黒狼狐己録 -Life Harboring- 作:ふーか
ご愛読、ありがとうございます。
今回、視点変更が多めで読み辛いかも知れません。申し訳ない。
また、一部の矛盾は全てわざとです。
ぼんやりと、視界が開けてくる。私の全身の肌を包む柔らかいものが、隣で寝息をたてている藍のものだと気付くのに、数秒掛かった。ところどころ露出はするが、籃の尻尾が三本もあれば、私の体は埋まってしまう。よく考えると、結構身長差もあるのだな。私を包む尾の一本を抱き締める。すると、藍が小さく微笑んだ。何か夢でも見ているのだろうか。良い夢ならいいのだが。
体を起こ…そうとするが、巻き付く尻尾と、抱きつく腕が離してはくれない。まるで意思をもっているかのように私に絡み付き、拘束してくる。柔らかくて気持ちいいけど…本人は寝てるし。寝顔を覗き込み、頬をつついてみる。ぷにぷに。
「ん…ぅ…」
…起きる気配はない。その寝顔、妖艶の一言。私とは全然吊り合わない。何故? やはり私の体質…ならば、私が好かれているのは体質のせいであり、本来の自分は…
「んぅ…狼戈? 狼戈!?」
「…ごめん、なんでもない」
自然と涙が溢れる。いけないいけない、涙腺が脆くなってる。こんなことで泣くなんて…
「っ…おはよう、藍」
「…おはよう」
起きたら目の前で泣いてたなんて、そりゃあ驚くだろう。涙を拭い、笑みを作る。
「…朝御飯作ってくる。たまには私も、ね」
そう言って部屋から逃げるように扉を開けた。いや…もしかすると、無意識に藍から逃げていたのかも知れない。私の感情が、心情が、曖昧でわからない。
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「…なんでもない、か」
嘘っぱち。そんなことはわかっている。私のせいで情緒が不安定になっていることも理解している。度重なる行為によって、本人は自覚していなくとも精神と肉体が疲労しているのだろう。それに、私だけが彼女を犯して、という訳ではないはず。恐らく今彼女が住んでいる地底でも…。あのお人好しさは、何、彼女を悪い方向へ導く。最悪…死んでもおかしくはない。
私が彼女から離れる事が、最高の選択だとは思う。だが、私が彼女から離れる事など、不可能に近い。依存しているのだ。狼戈に。それは彼女の体質なのか、本質なのか。それは彼女にもわからないのかも知れない。少なくとも…私は彼女自身が好きであるつもりだ。
「藍、ご飯出来たよ。紫呼んでから来てね」
どうやら、結構長い間を物思いに耽っていたらしい。先程と変わって元気で、でも何処か寂しそうな彼女の声に、私は微笑しながら応じる。
「ああ、わかった」
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作ったご飯が好評だったようで何より。食事の時もそうだったが、八雲の面子は皆揃って、いちいち仕種が妖艶過ぎる。大人びた、というのもあるが。まぁ、私なんて齢15の小娘ですし。
「…狼戈。お前は…私といて辛くないのか?」
「え…? き、急に何?」
ベッドの端で座っていた私に、何とも言えない表情で問い掛ける藍。…やはり、心配させてしまったか。昨日も私が一方的に怒鳴ってしまったし、今朝も勝手に泣いていた。しっかりしないと…。
「ううん、辛くなんかないよ」
「なら…どうして震えているんだ?」
「…え?」
気付けば、体が小刻みに震えていた。もう…怖いなんて思ってないのに。心配させたくないのに。何故だろう、震えが…止まらない。
「ほ、ほら、昨日の夜少し寒かったでしょ? ちょっと風邪を…」
「…狼戈。お願いだから…正直に話してくれ」
私の目を真っ直ぐと見て語りかける藍の瞳には、脅迫も、怒りも見えない。心の底からの…心配によるものだった。この一年で変わったのは、私と藍、どっちなんだろう。
「大丈夫…大丈夫だから……心配…しないで……」
ーーーもう、失いたくない。一人に…なりたくない。
止まらない震えと、頬を伝う涙。ああ、また泣いてるよ。私ってこんなに弱虫だったかな。はは、私らしくないや。涙も…止まってくれないし。自分の体なのに、言うこと聞かないよ。
「狼戈にどんな過去があったのか。それは私はわからないし、わかる権利もない」
譫言のように、ただ大丈夫と繰り返す私から離れ、佇む藍が口を開く。いっそのこと、全てを吐き出してしまえば、楽になれるのかも知れない。過去の呪縛から逃れる事が出来るのかも知れない。でも…でも……っ!!
「でも、お前は私を救ってくれた。今度は私が…お前を救う番だ」
そう言うと、藍が笑った。その言葉ひとつでもう、救われた気がした。それでも…私は大丈夫だ。誰かに心配は掛けたくないし、助けて欲しくない。でも…助けて欲しい。どうしよう。もう…わかんないよ。
「どんな形でも、私はお前が大切なんだ」
私だって…大切なはずなんだ。好きなはずなんだ。でも…体が言うことを聞かないんだよ。涙も震えも嫌な感情も…止まらないんだよ…!!
「…狼戈。お前の願いを叶えよう。救ってくれたこの命…お前の為にあるも同然。
生かすも殺すも、何をするも…お前が決めてくれ」
私の…藍への願い事…。そんなの、もう決まってる。私は…命なんていらない。金も、地位も、権利も、力も、何もいらない。私が欲しいもの…それは…。
「私を…独りに…しないで……」
「…ああ、絶対に」
ーーー私を…心の底から大切にしてくれる人だけ。
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腕の中で眠る少女を尾と腕で抱き締め、頭を撫で続ける。齢15という幼い彼女の過去に、何が起きたのか。私に知る由はない。知ってはいけないのだろう。それは…他人が踏み込む領域ではない。私に出来る事は、ただ彼女と一緒に居るだけ。それが…孤独を恐れる彼女の願い。私の恩返し。
「…心配するな、狼戈。私は何時でも…お前の傍にいるから」
私の言葉は聞こえていないはずだが、狼戈の表情が、少しだけ…和らいだ気がした。彼女を護ろう。この命に代えても。生涯、時が朽ちるまで。
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「…わかりました。私から…お燐達に伝えておきます」
「ありがとう。では、私は失礼するわね」
これ程の力を持つ妖怪が、わざわざ彼女の部下(?)である妖怪の為に頭を下げる等、思いもしなかった。彼女の心に映るのは、気まぐれか、心配か、企みか。得体の知れない隙間に消える妖怪を見送り、窓の外を眺める。
狼戈の心が読めないのは、心配を掛けさせたくないという彼女の強い思いが故か。常に笑顔で、仲間思いの彼女を愚弄する過去。知らなくても良い。いや、知らぬ方が良い。それが彼女の望む事ならば。
「…家族なんだから、もっと頼っていいのよ。狼戈」
誰かに聞こえる訳でもなく、私は一人呟いた。