黒狼狐己録 -Life Harboring-   作:ふーか

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珍しく性描写なし。
まさか1万文字越えるとは思わなかった。


三十九 吸血鬼と二日間

「美鈴。ねぇ、起きて。ねぇってば」

 

 紅い館の前で、門番相手に拗ねる一匹の狼。当然ながら、私である。この門番、全然起きない。いや、働いていただけないでしょうか。能力と強さの関係上、私には気付いているのだろうけど。

 

「美鈴ッ!!」

「はいっ!? …狼戈さんでしたか。お久しぶりです」

「久しぶり。傷、もう大丈夫?」

「ええ、この通り。体は丈夫なんですよ」

 

 腕を見せてニッと笑う美鈴。実を言えば私の方が重傷だったなんて…言えません。

 あれから会いに来るのは初めてだが、私が傷の処置をしたことや、狐火鴉が咲夜に傷ひとつ付けずに終わらせた為、敵視されることはないようだ。まだ安心しきってるということはないだろうけど。

 

「でも、狼戈さんは…大丈夫でしたか?」

「え? なんで?」

「咲夜さんから、右腕とか全部吹き飛んでいたと聞いたので」

 

 …いや、何時…何時見られた…!? あの後私すぐに隙間から帰ったんだぞ…!?

 

「足とか腕とか吹っ飛んだたけだよ。今はこの通り」

 

 ピョンと跳び、腕をグルンと回す。あ、なんとか致命傷で済んだぜって言い忘れた。これを言うと基本的に、“ふざけるな„か“それ死んでるから„とマジレスされるけど。あの時ふざけて言った結果、狐火鴉に冷たい目で指摘された。私だって…私だって……!! はい、ごめんなさい。

 

「では、今日は何用でしょうか?」

「ちょっと泊まりに来た」

「そうですか…ってえぇ!? 随分といきなりですね!?」

 

 “思い立ったが即行動„した為、勿論予約等していない。不言実行。私はただフランに会いたかっただけだし。美鈴にも会いたかったけど。

 

「ダメ…かな…?」

「い、いえ…お嬢様からお許しを頂ければ…」

 

 私の性格…もう元に戻せないかな。手遅れ手遅れ。

 

「では、咲夜さんに伝えて来ます」

「頼んだよ~」

 

 いそいそと館に入っていく美鈴。紅魔館は今日も平和そうだ。

 今回、紅魔館での目標は多数。

 ひとつは勿論、フランに会うこと。また来ると約束したのは、私だから。

 ふたつ目は、まだ会っていないレミリアにパチュリー、咲夜との交流。小悪魔もついでに。よく考えると、咲夜とも会っていないのだな。狐火鴉に傷ひとつ付けられず惨敗していたが…相性が悪かったようだ。

 みっつ目、美鈴に膝かっくんを仕掛ける。

 今回の目的はこんなところだ。許しを得られなくても、勝手に侵入するけど。

 

 数分が経過し、美鈴が苦笑しながら館から出てきた。アウトかな…?

 

「大丈夫みたいです。お嬢様の事もありますので。さ、どうぞ」

「そう、ありがとう美鈴…隙あり!!」

「きゃあ!?」

 

 任務を完了した。これより逃走…はしないけど。

 

「…何するんですか」

「狼の悪戯」

 

 美鈴のジト目はちょっと怖い。これでは私が親に怒られた子供だな。

 

 以前は戦闘やフランの相手に無我夢中で意識していなかったが、紅魔館の内装はなかなかに綺麗だ。見渡す限りの紅に、少し意識が薄れた気がする。血の色見て興奮するとは…狼の本性かね。

 

「…お嬢様に挨拶するべきかな?」

「あ…はい、そう…ですね…」

 

 私の質問に、何故か狼狽する美鈴。何故ここで返答に困るのかはわからない。だが、少なからず嫌な予感がするのは確かだ。少し気を付けるとしようかね。

 美鈴に案内され、長い廊下を歩く。紅魔館の内装は、地霊殿に通ずるものがある。私が住むには…ちょっと落ち着かないかな。黒い私には、明るい色はあまり合わない。まあ、地霊殿も明るいのだけれど。

 

「…ここです」

「ん…ありがとう。美鈴。着いてくる?」

「いえ、私は門番ですので。では」

 

 美鈴は敬語がノーマルか…タメ口はあまり想像出来ないな。仕方ない。

 息を飲み、扉をノックする。数秒で、どうぞと、可愛らしくも威厳のある声が聞こえた。失礼します…と小さく口を開きながら、中へ潜入する。

 

「…初めまして、お嬢様」

「ええ、初めまして。ご用件は何かしら?」

「ちょっと泊めていただけたら、と。妹さんと…約束をしたので」

 

 椅子に座るこの館の主であり、吸血鬼である少女。レミリア=スカーレット。年齢的に、私の生きてきた半分も生きていないのだから、少女であってる。レミリアを年下と見る時が来るなど、夢にも思わなかった。

 

「…という事は、貴女が狼戈ね」

「あら、ご存知でしたか」

「フランがあんなに楽しそうに他人のことを話しているのを見るのは初めてよ」

 

 好評価を頂けたようで何より。私は本心を伝えただけだし、別に感謝されるものでもないが。ま、感謝されて嫌な気分はしないよね。

 

「…フランの言っていた通り」

「ふぇ? 何がですか?」

「い、いいえ、何も」

 

 …やけに皆狼狽するな。私が“狼“だから“狼”狽するのかな? 関係ないか。

 

「…フランの部屋は」

「あ、わかってます。彼方…ですよね」

「ええ、行ってあげて」

 

 勿論、言われずとも行かせていただきます!!

 一礼して、レミリアの部屋を後にする。綺麗な部屋だった。部屋の主が綺麗だからかも知れない。え? カリスマ? 私とレミリアに食われたいの? 今ならフランもオマケかな。

 

「んと…此処か。お邪魔します…」

「ん……狼戈お姉ちゃん!!」

 

 部屋に入るなり飛び付いてくるフランを笑顔で迎える。無邪気に笑うその姿は、子供のそれと同じ。本当に可愛らしい子だ。能力はチートだけど。

 

「よしよし、久しぶりだね、フランドール」

「フランでいいよ?」

「ん、フラン。…何をしよっか?」

 

 私が名前を呼ぶと、嬉しそうに微笑んだ。これが…悪魔の妹? どう見ても天使だよ。

 

「えっと…ん~と…」

「…よし、じゃ、外の世界の事でも話してあげようか」

 

 私の言葉に、フランの目が輝く。引きこもりのフランにとって、外の世界とは未知の世界。外には出して貰えなかっただろうし…大図書館の本を見て、ある程度の知識はあるはずだけど。

 

「外の世界…!!」

「ん~…よし、色々お話してあげよう」

 

 正直言えば…残念ながら今現在の地上の事はよくわからない。椛や藍に会いに行く時以外は、常に地底にいるから…あれ、私も引きこもりなの?

 

「紅魔館の外…出た事ないんでしょ?」

 

 無言で頷くフラン。さて、昔話に現代話。井の中の天使様に、色々お聞かせしましょうか。

 

 

 

「…はぁ」

 

 紅茶を口に含み、溜め息ひとつ。あのほぼ一方的な戦争から数ヵ月、苛々がやっと収まり始めた。吸血鬼はプライドが高い。それをいとも簡単にへし折られる感覚は、とてもではないが耐えがたい。命を懸けて戦いたいところではあったが、妹を、住民を残して消える訳にはいかないのだ。

 だが、今回の事で収穫もある。フランが…少し心を開いた。彼処までまともに、笑顔で話すフランを見るのは、何十年、何百年ぶりか。或いは初めてかも知れない。しかもその話題は、初めて会った妖怪の事。楽しそうにフランが話すその妖怪に、少し嫉妬したのは、私だけの秘密である。

 フランが言っていたのは、大きく纏めて何個かある。

 まず、可愛い狼に会った、らしい。狼…? と疑問には思ったが、会ってみれば、成る程、あれは狼だ。狼は群れなければ生きていけない動物のはずだが、あの狼一匹でも強すぎる程の妖気。もしあんなのが群れていたら…強がりとしても勝てるとは言えない。フランの攻撃を避け、心を包み込む。私には…出来ないこと。

 それから、また会うって約束した、と。此方も嫉妬せざるをえなかった。自分から外に出ようとしないのに、その時は意気揚々と出てきて、話してくるフラン。これで姉妹って…何なの? 文句があるの?

 そして最後。とっても美味しそう、と舌なめずりをしながら伝えて来た。これは最も共感出来る。会って数分、ただ話をしただけだと言うのに、それはそれは、とても美味しそうに見えた。あの狼の血は…どれ程美味しいのだろう。一心不乱に吸い尽くしてしまいたい。だが、我慢しなければ。フランと遊んでくれる、唯一の外の住人なのだ。ここで潰してしまっては、フランはまた心を壊してしまう。最も…私には、あの狼を潰せないだろうけど。

 

「でも…諦められないわ」

 

 独り言を呟くと、どうするかと色々な作戦(?)を考え始めるのであった。

 …紅茶、無くなっちゃった。

 

 

 

「地底には、私の家があるの。優しい動物や妖怪が、沢山住んでるんだよ」

「動物…?」

「うん。鴉に、猫に、狐に。鰐とか、豹だって」

 

 私の言葉に、一喜一憂、色々な反応を示してくれるフラン。マカロン(黄緑)を頬張りながら、私は更に言葉を連ねて行く。

 

「…どう? 外の世界のお話は。全て…本当の事なんだよ?」

 

 大きな山の噴火に、鬼と人間の戦い(一方的だなんて言えない)、私の出会った仲間に家族。摩訶不思議な非日常は、確かに私の周りに存在している。画面越しにしか見たことのなかった可愛い吸血鬼が目の前にいるのだから、事実だ。

 

「…妹様にお客様、お食事の用意が出来ました」

「…咲夜さん。初めまして」

「ええ、初めまして。貴女が狼戈さん…で?」

「その通り。前は会えなかったからね。勝手に邪魔してごめんね」

「いえいえ、妹様は喜んでおられますし、お気になさらず」

 

 如何にも接客用の笑み、だな。私を客人としてではなく、友人や家族のように見てくれる日はくるのだろうか? まあ焦らず気長に交流していこう。

 

「ほら、フラン。乗って」

「え? え、でも…きゃっ!?」

 

 狼狽するフランを尻尾を巻き付けて抱えあげ、背中に乗せる(おぶる)。尻尾と片腕で支えながら、咲夜に連れられて階段を上って行く。背中で小さく震えるフランは、何を思っているのだろうか。少しずつでも、心を開いていってほしい。

 

「…どうぞ」

 

 咲夜に案内されたのは食堂。長方形の綺麗な部屋に、置かれた長机。蝋燭の光を紅のシャンデリアが鈍く反射している。見事、の一言だった。

 言われるがままに、フランの隣に座る。こういう礼儀正しい場は苦手だな…。端に座ったレミリアが、私に手をやった。

 

「どうぞ、召し上がって」

「い、いただきます…」

 

 目の前に置かれたフォークを手にとり、眼前にあった野菜に手を付ける。レミリアにじっと凝視されているのが妙に落ち着かない。目を泳がせながら口に運ぶが、なかなか美味しい。給事は咲夜だろうか?

 少食と誤魔化して逃げようかと考えつつ、ワイングラスに注がれた朱の酒をすする。う~…まろやかで美味しい。

 

「このお酒は…」

「血のワインよ。人間のね」

 

 何か話題を作ろうと口を開いた結果、思わず吹き出しそうになるが、なんとか堪えて飲み込む。まあ妖怪は人間を襲うし、食べるから、当たり前のことなのだろうけど…。初めて飲む酒が血のワインかよ。文句を言いたくはあるが、今の私はそうですかと苦笑し、またすすることしか出来ない。む、無念…!!

 最高に居心地の悪い食事会(フランは可愛かった)を終え、お風呂タイム。フランやレミリア等の吸血鬼は流れる水に弱い為、お風呂でも注意しなければならない。吸血鬼は弱点が多い為、仕方がないのだが。その分、おかしい程に強いけど。

 食事、風呂と終えて、残る時間は…暇です。まだ夜は先だし。どうすりゃ…

 

「…フラン、これ、あげるよ」

「む~…ぬいぐるみ?」

 

 黒い尻尾に黒い髪、深紅に染まった瞳。私です。私の瞳は緋色だが、藍や燐、狐火鴉の話によると、宿す能力を発動していると色々変わってるらしい(碧色に蒼色、緑に翡翠色と、文字通り色々)。宿す力は色々な部位に影響が出るから仕方ないのさ。オッドアイになったこともある模様。また、夜、暗闇の中では、私の瞳は猫のように、深紅に輝く(らしい)。目が光るとか…怖いね。

 

「私の人形。大事にしてね」

「…うん!!」

 

 …このままお持ち帰りを遂行したら、私はレミリアに殺られるのだろうか。

 そんなこんな、ああだこうだとフランと駄弁る中で、時間は過ぎていく。気付けば日は沈み、時計は二十三時を指す。私は普段ならば寝ている時間だが、吸血鬼は夜行性。まだ元気に活動中のようだ。地霊殿は皆に合わせているだけであって、私も普通に夜行性だから、余裕でついていける。正直徹夜でも大丈夫。

 ずっと私の縫いぐるみを大事に抱えるフランに、少しの恥ずかしさといっぱいの嬉しさを感じながら、今は美鈴に館の中を案内して貰っている。今寝て昼は起きておくべきだと思うんだ、めーりん。

 

「ここが食堂ですね」

「さっき来たとこだね。それにしても広い…」

「お姉ちゃん、全然食べてなかったけど…」

 

 食べなかったんじゃない。食べれなかったんだよ。お腹すいてないし、いいけど。

 美鈴だが、もう安心しきっているようで、私に対する警戒の色が既にない。ま、私が美鈴だとしても、多分警戒してないからお互い様だ。お人好し仲間…変なの。

 

「そして此処が…」

「お嬢様の部屋、ね」

「お姉様、まだ起きてると思うよ」

 

 フランが堂々と入って行くため、私も入らざるをえなくなった。廊下に取り残される美鈴に苦笑しつつ、フランが開けた扉を潜る。

 

「…お邪魔してます、お嬢様」

「レミリアよ。レミリア=スカーレット」

 

 フランの話をしたのだから、スカーレットは言わなくていいと思う。フランの実名を知っていれば、姉なら苗字(?)は同じなのだから。いや、癖だろうし、仕方ないけど。

 

「…ああ、もう面倒!! 呼び捨てタメ口でいいかしら?」

「……どうぞ?」

 

 吹っ切れた。

 私が誰かを呼び捨てにするのはデフォルト。いちいちお嬢様とかカリスマとか呼んでたら調子が狂ってしまう。あまりこういうのは言いたくないが、力の差もある訳だし(勝てるとは言っていない)。

 

「…レミリア。うん、こっちのが呼びやすい」

「…まあいいわ。フラン、どう?」

「楽しいよ。お姉ちゃんが色々教えてくれるから」

 

 照れつつ、微笑する。事実を話しただけだし…いやまあ、うん。本人はとても楽しそうだったから、嫌な気分なんて全然しないのだけれど。嬉しい限り。

 フランとレミリアが話し始め数分、この調子なら私は退室するべきかと考え始めた時、レミリアから、思いもしなかった言葉が出る。

 

「…フラン、私は彼女と少し話がしたいの。暫く部屋で待っていてくれる?」

「………うん」

 

 少し迷うが、肯定の意を示すフラン。私と話…ですと? 何か怪しいことでもしてしまっだろうか。ただの雑談ならば喜んで引き受けるが…。

 フランが“また後で„と一言残し、美鈴と一緒に自室へ戻っていった。残された私とレミリアの間に、深い沈黙が走る。耳の痛い静寂を、レミリアの声が破る。

 

「…どうぞ、掛けて」

 

 言われるがままに、来客用であろうソファーに腰掛ける。地霊殿のものより比較的柔らかい。私としては、尻尾的に此方の方が好みだ。低反発なう。

 

「話って…?」

「特にないわ。ただ…ちょっと」

 

 レミリアの瞳をじーっと見つめると、何故か視線を逸らされた。深紅の瞳…私の瞳が、今多分同じ色。夜だから、ね。ちょっと月に吠えてこようか。わおーん。

 

「…何故フランを?」

「…優しい子だよ? 私の言葉には喜怒哀楽豊かに反応してくれるから」

 

 私の言葉にうつ向き、安堵するレミリア。カリスマだのああだのと言われながらも、妹や住人のことは大事なのだな。私としては、尊敬出来る。

 差し出されたワインを一口、色々フランの事を話していく。どうでもいい話だが、フランとレミリア、共に私と身長大差なし。フラン達も1メートルは越えていない…のかな? 私、身長縮んでる気がするぜ。

 

「…貴女は、フランの事…嫌いではないの?」

「…何で?」

「腕も足も、吹き飛ばされて。瀕死だったのでしょう?」

 

 瀕死かはよくわからないが…何故ここまで知れているんだ。確かに吹っ飛ばされたし、痛かったよ? でも、戦いは戦いの話で別、日常は日常の話で別だ。

 

「…好きだよ? 私は妖怪、四肢をもがれた位じゃ死なないわ」

 

 そろそろ話題が尽きようか、そう思い始めた時、体に違和感を感じる。先程まで欠伸ひとつしなかったというのに、異常な迄の眠気、瞼が重い。よくわからないが、眠い。思考が白紙になりそうだ。この部屋で寝るのは失礼だな、と思い、一度館の外に出ようと立ち上がる。が、レミリアが大丈夫と私を座らせた。一瞬…ニヤリと笑った気がするのは気のせいか…

 

「ごめん、眠い…」

「…そう、後で部屋に連れていってあげるから、寝てしまっていいわよ」

 

 必死に起きようとするが、もう体が動かない。暗い闇に落ちていく意識に、私は成す術もなかったのだった。

 

 

 

 

 目の前で眠る少女を尻目に、ワインをすする。彼女に差し出したのは、昼に用意したワインと同じもの。中身は…睡眠薬だが。耐性でもあるのか、効くのが少し遅かった。何度か繰り返して使えば、耐性はつくだろうけど…。

 立ち上がり、少女の隣に座る。年齢は知らぬが、遥かに幼い顔立ちだ。狼はそこまで強い種族と思えぬが…この幼き妖獣にそれほど力があるのだから、認めざるをえない。

 

「…んぅ」

 

 寝言にビクッと体を震わせる。一瞬固まり、柄でもないと苦笑する。何故…こんなに怯えているのだろうか。たかが眠りに落ちた狼一匹だ。怯える必要等ない。

 少女を抱き寄せ、首筋に牙を当てる。柔らかい肌に牙が食い込み、少女が小さく鳴いた。

 

「…っ」

 

 美味しい。フランの言っていた通りだ。何故こうも美味しいのか。それはどのワインよりも、どの生き血よりも絶品。生きてきた中で、一番のものだった。

 吸う中で、段々と焦りの色が浮かぶ。止められない。このままでは、彼女の血を一滴残らず吸い尽くしてしまう。だが…止められないのだ。

 本来、吸血鬼は全て吸い殺すような事はしない。血を全て吸われた者は、生ける屍、ゾンビと化す。死ねずにさ迷い、太陽の光を受けて消滅するのだ。だが…それでは都合が悪い。どうせ人間等、勝手に増えていくが…色々あるのさ。

 

「…レミィ?」

「っ!? パチェ…」

 

 突然の来客に、思わず口を離す。もしここで止められていなければ、この狼が正常に起きることはなかっただろう。危ない…つい自我を奪われて吸い尽くしてしまうところだった。

 

「…程ほどにしなさい」

「…そうね、わかってるわ」

 

 溜め息を吐くパチェ。見られたくはないところを見られてしまった為、少し赤面するのを感じる。この時間では咲夜やメイドも寝ている。こうなったのは自分に責任があるのだから、自分で連れていくとしよう。

 深く眠る少女を抱き上げる。気を利かせたパチェが扉を開けた。視線で感謝し、長い廊下を歩いていく。この狼、私より少し小さい程度な為に、落としそうで怖い。重くはないけど…

 

 地下への通路に、一度立ち止まる。恐らく…今のフランは美鈴が相手をしているだろう。まあ、だから何だと言った話だが。

 

「…フラン」

「お姉様…?」

「寝てしまったわ。一緒に寝てあげて」

 

 私が眠らせた等と言えず、フランの隣に寝かせる。フランに本でも読んでいたのか、美鈴がベッドの傍で本を片手に佇んでいた。

 

「…私は失礼するわね」

「…ええ、お姉様」

 

 部屋から退室し、溜め息を吐く。何故か…気分が憂いを帯びている。

 私達、吸血鬼や妖怪、人間までもが他者を食らうのは当然のこと。今回はそれが特殊だった。それだこのことなのだ。

 何故か興奮する気持ちを抑えつけ、私は自室へと歩を進めるのだった。

 

 

 

「あ~…ぅぅ…」

 

 おかしい。物凄くフラフラするし、気分が優れない。まるで貧血のようだ。血を抜いた訳でもないし、出血した訳でもないし…おかしいな。不思議に思いつつ隣を見ると、フランがすやすやと寝息をたてていた。まさか…ね。それなら、多分私いないからね。この子まだ加減出来ないだろうし。

 

 さて、私の体調等放っておいて、と。

 今は早朝。時計が指すのは5時30分。フランが起きる前に、動かない大図書館に会いに行くとしようか。本は嫌いじゃないし、動物の図鑑や服系の本があれば能力にも転用出来る。中には入らなかったが、場所自体は昨日案内して貰ったためわかる。フランの頭をポンと撫でたあと、布団を飛び出した。

 

 廊下を歩いて数分後。地霊殿といい、紅魔館といい、八雲の家といい…何故こんなにでかい。

 小さくノックをして、図書館への扉を開ける。暗い部屋の中は、とても静かで落ち着く空間だ。暗いっていいよね。私の色。暗い色…黒色…闇…ルーミア? 違う? そーなのかー。

 

「誰かっ…誰か助けてください!!」

 

 突然の叫び声に、ハッとして辺りん見回す。声の元は…奥の本棚辺りから。

 悲鳴を便りに進んで行く。何がいるかと思い、棚の裏を覗き見れば…

 

 本棚から溢れ落ちた本に埋もれる、小悪魔の姿があった。

 

「…そーなのかー」

「ふぇ!? 助けてくださいよぉ!!」

 

 …なんかパッとしないけど、とりあえず助けるとしようか。

 

「…あ、危ないです!!」

「え?」

 

 隣を見れば、倒れてくる本棚。日光で本が痛む? おいおい、それ以前にこんなに衝撃受けてて大丈夫なのかい、パチュリーさん。

 咄嗟に踵で床を蹴り、その場から跳び退く。結果…

 

「ぐぇっ…」

 

 小悪魔が犠牲になった。大…丈夫…?

 

「あうう…痛い…」

 

 なんとか致命傷で…というのは冗談で、ちょっと頭を打った程度のようだ。人騒がせな小悪魔さん。

 本棚をどかして、小悪魔を立たせる。怪我はなし、問題なし。

 

「あ、ありがとうございます…」

「狼戈だよ。なんでこんなことに?」

 

 小悪魔曰く、とある本を探していたら梯子ごと落っこちてしまったという。いや、貴女浮けるよね。なんでわざわざ梯子を使ったのかね。この天然っぷり…空に似ているところがある気がする。関連性なんてないけど。

 

「ああ…この本、片付けなくっちゃ…」

「…仕方ない、手伝うよ」

 

 本の整理とか、楽しいもんね。地道に積み上げていくなかで、たまに読んでずる休みしたりしながら片付けていくのは。最後に片付いた部屋を見るのは、とても清々しいし。

 小悪魔と駄弁りつつ、本を並べていく。時々、これが読みたいなというものを隣に置きながら、本を整頓した結果、数十分という時間を経て、ようやく元通りになった。意外にも、パチュリーが起きてこない。小悪魔が泣いてるんだから助けてあげなよ…。

 

「…ねえ、本って、勝手に読んでもいいかな?」

「はい、どうぞ。ただ、汚さないでくださいね」

 

 小悪魔からの了承を得て、本を開く。その本は…動物に関して記された図鑑。私の目当ての本が、簡単に出てきてくれた。探す手間も省けたし、小悪魔とも話せたし。今日はいいスタートを切れそうだ。

 また本を探し始める小悪魔を尻目に、動物の本を真剣に見つめる。虫に鳥に魚に。果ては架空の生物まで。…というか小悪魔よ、今の整頓の時に見つからなかったのかい。

 

 まあそんなことはさておき。…最近色々な事がわかってきたし、改めて私の能力を纏めてみよう。

 

 ひとつは“記憶を具現化する”程度の能力だ。

 記憶上にあるものを具現化することができる。色々と想像を膨らませ、それを具現化することもできる…のだが、色々と制限がある。私は日常的なことにしか使っていないために気にしないが、端から見れば強すぎる能力なのだ(戦闘において、フラン程ではないだろうが)。

 制限として今のところ確認したのは、まず命。そして銃器(うどんげの剣銃は可能)に爆弾等。正直に言えば、ダメなものの関連性がまだパッとせず、わからない。私が最近具現化するものと言えば、お菓子の材料に料理機器、狐火鴉達の小道具だったりと、専ら日常的なもの。武器なんていりませんし。

 とりあえず簡単に言えば、便利な能力といったところ。

 

 そしてふたつめ。“化ける“程度の能力。

 一番最初に発動したのは、確か藍の服装に髪や尻尾。宿す能力に似てはいるが、戦闘にはとても使えない能力。いや、使えなくはない。頭脳戦では。

 この能力は簡単なこと。髪の色、瞳の色、衣服を変えられる。

 ただ、顔や身長等は変えられない。後ろ姿くらいなら化けられるかも知れない。どこぞの封獣に比べれば、劣化版か。本当に日常でしか使っていない。というか、私が正面から戦ったのは…大きく分けて萃香に会いに行った時の陰陽師、夢月に幻月、オレンジ、そして美鈴とフラン。両の手で数えられるくらい。戦闘はあまり好きじゃないし。ま、売られたら買うぜ?

 

 最後に。“動物の力を宿す”程度の能力。

 翼に尻尾、耳に角。簡単に言えば、けもロリ。獣ロリ。なんか文句あるかっ!!

 翼も尻尾も、妖気を纏わずとも十分な凶器になる。ただ二種類以上の“宿す”併用は体に負担がかかる。私的に…オシャレとかペアルック的な感じにしか使ってないんだけどね。とりあえず、これが私の一番使う能力だ。

 

 この能力…実は隠された力をまだ秘めている。以前夢月と幻月に殺されかけた際、その力は尾を見せた。黒い大狼の姿は、どう見てもどう考えても、どう逃避しても私なのだ。

 あれから、色々と試してみた。この能力が発動できるのは条件がある。夜であり、それ以外の能力を発動させていないこと。また、何かしらのダメージがあること。自傷(受けた傷でもいい)を引き金に、その能力は発動する。

 以前は、黒い大狼の姿と化した。これは私が宿す能力を発動させていない、ブランクの状態だったから。宿すものを変えれば何になるかは変わるし、複数宿せばキメラのようにもなる(試し続けた結果、妖気不足で暫く起きられなかった)。

 完全に戦闘向けだが、普通に日常でも使える。背中に誰かを乗せて移動したり、撫でて貰ったり…ま、まだあの時の藍以外に見せてないけどさ。

 

「…随分と真剣ね」

「…? あ…お邪魔してます」

「ええ、どうぞご自由に」

 

 パチュリー・ノーレッジ。この図書館の主。魔女であり、レミリアの親友。

 浮かびつつ去っていくパチュリーの背中を見送った後、また本に視線を戻す。私が動物の図鑑を欲しがったのは他でもない。宿す能力の可能性を知りたかったからだ。動物の力を宿したとしても、その動物がどういうものなのか、どういう特性なのか、どういう性格なのか。知ったところで意味はないだろうが、それでも動物達の力を借りるのだ。知らなければ失礼だろう? それに、動物の種類を多く知れば、多くの動物の力を扱う事が出来るのだから。

 

「白い蛇ね…なんか神聖なものなんだっけ?」

 

 一人で呟きながら、私は本を読み耽るのであった。

 

 

 

 

 目を覚ました。だが、狼戈の姿がない。布団には狼戈の甘い匂いが仄かに香っている。ピョンと飛び起きて、狼戈の匂いを辿っていく。それは狼戈に近付けば近付く程強くなり、最終的には扉の前で一度途切れている。ここは…パチュリーの図書館。狼戈もこの中に…?

 

「…お姉ちゃん」

「んにゃ…む…」

 

 狼戈は椅子の上で、本を広げたまま眠っていた。肩越しに本を覗き込むと、蝙蝠のページを開いている。蝙蝠…翼…吸血……?

 その単語を見て、私の脳が狼戈の血のことしか考えられなくなる。このまま…血を吸ったら…お姉ちゃんは怒るかな? 嫌いに…なるのかな…

 

「ん…フラン? どうしたの?」

 

 目が覚めたのか、狼戈が私の顔を覗き込みながら問いかける。どうすればいいんだろう。美味しそうだけど…家族って、そんなことをしてもいいのかな。家族だから、いいのかな…。

 

「お、お姉ちゃん…」

「な~に?」

「…お姉ちゃんの血液、吸ってもいい?」

 

 私が出来るのは、素直に聞くことだけだった。これで嫌だと言われたら諦めればいいし、良いと言われればそれもいい。狼戈は私の言葉に一瞬固まり、少しうつ向く。ダメ…なのかな…

 

「…まあ、いいよ。ただ今はキツいから、後でね」

 

 狼戈の口から出たのは、了承の言葉。嬉しさのあまり軽く跳び上がるが、狼戈の視線を受けて小さくなる。恥ずかしい。

 

「…ほら、フランも一緒に見よう? 色んな動物がいるから、ね」

「うん、えっとね、これはこれで…」

「…私より詳しいよね、フラン」

 

 狼戈と動物について話す。血は楽しみだけど、今は普通に楽しもう。そう思って、私は本のページを捲ったのだった。

 

 

 

 

「フラン、とても楽しそうに読んでたわよ」

「…そう、ありがとう」

 

 パチェにフランと狼戈の事を聞く。とても楽しそう、か。私といるときは、そんな素顔は見せてくれないのに。やはり、あの狼が少し妬ましい。そして…羨ましい。

 紅茶を口に含み、色々と考え込む。狼戈はフランに、変わらず平等に接してくれている。一緒にいることが、フランにとって成長に繋がるだろう。ならば狼戈を…定期的に呼んだりするか。聞けば彼女は地底という場所に住んでいるらしい。仕事もあるようだが、彼女のお人好しさなら引き受けてくれるはずだ。そう、例えフランを癒すのが私でなくても…。

 

 フランの運命を…変えたい。それだけを願い、私はゆっくりと目を瞑ったのだった。




きゅっとしてどかーん
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