西方十勇士+α   作:紺南

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十九話

月あくる朝。10月の1日。

いよいよ残暑も抜け去り肌寒い季節。

早朝の気温は秋と言って差し支えなく、日の昇る時間も遅くなっている。

 

剣華は一人、暖かい布団の中で目を覚ました。

ふわふわと朧げな意識のまま部屋の中を見渡した。ベッド横の小棚が目に映る。

ピンクのベッドサイドランプの横に目覚まし時計が置かれていて、段々と焦点があってくる。

 

6:29分。

 

後1分でタイマーが作動し、剣華を起こそうとけたたましいアラームが鳴り響くだろう。

それを嫌に思ってスイッチを切ってやろうと手を伸ばす。

ぎりぎり届かない位置に置かれた時計には手が届かない。

 

意地でも布団から出てやるものかと身体を針のように伸ばす。

あと少し。あと少し。

指先が時計の淵に掠る。

 

届いた!

 

内心で言い知れない達成感が生まれた。

それと同時、既に限界一杯に乗り出していた身体は、秤が傾くとの同じように、支えを無くしてベッドから転がり落ちる。

 

棚に指を強打して、敷かれたカーペットに顔から落ちる。

カーペットは少し埃っぽい香りがした。

 

頭上でアラームが鳴り響く。

起床予定時刻。目は覚めている。

 

剣華は顔を上げた。

不機嫌に眉を寄せながら、帰ってきたら掃除しようと、そう思った。

 

 

 

 

 

朝食は出来るだけ簡単に。

短い一人暮らしで培われた、朝の少ない時間を有意義に過ごす要点だ。

 

最悪白米と味噌汁と納豆があればそれでいい。

 

納豆だけは何故だかたくさんある。大体が貰い物だ。

消費期限に気をつけて食べなければいけないが正直助かる。

 

今日は昨日の夕飯の残りがあったのでそれをレンジで温めた。

オムライス。

 

なんとなく作ってみたそれは、塩胡椒を入れすぎたせいか少々塩辛く、ケチャップを使いすぎたせいか味が濃い。

すぐに飽きがくる味付けになっている。

 

しかも、卵は昨日丸々一パック使い切っていた。

パリパリに焼きすぎた卵が冷蔵庫の中にいくつも残っている。

 

お弁当に利用できないかと暫く冷蔵庫の前で考え込むが、精々がおやつにしかならないと結論してアジしおを用意することにした。

 

お弁当の具材は冷凍食品が主だ。

ハンバーグは欠かせない。

後は適当に野菜とあと揚げ物。

 

出来たお弁当はハンバーグと揚げ物で7割茶色だ。

野菜の鮮やかな色彩が目に眩しい。

 

本来は彩や栄養も考えた方がいいらしいが、冷凍食品を使っているのに彩も栄養も何もないだろうと身も蓋も無いことを剣華は思った。

転校してから、女の子としてそれはダメと幾度となく言われたものだ。

女の子は見た目が命。少しでも見栄を張らなきゃとクラスメイトに説教を受けるのは日常茶飯事となっている。

 

そういう一般的な女の子が心掛けなければいけない気遣いに疎い剣華としては、いくら懇切丁寧に説かれようとも中々改心する気が起きない。

 

その辺り、工藤や長宗我部、それと島、毛利らなら上手くやるだろうに。

元々普通と縁遠い場所に身をやつしていたのだから仕方ないと自分を慰めた。

どうせ全て無駄なのだしと正当化も果たして、弁当箱に白米を詰め込む。

ぎゅっぎゅっとこれでもかと押し込んだ1段目。茶色い冷凍食品を主に詰め込んだ2段目。

 

剣華のお弁当が完成した。

 

朝ごはんを食べ終わり、食器は流しで浸しておく。

鏡の前で最低限の身だしなみを整える。

 

寝癖が付いている訳でもないし櫛はいらない、と思うのだが結局クラスメイトに櫛を入れられることになるのだから少しは入れておく。

なんでも櫛を入れないと髪がぼさぼさになっているらしい。

 

そうだろうかと鏡の自分と睨めっこ。

言われてみれば少し髪が立っているかもしれない。

しかしそれもほんの少しだ。

 

わざわざ直すほどの物でもない。

けれど一般的女の子は直さずにはいられないようで、ことあるごとに口やかましく櫛を手に迫ってくる。

 

そういうものなんだと今では剣華も成すがままだ。

これが普通。自分が異常。

 

そういうことらしい。

今度天神館の大友と尼子に教えてやろう。

恐らく大友は驚くはずだ。「そうなのか!?」とか言って。

尼子はどうだろう。「なんでそんなことも知らないの……」と呆れるかもしれない。

 

少なくとも、私は知らなかった。

何故と聞かれてもだって普通じゃないから。

そうとしか言えない。

 

そうこうしてる間に家を出る時間になった。

バックにお弁当と授業道具を乱雑に入れる。

 

鍵は持った。戸締りは大丈夫。

ガスの元栓は別に閉めなくていいや。

 

玄関でローファーを履き扉を開ける。

鳥の囀りと共に朝日が目に染みる。

吹く風はやはり肌寒い。

扉を閉めて鍵を掛ける。

 

「いってきます」は言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

息を吐けば白くなるだろうか。

そんなことを思ってしきりに息を吐いていたら後ろから遠慮気味に声を掛けられた。

 

「えっと……。橘さん、おはよう……?」

 

「おはよう」

 

振り向けば源義経が欠伸に目尻を濡らす武蔵坊弁慶を伴って歩いてきた。

もう一人の従僕の那須与一が遥か後方にやさぐれたように歩いている。

 

「なにをしているんだ?」

 

「白くなるかと思って」

 

「……なにが?」

 

「息」

 

言って、はーと息を吐く。

しかし出てくるのは透明な水蒸気ばかりで一向に白くなる気配はない。

 

「息が、白くなる……」

 

義経は興味深げに剣華の口元に注目していた。

キラキラと輝く瞳は赤子の様に真っ直ぐで、無性にその期待に応えたくなる。

 

目いっぱい息を吸い込んで、そして大きく吐く。

けれど、やっぱり息は白くならない。

 

まだ気温が高すぎる。

誰か低くしてくれないだろうか。

そうすれば期待の籠った眼差しを向けてくる女の子をさらに喜ばせることが出来るのに。

 

なぜこの場に工藤はいないのか。

あいつなら、一も二も三もなく、赤子の手をひねるより簡単に零下まで気温を下げることが出来るのに。

 

いや、別に工藤じゃなくてもいいのだ。

気温を下げることが出来そうな人物。例えば武神とか、川神鉄心とかヒューム・ヘルシングとか。

 

そういう強者がどこかこのあたりを歩いていないかと探すが、生憎と歩いているのは川神学園の一般生徒やスーツを着た大人ばかり。

とてもじゃないが「気温を下げろ」と要望を告げて「はいわかりました!」とやってくれそうにはない。

 

さてではどうするか。

答えは一つだ。

 

「あなたもやってみて」

 

「え、よ、義経も……?」

 

「白くなるかもしれない」

 

どういう理論でそうなるかは分からないが、一人より二人の方が確率は高そうだと剣華は考えた。

しかし悲しいかな。元が0のものをどれだけかけても割っても足しても引いたところで結局は0である。

確率は高校一年生で習うのだったか。

 

「ふぅー」

 

「ふぅー」

 

義経と剣華は並んで息を吐く。

画的にはなぜか吹き付けるように吐いているが、口を窄める二人の様子は、眺める弁慶には好評だった。

 

「もう一度。ふぅー」

 

「ふぅー」

 

「ふぅー!」

 

「ふぅー!」

 

繰り返し繰り返し、同じことを強弱つけながらやり続ける。

ようやく追いついた与一が、この光景に狼狽えていた。

 

「な、なんだこれは……?」

 

「んふふ。ああ、主は可愛いなぁ」

 

暫く、このやり取りは続く。

動揺から立ち直った与一がはっとして時計を見やった。

 

「おいおいまずいぞ! 遅刻寸前だ!」

 

「なぜもっと早く言わないのか、このダメ従者は」

 

「うっせえ! 何でもかんでも俺に押し付けんな!」

 

取りあえず四人は走った。

腕時計を見た与一が現状を報告し、それを受けた弁慶が与一の失態を叱責する。

当然のことながら与一は責任逃れに走った。

心優しい主人は己の失態だと従者を庇う。

 

「あわわ……! 義経がもっと気を配っていれば……!」

 

「夢中になりすぎた。どうしよう」

 

とりあえず走っていた剣華は時計を見ながら素早く計算する。

ここから学校までの距離。かかる時間。遅刻か否か。

結論は全然間に合わない。

 

「もう無理。諦めよ?」

 

「ううぅ……。皆の手本にならなければいけないのに……」

 

「失敗の一度や二度誰でもあるから」

 

慰める剣華と落ち込む義経。

二人とも当事者なのに反応は全く二分されている。

性格の差が顕著に現れていた。

 

「橘の言う通りだ。失敗の一度や二度、誰でもある」

 

「そうそう」

 

「もうどうせ間に合わないんだしさ。主も肩ひじ張らずに胸張って遅刻しましたって言っとけばいいんだよ」

 

「そうそう」

 

従者二人の慰め兼自己正当化に、それでも義経は陰鬱そうに俯いている。

そこまで遅刻がショックなのか。

気持ちは分からんでもないが、だからと言ってそこまで落ち込むことでもないだろうに。

 

剣華は無感情に義経を見つめ、なんとなく彼女の後頭部のポニーに心魅かれた。

ぐわしっと鷲掴みにする。

義経の身体がピクンと跳ねた。

 

「ああ!?」

 

引っ張ったり曲げたり回したり。

傍若無人の限りを尽くす剣華に、義経は俯きがちだった顔を上げ必死に抵抗する。

最終的に己の毛先でくすぐられ始めた辺りで弁慶が仲裁に入った。

 

「な、なにをするんだ!?」

 

「うじうじ鬱陶しかったから」

 

「えぇ!?」

 

次いで、端的に言う。

 

「損」

 

「な、なにが?」

 

「うじうじ考えるのが」

 

義経は「うっ」と言葉に詰まった。

以前誰かに同じことを言われたことがあるのだろう。

「でも……」とか「だって……」と要領を得ず言い返そうとする。

 

「失敗も成功も所詮は経験。どっちも次に生かせないと無意味になる」

 

いつもと違って、どこか説得力のある声色で剣華は述べる。

普段は眠そうに細められているジト眼には、今ばかりは力が感じられた。

 

「失敗できる内は失敗した方がいい。

 出来るか出来ないかじゃなく、絶対に何が何でも失敗できないなんてことは世の中結構たくさんある。

 その時のために、成功も失敗も合せて経験。そう考えた方がいい」

 

「絶対に失敗できないこと……」神妙に、義経は繰り返した。

 

まだ経験したことはない。

絶対に、何が何でも成功させねばならないと思ったことはない。

そんな経験は、いかにクローンと言えどもまだない。

 

剣華は一般論を口にしているのか、それとも己の経験を言って聞かせているのか。

義経は迷わず後者だと思った。

 

彼女の過去を義経は知らない。

まだそれほど仲良くなったわけではないし、そもそも知り合ってさほど経っていない。

 

それがどんな経験なのか、義経は聞きたくなった。

でも実際に聞こうとすると二の足を踏む自分がいる。

 

やはり突然それを尋ねるのは不躾だろうか。失礼じゃないだろうか。

そう考えている間に、主の心中を察したのかは定かでないが、弁慶が代わりに問い尋ねた。

 

「橘は、そういうことあるんだ? その……絶対に失敗したくなかったこと」

 

剣華は直ぐには答えず空を見上げた。

そよぐ風は冷たく、吸った空気は喉に突き刺さる。

それでも、吐いた息は白くはならない。

 

それを見届けて剣華は声を発した。

 

「あったよ」

 

――――少なくともあの時は、そう思ってた。

 

臍を噛むように苦々しく、昨日の出来事のように鮮烈に、彼女の言葉は宙に消えていった。




この後ヒュームさんに滅茶苦茶叱られた
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