黒狼狐己録 -Life Harboring- 作:ふーか
私は…突然空間に開かれた裂け目と対峙していた。物凄い威圧感と妖気。恐らく強さを見せ付ける為だろう。その本人は顔すら出していないのに、冷や汗が止まらない。
「…出てきなさい。いつまで其処にいるつもり?」
私は冷酷に、冷静に震える声を隠しながら問う。相手の殺気が既に尋常ではなく、震える声を正すのが精一杯だ。玉藻は身構え、隙間を睨み付けている。
一瞬妖力が膨らんだのを感じ、身の危険を察知する。玉藻前を抱えあげて飛び上がり、隙間を見詰める。ああ、私飛べたんだ。玉藻と私がいた場所には大きな隙間が開いており。恐ろしい目玉が見え隠れしている。
「…あら、避けるの。意外ね」
薄気味悪い微笑みを浮かべ、口元を扇子で隠しつつ現れたのは、やはり八雲 紫、その人である。隙間から上半身を出し、ジロジロと舐めるように私達を見詰める様は、恐ろしいの一言だった。
「…鼬ごっこがしたいの? 貴女の目的…私にはわかってるわよ」
紫のすぐ隣に降りたち、玉藻を降ろす。敵意剥き出しの玉藻を手と視線で制し、紫を顔を見据える。相変わらず、胡散臭いな。
「どうせ式にするのが目当てなのでしょう?」
「…あら、よくわかったわね。何故わかったのか、教えて頂戴?」
野生の狼の勘よと答え、私自身放っていた妖気を分散させる。何事だといった表情の玉藻に説明をいれる。
「ああ、多分何もして来ないから大丈夫よ。ま、交渉次第ですかね」
また表情を伺っても、薄気味悪い笑みを浮かべているだけ。もう、疲れるな、この妖怪の相手は。
▼
「すまないが断らせて貰おう」
はい、予想通りで御座います。
私が家族とか言ってしまったからかなぁ…そんな遠い目で外を見ても、星空が輝いているばかり。ああ、もう疲れた。色々と神経が擦り減った。
その返答を聞いた紫は、表情こそ変えぬものの、私では不服なのか…そういった感情の色を滲ませている。それは嫉妬ではなく、面倒だといった感じ。そして、私への若干の怒りか。私、悪くないと思うんだよな~…。
「…そう。なら、この子も式にすると言えば?」
想像通りの質問に、玉藻が想像通りの反応をする。私は完璧に蚊帳の外でお願いしたかったのだが、やはりそうもいかないらしい。というかこの子とは何だ、この子とは。紫の方が歳はとっているのはわかってるけどさ。
「もし、貴女が断るのなら。この子を殺してでも拐うことは出来るけど」
脅迫…そう来たか、案外無理矢理なことをするのだな。この隙間妖怪。
「…貴女が式になってもならなくても。私は玉藻の家族。それは忘れずにね」
怒りと困惑の感情を滲ませ、私を見る玉藻に、私は大事な事を伝えておく。もしこれで彼女が式になるのなら、私は構わない。そして彼女が断り、私を捨てるのなら、それもそれで構わない。あ~、お人好しというかただの馬鹿だな、私は。ああ、大馬鹿者だ。
「わかり…ました…。なら、狼戈だけは…」
「…わかったわ。ところで貴女は…どうするの?」
私はそこまでして必要じゃないらしい。それはそれで結構だ。一緒にいてまた美味しそう等と言われた日には、私の人生先が暗い。というか終焉を迎える。自分より私を優先した玉藻に感謝しながら、告げる。
「私は流浪の一匹狼。式にはならない。
でも、その子と普通に会えるのなら、手伝いくらいは喜んでするわよ?」
▼
私の事は後日日を改めるらしい。なんだ、結局私を諦める気はなかったのか。あの脅迫も、どうせ全てを見通してのことだろう。まったく恐ろしい妖怪だ。だが、もし強引に式にされるとなると、少々…いや、かなり厄介だ。自分の能力がわからない私は、彼女の隙間に対する対抗策がない。逃げるにしても、行く手を隙間で塞がれて終了だろう。どうするか…。
それに、玉藻…恐らく既に八雲 藍と呼ばれている九尾も、恐らく私を式にしようとしてくるはずだ。それは彼女にとって願ったり叶ったりの好機。恐らくそう簡単には諦めてくれない。場合によっては…精神と肉体を痛めつけてでも試みるはずだ。
長い尾をブンブンと振り回しながら、一人思考回路を働かせる。どう考えても、どう憶測を立てても、私が逃れられる術がない。わかりきったことだったが、自分の愚かさを今更憎んでみたりする。まあ、紫が現れたのが私の予想した近々どころか、その次の日だったという悲劇は、私のせいではないよね。
それにしても、玉藻とわかれて一ヶ月。音沙汰はまるで無し。どうでもいいが、山菜ばかり食べてて私死なないだろうか。カエンタケでも食べたら軽く死ねる気がする。
憂鬱に溜め息を吐いたその瞬間…聞いたことのある声が響いた。
「お久しぶりね? 狼さん」
▼
「…あら、随分と間が開いたわね」
「ええ、色々ありましたもので。さあ狼さん? 貴女の答えを聞かせて頂戴?」
大人っぽく話してはみるものの、紫相手だと普通に口調が狂う。その余裕な態度を崩してやりたいとも考えるが、それは不可能だろう。力の差は雲泥の差だ。そして隙間から覗く、見慣れた服装の九尾…八雲 藍。じっと心配そうに、何かを期待するように此方を見詰めている。
「答えはNO。一匹狼に群れろというのは、無理があるでしょう」
その言葉に、紫の顔は何かを確信したような顔となっていた。籃は悲しそうに、されど嬉しそうに、よくわからない表情をしている。ああ、もうわかってるさ。断ったらどうなるかぐらい。
「なら、無理矢理連れていくしかないわね」
背後から肩に乗せられる、妖艶な手。瞬きすら命取りのようだ。私の背後には…藍がいた。いつの間に此方側に来たかはしらないが、抵抗するのは気が引ける…でも、無抵抗では拐われる。どうすれば…いいんだろう。頭で描いていたシュミレーションはどんどんと崩壊していく。頭が…働かない……!!
「狼戈。私の式に…なってはくれないだろうか」
申し訳なさそうに、やはり嬉しそうに話す藍。私だって、藍の頼みならば聞いてやりたい。でも…でも……式として縛られるのは私の生き甲斐を否定する。自由奔放、それが私だ。
振り向き、藍の頭を撫でながら呟く。藍の瞳は…涙が見えなくもない。
「ごめんね。貴女の願いなら私も叶えてあげたい…でも、でもね。私にも事情があるの。
でも、たまには会いに来てくれれば、私は歓迎しーーー」
「…嘘吐き」
うつ向いた藍から発せられた言葉。一瞬理解に遅れたが、怒りの感情が見てとれる。意識をせずとも。
その頬に伝う涙。罪悪感と共に、何か…とても嫌な予感がする。後ずさろうと足を引いた途端、藍が私に抱き付いた。
「何処へ行くんだ、狼戈。お前は私のものだろう?」
「ッ……!!!!」
抱き締める力に悶絶する。腕と尾。両方に抱き締め…いや、抱き絞められ、骨が軋む。声すら出ぬ私を見て、籃は嬉しそうに何かを呟く。
「狼戈…」
息が出来ない。藍の言葉も聞き取れない。全身を包む尾、私の背中に回る腕。甘い吐息が感覚を狂わせ、全てを錯乱させていく。
意識が途絶える直前、私は確かに聞いた。涙声で、小さな声を。
「…もう離さない」