西方十勇士+α   作:紺南

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十八話後編

週が明けての月曜日。時刻は早くも昼。

土日の週末に、まさか登校などするはずの無い百代。

だからこそ、剣華と会うには月曜日を待たなければいけなかった。

 

登校して午前中の授業を全て居眠りで捌き、目覚まし代わりの終礼の鐘が耳に優しい。

ざわざわと喧騒を取り戻した教室の真ん中で、「うーん……」大きく伸びをして身体のコリをほぐす。

「昼休みで候」とおかしな語尾と弁当を引っ提げて、弓子が机をくっつけてきた。

 

「おおー……」

 

寝ぼけて頭が回らない。

だというのにしっかりとパンを取り出して、もそもそ食べ始めるのは食欲の成せる技か。

条件反射というのは偉大だ。

 

そうこうする間に、「おほほほ」と怪しい笑みを浮かべて燕がやってくる。

その手にあるのはもちろん納豆。

試供品のそれをカチャカチャかき混ぜて、「はい。モモちゃんあーん」と手ずから食べさせている。

 

未だぼーっとどこか遠くを見ていた百代は、口元に差し出された箸に、半ば無意識に口を開けていた。

調教は順調だ。その内、納豆がなくては満足できない体になるだろう。

燕は内心ほくそ笑んだ。

 

しばらくそうやって、食べて食べさせて、平穏な時間が過ぎ去って、昼休みも半ばに差し掛かった頃、ぽつりと燕が思い出したように言った。

 

「そう言えば、モモちゃん。何か用事があるって言ってなかったっけ?」

 

「む……。言われてみれば、朝何か言っていた気が……」

 

二人が頭を悩ます横で「ふえ?」としょぼしょぼ眼の百代が声を出す。

眠気で定まらない焦点。少しの間、思うように働かない頭を働かせて、ようやく「あーーーーー!!」と思い出した。

剣華の所に行かなくては。

 

「ちょっと剣華ちゃんに会ってくる」

 

勢いよく立ち上がった百代はそれだけを言い捨てて、教室を走り去った。

残された二人。呆気にとられる弓子。対する燕は2パック目の納豆を取り出してかき混ぜる。

 

「はい。あーん」

 

「え?」

 

百代の次は弓子。

もちろん、一口でも食べてもらうまであきらめない。

そして一口食べたのなら全部食べてもらう。

「むふふ」と笑う表情の奥、腹黒い性格が垣間見える。

 

松永納豆の美味さを喧伝するのに、今日も今日とて、どこまでも余念がない燕であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早速百代は2-Fへ向かった。

きゃーきゃーと後輩の女子に黄色い声援を向けられつつ、階段を飛び降りて、おすそわけのパンを貰って、人のごった返す廊下をスルスルと駆ける。

 

途中、「危ないから走っちゃダメだヨ!」とルー師範代に注意され、「ごめんなさい! 急いでるんで!」とそれも全く意に介さない。

そうして勝手知る我が家のように2-Fに入った。

 

「よっす剣華ちゃん! 遊びに来たよ!」

 

後方の扉を入れば、丁度扉を入ってすぐ目の前に剣華の席はある。

剣華はどこで買ったのか、大きなフランスパンをモゴモゴと食べていた。

 

「んぐ?」

 

突然開いた扉。百代の視線を受けて、一拍見つめあった二人だが、やがて剣華はモグモグとパンを食べ進める。

もっきゅもっきゅとリスのように口をふくらませる剣華に、百代の食指があらぬ方向に動いてしまいそうになった。

我慢だ我慢。己に言い聞かせて、とりあえず剣華の座ってる席に強引に合い席する。

 

狭そうにしながらも半分退けてくれる剣華。

百代は剣華の肩に腕を回して、顎を撫でる。

 

その間、剣華は死んだ目で全然違う方向を見ていた。

 

「どう、お嬢さん。この後デートでも?」

 

前も似たようなことあったなあ。

剣華はフランスパンを両手で抱えて、内心そう思った。

 

「はあ……」

 

「ん?」

 

返答は肯定とも否定ともつかないどっちつかずのものだった。

教室の反対側で、しっかり二人を見ていた大和が「それじゃダメだ橘さん!」と内心声を上げたが、巻き込まれるのが嫌なので、絶対に声に出したりはしない。しっかりしてるやつだ。

 

徐々に百代の顔が近づいてくる間、意地でも目を合わせまいと剣華は黒板の方を見ている。

それをじれったく思って、百代は顎を持ち上げて強引に自分を向かせようとした。

 

「……お」

 

つい声が出た剣華。

よく見ると、その頬は若干紅潮している。

 

百代は非常に顔がいい。

遠目から見たら髪の長いイケメンに見えるぐらいに容姿が優れている。

そんなイケメンの顔が極間近に急接近したのだ。

ちょっと動揺するぐらい普通のことなのだが、それが百代には付け入る隙に見えた。

端的に言えばOKサインだ。押せ押せドンドン。百代は経験でそれを知っている。

 

「ふふふ」

 

怪しい笑みを浮かべる百代。

剣華は後ろに下がって距離を取ろうとしたが、既に椅子を限界一杯まで詰めている。

身体を反らしても、少しも距離を取ることができなかった。

 

ぐいぐいと接近する百代に、剣華の出来ることと言ったらフランスパンを構えることだけだ。

武器にもならない。

 

「……ど、どうぞ」

 

苦し紛れにフランスパンを差し出した。

百代はチラッとフランスパンを見たかと思うと、獰猛な肉食獣のごとく一瞬で噛みちぎる。

 

もしゃもしゃもしゃもしゃ、ごっくん。

 

咀嚼して呑み込むまで間、一瞬たりとも剣華から視線が外れることはない。

完全にロックオンされている。これはもうダメかもしれない。

 

半ば覚悟を決めた。

けれど最後の抵抗に、生唾を飲み込んで震える声で言ってみた。

 

「……デートはしない」

 

「――――なんだしないのか」

 

剣華の言葉に寂しそうな表情を浮かべた百代。

胸がつぶれるぐらい接近していた距離が一気に離れる。

あれだけ肉食獣の眼光をしていたのに、こんなに呆気なく危機を脱してしまった。

 

落差が飲み込めず、未だバクバクと早鐘を打つ心臓を落ち着けていると、遠くで我関せず見ていた大和が安全を確認して近づいてきた。

 

「姉さん、ナンパしにきたわけじゃないでしょ?」

 

「そうだったそうだった」

 

大和の言葉を受けて、またもや百代が急接近してくる。

さっきは身体全体をくっつけてきたが、今度はキスするんじゃないかと思うぐらい顔を近づけてきた。

心臓の落ち着く暇がない。一難去ってまた一難か。

 

「剣華ちゃんに聞きたいことがあるんだ」

 

「なに?」

 

「その体質のこと」

 

どうやら真剣な話題らしい。

剣華は居ずまいを正そうとして、すぐ近くに百代がいる状況で、もぞもぞと小さく動くことしか出来なかった。

 

「体質……」

 

「そう。その体質、治したくないか?」

 

「……」

 

剣華は目を細めた。

どうして百代がそんなことを言うのだろう。

一体どういう目的で?

何か裏があるのではないかと怪しんだ。

 

百代も剣華の雰囲気が変わって、緊張を含んだものになったことは感じ取っていた。

 

「実はな――――」

 

下手に隠すより素直に言った方がいいだろうと、百代は一から説明する。

工藤と戦いたいこと。戦うのに条件を付けられたこと。

それが剣華の体質の改善であったこと。

隠すことなくすべて。

 

「で、どうだ? 治したくないか? 私が手伝うぞ。ついでに大和も」

 

剣華は無言で無表情に百代の話を聞いていた。

百代の無邪気な瞳を見つめるその眼はどこか濁っている気がする。

 

大和は一つの椅子に二人の人間が座っているその光景を固唾をのんで見守った。

 

「……工藤が」

 

「ん?」

 

それはただ唇を動かしたぐらいの声音で、未だキスするんじゃないかと言う超至近距離に居た百代はよく聞こえないと首を傾げた。

 

「工藤が、あなたに手伝えって言ったの?」

 

「……いや、直接そう言ったわけじゃない」

 

会話を誘導され、最終的にその言質を引き出された。

工藤がはっきりと手伝ってくれと声に出したわけじゃない。

 

暗に含んだ返答に剣華の回答は早かった。

 

「なら、いい」

 

はっきりとした拒絶に百代は目を丸くした。

まさか断られるとは夢にも思わなかったに違いない。

 

ぽかんと口を開けて呆ける様は、大和から見ても中々珍しい表情だった。

 

百代が呆けてる間に、剣華はフランスパンを齧った。

もぐもぐと目の前の百代ではなく、教室の反対側――――窓の外を眺めながら咀嚼する。

 

その態度は話の終わりを告げている。

しかし本当にこれで終わるはずはない。

そもそも、剣華が言葉足らずな人物であることはすでにみんなが知っている。

 

「……え、なんで?」

 

ようやく復活した百代が搾る様に尋ねた。

剣華は口の中のパンを飲み下してその問いに答える。

 

「たぶんそれは保険」

 

「は?」

 

何を言っているのか百代には分からなかった。

すぐ傍に立つ大和が興味深そうに剣華の話を聞いている。

 

「私がここに転校したのは工藤がそうさせたから。天神館に入学したのもそう。私の意思ではない」

 

剣華の視線は変わらず窓を見ている。

辛うじて見える表情はいつもとなんら変わりない気がした。

 

「工藤は、自分の都合で他人を操る。あなたも操られた」

 

一切の抑揚なく剣華は指摘する。

その声音は平坦だからこそ気圧される。

冗談や嘘とは対極の位置にあった。

 

「それは誘導ではなく暗示。……気が付いてた?」

 

もはや百代は何も言わない。

彼女自身、工藤に誘導された自覚はあった。

それを重く見つめることはせず、いつも通り軽い考えで流してしまった。

なにせ百代は"武神"なのだから、誘導に気が付いてもより深く考えるということをしなかった。

口が上手い。その程度の認識だった。

 

思い返すと、その誘導にすら気が付いたのは金曜集会が終わって、モロやキャップに不自然さを指摘されたからだ。

つまり、それまでの数日間、百代は無自覚に暗示にかかりっぱなしだった。

それも、誘導ではなく暗示だと気が付いたのは剣華に暗示だと指摘された、たった今なのだ。

 

「……」

 

ぞくっと悪寒が走る。

今更になって、百代の心に警戒心が湧き上がった。

本当なら誘導に気が付いた時に抱いてよかった感情。

抱けなかったのは、暗示にかかっていたからに他ならない。

 

「気を付けて。あいつに関わると碌なことにならない」

 

剣華は横目に、百代ではなく大和を見た。

大和は深刻な表情で、声も出ない百代を不安そうに見つめていた。

 

「あなたは工藤に操られただけの人。そんな人の力を借りたくはない。自分で何とかする」

 

モグモグと残りのフランスパンを食べ始める。

そんな剣華を大和はどこか畏れるような表情で見つめた。

 

顔を俯かせた百代がフラフラと立ち上がる。

百代が離れたことで、剣華は幾分胸を撫で下ろしたようだった。

 

「ねえさん……?」恐る恐る大和が声をかける。

百代の反応はない。しかしその口元は小刻みに動き何か言葉を発している。

 

「私が暗示に気が付かなった……?」

「油断していたか? そもそもどうやって暗示をかけた?」

「……全部あいつの掌の上か」

 

大和の耳にはそう聞こえた。

やがて小刻みに震えだした肩。

その震えは悪寒ばかりが原因ではない。

湧き上がる闘気が示していた。

 

剣華がピクッと反応し、大和の髪が吹き上がる。

 

「ふふ、ふふふっ……」

 

爆発直前だ。

大和は予感した。

彼女の身体から有り得ないほどの圧力を感じたのは、その直後。

 

「ふっはははははははっ!! はははははははははっ――――!!!」

 

湧き上がった莫大な闘気は学園全体を飲み込み、鉄心やルー、ヒュームと言った強者たちを招き寄せた。

それぞれが百代に闘気を解放した理由を聞いたり、収めるよう注意する中、それらの言葉をまるで無視した百代が唸るような口調で低語した。

 

「工藤――――!!」

 

獰猛な獣のように、どこまでも好戦的な表情。

その敵意はここではなく、遠くにいる一人に向けられていた。

 

百代が工藤をただの対戦相手ではなく、敵として再認識した。

次に戦う時、お互いの間に油断はないだろう。

 

これも工藤の思惑の内なのだろうか。

それは本人にしか分からないことだ。

 

 

 




そんなわけはない
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