西方十勇士+α   作:紺南

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三十四話

「我、降臨である!」

 

その宣言と一緒に九鬼紋白は2-Fに入ってきた。

後ろに控えるヒューム・ヘルシングが普段のそれよりほんの僅かに刺々しい威圧感を漂わせている。

今すぐにでも襲い掛かってきそうな獰猛な気配に、林冲と剣華が身構える。

 

何の毒気の無い紋白を蚊帳の外に置き、ヒュームと二人が睨みあう。

その三人の緊迫感にクラス中が動きを止めた。

何事か起きそうな物騒な雰囲気が教室を漂い始める。

 

ドタドタと慌ただしい足音が廊下から響き武松が駆けつけた。

離れた所にいても察知できるほど、ヒュームの気は荒い。この分ではもうじき楊志と史進も来るだろう。

いかに世界最強とは言え5人も居れば――――。

 

「ふん。赤子共が。何人いようと話にならんな」

 

林冲の考えを見透かしたように、ヒュームはそんなことを呟く。

この状況でそんなことを言うのは、戦闘の意思があるとしか思えない。

梁山泊としては九鬼と事を荒立てるつもりはなかった。しかしあちらから仕掛けてくるとなれば話は別だ。

 

「ヒューム・ヘルシング……私たちに一体何の用だ?」

 

「なに、ちょっとしたスキンシップだ。九鬼家の執事として、世界最強として、梁山泊の実力を知っておきたいのでな」

 

その言い方では逃がすつもりはなさそうだ。

戦闘は避けられそうにない。

林冲は横目で扉付近にいた武松を見る。武松は頷き、僅かに立ち位置を変えた。死角から襲い掛かれる位置だ。

 

完全な臨戦態勢。

世界最強が相手と言えど、向かってくる敵ならば怖気づくことはしない。容赦はない。

 

「ふっふっふ。いいぞ。そうでなくては。それでこそ若者というものだ――――」

 

「こら、ヒュームっ!」

 

その一言で三人の間を走っていた闘気が雲散する。

叱責されたヒュームは「むぅ……」とバツが悪そうな顔をする。

 

「あまり林冲たちをいじめるでない!」

 

「……失礼。つい武人の血が騒ぎまして」

 

「まったく。お前は強そうな人間を見るといつもそうだな……」

 

紋白は呆れ気味に溜息を吐き林冲たちに向き直る。

てくてくと無造作に近づかれ、林冲は思わず後ずさった。

 

「すまぬな。許してやってくれ。事あるごとに喧嘩を売るのが好きなだけで悪い奴ではないのだ」

 

なんと迷惑千万な執事だろうか。

世界最強に事あるごとに喧嘩を売られては気の休まることがない。

ある意味では最強として正しい姿なのかもしれないが、一般常識に照らせば逮捕案件である。

 

「さて、林冲に武松だな。九鬼紋白である。同じ学び舎に通う者として挨拶に来たぞ!」

 

「それは、ご丁寧にどうも」

 

ぺこりと会釈する林冲。

武松は仁王立ちで未だにヒュームを警戒していた。

当のヒュームは涼しい顔で紋白の背中に控えている。

 

「お前達の仲間である公孫勝とは同じクラスだ! 是非とも仲良くしたいと思っている!」

 

「が、頑張ってくれ……」

 

仲良くしたいとは言うが、この暑苦しさは公孫勝の最も苦手とするタイプではないだろうか。

人生如何に楽に生きて行けるかをモットーにしているのが公孫勝だ。

紋白のような努力をいとわぬ人間は、公孫勝にとって側にいられるだけでも鬱陶しく思うに違いない。

 

「うむ! 今のところつれなくされているがな! ふっははは!」

 

笑顔で元気に屈託のない笑み。

一見明るく悪意などまるで感じないのだが、何だか責められている気がしてしまう。保護者的な責任について。

傭兵などやっていると子供特有の純粋無垢さとは縁遠くなってしまうからだろうか。

こういう人間に限って裏があると思ってしまう。

 

「で、お前が橘剣華か」

 

「……」

 

青白い顔でヒュームを凝視している剣華。

紋白の言葉を一顧だにもしないのはそれだけヒュームを恐れているからだ。

ニヤリとヒュームが笑えば、びくっと肩を跳び上がらせる。

 

「なるほどなあ……」

 

剣華の周りをぐるぐると回りながら、紋白はその様子をつぶさに観察している。

やがて観察を終え、剣華の真正面に立つと両手を腰に当てて仁王立ちになった。

 

「お前に夢はあるか?」

 

「……え?」

 

突拍子の無い問いかけに剣華は困惑した。

 

「野望はあるか? 願望はあるか? 未来の展望はあるか?」

 

「なにを……」

 

「今のお前は迷子の子供のようだ。恐れ、怖がり、自分の気持ちを素直に表に出せていない」

 

「……」

 

紋白の真っ直ぐ剣華を貫いている。

たかだか一分足らず観察された程度で自分の内心を推し量ったつもりのようだ。

それは違うと否定するのは簡単だった。しかし声を出そうにも出てこない。喉の奥が震え意味の無い単語が漏れるばかりだった。

圧倒されている。目の前の年端もいかぬ少女に。

 

「分かるぞ。我も一昔前はそうだった。だからこそ言えるのだ。

 自分を見つめ、自分の心を受け入れろ。何がしたいのか。何をしたくないのか。

 それでやりたいことが見つかったのなら我のところへ来るがいい。見つからなくても来るがいい! 九鬼はいつだってお前を歓迎するぞ!」

 

スッと差し出された名刺。

紋白の名前と電話番号が書かれている。

小さい手に名刺の大きさは不釣り合いだった。

 

自信に満ちながらあどけない笑顔。

それを見ると剣華は何も言えなくなってしまう。

ただ名刺を受け取って、後ろに控えているヒュームがこっそり溜息を吐いた。

 

「うむ。次で用件は最後だ。――――直江大和!」

 

「はい!?」

 

まさか自分に振られるとは思ってもみなかった大和は声を裏返した。

誤魔化すためにごほんと咳払い。

 

「安心するがいい! 我はお前に受けた恩は忘れておらぬ!」

 

「はあ……?」

 

恩?

思い出せるのはクローン組の歓迎会の件だ。

義経たちが転入してきた当初、九鬼を頼らず歓迎会の用意をしたいと紋白に相談されていた。

大和は尽力し見事に歓迎会を成功させたのだが、そのことを言っているのだろうか。

 

「川神にいる限り、お前の身柄は九鬼が保証するっ! 何人足りとて手出しはさせぬ! 安心するがいい!」

 

「え」

 

何を言われるかと内心びくびくだったにもかかわらず、予想外の言葉に大和の心が色めき立つ。それと同時にやばいと声がした。

なんで九鬼がそれを知っているのか。事情如何では曹一族がどう行動するか分からない。

 

「もちろん。お前の意思が優先だがな。どこかの組織に所属したいと言うならそうするがいい。今なら九鬼もお前を歓迎するぞ」

 

「いやいやいや、ちょっと待って」

 

「む?」

 

差し出された名刺を受け取りつつ、大和は声を荒げた。

さすがに急展開すぎる。

周りの目を気にし、声を落して訊ねる。

 

「どうして紋様がそのこと知ってんですか?」

 

「九鬼は川神市全体に根を張っている。義経たちのことがあるのでな。曹一族と梁山泊の動向は逐一把握しているぞ」

 

こそこそと内緒話をする二人。もちろんヒュームには聞こえている。

牽制ついでに、にやぁとおぞましい笑顔のヒュームに林冲が息を呑んだ。

対面していない武松ですら冷や汗をかいている。

監視されていることは知っていた。だがこうも直接伝えられるとどうにも具合が悪い。

 

「それでも、目的まではわからないんじゃ?」

 

「裏は裏。闇は闇だ。影でコソコソするのが得意な奴がいるのだ」

 

あ、これはもしかしてあれだろうか。

裏で工藤先輩が手を回してくれたのだろうか。

明言はされなかったがその可能性が高い。

だとするなら、何かと胡散臭い人物ではあるが、大和を巻き込んだことに責任を感じているのは本当らしい。

 

「安心しろ赤子。我らの監視網の中で一人とは言え行方不明者を出しては九鬼の名折れなのだ。それが如何に取るに足らぬ赤子とは言えな」

 

一々癪に障るヒュームだが、取るに足らぬと言うのは半ば嘘だった。

そもそも先の歓迎会の一件で彼の直江大和に対する評価は『ましな赤子』程度になっている。言い方はどうあれ高評価だ。

加えて、今日に至るまでに義経、弁慶、与一と親交を築いている。弁慶に至っては将来どうなるかと言うほどの親しい仲だ。もっとも親しい友人と言って差し支えない。

もはや大和は九鬼にとっても捨て置ける人材ではなくなっていた。まだ大和個人の能力に不明な点はあれど、早めに唾をつけておこうと言う紋白の判断は悪くない。

 

「そういうことだ。ちなみに、九鬼に入社するならば全力で守るぞ」

 

「……」

 

大和は絶句した。

人生の岐路に立たされている。その実感がより強く彼の胸に去来していた。

九鬼は大企業である。もし仮に九鬼に入社ということになれば父の景清は大喜びするに違いない。

 

自分の力をこれほど求められることは今までなかった。

ある意味でモテ期である。ずっと椎名京にモテているくせに更なる波が到来していた。

浮足立つ心を何とか抑えて、大和は出来る限り平静な声を意識した。

 

「……すぐには決められない」

 

「当然だな。まだ学生生活は一年半ある。ゆっくり考えるがいい。ただ、九鬼に入るなら早い方がいいぞ。学歴ではなく実力主義なのだ。大学で学んだことが九鬼でも使えるとは限らぬ」

 

「わかった」

 

紋白は満足そうに頷いた。

一仕事やり終えたと達成感に満ち満ちている。

「では戻るか」紋白が言ってすぐ、廊下で聞き慣れた高笑いが響いた。

 

「我降臨である!!」

 

一言一句紋白と同じことを言いながらの登場は、もちろん九鬼英雄。全身を黄金で包み、傲岸不遜な素振りで堂々と2-Fに侵入してくる。

すぐ傍に専属従者の忍足あずみが控えていて、「きゃるーん」と頭の痛くなるぶりっ子ぶりを発揮していた。

 

「ふはは! やはり紋であったか!!」

 

「兄上!!」

 

駆け寄る紋白。慈愛でもって迎える英雄。

二人は半分血の繋がった兄妹であった。

 

「兄上。申し訳ありません。挨拶もせずに」

 

「よいよい。わざわざ顔を見せに来ずとも、こうして我の方から出向こうではないか。それが兄の甲斐性と言う物よ」

 

優しく大きく頭を撫でられ、紋白はくすぐったそうに微笑んでいる。

 

「それでどうしたのだ。若獅子戦について何か不備でも見つかったか?」

 

「いえ、直江大和の件です」

 

「む。そうだったか」

 

英雄は大和を向く。

大和は考え事をしてる最中だったが、視線が集まっていることに気づくとすぐに我に返った。

 

「ふむ。紋から大体のことを聞いたのだろうが、我ら九鬼は貴様を守ることにした」

 

「それは……何というか、ありがとう」

 

「礼は良い。何もお前のためだけではない」

 

英雄はカッと目を見開き拳を握った。多くの衆目が見つめる中で宣言する。してしまう。

 

「我が最愛の人、一子殿のためでもある! 不本意だが一子殿は貴様とは浅からぬ仲! 貴様の身に何かあれば悲しまれるのは必定!! 我は悲しみに暮れる一子殿を見たくないっ!!」

 

なるほど。

英雄が大和のために何かしてくれるところは想像できない。

だがそれがワン子のためであるならば納得できる。

 

「それでも礼は言わせてもらうぜ英雄。ワン子の飼い主としてな」

 

「ふん……。どこまでも気に食わん奴だ」

 

飼い主と言う単語が好きな人にかかっているのは胸糞悪くなる思いだった。

「一つ言っておく」不愉快に顰めた表情の英雄は腕を組みつつ大和に告げる。

 

「いかに九鬼の力が絶大とは言え、あまり長いことはもたんと考えろ。我もそう長く時間が残されているわけではない。いずれこの気持ちに決着を付けねばならぬ。むろん、叶わぬ恋などと諦めるつもりは毛頭ないがな」

 

「わかってる」

 

英雄の言葉は単純な警告だった。

九鬼の庇護がいつまでもあると思うなと言うことだ。

大和はその忠告をありがたく思いながら、こうして英雄と何の憚りもなく話していることに奇妙な感情を抱いていた。

 

英雄に限らずF組とS組は仲が悪い。

それは一年生の頃から続く習慣の様なもので、その理由自体S組の連中が頻繁に見下してくると言う実に根の深いものなのだが、だからと言ってイコールで英雄自身が悪い奴かと言うとそう単純な話でもない。

 

考え方や立場の違いから反目してしまうのは人の歴史の常だ。

毛嫌いしつつ、いざ接してみれば案外いい奴だと言うのは交流戦を終えた今ではF組全員が分かっている。

もちろん鼻につく言動は変わりないし、不愉快だと思う所は数多くある。しかしそれは人間なら大なり小なりあることだ。

英雄だからという理由だけでそれを許容できないのは器の小ささを露呈させているに過ぎない。そしてそれはS組にも言えること。

 

「ありがとうな。英雄」

 

「よせ。虫唾が走るわ」

 

交流戦を経てもなお両者の関係は変わらなかった。ならばこれからも変わることはないだろう。

認めるところは認めているし、認められないところは何処まで行っても認めれないが、いざとなれば手を取り合うことに否やはない。

だからこそ今まで通りでいいのだろう。

 

「紋、また後で会おうぞ。行くぞあずみ!」

 

「はいです英雄様ぁ!」

 

英雄はクラスを去っていく。

去り際に忍足あずみがチラと大和を振り向いたが、何も言うことはなかった。

それに倣うように紋白もヒュームを連れて自分のクラスへ戻る。

残ったのは嵐が過ぎ去った後の静寂。それと大和に突き刺さる幾重にも重なる無遠慮な視線だけだ。

 

「直江大和」

 

真っ先に声をかけたのは林冲。

責めるような険しい眼差しが大和に突き立てられた。

 

「話したのか?」

 

「話してない。たぶん工藤先輩だと思う」

 

二人が話をできたのはそれだけだ。

その直後に、「直江っちすっご!」と千花が叫んだから。

 

「九鬼からスカウトされるなんてまじうらやまなんですけど!」

 

「すごいですねえ、直江くん」

 

千花の言葉に真与が同意する。

それからヨンパチやスグルと言った何も知らぬ生徒が大和を取り囲んだ。

 

ある程度事情を知っている生徒は輪の外でその様子を見守る。

武松が物言いたげに林冲に近づいてくる。

林冲は首を振って答え、輪には混ざらず林冲のことを見ていた翔一を見た。

 

「なあ、林冲」

 

「なんだろうか」

 

「大和のことで聞きたいことがあんだけどよ」

 

「すまないが、何も話せることはない」

 

「そっか」

 

あっさりと引き下がる翔一を林冲が視界の端で追いかける。

翔一は円の中心で主に男子連中に弄られている大和を見つめていた。

 

「事情はぜんぜん知らねえけど、九鬼が守るってのは余程のことだろ。でも逆に九鬼が守ってくれるなら安心って気もするんだよな」

 

「……」

 

林冲は何も言わない。翔一も林冲が何かを言うのに期待はしていなかった。

離れていくその背中を見送り林冲は呟く。

 

「……工藤」

 

その名前に剣華が反応する。

剣華の胸中では先ほど紋白に投げかけられた問いがぐるぐると巡っていた。

 

『夢はあるか?』

 

答えられたはずだった。

工藤を倒す。今はそれ以外の答えはない。

なのに揺れたのはなぜだろうか。

 

「早急に皆と話す必要がある。工藤が九鬼に何か吹き込んだ可能性が高い。対処しなければ」

 

「そうか」

 

林冲と武松の会話が聞こえてくる。

切羽詰った林冲とは裏腹に、相変わらず武松は口数が少ない。

呼ばずともすぐに皆来るだろうと冷静に物事を分析する点は頼もしさを感じる。

剣華は二人から意識を逸らし、自分の考えに没頭した。

 

「夢……」

 

将来のこと。

つまり、工藤を倒した後のこと。

あまり考えないようにしていた。考えたくなかった。

先日鉄心に指摘され、今日は紋白にまで言及された。

紋白に至っては自分の心に素直になれと具体的な助言まで残している。

 

分かっているのだ。そんなことは。

分かっているからこそ余計なことは考えたくない。

今、私のすべきことは一つだけだ。

 

「工藤を倒す」

 

その後のことは倒してから考えればいい。

きっとそれが正しいはずだと自分に言い聞かせ、剣華は大和を取り囲む輪を見つめた。

 

 

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