吸血鬼……らしい。とてもそうは見えないが。どちらかと言えば狼男に見えなくもない。
計画的に人間の遺伝子のみを取り込むことにより生き残った個体らしく、強く進化するためにはより優れた遺伝子を取り込む必要があるため、多くの優れた人物が集う武偵高校の講師小夜鳴として潜入していた。現在、こいつはは人間とほぼ同じ姿に擬態して生きる事を余儀なくされ、激しく興奮した時にしか吸血鬼の姿に戻れないらしい。
少なくても、僕が今まで対峙してきた敵とは次元が違う相手である。
チート勢筆頭。
そこには正真正銘の『怪物』が居た。
僕の何倍もある巨体、黒い毛、赤い目、鋭い牙にただ逞しいでは表現できない剛腕、体の模様、その手に持つ何十メートルもある鈍器。巨大な狼男にも見えれば、金棒を携えた鬼にも見える。
僕は冷や汗を全身から流し、すぐに物陰に隠れた。
「ハアッ、なんだよ……あれ……。何が起こっているんだよ……。一体何がどうなってんだよ……」
呼吸が勝手に荒くなり、体の震えも止まらない。
まるで、自分は天敵に見つからないように物陰にじっと隠れて震える小動物の様だ。
恐る恐る化け物の方を見てみると、そこには遠山先輩と神崎先輩が化け物と対峙していた。
な、何して……!? なんであんな化け物と戦っているんだよあの2人は!?
正気じゃねぇよ!
「ゲゥウアババッ!」
化け物が笑いながら、立ち尽くしている遠山先輩に近づく。
遠山先輩は逃げようとしない。
近寄ってくる化け物にベレッタを構えるが、銃口は震えている。
その後ろには神崎先輩も居て、退くにも引けない状態だ。
「グゥウアアッ!」
化け物が鈍器を構えて歩を進める。
「や……………………やるしかねぇ……」
両手で頬を叩いた。すると、自然に体の震えは治まっていき、呼吸も安定する。
そうだ、いくら化け物でも倒す方法はある。熊やライオンだって頭や首をやられたら死ぬ。
奴だって生物だ。ゲームみたいにまともに戦う必要なんてない。一撃で葬れば問題ない。
自分を納得させ、覚悟を決めて走りだす。
両手にナイフを持って、化け物の背中目掛けて跳躍し、背中を踏み台にして化け物の首に両手のナイフを突き立てた。刺した箇所から血が吹き出し、僕の制服を汚す。
しかし、化け物は悲鳴を上げながら倒れることなく、動きを止めてこちらを向いた。
赤い眼光が僕を照らす。その瞬間、治まっていたはずの体の震えが再び襲ってきた。
「なっ!? 首を刺したのになんでっ!?」
「天原っ!? なんで此処に!」
「あぁ? テメエ、こんな所で何してやがる? 仕事はどうした、劣悪遺伝子が。それとも凡人が吸血鬼とやり合おうってのか?」
仕事の事を知っているって事は……。こいつも小夜鳴とグルか……。
「っ!?」
不味いと思った時にはもう遅かった。巨大な手で掴まれ、指で足を挟まれて宙釣りにされる。
「キンジ! まずはブラドからあいつを助けるわよ!」
「ああ。天原、待ってろ!」
遠山先輩が怒鳴りながら引き金を引く。神崎先輩も続けてガバメントの引き金を引く。
ベレッタとガバメントの銃弾は化け物の体に入ったが、化け物は平気そうに笑う。
化け物は僕を口の近くまで運び、大きな口を開ける。
このままじゃ喰われる……!
懐からライターと火炎瓶を取り出して、火種に点火して火炎瓶を化け物の口に放り込む。
口の中に異物が侵入し、化け物はパニックになって僕を放り投げる。
「いって!」
背中から床に落ち、痛みがやってくる。
「天原、大丈夫か? それより、お前なんで此処に?」
「あんたって何処にでも現れるわね!」
「峰先輩から聞いてないんですか?」
「理子か、あいつもひっかきまわすのが好きだな……」
遠山先輩が困ったような顔をしながら神崎先輩を見ると、神崎先輩は睨み返して遠山先輩はそっぽを向く。
「てかあの化け物なんすか!? 首刺しても死なないとか生物の枠から外れてますよ!? チートですよチート!」
ブラドを指さしながら言う。正直、あいつとやり合うなんて命がいくつあっても足りない。
熊の懐に潜り込んで投げ飛ばすみたいなものだ。
あいつが不死身と分かった以上、此処は退くしか道が無いだろう。
「ブラドにはいくつか弱点があって、それを同時に攻撃しないとダメだ。弱点は全部で4つだ」
「ええー、また面倒くさい奴が相手だ……。でも、倒せる方法があるだけ……」
「ああ、まだマシだ」
聞くと、ブラドの体に描いてある目玉模様の位置に弱点があり、あそこを4つ同時に攻撃すれば倒せる。だが、見る限り目玉模様は両肩と右脇腹の三か所にしか見えない。
後1つ何処に……。それが分かれば先輩方がとっくの昔に倒しているか……。
「ん? 模様? そう言えばあいつ、舌に刺青みたいなものを入れていたような……」
「なんですって!? それって本当!? ちゃんと確認したの!?」
神崎先輩が僕の肩を掴んで激しく揺さぶる。
「は、はいぃ! だから揺らさないで~」
突然足音が段々と大きくなるのが聞こえ振り向くと、僕は冷や汗を流した。
先輩2人も悪態をつきながら構える。
「このクソガキがあぁぁぁ!」
ブラドが怒りながら鈍器を振り上げて迫ってくる。
「来たわよ!」
僕は投げナイフを投擲するが狙いは大きくずれて狙いとは全く違う箇所にナイフが刺さる。
狙いの乱れは心の乱れってか……。まずは落ち着きつつ、立ち回ろう。
ブラドは止まることなく近づき、薙ぎ払うように腕を振る。
鈍器が空を切りながら迫ってくる。
咄嗟にその場でしゃがみ込む。
僕の頭上を鈍器が通り過ぎた直後……。
ガキィンッ!
耳をつんざくような音がして首を曲げると、刀を取り出して構えている神崎先輩と、その後ろにいる遠山先輩が吹き飛ばされていた。
ブラドの攻撃をガードした……!? 全く、無謀な事に自ら突っ込むなんてどうかしてる。 それでも大した外傷が無い所を見ると安心する。
神崎先輩はフェンスに激突し、遠山先輩はフェンスを越えてそのまま姿が見えなくなった。
「キンジィ!」
「遠山先輩ッ!」
「ゲゥウアババッ!これで1人退場だな! 今度はお前たちだ。ホームズ、そして劣悪遺伝子!」
「くそがぁ、やりやがったな!」
ナイフを取り出して右手で握りしめ、全速力で駆けだす。
ブラドも鈍器を振り上げて襲いかかってくる。
足元を払うように振られた鈍器を跳躍で躱し、一気に距離を詰めてブラドの腕にしがみ付いてナイフを突き刺し、そのままナイフから手を離してブラドから距離を取る。
「どうした、それで終わりか? まあいい、まずはホームズから始末するか」
ブラドは神崎先輩に狙いを定めて駆けだす。
「先輩、気を付けて!」
「っ!?」
僕の声に先輩も気付いて振られた鈍器が当たる直前に体を投げ出して躱す。
「ちっ 猿が喚いてんじゃねえ!」
今度は僕に向かって振り降ろされた。サイドステップで回避してブラドに向き直る。
僕の後ろを誰かが通り過ぎたのを感じ、見てみれば理子先輩だった。
理子先輩は遠山先輩を呼びながら屋上から飛び降りる。
「天原、余所見しないで!」
「え?」
神崎先輩の怒鳴り声にマヌケな返事を返しながら振り向くと鈍器が目の前に迫っていた。
咄嗟にしゃがんで回避するも、すぐに追撃の振り降ろしが迫る。
その場でサイドロールをして難を逃れる。鈍器が床にぶつかる音と同時に床が一瞬揺れる。
「しぶといガキだな!」
「テメエ、劣悪だのなんだのと罵倒した挙句人の知人吹っ飛ばしやがって、何様のつもりだ!」
「けっ! テメエにはガッカリさせられたぜ。さぞ特別な力でもあるのかと思えばただの人間じゃねえか」
「あ? どういう意味だ? まず勝手に期待してんじゃねえよ。良い迷惑だ」
「遺伝学的にテメエは無能って意味だ! 4世と同じくな! テメエの遺伝子には何もなかった」
「なんでお前がそんな事を…………。まさか僕の血を採血した本当の訳って……。畜生、やっぱりグルだったわけか……」
「その通りだ! 無駄な時間を過ごしちまってテメエにはイラついてんだ! とっとと死ねや!」
「ちっ、理不尽なクソ野郎だな。理由もクソもねぇ」
ブラドが鈍器を振り上げると、その脇腹に銃弾が入る。
「天原、集中! 行くわよ!」
「了解! ペラ勢筆頭、天原勇人、卑劣に押して参る」
ナイフを構え、ブラドに近づいて刃を突き立てる。
「小賢しいサルどもだな!」
「猿って……レディに向かって失礼ね!」
「何言ってやがるんだ、ホームズ4世。それにレディだと? おまえみたいなガキがか?」
ブラドが先輩を嘲笑いながら鈍器を振り回す。
「なんですって!? あたしはもう16よ!」
「800年生きてる俺にしてみれば、人間なんてみんなガキだ」
「800年生きているなら、大人しく隠居でもして茶でも啜ってろよ、クソじじい!」
迫りくる手を躱し、もう一撃入れてすぐにブラドから離れ、また接近して攻撃を入れる。
ひたすらヒットアンドアウェイを繰り返す。
「やれやれ、猿を通り越して蠅だな」
ブラドは嘲りながら口にする。そんな安い挑発に乗るやつなんて居ないさ。
しかし、こいつは本当に面倒だ。ここはやはり隙を作らせ、後は神崎先輩に何とか4つの弱点を同時に攻撃してもらうしかない。
ブラドの握り拳が上から迫ると、すぐにバックステップでその場から退避する。
ナイフを投げて脇腹の目玉模様に命中させる。
神崎先輩の二丁のガバメントから4回銃声が響く。
「ゲゥウアババッ!無駄だぁ!」
「口の中の弱点が厄介ね……」
「大丈夫です。遠山先輩と峰先輩が戻ってくれば4対1、数の暴力でごり押せますよ」
ブラドが鈍器を捨てて勢いよく飛び掛かり、神崎先輩はギリギリで躱す。
ブラドの手がこちらに迫ってくるとサイドステップで回避して、近づいて刺す。
いくら刺しても傷は忽ち塞がる。くそ、あんな化け物の上に自己再生とかふざけてやがる。
ブラドは床に手を突っ込み、粉々に砕いた瓦礫を投げつけてきた。
神崎先輩は二刀で捌き、僕はナイフで弾きながら回避する。
瓦礫の雨が止んだと思えば、今度は一回りも二回りも大きい瓦礫が飛んでくる。
「先輩、回避するしか……!」
「分かってるわよっ!」
その場から身を投げ出して瓦礫を躱して、立ち上がると再び瓦礫が飛んできた。
ギリギリで躱し続けるが、とうとう頬に瓦礫がヒットして衝撃に耐えれず床に倒れる。
「ガアッ……!」
「天原っ! しっかりしなさいよッ!」
「余所見はいけねぇな! ホームズ!」
ブラドは神崎先輩に攻撃を仕掛けようとしていた。神崎先輩も息切れを起こしており、これ以上長引くと不利になる。
神崎先輩は辛うじて攻撃を躱しているが、これ以上の消耗はさせる訳にはいかない。
投げナイフをあるだけ投擲して注意をこちらに向けさせる。
「そんなに遊んでほしいのか、お坊っちゃん?」
「ああそうだ。ほら来いよ? それとも人間の事をガキ呼ばわりしといてビビってるのか?」
血の混じった唾を吐き捨て、中指を立てる。
「いいだろう、そこまで遊んでほしいなら遊んでやるよ。ホームズも息切れを起こして面白くねぇからな」
ブラドは嘲るように笑いながらこちらへ近づく。
「アリア、天原!」
上を向くとパラシュートを開いた峰先輩と彼女に抱えられた遠山先輩が飛んでくる。
これで役者は揃った。後はいつも通り時間稼ぎだ。
遠山先輩がこちらに手を伸ばしてくるが……。
「先輩、神崎先輩を!」
「お前……分かった。死ぬなよ! アリア!」
神崎先輩は峰先輩が髪の毛で引っ張り上げて一旦上へ。後は僕の仕事だ。
「さあ、無能。俺相手にどう立ち回る?」
「さあ? 800年生きたその脳みそで考えれば?」
ブラドが手を伸ばしてこちらに迫ってくる。バックステップで距離を取りながら手の動きを観察して逃げ道を考察する。
ギリギリの所で躱せば行けるか……?
迫る右手を避け、今度は左手が横から迫る。
スライディングで腕と床の間を滑り抜け、最後のナイフを投げつける。
ナイフは左肩の目玉模様に突き刺さる。ブラドはナイフを抜こうと隙を見せた。
「そこ!」
神崎先輩が落下と同時にブラドの目を刀で斬りつけ、ブラドの顔を蹴って離脱する。
「ちぃ! 小賢しい!」
「ここで1つお話としゃれ込もうか。確かに、僕は才能もなければ超能力も使えない。でも、何の問題がある? 最低限生きていられるなら万事OKだ」
「それがどうした? 生まれた瞬間から生物の価値は決まるんだよ。テメエは死んだ方が幸せになれる体なのさ!」
まあ、確かに「どうせ自分なんて……」って思う奴は居るだろう。だが、それを決めるのは本人であって決して奴なんかじゃない。
「死んだ方がマシだぞってか? ふざけんな、こっちは必死こいて崖にしがみついてんだよ。それに価値だと? くだらねえ。神様にでもなったつもりか? 自分の価値は自分で決めるわ! 勝手に個人の問題に首突っ込みやがって、もう少しマシな趣味を持ったらどうだ?」
「無駄話はもういいか? お前の言う、しがみついている崖から叩き落としてやるよ!」
ブラドが両手の爪を見せながら飛び掛かってくる。
迫り来るブラドの腕を躱し、跳躍と同時に懐からスタングレネードを取り出す。
「1つ良いこと教えてやる。お前はこれからも生き永らえるだろうな。でもな、これだけは覚えとけ。お前が嘲りながら生きている『今』は、昨日この世の何処かで死んだ誰かが涙を流しながら生きたいと願った『未来』なんだよ」
ピンを抜き、ブラドの目にスタングレネードを投げつける。
「後、人間舐めるなよ。化け物が」
そう言って目を閉じた瞬間破裂音と共に光を感じる。光が止んだ後にはブラドのもがき苦しむ声が聞こえる。
「クソォ! 卑怯な手使いやがって!」
「うるせぇよ、ヴァーカ! こうでもしないと生きて行けないだよ!」
「先輩、お願いします!」
後ろで銃を構えて待機している先輩に託す。
「ああ、任せてくれ。さ、2人とも。後は俺たちの仕事だ」
「うん!」
「ええ!」
ブラドが先輩方に跳びかかるが、「もう遅い」と言わんばかりに3人が一斉に引き金を引き、銃弾が跳び出す。
それぞれが目玉模様の中央を捉え、最後に一発の銃弾がブラドの口に入った。
「グウウウアアアアァァァッ!」
ブラドが悲鳴を上げながら、床へ倒れた。
まだ、ブラドの傷口から血飛沫が上がっている。これ失血死しないか少し心配だな。
あ、でもこいつ人どころか、犬や猫でもないから法律とか適用されないか。
吸血鬼殺しちゃアカンって法律は無いし。
遠山先輩は壁に背中を預けて座り込み、僕も胡坐をかいて座る。
「ふう、なんとかなりましたね。流石は先輩方」
「やれやれ、こんな事はもう御免だがな。お前には助けられたな、サンキュー」
遠山先輩は拳を突きだしてくると、僕も拳を握って遠山先輩の拳に軽く当てた。
神崎先輩や峰先輩も座り込んでホッと一息ついている。
「いえいえ、デュランダルの時に助けてくれたお礼ですよ。僕だってちゃんと筋は通しますよ。これでも極道に憧れを抱いていたんで」
この後、僕は狼の存在を思い出してビル中を走り回ったのは言うまでもない。
ペラ勢
紙の如く防御力を持つ者達の事。
要するに僕の事である。
自分自身の名誉の為に言っておくが、周りの連中の攻撃力がインフレしているだけであって僕自身の防御力は普通である……と思いたい。