黒狼狐己録 -Life Harboring-   作:ふーか

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淡々と日常を描いただけのお話。
昔出来ないのが当たり前だったことが、出来て当たり前になる。
不思議ですよねぇ…架空世界でも、現実でも。


◆ 湯煙の回想

「~♪」

 

 太陽の光を浴びながら、幸せそうにスキップする妖怪一匹。特に意味もなく植物の力を宿し、意味もなくふらふらと出歩く今日この頃。椛も狐火鴉も、ミスティアまで寝ていたし、やることなんてありはしない。やはり外に出るべきと判断して出てきた…はいいが、やはり宛なんてない訳で。

 一応、行きたいと思うところはたくさんある。鈴蘭畑に幻月達の館、竹林に温泉に山上の神社に…宛がないというより、行きたいところが多すぎて迷うといった方が正しいか。なんなら地底でさとりに抱き付いてきてもいいのだけれど…とりあえずは日光浴がてら、温泉にでも行こうかなんて。

 

「呼ばれて飛び出てこんにちはっ!! 清く正しい射命丸ですっ」

「ねぇ、あやや~。一緒にお風呂入りに行こうよ~」

「はぇ? 随分いきなりですね…ってうわぁ!?」

 

 強制。

 以前から微塵も変わらぬ跳躍力と瞬発力で文を地面に降ろし、その手を引っ張ってまた歩き始める。間近でばっさばっさと羽ばたかれては、私としても落ち着けない。歩いていくのが一番…そんな私は素足です。ありがとうございます。何もしないと宿すの反映が靴までくるから、下駄が一時的に消滅してしまうのよ…

 

「もう…今日は狐さんや椛とは一緒じゃないんですか?」

「昨晩理不尽に襲われたから置いてきた」

「……狼戈さんも大変ですねぇ」

 

 同情するなら助けておくれ。

 偶然誰かに遭遇でもしないかと淡い期待を浮かべつつ、文と世間話をしながら気ままに歩く。文が居るなら椛も連れて来るべきだったかと一瞬考えるが、確かそこまで仲が良い訳でもないはずか、と一人納得し、口には出さなかった。

 

「…んにゃ、野良妖怪…何かの虫かね?」

「…みたいですね。どうします? 切り裂いときましょうか?」

「襲って来る素振りを見せた瞬間に消すから大丈夫」

 

 とても少女同士とは思えぬ会話に、そこまで知識を持たないであろう傍らの野良妖怪が震え上がる。滲む妖気にでも怯えたのか、襲うどころか動けないようだ。結局何もせずされずで隣を通り抜け、目的地へと向かう。私も文も、並の妖怪ではまず歯が立たない強さを持っている訳で。それが二人もいる時点で、襲ってくるような愚か者など…まぁいないだろうな。それこそ鬼とか、そこら辺じゃないと相手にならない。まぁ文に関しては、鬼には頭が上がらないだろうけど。

 

「ん~…誰も居ないねぇ。都合の悪い時は上から白黒魔法使いが降って来たりするのに」

「紅白のめでたい巫女もですけどね。神社に引き込もってるんじゃないですか?」

 

 なんというインドア派…元地底住みの私が言うことでもないか。

 

「…でもまぁ、火車なら居るみたいよ。死骸でも求めてるのかしら」

「…おぉ? 狼戈じゃないか。なんでこんなところに?」

「丁重に同じ言葉をお返しさせていただきます」

 

 お仕事真っ最中だったようで。火車に積まれた見たくないものから視線を逸らしつつ、近付いてきた燐の尻尾を触る。出会い頭の悪戯にジト目で睨む燐に苦笑しながら、ぴょんと距離を離した。尻尾を触られそうだったので。

 

「…燐、温泉、行く? 仕事中みたいだけど」

「ん~…ほんの二時間ぐらいなら大丈夫だよ」

 

 そうですか。その屍臭はどうにか出来ませんか。私結構嗅覚鋭いんだけどなぁ…

 火車を仲間に加え、賑やか妖怪道中。妖怪は基本的に全員知り合い(妖怪の山の事件だったりで、やはり私の名が結構広まっているらしい)故に、誰に遭遇しても問題が起きることはない。そもそも、妖怪に礼儀とか正直あんまりないし…初めて会っても普段通り、かな。

 

「…遭遇するまでもなく到着、かな」

「誰も居ませんねぇ…? では、私はこれで」

「文も入るの」

 

 逃げようとする文の襟を掴み、阻止。羽根を擽って力を抜けさせ、適当に転がしておいた。今まで、私は散々性感帯をいじられまくってきたのだ。何処が弱点かは(多分)だいたいわかる。私? えと、尻尾に獣耳に、あと…いや、やめておく。

 

「服は自分で脱いでねぇ…タオルは其処にあるから。ふわぁぁ…」

「…入るの早いねぇ、狼戈」

 

 自分はタオルを使わない模様。慣れてるし、見慣れたし。

 そもそもの“宿す„を解き、“化ける„で手早く脱衣。相変わらず良い湯加減の温泉に浸かりつつ、大きな深呼吸をひとつ。全身の力を抜く。

 

「空、頑張ってるねぇ…」

「あたいのことも忘れないでおくれよ?」

「あ~、うん。わかってる。文、写真撮ろうとか変なこと考えないでね?」

「撮りませんよっ!!」

 

 タオルを体に巻き付け、ぴょんと入ってくる文。それを満足そうに片目で見た後、お湯に体を投げ出す。尻尾を巻き付けただけの体は…色々丸見えです。ありがとうございます。

 

「…ほら、やっぱり。狼戈さんの匂いはちょっと離れた程度じゃわかりますから」

「そもそも、私の目には普通に見えてるんだけどね」

 

 ーー自分、帰っていいですか?

 背後から響いた声に、一気に体が強ばる。まだほんの一瞬しかリラックスしていないというのに…私に安息の時間というものは…はて、あるのだろうか? 朝は椛に遊ばれるし、昼は狐火鴉に遊ばれるし、夜は二人に遊ばれるし…あれ? ないよね、これ。

 

「…言っとくけど、変な素振り見せたら問答無用で逃げるからね。追い付けるならどうぞ」

「もう襲わないよ…暫く自重しようか、って話してたから」

 

 意外な言葉に感心しつつも、後ろ手に二人を手招きする。笑顔で寄ってくる二人に文達と同じタオルを準備し、また体をお湯に沈めた。ミスティアはきっと帰ったのだろう。また今度、屋台にでも行ってやろう。愚痴りに。

 

「温泉は疲れが飛ぶねぇ…燐とか、結構動くから丁度良いでしょ?」

「そうだねぇ…気持ちいいし、また今度寄ろうかなぁ」

 

 また今度も一緒に来ようか、と話しながら、ぴょんと飛び込む椛に苦笑しつつ、他に来客でもないかと周囲を見渡す。温泉的にはまだまだ余裕なのだが…変にちょっかいをかけるような奴以外だったら誰でも歓迎だ。例えば…

 

「湯船の中から尻尾で悪戯する狐様とかね…貴女もお疲れかい? 藍…おおふ」

「狼戈さまぁ~!!」

 

 何の力も無しに全身をお湯に沈められ、細い目で砲弾を睨む。橙が来る時は基本的に毎回押し倒されるか吹っ飛ばされるのだが。さて…私もそろそろ悪戯しようか。

 

「…あ、あれ? 狼戈様が消えた?」

「あ~、橙が虐めたから怒って帰っちゃったか」

「いや、本当に居ないですよ!? あれ? 確かに此処に…ひやぁぁあ!?」

「ふはは、私を捕まえるのは一万年早い」

 

 宿すのは水…溶け込んだ体は見えなくなり、水の中に居れば姿が見つかることはない。そもそも自分の体が水の為に呼吸の心配もない。温泉なら、思う存分に…

 

「ばぁ♪ 藍しゃま~…大好きっ♪」

「…成る程、これは見えない。大丈夫、私も大好きだから」

 

 キマシ…今更。

 濡れた藍の尻尾と両腕に包まれながら、満面の笑みを見せて身を委ねる。しっとりと濡れた尻尾の感触が身を包み、よくわからない感覚に脳が満たされる。これでは椛や狐火鴉に悪戯出来ず終いだが…これはこれでまぁいい。心地好いし幸せだ。

 

「にゃぁ…おんせんさいこぅ…」

「橙が溶けてる」

「気のせいだろう」

 

 い、いや、どう見ても気のせいじゃ…ま、いっか。

 粗方藍の膝上で満足したあと、宿すを解いて気ままに駄弁るべくあっちこっちへと泳ぎ回る。燐や文と仕事話、藍や橙と今後の宴会予定話、狐火鴉や椛と今晩の献立話。みんな、話していて本当に楽しい。いいねぇ、話せる相手がいるのは…

 

「…なんだろうなぁ。昔は違ったことが当たり前になって…面白いよね。

 出来ない、不可能って思ってた非現実なことが、今では普通に有り得る。

 不思議だよねぇ…世界って、こんなに狭いんだから…」

 

 突然語り始めた私に、その場にいる全員が不思議そうな視線を向ける。それもそうだろう…唐突に何かを悟ったようなことを言い始めたら、そりゃあ怪しまれるに決まってる。

 

「…狼戈さんって、何年前から、そして何からその姿になったんですか?」

「……そっか。そろそろ…言ってもいいかも知れないね」

 

 流石に、藍達がゲームのキャラだなんてことは言えない…だが、もう話していいだろう。正直隠すようなものでもない。私の過去を聞いて、それすら包んでくれたのだ…今更、隠し事などしない。

 

「…私ね、元々人間なんだ。転生って言うのかな? 生前の記憶はあるけどね。

 それで…気が付いたらこの姿になって、倒れてた。能力も妖気も、生まれつき。

 んで、転生した時に時間を越えちゃったみたいでさ。本でしか見たことない過去にまで。

 その時に萃香と会って、藍達と会って…地底に行って。そこから今まで生きてきたんだ。

 …ふふ、信じられないでしょ? でも、実際そんな感じなんだよ」

 

 ぽかんと固まる妖獣達を横目に、懐かしいと視線を青空に向ける。あれから千年、百年…本当に一瞬で、本当に楽しい時間だった。そしてこれからもずっと、皆と一緒に…生きていきたい。永久に、例え死んでも、大切な家族と、一緒に…

 

「じゃあ…じゃあ、狼戈は…あんな若さで死んで、転生したのかい?」

「…あ、覚えてたんだ。14? 15? 確かそんな感じだったね。そうだね、今更だけど」

 

 そう、私は…若くして死んだ…でも。私はこうして生きてる…両親はどうしたんだろう…会いたいな、なんて…考えてみるんだ。涙は溢れない…きっと私の想いは通じてる。だから…泣かない。

 

「……本当に小さい頃に親を亡くして、現実を見てきたのか」

「…うん。忘れられない記憶…短い間でも、しっかり噛み締めて生きてきたから」

 

 しみじみと、微笑みながら。全員を見渡して、満面の笑みを見せる。

 

「皆がいるから、私はここまでこれたんだよ。ありがとう」

 

 くすぐったいような笑みを見せる“家族„達に満足げに笑った後、ざばりと湯船を出る。具現化のタオルでぱっと拭き取り、化けるにて着衣。さて…と?

 

「…よし、地底で宴会でも開こうか!! 誰が来る?」

「…断る奴が、この中に居ると思うか?」

「取材ですっ、号外ですよっ!!」

 

 はしゃぎはじめる各々に、頷き、再度青空を見上げる。

 …これからもずっと、皆と一緒に生きていく。だから…安心して。私は…大丈夫。

 

「さぁ、行くよ!!」

「ま、まだ吹き終わってな…うわぁ!?」

 

 …しまらないなぁ。

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