黒狼狐己録 -Life Harboring- 作:ふーか
この短編は、もしこうだったらどうなったか。そんな事を描いたもの。
“BAD END„
また、グダグダなので飛ばしていただいて構いません。
~獲物~
私には忘れられない。忘れる事は出来ない。このまま、ずっと……
「美味しくて…あまぁい…」
その言葉に戦慄する。瞳を見る限り自我はないようだ。この危機的な状況で、私の頭は驚く程に冷静だった。死ぬ寸前に世界がゆっくり見えると聞くが、それだろうか。
鬼を操れる者などいないだろうし、わざわざ助け、恩を売った相手を食い殺す程、萃香は獲物を弄ぶ奴では無いだろう。
だが、現に目の前の鬼は私を食おうと襲って来る。どう戦っても、知恵を絞っても、私が対抗出来る相手ではない。第一、もう逃げられない。掴まれた肩から血が滲む程、強く、強く押さえられていた。
「萃香さん…!! 目を…目を覚まして…!!」
私の必死の呼び掛けも空しく、萃香は口を近付ける。もう後が無い。もし首筋でも噛み千切られれば、その時点で私の生は終わる。こんなことはしたくないけど…!!
「グルゥゥゥ…!!」
唸り声を上げ、萃香の肩へ噛み付く。鋭く狡猾な狼の牙。肉へ食い込み、皮膚は血を吐き出した。
ーーーそれでも。
萃香は動きを止めない。それどころか近付いた私を抱き締め、逃がさないという意思を露にした。その腕力に骨が嫌な音をたてる。肋骨が折れたのだろう、強烈な痛み走る。更に立て続けに左の手首に痛みを感じる。その痛みは骨折どころの騒ぎではない。恐る恐る手を見て、私の頭は思考を放棄した。
私の左手は、手首から先を無くしていた。
「ぎゃぅぅ…うぁぁ!!」
声にならない悲鳴を溢す。露出した骨と肉、噴き出す鮮血。想像も出来ない痛みを伴い、私の動かない思考はひとつで埋められた。
痛い。痛い痛い痛い痛い痛い…!!!
「ん…♪」
私の悲鳴涙を気にも留めず、着々と体を奪っていく萃香。遂に力も入らなくなり、その場に倒れ込んだ。
「えへ…いただきまぁす…♪」
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もう言葉も出ない。痛みも感じない。体がどんな状態かもわからない。ただひとつわかる事があるとすれば、私の命はもう消えるということか。これから地獄に行くのか天国に行くのか…それは閻魔様に決めて貰わなきゃ。まだ…生きたかったな…。皆と仲良く…なりたかったなぁ…。
頬を一筋の光が流れる。意識は、途絶えた。
▼
「わ、私は…まさか……!!」
気付けば妖怪の少女が消えていた。周りに散らばる肉片と、骨片と、血と。ここで何が起きたのか。受け入れたくない事実は、満足感と優越感、口の中にある美味しい何かが物語っている。私は…食べたのか。あの妖怪を。まだ長い命を生きるであろう妖怪を。助けるはずだった、幼き妖怪を。弱肉強食のこの世界。当然と言えば当然のことだった。でも……
「ごめんなさい…ごめんなさい…!!」
私は譫言のように呟き続ける。言葉と一緒に溢れる、後悔、罪悪感、そして涙。泣いたのはいつぶりだろうか。もう…彼女はいないのか。付き合い短い彼女にここまで後悔する自分がおかしいのか。もう、何もわからない。
鬼の泣き声が反響する空洞。その洞穴には、小さな御札が一枚、貼られていた。
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本来生まれぬはずだったひとつの幼き命。それを欲に負け食したひとつの命。
それはひとつの命に永遠に消えない傷を残した、本当に小さな、小さな事だった。
その空洞に、一輪の花と、小さな楽器が飾られている。
その花は不思議と枯れることなく、優しく、弱々しく咲き続けているという。
その黒い薔薇と、楽器を見て、一匹の鬼が呟いた。
ーーーごめんなさい。狼戈。