黒狼狐己録 -Life Harboring-   作:ふーか

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BAD END短編でございます。
ダメだというお方は飛ばしていただいて構いません…

(下)へ続きます。


短編 “BAD END„
~錯乱~ (上)


「…絶対おかしい」

 

 地上では少しだけ朝日が昇っているであろう時間。ベッドの上で転がる狼一匹。

 

「宿すも具現化も化けるも…妖気すら使えないって…」

 

 一人で愚痴を溢す様は変人に見られるかも知れないが、その内容は深刻なもの。お菓子に関しては作り置きしてあるものや、材料そのものも何個か置いてあるため、問題ないが…。

 …寝たら治ると思って寝た結果がこれだ。今日の早朝から続く、その事態に次第に焦りの色が滲み始めている。能力が使えないくらいならまだいい。だが…妖気がないのは致命傷。私を殺してでも自分のものにしたいという輩は、意外にもいるのだ。例え見知らぬ他人すら。だから狐火鴉には私に能力を発動するのを控えろと言っているのだが、なかなか聞いてくれない。

 

「…ねぇ、燐。起きて」

「ん~…う…? どうしたんだい…今日は仕事ないよ?」

 

 目を擦りつつ、寝惚けながら上半身を起こす燐。だが私の表情から何かを察したのか、すぐに近寄って来た。この子…かなり苦労人だと思うんだ。意外に色々溜め込んでしまってそうな…

 

「能力も、妖力も…何も使えない」

「…妖力も?」

 

 燐の問いに、妖気を解放しようと試みるが、出てくるのは疲労の色のみ。

 

「まいったね…狼戈の体質上、それは危険だろう?」

「うん…脚力で基本的には追い払えるけど…限度があるからね」

 

 頭を抱える燐。続いて起きた空に飛びかかられつつ、どういった策があるかと考える。狐火鴉は相変わらずの寝坊っぷりだ。目覚ましを尻尾に埋め込んでやるべきか。

 

「…さとり様に相談してくるよ」

「…それが一番だね」

 

 ふらついた足取りで部屋を後にする。尻尾も力なく項垂れ、獣耳もパタンと倒れている。可愛い可愛いと皆言うが、こういう時の私は、落ち込んでいるか疲れているか、誘っている時の三択。襲うのはやめて欲しい。

 

「…失礼します」

「狼戈、おはよう……狼戈っ!?」

 

 不意に襲う目眩に倒れそうになるが、さとりに支えられてなんとか踏み留まる。

 

「どうしたの…!? 熱っ…!?」

 

 私の額を触り、小さく跳ねあがるさとり。どれ程熱いかは知らないが、倦怠感や絶望のような感情に満たされている私の体は、確実に正常とは言えないものだった。風邪でもひいたのか…ならば、妖気や能力はいったい何故?考える程に頭痛を感じる。

 ふと以前椛がかかった恋煩いを思い出すが、私は誰かに“異性として„の好意を抱いていない(つもりだ)し、能力も説明がつかない。

 

「…とりあえず、安静にするのが一番ね」

 

 ひょいと私を抱き上げ、ソファーに寝かせるさとり。待っててと一言告げると、部屋を出ていった。動こうにも恐ろしい程の倦怠感で体が動かないため、どうにも出来ない。

 数分後に戻ってきたさとりの手には、水に濡れたタオルと果物、フルーツナイフ。私が普段使っているナイフだ。正直、爪と妖気を併用すれば、切れるものは切れる。苺とか。

 

「…大丈夫?」

「はい…大丈夫……です」

「…全然大丈夫には見えないわ」

 

 頭にのせたタオルの水が、“じっ„という音をたてて即座に熱くなってしまった。私の体温…流石に100はないだろうが、70以上あるのではないだろうか。心身共に、少しきつい。

 

「…食べれる?」

「…はい。んぐっ!?」

「あ、ごめんなさい…!!」

 

 さとりさん、その切り方だと大き過ぎて私食べれない。

 

 さとりに食べさせて貰う最中、頭の中を色々な考えが渦巻いていく。

 はっきり言ってしまえば…地霊殿は決して安全ではない。確かに、燐達とは家族同然に過ごしているし、信頼関係も並みなことじゃ壊れない。だが…私の体質に、信頼関係も家族も関係あるのだろうか? 私の体質の誘惑に、勝てる者がいないのだ。例えそれが身内であろうとも。ここで問題となってくるところは多々あるのだ。あまり…いや、絶対に疑いたくはないが、その可能性は否定できない。殺される可能性も、燃やされる可能性も、束縛される可能性だってあるのだ。

 

「さとり様…私って…何者なんですか?」

「…狼戈は狼戈よ。それ以外何者でもない」

「なら…私は……愛されて…いるのでしょうか」

「っ…勿論よ。私は貴女が好きだし、大切なのよ?」

 

 私の思惑を察知したのか、さとりが鈍い顔をした。

 

「私が好かれているのは…私? それとも…体質のせい…なら、私なんて…ッ!?」

「…いい加減にしなさい、狼戈」

 

 室内に響く、甲高い音。一瞬理解が遅れるが、それはさとりの手のひらが、私の頬を打ち抜いた音だった。初めて叩かれた…その意味を理解出来ずに、ただひたすら唖然とする。

 

「…私が、何を思って、貴女と一緒に過ごしてきたと思っているの?」

「・・・・・・」

「どうでもいい相手に、くだらない体質なんかを相手に、私が…」

 

 脳が理解しないというのに、涙はつーっと頬を伝う。さとりが抱擁すると共に、焦げ臭いような臭いを感じ、はっとしてさとりを引き剥がそうとする。だがその力は強く、私では引き剥がせない。

 

「貴女が大切だからこそ…大切過ぎるからこそ……」

「もう…やめて……」

「…私は貴女が好きよ。家族として。貴女自身を」

 

 その優しさに耐えられなくなり、引き剥がすようにソファーの上へと押し倒す。私の肌に直接触れた腕や服の色が少し変わっている。私が…変なことを口走ったばかりに……

 

「…ありがとう。私が…おかしかったんです」

「…いいえ、貴女はおかしくない。熱は…不思議とひいたみたいね」

 

 薄く歓喜しつつ、もしかすればと妖気を解放する…が、やはりそれは不可能。

 

「…さとり様、朝から妖気と能力が使えません」

「妖気も? ん…とりあえず、安静にしてなさい。ね?」

 

 さとりの冷や汗混じりの微笑みに、素直に従う。目を瞑れば、不思議と頭痛や倦怠感が、少しだけ引いていく。ぱたぱたと忙しい足音を聞きながら、私は眠りに誘われていくのだった。

 

 

 

 何度目かわからぬ狼戈の精神的な暴走。これは彼女自身にもどうにか出来るものではない為、結局のところ私達がどうにかすることとなる。勿論…不満はない。だが…どうしても彼女のことが心配だ。いっそのこと…閉じ込めてしまうのも良いかも知れない。彼女に誰も触れぬように…

 

「…っ」

 

 普通では有り得ないことを考えたと、軽く恥じつつ首を振る。彼女が独りが嫌だと言っているからこその、燐達との同居部屋なのだ。一人で閉じ込めては根本的な問題どころか、悪化してしまうではないか。

 

「…でも」

 

 ーー私の部屋なら、独りじゃ無い…。

 

 背もたれに体重を掛けて眠る狼戈の口に指を近付け、そっと唇に触れる。するとふいっと顔を背けてしまった。何か嫌な夢でも見ているのだろうか、少し気分が悪そうだ。

 

「狼戈…」

 

 驚かせないように、ゆっくりと抱き締める。狼戈の小さな体は、すっぽりと腕の中に収まる。その体温は、不思議ととても暖かい…眠くなってしまうような温度、そして甘い香り。その匂いは思考を錯乱させ、まともな思考を壊していく。

 

 以前から…思っていたことはある。彼女を独り占めしたい、と。これは彼女にのみ抱いている感情ではない。だが…何故か彼女は特別に見える。大切な者を捕まえて、独り占めして、愛でて、しゃぶり尽くす…それは本能であり、己の欲であり…。

 

「ねぇ、狼戈? 貴女は…どうしてこんなに可愛いのかしら?」

「ん…ぅ…」

 

 周りの者に優しくて、皆平等に接して…こんな子だからこそ…独り占めに……

 眠る狼戈の頬を細い指で撫で、私は一人で呟く。

 

 ーーー独りぼっちになんてさせない。

 

 

 

 

「にぅ……さとり様? おはようございます」

「あら、狼戈。おはよう。もう大丈夫?」

「ええ、もう大丈夫そうです。ありがとうございます」

 

 ベッドの端に腰掛けていたさとりにお礼を告げ、違和感を感じた辺りを見回す。私が寝かされているベッドがあるのは、見たことのない綺麗な部屋。

 

「…ここは?」

「私の寝室よ」

 

 成る程、そういうことか。羨ましい程に綺麗だな…。

 程々に感謝しつつ、ふと時計を見ると、午後2時を指していた。慌てて布団を崩さぬように跳ね起き、扉に手を掛ける。

 

「ご迷惑をおかけしました。ちょっと仕事があるので……あ、あれ?」

 

 扉が…開かない。

 引っ張っても押しても、扉はびくともしない。力技はさとりの部屋の為に自重する。

 

「さ、さとり様…? これは…いったい…!?」

 

 さとりを見れば、微笑みつつ私を見詰めているだけ。普段のさとりならば…こんな状況で微笑んだまま動かない等はしないはずなのだ。それでもそのまま動かないさとり。出口は此処にしか無い為、開かないはずもない。

 

「…ねぇ、狼戈。貴女は…独りが嫌なのよね」

「…? 勿論、独りは嫌ですけど…」

「…ふふ、大丈夫よ。さぁ、此方においで?」

 

 私が眠っている間に何が起きたのか…それは私にはわからない。だが…明らかに正常ではない、そして…その原因が私であることは理解出来る。

 

「…貴女は独りにさせないから」

「わ、私はもう独りじゃ…」

「嘘はダメよ? 私はサトリ妖怪…無駄だから」

 

 私の心は見えないはずなのに、まるで全て知っているかのように言葉を連ねていくさとり。段々とさとりが私をどうしたいのか…それを理解し始めていく頭。その意図を読み取った時、この状況を見て…本能故か、体が震え始める。

 

「さとり様…私を……」

「ええ、この部屋で、私と一緒にいましょう?」

 

 これが“提案„だったら…私も考えただろう。だが、これは強引な“束縛„だ。自分の主の一人であるさとりに対して、どういう反応をすればいいのかわからない。どうすれば…

 

「あ、あの…私は大丈夫ですから…!! 出してください!!」

「ダメだと言っているの。主の命令が聞けないの?」

「っ…本当に大丈夫…。だから…ん…っ…!?」

「んむ…れる……大丈夫じゃないわ。ほら、此方に」

 

 初めての、さとりとの口付け。性的な事に関して、私が周りの者に関して相談はしたものの、私の身を案じてか、それとも関心があまりないのか、彼女自身は私を誘うことをしなかったさとり。それを躊躇もなく行い、私を閉じ込めようとしてくるのだ。それが何をするのか…もう、考える迄も無かった。

 

「…だ、誰か…助けて…いっ!? は、離して…ください…!!」

「どうしたの? なんで…逃げるの?」

 

 誰よりも一番に信用出来たし、何かあれば人一倍悩み、助けてくれた。そんなさとりに…裏切られた。それは、長年迷惑をかけまいと封じ込んでいた不満や欲を解き放つには、充分過ぎる事…。感情が乱れ、思考が狂っていく。どうすればいいのか、何もわからない。既に何度も経験する、己の暴走。だが…今回はその中で、意識も薄れる程に酷いもの。

 

「嫌…だよ。離してよ…っ!!」

 

 もがいてはみるが、両手首を押さえつけられて動けない。妖気も発することは出来ず、脚力も今の私には上手く扱う事が出来ない。

 

「…いいわよね? 他の子とも…こうやったんでしょ?」

「ひ、ひやっ…ぅ…ぁぁぁ…」

 

 犯し、弄び、掻き回す細い指に、私の表情を見て微笑むさとり。初めて見せるその表情は、淫らで、妖艶で…

 

「大丈夫…ふふ、独りには…させない……」

 

 やはり私は快楽に逆らえないらしく、ただたださとりに身を委ねるのみ。逃れることも出来ず、快楽の海に溺れていく。自分の意識が無くなっていくまで、時間は然程かからなかった。

 

 

 

 

 液に濡れた指を舐めとり、笑むさとり。食事も摂らされずに丸一日犯し抜かれ、私の体は濡れて湿り、微少にも動かすことが出来ない程に脱力している。異臭を放つシーツに、地面に散乱する私の衣服。荒い息に赤い顔…もう、羞恥心等どうでもいい。この場から…いや、この館から逃げ出したい。今すぐに…

 

「ふふ…お休み、狼戈。ずっと…一緒よ?」

 

 さとりの呟く言葉に、私は戦慄することしか出来なかった。

 

 

 

 

 さとりが眠って一時間。次第に戻ってきた力を振り絞り、起き上がる。妖力は相変わらず使う事が出来ない。

 扉に手を掛けてみても、やはり開く気配はない。耳を押し当ててみると、密かに話す声が聞こえる。藁にもすがる気持ちで、小さな音をたてると、足音が少しずつ近付いてきた。

 

「…誰?」

「その声は…狼戈!?」

「静かに…!! お願い、この扉を壊して…説明は後!! 助けて…っ」

 

 さとりの寝室だと知ってか、一瞬戸惑うような間を置いたが、短くわかったと肯定の意を示してくれた。いつもの何処か大人びていて優しい声…

 

「っ…!!」

 

 その声と共に、扉が大きく吹き飛ぶ。でこぼこに穴が空いた壁の外側には、火車を押す燐の姿があった。

 

「燐…!! 怖かった…怖かったよぉ…!!」

「なっ…!? ろ、狼戈…いったい何が…!?」

 

 私が裸で抱きついたこともあり、困惑する燐。その燐と話していたと思われる狐火鴉と空もその光景に唖然としている。そんなことは関係無い…自分を助けてくれる者が現れたことで、私は涙が止められなかった。

 

「…狼戈? 悪い子ね、勝手に逃げちゃうなんて…」

「ひっ…!?」

 

 咄嗟に燐の後ろに回り込み、その声の主をちらと見る。その表情は普段とまったく変わらないものの、漂わせる雰囲気は肌が痛い程の醜い感情。

 

「…お燐、狼戈を捕まえてくれる?」

「っ…!!」

 

 燐が困ったように私とさとりを見比べる。私が拒絶するように後ずさり、空も狐火鴉もただただ下がるばかりだ。このまま…もし燐が私を捨てるというのなら…私は……

 

「…さとり様、狼戈が怖がっていますよ」

「構わないわ。彼女の為だもの」

 

 間もおかず、流水の様に連ねられるさとりの無慈悲な言の葉に、燐がうつ向く。

 

「…さとり様、それは出来ません」

「何故かしら…? お燐も狼戈のことは大切でしょう?」

「…ええ。ですが…出来ないものは出来ません。…狼戈、とりあえず何処かに」

「…っ」

 

 お礼も言えぬまま駆け出す。部屋を出て、長い廊下を走る。一度部屋に戻り、燐が助けてくれたという安心なのか、不安なのかよくわからない感情を押さえつけ、なんとか落ち着こうと息を整える。

 

「…はぁ…っ」

 

 大きく息を吐き出し、服を着て、部屋を出る。燐達をそのままに出来ないと、ひっそりとさとりの部屋へ戻る。大丈夫だ、落ち着け…

 

「お燐、貴女…主に逆らうのかしら」

「っ…」

「…本当の主は、自分の配下を傷付けたりしない。閉じ込めたりなんかしない…!!」

「狼戈…」

 

 無言で燐達の手を引き、部屋を出る。今のさとりに、燐達を会わせるのは避けたいのだ。何処に逃げるべきか…やはりこの館にいるのは危ない。さとりがおかしくなってしまった責任は私にあるし、かと言って私に自らの身を差し出す勇気はない。

 

「…狼戈、此方に」

「藍…うん」

 

 藍に言われるがままに隙間に飛び込む。燐達を押し込み、私も中へ飛び込んだ。

 

 

 

 

「…成る程、な。そういうことか」

「…さとり様は…悪くないよ。原因はきっと…私だから…」

 

 八雲の屋敷で震える黒狼に、それを抱擁して宥める九尾。周りでは、隙間妖怪や妖獣がどうしたものかと首をかしげる。

 

「…あたいがなんとか宥めてみるよ。お空も付き合っておくれ」

「勿論!! 狼戈の為なら…なんでも」

 

 狼戈の制止を振りきり、燐と空は地霊殿へ戻っていった。震える狼戈の手を握り、頭を撫で続ける。ずっと仕えて…信頼していた主に形はどうあれ裏切られた彼女の心情は、私にはとても計り知れない。もともと精神的に弱い彼女に……

 

「…狼戈、大丈夫?」

「う…うん……」

 

 そうは言っているものの、狼戈の震えが止まる気配はない。

 

「…大丈夫、ここにいる限りは誰も入れないから」

「…ありがとう、紫」

 

 片言しか話さない狼戈の姿が、余計に不安を煽る。藍達がいる以上、これ以上暴走することもないだろうし、安全だろうが、油断は出来ない。目を離す訳には…いかないんだ。

 刻々と過ぎていく時間に、ひたすら流れる耳が痛い程の静寂。その静寂を、紫が破る。その声は心配に満ち溢れ、普段狼戈から聞く些細な愚痴からは想像も出来なかったものだった。

 

「狼戈が望むなら…境界をいじくれば恐怖や絶望は捨てられるわよ」

「…いい。これは…自分で克服しなきゃいけないの…」

 

 狼戈の口から溢れる意外な言葉。その言葉に、私はただ、頭を撫でることしか出来ないのだった。

 

 

 

 

「さとり様、一旦落ち着いてください!!」

「何を言っているの? 私は…正常よ」

 

 必死に宥める燐の言葉に、さとりの瞳に光は戻らない。空も燐の言葉に上乗せするように言葉を発するが、それでも意味はないようだ。

 

「さとり様、狼戈は独りじゃないです。あたい達がついてっ…!?」

 

 燐の口を、さとりの口が塞いだ。突然の行動に、空共々目を見開く燐。漂わせるは妖艶で淫らな妖気。普段のさとりからは想像も出来ぬような表情と舌捌き。その性技に、燐の感情や心が侵食されていく。糸を引く唾液に、ただ呆然と固まる燐。

 

「っ…!! さとり様…!!」

「ねぇ? お燐…貴女も思ったことがあるでしょう? 狼戈を自分のものにしよう、と…」

「なっ…!?」

 

 続けざまに発せられるさとりの異常な発言に、燐は既に宥めるということを忘れかけていた。燐を抱き寄せ、耳元で囁かれる悪魔の言葉に、段々と思考が錯乱していく。

 

「…ねぇ、お燐。貴女なら…狼戈を手に入れられる。どうかしら?」

「あ、あたいは…っ」

「今が好機よ? 心はとても正直…隠し事は無駄なの」

 

 いつの間にかさとりの第三の目が、燐をじっと見つめていた。燐の心は、さとりに煽られた独占欲で満ち溢れている。自分のものにしたい、独占したい…そんな気持ちが、燐の心をぐるぐると巡っていた。

 

「さぁ、どうするの? …お燐」

「お燐……」

「あたいは…あたいは…っ!!」

 

 数秒の静寂の後、燐がうつ向いた顔を上げる。その顔に表れる決意は、果たして己の欲なのか、愛する者への慈愛なのか…

 

 その答は彼女の微笑む細い瞳を見れば、言葉など必要なかった。

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