黒狼狐己録 -Life Harboring-   作:ふーか

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前話から数時間しか経過していませんが、短編第4話。

先に告げておきます。見ない方が良いです。特に藍が好きな方は閲覧注意です。
少しのグロ描写注意。


~一緒に~

「…色々と欲求不満でね?」

 

 グッと顔を近付けるヤマメに、小さく後ずさる。私が逃げようとするのを見越してか、扉が蜘蛛の糸で覆われる。私…もう…耐えられないかも知れない。これ以上…こんなことされたら……

 

「嫌、嫌…だよ…なんで…なんで皆私なの…!?」

「…私には、狼戈が美味しそうで仕方がないんだよ」

 

 そんなの…理由になってないよ…!!

 ヤマメを押し退け、扉に手を掛ける。ヤマメの糸で覆われた扉はビクともせず、ドアノブすら回ってはくれない。呪術を使ってみても、糸が燃えることはなかった。

 

「ほら、おいで、狼戈」

「嫌…いやぁ…!!」

 

 元々、紫と藍のことで衰弱していた精神は限界を越えている。精神崩壊とまではいかないが、そろそろおかしくなりそうで怖かった。何より…目の前の少女に、私は戦慄していた。

 

「ん…れる…」

 

 室内に水の音が響く。くちゃくちゃと…嫌な音が。舌が絡み、唾液が混ざっていく。逃れようと突き飛ばそうとするが当たることはなく、頭上で両手首を押さえ付けられる。片手は私の手首を押さえ付け。もう片手は…

 

「いやっ…ぁ…んぅ…!」

 

 くちゅくちゅと…また嫌な音が響いていく。糸と妖気で覆われたこの部屋に、助けが来る事はないだろう。このまま…食われてしまうのかな。

 

「…狼戈しか見えない。いますぐ、血肉を、骨を、命を……貪ってしまいたいんだ」

「ん…っ!!」

 

 痛みと快楽が混ざる。目の光がないヤマメに、私は…私は……!!

 

「っ!!」

 

 妖気を解放し、無理矢理突き飛ばす。蜘蛛の糸で覆われた扉を全力で破り、廊下を駆ける。

 

「…狼戈!? 何が…」

「い、いや…近寄らないで…!!」

 

 廊下の先にいた燐から逃げるように隅を走り抜ける。館から逃げるように扉を開け放ち、地底を走り抜けた。見えない幻影から逃げる為に。

 

 

「ハァ…んぐ…」

 

 荒い息を戻していく。震えがずっと止まらない。結局…皆私の事を道具としか…餌にしか見ていないんだ。私なんて…ただの邪魔な存在。媚薬。私がいなければ…こんなことにはならなかった。誰が悪い? 私。でも、あれ? あはは、もう、訳がわからないや。

 

「狼戈」

「ッ!! 嫌だ、来ないで…近寄らないで…っ!!」

 

 すぐ近くに現れた藍から逃げる。だが一瞬で追い付かれてしまい、逃げないようにか尾で全身を包んで来た。

 

「嫌だよぉ!! 離して…ッ!! 離して!!」

「落ち着け!! 何もしない!!!」

 

 今の私にとって、下手な慰めや制止は逆効果でしかなかった。妖気を纏って無理矢理こじ開けようとするが、藍もそれに比例するように力を込めていく。頭が上手く回らない状態で私が勝てるはずもなく、完璧に身動きを封じられてしまった。指ひとつ動かせない状態になり、鈍い声を上げる。

 

「嫌…だよ…」

「落ち着いてくれ、狼戈。大丈夫だから」

 

 私は…どうすればいい。何をすればいい。何が悪い。

 もう、何もわからなかった。

 

 

 

 

「今は…疲れて寝ていますが…」

「…どうにか出来ないの?」

「精神的なダメージが強すぎて…数ヵ月…いや、数年でどうにかなるレベルでは…」

 

 狼戈の精神的な衰弱。その原因が、主に私にある事は否定出来ない。先程まで自分を傷付け、息を荒げていた狼戈は、今ではベッドの上ですっかりと眠ってしまっている。頬には一筋の光が見えた。

 以前はどうにか出来たが、もう…私がどうにか出来るレベルではないかも知れない。今一番の問題は、彼女の矛先が彼女自身に向いている、ということ。あの強さでは…彼女が壊れ兼ねない。一刻も早く、傷だらけの彼女を安定させなければならない。

 

「…ぅぅ」

 

 呻き声を上げる狼戈に、私は口を開くことすら出来なかった。

 

 

 狼戈を一時的に引き取り、早数十年。彼女が安定する兆しはなく、それどころか日に日に悪化していっている。常に私が寄り添ってはいるが、以前のこともある。そう簡単に治る訳がない。だが…見捨てる訳にはいかない。

 食事を摂らない狼戈に妖気を流し込み、溜め息を吐く。目に光はないし、無表情から変わる気配がない。だが、尻尾を優しく巻き付けると、狼戈の表情が少し和らぐ気がした。

 

「狼戈…聞こえてるか…?」

 

 私がそう声を掛けても、狼戈が動く気配はない。

 

「…お休み、狼戈」

 

 私は空っぽの少女に一言呟くと、狼戈を抱き締めて目を瞑ったのだった。

 

 

「…狼戈!?」

 

 目を覚ませば、いつも通りの風景。だが、其処に狼戈の姿はなかった。戦慄しつつ、部屋を飛び出す。荒れた髪を解かす暇もなく、八雲の屋敷を駆ける。

 

「紫様ッ!! 狼戈を…狼戈を見ませんでしたか!?」

「いなくなった…!? っ…入って」

 

 紫の前に隙間が開く。狼戈への隙間だろう。何の迷いも無く、隙間へ飛び込んだ。

 

「っ…狼戈…!!」

 

 隙間を抜けると、其処は小さな洞窟…私と狼戈が、共に過ごした小さな洞穴だった。その奥に、一匹の少女が佇んでいる。どうやって八雲の結界から抜け出し、此処まで来たのかはわからないが、黒い尻尾、黒い耳、幼くも大人びた顔立ち、どう見ても狼戈だった。その手に握られた刀は…何を意味しているのか、理解したくなかった。

 

「狼戈…おいで、帰ろう?」

「…ねぇ、藍」

 

 数十年ぶりに聞く、狼戈の肉声。その声は異常な迄に優しく、恐ろしい声だった。

 

「…なんだ?」

「藍にとって…私は何?」

 

 その問いに、私は絶句する。答え方次第では…狼戈が危ない。だが、早く答えなければ…それもそれで危ないのだ。どうすれば…

 

「…私の家族であり、恩人であり、大切な人だ。邪魔なんかじゃない」

「…そう」

 

 狼戈がとても小さく、薄く微笑んだ。肉声に続き、久々に見る笑顔に安堵する。

 

「…その刀を捨てて、此方へ来るんだ、狼戈。大丈夫だから」

「何が…大丈夫なの?」

「……え?」

 

 微笑みながら呟く狼戈は、殺意を、優しさを、温もりを、冷たさを…全ての色を、その黒い尾に反響させていた。刀を私に突き付け、狼戈が笑った。

 

「…私の大切な人。私の家族。そんなの、いない。皆、いらない」

 

 ただ唖然とする。彼女は自分を責めるあまり…他人を怖がるあまり…全てを封じ込んでしまっている。これを…これさえ乗り越えれば…きっと元に戻る。そう信じて、私はその刀の刃を掴んだ。

 

「何を…!?」

「狼戈、もうやめてくれ。本当はわかっているんだろう?」

 

 私を睨む狼戈の瞳は、光を取り戻しつつあった。このまま…戻ってくれ、狼戈…!!

 

「お前は一人じゃない。いないなんて、いらないなんて、思ってない!!」

「…煩い。煩い煩い煩い…!!」

 

 刃を握る手から、血が滴り落ちる。狼戈が力を込めることにより、指が落ちそうになる程に、深く、深く刃は沈んでいく。

 

「体質なんてどうでもいい…!! 皆お前という存在が好きなんだ…っ!!」

「黙れぇぇ!!」

 

 狼戈が強く刀を引き、指が全て地面へ落ちる。激痛に表情が少し歪むが、そんなのどうでもいい。滴る血には見向きもせず、震える狼戈を抱き締める。

 

「…黙れる訳がない。お前は…私の全てだ」

「・・・・・・っ」

 

 溢れる狼戈の涙は、彼女の優しさが表れていた。

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたか?」

「…うん、ありがとう」

 

 外はすっかりと暗くなり、呪術の炎と月の光が暗闇の洞窟を照らしている。

 

「…良かった。本当に心配したんだぞ…?」

「・・・・・・」

「さあ、帰ろう。狼戈。皆心配してるから」

 

 狼戈の手を引くが、それを狼戈が振り払った。どうしたのか、と狼戈を見ると、優しく、儚く微笑んでいる。その右手には…刀が強く、握られていた。

 

「…狼戈?」

「…ごめんね、藍。私は行けない」

 

 一体…何を…

 私がじっとその様子を見ていると、不意に狼戈が、鞘から刀身を引き抜いた。

 

「…っ。狼戈、まさか…!!」

 

 私が駆け出しても、時既に遅い。妖気を纏った刀は、いとも容易く狼戈の胸を貫いた。

 

「なっ…!? おい、狼戈…!!」

 

 倒れる狼戈を受け止め、傷口を見る。貫通しており、それは…心臓を貫いている。妖気をどうしようが、どう処置しようが、もう…手の施しようがなかった。

 

「私が…いなければ…」

「ッ!! 狼戈、喋るな…今すぐ治す!!」

 

 無理だとわかっていても、頭が理解を拒む。死なせたくない…絶対に…

 

「皆、…幸せ…だったよね…」

「何言ってるんだ…!! 私はお前が居るから幸せなんだ!! なのに…なんで…ッ!!」

 

 自然と涙が溢れる。嫌だ。狼戈を失うなんて…嫌だ……!!

 

「…ありが…と…藍。楽し…かったよ…さよ…なら……」

「…狼戈? 狼戈!? 嘘だ…そんな……なあ、起きろ…起きてくれ…!!」

 

 悲痛な叫びは洞窟の中を木霊し、虚しく嘲笑う。

 

「狼戈ぁぁぁ!!!!」

 

 九尾の涙は、月光を反射し、赤色に輝いていた。

 

 

 

 

 どれ程泣いただろう。どれ程時が過ぎただろう。どれ程後悔しただろう。

 もう動かぬ、温もりを失った骸を前に、もう涙も渇れ果てている。

 狼戈は…暖かくて、眩しくて、何処か儚げで…こんなに…冷たい訳がない…

 脳がひたすら理解を拒む。目の前の少女は狼戈じゃない。でも、どう見ても狼戈で…でも狼戈じゃなくて…

 

「狼戈…」

 

 ふと、狼戈の近くに落ちた刀が目に映る。狼戈の綺麗な血が付着し、光を跳ね返していた。それを手に取り、目を瞑る。狼戈がいなければ…私はいる意味なんてない。狼戈が生きていないのに、私が生きてどうするのだ。私がどうするか…そんなもの、もう、決まっている。

 

「…狼戈。今すぐ…迎えに行くから…」

 

 狼戈の頭を撫で、微笑む。迎えに行こう。もしかしたら、何処に行けばいいのかわからなくて、迷ってるのかも知れない。私が…助けなければ。

 

(…すみません、紫様。私は…先に逝かせていただきます)

 

 心の中で主に告げ、刀を…振りかざした。

 

「…狼戈。またすぐ…会えるから…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 壁を背に、幸せそうに、寄り添うように眠る二匹の妖獣。

 冷たくなった己の式と、幼き妖獣を見て、独りの妖怪は何を思ったのか。

 それは、頬を伝う涙を見れば、語る必要などなかった。

 

 九尾と狼。相容れぬふたつの存在は、また会う事が出来たのだろうか。

 それを知るのは…二匹の亡霊のみ。

 

 今日も洞窟には、鞘のない刀と、二色の薔薇が飾られているーーー。

 

 

 

 

 

「狼戈…もうずっと、一緒だからな」

「…うん。大好きだよ、藍」

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