黒狼狐己録 -Life Harboring- 作:ふーか
次回は、幼い吸血鬼の願い…。
「・・・・・・」
真夜中、狼戈の部屋にて。あれから数週間。狼戈はまだ…目覚めない。
体温の上下は、周波と高低差は減ったもののまだ続いており、本人はただ魘されるばかり。だが、時折手を握ると小さな笑顔を見せてくれることがあった。
狼戈の状態…時間がかかってはいるが、幸いな事に段々と良くなっている。
これはただの私の推測だが…
彼女の特異体質に加え、その能力。今現在、彼女の体では…恐らくその整理というか、それに関しての何かが働いているのではないだろうか。元々、普通では考えられない程の妖気を、疲労の色ひとつ見せずにばら撒いていたのだ。何らか…問題が起きてもおかしくはないだろう。
「…藍さん、私、代わりますよ。一睡もしてないでしょう?」
「…椛。ああ、そうだな……お言葉に甘えるとするよ」
狼戈からたまに聞く、白狼天狗の話題。とても楽しそうに話すその様に、少し嫉妬したりもしたが…狼戈は私のものではないのだから、嫉妬も何もないだろうにな。やはり、遥か昔の想いはなかなか消えぬものだ。
椛に狼戈を任せ、部屋の隅で尻尾をクッションに座り込む。狼戈の為ならば、数日間寝まいが大丈夫…そうは思っていたが、やはり精神的にも肉体的にも疲労は溜まっているようだ。目を瞑ると、一瞬の内に意識がぼんやりしてくる。椛が狼戈の頭を撫でて微笑んでいる姿が見えたのを最後に、私の意識はぷつりと途切れるのだった。
◆◆◆
「お疲れ様です、椛さん」
「ん、狐火鴉こそ、仕事お疲れ様」
突然部屋に入って来た狐の少女を一瞥し、小さく応える。狼戈とのこともあり、彼女と仲が悪い訳ではない。会えば普通に話すし、狐火鴉はちょっとした悪戯を仕掛けられる程度には、仲は良いはずだ。
「…代わりましょうか?」
「いや、一緒に看よう。狼戈も寂しいだろうし」
ベッドの隅で座る狐火鴉。何故狼戈の周りには、尻尾が大きくて立派な妖怪しかいないのだろうか。藍も、狐火鴉も…よく考えると、狐が多い気がするのだが。狼と因縁でもあるのだろうか。
特に会話もなく、流れる沈黙。それぞれが狼戈の寝顔を見て、何を思うのか…。狐火鴉に浮かぶ表情の色は、単純な慈愛らしき、愛情の色。その微笑みからは、言葉では表せない程の感情が滲んでいた。
「狐火鴉、貴女は狼戈のこと、どう思ってるの?」
「え? 私……ですか?」
頷くと、小さく下を見て何かを考え込む狐火鴉。敢えて何も聞かずにいると、狐火鴉が小さな声で口を開く。その内容は、叶うことはないが私にも共感せざるをえない内容…。
「表向きは大切な家族です。でも内心…自分のものにしたくって。独占したくって。
私だけのものにしたいなぁ、なんて…思ったりしますかね。結構…
…でも、こんな私を、愛してくれる優しい黒の狼です。私は…この娘が大好きです」
きっと、狼戈と関わる誰もが、同じことを考えるだろう。彼女を…自分のものにしたい、と。欲に理性が負ければ、きっと…亡き者にしてでも、その肉体を。私だって…出来ることなら独占したい。私のものにしてしまいたい。二度と離さないと…。
ふと、狼戈の状態を見て、悪魔の囁きが聞こえる。今なら…狼戈を…
「…椛さん、もし今貴女が変なことを考えてるなら…手加減は出来ませんよ」
小刀に手をかけ、そう呟く狐火鴉。寸でのところで欲をうち払い、呼吸を整える。もし今、隣に狐火鴉がいなかったら…私は最悪の行動に走っていたかも知れない。
「私だって独占したいです。でも…それで狼戈さんが喜ぶ訳はないので」
「…うん、ごめん。私…ちょっとおかしくなっちゃってた」
狼戈に頬擦りひとつ、自分の頬をぱちっと叩く。自分が欲に惑わされてはいけないではないか…まったく、何を考えているのだろう。たかが白狼一匹の考えで、狼戈を犠牲にしようなど…
「…でも、狼戈自身には独占欲なんて…ないよね?」
「多分…無いですね。基本的に誰とでも平等な娘ですし。
…狼戈さんが独占してくれるなら、願ったり叶ったりなんですけどねぇ…」
独占されたいなど、意外に変態なのか、と笑いたいところではあるが、同じことを考えている以上…笑うことなど出来やしない。共感しか出来ない。彼女に独占されるなら…どれだけ嬉しいか。
「…んぅ、良い匂い…」
「あ、ずるい…」
狼戈の尻尾に顔を埋め、伸びる。体をちょいと拭いたりはしているものの、汗の臭いが微塵もしない。それどころか、甘い匂いが染み付いている。意識を錯乱させる甘い匂い…これも自制が効かなくなる原因なのだろうか。この娘の体質は、いったいどうなっているのだろう…
「…狐火鴉、私ちょっと寝るね…」
「え? あ…はい。どうぞ」
ぴょんとベッドに跳び乗り、狼戈の手を握る。シングルベッドでも、狼戈が小さい為然程窮屈さは感じない。強いて言えば、狼戈の尻尾が大きすぎて…もっふもふで、抱き心地は最高なのだが。
狼戈の手は冷たく、ひんやりとした感触が手を伝わる。温度の上下はまだあるものの、火傷するような熱さや、凍傷を起こすような冷たさになることはなくなった。もう少しで…いつもの体温に戻る。あの暖かい、狼戈の温もりが…
冷たい感触に目を瞑っていると、早速意識が眠気に負け始める。狐火鴉に視線をやると、軽く微笑んで頷かれた。彼女になら任せてもいいだろう…そう考えて、再度目を瞑った。次に目覚めた時は…狼戈が目覚めているように、そう願って…。
▼
「…お姉ちゃん、また…来ない」
すぐ隣で綺麗に飾られている、狼戈の編みぐるみ。ところどころ変なところがあるが、とても良く出来ており、可愛らしい人形だ。
だが…その送り主が来ない今、退屈で仕方がなかった。元々たまに顔を見せる程度だったが、今はまったくとしてこの館に姿を現さない。レミリアとの件で来辛いのかとも考えるが、狼戈はそんなこと、そう気にはしないだろう。
やけに尻尾が大きい狼戈の人形を抱いて、ベッドからぴょんと跳び降りる。以前から迷ってはいたが…もう我慢出来ない。どうしても会いたい…あの優しいお姉ちゃんに。
ただ広いばかりの退屈な部屋を出て、目指すのは館の門。お姉様には内緒で行こう…。だが流石に無言で行くわけにもいかない。けれど咲夜はきっと止めるか、レミリアに報告するだろう。そう考えると、やはり気楽な門番に伝えていくのが一番の案だった。
「…美鈴。ねぇ、美鈴」
ゆさゆさと、立ったまま眠る美鈴を起こす。立ったまま寝るという器用なことは出来るのだから、しっかりと仕事をすればいいのに。
ん…、と小さく口を開く美鈴。だが私を見た瞬間、はっと目を覚まして姿勢を正した。
「は、はい。どうしました?」
「…私、狼戈お姉ちゃんの処に行ってくる…お姉様には内緒にね」
そう告げると、目を細めて首を傾げる美鈴。やはり、私が一人で外に出ることは避けたいのだろう。だが…私は行かなければ。会わなきゃいけない者がいるから…。
「…わかりました。お気を付けて…」
「…うん、行ってきます」
別れを告げると、小さく地面を蹴って飛翔する。翼が月光を受けて煌めき、風になびいた。段々と離れていく館と、じっと見送る美鈴。初めて一人で出る“外の世界„を眺めながら、一時の夜間飛行に、身を任せるのだった。
「…妹様が一人で……か」
幼い吸血鬼が去っていくのを見送りながら、一人で呟く美鈴。その表情は複雑な色を浮かべ、フランが小さくなった後もずっとそちらを見つめていた。
「…これで、またお嬢様に叱られる」
愚痴る美鈴には、怒りも後悔もなく、我が子を見るような苦笑だけが写る。
どうせ叱れるのは慣れているさ…そう強がって、また目を瞑るのだった。
「待っててね、お姉ちゃん…!!」