ダイスケとカラワーナと名乗る女性が行動を共にして既に四時間。
その間ふたりは様々なところを回った。
ダイスケがこれまで入ったこともないような小洒落た喫茶店で時間を潰す。
そのあとはブティックに入って「これなんかどうです?」と試着した姿をカラワーナが披露したりする。
夕食はドレスコードは無いが、ちゃんとしたフレンチレストランでのフルコース。
この時ダイスケは生まれて初めてフォアグラというものを口にしたのだった。
ただ、好きになれそうな味ではなかったが。
そのことを差っ引いても、傍から見た二人の行動は年の差があるカップルのデートだ。
もしこの状態をクラスの誰かに見られでもしたら……その時が恐ろしくてならない。
そうなったらあの幼馴染の榛名の耳に入るのは確実。
以前、道端で見知らぬ女性に道を尋ねられて教えていたところを見られたときは本当に酷かった。
次の日の登校中に出会って早々に捕まり延々と付きまとわれ、かの女性との関係を尋問された上にクラスメイト全員の前で泣かれたのだ。
流石にその時はダイスケは榛名の豹変ぶりに驚いた。
特にあの時の光が消えた榛名の瞳(レ○プ目というのだろうか)を一生忘れられそうにない。
そんなことがあった前回は事情を話したことでなんとか丸く収まった。
ただ、彼女を泣かせたことで女子のダイスケを見る目は暫くの間冷ややかだったが。
そんなことを考えているうちにダイスケとカラワーナの二人は店を出て、夜の海浜公園を歩いている。
春先の潮の香りが混ざった冷たい夜風が吹く中、カラワーナが先頭を歩く。
「今日は本当にありがとうございました。危ないところを助けていただいて。」
「いえいえ、本当にいいんですよ。それよりも俺の方があんな御馳走を奢ってもらっちゃって……ごちそうさまでした。」
それは心からの感謝の言葉だ。
情けは人の為ならずとはまさにこの事。
ほんのちょっとの親切心がこのような出会いを作ってくれたのだから、もう少し他人とのコミニュケーションを増やしてもいいかなと思うダイスケである。
気付けば辺りは街灯の光で照らされており、街のビル群と月の光が海面に反射してなんともロマンチックな雰囲気を醸し出している。
もしもこんなシチュエーションで告白なぞされれば、即効で「イエス」と返事をする自信がダイスケにはあった。
それも相手は大人な美人のカラワーナだ。
こんな美人に告白されたらどんな男でもイエスと即決するはずだ。
まあ、出会って一日で告白なんてギャルゲーでしか有り得ないのだろうが……。
「でも、あなたに出会えて本当に良かったって思っているんですよ?」
「え?」
思わせぶりなそのセリフ。
まさか先ほどの叶うはずがない願望が叶おうとしているのか?
心なしか彼女の頬が紅潮しているようにも見える。
これはホントの本当にそういう展開を期待してもいいのだろうか。
その期待に胸が膨らみ、ダイスケの心臓の鼓動が早くなる。
「あの……私のお願い、一つだけ聞いて頂けません?」
「付き合ってくださいですか?」と思わず口からこぼれそうになるが、必死に飲み込む。
はやる気持ちが抑えきれそうににない。
今か今かと続きを待つ。
「お願いです。私の為に―――」
もうここまで来たら続く言葉は確実。
そうすればなんと答えればいいのだろう。
出会って一日も経っていない相手と恋人になれるのだろうか?
その時榛名にはなんと言えばいい?
そんな期待と不安がない交ぜになった心持ちで続きを待ち、カラワーナの口がその望みを紡ぐ。
「―――死んでいただけませんか?」
*
夕暮れに染まった公園。
中央にある噴水広場で兵藤一誠は倒れていた。
彼は先日突然告白してきた天野夕麻とデートしている最中であった。
彼なりに頑張って調べ上げて計画したデートコースを回り、いよいよ彼女からキスをせがまれるのかという時だった。
彼女が放った言葉はたった一言。
「死んでくれない?」
何かの冗談かと思った。
一目惚れしたという相手が突如として殺意を抱いてくるなど、三文小説でもありえない。
だが、現実に彼女はそう言い放った。
そして、その意味をイッセーが理解するよりも早く腹部に痛烈な痛みが襲う。
光り輝く“なにか”がイッセーの腹を突き刺していた。
“なにか”が引き抜かれた時、ようやくそれがなんなのか見えた。
それは、光でできた、氷柱か石筍を思わせる手持ちの槍だった。
引き抜かれたと同時に、鮮血が脇腹の傷口から溢れ出す。
その間にも彼女は何か言っていたが、痛みのせいで理解できない。
聞こえてくるのは「神」だの「セイグリットなんたら」だの訳のわからない単語ばかり。
そして彼女は有り得ない事に、背中から黒い鳥のような翼をはためかせて飛んでいってしまった。
(ああ、夕麻ちゃんは天使だったのか。道理で美人なわけだ。)
自信が出血によって命の危機に瀕しているのにも関わらず、殺した当人に抱いた感想はそれだった。
そして、手についた血糊を見る。
夕焼けに照らされて、グロテスクな印象を微塵も感じさせないほど美しく輝いていた。
まるであの女性の髪のようだ、と思う。
ストロベリーブロンドの赤い髪を翻し、全校生徒の羨望を一身に受ける先輩のリアス・グレモリー。
彼女の髪のような色に染まって死ぬのであれば、それもいいかもそれない。
そう思った矢先、イッセーの懐の中から赤い光が漏れ出す。
そこには昼間、駅前で配られていた魔法陣が描かれたチラシがクシャクシャになって丸め込まれていた。
イッセーの目の前に、そのチラシと同様の魔法陣が空中に現れ、そこからある人物が現れる。
それは紛れもない、先程までイッセーが懸想してたリアス・グレモリー本人であった。
*
「あ、あの……聞き間違いかもしれませんけど、今「死んでくれ」って言いました?」
「聞き間違いじゃありませんよ。貴方の耳は正常です。」
ダイスケの問いに、カラワーナがにこやかに答える。
一瞬、自分か彼女の気の迷いなのかとか、「自分と一緒に人生を歩んで、一緒に死んでください」とかいう凝ったプロポーズなのかとも思った。
だが、彼女の目には明確な殺意が点っている。
「ああ、じゃあ耳鼻科に行く必要はないわけだ。……マジなんですか?」
「ええ。大マジです。」
見たところ、彼女は凶器らしき者は持っていない。
であれば、何らかの体術を用いて殺害しようとするはずである。
意外にも、突然の出来事でありながらダイスケはそこまで考えられるほど冷静であった。
先程まで親しくしていた相手が、突如として殺意を向けてくるなど常人では対処しきれないだろうが、幸か不幸かダイスケは違っていた。
『例え、先程まで談笑していた相手が武器を持って襲いかかったとしても不思議ではない。』とはダイスケの祖父、春雄の言葉である。
旧帝国陸軍のスパイとして活動していた経験のあるからこその言葉であるが、なんと彼は時折ダイスケに対して実行していた。
食事中、睡眠前、帰宅した瞬間など、一週間に二・三回ランダムで襲撃していた。
お陰……と言ってはなんだが、その甲斐あって、ダイスケは並大抵のことでは驚かない図太い神経ができた。
「驚かないのですね。」
「驚いていますよ。ただ、突然襲われるのは人より慣れているんです。」
「なるほど……では本当に驚かせてあげましょうか。」
そう言った途端、カラワーナの背後から何かが勢いよく飛び出した。
色が黒いせいで最初はよく見えなかったが、雲に隠れていた月が見えてきたことにより、徐々にそれがなんなのかわかった。
「な……!?」
それは、一対の黒い翼だった。
「流石に驚いてくれたみたいで嬉しいです。では、もっと驚いてもらいましょうか。私を襲っていた男たち、あれは実は私が用意したものなんです。」
「は!?」
確かにあの三人の男のうちの一人は「女の方から誘ってきた」と言っていた。
あの時は男たちの戯言としか思っていなかった。
だが、当の本人がそれを肯定してしまったのだ。
「そんな……なんで!?」
「これから死ぬ貴方に、それを知る必要はないでしょう。まあ、恨むのならその身に“神器《セイグリッド・ギア》”を宿らさせた宿命を恨むことね。」
そう言いながら手をかざすと、そこから眩い光が溢れそれが槍の形をとっていく。
これでカラワーナが手ぶらだったのかよくわかった。
どういう原理か知らないが、ああやっていくらでも武器を生成できるのだ。
「あなたといた時間、悪くわなかったけど……これも命令なの。……さようなら。」
光の槍を振りかざし、ダイスケ目掛けて投擲する。
だが、ダイスケは間一髪で避け、カラワーナに向かって走り出す。
「何ッ!?」
意表を突かれたカラワーナだったが、すぐさま次の槍を作る。
しかし、それを構える前にダイスケがカラワーナの懐に飛び込んでタックルをかます。
「ウグゥッ!?」
想定外の一撃を喰らい、よろめく。
しかもダイスケの肘が脇腹に食い込んだのだからかなり痛かった。
その痛みで片膝を付いた隙を狙い、ダイスケは公園の林の中に逃げ込む。
「待て!!」
待てと言われて待つ奴はいない。
時折、後ろを振り向きつつ茂みの中を逃げるダイスケだが、何か策があるというわけではない。
あの光の槍の対処法について悩んでいるのだ。
どうやら、あのカラワーナ自身の身体能力はそれほどでもないようだ。
それは先ほどのタックルで一時的に足止め出来たことからもわかる。
だが、あの光の槍は別だ。
槍という性質上、投擲にも近接戦にも使える上、先ほどの様子から察するにいくらでも生成できるという点も厄介だ。
ただ、近接戦で使うにしても投擲するにしてもこの林のように木々が生い茂った障害物が多々存在するような場所ではそれはしにくいだろう。
その分、いくらかはこちらには有利である。
しかし、こちらには獲物がない。
このまま逃げ切って交番に駆け込もうにも誰も信じてはくれない状況だ。
そう思って再び後ろを見ると、カラワーナの姿がない。
一体どこへ消えたのか、と思って立ち止まるが、すぐさまそれは愚行であったと気づく。
光の槍に頭がいっぱいだったせいでカラワーナのもうひとつの武器を失念してしまっていた。
「そこだ!!」
上空からの声と同時に、ダイスケは身を翻す。
すると、頬を何かが掠める。
あの光の槍だった。
掠めた場所には切り傷ができ、少量の血が滴る。
それを居に返す間も、カラワーナの現在位置を確認することもなく、ダイスケは再び走り出す。
確認する必要もなかった。
カラワーナはあの一対の黒い羽で空を飛んでいたのだ。
これでは木々に隠れるまえに上空から狙い撃ちだ。
この状況をどうやって打破すればいいのか。
それを考えているうちに誤って広い場所に出てしまう。
「しまった!」
引き返そうとする瞬間、目の前にカラワーナが降り立つ。
「存外に持ったけど、これで終わりよ。」
その両手に一本づつ光の槍が生まれる。
これならば一本を避けたとしてももう一本が確実にダイスケを貫く。
完全なる絶体絶命。
「貴方のこと、ある程度調べさせてもらったわ。そしたら、あなたが死んだとしてもたいして悲しむ人もいないみたいじゃない?良かったわね、そんなに人との繋がりがなくて。なんなら、貴方のお爺さんと仲がいいっていう女の子もついでにあの世へ送ってあげましょうか?」
その一言で、ダイスケの中の何かが音を立てて切れた。
自分のことを調べた?
悲しむ人間がいない?
コイツは俺の何を知っている?
ほんの数時間しか会っていないくせに、どうして人を上から見下せる?
理由も告げず人の命を狙い、あまつさえ祖父や榛名ももののついでにに殺す?
自分だけならまだいい。
だが、目の前のこの女は身内をも巻き込もうとしている。
たとえその場限りの冗談であったとしても、こればかりは決して許せない。
いや、許さない。
絶対に許さない。
自分から大切なものを奪おうとする奴はたとえ誰であろうと―――
「巫山戯るなァァァァァァァァ!!!!!」
絶対に許さない。
そう思った瞬間、ダイスケの中から一気に力が溢れ出した。
それも、ただのやる気や怒りや殺意といったような心の動きではない。
心象的ではなく、実体の伴った破壊的な力。
それがダイスケの全細胞を駆け巡り、骨格、筋肉、内蔵といった体の各所が強化されていく。
変化は内側だけに留まらない。
ダイスケの全身からその身を焼く尽くしてしまうのかと錯覚してしまう程の青白い光が溢れ出す。
「何っ!?まさか!!!」
その時になって、ようやくカラワーナは自身の迂闊さに気付いた。
あの余計な一言が、ダイスケに眠る強大な力を呼び覚ましてしまったのだ。
本来であればその力に目覚める前に殺すつもりであったのに、迂闊な発言によってその機会を逸してしまたのである。
だが、そのカラワーナの後悔の念にかかわらず、力の覚醒は収まらない。
光がダイスケの両腕に絡みついて形を成す。
それは、一対の黒いガントレット。
手の甲には四本の鉤爪が伸び、各所に青白く光るスリットが配されている。
その形が出来上がっていくと同時に、全身を包む光も収まる。
だが、ダイスケの怒りは収まらない。
力の発現に驚くカラワーナを尻目に、両足に力を込めて一気に解き放つ。
すると、走り幅跳びでもないのに一瞬にして距離が縮まった。
カラワーナが防御の構えを撮る前に、その腹に右手からの一閃。
そしてカラワーナの健康的な腹部の肌に四本の掠ったような切り傷が刻まれる。
「ッ!!」
滲みるような腹の痛みを抑え、空高く舞い上がるカラワーナ。
これならばどう見ても近接戦しかできないダイスケの攻撃は届かない。
「これで終わりよ!!」
二本立て続けに槍を投げる。
狙いは間違いなく、過たずダイスケ目掛けて突き刺さる……はずであった。
衣服しか身につけていないはずの左胸に、確かに槍は飛んでいった。
だが、衣服を破きはしたものの、その下のダイスケの肉体に槍が弾かれてしまった。
「ば、バカなっ!!」
驚愕するも、ダイスケは上空にいる自分に手出しはできない。
そうどこかで安心していたカラワーナだったが、その安心はすぐさま破れさられる。
ダイスケがカラワーナに向けて右手をかざす。
すると、先ほどの光と同じ色の光が光弾となって発射された。
驚く間も、防ぐ間もなく光弾は直撃。
空中に朦々と立ち込める煙。
だが、煙が晴れたときカラワーナは生きていた。
槍を作るのと同じように、光の盾を咄嗟に生成して防いで見せたのだ。
「なんとか助かった……。」
ひと安心するが、これでカラワーナがダイスケに対して持つアドバンテージは空を飛べることだけになってしまった。
それだけでも有利に見えるが、さきほどダイスケが一撃を過たずに当てたところを見るとそうも言えない。
しかも、咄嗟に作った盾はたったの一撃でヒビが入り、使い物にならなくなっている。
お互いに睨み合うこと数分。
ついにダイスケはもう片方の手も翳して本格的な迎撃態勢に入る。
だがその時。
「そこまでだ!!」
突然の乱入者が現れる。
それはダイスケと同い年ほどの少年の声。
声がした方を見ると、そこには長剣を片手に持った金髪の少年がいた。
「何者だ!?」
カラワーナの問いに少年が答える。
「それはこちらのセリフだよ、堕天使。ここはグレモリー家次期当主、リアス・グレモリーが治める地。なんの断りもなく立ち入ったのはそちら側だ。」
「……貴様、グレモリーの眷属か!」
「ああ。仕事終わりに堕天使の気配を感じて来てみればこの有様。例え、どのような事情があろうとこれ以上の狼藉は許さない。三竦みの状態をこの場の諍いで壊してでも彼を殺そうとするのなら……僕が相手するが、よろしいかな?」
言いながら少年は剣を構える。
その様子を見たカラワーナは苦虫を噛み潰したような顔を見せる。
「そのことを持ち出されれば引くしかないな……。だが、この落とし前は必ず付けるぞ!!」
そう捨て台詞を言い残して、カラワーナは飛び去っていく。
その後ろ姿が小さくなっていったのを確認して、少年は剣を鞘に収める。
「さあ、堕天使も去ったし、君も警戒を解いてもいいんじゃないかな?宝田大助君。」
相手が自分の名を知っていることに驚いたダイスケだったが、雲から顔を出した月明かりが照らされることによって、ようやくその顔を確認できた。
「お前……イケメン王子の木場祐斗か?」
「……その呼ばれ方、あんまり好きじゃないんだけどなぁ。」
ダイスケと同じく駒王学園に通う二年生の木場祐斗。
それがカラワーナを追い払った人物の正体である。
ダイスケが「イケメン王子」といったように、その甘いルックスと文武両道且つ紳士という対女性最終兵器といっていい本物の美男子である。
当然、彼を憎らしく思い嫉妬する男子も多数である。
その学園のプリンスと名高い彼が、なぜあのカラワーナと相対することができたのか。
「まあ、いろいろ解らない事もあるだろうけど、取り敢えず僕についてきてくれないかな?」
「……お前が俺の敵でない確証は?」
「どっちにしろ、明日学校で会うんだよ?」
「……そりゃそうか。」
ダイスケが木場に対する警戒を解く
勿論「明日学校で会う」と発言したことだけが理由ではない。
まず、木場は既に剣を手放している。
どうやったかはわからないが、この場にはもう木場が手にする得物が無い。
素手でもある程度戦えるのだろうが、やはり自分の得手とする武器があったほうが戦い易いのはまちがいないし、それがないということは彼には既に戦闘の意思はないということだ。
次に、「明日学校で会う」と発言したからには、木場本人に今すぐダイスケをどうこうしようという意思はないと見ていい。
当然ながら時間をおいて何らかの手を打ってくる可能性もあるが、こちらにも迎撃を整える準備ができる。
この二つの理由から、ダイスケは木場はまだ心を許せる相手だと判断したのだ。
「で、俺はどうすりゃいいんだ。俺はまだお前の正体もあの女がなんなのかもわからないんだぜ?」
「詳しい話はまた明日。僕はこのあとこの事を主に伝えなければならないし、なにより仕事終わりなんだ。その報告も残っているんだよ。」
「主?仕事?ますますわかんなくなってきやがった……。」
「とりあえず、自己紹介だけはしておこう。改めまして、僕は木場祐斗。……悪魔だよ。」
今度WOWOWで「地球へ二千万マイル」が放送されると聞いていてもたってもいられない今日この頃。
この映画に出てくるイーマは一応出てくる予定です。
それではまた次回。いつになるかは分かりません!!!