金曜集会。
風間ファミリーが週に一回、金曜日に秘密基地の廃ビルで行う定例行事である。
普段は風間ファミリー9人が適当に駄弁ったり騒いだりするだけの集会だが、今日は百代から一つの議題が出された。
『橘剣華の体質改善について』である。
この議題が出された時、椎名京と師岡卓也が脳裏に抱いたのは、メンバー増員への危機感であった。
ファミリーの中でも特に排他的な二人は、これ以上ファミリーが増えるのを歓迎していない。
「モモ先輩、橘さんをファミリーに加えるつもりなの?」
モロが聞く。
表面上は平静に、内心ではそれだけは止めてくれと切実な物を隠して。
実際、つい最近クリスと由紀江が加入したばかりで、その時もちょっとした論争はあったのだ。
もしまた剣華を加入させるとするならば、また似たようなことが起こり、今度は取り返しのつかない結果になるのではとそう危惧している。
百代はモロのその内心を分かっていて、わざと気楽な口調で答えた。
「そんなわけないだろー。今の所そういうことは考えてないさ」
モロと京は一先ず胸を撫で下ろした。
岳人が横から口を挟んだ。
「じゃあなんで橘のあれ改善しようとしてんだ? 今日会ったばかりの人に親切働くような、そんな優しい人じゃないだろ、モモ先輩は」
「どっちかって言うと鬼だよな」と最後に余計な一言。
しかし、普段登下校中の河原に積まれる犠牲者を知る面々としては、共感の一言だった。
「ちょっと改善したくなったんだよ。それはそれとして岳人は後でお仕置きな?」
失礼なことを言った岳人は仕置きが確定した。
岳人の悲鳴を横に、キャップが大和に尋ねる。
「なあ大和、モモ先輩はああ言ってるけど、実際は何があったんだ?」
「実は俺も知らないんだ。聞いても教えてくれない」
「大和が聞いて教えてくれないなら、誰が聞いても無理っぽいなー。まあ俺は面白ければ何でもいいけど」
であれば、これ以上理由を尋ねるのは無駄だ。
もっと建設的な会話をしなければいけない。
面白至上主義のキャップはともかくとして、モロと京に剣華の体質改善の助力をするというつもりはほとんどない。
大和自身もあまり気は進まないが、百代に手伝ってくれと言われれば跳ねのけるのはほぼ無理だろう。
この話題の方向性は、残りの面子の意思次第となる。
「ねえお姉さま。橘さんの体質改善ってどうやるつもりなの?」
「いや、私も見当一つ付いてない。だからみんなに知恵借りたくてな」
「俺様の筋肉で包んでみるとか?」
「お前後で市中引き廻し」
慈悲も無い。
しかしふざけた態度で見えにくいが、岳人はどうやら百代に協力的なようだ。
おそらく可愛い女の子に格好いいところ見せたいがためだろう。
ワン子は生粋のお人好しなのに加えシスコンなので、百代の提案に最初から協力的。
まだ意思表明していないのは由紀江とクリス。
スイーツを頬張っていたクリスが口を背一杯動かしながら聞き取れない言葉を発した。
「じびゅんは、ひょうりょくしゅるぞ」
「飲み込んでから喋りなよ」
ごくりと飲み込む。
「自分は協力するぞ。人助けは騎士の本分だ。困っている人がいるなら手を差し伸べなければな」
格好良いこと言ったと、胸を張るクリス。
普段小狡い手ばかり使う大和にとって、今の彼女はとてもまぶしく思えた。
口元に付着している生クリームがなければ直視に堪えなかっただろう。
「まゆっちは……まだ会ったことないんだっけ?」
「はあ……。私は学年が違いますし……騒動の際にお見かけしただけです」
加えて、彼女の人見知りな性格を鑑みれば、とてもじゃないが見ず知らずの人に会いにいくことは出来まい。
賛成4 反対2 保留1 無投票1
多数決で考えるなら、この時点で決まったようなものである。
残り一人。地味にまだ意見を述べてないキャップが口を開いた。
「モモ先輩はさ、あいつの体質改善してなにがしたいんだ?」
「うん? いや、私は工藤と戦いたいんだけどな」
モロが驚く。
「え、なんで工藤先輩と戦うのに橘さんの体質改善?」
「それがなあ……」
どう説明したものかと頭を悩ます百代。
「うーん」と唸り、手を組んで天井を見上げる。
返答に窮している。なかなか言葉が見つからない。
待ちわびてキャップが続けた。
「そもそも、橘は改善してほしいって言ったのか? 今日の印象だと、そういうこと言わなそうだけど」
「……そりゃ、言うだろ。あいつだってあの体質に困ってるはずなんだから、口に出さなくとも改善したいって思うはずだろ」
「はずってことは聞いてないんだろ? じゃあとりあえず本人の意思確認が大切じゃね? 話はその後でさ」
キャップにしては珍しく正論攻めだ。
百代も言葉が見つからず言いよどんでいる。
本来は本能の赴くままに行動する二人が、今はこうして意見を対立させている。
そのことにちょっとだけ不吉な予感を抱きつつ、「月曜日に意思を聞く」という結論でその場は落ち着いた。
金曜集会が終わって、それぞれ家路につく。
一子と百代は川神院へ。それ以外の面子は寮へと向けて。
キャップがバカみたいに走るのを岳人が追い、夜分遅くと言う事でクリスが注意する。本人が一番声が大きいのはご愛嬌。
モロと由紀江は苦笑いしていた。
それから数歩遅れて大和と京が歩いている。
他所から見れば夫婦のようによりそう京。
大和はいつものことだと気にしていない。
内心ほくそ笑む京。今も外堀から着々と攻略中だ。
「そう言えば京。ほとんど何も言ってなかったけど、お前は反対なの?」
「なにが?」
「橘さんの件」
「反対だよ」
京が大和の眼を見た。
その奥にある感情を大和は読み取れなかった。
「どうして?」
「そもそも助ける義理ないよね」
「それは……そうだけど……」
それを言われちゃ弱い。
会ったばかりの人間を助けようと思って、尚且つ行動できる人間はほとんどいない。
知り合いではクリスやワン子と言った人種ぐらいだ。
クリスは己の信ずる道がゆえ、ワン子は生来からのお人好しから。
本来であれば百代にそういう要素はないはずだが、今回は"戦うため"と言う百代最大の欲求が後押ししている。
「本人が助けを求めてるわけでもないのに、どうして自発的に助けなきゃいけないの? って思う訳でして」
――――なにより、
京の声音が幾分沈んだ。
「多分あの子助け求めてないよ」
「……どうして分かる?」
「私には分かるんだよ。同じだから」
何が同じなのか。
聞くまでもなく、彼女の境遇を考えればすぐに答えに辿り着く。
彼女と同じように、彼女も辛い思いをして過ごしてきたことは想像に難くない。
しかし大和は思ってしまった。
――――果たして同じなのか?
と。
一方、寮へ帰るメンバーと途中で分かれた一子と百代。
道を歩く二人の距離は、仲の良い姉妹と言う事もあって非常に近い。
肩と肩が触れ合うギリギリの距離を保ち、二人は歩いていた。
「お姉さま?」
「…………うん?」
集会以降、沈みがちな百代を一子は心配する。
表情に出やすい妹の顔を見て、心配するなと百代は一子の頭を撫でた。
気持ちよさそうに表情を崩す一子。
まるで犬みたいな彼女に百代は癒される。
「ちょっと考え事してただけだ」
「考え事?」
「うん。考え事」
百代は思い出していた。
昼休みに工藤に会い、決闘を申し込んだときのことを。
あの時、百代は工藤の考えを聞いていた。
どうして剣華の体質が改善されないと戦わないのか。
答えは単純に、剣華が庇護対象だから。
剣華の体質は特に工藤の気に反応するように調整されていると言う。
ゆえに工藤は日頃できる限り気を抑えて生活していて、もし気を解放すればそれは剣華の暴走とイコールに繋がってしまう。
庇護対象が暴走することを前提にしなければ本気を出せないのだ。
剣華には出来る限り暴走してほしくはないし、工藤自身自分の欲望を満たすために暴走させるつもりはないと。
百代はその話を聞いて納得した。
交流戦で本気を出さなかったのも剣華が近くにいたからだ。
納得した百代は、しかし戦いたいと言う欲求を我慢できず、ならば私が改善させてやると言ってしまった。
だから今日ファミリーの力を借りようと話に出したのだが――――。
「…………」
「……お姉さま?」
今考えてみれば、どうして「なら私が改善させる!」と言ってしまったのか。
そもそも、どうして私がそんなことをしなければいけないのか。
たしかに工藤とは戦ってみたいし、それが叶うなら願っても無いことだが、だからと言って自分から苦労を背負う程百代は好い性格していない。
どちらかと言うと物臭な方であり、
工藤と戦える→よっしゃあ!→でも剣華治してね→怠っ……。
となるのが普通だ。
考えれば考えるほど、あの時の自分の行動は後で考えればおかしいものである。
そもそも、気を解放したら剣華が暴走するならば、気を感じ取れないぐらい遠くで決闘すればいいだけの話ではないのか。
どうにも私は工藤に上手いこと乗せられた気がしてならない。
工藤にはどうしても百代との決闘前に剣華の体質改善のワンクッションを挟まなければいけない事情があり、そのために何らかの手段で百代の意思を誘導したのならば――――。
「――――お姉さま!!」
「とっ?」
気が付けば目の前は道路。クラクションを鳴らしつつ、車が走りすぎて行った。
「危ないところだったわ。もう少しで車がぺちゃんこになる所だったもの」
「ああ……。また爺に叱られるところだった」
冷や汗をかく。
修理費にお年玉没収とかバイト代接収は勘弁してほしい。
ただでさえ小遣いがないのだ。
教育の一環だそうだが、うら若き乙女に小遣いなしはあまりに辛すぎる。
だから工事現場で鉄骨5本担いで空を飛ぶ美女の都市伝説が生まれるのだ。
正確には5本ではなく10本だと言うのに。
「ありがとうな、ワン子」
「……お姉さま」
お礼の意味もかねて、また撫でる。
今度は一子も表情を崩さず、じっと心配そうに見つめてきた。
いくらなんでも考え込みすぎだ。
妹に心配されるのは姉として失格だなと内心己を 咤し、気持ちを切り替える。
工藤がどういう思惑を持っていようと関係ない。
私は私がしたいと思うことをしよう。
あいつの考えは、今度会った時に殴って聞けばいいのだから。
楽観的に、大胆に、おおざっぱに。川神百代とはそう言う人間である。
ようやくらしい表情になった百代に、一子は安堵の笑みを浮かべる。
二人は歩く。
仲のいい姉妹は、今日も今日とて仲がいい。
そのことを近隣住民に知らしめながら。