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しかしつけるにしてもタグ文字数制限ががが。
くるくると嬉しそうに宙を舞う上海。一人で住むには広いとは言え、飛ぶには狭い室内、器用に物を避けて上海は踊る。繋いだ糸が絡まる事もない。安定した飛行だ。
ようやく、上海の修理が完了した。地底であの悍ましい妄想の化け物に傷付けられて以来、魔法の森の自宅で、アリスは上海の修理に専念していた。上海には何故か耐性があり、あの禁断魔法によるダメージすらも大した事は無かった。しかし、上海は元々、高度な技術によって作成された、至高の芸術品である。今のアリスの技量では、一朝一夕に直す事は出来ない。一つ一つの部品に、それこそ魂を込めるほどの気魄で整備を行う必要がある。そうしなければ、人形は美しくならない。上海は、美しくなければならない。美しくなければ、力を発揮する事が出来ないのだ。
美しく、美しく。
アリスの父が何時も言っていた言葉である。そう呟きながら、上海の髪を梳る大きな背中。それが、唯一覚えている父の姿であった。
上海は最も究極の人形に近い存在だ。最近では、極単純な命令と行動用の魔力を与えさえすれば、驚くほど高度な行動を長時間取り続けることが出来るまでになった。……最近。いや、もしかしたら、最初からそうだったのかもしれない。アリスの父は、最高の人形職人であったのだから。上海は父の作品なのだから。
嬉々として部屋の中を飛び回っていた上海は、やがて専用の小さなプライベートルーム、とは名ばかりの、化粧台の引き出しの中に入っていった。そして何やら、ごそごそと始める。アリスの意を汲んだのだろう。
上海が直った以上、アリスは探索を再開するつもりだった。
「悪いわね。最近、構ってやれなくて」
棚の中に整然と並ぶ人形達に声を掛ける。
人形達への愛を失った訳ではない。ただ、またこの道を行くために、今は引き返す。それだけだ。
アリスはその日、人形達の埃落としを行うと、装備の点検整備に取り掛かった。ボウガンの矢には新たに致死性の神経毒を塗り、仕込みブーツの白刃を研ぐ。狭い場所でも使えるよう、手榴弾の火薬の量を減らした。香霖堂で無理矢理交換させたポシェットは、もちろん防水性のもの。携帯食料、応急キットなどは新品を用意する。偽造させた儀礼刀の残り一振りと、上海に付けた青い宝石は、パチュリー手製のものだ。新調した小さなランタンは、橋姫からもらったもの。
翌朝、昼食用のサンドイッチと衣玖から差し入れて貰った小さな水筒を装備一式に加え、上海を肩に乗せると、アリスはぶらりと家を出た。もちろん、アリスの胸元には、てゐから貰った人参型のペンダントが光る。
あいも変わらず、魔法の森はどんよりとしていた。空は青く澄み渡っているというのに、ここの空気は陰気に微睡んでいる。ここに生息する数多の茸が、年がら年中飽きもせずに胞子を飛ばし続け、空気の循環と日光消毒を遮っているせいだ。おまけに、飛ばす胞子には幻覚作用があり、少し身体の弱い人間なら五分で足腰が立たなくなる程である。この瘴気は、人間はもちろん、妖怪にとっても辟易するようなもので、だから魔法の森に近づくような物好きな妖怪はいない。ただ、アリスのような魔法使いにとっては、襲い掛かってくる様な身の程知らずの愚かな人妖もおらず、魔法の材料集めにも事欠かずと、薄気味悪い点にさえ目を瞑れば、割と住みやすい土地ではある。
朝の陽射しは弱々しく、天井に曇りガラスを張っているかのよう。背の高い針葉樹で作られた森の迷宮は、里の人間には意外なほどの起伏に富み、歩くアリスは、散歩と言うより登山していると言った方が近い。右手で木の根に捕まり、左手で土を掻き掴み、両足で湿る石に踏ん張り、腹筋に力を込めて、身体の全体で登って行く。魔法を使っていないと、流石のアリスも息が詰まる。思い出すのは、天界の花果山だ。あそこのほうが空気が綺麗で良かった、いや雨の降るあの山よりはマシだ、いや胞子の舞う此処よりマシだ、脳内を駆け巡るは、そんな無意味な葛藤である。ぼやきの一つでも出そうも、口は酸素の出し入れで忙しい。結論としては、どっちも辛くて、でも楽しいのだ。でもやはり、道連れがいた分、花果山のほうがアリスは好きだ。あの時の衣玖は、今思い出しても、妬ましい程に美しかったし。
何度目か、何十度目かの起伏を越えると、ようやく、目指す入り口が見えた。
胞子が濃くなり、辺りは誰そ彼時思うほどに薄暗い。ドーム型に映え連なった樹々が太陽を、いや、天道を覆い隠す様に争って枝葉を伸ばし、地面には黒い陰のモザイク模様の洒落た絨毯が出来上がっている。ぐわり、とそびえる、開けっぱなし岩の口からは、古代カビの鼻を突く臭いが轟々と低い音を立てて吐き出されている。湿気と冷気がアリスの身体にまとわり付き、露となって肌が濡れる。まるで全身を舐めまわされているように感じ、アリスは悪寒に身震いした。
「待ちくたびれたぜ」
洞窟の入り口前に、魔理沙が立っていた。
予想していたことなので、アリスは驚かなかった。
この娘は、どういう原理か、人がやろうとしていることを察知して先回りする力を持っている。機を逃さない、とでも言えば良いだろうか。さらに俗っぽい言い方をすれば、主人公補正がかかっているのだ、こいつは。
「来たのね。全く、あんたには敵わないわ」
「お前が面白そうな事をしてそうだったんでな。今度は前のようにはいかないぜ」
魔理沙は帽子のつばをくいっと下げて、粋を気取った。今日の魔理沙はいつものように白黒だが、羽織った分厚い黒コートの分、黒が優勢のようだ。愛用の箒を担いでいるが、その他は見るだに軽装である。流石、魔理沙らしい。
「決闘の方はもういいの?」
里では少し前、決闘を見世物にするのが流行っていたらしい。
「一体何時の話をしてるんだお前は、もうとっくにそんなブーム終わってるぜ」
「そうなの? 最近、あちこち出歩いて、あんまり里に行ってなかったからね」
「ああいうもんは一過性さ。投資としちゃ、悪くなかったが。ま、私は選手になっちまったから、関係無いがな」
「投資なんかしてたの? そっちの方が驚きだわよ」
「前はしてたよ。神奈子がダム作ろうとしてた時とか。河童の奴等がやってるんだ、よく玄武の沢証券取引所で株券買ってさぁ」
「聞くだに胡散臭いんだけど……」
無駄話をしながら、ガッポリと口を開いた洞窟の中へと踏み込んで行く。前と同じだ。
霧雨魔理沙という女は、アリスにとって所謂悪友であった。魔理沙に対しては、どんな時でも軽口を叩かなければならない気がしている。きっとお互いそうなのかもしれない。お互いがお互いを見下して、でも何処かで一目置いて、つかず離れず、馬鹿をやる時は結局、一緒になってしまう。この腐れ縁は断ち切れそうも無い。
しかし、魔理沙がアリスの白兎ということはあり得ない。魔理沙は兎と言うより女豹だ。しなやかに軽やかに強かに獲物を狙う肉食獣、しかし足は地に着き、時には傷つき大地に倒れ伏す事もある。それでもまた立ち上がり、闇の中を一人、旅して行く。
一人、行く。
それが、アリスは怖い。
「魔理沙。付いて来るのは構わないけれど、一つ、約束をして」
緑の蛍光を発するランタンを掲げ、どことなく均整を欠いた魔理沙の顔を照らした。
「守れない約束は腐るほどしても、守るつもりの無い約束はしない主義でな」
どの口が言うのか。出掛けた嫌味を飲み込んだ。
「魔理沙。貴女は知らないだろうけど、これは危険な事なのよ。死ぬかもしれないし、死ぬよりももっと恐ろしい目に遭うかもしれない」
……自分のように。
「八雲紫に殺されるってか」
くっ、とアリスを見つめる魔理沙の目に、力が篭ったのが見える。
意外、とは思わない。アリスが引きこもっている間に、その足跡を調べるなど、魔理沙にとっては魔法でもなんでもない。
好奇心は猫を殺すというが、豹はどうか。魔理沙はどうか。
「……遺跡の中の物は、決して持ち出さないと約束して」
大きく口を開け、魔理沙は笑った。洞窟の中で反射したその残響が、沈黙に包まれてからも暫く続いた。
魔理沙は、アリスの意図を理解したようだった。
「それからもう一つ」
「なんだよ、一つじゃなかったのかよ」
「何事も楽しむのがシティ派のモットーよ。この探検も楽しむ事」
「ハッ」
魔理沙は、今度は鼻で笑った。
「言われなくても」
魔法の森の洞窟は一本道である。白く滑らかでぬるぬるとした岩肌がぬめり、生物の胎内を想起させる。その道が、上へ下へ右へ左へのたりくねりうねって進む内、まるで胎動しているかのような錯覚を覚え、生理的な嫌悪感が催されてくる。
そんな道を何十間と進むうち、自然、アリスと魔理沙の顔は険しくなった。酔いに似た感覚を覚え、二人の足取りはふらふらと千鳥足に近くなった。
「相変わらず、気色悪いぜ、いらいらするなあ」
魔理沙の性分は、洞窟探索になど向いていまい。霧雨魔理沙には星空を駆けるほうが似合っている。幻想郷は、彼女が住むには狭すぎるのだ。
しばらく進むと、アリス達は急な下り坂に差し掛かった。前回と同じ道程である。
ランタンをかざすと、ギリギリ光の届く距離、道の真ん中にポッカリと開いた穴があった。丁度、人が二人くらいが通れそうな大きさの穴である。前回はよくもまあ、あんな穴に落ちたものである。下らないことを言い合っている間に足を滑らせ、二人仲良く落ちたのだった。
「飛ぶか」
既に魔力封じトラップの影響圏内に入ったようで、箒に跨った魔理沙は、飛び立てなくてきょとんとしていた。馬鹿だ。
「別の手で行きましょう」
周囲の壁に両指の糸を打ち込み、それをロープ代わりにして、下り坂をそろりそろりと降りる事にした。魔理沙がランタンを持ち、アリスの身体に掴まって一緒に降りる。二人分の体重が両指に掛かり、少し痛む。
穴の少し手前まで来た時、アリスは片足を上げた。
「魔理沙、スカートの中に手榴弾があるから、それ取って」
「えー、嫌だぜ、なんかキモい」
「私だって嫌よ、でもしょうが無いじゃない、両手が塞がってるんだから。裾の辺りにホルダーがあるから、信管抜かないように注意するのよ」
渋々、魔理沙はアリスのスカートの中に手を突っ込んで、ゴソゴソと弄った。すぐに手を引っ込めると、その指先には手榴弾が握られていた。……手榴弾の、ピンだけ。
「……取れちゃったぜ」
ポカンとして、魔理沙は行った。
「馬鹿、何やってるのよ!」
素早く飛び出した上海が、信管の抜けた手榴弾を取ってくる。アリスは急いでそれを穴の中へ投げ込んだ。
「あんた、ワザとやってるでしょ? 安全装置ごと信管引っこ抜くなんて普通あり得ないわよ」
「んなこと言われたってなぁ。大体、最初っから上海にやらせりゃいいじゃねーかよ」
「そんなしょーもない事で上海を動かしてたらキリがないわ」
数秒後、爆裂音とともに振動があり、穴の中から土埃が上がった。その中に、バラバラに千切れた頭足類の触手も混じっている。穴の中に潜んでいたのだ。
「ひでぇことしやがる」
「自業自得って言うのよ」
「やってる事がテロリストだぜ」
「馬鹿言うんじゃないわよ、こんなに気高く上品で慈愛に溢れた美しいテロリストなんているわけないわ」
「その口上は耳にタコだぜ、まったく」
なんのひねりも無い只の待ち伏せなど、頭の弱い野良妖怪の考えそうな手である。勿論、アリスも魔理沙も察知していた。潜むのなら、その生臭さをどうにかしてからにすべきだったようだ。
穴に近づき、そこから中を覗き込む。既に頭足類本体は逃げ去っていた。
「……行くか?」
「冗談!」
悍ましい頭足類の潜んでいた穴へ飛び込むなんて、ゾッとしない話だ。
魔理沙はニヤリと笑うと、
「じゃ、行くか」
上海を掴んで、いきなり穴に飛び込んだ。
「ちょ、え、マジ?」
アリスは唖然とした。
魔理沙は半分以上、嫌がらせ目的で飛び込んだに違いない。そう考えると腹が立ったが、上海を人質にされている以上、行かざるを得ない。
ランタンも魔理沙が持って行ったので、真っ暗になってしまった。両指の糸を切断し、穴を覗き込むと、幽かな灯りと、生臭い臭いがした。
嗚呼、悍ましい。アリスは身体を震わせたが、息を止め、目を瞑り、覚悟を決めて飛び込んだ。
縦穴を落ちる途中で、何かとぶつかる。
目を開けると、ランタンの括り付けられた魔理沙の箒だ。
箒から魔力を噴出し、飛ぶ事は出来ずとも、落下速度を落としていた。
「アホか、目ぇ瞑ったまんま飛び込んでくるか、普通」
片手で箒にぶら下がり、ぶつかってズレた帽子を直しながら、魔理沙はアリスの方を見上げた。
「だって嫌なんだもの」
全身で箒にしがみつきながら、情けなくアリスは言った。
「それにしたって、やりようあんだろ。せめてゆっくり落ちて来いよ」
「だって、嫌なんだもの」
やがて底に着く。地に着く魔理沙の靴音が、びちゃり、と湿った音で濁る。あの頭足類のウジュルウジュルした粘性の体液を思い浮かべて、アリスは子猫のように震えた。
「おい、いい加減降りろよ。重いぜ」
「絶対嫌っ」
「駄々っ子かお前は」
魔理沙が箒を振りかぶったので、アリスは止む無く飛び降りた。靴音が乾いた音を立て、安心する。直後、手をついた版築の城壁がグジュリとぬめり、血の気が引いてバランスを崩したアリスは、魔理沙にもたれ掛かってしまった。
あの時とは逆の形だ。
見上げた魔理沙の一瞬の横顔は、緑の蛍光に照らされ、妖精のように見えた。霧雨魔理沙という女は、信じられない程に多様な面を持つ。まったく、不思議な女である。
「おい、もういいだろ、自分で立てよ」
魔理沙はアリスを突き離した。アリスは、嘆息した。
「あと少しで拭き終わったのに」
「おま、何ヒトのコートで手ぇ拭いてんだ!」
気色の悪い頭足類の体液の残りをチリ紙で拭き取った。
ランタンを魔理沙からもぎ取ったアリスは、舞い降りた古城の通路を見回した。頭足類の這い回る悍ましい軌跡が、あちこちに付着している。異臭を放つそれは、アリスの想像の通りの方向、すなわち二つの方向へ伸びている。行き止まりの扉へと続く通路と、地底湖へと続く通路である。痕跡が真新しいのは、やはり、扉へと続く道の方だった。
「まあ、そんな気はしてたがな」うんざり、と言った顔で魔理沙が言う。「野郎も存外、しぶといぜ」
アリスは無言でスカートの中から折り畳み式のボウガンを取り出し、矢を番えた。魔理沙も懐から何がしか筒のようなものを取り出し、手の中に隠している。
「こういうお約束って、大嫌いだわ」
「いや、お約束は大事だぜ」
「スマートじゃないのよ、まったく」
ランタンを掲げて、扉へと続く道を一歩、踏み出す。
「泥臭いのが嫌なら、都会とやらに引きこもってな」
油断なく辺りを見回しながら、魔理沙も続く。それを背中で感じながら、アリスは歩を進めた。
静寂の闇の中。女二人が、武器を構えてゆっくりと歩み行く。嫌悪感で、アリスの胸のムカつきは最高潮だ。無意識に呼吸が早くなる。無音の海に響き渡る自身の吐息が耳に痛い。いや、これは魔理沙の吐息だろうか。二つの鼓動が一つになり、渾然としている。二つを個と考えるのが、愚かしくなってくるほどに。
扉まで辿り着くと、魔理沙もアリスも歩みを止めた。
扉、いや、かつて扉だったものは、力ずくへし曲げられ、通路内に散らばっている。朱塗りの扉には、例の悍ましい体液がびっしりとついていた。
「まあ、努力は認めるがな」
魔理沙は帽子を深くかぶり直した。
「いちいち付き合っていられないんだけど……」
振り向きざま、アリスはボウガンを連射した。
天井から音もなく背後に忍び寄っていた頭足類の、半透明に透き通るその胴体に命中し、アリス達に迫っていた触腕が、雷撃に撃たれたように痙攣する。
「発想は悪くなかっけど、扉が通路側に散らばってれば、魔理沙でも分かるわよ」
「なんだその魔理沙でも、ってのは……おっと!」
痙攣から回復した触腕は、魔理沙を狙って打ち下ろされ、間一髪、魔理沙はそれを避けた。
ボウガンの矢には神経毒が塗ってあったが、頭足類には耐性があったようだ。アリスはブーツに仕込んだ白刃で、追いすがる触腕を斬って散らしたが、元気にうねる触腕がまだまだ残っているのを見て、溜め息を吐いた。
「まったく、面倒ね」
「アリス、おとりになれ」
「はあ?」
魔理沙はアリスの手からランタンとボウガンをもぎ取ると、筒状の物体をボウガンの矢に括りつけた。手にしたもう一つの筒状物体を握り潰すと、ボウ、と黄色く光る霧状の粒子が魔理沙を包みこむ。
「おとり、って言われても」
「いいから行けよ」
ドン、と魔理沙に背中を押され、アリスは触腕の只中に踏み込んでしまった。
途端、四方八方から触腕が殺到する。
「まったく!」
アリスは怒気混じりに、素早くステップを踏むと、白刃で周囲を薙ぎ払いつつ、天井からぶら下がる頭足類の真下へと滑りこむ。頭足類はその巨大な体をぐるりとねじり、その醜悪な視線のまん真ん中に、アリスを捉えた。
「見失えば、そりゃあ探すわよね」
おそらく、頭足類が最後に見た光景は、手製の閃光手榴弾のピンを抜いたアリスの姿だったろう。
宙空で爆発したそれは、洞窟内では明るすぎるほどの閃光を発し、頭足類の眼球から光を奪った。苦しむ頭足類の悍ましい粘液音がして、その巨体が地に落ちる。
「十分だ」
魔理沙の声が、天井から降り注ぐ。
飛行箒の上に仁王立ちした魔理沙は右手と八卦炉と左手のボウガンを、それぞれ真下に構えている。
「お前には新作の実験台になってもらうぜ、光栄に思いな」
ボウガンを発射し、筒状の物体を頭足類に打ち込む。途端、頭足類の巨体は、黄色く光る霧に包まれた。そこへ、八卦炉から発射された極太のレーザー、魔理沙のマスタースパークが炸裂した。
先ほどの閃光手榴弾よりも数倍、数十倍強い光が降り注ぎ、洞窟内が真昼になった。
純粋な力の放出。弾幕はパワー、その魔理沙の信念の、まさに体現と言うべき魔法。圧倒的な光の洪水は、あらゆる奇も正も邪も押し流し、そこに道を作り出す。霧雨魔理沙が行く道を。
やがて光の奔流が収まると、頭足類の姿は消え、散り散りになった触腕の切れ端だけが残った。光を受けて消滅したのだ。この魔法を正面から受ければそうもなろう。しかし、力の強すぎるマスタースパークを使ったにしては、なんら破壊の跡も残っていなかった。
「どうだ、新作のマジックアブソーバーだぜ。ここの魔力封じ対策に考えたんだが、なかなか使えるだろ」
箒から降りた魔理沙は、得意気に鼻を擦った。
「なるほど、魔力相殺魔法か。悪く無いわね」
こればかりは、アリスも素直に感心した。
この城の魔法妨害は、微弱な魔法を放出し続けるタイプのトラップである。魔力自体を無効化することで、ある種のマーカーを持った魔法だけ使用出来るようにしたのだろう。
しかし、その出力試験を此処で、しかもマスタースパークで行うとは、さすがに魔理沙である。
「無効化の出力が足りなかったら、洞窟が崩れて死んでたわよ、私達」
「まあ、上手くいったんだからいいじゃないか」
あんたと一緒にいると、失くしたはずの寿命が縮まる思いがする……アリスはそう言いかけて、やめた。遠回しにでも、魔理沙が、失くなりかけた生の実感を与えてくれているだなんて、言いたくなかったのだ。
「先へ行きましょう」
代わりに、アリスはランタンを掲げ、前を向いた。
アリス達は破壊された扉をくぐり、未探索地域に突入した。
「なんだ、こりゃあ。すごいな」
魔理沙が驚くのも無理はない。
扉の中は、広大な空間が広がっていた。どれくらいの広さかは精確に分からないが、染み入るような静寂が、この空間の巨大さを肌で教えてくれている。天井も高く、小さなランタンの明かりが届かないほどだ。地面は、朽ち果てているが、舗装されていた跡があり、アリスたちの両側には、建物の残骸と思しき瓦礫の山が連なっている。どうやら、アリス達は街道の上に立っているらしい。街を包む埃と黴の臭いが、重ねてきた年月を想像させた。
魔理沙は手を口に当てると、思いきり叫んだ。
「弾幕はパワーだぜーっ!」
山彦は、聞こえない。相当に広いらしい。街一つ分くらいはありそうだ。
どくん、とアリスの心臓が跳ねた。
予感が、体中を震えさせる。
「こりゃあ、魔法の森全体くらいありそうだなぁ」
魔理沙はスタスタと街道を歩いて行ってしまう。
震える足を動かし、アリスはその後に続いた。
街道は広く、まっすぐに伸びている。幾つかの横道と直角に交差し、この街がかなり計画して造られ、整備されていたことが伺えた。
「里にも負けてないぜ。昔は目貫き通りだったのかな」
箒を担いだ魔理沙の後ろ姿が、揺れる視界の中で唯一つ、確かなもの。アリスは必死に、それを追った。
やがて、アリス達は巨大な建物に到着した。
その建物は荒廃し、あちこち崩れ、この闇の中ではかつての姿を想像することすら難しいほどだった。
「栄枯盛衰、ってか。諸行無常だな。私はロマンを感じるけどな、お宝の気配、ロマンだぜ」
魔理沙は無造作に炭化して崩れかけた扉を押し、建物の中に入っていった。
建物の中は広く、がらんどうの室内は風通しがいいのか、何故か埃もカビ臭さもなかった。そのせいか、部屋は神々しい雰囲気に包まれていた。
アリスは、息が荒くなるのを感じた。
「アリス?」
魔理沙が、アリスの異変を感じ取ったようだ。
部屋の真ん中に立ち尽くすアリスに駆け寄ると、その肩を掴んだ。
「どうしたんだ?」
魔理沙の困惑した顔が、今が現実で、妄想の世界などではないと教えている。
アリスは、胸元に手をやり、てゐのペンダントを握りしめた。
必死に息を整え、ランタンを頭上に掲げる。
光が、天井まで届いた。
見上げた魔理沙の目が、驚愕に見開いた。
「な、なんだ……、ど、どうして、魔法の森の地下の……こんな所に……」
魔理沙が、明らかに動揺している。
アリスが天井を見上げると、そこには見知った顔があった。
後光を背負い、紫雲に乗って、手に笏、腰に七星の剣を佩く、半眼の、豊聡耳神子の姿……神霊廟の天井画が、あった。