逃げるように二人は密かにエリザベスとマリアを生んだ。
結婚してからしばらくはなんとか隠れ通すことはできた。だがエリザベスが五歳、マリアが四歳になった頃についに追手に捕まってしまう。その結果、彼女らの父と母は引き裂かれてしまったのだ。
時代が時代ならエリザベスとマリアの命が絶たれてもおかしくはなかったが、流石にそこまでされなかったのは幸いであった。だが父と母が再会することは許されず、半ば隔離状態にされてしまう。許された接触は、時折出す手紙ぐらいだ。
辛い状況下ではあったが、それでも必死に現状に抗い、誰にも愚痴をこぼさずに二人を育て、魔術の知識をも授けた。
そんな二人に提示された唯一の両親が再会しても良いという条件は、「何らかの形で家に貢献し、実績を挙げること」であった。
二人は学んだ魔術の中でも治療術に関する力に目覚め、本家の者も凌ぐ実力を得ていった。圧倒的に悪い環境下で、それでも実力をつけていったのは自分たちも一族の一員であると認めさせるためであった。それでも彼女達は一族のファミリーネームをミドルネームとして使うことしか許されず、父との再会も許されなかった。
ならば自分が得た知識を発展させて実績を認めさせようとしたエリザベスとマリアは、なんと飛び級でロンドン大学の薬学部に入り、古くからある伝統の薬事療法から着想した新薬の開発を幾つも成功させた。それは文字通りの血の滲むような努力である。
だが、ここまでの実績を上げても現状は変わらなかった。新薬の特許権が生み出す莫大な利益も、家族の再会の条件にはまだ満たないと言うのである。
そんな中、彼女達はダイスケの存在を知る。確かに感じた同族の生命の波動は遠くからでも感じられるほど力強く、ドラゴンのような強力無比な存在であることは確実であった。その者が持つ遺伝子にもその影響は出ているであろうことも。
しかしそれはすぐに本家の者に知られてしまう。そして与えられた命令が「強力な神器を持つ者の血を血統に組み込め」というものであった。これまで外部の血を拒み続けてきたにもかかわらず、ダイスケの存在が血統を強くするのに有用であるとわかると突然掌返しをしてきたのだ。
だが、この身勝手な言動に怒りを感じようと、両親を再会させる条件であると言われれば呑まざるを得ない。この一つ事を成す為に、彼女達ははるばる日本にやってきたのである。
『……で、それを俺に教えてお前はどうしたいんだ?』
『わかりません……。でも、あなたにはこのことを知っていて欲しくて。お願いです、どうかお姉さまの力になってもらえませんか?』
そう言っていたマリアの瞳は濡れていた。その光景がダイスケの頭から離れず、エリザベスが作ったカレーもまともに味わうことができなかった。彼女たちの境遇には同情するし、なんとか力になってやれることはないかと思うのが人情であるがその方法も思いつかない。
自分に一体どうしろというのか。勝手に現れて、勝手に巻き込み、それでも彼女達は自分を助けてくれた。恩があるのは確かだが、かと言って自分にできる恩返しなど一宿一飯で返すことぐらいだ。
「―――ああ、クソッたれ!!」
日課の深夜のネットサーフィンも深夜ラジオを聴くことも放棄し、電気を消してからベッドに飛び込んで顔までタオルケットをかぶる。とにかく今は明日に備えて寝るだけだ。そう自分に言い聞かせて瞳を閉じれば、いつの間にやら微睡みがいい感じで襲ってくる。
やがて意識は混濁し、目覚ましを鳴るまで眠るだけだった。それでダイスケにとっての今日が終わる……はずだった。
―――ガチャリ
非常にゆっくりと、かつ静かにドアノブが回され、極力音を立てないようにドアが開かれた。最新の注意の下に行われた一連の行動は、微睡みに中にあるダイスケの警戒心を掻き立てさせないことに成功する。
―――ファサッ
今度は体の上に掛かっているタオルケットがはだけられた。普段から寝るときはシャツとパンツだけというずぼらな格好のせいで一気に肌寒くなる。
「……んん。」
思わず肌寒さで身をよじり、何が起きたのかと半分眠っている重たい瞼を開ける。そこには、ネグリジェ姿でダイスケの上に馬乗りになったエリザベスの姿があった。
「―――……何してるんだ、やめろ!」
「お願い、そのまま寝てくれてるだけでいいから!おとなしくして!!」
エリザベスは手をダイスケのパンツにかけて無理やり脱がそうとするが、そうはさせまいと激しく抵抗する。肌着一枚の男女がベッドの上で絡み合うが、そこには愛もなにもない。
「やめろって……言ってるだろ!」
流石に体格差で腕力はダイスケが勝り、エリザベスは馬乗りのまま肩を掴まれて引き剥がされる。
「なんで……?別にあなたが拒む理由なんてないじゃナイ。最悪、子供のことは私が責任を持てばいいんだから。」
「俺はそれが嫌なんだよ!女に子供産ませといて認知もしないなんて無責任なことできるか!」
「でも私にはそれしか―――「お前の家のことだろう?」……マリアが話したんですネ。なら、なんで私がこういうことをするのかわかるでショウ?」
風に揺らぐカーテンの隙間と、雲の切れ間から時折差し込む月明かりしか見えない暗闇の中ではあるが、エリザベスの表情は昼間の明るげなものとは違うことが声色でわかる。
「わかるよ。お前のトコの事情も、なんでこんなことをするかも。お前がとてつもなく険しい道を突き進んでいったってのもわかる。」
「だったら―――。」
―――ポタリ
ダイスケの頬の上に、冷たい雫が落ちる。最初はそれが何なのかわからなかったが、月の光が徐々にエリザベスの顔を照らしていったことで雫の正体がわかった。
彼女の、涙である。
「だったら、私たちにもう手段がないのもわかるでしょう?本来の家族のかたちに戻すためにどんなことだってやってきた。なのに……何をしても認められなかった!」
一粒だった涙の雫は次々に数を増やし、エリザベスの頬はおろかダイスケの顔をも濡らしていく。
「ワタシだって本当はママみたいに恋愛をして、好きなヒトと一緒になりたい!―――でも、自分を殺さなきゃ……ホントの家族に戻れないノ!」
「……なら尚更だ。」
そう言ってダイスケは泣きじゃくるエリザベスを自分と向い合わせになるように座らせる。
「お前が言う「ホントの家族」が欲しいなら、そんな本家の連中の言うことなんか聴くな。他人の都合なんか構うことはない。お前がほんとにしなきゃならなのは、理不尽に打ち勝つ『力』を得ることだ。」
「『力』……?」
「そうだ。それも、神器や魔術の力みたいな単純なものじゃない。お前の家が持つ権力以上の力のことだ。ラッキーなことに、俺の身近にはそういう『力』を持つ人……っていうか、悪魔がいる。」
言いながらダイスケは枕元のテッシュを何枚か出して渡してやる。
「それでな、その人らと関わってから俺の人生、波乱万丈よ。それこそ昨日のは裏の世界のバランスに関わるデカイ事件だった。そんな事件に俺と一緒に関わって事件解決に一役買ってみろ。その人の兄さんは魔王だから相当なお礼と信頼が貰えるぞ。っていうか、昨日ので絶対感謝されると思う。」
「でも、そんな都合のいい―――「できるさ。お前みたいなすごい奴なら。」」
言われている方は自信なさげだったが、ダイスケは諭すようにエリザベスの手を握る。
「そんでもって、少しづつ手柄を立てていけばお前を支持してくれる偉い人だっているだろうさ。そして、クソみたいな連中からお前のお袋さんを奪い返せ。文句を言わせないくらいの『力』を得て。」
「……いくらなんでも滅茶苦茶ネ。」
「ゴジラってのはな、身内が危機になったらどんなことをしても助けようとするんだ。お前もゴジラの力を持つものなら、きっとできる。それに……俺がいる。」
握る手の力が、さらに強くなる。
「朝はあんなこと言ったけど事情を知っちまったんだ。恩返しも含めて手伝わせてくれ。片方だけでも家族がいないってのは……淋しいものな。」
「ダーリン……?」
幼い頃に両親を失ったからこそ、家族が引き裂かれる悲しみはダイスケにもわかる。だが、彼女たちの場合はまだ修復できる余地はある。もしも自分と同じ悲しみを知った人がいて、まだ救える見込みがあるのなら手を差し伸べたい。それが自分にできる、仲間を救ってくれたことに対する最大の恩返しなのではないかとダイスケは思うのである。
だが、そういった事情を知らないエリザベスには、ダイスケがどうしてこんな申し出をしてきたのか理解できなかった。
「ねぇ……ほんとにいいノ?昨日の今日突然現れて、子供を作らせろなんて身勝手なことを言ったワタシに力を貸してくれるなんて。それにアナタが言った方法は確かに効力はあるだろうけど、本当にその信頼と支持を得られるかどうかなんて……。」
これまで自分と妹の二人だけで戦ってきた彼女にとって、ダイスケは初めて助力を申しだてきた人間だ。その所為で本当に信用していいのか判断ができずにいる。だが、ダイスケは「あ゛あ゛~!」と言いながら頭を掻きむしるとはっきりと言い放った。
「ごちゃごちゃ言うな!黙って俺を頼れ!!」
突然張り上げられた大声にビクッとなるエリザベス。つい感情的になってしまったことに「しまった」と慌てたダイスケだったが、ややあってエリザベスの瞳から一旦止まっていた涙がこぼれ落ちたことで自分がしてしまったことの重大さに気付く。
「ごごごごご、ごめん!泣かすつもりはなかったんだ!!」
突然謝られて気がついたのか、慌ててエリザベスは頬を伝った涙を拭う。
「―――う、ううん!怖かったからとかじゃなくて、その……嬉しくて。誰かに頼ってくれなんて言われたの、初めてだから。」
「あ、そ、そうか……。」
とりあえず自分が悪くないということが分かって胸をなでおろすが、無意識に彼女の手を握っていたことに気付いて慌てて手を離す。
「あ、ご、ごめ―――うわっ!」
手を離したはいいが、勢い余ってベッドから転がり落ちてしまい頭を強打する。その姿は先ほど「自分を頼れ」と言い放った者と同一人物であるとは思えない。その情けない姿を見てエリザベスは思わず苦笑いしてしまう。
「もう、ダイジョウブ?」
「あ、ああ……。」
差し出された手をダイスケは握り、頭を抑えながらもなんとか起き上がる。
「手を握っただけで驚くなんて……さっきまでワタシもっとスゴイ事しようとしてたんだヨ?」
そう言われてダイスケは今一度彼女の姿を確認し、一気に顔が赤くなった。
「ごごごごご、ごめん!ずっと無神経に見てた!!」
言いながらそっぽを向いてなるべくエリザベスの姿を見ないようにと務めるが、エリザベスは真面目な声のトーンで言う。
「イイヨ……アナタなら。」
そしてそのままダイスケの背中に抱きついた。
「ワタシ、ずるいよね。あの場合は仕方なかったけど、口付けしたのだって少しでも私に好意を抱いてくれればって打算でやったことだし、今みたいに夜這いをかけたのだって……。でも、今ならそういう打算抜きでこんなこともできる。」
言葉を重ねるごとに、抱きつく力が強くなっていく。そして言葉にも徐々に熱が帯びてきた。
「自分のためにアナタを巻き込もうとしたワタシだけど、それでも……しばらくはここにいて、あなたを頼ってもイイ?」
胸に当てられたエリザベスの手の甲に、自身の掌を重ねながらダイスケは答える。
「いいに決まってるだろ。俺たち……同じ力を持った仲間なんだから。」
この日、ダイスケは実に十一年ぶりに自分以外の人間と共に眠りについたのであった。
*
(お姉さま……今頃、事情を知ったあのヒトに拒まれている頃かな……。)
ベッドに潜り込んだマリアは、今頃ダイスケの部屋にいるであろうエリザベスのことを案じていた。
(お姉さまは魅力的な方だから普通は拒めないだろうけど、彼はどうやら普通とは違うみたい。だからこそ私は本当の事情を話した。)
マリアの見立てでは、ダイスケのような人間は本当の恋愛関係にならない限り絶対に肉体的な関係を結ぼうとはしないだろう。裏にある本当の事情を知ればそれはなおさらだ。
(可哀想なお姉さま……でも本家の指令を達成できずに失意のまま帰ってきても、このマリアがお姉様の傍にいます!!)
それが彼女の本当の狙いだった。
マリアは姉であるエリザベスは本当に敬愛している。いや、それは家族愛や敬愛、そして性別を超えた愛情であった。そうなったのはエリザベスがどんな苦境に立たされても、ひとつの目標に向かって突き進む心の強さをすぐそばで見てきたからだ。そんなエリザベスを支えていきたいという気持ちが恋愛感情にすり替わっていくのに時間はかからなかったのである。
そんな中本家から下された今回の命令はマリアにとって耐え難いものであった。誰よりも傍にいた自分を差し置いて、同種の神器を宿しているというだけでどこの馬の骨ともしれない輩に奪われるのは決して許されないことである。だが、その使命の達成の報酬がエリザベスが最も望むものであれば、マリアがとやかく言えることではない。
だが、ダイスケはエリザベスを拒んだ。それはまさにマリアにとって天啓であった。
実はエリザベスと違い、マリアは父が戻ってくることを望んでいない。それはいまエリザベスが苦しんでいる最大の原因は父が母を見初めたことだと考えているからだ。もちろん、二人が結ばれなければ彼女たちが生を受けることはなかった。だが、それこそが愛する姉が苦しむ最大の原因だと考えているのだ。故に父が戻ろうと戻るまいとマリアにとってどうでもいいこと、全ては姉の幸せに尽くされるべきであるという考えを持っているのだ。
だが、いかにダイスケが拒もうとも、もしエリザベスが夜這でもかけようものなら如何に心は拒んでも肉体は受け入れてしまうという危険性がある。だからマリアはすべての事情を包み隠さずダイスケに語った。人情に訴えてようというのだ。普通なら効果はないだろうが、相手はダイスケだ。良心に訴えれば必ず拒むだろう。
そして失意の姉を自分が優しく受け入れる。一見滅茶苦茶だが、短期間でダイスケの人間性を見極めたゆえの完璧な作戦だとマリアは自負している。
(私の計画が上手くいけば、間違いなくお姉さまという果実は私の手のひらに落ちる!そうなればとっとと日本を飛び出して同性婚が認めらてるオランダへひとっ飛び!!)
これが彼女の計画の全体像だ。本人からしたら絶対に間違いのない計画なのだろう。
必ず姉は自分がいるベットにやって来る。そんな期待を持ってマリアはベッドに深く潜るが……そんなことは朝になっても永遠に、そして永久に訪れなかったのである。
「なんでですかぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
「朝っぱらからうるせぇ!!!とっとと起きろ、このバカ!!!」
代わりにダイスケから怒号を頂いたが、別に嬉しくもなんともなかった。
んなベッドシーンなんて書ける訳ねーべや。ヒロインがちょろくね?という意見も今回ばかりは耳を素通りします。だって、経験ないのに細やかな恋愛描写なんてかけるわけないもの!!!
マサノという苗字になった理由も後で人物紹介に追記しておきます。まあ、元ネタをご存知の方もいらっしゃるでしょうけれど。
……とまあ言い訳三昧ですが、今回はこれにて失礼いたします。
それではまた次回。いつになるかは分かりません!!!