黒狼狐己録 -Life Harboring- 作:ふーか
…まだ一章なのに、内容が最初からクライマックス(汗)
罪悪感、高揚感、嬉しさ、悲しさが私の中を渦巻く。愛した者を手に入れたのに、どうしようもなく晴れない気分。この数週間で…運命は私を狂わせた。隣で眠る狼戈の頭を撫でながら、名前を呟く。すると彼女は、それに反応するように尻尾をブンブンと振った。とても嬉しそうな表情で…それが私の罪悪感を更に沸き立たせる。この子は無垢で純粋。まだこれから先、何千年、何万年を越えてまだ生きていく幼い妖怪。私の私情でそれを奪い取り、独占しようとしている。
私のやっていることは…間違っているのだろうか。
恐らく彼女は、また笑って許すだろう。どうしようもない自分を、まるで子供を宥める大人のような笑みで、許し、励ますだろう。連れてこいという私の主人の指示。一緒にいたいという私の、私への指示。その指示に、従順に従った結果がこれだ。私の欲は…深すぎるのかも知れない。恩人の全てを、何もかもを壊す程に。
「…玉藻」
ビクッと狼戈を見ると、可愛らしい寝顔で何かを呟いていた。私の名前を呼び、嬉しそうに微笑む姿に、自然と涙が零れる。
最近泣いてばかりだ。勝手に零れる涙が悪いのであって、私は悪くない。悪くないのだ。
私の中で幾つかの考えを出す。
まずひとつ。そのまま帰すこと。式を解き、私との記憶を葬る。彼女にとって最善の判断であり、私も諦めがつく。だが…主人の意思に反する上、記憶を消す勇気は私にはない。
もうひとつ。このまま彼女を式にすること。記憶も残しつつ、これまでと変わらぬ関係で、幸せに暮らせる。勿論戦闘等も起きるだろうが、彼女の強さならば安心して任せられるはずだ。主人の意思にも逆らわない。だが、それで私の、この心の霞が消えるだろうか。いや…きっと消えないだろう。
次にひとつ。このまま…食い殺すこと。私の欲望のまま、骨を、血を、肉を、貪り尽くす。出来ることならすぐにでもそうしたかった。だが…だが……
最後にひとつ。私の奴隷として、私の道具として、働いて貰う。精神も全て崩壊するだろう。…ダメだ、流石に想像出来ない。
「私は…どうすればいいんだ……狼戈……!!」
「玉藻の…いや、藍の好きにしていいよ」
答えの無いはずの問い。想像もしていなかった回答者と、その答え。狼戈は私の肩にもたれかかったまま、微笑みながら呟いていた。
「私の存在が藍を狂わせた。なら、藍。貴女が決めて。生かすも殺すも貴女の」
「それ以上は…やめてくれ……」
歯を食い縛る私を、狼戈は優しく抱き締める。私が彼女に対して実行した抱擁とは違って、とても優しく暖かい…ああ、敵わないな。彼女を食い殺すなど…記憶を消すなど…出来る訳ないじゃないか。
「…狼戈、私は」
「…良いよ、もうわかってるさ」
「…私を、藍の式にして」
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さて、式は色々と訳がわからないが、とりあえず記憶や行動に支障が出る訳でもない。式になるとはつまりどういうことか、いまいちわからない自分がいる。
こんなことなら、最初から了承しときゃよかったな。
そんな事を考えつつ、藍の部屋で、藍を待つ。藍を落ち着かせた後、藍がお茶を持ってくると言って部屋を出ていってしまった。仕方なく座って待っているのだが…いやはや、まだかなあ。
藍の部屋は、質素なのか豪華なのかよくわからない。ただ、藍の甘い香りが充満しており、鼻先を擽る。家具は服を入れるためのタンス(?)であったり、机であったり、ベッドであったり。それでも一人で暮らすには十分な広さ。更にはこれが、家…いや、屋敷の中の一部屋。どれ程大きいのだろう。
「入るぞ」
「あ、うん。って藍の部屋なんだから、入るも何も…」
気にするなと、中央に置かれた丸い机に湯飲みを並べる藍。並べるといっても、ふたつ…あれ、みっつ? いや、まさか…
「狼さん狼さん。式になった気分は如何?」
「別に」
「あら、つれないのね」
すぐ隣、開いた隙間から紫が現れた。扇子を口に当て、薄ら笑いは彼女の基本スタイルだ。表情からは感情が読みにくい。私の特技を封じられました。
重力無視でふわっと降り立つ紫。よく考えると彼女の全身を見るのは始めてか。いつも上半身を出していただけだったし。丸い机を三人で囲み(私は紫から逃げるように、藍の方へ近付いている)、流れる沈黙。なんの為に机囲んだ。何か話せよ。
「狼戈、お前体は大丈夫か?」
「え? ああ、あれか。全然大丈夫。気にしないで」
しゅんと肩を竦める藍を必死にフォローする。紫のニヤニヤとした視線が自棄に落ち着かない。何か一泡吹かせられるようなことは…
「…申し遅れたわね。私は」
「八雲 紫。隙間妖怪。違う?」
しれっと素性を言い当てる私に、紫の瞳が疑い深い物へ変わる。私は記憶の限り言っただけ。何か文句を言われる筋合いはない。逆に文句を言う側だ。
「何か言うだけ無駄よ。私は話さないから」
「…藍の頼みでも、かしら」
…話していて苛々するな、この妖怪。藍を利用しないで欲しい。
「これは私の命に関わること。言ったら貴女、絶対使うでしょ」
まあ、図星か。不気味な微笑みこそ変わらないが。
その後特に会話も無く、互いに茶を飲む時間となった。正直静寂に耳が痛かった。藍の顔を見れば、どうしたと微笑み、紫の顔を見れば、ニヤニヤしているだけ。ああ、私、なんか色々後悔してるかも知れない。もう遅いけど、ね。
そして真夜中(?)。藍の部屋のベッドの上。それならば問題は無い。だが、何故隣に藍が寝ている。ああ、藍の部屋だから…って違うそうじゃない。
私は断ったはずだ。下で寝るから、と。尻尾が毛布代わりになるし、問題等まったくないと。だが藍はそんな私に一歩も譲らず。一緒に寝ると。これは式に対する主人の命令だと。結局押しに負けて同じ布団で寝ている訳だが、精神的に滅茶苦茶居心地が悪い。手触りも温もりも神級だが、正直逃げたい。
籃が寝たことを確認し、こっそりとベッドから降りる。足音をたてずに部屋の隅へ…そう思った瞬間、私の体に、柔らかいものが巻きついた。
「…何処に行くのかな? 狼戈」
ああ、結局こうなるのか。そうかそうか。結局犯されるのか。
淫らに微笑む藍に、怯える私。長い長い夜は…まだ始まったばかり。