西方十勇士+α   作:紺南

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十六話

一時限目もすでに半ば。

剣華は説教を受け終えて廊下を歩いていた。

 

鉄心とルーに嫌と言う程絞られた後、共犯者の工藤は長宗我部と一緒にどこかへ消えてしまった。

市場調査が云々と言っていたので、共に四国の素晴らしさを喧伝しに行ったのだと思われる。

そんな二人に、遅まきながら「学校はどうしたのだろう」と疑問を抱きながら、剣華はクラスへと戻ろうとした。

 

来たばかりのせいで少々道を迷いながらうろうろと彷徨う。

大きく遠回りした末。

階段を上っている最中、階下から「見つけた!」と声を掛けられた。

そこには先ほど決闘で負かしたクリスが横にマルギッテを伴って立っていた。

剣華は彼女の顔を見て、衝動的に謝罪を口にした。

 

「ごめんなさい」

 

「うん? なぜ謝る?」

 

「なぜって――――」

 

――――負かしたから。

 

出そうになった言葉を飲み込む。

 

武を嗜む人間にそんなことを言ったら、間違いなく怒るであろうことは容易に想像できた。

武人には誇りと言うものがあるのだから、ルールにのっとった決闘での勝ち負けにしのごの言ってはいけない。

あろうことか、勝ってしまってごめんなさいとは決して口にしてはいけないことである。

 

誇りを傷つけると言う話ではない。

先に行った決闘と、真剣に戦った当事者を侮辱する言葉である。

だからその言葉は間違っていると、衝動を抑え込んで口を閉ざす。

 

とは言っても、剣華自身は謝罪しなければならないことをしたと思っている。

となると違う理由が必要なのだが、それが中々思いつかない。

考える間にもクリスは疑問符を浮かべた顔で剣華の言葉を待っている。

 

剣華は何と言ってよいか決めかねて、むにむにと唇を動かした。

見かねたマルギッテがクリスに説明する。

 

「お嬢様。橘剣華はお嬢様を気絶させた後、気を暴走させ正気を失いました。

 おそらく、その際にお嬢様を危険にさらしたことを謝罪しているのかと」

 

「暴走?」

 

驚くほど正確に剣華の内心を捉えた説明だった。

さすがは現役のドイツ軍人である。状況把握はお手の物だ。

剣華は素直に感服した。

 

「外気を溜め込んで、貯蔵量が限界をオーバーしたら気の放出を兼て暴れる。そういう体質なの」

 

「危険極まりないな。なぜそんな人間が学園に通えるのか、鉄心殿は何を考えているんだ」

 

「交渉は工藤がやってくれた」

 

その名前にマルギッテは不快感を露わにした。

意外に顔の広いあいつのことだから、またくだらない因縁でもあるのかと剣華は思った。

 

「よくわからないが、大変なんだな。自分に出来ることは何でも言ってくれ。力になるぞ」

 

「ありがとう」

 

クリスの笑顔が至極眩しい。

暴走した剣華の姿を直に見ていないからこその笑顔だと思うと悲しくなる。

 

「それはそうと、次は負けないぞ。もう二度も敗れてしまったからな。次は絶対に負けない」

 

瞳に炎を宿しながらクリスは言う。

二度も負けて、その内一度は完膚なきまでに圧倒されたと言うのに挫けないその心。

これもまた感服に値する物だった。

 

天神館に居た頃は石田が似た思いを抱いて工藤に挑戦していたことを思い出す。

最近ではそのくじけない心も半ばやけくそにうつり変わっていた。

やはり、こういう純な思いは見ていて気持ちの良い物だと再確認した。

 

「また負かしてあげる」

 

「望むところだ」

 

二人、好戦的に笑いながら、あるいは無表情に睨みあう。

好敵手の出現と敗北による向上心の増加。

 

人として、武人として、それは代えがたい財産である。

 

「でも今は気を出し切って弱くなってるから、簡単に負けちゃうかも」

 

「なに、そうなのか?」

 

頷く剣華にクリスはむむむと唸った。

彼女にしてみればすぐにでも再選を申し込みたいところだったのだが、弱ってると聞いては躊躇してしまう。

万全の相手に正面から正々堂々と挑むのが騎士たる彼女の矜持である。

弱っている相手に勝っても嬉しくもなんともないのだ。

 

「……仕方がない。まあどの道今挑んでも二の舞になるだけだしな」

 

鍛える時間が出来たと考えればそう悪いことでもないだろう。

そう納得することにした。

 

「お嬢様。時間の方が……」

 

「あ、そうだな。早くクラスに戻らないと」

 

言って、先を行くクリス。

マルギッテも追従しようとして、一人立ったままの剣華を振り返った。

 

「何をしている橘剣華。お前も早く歩きなさい」

 

「道が分からない」

 

「なら付いてくればいいだろう。お前とお嬢様はクラスも同じなのだから」

 

前を向き歩き始めるマルギッテ。

剣華は少し早足で二人の後を追った。

 

 

そのまま、剣華は二人に先導されてF組に戻った。

マルギッテはクラス前で分かれた。

別れ際、「また暴走しそうになったら気を放出して知らせなさい」と念を押しS組に戻って行く。

その時の獰猛そうな顔を見る限り、彼女も内心では剣華と戦いたいのだと推察できた。

 

「むう……」

 

「どうしたんだ?」

 

「入りづらい」

 

ドアガラスから中を除く剣華は、教卓で鬚の教師が何か話しているのを見つつ、どう入ったものかと思案する。

何人かは剣華の存在に気づき、チラチラとドアの方へ視線を向けている。

 

クリスが何をしているんだと剣華を押しのけて扉を開けた。

クラス中の注目が二人に集中する。

 

「おお。来たか」

 

「はい。クリスティアーネ・フリードリヒ、ただ今戻りました」

 

「取りあえずそれぞれ席に着け。橘の席はそこ。今おじさんがありがたい話してるところだから、質問やらなんやらは授業が終わってからにしてくれ」

 

「ええ? せっかく新しい仲間が戻って来たんだから、少しでも早く話したいじゃん」

 

「気持ちはわからなくないけどな。今は授業中。俺は教師。好き勝手に喋れとは言えない立場なのよね」

 

「ぶーぶー。鬚先生のケチー」

 

「ケチで結構。お前らも大人になれば分かるよ。社会人としての心構えとかな」

 

「知りたくねー。そんなの知るなら男の身体撮ってる方が万倍マシだぜ」

 

剣華は席に着く。

廊下側最後列。斜め後ろには掃除用具入れがあり、他の席に比べて聊か狭い場所である。

すぐ左横はクリスの席だった。

 

凛とした表情で黒板を見る彼女。その横顔を見るに、おそらく勉学にも精通しているのだろう。

自分も頑張らねばと内心で喝を入れた。

 

「さ、て。何の話してたかな……。ああ、そうだ選挙の話ね」

 

若者に限らず、選挙に行く人が少なくなっている。

選挙なんて無駄だと自分一人意思表示した所で無駄だと決めつけている人間が多数いる。

しかし、選挙に行かないと言う事は政治にかかわることを放棄したと言う意思表示に――――。

 

 

――――――――。

 

――――。

 

 

 

「――――――剣華ちゃん。剣華ちゃん!」

 

「……………………え、なに」

 

「なにじゃなくて。もう、寝てたんですか? ちゃんと授業聞かないとダメですよぉ!」

 

揺さぶられ、少々きつい声で叱責されて、剣華は急速に覚醒していく。

教室を見わたすと既に授業は終わっていて、今は次の授業のための準備時間である。

 

たかだか5分程度のその時間に、剣華の周りには生徒が大勢集まっていた。

前列に居る女の子たちはやれやれと言いたげに苦笑を浮かべている。

 

後方にいる男の子たちはカメラを持った男子を中心に興奮しているようであった。

はてなと剣華はそれに首を傾げる。

 

「次の授業は小島先生の授業だから、寝たら鞭でぶたれるよ。あたしらももう席に戻らないと」

 

小笠原千花の言葉を皮切りに集まっていた者たちは席に戻っていく。

「ぜっっったいに寝ないでくださいね!」と真与は強く念を押していった。

話したいことがあったのだろう。真与を始め残念そうにしている表情が目についた。

 

その顔ぶれに少々罪悪感を覚えながら、剣華は「鞭……」と呟いて隣のクリスを見やった。

 

そこには変わらずきりっとした表情のクリスが居たが、その目尻には微かに涙が浮かんでいる。

その斜め前の席に居る川神一子などは堂々と机を枕にして眠っていた。

他にもゲームをしている者、早すぎる食事をとっている者、下卑た笑顔を浮かべている男子たち。

たくさんいた。

 

「ぶたれるの……?」

 

呟いた言葉に、欠伸をしていたクリスは答えることが出来なかった。

 

 

 

 

結局、剣華は叩かれることはなかった。

コクリコクリと舟をこいで叱責される程度で済んだ。

 

本当に鞭でビシバシやられていた生徒もいたから、やらかす程度の問題なのだろうと思われた。

 

終わり際、小島は剣華の成績について振れ、「もし付いて来れそうになかったら直江に頼れ」と言い残していった。

 

「直江……」と教室を見わたすと、うわっと言いたげな男子生徒を一人見つけた。

どう見ても、あれが『直江』で間違いない。

 

担任直々の指名である。それ相応の能力は有しているはずだ。

親しい人間の一人もいないこの状況では、そう言う人には是が非にでも力を借りたいと、剣華は授業が終わってすぐ直江大和の元へ向かった。

 

「直江……?」

 

「あ、ああ。そうだけど……」

 

わき目もふらず真っ直ぐに自分の所に来た剣華に、直江大和はたじろいだ。

男子からは「またあいつか……!!」と怨嗟の念が向けられていた。

そして、とある女子に至っては警戒どころか刺し殺しかねない眼をしていた。

 

あれほどの警戒心は、いまだかつて見たことがない。

何を警戒しているのか。若干キャラが被っている所だろうかと大和は恐れしらずに考えた。

 

「わたしは勉強ができない。苦手」

 

「うん。それは授業態度を見てたら予想がつくよ」

 

「だから今のうちに言っておきたい。わたしに勉強を教えて欲しい」

 

ずいっと無表情ながら鬼気迫る雰囲気で大和にお願いする剣華。

そのなりふり構わぬ態度に少しばかり嫌な予感を覚える大和。

 

まさかと思うが、この転校生本当に勉強ができないんじゃないだろうか。

それこそワン子ばりに。

 

そう思ってしまうほど剣華の行動は切羽詰ったものだった。

大和はごくりと唾を飲み込む。

 

「先生にもああ言われたし、教えて欲しいって言うなら教えるけど――――」

 

「本当に?」

 

剣華は後ろ手に持っていた英語の教科書を前に出す。

口元を教科書で隠しながら、じっと期待の眼で見つめてきた。

 

――――え、今から?

 

大和は慌てる。

 

「今教えてる時間はないよ。中休みは5分しかないんだ」

 

「知ってる。でも、都合の良い時間でいいから教えて欲しい。お願いします」

 

ぺこりと頭を下げた剣華。 

つむじが座っている自分と同じぐらいの高さにある。

 

大和は頭を掻きながら答えた。

 

「今日の休み時間はどうかな? 丁度俺も暇だし」

 

「大丈夫。ありがとう」

 

丁度その時、次の授業担当の先生が教室に入ってきた。

剣華は早足で自分の席に戻る。

 

気のせいか大和にはその歩き方が少々弾んでいるように見える。

もしかしなくても、交流戦で持った印象とはだいぶ違う人物なのではないだろうか。

だとするなら翔一(キャップ)の言っていた面白そうと言う意味も分からなくはない。

 

とりあえず、後で大友さんに橘剣華について色々聞いておこうと心に決めた直江大和だった。

 

 

 

 

 

待ちに待った昼休み。

直江大和は集団の中心にいた。そこには本日の主役の橘剣華もいる。

 

剣華と話をしようとして集まった一団だが、昼休みも半ばが過ぎ、話が一段落したとたん剣華は大和の席の近くに移動していた。

約束の勉学の時間である。

 

周りにいたクラスメイトたちも面白そうだと剣華の後をついてきた。

結果、中心に大和と剣華を置き周囲をぐるりと取り囲む様に人が立つ形が出来た。

その一端を構成していた千花が尋ねる。

 

「橘さんってどれくらい勉強できるの?」

 

「出来ない」

 

剣華は即答した。

周囲は己の耳を疑い、大和は顔を引きつらせて先ほど届いたメールを思い出した。

つい数分前に大友から届いたメールには『橘は運動は出来るが勉強はからっきしだ』と書かれており、どうやら本当のことのようだと大和は嘆息する。

 

「え、橘さん勉強できないの? マジ!?」

 

「できない」

 

「うっそお! 全然見えない!」

 

小笠原千花が意外な共通点を発見し親近感を覚える。

近くで携帯を弄っていた羽黒黒子も過敏に反応した。

 

「なんか転入生がバカだって聞こえたんだけどー?」

 

「さすがにアンタと同程度のはずないでしょ。あっち行ってなさいよ」

 

「はんっ。勉強できないを自称する奴に限って実は頭良かったりする系。橘もテストで60点とか余裕っしょ?」

 

「とれない。とったことない」

 

「……マジで?」

 

言いながらも剣華は無表情に無抑揚に正面を見据えている。

果たしてこれが彼女なりの冗句か、はたまた真実か、判断に困る態度だ。

 

そんな感じで千花と黒子が判断に困っている空気を察して、剣華は言い添えた。

 

「わたしは十勇士じゃない。十勇士は文武両道じゃないとなれない。勉強できないからわたしはなれない」

 

一応納得できる説明だった。

たしかに交流戦での活躍を見るなら、剣華は十勇士と比べても遜色ないどころか一線を画しているように思える。

そんな剣華が十勇士じゃない理由が上記のそれなら理解は容易い。

 

問題は、どの程度のバカなのかだ。

 

「でも、転入試験は受けてるよね」

 

「受けてる。受かった。だからここにいる」

 

「じゃあそれなりには勉強できるわけだ」

 

まさかワン子レベルはないだろうと希望を託して同意を求めた。

剣華はわずかに視線を左に逸らして儚げに同意する。

 

「それ、なり……には……」

 

「ちょっと待って橘さん。今簡単なテスト問題作るから、それ解いてもらっていい?」

 

大和は大急ぎでノートに問題を書き込む。

冗談じゃない。これ以上問題児を増やして堪るかと凄みを感じさせる勢いだった。

 

約十五分後。

問題を解いた剣華は少々前かがみに俯いていた。

頭を抱える大和をチラチラと見る様は、無表情だが申し訳なさが醸されていた。

 

この様子から察することはいくらでも出来ようが、つまり結果は――――。

 

「ワン子と同レベル……」

 

そう言う事である。

周りに居た人たちもこの結果には顔を引きつらせていた。

そして一人また一人と大和に声援を送って去って行く。

 

唯一の良心は、大正義委員長こと甘粕真与だけである。

 

「がんばりましょうね、直江ちゃん!!」

 

自分も手伝うと、両手を握りしめ鼻息荒く意気込む委員長は確かに可愛い。

現実逃避にそんなことを考える大和であった。

 

 

 

 

剣華の勉強方法はまた後日考えることになって放課後。

昼休みに何故かやってこなかった百代が、放課後になってやってきた。

 

彼女は剣華を見るなり顔と声を決めて「お嬢さん、この後暇?」とナンパをし出す。

それは大和にとって親の顔より見た光景であり、大方以上に予想通りの行動だった。

それに対する剣華の対応も大体予想通りであった。

 

「暇じゃない。用事がある」

 

「じゃあ明日はどう? 明後日は? お姉さん楽しませちゃうよ」

 

出来の悪いホストの様である。

大和は呆れ半分に見守ることにした。

 

「…………今日、用事が終わった後なら」

 

「よっしゃ!」

 

渾身のガッツポーズ。

何故か喜び表現に大和の首に腕を回された。頬に当たる胸が何とも心地よい感触だ。

 

「じゃあこの後な! ……ところで用事って何?」

 

「工藤と会う」

 

ピタッと百代の動きが止まった。

それを怪訝に思い、大和は百代の表情を伺うように横目で見る。

 

その表情を見た瞬間、大和は目をそむけてしまった。

そこにあったのは、大和が今まで見たことのない捕食者の眼であった。

 

ギラギラと輝く光は、どこも映してはいない。

ただただ鋭利な瞳はここにはいない誰かに注がれていた。

 

その光を知ってか知らずか、剣華は問い尋ねる。

 

「……あなたも、行く?」

 

「いく」

 

言葉少なめに答える百代。

彼女からは隠しようのない高揚感が湧き出ていた。

 

散々焦らされたご馳走にようやく食らいつけるとでも言いたげな、そんな表情。

未だに解けない拘束をして、巻き込まれは確実なのだと、大和は本日何度目か分からない溜息を吐いた。




数か月後、テストを目前に学園寮を訪れる剣華。
そこには一子と共に大和と京(時々工藤)の勉強会に励む姿が――――!!
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