「イッセーハーレム崩壊」のタグがあるといつから錯覚していた?
ということで小猫ファンの方はご注意ください。
ダイスケは焦る。
すでに十日間を超えた昨日までと同じ展開、昨日までと同じ状況。
一晩かけて答えを探してみても、何も思い浮かばない。次々と生み出される刃によって体を切り刻まれていっても、答えが見つからない。
「どうした、これじゃあ昨日までと一緒だぞ。」
わかっている、わかっているのだ。しかし、それでも体は昨日までと同じように脊髄反射のような反応で反撃している。
しかも鳶雄はまだ今日は禁手には至っていない。それなのに近づくことすらままならないのだ。
「……わかった。趣向を変えよう。俺が禁手に目覚めた時も、極限まで追いこまれた時だった―――」
そして鳶雄は言葉を紡ぐ。
《――人を斬れば千まで啼こう》
鳶雄と、刃を、どす黒いもやが覆っていく。それはしだいに広がり、森の中の見える範囲すべてを覆っていく。
《――化生斬るなら万まで謳おう》
鳶雄の全身にも黒いもやがかかり、衣のようにその身を包む。
《――暗き闇に沈む名は、極夜を移す擬いの神なり》
その場に仁王立ちする鳶雄。その姿は漆黒によって変化していく。
《――汝らよ、我が黒き刃で眠れ》
鳶雄の全身の黒いもやが、肉体に張り付いて、同化していく。
彼の形が徐々に徐々に変じていき、人の形をしながらも人とは違うモノになっていった。
さらに闇が鳶雄の傍らに大きく盛り上がり、形をなしていった。それは、前足となり、後ろ足となり、尾となって、大きく開かれた口となる。彼の傍らに生じたのは、漆黒の毛並みを持つ一匹の大型犬――いや、《狗》だった。
《――愚かなものなり、異形の創造主(神)よ》
鳶雄が最後の一節を口にすると、漆黒の《狗》は、透き通るほどの遠吠えをしていく。
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォン!
ダイスケの眼前に現れたのは、闇の衣をまとった人型の獣と、その傍らに立つ闇を吐く大型の狗。
これぞ真の《黒刃の狗神(ケイニス・リユカオン)》の禁手、《夜天光の乱刃狗神(ナイト・セレスティアル・スラッシュ・ドッグズ)》である。
森全体を覆う漆黒の闇は、それそのものが夜陰鉤が生み出される憑代であることを示す。つまり、逃げ場はない。もとよりダイスケも逃げるつもりは一切ないが、それはまた避ける場もないことを示す。
「――それじゃあ、いこうか。」
鳶雄の言葉と同時に、ダイスケの周囲360度から一斉に刃が生まれ、そして――全身を串刺しにする。
「ゴフッ――」
頭や心臓といった直接的な急所だけは外されているが、それでもこのままでいればゴジラの回復力すら間に合わない。限界を通り越した痛みに、ダイスケの脳は鈍くなる。鎧すら貫通する攻撃はメカゴジラもしてきたが、今回は数が違いすぎる。
だが、ここで諦めたくはない。止まりたくない。何より、悔しい。
(ああ、こんな時はどうしてたっけ――)
ビデオでひたすら見続けた、漆黒の怪獣王の戦いは、まさに心揺さぶられた。どんな攻撃も意に介さず、敵に向かってひたすらに前進していくその姿を見れば、誰もこれを止められないと思うだろう。
そんな威風堂々たる姿に、幼いダイスケは心奪われた。それまさに力の化身。そして、その力は今、自分の中にある。
想えば自分は恐れていたのだ。かつてかっこいいと思っていた姿が、今はすべてに滅びをもたらす破壊の権化に見えてしまうのは仕方がないだろう。純粋にかっこいいと思っていたころより大人になったという証拠だ。
だからと言って恐れて一歩踏み出せずにいれば守ると決めたものすら守れない。今自分はそんな世界にいるのだ。なら、恐れてはいけない。
だが、それだけではなんだかもったいない気がするのだ。自分には、祖父が教えてくれた技がある。辛かった幼い時にその体だけでもと、自身を強くしてくれた技。それを自分の人生から捨て去ることはしたくない。だから、貪欲にどちらも選ぶ。敵の力すら己のものにしてしまうゴジラのように、すべて自分のものにしてみせる。
だが、今はその「技」を使える状況ではない。まずはここから脱出しなければならない。だったら今は「力」の方の出番だ。恐れずに、心が望むまま「力」を求める。
――そうだ、こんな風に全身を囲われた時は――
イメージがエネルギーに変換され、ダイスケの体内で文字通り爆ぜる。
それはまるで青白い光の乱放射。口から吐き出されるはずの熱線を体内で押しとどめ、回復頼りに体内からわざと暴発させる体内放射だ。
「な――!?」
想定外の行動に、鳶雄は驚く。彼は、ゴジラというものを知らなかった。どんな攻撃も、ものともせずに己の敵を打ち砕く破壊神――。
全身を貫く刃を文字通り消し去ると、ダイスケはゆったりと構えた。それは、柔道や相撲の構え方によく似ている重心を下にしたスタイル。パンチやキックをもらいやすい分、カウンターを入れやすい形になる。
そしてそのまま、ゆっくりと鳶雄の方へ近寄ってくる。
「スピードは捨てたか……。」
ほとんどの強者は光速や神速と呼べるほどの速さで動けるものが多い。だが、その性質上ダイスケはゴジラの力でその域のスピードを手に入れることは難しい。
あえてそうした度胸に、鳶雄は感嘆したが、強者達がひたすらにスピードを磨くのにはわけがある。
「いけ。」
鳶雄の号令のもと、次々と刃が立て続けにダイスケを襲う。その一本一本をダイスケは破壊していくがきりがない。
強者達がひたすらにスピードを磨くのには訳がある、それは強力な攻撃に対する回避と自身の攻撃のチャンスをより多くつくるためだ。いかに自分が頑強な耐久力を持っていても、それを超える強大な必殺の一撃というものを誰もが持っている。それを受けないためにはそれの発動を超えるスピードで動き回るのが一番だ。なにより、自分の姿をスピードで確認させないようにすれば、相手は索敵に気をとられてこちらが責める隙を作ることもできる。
スピードを捨てるということはつまり、そのような強者同士の戦いが出来なくなる、ということでもあるのだ。
現にダイスケは鳶雄に近づいてはいるが、その距離はいまだ遠い。
「思い切りはいいが、答えは今日はまだ見つからないか……刃!」
鳶雄の呼びかけに、それまで待機していた刃が駆け出す。止めの一撃を与えるためである。刃の頭部に、日本刀のような刃が生えてくる。そのまま夜陰鉤を壊し続けるダイスケをめがけて一気に突っ走っていく。
鳶雄と刃とダイスケ、この三人が一直線の立ち位置になったその瞬間――ドンッ、とまるで隕石が衝突したかのような衝撃が森に響く。これまで以上の力で地面を蹴り、爆発的な加速を得たうえで足裏からの熱線による放射のジェットで加速を掛けたのである。これならば途中で失速することもない。
次の瞬間――まさにその時間は刹那――刃は遥か遠くへ弾き飛ばされ、ダイスケの拳が鳶雄の腹に突き刺さる。
「完全に騙された……!」
否、その拳は刃と化した鳶雄の腕に阻まれた。そしてそのまま取っ組み合いの形になる。
「てっきりスピードは捨てたと思ったんだが……まさかこのタイミングで使ってくるとは。」
初めてなった組み合い。ここで鳶雄はわかった。パワーに関しては完全に自分は負けている。このまま続けば、例え陰からの刃で不意打ちしても我慢され、力負けして組み伏せられる。そう思ったその瞬間、ダイスケからのアクションがあった。
一瞬、脱力したのだ。
その状態からダイスケは一気に丹田から力を流し、鳶雄の体を突き飛ばし、浮かせてしまった。本来は座技として用いられる呼吸法を立った状態で応用したのだ。
ひっくり返された鳶雄の体は足を宙に浮かせてしまうが、ダイスケはこの瞬間を見逃さなかった。そのまま足をつかみ、地面に何度も叩きつける。ゴジラプレスだ。そして抵抗する力を無くしたように宙に浮く鳶雄は、不意打ちで自分の指の間の陰から刃を生やす。その刃と刃の間から影ができ、また刃が生える。そうして伸びていった刃は、反射的にだが顔面を狙う。
手ごたえがあったので顔面を貫通してしまったか、と一瞬鳶雄はあせったが、刃の柱はダイスケの兜の面にあるクラッシャーによって噛み付かれていた。
「ふーはふぁふぇた(つーかまた)。」
そのまま首の力だけで鳶雄の体は振り回され、放り出される。しかし、このままおめおめやられる訳ではない。空中で体勢を立て直すとすぐさま着地、ダイスケの周囲に刃の檻を形成させる。
だが、その檻も一瞬で溶かされる。二振りの熱線剣が薙ぎ払ったのだ。
「……そいつがあったんだったな!」
資料で見ていたはずだったが、熱線剣の仕様が違うことに鳶雄は気付く。アザゼルが見せた資料には「熱線剣は並みの聖剣魔剣ならば受け止められる」とあった。これは鳶雄の自負だが、自分の刃は並みの聖剣魔剣以上の切れ味を誇ると認識している。
なにせ「神をも斬り臥せる」と言われる神滅具の刃だ。それがなぜ――いや、答えなら一つ。成長したのだ。今日までにわたる鳶雄との戦いによる経験と、先ほど吹っ切れたことによって解放されるパワーが増したのだ。
つまり、強者である鳶雄を相手にしたことでダイスケの中のリミッターが生き延びるため、勝つために緩くなった。そして、ダイスケはこれまで積み上げてきた自分を捨てることも、パワーだけに依存するでもなく、両方を貪欲に飲み込もうとしている。
パワーのままに突き進み、力を含めた己の技量でねじ伏せる。どんな攻撃にも構わずに、ひたすら敵を目指して一直線に突き進む。まさに、あらゆる敵にものともせず、あらゆる手段を持って敵をねじ伏せるという、ダイスケがあこがれたゴジラの戦い方。それをダイスケなりに解釈し、実行しているのがこの戦い方だ。
そしてダイスケは、二振りの熱線剣を束ね、一つの戦鎚を練り上げる。今度はこちらの番と言わんばかりにダイスケは地面めがけてメイスを叩き込み、エネルギーを解放させ、爆発。
爆音と当時に熱風と爆風と放射光が吹きすさび、夜天光の乱刃狗神が生み出した漆黒の闇を消し去ってしまった。
「滅茶苦茶なパワーだ――刃!」
弾き飛ばされて以降、自分が攻撃できるタイミングを見計らっていた刃が飛び出し、全身から刃を生やして飛び込んでくる。これではどこにに触れても斬られてしまう。
もう少しでダイスケに切りかかる、という瞬間、ダイスケは右手を動かす。刃が一瞬、一呼吸した隙をついてその口の中に手を突っ込んだのだ。そしてそのまま舌をつかみ、引っ張り上げる。
犬はその骨格の構造上、舌をつかまれ、引っ張られると口蓋を動かすことができなくなる。それを利用し、組み伏せたのだ。
――昔、じいちゃんに軍用犬に追われて撃退した話を何度も聞かされたっけ。そうダイスケは思いながら、ダイスケは刃を蹴り飛ばす。しかし、その間の隙を利用され、周囲は再び闇の刃の森と化す。
「よくもまあ、ここまで――スラッシュ!」
周囲の鉤がダイスケめがけてその刃を伸ばす。ただ一点。ダイスケに体の中心を集中してねらった一撃は扇状に集約されてダイスケの一点を狙う。包囲攻撃がだめならば一点突破を狙う。そして、確かな手ごたえ。だが、何かおかしい。何かに阻まれている感触だ。
それもそのはず、ダイスケはこのタイミングで新しい武器を生成し、それで防御していたのだ。まず、背中の背びれを適当に引きちぎる。そして物理的な切れ味を求めてイメージを取り外した背びれに送る。すると、背びれは歪ながらも一振りの日本刀と化したのだ。
日本刀の形になった理由は三つある。一つはダイスケが黒刃の狗神の刃にに負けない獲物を求めたから。そしてもう一つは、ダイスケが祖父から教わった合気術は剣術が源流であるから。そして、黒刃の狗神の刃の切れ味を己の身で体感し、斬れ味を覚えたからだ。
勿論、物理的な切断力を求めたものなので熱による溶断効果はないが、切れ味は引けを取らないどころか熱線剣以上。そして同時に、鎧と回復力頼りになっていた物理防御ができる武器が出来上がったのである。当然なら引き抜かれた箇所の背鰭はすでに再生している。
ダイスケはその「鰭斬刀(きざんとう)」と呼ぶべき刀に力を込め――
「ハァッ!」
鉤を一気に切り崩した。もちろん、闇の刃はまた生えてダイスケを突き刺さんとするが、すべて破壊していく。そしてゆっくりとだが、着実に鳶雄に近づいていく。
刀を振り切り、顔を上げたその瞬間、鳶雄めがけてダイスケは手からの放射熱線を浴びせる。熱線の圧力によって、鳶雄の体は遠くへ飛ばされ、二・三の山の峰を粉砕していった後、斜面に激突し大きな土煙を上げた。
そしてその土煙の中から――死体が現れた、のではなく大きな鎌を持ち、多くの狗を引き連れた幾瀬鳶雄が現れたのである。
一瞬でダイスケとの距離を詰め、鎌を一閃――鎌はまるで空間がと切り裂いたかのようにダイスケとその射線上にあった木々を切り裂く。しかし、ダイスケは斃れない。刀を身代りに斬撃の威力を打ち消したのだ。流石にこの一撃は耐えられなかったようだが、持ち主を守ることは果たした。そして狗たちがダイスケに群がるも、これを体内放射で吹き飛ばす。
「……明らかに形態を変えましたよね?ルール違反じゃないですか?」
「君のその力も充分反則だと思うがな。すまん、思わず使わないはずの力を使った。それよりも答えあわせ、聞かせてくれ。」
「答えっていうか、意思表明っていうか……とにかく俺は、自分が身に着けた技を捨てるつもりはないし、パワーだけを頼りるつもりもありません。恐れて出し惜しみもなしだ。自分の持っている力を、その時その時に合わせて使い分け、必要なら作り上げる――敵のすべてを蹴散らすために。どちらかなんて言わない。どっちもモノにする。必要なら敵からも奪う。それが俺のやり方です。」
「つまりこれまで得た技も、パワーもどちらか選ばずに両方選ぶと?それが通用すると思っているのか?」
「するしないじゃない、させます。どっちも俺の力で、大切なものなんだ。そのためなら、ゴジラの力がどんなものでも、ものにしてみせる。」
その答えを聞いた鳶雄は、異形の姿のまま頭をポリポリと掻く。
「……まあ、いいか。」
いいかとはどういう意味だろうか。疑問に思ったダイスケは兜を被った頭を傾げる。
「君に伝えてあったトレーニングの内容は、「データ収集と強者との戦いによる経験値稼ぎ」だったな?でも本当はもう一つあったんだ。それは「ゴジラの力を恐れさせないこと」だ。」
「あの、それって……?」
「要するに、君が獣具の力を抑え込ませるような成長をしないように矯正しろってことさ。総督によると、君の戦いの経緯には偶然の覚醒や転がってきたチャンスによるものが多いらしいね。それはつまり、君は本当の意味で力を出し切っていないとも言える。強い神器ほど生き残るためには研鑽し、成長しようという意思が必要だ。そのためにはまず、自身の力を受け入れ、恐れを無くすことが求められる。心のどこかでブレーキを掛ければ能力の成長はない。そのためにまず、君が吹っ切れる切っ掛けが必要だった。それが俺だ。」
異形の姿のまま、鳶雄は続ける。
「まあ、「戦闘スタイルの確立」なんてのは建前で、本当は君が一歩踏み出すきっかけが総督が欲したってこと。今日からその段階に移行しようと思ってたのに、まさかすぐに到達するなんて。」
「え、ちょ、まさか今日までが準備運動で、今日からが本番だったってことですか!?」
「そう。事実、夜天光の乱刃狗神の能力をすべて出したのは今日が初めてだろう?」
言われてみればそうだった。昨日まで鳶雄は夜天光の乱刃狗神の闇を吐き出す能力を使っていなかった。そして、使うときは「趣向を変えよう」と言っていた。つまりあの時が転換点だったのだ。
「じゃ、じゃあわざわざ「戦闘スタイルの確立」っていったのってまさか――」
「君は相当な天邪鬼だと聞いた。力を抑えるように言えば、きっと逆のことをしてくると総督からアドバイスを受けたんだよ。押さえつければ君は確実に反発すると総督は踏んでいたらしい。」
「それじゃあ、経験値の方は!?おれ、やられっぱなしでしたよ!?」
「なら、闇を晴らすから自分の周囲を見てみるといい。」
そう言って鳶雄は自ら闇と夜陰鉤を消して周囲の状態をダイスケに見せる。
実に惨憺たる光景だった。
向こうの山の禿げた部分は一日目にダイスケが外した熱線が当たったところ。着弾点は軽い山火事で済んで、火も自然に消えていた。だが、今日撃った同じ手からの熱線は二・三ほど山の峰を破砕していた。
熱線剣も昨日までは夜陰鉤を受けるまでだったが、今日は溶断して見せた。さらに、偶然ではなく自分の意志で望んで新しい武器も生み出した。
――つまり、強い相手を倒そうとしたために引き出す力が増幅されて成長しているのだ。
「それでも意識がかわるだけでここまで変わるなんてな。まあ、人のことは言えないか。あ、それとたぶん回復力の方も、俺に切り刻まれ続けたから強化されているはずだよ。」
「あ、あ、あ、ありがとうございます!!」
鎧姿のまま、お辞儀するダイスケ。まさか自分が戦っている間に力を蓄えていたなんて想像だにしていなかったのだ。おまけに自分の意識まで変えてくれた。これはもう、ダイスケにとって鳶雄は礼を尽くしても足りない相手になってしまった。
「切り刻んで感謝されるなんてね。昔も一度そういうのがいたけど、今回はだいぶ趣が違うな。」
「いえ、これは本当に――でも、まだ実感無くて……。」
「だろう。だからさ、続けないか?君のそのやり方を馴らすためにも、意識をさらに上に高めるためにも。」
「え?」
「実は俺の方は俺の方で君とやりあっていると楽しくなってきてね。昔ヴァーリと戦ったときは、あいつの戦いを楽しむって感覚が理解できなかったけど、今は理解できそうだ。ほら、刃の方も活躍したいみたいだし――」
そう鳶雄がいうと、狗たちが「そうだそうだ」と言わんばかりにほえたててくる。
「先ほどまでの禁手とは違う禁手の深淵面(アビスサイド)、《深淵なりし冥漠の獣魔、英傑であれ常夜刃の狗神(ペルフェクトゥス・テネブラエ・リュカオン・エト・フォルティス・デンス・ライラプス)》――先ほどまでとは違う俺の力、もちろん加減はするが……戦ってみないか?」
折角のお誘いである。ダイスケに断る理由はない。
「なら――徹底的に!!」
その後五日間、ひたすらに殴り合いを続けていたが、周辺環境の破壊が目に余るレベルになってきたのを見かねたシェムハザらによって「もういいから!!」と全力で止められる。が、それはまた別の話。
*
幾瀬鳶雄との殴り合いがシャムハザによって終了させられた翌日、ダイスケは一旦グレモリー邸に戻っていた。
小猫が倒れた、という知らせを聞いたからである。
ダイスケからすればいつもどつき漫才を繰り広げている間柄のかわいい後輩だ。病状が気になって見舞いに来たのだ。
邸内に入り、手近にいた使用人の悪魔に小猫の居場所を訊けば、自分の室にいるという。案内してもらった先の室内には先に朱乃がいた。
「ダイスケ君?特訓の方は……?」
「とりあえず目標には到達したんで、いったんここに戻ってきました。そこのオーバーワークするほど頑張り屋な後輩が倒れたって聞いたんで。」
ベットに小猫が横になり、そのそばで朱乃が待機しているという具合である。
「ダイスケ君、これは――」
「いえ、見ただけで大体わかります。化け猫の類なんでしょう。小猫は。」
今の小猫の姿はいつものそれとは違っていた。頭には猫の耳、そしてベットと毛布の隙間から尻尾がのぞいている。
「……よくわかりましたね、先輩。」
「そりゃ、趣味の一つだし。姫島先輩、しばらく二人にしてもらってもいいですか?少しだけ話してみたいんです。」
「ダイスケ君、それは……。」
朱乃が躊躇する。今の小猫は非常に不安定な状態だ。体力的にも、精神的にも。そこへダイスケが話をしても事態が好転するようには朱乃には思えない。しかし――
「いいんです。すみません、朱乃先輩。私は大丈夫なので、しばらく席を外してもらっていいですか?」
「――仕方がありませんわね。」
そういって、朱乃が部屋を出ていく。これで二人きり、腹を割って話すことができる。ダイスケが手助けし、小猫が上半身を起こす。
しばらく沈黙していたが、ダイスケが口火を切った。
「オーバーワークで倒れるなんてな。俺なんかずっと神滅具持ちに串刺しにされ続けたんだぞ。もっと気張れよ。」
「あの、すいません。いったい今日まで何してたんですか?」
「言った通り、神滅具所有者相手に無制限のスパーリング。」
「よく生き残れましたね……。」
「いや、ほんとになんで俺生きてるんだろうね。そのあと調子に乗って五日間ぶっ続けでなぐり合ってたし。」
「……私にはきっと無理です。」
自嘲気味に、小猫が笑う。
「その自信のなさ、どこから来たのかねぇ……って言っても周りが規格外だらけだからな。」
自力で禁手に至った木場に赤龍帝のイッセー。滅びの力を持つリアスと雷だけでなく堕天使の光も扱える可能性を持つ朱乃にデュランダルの使い手ゼノヴィア。デイライトウォーカーにして神器も持つギャスパーにあらゆる者を癒すアーシア。そして、ダイスケ。
これだけの規格外に囲まれれば劣等感の一つも湧く。
「もうこれ以上強くなれないんじゃないかって……姉様と同じ猫魈なのに……いえ、だからこそ――」
「猫魈?それって仙術を使える猫又の上位種だろう。それに姉って……いや、言わなくていい。詮索しようとした俺が悪かった。」
見るからに気を落とし、暗い表情になった小猫を見て、ダイスケは訂正する。流石にあのような顔を見せられればダイスケでも詮索する気も引けてしまうというものだ。
「――いえ、話します。先輩には知っていてほしいから。」
そして、小猫は己の過去を語りだす。
――ある二匹の猫の姉妹がいた。
姉妹はいつも一緒だった。親と死別し、家も、寝るところも頼れる者もなかったが、それでも二匹は懸命に生きた。そんなあるとき、二匹はある悪魔に拾われ、姉は転生悪魔となった。
妹も一緒にいてもいいということで、これでまともな生活を送れる、とその時は思っていた。しかし、姉は才能がありすぎた。転生した際に「僧侶」の駒を2つ消費した時点でそれは分かっていた。もともと二匹は妖術に長けた猫の妖怪、猫又であった。
それが転生したことで魔力にも目覚め、挙句の果てに仙術をも使役する猫魈へと変貌していった。それに比例して姉は徐々に主を超え、力に飲み込まれ、血と戦闘の快楽を求めるだけの存在になってしまった。
ついには主を殺し、姉猫ははぐれとなった。しかも、最上級悪魔に匹敵するはぐれに、である。当然悪魔たちは追撃の手を差し向けたが、ことごとく皆殺しにされ、ついに諦めてしまった。問題は残された妹猫だ。
このままではいずれ姉と同じになる。そうなる前に殺してしまえ――そんな窮地の妹猫を救ったのはサーゼクスであった。妹猫までに罪はない、そう言ったサーゼクスのおかげで監視はされるものの妹はサーゼクスの庇護下におかれるようになった。
しかし、妹猫の精神は疲弊していた。信頼していた姉に裏切られ、他の悪魔たちからは責め立てられる。そのおかげてすでに妹の心は崩壊寸前であった。
そんな妹猫を、サーゼクスは自分の妹であるリアスに預けた。その御陰で妹猫は徐々に生きる意志と感情を少しづつ取り戻していった。そしてリアスは名前を授けた。「小猫」と――
「――それがお前か。」
小猫は首肯する。
「力はあるが、姉と同じようにはなりたくない。でも、力を出さなきゃ強くはなれない――見事なジレンマだな。」
「何が――何が先輩にわかるんですか……!?自分は神滅具所有者とも戦えて力もコントロールできるのに、私の一体何が……っ!」
ぽたり、と小猫の目から雫が落ちる。これまで抑えてきた感情が一気にあふれ出てきたのだ。
「わたしは――強くなりたい。みんな力をつけてきていて、ギャー君も強くなってきています。なのに、このままじゃ私は役立たずになってしまう。……せっかく部長に戦車にしてもらったのに、一番、弱くて……お役にたてないのは、いや……です……。」
ポロポロとこぼれていく小猫の涙。それと共に弱音もこぼれていく。
「……だけど、眠っている力は……猫又の力だけは使いたくない……!使えばきっと、私は姉さまのように……あんなのは……あんな風になるのだけは嫌……!」
様子から察するに、姉が主を殺す現場を見ていたのだろう。そして自分の傍から消えてしまった瞬間も。だからその力に頼らずに純粋にフィジカルを高めようとした結果、オーバーワークに至ったのだ。
怖いのだ。力を求めるあまり姉のようにリアスを殺めてしまうのが。それも彼女はその先例を見てしまっている。自分自身が怖くなるのも無理はない。
「だけど、これからのことを考えたらなりふり構ってられなくなる時がきっと来るぞ。なら、その力と一度向き合ってみろ。」
「……無理です。先輩にはあの力の恐ろしさがわかっていないんです。私がそのせいでどれだけ苦しんでいるのかも――」
「ああ、俺には分からん。」
はっきりと言ってのけるダイスケに、小猫は目を見開く。
「それはお前の苦しみであって、俺のじゃない。だから、お前の抱える矛盾が心に与えるストレスなんて想像もつかない。だけど、一つだけいえることがある。」
「……なんですか?」
「お前はお前だ。姉ちゃんとは別人なんだ。そういう風に主のことを、仲間のことを想える心があるのなら、きっと結果は違ってくる。」
「心があるからって……。」
「そうだな、それはお前は求める結果を導く十分条件であって必要条件じゃない。結局、向き合って力を手に入れるのも逃げるのも、お前の決断次第。あのギャスパーも向き合ったんだ。それができないなら、逃げ続けるしかない。でも、その選択は地獄だぞ。本当の役立たずになっちまう。」
「でも、私は――」
「それがいやだ、なんだろ。なら賭けてみろ。自分の求める自分の姿のために。」
「賭けなんてできません!部長を殺してしまうかもしれないのに!姉さまと同じことを、私がしてしまうかもしれないのに!私に名前と居場所をくれた、部長に!!――できません……。」
「なら、俺を相手にするのはどうだ。俺ならどんな傷を受けたってかまわない。」
「余計にできませんよ……!だって、だって……ッ!。」
小猫は、毛布の端をぎゅっと握る。口の端は固く閉じられ、涙が止まらない。ダイスケも自分がかなりな無理を言っているということも重々承知していた。
ギャスパーの場合は発破をかけるだけでよかったのだ。あの場合、ギャスパーが恐れていたのは小猫と同じだったが、己の意図を超えて直接他者を傷つける力というわけではなかった。しかし、小猫の場合は違う。力に触れた途端、前例である姉と同じ末路が待っている可能性が大いにある。それも、直接他人を傷つけられる力が、本人の意思を超えて作用する可能性もある。
それでも、何らかのアクションを起こさなければ小猫は前には進めない。だからこそ、小猫を一歩でも前に進ませてやりたいと思う。たとえ自分がその力に晒されようとも、だ。だが――
「わたし、先輩のことこんなに厳しい人だなんて思いもしませんでした。もっと優しい人だって。エリザベスさんやマリアさんを受け入れたり、きついことを言う私に付き合ってくれたり……でも、本当は違うんですね。」
「言っておくが、俺にお前をイッセーや部長みたいに優しく導ける度量はない。一緒に話できる話題があっても、なんだかんだで気が合う間柄でも、俺に言えるのはこれくらいだ。」
「『なんだかんだで気が合う』ですか……。」
「……すまん。」
しばらくの間、沈黙が流れる。
「……いいんです。なんとなく、私が貴方の隣に立つなんて無理なんだろうなって、薄々感じてはいましたから。」
自分ではどうすることもできない――そう悟ったダイスケは部屋を出ていくことを決意する。
「わるい、俺にはお前を助けることはできない。」
悲痛な宣告。そして、うつむく小猫を背にして、ダイスケは部屋を出ていく。
バタリ、と閉じられたドアが、空間だけでなく二人の心さえも分断したように、ダイスケには思えた。
*
部屋から出て、朱乃にあいさつを済ませた後ダイスケはグレモリー邸の長い階段を下りていた、、その時、偶然にもリアスに連れられたイッセーと遭遇したのだ。
「ダイスケ、あなた修行は?」
「一応、目標は達成したんで、これからグリゴリの研究施設に向かいます。そこで、細かいデータを見るらしいです。そういうイッセーと部長は?」
「俺はなんか、社交界デビューがあるらしくて、一時的にこっちにレッスンしに戻ってきたんだけど、小猫ちゃんのことが気になってさ。部長につれてきてもらったんだ。」
「そうなのよ。あなた、小猫に会ったんでしょう?どうだったの。」
「それは――」
なにもしてやれなかった。むしろ、さらに追い込んでしまったかもしれない。そんな中、逃げてきたのだ。ダイスケの沈黙が、二人にそのことを無言のうちに告げた。
「……あの子の問題は複雑だもの、なにもできなかったとしても仕方がないわ。」
そう言って、リアスはダイスケの肩にやさしく手をやる。
「そうだよ。小猫ちゃんとお前が仲良いって言ったって、必ず助けられるってわけじゃない。俺は単にお見舞いできただけだけどさ、来てやったってだけでもきっといいんだよ。」
イッセーの言葉を聞いて、ダイスケは分かった。
(ああ、小猫に必要なのは俺じゃなくてイッセーなんだ。)
それに気づいたダイスケは、イッセーに言う。
「イッセー、お前はバカだけど、悪い奴じゃない。バカで、真っ直ぐな奴だ。愚直って言っていい。それも、美徳と言えるほどの愚直さだ。たぶん、今の小猫に必要なのは俺じゃなくて、お前なんだよ。お前のまっすぐさは、俺にはない。たのむ、あいつの心を救ってやってくれ。」
「え、あ、うん。そりゃ、眷属仲間だし。」
「……だからお前は好いんだよ。」
二人と別れ、グリゴリの施設へ向かうダイスケは思う。
自分はいろんなことを知っている。それは徳ではあるものの、結果的にダイスケを擦れさせた。過去の榛名の一件があったからなおさらだ。だから、何を経験してもまっすぐであり続けているイッセーがひどく眩しい。
そのまっすぐさはきっと多くの者の心を救うことだってできる。事実、リアスも、朱乃も、アーシアもイッセーのまっすぐさに救われているのだ。それは力を引き寄せるドラゴンだからであろうか。いや、イッセーだからだ。
それに対して自分はなんだろう。誰かの邪魔をし、壊すだけ。救うことなんてできはしない哀れな存在。守ると決めた。だが、後輩ひとり救うこともできない。できるのは、その存在の命を脅かすものを破壊するという意味での「守る」ことのみ。
怪獣王であるはずなのに、ダイスケは自分がひどく矮小な存在に思えてしまった。
今度の展開を考えるとどうしてもね……。それにしてもうちの主人公器ちっせぇな。
なお、感想などもお待ちしております。ただ、メンタルが非常に弱いのできついことを言われると「HYPER CRITICAL SPARKING!」になりますのでご勘弁を。
それではまた次回。いつになるかは分かりません!!!