黒狼狐己録 -Life Harboring- 作:ふーか
三十八 道中と謝罪
「突然ですが、さとり様」
「何?」
地霊殿、さとりの部屋にて。
妖気の強さと量も相極まり、傷の修復自体はそこまで掛からなかった。人間なら確実に死ぬ出血でも、傷でも痛みでも、そう簡単には死なないし、傷も治せる。妖怪というのは、実に不思議なもの。激痛にかなり悩まされたのはここだけの秘密。あ~、痛かった。
ちなみに、狐火鴉にはキッチリ無茶の代償を払わされた。あれから数日経つというのに、まだ快楽が抜けない。狐は何故こうも性技に秀でているのか。恐ろしい限り。
「ちょっとの間…休暇をいただいてもよろしいでしょうか?」
「別に構わないけど…どうして?」
「ふふ…紅魔館へ遊びに行って来ます」
先程、数日から数週間、泊まり込みで遊びに行こうか、と考え出した。不言実行、もうさとりに頼んでいる。行動力があるのは良いことです。それで自爆してたら意味ないけど。
「…狼戈のお願いなら、喜んで聞くわ。楽しんで来なさい」
「ありがとうございます。ご主人様♪」
微笑むさとり。私の仕える主は、何故かご主人様と呼ぶと赤面するから、少し新鮮だ。ちなみに、私が仕えたのはさとり、そして隙間妖怪と九尾だけである。ちなみに、あの後紫に本気で心配された為に唖然としたのは別の話。必死に体の状態を聞いてくる様は、何故か可愛らしかった。それでいて嬉しかった。いやはや、まさかあんなに心配されるとは思わなかったよ。
さとりの部屋を後にし、自室へ向かう。一人部屋を使う時もあるが、基本的には四匹の共同部屋で過ごしている。何処か寮みたいだが、過ごしているのは家族。違いはあるのさ。
「ん~…あ、狼戈ちゃん。どっか行くの?」
「うん。ちょっと数日位」
準備…と言っても、ほぼない。だが能力をあまり晒したくない為、太股に巻くタイプの、小さめのポーチを付ける。ポーチから道具等を出したようにすれば、記憶を具現化する能力は気付かれない。ただ、中に何も入っていないのは少し寂しい…そう思って、作り置きしてあるマカロンを入れてみた。マカロンは私のお気に入り。あとショコラとか、ケーキとか、チョコとか…ちなみに、好き嫌いはない。
「…よし、早速行ってくるね。燐達に伝えといて~」
「わかった!! いってらっしゃい!」
空に元気に見送られつつ、地霊殿を後にする。少しの間、お別れだ。
今回、紅魔館へ行く以外に幾つかの目的がある。
ひとつは、ヤマメへの挨拶。私が拒絶して以降、結局会っていない。挨拶というより、謝罪か。あの時は…私が悪かった。謝らなければ。
そして二つ目は、勇義と萃香への挨拶。此方は文字通り挨拶。引き留められぬ限りは少し話してから別れるつもりだ。お酒…折角だから飲みたいなぁ。初の酒が鬼の酒とは…
「ん、狼戈じゃないか。此処に来るなんて、どうしたんだい?」
噂をすれば、か。相変わらず盃を片手に微笑む勇義に、笑顔で詰め寄る。
「ちょっと勇義と萃香挨拶しよっかなって。久しぶり」
「ああ、久しぶり。萃香なら今は地上に行ってるよ」
では、萃香とは会えなさそうだ。残念…だが、勇義と二人きりで話した事はなかった(希に萃香がいなくても、他の鬼達が近くにいる)し、たまにはいいだろう。勇義の呼び名が名前になってるのは、きっと気のせいだ。
「ん…っ!?」
「…可愛い顔だ。それであれだけ強いとは、見た目じゃ判断出来ないねぇ」
勇義の手が私の顎を、くいと押し上げる。視線が合い、咄嗟に目を泳がせる。毎度の事だが、皆私の反応を見て可愛いというのは何故だろう。一方的にやられるだけだからわからぬよ。ふはは。
「ち、ちょっと…離してよ…見られるよ…?」
「別に私は構わないよ。このまま口付け、なんてことになっても」
周りに人がいる状況では、私が無理です。勘弁してください、勇義姐さん。
「…冗談さ。こういうのは、また夜に誘っておくれよ」
「わ、私は自分から誘うのは…」
「わかった、今度殴り込みに行くとしよう」
鬼の豪快さには、本当に困らされる。漢気溢れるその強さや性格は尊敬するが、流石に人前で接吻等は勘弁して欲しい。おまけに同性だし。ていうか、同性にしか襲われてないし。
「…まあ、私はもう行くよ。萃香と二人で襲うような真似は止してね」
「わかってるさ。じゃあ、また今度」
勇義に別れを告げ、向かうのは地上への穴。運が良ければ…会えるはず。会えることを願って歩を進める。旧都の住人から、もう変な視線は感じな…好意の視線は変な視線かな? 怖い。
「あら、狼戈。久しぶりね」
「パルスィ? 何年ぶりだろ…? 久しぶり。ごめん、ヤマメ知らない?」
地上への穴に到着した後、遭遇したのはパルスィ。正直言えば、一番最初にヤマメに紹介された以降会っていない。嫉妬妖怪…燐や空、裏表があまり無い子を相手にし過ぎて、少し新鮮だ。え? 隙間妖怪? …誰?
「ヤマメは…多分土蜘蛛の巣ね。道なりに行けば、妖気で気付くはずよ」
「ん、ありがと。今度ヤマメと一緒に酒でも飲もうね」
微笑むパルスィ。妬ましい程に可愛らしい。百合? ああ、あの綺麗な花かな?
地上への穴を、用心深くゆっくり昇って行く。ところどころ、蜘蛛の糸のようなものが見える。私自身が地底の住人な為、妖怪が襲ってくることはない。ましてや、さとりの知り合い且つ鬼の友達だから、喧嘩を売れる奴がいない。楽でいいね。
ふと、感じたことのある妖気を感じる。壁に空いた穴の中、土蜘蛛が出入りしている。土蜘蛛とヤマメの外見の差が…私、蜘蛛嫌いじゃないけどさ。え? 糸での拘束プレイ? ……食うよ?
「…ヤマメ?」
「っ!? 狼戈…」
私から顔を背けるヤマメ。周りの土蜘蛛は、ヤマメの視線を受けて退室していった。やはりリーダー格なのだろう。その妖気は目立つ。
「…ごめんね。私…ちょっと暴走気味で…」
「いいや、私が悪いんだ。無理矢理だったから…ごめん」
ここで“いやいや、私が„とネタに走れる程、空気は軽くない。何と…言えばいいのだろう。これ以上は謝れそうにないし、ヤマメも言葉を探している。…私が先に口を開くべきだ。何か…言えることは…
『ねぇ』
二匹の声が揃う。視線が交わり、時間が止まった。その内、らちがあかないと察したヤマメが苦笑しながら私に、手で言えと催促する。
「今度、一緒にお酒でも飲みに行こう。パルスィとかも誘って、さ」
「…まったく同じこと考えてたよ」
一瞬の間…空気は、軽くなった。
ヤマメを抱擁し、微笑む。すると彼女も、同じように抱き締めてくるのだった。その後あれこれと話をした結果、地霊殿を出て既に数時間が経過していた。時刻は夜。夜行性(仮)の私にとって丁度良い時間だったが、ヤマメが泊まっていけと催促したため、一晩を穴の中で過ごす事になった。幼女(?)と幼女(?)が同じ部屋で一晩を…。今更なんとかタワーなんて建てられないけど。土蜘蛛達、ごめんね。
「ねえ、ヤマメ。食べ物で好き嫌いとかある?」
「ん~…辛いのとか、苦いのはあんまり…」
この子供的な味覚に可愛らしさを感じる自分はもうダメかも知れない。
「よ~し…わかった。良いもの御馳走するよ」
ポーチから黒狼の七つ道具(仮)のマカロンを取り出す。ピンク、緑、黄色。色々な色彩。たまに失敗するから面倒だ。地味に難しいし。
「お菓子。どうぞ? 甘くて美味しいから」
「ん…」
不思議そうに受け取るヤマメ。この世界、この時代に、今どんな食べ物があるかはわからない。とりあえず、まだマカロンは無さそうだ。美味しいのに。
「…美味しい」
「でしょ? ふふ、私特製なんだから」
ヤマメにぴったりと寄り添い、微笑む。ヤマメの体温は…冷たい。ヒンヤリと心地よい冷たさに、目を瞑る。冷凍枕で寝ているかのような…
「それじゃ…お休み、ヤマメ」
「ああ、お休み。狼戈」
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「くぁぁ…朝かな…?」
相変わらず暗闇の穴の中。隣ですやすやと眠るヤマメを起こさぬように起き上がり、外を見てみる。見上げても見下ろしても相変わらずの暗闇。駄目だこりゃ。
「んぅ…狼戈~?」
「んむ? おはよう。どうかした?」
背後で呻くヤマメに声を掛ける。寝ぼけてはいるが、起きているようだ。一度穴に戻ってヤマメを起こした後、ヤマメと共に穴を出る。休暇も長い訳ではないし、あまり長居する訳にはいかない。
「もう行くのかい?」
「うん。休暇だからってずっと外出は、さとり様に悪いから」
宙に浮きつつ、ヤマメに別れを告げる。久々の再会だからといって駄々をこねる程、ヤマメも私も子供ではない。いつでも会えるし…私が死ななければ。
「…夜の相手はまた今度ね?」
「う、うん…」
うつ向くヤマメ。やはり、かなり気にしているようだ。申し訳ない…
「それじゃあ、また今度」
「…ああ、じゃあね」
ヤマメに別れを告げ、飛翔する。さて、だいぶ時間を食ってしまった。行くとしよう。
…待っててね、フラン。また会いに行くから。