西方十勇士+α   作:紺南

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三十一話

草原で、剣華は大の字で寝転がっていた。

大きく息を吸えば冷えた空気と一緒に土の匂いが鼻腔を満たす。

空はいい天気だった。穏やかな陽気が降り注いで、耳をすませば小鳥のさえずりと葉鳴りの音が耳を打つ。

近くに民家の一つもないからか空気が澄んでいる。

だからというわけではないが、いくら空気を吸っても吸い足りない。荒い息を整えようと胸は休みなく上下に揺れて、肺は次から次へと酸素を求めた。

額から汗が垂れて、不快感を抱く。目を細めて空を見上げた。

 

頭上に広がる青い空。その真っ只中を白い雲が優雅ともいえる速さで去っていく。

雲は、どれだけ遅くとも気が付けば遠くにいる。

それに比べて、なんだろうなと思った。

なんなんだろうな。私は。

 

「引き分けだな」

 

かたわらでそう告げたのは武松だ。

少し離れたところで「ちくしょー」と悔しそうな声が聞こえてくる。

剣華は上半身を起こした。支えにした左腕が痺れている。

史進の棒術は脅威だった。幾多の技を繰りだし、そのすべてが必殺技と呼べるほどに洗練されていた。

受け止めた左腕が回復するまでもう少しかかりそうだ。一年前よりも確実にレベルアップしている。それが嬉しくもあり悲しくもあった。

 

「勝つ気満々だったのにー」

 

「引き分けただけでも大金星ではないか」

 

「勝ちたかった」

 

ゆっくり史進が身体を起こす。

お互い力尽きて地べたに倒れていた。

決定打はなかった。終始拮抗していた。

 

「強かったよ。史進」

 

「そうかよ」

 

史進は不貞腐れて唇を尖らせている。

そしてはっきりと言った。

 

「お前は弱くなったな」

 

「……そうだね」

 

剣華は自嘲気味に笑う。

怒ることではない。本当のことだ。剣華自身自覚していることでもある。

史進は不満げに剣華をねめつけている。その目を直視することが苦しかった。

 

「さて、どうする。私とも戦うか?」

 

武松が手首の装備を弄りながら聞いてきた。

武松のスタイルは徒手空拳である。史進のように武器は持たない。

剣華は自分の左腕を振る。回復にはもう少しかかりそうだった。

 

「あとにしよう」

 

「そうか」

 

武松は淡々と頷く。

その頭上でトンビが円を描いて飛んでいた。甲高い、笛を鳴らしたような鳴き声が空に響き渡る。

それを見上げながら、剣華は思いをはせた。

どうしてわざわざ川神から離れて、こんなひと気のないこんな場所まで来たのだったか。

全ては史進と剣華が手合せするためだった。反対する林冲を無視してここまでやってきて、結果、二人は引き分けた。

その結果を想像していなかったわけじゃない。しかし苦しい現実だ。

己の努力不足を突きつけられるようだった。

 

「相変わらず、異能のコントロールは出来ないのか?」

 

「できない。途中危なかったね」

 

「史進の異能で消していなかったら危なかったな」

 

戦闘中は終始史進が異能を使っていたので、気を取り込むことはなかった。

もしそれがなかったらかなりギリギリだったに違いない。

そろそろ、川神院に行く時期だ。

 

「今の私はこんな感じ。一年以上進歩がなくて恥ずかしい限りだけど。それで、どう思う?」

 

「無理だろ。ムリムリ」

 

史進が言った。

武松は考えた上でゆっくり首を横に振る。

満場一致で、工藤に勝つのは無理という判断だった。

 

「あいつの強さはわっちらも知ってる。昔も無理だったのに、むしろ弱くなってるお前じゃ、ぜってえ無理だわ」

 

史進の言葉は容赦がないが、事実を突いていた。

勝てるはずがない。このままでは。絶対に。

 

剣華は考え込む。

昨夜のことである。大和から連絡があった。

『若獅子戦で決着をつけよう』と工藤からの伝言。

その時が来たと剣華は思った。

最早一刻の猶予もない。今の自分の状況を確認するために、二人を連れ出し模擬戦を行った。

結果は散々だった。自分は何も成長していなかった。分かっていたことだが、いざ目の当りにしたら言葉も出ない。

暴走しなければ足元にも及ばない。しかし暴走させれば勝てない。

暴走してしまった剣華は理性の無い獣に過ぎない。愚直で直線的。駆け引きなど出来るわけがない。人に勝つには人でなければいけない。

 

「豹子頭ではないが、梁山泊に戻ると言う手段もある」

 

「うん……」

 

梁山泊に戻り、一線を退いて、異能のコントロールに専念するというのも手だ。

しかし、過去与えられていたその選択肢を剣華は選ばなかった。選ばず梁山泊を出ることを選んだ。

何も言わずに梁山泊を出た身で、今更それを選べるはずもない。どの面さげて頼めると言うのだろう。

 

「……」

 

剣華は武松を見た。次いで史進を。

二人とも何かを期待しているようだった。

林冲ほどではないが、梁山泊の面々は皆仲間思いだ。それを剣華はよく知っている。

 

二人の視線を受けて、顔を俯かせる。

直前の思考を投げ捨てる。言い訳だと心中で吐き出した。

 

本当は、選んでもいいのだ。プライドだとか体裁が悪いだとか、選ばない言い訳に過ぎない。

自分がどうして梁山泊を出たのか。懐かしさや寂しさを抱きながらそれでも戻らない理由。

迷惑をかけるわけにはいかない? 過去の過ちを繰り返すわけにはいかない?

それも立派な理由だ。けれどそれが全てではない。

 

心の奥底でとっくに分かっていることだった。ただ認めるのが怖い。言葉にする勇気がない。

これほど思われているのに、応えられない自分はどれほど醜いのだろう。

 

「……武松」

 

武松の透き通った目に貫かれ、剣華は思わず拳を握りしめた。

 

「なんだ?」

 

「……やろうか」

 

結局、口からこぼれ出たのは、意図したものとかけ離れた言葉だった。

それで史進が飛び起き、離れた場所に退避する。

武松は無表情に剣華を見ていたが、やがて頷いた。

 

「わかった」

 

無手で構えた武松の身体が火に包まれた。武松の異能は火を操る異能だ。

対する剣華は自分の異能が暴走する気配を感じた。武松から湧き出る闘気が、剣華の内の獣を刺激している。

抑えられていた反動だろうか。まだ限界まで余裕はあるはずなのに。

歯を食いしばる。整えたはずの呼吸がにわかに荒くなった。

 

平気だ。平気。

この程度苦でもない。今までいくらでもあったことだ。

剣華も構え、二人は睨みあう。

 

「行くぞ」

 

そう言って、武松は向かってきた。

剣華は内から湧き出る獣を必死に押さえ付けながら武松を迎え打つ。

 

猪のように突っ込んできていた武松は、その勢いのまま攻撃するかと思いきや、突然急ブレーキをかけ意表をついた。

その身体から噴き出した炎で剣華の視界が覆われる。炎の向こうから突き出された拳を剣華は紙一重で躱し、カウンターを打った。

それは武松の顔を掠り、同時に武松を守っていた火を打ち抜く。

武松は体勢を崩し、それを追撃しようとして気が付いた。振りぬいた拳に粘っこく纏わりつく炎。こうしている間にもじわじわと熱さを増している。

こんなことが出来るようになったのかと剣華は驚き、よくよく見る暇もなくその場を飛び退いた。一瞬前までいた地面から火の柱が噴き出している。

 

史進と同じく、武松も決して怠けていたわけではない。一年間己のを磨き続けていた武松は、剣華の知る武松とは一味も二味も違っていた。

 

火の柱は噴火のように止むことがない。火の粉の飛び散る光景はいっそ幻想的だった。その影からなおも攻勢を緩めない武松を捉えて、一滴の汗が頬を垂れる。

手の甲でそれを拭いながら思わず笑う。「火は熱い」なんてことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

川神院からはいつも通り修行僧たちの威勢の良い掛け声が聞こえてきている。

道着を着た体格の良い男たちが、師範代であるルーの指導を受けて拳を突き出し、蹴りを放っている。

 

「さあ、もう百本だヨ!」

 

川神院の稽古は苛烈だ。

来る者拒まず、去る者追わず。

連日多くの人間が門を叩き、その内半数以上が三日と持たずに去っていく。

川神院の方針として、まずは基礎を徹底的に教えられる。ただひたすらに基礎。基礎を積んで身体を作る。基礎こそもっとも重要なのだと憚ることはない。

基礎鍛錬は地道で長く険しい。それを乗り越え、川神流までたどり着けるのは極一握りの人間だけだ。

 

「ほらそこ、休まなイ! 君だけもう百本!」

 

楽して強くなりたいだとか、女にモテたいだとか。邪な動機を持つ者ほどすぐに消える。

今、この場に残っているのは強くなることの辛さや難しさを知り、それでもなお諦めずに鍛錬を続けている者だけだ。

そこまでして芽が出るのはさらに一握り。

この場にいる大多数の人間はいずれ武から身を退き、一般人として社会に溶け込んでいくだろう。

鉄心や百代、ルーと言った壁を越えた者たちのように、一生涯を武に捧げられるのは特別な才能を持つ人間にしか許されない。

 

それを知ってか知らずか、ここにいる人間は自分が特別かどうかなど関係なく、わき目を振らず武の道を邁進し、ただひたむきに己の身体を鍛えている。

その姿を綺麗だと言う人もいるだろうし、無意味な行いだと嘲笑う人間も居るだろう。

果たして、門の向こうからその光景を覗いている人物はどちらなのか。橘剣華は無表情に修行僧たちを見つめていた。

 

「……」

 

その目は修行僧たちの一挙手一投足を追っている。

剣華は史進と武松と分かれてまっすぐここにやってきていた。

目的は川神百代だった。連絡の一つもせずにやってきたが、気を読む限り百代はいないようで無駄足だった。また明日にでも出直そうと踵を返す。

 

門に背を向け長い階段を下りる途中、階段下からこちらへ向かってくる顔を見つけ足を止めた。

 

「およ?」

 

あちらも剣華を見つけ、手を振りながら近づいてくる。

 

「剣華ちゃん。奇遇だねえ。どうかしたの? こんなところで」

 

「べつに」

 

松永燕だった。

素っ気ない剣華の返答にふーんと伺うような目で剣華を観察している。

やがて「あ」と何か思いついて腰のポーチを探り始めた。

 

「もしかして、納豆が欲しくなっちゃったとか」

 

「いっぱいあるから、いらない」

 

「いくらあってもいいものだよ。消費期限が切れないうちはね」

 

押し付けられた納豆の小パックを手に持って、「はあ」と若干諦め気味に返事をする。

冷蔵庫に入れておけば長持ちするだろうか。家に置いてある山を思い出す。

 

「ところで、川神院にモモちゃんいた?」

 

「いなかった」

 

「ありゃ。それは困ったな。まあ約束してたわけじゃないけど」

 

眉尻を下げて川神院を見つめる燕を、剣華はなんとなく見ていた。

川神百代にどんな用事があったのだろう。

詮索するつもりはないが、気になるのは人の性だ。

豊かな想像力を働かせる剣華。燕は視線を剣華に戻すと人好きのする笑顔で問いかける。

 

「ひょっとして剣華ちゃんもモモちゃんに用事だった?」

 

「まあ」

 

「うーん。モモちゃんモテるなあ。さすが武神」

 

悩む素振りを見せる燕。

剣華にしてみれば、松永燕という少女も負けず劣らず美少女だ。さすがはアイドルをしているだけはある。

引き締まった体にスラッと伸びる足。プロポーションの良さでは負けず劣らず。しかし胸の大きさで百代に軍配が上がる。強さといい容姿といい、あれは存在が別格すぎる。そのせいで何となく近寄りがたくなっている百代に比べれば、アイドルをしていて存在を身近に感じられる燕の方が良いと言う人間もいるだろう。結局は人によりけりということだが。

 

じっと燕の端正な顔を見つめる剣華に、燕はほんの僅かに声音を変えて訊ねた。

 

「モモちゃんへの用事ってひょっとしてあれかな。異能の暴走」

 

「……まあ」

 

「うんうん。モモちゃんは基本約束破らないし、約束してたわけじゃないんだよね。だとしたらあれかな。どこかで誰かと戦って、闘気が溜まっちゃったとかかな」

 

「……」

 

かく言う剣華は燕のことをあまり得意とはしていない。

よく納豆をくれる点で言えば良い人だとは思うし感謝しているのだが、それ以上に自分の行動や考えを見透かす様なところがあまり好きになれなかった。誰かに似ている。浮かんだ顔は悪どい目つきで高笑いしていた。

 

実際、剣華が川神院を訪れた理由は史進や武松との戦闘で闘気が溜まってしまい、早めに抜いておこうと思ったからだった。燕の推測ズバリである。

それ自体急を要するほどでもないが、約束している日にちまではもたないだろう。

だから、思い立ったが吉日ということで訓練ついでに川神院を訪れたのだった。

 

「良ければ、私が相手しようか?」

 

「なにを?」

 

燕の提案を剣華は思わず尋ね返していた。

 

「剣華ちゃんの遊び相手。私でも務まると思うよ」

 

「必要ない」

 

何をふざけたことを言っているのだろう。納豆の粘りが頭にまで達したのだろうか。お気の毒だ。

 

「いやん。取り付く島もない。でもねえ……。結構本気。私こう見えて強いから」

 

強いアイドルは嫌い?

燕はウインクしながら言った。

その言動はふざけているようにしか思えなかった。

 

「危険」

 

「知ってるよん。工藤君に殺気向けてたもんね」

 

「……」

 

なら、なぜ?

剣華はいよいよわけがわからなくなった。

このまま無言のうちに帰ってしまおうかと現実逃避しそうになる。

 

真意を探ろうと燕の顔を見つめ、その目の奥に真剣な光を見て取る。

一歩後ずさった剣華。対して燕は首を傾げている。

本格的に逃げようとした。

その時だった。

 

「話は聞かせてもらったぞい」

 

突然聞えてきた声は圧倒的なプレッシャーを伴っていた。どうして今まで気が付かなかったのか不思議なほどの存在感。

川神院総代、武神・川神鉄心が二人のすぐそばに立っていた。

 

「ほっほっほ。二人とも百代に用が合って来たんじゃな? じゃがすまんのう。百代は今ランニングじゃ。ちょっくら嵐山まで走らせとる」

 

京都出身の燕は顔をひきつらせた。

一方剣華は嵐山がどこにあるのか知らず、何とも思わなかった。遠いんだなと感想を抱いただけだった。

 

「夕方には戻ってくると思うがのう。それまで待ってもらうのもなんじゃ。良ければわしが相手をしよう」

 

「え、学園長が?」

 

「うむ」

 

立派な鬚を撫でながら、鉄心は好々爺然とした風体を崩さなかった。

燕が表面だけは遠慮しながら、若干興奮した気配を隠せないでいる。剣華はそれを物珍し気に横目で見た。

 

剣華は知らない。

何を隠そう鉄心は『元』世界最強で、かつては武神とさえ呼ばれた最強クラスの一角だった。百代を二代目武神とするなら、鉄心は元祖武神なのだ。もちろんその強さは折り紙付きだ。

一線を引いて長らく経つというのに、未だその武名は根強く残っているほどの強さ。

そんな人物が指導してくれると言うのだ。武人にとっては、これ以上ない誉れであることに間違いはない。

 

「いいんですか? 迷惑じゃないですか?」

 

「そんなことは全然ありゃあせんよ。まあ、正直言うと儂がちょっと身体を動かしたいんじゃ。可愛い女子(おなご)が相手をしてくれるなら、わが生涯一片の悔いなしじゃ。もういつでも死ねる」

 

「あらあら……死んじゃったらモモちゃんに怒られちゃうねん」

 

「でもま、いっか」と鉄心の言葉を燕は軽く流した。

話は半ばまとまっていた。だと言うのに、門から聞えてきた声はそれを全てひっくり返しそうな調子を伴っていた。

 

「何をしているんですカ、総代!」

 

ルーが早足に三人の元へ駆けよってくる。

声音は厳しく、その顔にははっきりと非難の色が浮かんでいた。

 

「そんなに闘気を滾らせテ……。何があったんですカ?」

 

「なーに。これからちょこっと若い者と遊ぶんじゃよ。ルーもどうじゃ? 良い刺激になるぞ」

 

「それはいいですガ……」

 

ルーは燕を見て、剣華を見た。

特に剣華を見る顔は困っているように見えた。

 

「川神市に許可は取ったんですカ?」

 

鉄心の眉が八の字になる。痛いところ突かれたと表情が言っていた。

 

「とっとらんよ」

 

「じゃあダメでス」

 

「申請したら一か月はかかるじゃろ。ただの指導じゃし、めんどくさくね?」

 

「ただの指導で終わりますカ? 決まりは決まりでしょウ」

 

頑固一徹のルーは約束事を曲げるつもりはなく、それを知っている鉄心はやれやれと溜息を吐いた。

見守っていた燕は、何だかよく分からないがご破算になりそうな状況を察して落胆を隠せなかった。

やんわりルーに抗議する。しかし聞く耳を持たれない。

 

「どうしてもだめですか?」

 

「ダメだヨ。総代が本気を出せば、下手をすれば町が火の海になル。市の安全保障上、認められなイ」

 

燕は頬を膨らませた。

「またとない機会なのに」と文句を垂れる。

 

「すまないネ」

 

「むー」

 

「代わりと言ってはなんだけど、良ければ私が相手をしよウ。十分務まると思うヨ」

 

鉄心に及ばないと言ってもルーも壁越えの実力者。

何やら事情があるようだし、それでいいのではと傍で聞く剣華は思った。

しかし燕の頬を膨らんだままだ。

 

「私だと不満かナ?」

 

「……川神院の師範代を甘く見るつもりはないんですけど――――」

 

燕の目に暗い光が宿った。いつも開いているのか閉じているのか分からないルーの目がそうと分かるほどはっきりと開く。

見つめあう二人の間でビリビリと空気が振動するのは、闘気がぶつかり合っているからだ。

 

「ルー先生は、工藤君より強いですか?」

 

「む……」

 

しばらくの沈黙。

その質問には剣華自身興味があった。なにせ、認めたくないことだが、剣華は工藤の底を知らない。何度となく戦ったが、本気のほの字すら出していたのか怪しい。

けれど、もしかしたらルーはそれを知っているのかもしれない。もし人づてとは言え知ることが出来るなら、それは打倒工藤に大いに役立つだろう。

二人の傍らで剣華は期待に胸を高鳴らせて返答を待つ。

 

「ここで彼の名前が出るのは、何か事情があるんだネ。あえてそれは聞かないヨ。……そしてどちらが強いかという質問だけど、その答えは『分からない』ダ」

 

「……分からない?」

 

「うん。わからない」

 

その軽い口調に、場の空気は気が抜けたように一気に和らいだ。

ルーはあっけらかんと続ける。

 

「私が彼と最後に手合せしたのは数年前。その時点では私の方が強かった。けれど今も私の方が強いかと言うと、分からないとしか言いようがないネ。何せ彼は闘気を隠していル。それもかなり巧みニ。あれじゃあ実力を推し量るのは至難だヨ」

 

「……ですよねえ」

 

そう言われれば当然の返答に、燕は「あはは」と誤魔化す様に笑う。

「柄にもなく熱くなっちゃったなあ」と照れを隠していた。

 

「気持ちは分かるヨ。本気ではないとはいえ、あの子は百代の川神波を握り潰しタ。もし出来るなら私も手合せ願いたいネ」

 

「あははっ。……私は全然願いたくないんだけどなあ」

 

ぼそっと呟かれた言葉はルーには届いていなかった。

代わりに剣華の物問いた気な視線。燕は「なんでもないよ」とビジネススマイルを浮かべる。

 

「それじゃあルー師範代。学園長の代わりにご指導お願いしますっ」

 

「うん。門下生じゃないからって優しくはしないヨ。ビシバシいくからネ」

 

「望むところ!」

 

一見いつもの調子に戻った燕が、ルーに連れられて川神院へと向かう。

それを見送る鉄心は「なんじゃ……つまらんのう……」とぼやいてその後に続いた。

剣華はどうしようかと一考して、三人を追いかけることにした。

百代は夕方には帰ってくるらしいから、その時にまた訪れればいいのだが、正直出直すのは面倒だった。

何より燕がルーに稽古を付けてもらうと言う。二人の稽古を見て、工藤攻略のヒントでも掴めればと思った。

気の溜まり具合を考えても、二人の戦いを間近で見るのは問題ないだろう。

 

剣華は川神院の門をくぐって三人の背中を追いかけた。




川神院の説明ところでなんか書いた覚えあるなと見直したら、八話で似たようなこと書いてました。
三年前かぁと時の流れに驚くばかりです。

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