西方十勇士+α   作:紺南

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幕間

川神のとあるビル。

傍目には何の変哲もない普通のビル。

そこは今、九鬼財閥の目すら欺いて曹一族が拠点として使っていた。

 

各フロアには曹一族の傭兵が各々自分の仕事に精を出している。

その一室、大量の本が積まれた特徴的な部屋。

曹一族の武術師範"史文恭"が一人やることもないからと読書に勤しんでいた。

 

傍らに仕える女が、もの言いたげに史文恭をのぞき見ている。

何度か声を掛けようと半ばで躊躇して、やがてようやく決心のついた女は、緊張で上ずった声をあげた。

 

「あの……史文恭さん」

 

「なんだ?」

 

まるで声をかけてくるのを待っていたように、本から目を上げずとも、即座に史文恭は答えた。

 

「ここでこんなにゆっくりしていていいんですか? 報告では梁山泊が直江大和に接触したと……」

 

「らしいな」

 

言いいながらページをめくる。

なお変わらないその調子に、多少感情的な女は気色ばんだように声を荒げた。

 

「万が一に直江大和が梁山泊にとられるようなことがあればどうするんです?」

 

「……」

 

その言葉で、ようやく史文恭は本から目を離した。

横目に女を睨みつける。獰猛すぎるその瞳は、常人であればそれだけで狂いかねない殺気を纏っていた。

女は数歩後ずさりし身をすくませる。

 

しかしその眼に反して、史文恭の声音は平静そのものだった。

 

「その心配はない。奴らは今関勝に夢中だ。直江大和は二の次だろう」

 

「……『大刀』関勝。まさか川神に居るとは思いませんでしたが」

 

「ああ、しかもよりにもよって直江大和の近くにいた。何者かの意思を感じずにはいられんな」

 

史文恭らがここに居る理由は直江大和にある。

彼が武士娘の扱いに異常なまでに長ける人物だと聞き、その真相を確かめにやってきた。

 

その情報を知らせ導いた張本人、通称"M"

正体不明のその人物。Mというだけでふざけた奴だ。

よもやそいつが関勝を直江大和の側に置いたとは考えにくいが……。

 

「可能性があるとするなら噂の保護者か……」

 

話だけなら史文恭も聞いたことがある。

九鬼に喧嘩を売り、梁山泊に喧嘩を売り、かの世界最強と引き分けたことすらあると。

 

あくまで噂は噂。

しかし今回の任務の邪魔にならないとも限らない。

注意が必要だ。

 

「九鬼の目がある以上、そうそうは動けん。しばらく様子見する。幸い、梁山泊の連中は仲間ごっこで忙しいようだ。機会はあるだろう」

 

史文恭は本に目を戻した。

このように既に方針は決定している。

 

もう何を言ってもこれが覆ることはない。

女は不精不精ながら頷き、部屋を後にしようと史文恭に背を向けた。

そうしてドアノブに手を伸ばした時、目の前のドアから、小さなノックが聞こえてきた。

 

誰かが報告にでも来たのだろう。

女は扉が開くのを予見し、一歩横にずれる。

しかし予想に反して扉は開かない。

 

「なんだ?」と疑問に思ったのもつかの間。

部屋の中心から「下がれ」と史文恭の低い命令が耳に届いた。

 

ほとんど条件反射で女は後ろに飛び退いている。

史文恭は本を置いて扉を睨んでいた。

 

ギギギとゆっくり扉が開く。

扉の向こうには見たことの無い風貌の少年が一人立っていた。

少年はまるで物見遊山に訪れたと言わんばかりにきょろきょろと室内を見回している。

 

史文恭が愉快そうに口角を吊り上げた。

 

「これはこれは。珍客だな」

 

その目がギョロリと動き少年を射抜く。

本人の意思とは無関係に動いている様に見えるその瞳。

少年は顔色一つ変えず言った。

 

「そう睨むなよ。怖い目だな。お前が史文恭か?」

 

「睨んだつもりはない。言う通り、私が史文恭だが。……貴様は工藤だな」

 

工藤は答えず、ただ微笑んだ。

女が驚愕に目を見開く。

 

「馬鹿な。九州に居るはずのお前がなぜここにいる!?」

 

大声で、半ば以上取り乱した声を工藤は取り合わなかった。

 

関勝が川神に居るというだけで、その保護者であり且つ悪名高い工藤は監視対象となっている。

決して失敗は許されない任務なのだ。不確定事項は出来るだけ排除するのが常道である。

工藤と言う存在は不確定事項の最たるもので、何か動きがあれば、つまり川神に向う素振りを見せれば、すぐにその報告がなされているはずだ。

 

工藤を監視していたのは、曹一族の中でも特に腕の立つ者たち。

そう易々と後れを取るはずがない。

 

憤然と自信をもって思う女の内心とは裏腹に、工藤は煩わし気に肩をすくめた。

 

「俺を見張ってた奴なら、今頃深海だぜ。探してみると良い。運が良ければ骨ぐらい見つかるかもしれない」

 

「――――」

 

一瞬何を言われたのか分からなかった。理解するのと同時に、女は工藤に跳びかかっていた。

それを工藤は予想していた。

彼我の実力差は圧倒的だった。加えて理性をかなぐり捨てた武人ごとき赤子の腕を捻るより容易く、工藤は地面に打ち倒した。

 

「冗談だよ。そう怒るな」

 

なにをされたか女は見えていなかった。

ただ、気づけば背中をしたたかに打ち付けられている。

その衝撃で一瞬息が出来なくなった。次の瞬間には肺の空気が追し出された。

腹に受けた掌打はそれほど重いものではなかったが、追撃の雷撃で意識が刈り取られた。

 

一連の動き全て眺めていた史文恭の目は工藤の左腕に注視されている。

バチリと雷撃の名残が見えた。

 

「どいつもこいつも強いなぁ」

 

工藤はそう呟いた。

軽い口調だったが、言った本人にしてみれば素直な称賛だった。しかし残念ながら言われた側には聞こえていない。

史文恭は部下への賛辞に口角を吊り上げる。皮肉にしか聞こえないと言うのが理由だった。

 

「あまり部下で遊ばないでもらえるか」

 

「遊んでるわけじゃない。ただ、曹一族って言うのはどいつもこいつも向かってくるだろう。仕方ないから相手してるだけだ」

 

ここに来るまでにこれを何度繰り返したことか。

一対一ならともかく、多対一の時はもっと過激な手段でもって制圧するほかなかった。

あまり時間をかけるようではそれだけ騒ぎも大きくなる。

九鬼に見つからぬよう、なるたけ闘気を節制する必要すらある現状、ここまで来るのはかなりの重労働だったというのが本音である。

 

「それで、わざわざ私の仲間を皆殺しにしてまで、どういう用件だ?」

 

「だから冗談だよ。だーれも殺しちゃいない。みんな健やかに寝てる。本当さ」

 

「疑わしいな」

 

「お前と一緒にするな。史文恭」

 

工藤の口調がにわかに強くなった。

史文恭は心当たりを思い浮かべて肩をすくめる。

 

「ふん。傭兵に人殺しを咎めるのか? だとするならお門違いなことだ」

 

「知ってるよ。だから今まで何もしなかっただろう」

 

「今まではな。それで? 何の用件だ」

 

史文恭は改めて椅子に深く腰かけた。

工藤はすぐには口を開かず、ぐるりと室内を見回して積み重なった本に目を留める。

微かに目を細め、その場に立ったままで切り出した。

 

「俺の用件は一つだけだ。直江大和のことだが」

 

「ああ、我々の主目的だな」

 

なぜそれを知っているのかと史文恭は聞かなかった。

最早ここまで来ればMと工藤が何らかの繋がりがあるのは火を見るより明らかだった。

工藤は顔を歪め大きく息を吐いた。

 

「そう。主目的。まったく面倒なことになってるな。よりによって」

 

その溜息に史文恭は眉根を吊り上げる。

Mと工藤は完全な協力関係というわけではないらしい。

情報を受け渡されただけなのか、それとも……?

 

「いま、お前らに剣華の近くをウロチョロされるのは迷惑なんだ。手を引け」

 

「我々も生半可の覚悟で任務に当たっている訳ではない。特に、今回の任務は曹一族の生末を左右しうる。引けと言われてすんなり引くと思うか?」

 

直江大和に、武士娘を管理する資質があるならば、それを手にすることは曹一族の未来のため絶対必要なことだった。

体調管理。言ってしまえばそれだけのことが、組織を纏める上でどれだけ重要か。

 

史文恭の身体から僅かに闘気が湧き上がる。

九鬼の従者部隊が守るこの街で不用意に闘気を発すればどうなるか、分からぬ史文恭ではない。

しかしそれを理解したそのうえで、かくなる上は戦いすら辞さぬと覚悟を露わにした。

 

工藤は一度瞑目した。史文恭の答えは、想像していた返答の内で最悪の答えだった。

参ったと天を仰ぎたくなる。

 

別に闇の住人を見下している訳ではない。傭兵稼業を侮っているつもりもない。

どちらにも知り合いがいる。

それがどんな仕事なのか、どんなに厳しく辛いものなのか。身と知識に叩き込まれた。

 

ただ、分かってはいるけども、それでも言わずにはいられない。

これですんなり引いてくれるなら、それが一番の結果だった。

この余計な労力は、これこそが試練なのかもしれない。

 

嘆息し目を開けた工藤は、その瞳に不気味な色を帯びさせながら淡々と言葉を紡ぐ。

 

「近々、武芸者によるトーナメントが開かれるのは知ってるか?」

 

突拍子の無い脱線に、史文恭はわずかに動揺した。

 

「……いや、初耳だな」

 

「若獅子戦と言うらしい」

 

「それがどうした?」

 

「終わるまで大人しくしていろ」

 

多少の譲歩。

期限を定めて、その間は何もするなと。

先ほどの要求よりは呑み込めるだろう。

しかし……。

 

「なぜ我々がお前の要求を呑まねばならない?」

 

曹一族には血の報復と言う掟がある。

たとえ何者であろうと、邪魔する者はその親類縁者に至るまで死至らしめると。

 

工藤は、おそらくその掟を知っている。

それを知って、なおこのようなことが出来る肝の太さには感服の一言に尽きるが、いかに工藤と言えども己の目の届かぬ所まで守り切れるはずはない。

お前にも親がいるし大勢の親族もいる。その中には幼い子供だって混ざっている。死に目に会うには早すぎると思わないか?

 

そう史文恭は脅しをかけた。

正直に言って効果はあまり期待していない。

事実、工藤の表情はほんのわずか翳ることすらなかった。

 

「呑むのなら、俺は一切お前の仕事には関与しない。呑まないなら、全力で邪魔をする。どころか曹一族を滅すまでしよう」

 

変わらぬ口調は感情の一欠けらも浮かんでいない。

まるで何も聞かなかったように、平然と言う。

 

史文恭はついに目の前の少年がそら恐ろしくなった。

全ての親類縁者を守り切る自信があるのか、それとも切り捨てるつもりなのか。

どちらにせよ尋常な精神ではない。

 

「その若獅子戦と言うのはいつだ?」

 

「12月25日だそうだ。本当か嘘かは九鬼か川神院に聞け」

 

「九鬼?」

 

「九鬼協賛だってよ」

 

約二か月。

妥協できるラインとしてはギリギリ、どころか聊か長い。

梁山泊のこともある。九鬼のこともある。

もし途中なにか変化が起こっても直江大和には手が出せない。

例えば、梁山泊が直江大和を連れ帰りでもしたら、任務はそこで失敗だ。

仮にそうなって、それでもなお直江大和を求めたとき、間違いなく梁山泊と全面的に敵対することになる。

それはもはや戦争と言い換えてもいいかもしれない。

 

そこまでする価値があるのかどうか。

そもそも、それを見極めるために史文恭はここいるのだ。

 

梁山泊が仲間ごっこをどれだけ続けてくれるのか。

全てはそれに掛かっている。

 

史文恭は黙考した。

結論が出たとき、つい零れた問いはあくまで確認の意味合いしかなかった。

 

「……曹一族を敵に回す覚悟がお前にあるのか?」

 

「俺を誰だと思ってる」

 

九鬼と梁山泊に喧嘩を売った男。

史文恭を見つめる瞳は、その噂が決して噂ではないと史文恭に悟らせた。

 

この男なら、他の全てを投げ打つことも厭わないかもしれない。

家族が殺されても、親族が殺されても。

何を顧みることもなく、ただひたすらに喉笛を噛みちぎらんと向かってくる。

猛進する猪のような姿は、なるほど。脅威だ。

 

脅威と言う言葉を反芻し、遅まきながら史文恭は気づいた。

いつの間にか、脅す立場から脅される立場になっている。

 

全てを失い、自暴自棄になった人間はどんな奴でも危険極まりないが、目の前のこいつもその類かもしれない。

これも奪うことを営みとした者の宿命か。

そう思うと抑えがたい愉悦が腹の中で湧き上がった。

 

「二か月、我々は直江大和に手を出さない。しかしそれ以降は好きにさせてもらう」

 

「その約束が守られれば、俺はお前らの仕事は関知しない。直江大和を攫おうも、梁山泊と殺し合うも好きにしろ」

 

「約束か?」

 

「そう。約束だ」

 

「ふっ」と史文恭は鼻で笑った。工藤も笑った。

お互い思っていた。何を馬鹿なことを。

 

口約束など信じる価値もない。

口ではどうだって言える。出来もしないことを約束し、平気で虚を撒き散らす。

欲望の赴くままに掌を返し、二枚舌を扱う。

人間とはそう言う生き物だと、他ならぬ人の歴史が証明している。

 

だから、事ここに至っては、もし工藤がこの約束を破ったその時、この男の全てを奪ってやろうと史文恭は心に決めた。

嘘には報復があるべきで、それは唯一無二の死が相応しい。

それが史文恭が身をやつす世界の掟だった。

 

「じゃあなぁ」

 

そんな風に剣呑な雰囲気で、お互いが心の奥底で舌を出し合った後、用済みとばかり工藤は背を向けた。

その背中は見るからに隙だらけだ。誘っているようにも見える。

 

今ならやれるか?

馬鹿な考えが脳裏に浮かぶ。

するはずがない。考えただけだ。

 

だが、工藤は自分の背中越しにこんなことを言うのだ。

 

「お前とはあんまりやりたくないな。お前、俺に勝っちゃいそうだし」

 

理解するよりも速く、堪えがたい欲望が史文恭を包んだ。

 

――――今なら勝てる。こいつは私の足元にも及ばない。殺せ。今なら簡単にやれる。

 

その感情は、降って湧いたように、突然史文恭の心を満たした。

自身から揺らめく闘気はただただ鋭利に、刺すような威圧感を放ち始めていた。

気を抜けばとっくに跳びかかっていただろう。

 

御すのに、理性を総動員しなければいけなかった。

欲を出せば死ぬことすらある家業が幸いした。

欲望に突き動かされそうになることは、ままあることだった。

しかしここまで強烈な物は生まれてこの方記憶にない。

 

一人悪戦苦闘する。落ち着くのには少しの時間が必要だった。

理性を手放すまいと苦心している間に、気付けば工藤の気配はなくなっていた。

 

項垂れながら大きく息を吸い込む

肺は空気を必要としている。しかしどれだけ吸っても吸い足りない。

苛立ちから、強引に垂れる汗を手の甲で拭う。

荒い息はそれだけ消耗したことを示していた。

 

大きく肩を上下させながら、事態の把握に努める。

 

――――最後のあれは、恐らく攻撃だった。

 

予兆はなかった。闘気すら感じなかった。

しかしそうとしか思えない。

 

無理矢理に攻撃させられそうになった。

工藤如き大したことはないと油断させ誘われた。

工藤の技の一つに言霊があるのは知っている。

言霊とはつまり暗示のことだ。それがあんなにも攻撃的になると言うのか。受けて見て、もはや催眠に近いとすら感じる。

 

もし誘いに乗っていたら、工藤は正当防衛という大義を得たことになる。全力で気を奮っていただろう。

最悪史文恭は打ち倒され、このビルに居る全員が九鬼に身柄を拘束されていた。

そうなれば、約束など守る守らないの話ではない。

 

「……ふっ、なにが"勝っちゃいそう"だ」

 

戦うなら万全の準備が必要だ。

出来ることならやらないほうがいい。

戦わずしてその楔を打ち込まれた。

直接的な戦闘力など微塵も見せていない。だと言うのに。

 

「厄介な小童だ、まったく」

 

約束した途端に攻撃を仕掛けてきた。

これを理由に奴の家族を殺すことも出来るというのに。

まるで意に介してない。

九鬼と言う障害があるから何とか思い留まっているだけで、本当なら力づくで曹一族を排除したいのだろう。

 

まるで狂犬。

なるほど。九鬼が苦労するのも分かると言うものだ。

手綱など握れたものか。いかに世界に名だたる従者部隊と言えどあんなもの教育しきれるものではない。

 

出来ることなら二度と関わりたくはないが、後もう一波乱はあると自身の勘は告げている。

 

「チッ……」

 

零れた舌打ちには、深い疲れが刻まれていた。

それは彼と関わる誰しもが味わう感情だった。

 

 

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