天神館からの宣戦布告があった朝礼の直後。
九鬼英雄は忍足あずみから一つの報告を受けていた。
「あずみ、それは真か?」
「はい、確かにこの目で見ました」
「むぅ……。我の目には映らなかったが……」
「どうやら、限界まで気配を消していたようです。私も最初は分かりませんでした」
存在を確認できたのが、目の前に現れて声を発した時と言う事実には、九鬼従者部隊の№1として情けないと思うと同時に、そんなだから信用できねえんだよはげという罵りを抱く。
加えて、動向を探るために監視していたはずの対象が、知らず知らずの内に九鬼英雄に急接近し、そのことであずみに警報が来ていないと言う、つまるところ監視者が監視対象に撒かれているという事実をも指し示していた。
やっぱりあいつ殺した方がいいんじゃないかとあずみは上に進言する気持ちを固める。
「信用出来ないのであれば、確かF組の福本育郎が写真を撮っていたはずです。それを確認してもらえれば一目瞭然かと」
「いや、必要ない。我はあずみを信用している」
「あ、ありがとうございます! 光栄です!」
「何を言う。自らの従者を信用しない主がどこに居ようか」
余りの喜びにあずみは気絶してしまいそうになった。
しかし、傭兵仕込みの胆力と鍛え上げられた精神力で平然とした振舞を厳守する。
序列一番は伊達ではないのだ。
「それでどういたしますか?」
「ふむ……、そうだな……。確か奴は我より年が一つ上だったな」
「その通りです。現在18歳。天神館三年生です」
九鬼英雄は考える。
三年生と言う事は我らと直接対峙することはない。
対峙するとすればそれは川神百代とだ。今、士気を高め打倒十勇士に燃えている庶民たちにはなんら関係ない。
なればこそ、王たる我が庶民に対して下す結論は……。
「伝える必要はない。庶民には内緒にしておけ」
「よろしいのですか?」
「うむ。どちらにせよ、我らには勝つ以外の道は許されぬ。なれば庶民共には余計な心配を植え付けず、全力で決戦に臨めるようにするのが王たる我の務めよ」
「さすがです! 英雄様ぁ!!」
あずみが英雄を持ち上げ、ふっはっはっはと高笑いが響く。
まわりのSクラスの人間はその奇行について「また何かやってるな」程度にしか思っておらず、どんな会話をしているのか興味を持つ者はいなかった。
しかし、ただ一人例外がいた。
「何やら楽しそうな会話をしていますね」
「む、冬馬。聞いておったか」
「ええ少しだけ」
むむむとバツの悪そうな顔で英雄が唸る。
今しがた伝えないと決めたそれを自らが大声で周囲に撒き散らしていたからだ。
あずみが鬼のような顔で冬馬を睨みつける。
『てめえ、英雄様の気持ちを無碍にしやがって……。殺すぞ』
『貴女のような美しい女性に殺されるのならいつでも歓迎です』
それに魅力的な笑顔で応対して、話は先ほどまで二人が話していた内容に遡る。
「さて英雄。一週間前に聞いたあれですが」
「ああ、残念ながら全て本当だ。我は嘘を好かんからな」
「はい。そうでしょうとも」
冬馬はちらりとあずみに視線を送るが、返ってきたのは微かな肯定だった。
嘘じゃなくても、出来れば冗談であってほしかったのですがねと冬馬はため息を吐く。
「そして、先ほどまで話していた内容ですが」
「どうやら大方の予想を裏切り参加するようだ。まったく奴には困ったものよ」
「ええ。確かに裏切られました。大和くんの情報では不参加だったはずですから」
「直前で心変わりして参加することに決めたんでしょう。彼の行動を予測するのは至難の技ですから」
「うむ。何も変わっていないようだな」
どこか嬉し気に英雄は言うが、冬馬にしてみれば気まぐれでコロコロと心変わりする人間は天敵と言える相手だし、あずみにしても、監視に気づくのはいいが、気分でに監視者を振り回すような輩は御免こうむりたい相手だった。
「しかし奴が参加すると決めたとて我のやることに変わりはない。我は王、絶対に負けることは許されんのだからな」
「その通りです英雄様! 仮に彼が二年生として出場しても、不精このあずみが全力でもって彼を討ち倒す所存です!」
「良く言った! 一度負けた相手であっても決して臆することがない。それでこそ我が従者よ!」
「もちろんですとも英雄様ぁ!!」
「ふっはっはっはっはっはっはっ!!!」
英雄の高笑いがクラスのみならず学校全体に木霊する。
大体の人間はその声の正体が九鬼英雄だとすぐに見破り、気にしても無駄だと完全に意識の外へ締め出した。
「な、なななんでしょうこの笑い声はっ!?」
「いつものゴールデンボーイだぜまゆっちー」
ただ一人、明日に出陣を控え、格好いいところ見せれば友達出来るかなだとか、皆さんの役に立たなければとかぶつぶつぶつぶつ呟いていた黛 由紀江以外は。
「あー、幻聴が聞こえます……。不気味な高笑いが延々と……。もうだめかもしれません松風」
「しれませんじゃなくて完璧駄目だねこりゃ。明日もいいとこなしかなー」
翌日の晩。交流戦一日目が終わり、見事川神学園に黒星が付いた後のこと。
風間ファミリーは秘密基地に集合していた。
「ううっ。お役に立てなくて申し訳ありませんでした……」
「気にしないでまゆっち。仕方ないわよ、敵陣に着く前に大将が負けちゃったんだから」
濁濁と川の様に目から涙をこぼしながら黛由紀江は懺悔する。
お役に立てなくてごめんなさい足遅くてごめんなさい剣振るうのおそくてごめんなさいかんがえおそくてごめんなさい指示まちにんげんごめんなさいもっと早くうごけなくてごめんなさい剣聖のむすめでごめんなさい刀なんてもっててごめんなさい付喪神とともだちでごめんなさいじつはこれただのにんぎょうでいつものは私の一人しば――――。
延々と垂れ流されるネガティブな言葉の数々に、由紀江を励まし元気づけようとしていた川神一子も影響を受ける。
「そうよね私なんかが師範代になれるはずないわよねだって血違うしね胸見たら一目瞭然だものお姉さまみたいな完璧美人にあたしがなれるはずないのよみのほどしらずで勉強出来なくていっつも大和と京にめいわくかけて――――」
「ちょっと二人とも!? なんか口から呪詛流れてるんだけど!?」
「おいおい二人ともしっかししろって。嫌なことなんか気合で吹き飛ばしちまおうぜ」
むきっと自慢の筋肉を見せて何とかしようとする岳人。
しかしそれも二人の「この世界の全てを恨みます」の眼には無力だった。
というか本当にそれで何とかなると思っているから岳人は馬鹿なのだ。
「おおう……。まさかあの犬がここまで暗くなるとは」
「純粋すぎるのも玉に瑕って奴だね。影響受けやすいから。でも安心して大和! 私の思いは純粋だけど、誰も近づけないぐらい清く澄んでるから大丈夫、大和以外は!」
「お友達で」
初めて見る一子の落ち込んだ姿にクリスはどう声をかけてよいか分からず、右往左往と二人の周りを回り始めた。
ぐるぐるぐるぐるとクリスの足取りを追いながら、渦中の二人の目も回る。
「うー、どうしたら……。頑張れと声を掛ければいいのか……?」
「……」
「……」
「でも、それは最初に犬がやってたな。……そうだマルさんに相談しよう!」
懐から取り出した可愛らしい携帯。着信履歴をずらりと一つの番号が専有していた。
クリスは迷わずその番号へ電話を掛ける。
『もしもし』
「マルさん私だ」
『お嬢様!? どうなされたのです? 何か事件でも……?』
「そうだ事件なんだ、実はな――――」
『事件!? お、お嬢様大丈夫ですか!? 待っていてくださいすぐに助けに行きます!!』
「あ、おいマルさん? マルさーん!!」
ぶつりと電話は切れ、何度掛けなおしてもつながらない。
「どうしたんだ一体……? はっ! まさかマルさんの身に何か……?」
「似た者どうしですこと」
本人たちが聞いても皮肉には受け取らない皮肉を京はぼそりと呟いた。
むろん、それはそれどころではないクリスの耳には入らない。
「まずいぞ大和、マルさんと連絡が取れない! これは何か大変なことが起きているに違いない!!」
「ああ。大変なことならクリスの足元で起きてるよ」
「足元?」
見ると、そこには顔色を青白く変え、今にも嘔吐しそうな様子で倒れている一子と由紀恵の姿があった。
クリスは慌てて二人を抱え起こす。
「うわわっ!? 二人とも一体どうしたんだ!?」
「クリスが電話してる最中ずっと回ってるから、二人とも目を回しちゃったのさ」
呪詛を唱えながらクリスの足取りを追っていた二人は、いつまでも回ることを止めないクリスと我慢比べのような状況に陥り、そして天然ポンコツ美少女の頭上に栄冠は輝いた。
しかも図らずとも、クリスは一子と由紀恵だけではなく、ミイラ取りがミイラになってしまった岳人と卓也をもノックダウンしていた。
天然少女の恐ろしさを目の当たりにした大和と京である。
『お嬢様ああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!』
『負けらんねえ!! 風になれ俺ええええええええええええ!!!!!!!!!!』
クリスとクッキーがバケツやビニール袋を用意する中、遠くから騒々しい声が聞こえてくる。
どうやらマルギッテと翔一が凄まじいデッドヒートを繰り広げながら近づいているようだ。
大和は翔一が持っているはずの寿司は無事だろうかと心配した。
「……なんだか今日は騒がしいね」
「ああ。そう――でもないな」
京の言葉に同意しかけて、けれど寸前で同意しなかった。
確かに騒がしいことには騒がしいが、それでも何か物足りない。
その物足りなさの正体を求めて、大和は後ろの棚を振り返る。
いつもなら百代が座っている棚の上。
そこには百代愛用の座布団が置いてあるだけで、本人はいない。
いつも暇さえあれば基地に来る百代は今日は来ていなかった。
昨日、天神館の宣戦布告を受けてから百代は少し大人しくなっていた。
一子によれば道場で精神鍛錬をしているらしい。
大和にとって百代が大人しくなることは嬉しいことなのだが、普段から散々弄られて、その痛みを身体が覚えてしまったようだ。
あの万力で締め付けられる感覚と背中に当たるたわわに実った胸の感触がちょとだけ恋しい。
一子を調教する立場であるはずの自分が、いつの間にか百代に調教されてしまっていた。
大和はかなり複雑な心境で、翔一とマルギッテが猛スピードで階段を昇ってくる音を聞いていた。