黒狼狐己録 -Life Harboring- 作:ふーか
お待たせしました、現代に突入です。
あまり変わっていない? 気にしたら負けですよ。
まあ、主人公達が出るのは少しだけ後ですかね。巫女とか魔法使いとか。
四十七 修練と橙
「よしよし…ほら、お姉ちゃんの胸においで?」
「…この子、こんな親バカ狼だったかねぇ…?」
先日、妖怪と化したばかりの白蛇。抱き締めると、仄かに暖かく、それでいて冷たい感触が肌に伝わる。一部に鱗のようなものが見え、触れるととても冷たい。
「…己嵐って冷たくて気持ちいいね」
「えへへ…♪」
和やかな二匹の雰囲気を見て、微笑む燐に乱入したいとうずうずする空。狐火鴉は…既に寝ている。決して悪い意味ではないが、今は寝ていた方が嬉しい。また変に嫉妬されても怖い。
「…己嵐、さとり様は何て?」
「僕のお仕事は動物のお世話だよ」
成る程…(失礼かも知れないが)この子に動物の世話が出来るのだろうか…こんな活発な少女は、すぐに飽きる癖があるイメージがあるのは偏見だろうか? それとも、一度熱中すると止まらないタイプとか…どちらも一長一短だな。浅く広くか、深く狭くか…。私は深く広くを目標に。それにしても…この子、僕っ娘か…僕っ娘……私がやったら引かれるだろうな。
「で…何処で寝るのさ。部屋とか決まったの?」
「一人部屋は駄目だし、狼戈しゃんの部屋も一杯だから、余った部屋で寝なさいって」
…さとり様、一人部屋で何が行われているかご存じなんですね。
わざとかどうかはわからないが“さん„が言えずに“しゃん„になる己嵐にニヤニヤが隠せない。それはともかく己嵐は、空き部屋に連れていけばいいらしい。空き部屋は…まだまだ余裕であるはずだ。何かあった時のように、出来るだけ近くの部屋に連れて行くとしよう。
「…よし己嵐、ついといで」
己嵐の手を引き、部屋を退散する。燐がたまにニヤニヤした表情で私達を見るのは、単なる嫌がらせだろう。後で尻尾を(強制的に)触らせてもらうとしよう。
己嵐を連れ、私達が生活する部屋から、ふたつ離れた扉へ赴く。元々、私や狐火鴉の部屋を繋げて巨大な部屋にした為、どうしても扉から距離はあるが…まあ、不可抗力ということで。
それにしても…考えれば不思議なものだ。私がいなければ、こんな部屋は作らなかっただろうし、私がいなければ、狐火鴉や己嵐はいなかったかも知れない。それに、地霊殿に、こんなに来客が来ることもなかっただろう。それも、異変前に。本来、有り得ないはずの私の存在が、世界を狂わせているのか、それとも正しているのか、それは、私にもわからない。
「…さ、己嵐。此処が貴女の部屋ね。流石に…一匹で大丈夫だよね?」
「…うん。大丈夫」
「ん。私はたまに乱入するだろうから、己嵐も私達の部屋に乱入するといいよ」
まあ、誰かの部屋に殴り込む時はノックするけども。自分達の部屋を除き。
『あら、私の紹介は無しかしら?』
不意に己嵐から響く声。だが己嵐は微笑んでいるばかりで、何も言わない。彼女の声は、こんな大人びたものではない…ならば、別人? だが、それらしき気配も妖気も感じない…何故? 何処?
『此処よ。やっぱり可愛い娘ね、食べていいかしら』
「ひゃっ!? ん…ぐ……離して…!!」
背後からの奇襲に気付けず、無抵抗のまま拘束される。咄嗟に正体を見れば、漆黒に身を包んだ大蛇。何処か体が黒く霞んでいるようで、その黒からは鱗と深紅に光る瞳が窺える。
「み、己神!! ダメだよ…狼戈しゃん食べたら…」
『ふふ、冗談よ、冗談。貴女も可愛いわね』
私から離れた、己神と呼ばれた黒い大蛇。己嵐に巻き付き、何やら話し始めたところで違和感に気付く。己神が繋がっているのは…己嵐の影。影そのものが、意思を持って行動している…?
そうなると、幾つかの疑問点が生じる。まず、己神は己嵐が生まれた時から影として生きているのか、それとも…己嵐の影に、何かが憑依したのか。後者且つ悪霊系の類いならば、全力で祓う。
「次やったら怒るよ!? 僕だって弱くない…はず…だからね!!」
『はいはい、胆に命じておくわね』
私の疑問は、二匹の和やか(?)な会話で吹っ飛ばされた。害がないならいっか。
己嵐が欲しいといった用具をある程度揃えた後、地霊殿の中を案内し、夜食を食べてその日は眠ることになった。結局、私だけは己嵐の部屋で寝たのだが、後から燐に話を聞くと空が暴走していたらしい。嫉妬…ではないことを祈ろう。空みたいな単純で純粋無垢な子の嫉妬は、一番駄目なパターンだから。
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「本当にやるの? 狐火鴉」
「ええ、勿論です。私だって戦えるようになりたい。それに…何か胸騒ぎがする」
何時もの如くお菓子を作った後、仕事中の狐火鴉に作ったものを届けにいった…のだが、何故か鍛えて欲しいと頼み込まれた。仕事に関しては代理を誰かに頼んだらしいが…
狐火鴉の言う“胸騒ぎ”。その正体は…恐らく空に関わる異変や、現代に進んでいくにつれ起こるであろう別の異変の数々。そして何度も起こる戦闘に、幾度となく繰り返されるであろうスペルカードバトル。何故今日なのかはわからないが、普段なら絶対に見せぬ熱い妖気を漂わせる狐火鴉の頼みを断れず、了承した。彼女の顔に浮かんだ“決意”。その正体は知れずとも、それを裏切る訳にはいかない。
「狐火鴉が扱うのは小刀よね?」
「…はい」
「相手にもよるけど、炎を纏わせることは?」
私の言葉に、即座に二対の小刀へと炎を燃え盛らせる狐火鴉。その勢いと速度は天性のもので、扱いは私よりかなりの上手。呪術だけなら私の圧勝だが、炎となると勝てない。
「OK! 今回は私も小刀でいくよ!! …死ぬ気でかかっておいで!!」
地霊殿の窓から、人知れず数匹の妖怪が心配そうに見守るなか、修練は幕を開く。
両者が同時に駆け出し、妖気と炎を纏った小刀が火花を散らしてぶつかり合う。実を言ってしまえば、私自身の力は其処まで強くはない。脚力を除けば、余裕で狐火鴉に負けているのだ。現に、妖気を小刀に纏っただけでは圧されている。私の強み…それは脚力は勿論、鬼すら凌駕する妖力。逆に言えば、私から妖力を取れば誰も負けることはないだろう。追い付ければ、の話だが。
ある程度狐火鴉が斬撃を捌いたところで、連撃の速度を更に加速させる。狐火鴉は捌く事に必死で反撃出来ず、段々と疲労の色が滲み始めていく。炎は天性…妖力も決して弱くはない。この子は修練次第で化けるだろう。まあ、今は発展途上といったところだな。
「…チェックメイト」
「っ…」
狐火鴉の首筋に小刀を突き付け、一瞬の実戦訓練は終了する。
お弁当(おにぎり)を挟み、再度色々な解説を入れていく。ふと視線を感じて見れば、窓から見守るさとりの姿。心配そうに見守るさとりに何故か罪悪感を感じ、見てみぬ振りをした。
「…ちょっと狐火鴉。これを私に投げてみて」
「苦無に手裏剣? なんでまた…」
「いいからいいから」
小刀といえば忍者いうのは偏見でしょうか?
狐火鴉に渡したのは、15センチ程の大苦無。そして、卍型で、刃に神経毒を刷り込んだもの。神経毒に関しては、紫に手伝って貰った。何かあれば頼っているが、流石に寝てばかりいる妖怪ではないようで、色々と教えてくれる。たまーに藍に(私が)いじくられることがあるが、代価として見れば別に構わない。ただ…服の中まで尻尾でまさぐるのはやめてほしい。最近は素手でも同じことするから…
「…投げますよ?」
「あ、うん」
2メートルを遥かに越える刀。私が扱うには難があるかも知れない。この刀…実際に存在していたものらしい。こんな長い刀、どうやって鞘から出すのだろう? 腰に括り付けた鞘ではとてもではないが取り出せないため、背中に斜めに付け、出す時は柄を引っ張った後に宙に放り投げ、キャッチする形となっている。こうでもしないと取り出せない。
ーー端から鞘を具現化しなければいいんですけどねっ!!
狐火鴉の撃った苦無を叩き落とし、手裏剣を下駄の回し蹴りで弾く。命中精度はなかなかのもの、着弾までの速度も早い。扱う上で問題ないだろう。
「ん、まぁ護身用にでも持っておくのはいいからね。はい」
「こんなに沢山…」
和装で小刀を構える狐火鴉にはお似合いだろう。凛々しく可愛い。
「よっし、今日はこの辺で!! また色々教えてあげるよ」
「…ありがとうございます」
真面目な子だな、まったく。
腕時計を見れば、3を指して止まっている。電池が切れたか…。溜め息混じりに能力で交換しつつ、狐火鴉を連れて館に戻るのだった。
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「…橙。貴女はなんで何時も気付いたらいるの」
「藍様が様子を見てきて頂戴って言ってたんです~…」
普段なら直々に来るというのに、何かあったのだろうか…?
部屋に戻れば居た橙。いつものことだが、気付けば居るのだ。藍も橙も紫も。今更もう驚くことはしないが…勿論見られたくないような時間もある訳だ。強いて言えば夜とか夜とか夜とか。困る。
「ふ~ん…? で、本音は?」
「狼戈様、遊んでください!!」
…そんなことだろうと思ったよ。
橙を押し倒して撫でつつ、時計を見る。再度動き始めた時計の針が指すのは五時。狐火鴉にお菓子を渡したのが、多分三時程だから…先程の修練は一時間半続いていたのか。夢中になると時間が過ぎるのは早いのだな。どれだけ過ぎようが、妖怪である私に寿命は来ないけど。妖怪の寿命はどんなもんなんだろうね。
「ふにゃぁぁ」
「…気持ち良さそうね」
露骨に催促する橙に、不満を溢すことなく撫で倒す。猫そのものの反応はかなり可愛い。何、彼女の隠れ家(猫の楽園)に忍び込むとしよう。猫として。
「…さ、何して遊ぶの? 私は玩具にならないよ」
「ん~……狼戈様ぁ!!」
「ぎゃぁぅ!?」
猫の弾丸が直撃し、ベッドへと倒れ伏す。痛い。無警戒だったからかかなり痛い。突如としてとびかかってくるのは本当に勘弁願いたい。心の臓が止まってしまう。
「…このままが…いいです……♪」
「…そう、ゆっくりしなさいな」
橙を抱き締めると、しがみつくように寄り添って来た。その温もりに、少しずつ意識がとろんとしていく。寝ぬようにと目を見開いて閉じてを繰り返すが、効果はいまひとつ。深い眠りに誘われるまで、時間はかからなかった。