黒狼狐己録 -Life Harboring-   作:ふーか

4 / 96
弾幕の如く連続投稿。
実は下書きも無しで一話投稿毎にまた書いてるなんて言えない。


四 競争と別れ

 目の前で、厳しい眼差しを私へ向ける萃香。対する私は無意識に尻尾をブンブンと振りながら、目を泳がせ続けている。

 無限に続く生き地獄のような時間。耳に痛い静寂。その静寂を、萃香の声が破った。

 

「…お前は何者だ?」

「…私は気付けば、山の中にいました。それ以前の記憶は無く、正体も何も知りません」

 

 胡散臭いこと極まりないその事実は、萃香の視線を受けて散る。信用してくれるはずはないだろう。私でも逆の立場なら疑う。嘘を吐け、と。

 

「…この命に免じて、決して嘘は吐いていません。信じれぬなら、私も私を護る為、逃げさせていただきます」

 

 私が敢えて逃げると限定した言葉を使ったのは、私に攻撃意欲が無いことを示す為だ。それが意味を成すかは私はわからない。だが、彼女を怒らせたくない。私も無事では済まないだろうし、何より彼女を騙してしまうことになる。…自分で自分の考えがよくわからない。騙す…? あれ、おかしいな。思考が…働かない。

 

「…ならもう聞ける事はないな」

 

 その言葉に、悟られぬように身構える。私を殺す気ならば、事実を言った今、もう説得する余地はない。逃げるという手を使うしかないのだ。

 そんな私の考えを打ち破るが如く、萃香が口を開いた。

 

「ま、疑ってはいないさ。ほら、顔を上げなよ」

 

 その言葉と共に、胸を撫で下ろす。一時はどうなることかと思ったが、彼女の表情は穏やかそのもの。もう大丈夫だろう。

 

「ほら、早くその傷を治してしまいなよ。私もその傷を見るのは耐えられないんだ」

 

 そう言われ、アタフタと妖気を肩へ集中させる。ほんのりと光る妖気は傷を修復していく、暖かい何かだった。攻撃にも使われれば、防御や回復にも使われる。本当によくわからない力だ。みるみると傷は回復していき、十分程後には完全に消えた。元々傷が浅かったため、まあこんなものだろう。そう思って萃香を見ると、その瞳は獲物を狙う捕食者そのものになっていた。あ、これヤバイ。

 

「傷が治ったなら…鬼ごっこといこうかい?」

 

 薄く笑う鬼に、私はただ呆然とするしか無かった。

 

 

 夕方の森の中。森の端から端へ、同時にスタート、先に着いた方が勝ち。捕まえたら勝ちという本当に鬼ごっこルールにさせられたらどうなるかと思ったが、大丈夫そうだ。いや、何が大丈夫だよ。問題しかねえよ。先に抜ければ勝ちなので、ルートは自由。勿論、ここから丁度正反対でなければならない。が、森は自然の迷路。ルートなど幾らでもあるのだ。

 

「…じゃ、この葉っぱを上へ投げます。この葉が地に付いた瞬間に始めましょう」

「わかったよ」

 

 葉を一枚掲げ、そのまま上へ投げる。自分から地獄へのカウントダウンを始めるとは、馬鹿なものだ。その理由はひとつ。私が負けたら、血を寄越せと真顔で萃香が言ってきたからだ。罪悪感はあるのだろうが、私の美味しさに負けたのだろう。あの札は破り捨てたため、単純に私の美味しさによるものだ。なんだろう、物凄く違和感を感じる。もしこれが腕や足、体を寄越せだったらもうその場で逃げていたと思う。

 地面に木の葉が付くまで数秒。萃香の見様見真似で足に妖気を纏い、森の先を見据える。3…2…1…!!

 

「ッ…!!」

 

 体感したことのないような重力と速さに押され、一瞬顔をしかめる。幹を足場に加速し、一気にスピードを上げていく。意外なのは、このスピードてもしっかりと前を見れる。自ら行かなければ何かにぶつかることもない。風をも置き去りにし、ただ駆け抜ける。地面を蹴り、幹を蹴り、空を蹴る。道中の方向転換は尻尾を木に巻き付け、遠心力を利用し加速と方向転換を同時に行った。森の向こう側へ抜けた時、萃香の姿は見えなかった。

 

「…息切れひとつないなんて」

 

 自分の体に驚かされる。この森は、決して狭い訳ではない。並の人間が、最高スピードを保って走って通り抜けても、恐らく数十分はかかる。そんな森だ。それを私は一分もせずに駆け抜け、萃香を置き去りにした。

 

「…ありゃ、もういたのかい!?」

「ええ、十秒程前に」

 

 流石は鬼だ。この森を一瞬で越えて来るとは。ああ、私が言えることではないな。

 

「私の敗けだ…狼戈、私に何か命令を。勝者が敗者を食らうのは当然だからな」

 

 凛々しく言い放つ萃香に気圧される。どうしても私を食べたかったようで、少し不機嫌そうだ。私が萃香に命令したいこと…命令……ダメだわからない。

 

「…じゃ、私の血を飲んでください」

「ああ、わかっ……え?」

 

 何を言い出すんだこいつは、と目を丸くする萃香。当たり前だろう、私だってこんな事を言うのは恥ずかし過ぎる。自分の血を飲んでくれなどと、頼む馬鹿がいるかと。…これ以外に彼女に頼める事が思い付かなかった等、絶対誰にも言えない。私が得るものはないが、別に構わないだろう。それを彼女が望むのだ。どんな形だろうと恩人だ。肩は…気にするな。気にするだけ無駄だ。

 

「で、でも私は負けた訳だし、それは」

「私は、ただ血を飲めと命令したんですよ? 敗者は勝者に従うのでしょう?」

 

 やられた、と笑う萃香。してやったりと微笑む私。その姿は、何等仲の良い人間達と変わらない。話している内容は軽く人間離れしているけども。

 その後私と萃香は雑談を繰り広げつつ、空洞へ戻った。ちょっと恐い気もする。

 

「あの、萃香さ…萃香」

 

 萃香に睨まれ、即座に訂正する。萃香が堅っ苦しい敬語とさん付けは止してくれと言ったためだ。私としては慣れないが、逆らうと未来が見えないため素直に従っておく。

 

「私はどうすればいいの? このままじっとしてればいい?」

「ああ。大丈夫、そこまで深く抉らないから」

「そう? って…え? 抉る?」

 

 私が聞くや否や、肩に鋭い痛みが走った。

 

 肩の傷治す必要性あったのかぁぁぁぁ!!!

 

 そんな悲痛な心の叫びは、痛みで飛んでいく。かなり痛い。二回目故か叫ぶ程では無いが、痛い。その傷口から、何かをすするような音と、コクコクと萃香が喉を鳴らす音が耳に充満する。その音が更に痛みを誘っていた。今、かなり耳栓が欲しい。

 一分程飲んだり舐めたりの萃香だったが、不意に傷口から顔を離し、満面の笑みで言った。

 

「ご馳走様!!」

 

 …いや、可愛いよ? 可愛いけどさ。

 顔面血濡れでそんなことを言われたら、誰でも怖いでしょう。ビクッと体を震わせた事を悟られぬように、妖気を肩へ集めていく。妖気で血を止められることを今知った。止血剤無しで止血出来るのは便利だな。

 

「さ、今日はもう寝よう。明日…私はもう行かなきゃいけない。その意味、わかるか?」

「…うん。いつまでも世話になる訳にはいかないもんね」

 

 私としては、その血が飲めないことが残念だねぇ。

 血を拭いながらそんな物騒な事を言われ、またビクンと体を震わせたのは内緒の話。

 

 

 私の自我が蝕まれている感覚はない。ならばこの味は、どう考えても彼女自身のもの。依存してしまいそうな程甘く、濃厚で、美味しい血液…。今までの中で、一番美味しかった。もう殺してでも奪いたくなる程に…そこまでは流石にしない。理性がある限りは。出来ればもっと頂きたかったが、妖怪といえど、妖気の使い方も知らなかった子。適度に抑えておいた。

 明日、私は勇義達の所へ戻らねばならない。陰陽師との決闘がああだこうだと言っていた。勿論、私も反対するつもりは更々ない。逆に喜んで賛同した。強い奴と戦えるのは…楽しい。それは紛れもない事実。だが、最近強い奴を見かけないのも事実。だが、今回は強そうだと語っていた勇義の言葉に偽りはないだろう。勇義も同じことを考えていたはずだから。

 この子は…恐らく長く一緒にいると私が誘惑に負ける。まだ私が未熟ということかも知れない。隣を見れば、熟睡する狼戈。今なら襲っても…そんな考えを振りほどき、私も目を瞑ったのだった。

 

「…おやすみ、狼戈」

 

 

 晴天。その言葉がとても似合う空に、浮かぶ太陽。ふと太陽に手を伸ばしてみるが、勿論届かない。

 萃香と過ごした一日は、私にとって忘れられない思い出となるだろう。この世界で私の初めての友人であり、恩人でもある。

 

「じゃ、私は行くよ。また空腹とか言って倒れてたら、今度は投げ飛ばすからね?」

「そんな物騒な…。…ありがとう、萃香」

 

 その言葉に、萃香は微笑み、歩き始めた。投げ飛ばす…か。本当にやりそうだ。

 さあ、行こうか。今がいつかを確かめるため。私の居場所を探すため。

 …何より食料を探すため。そんなことは私だけの秘密。




次から一章へ。

果たして、今はいつで、ここは何処なのか。それを…探すために。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。