西方十勇士+α   作:紺南

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四十三話

しんっと静まり返る観客席。その中に剣華はいた。

目前で繰り広げられた戦い。解放された闘気。

戦いが終わってなお、誰一人席を立つことがない。

 

自身が震えていることに気づき、己の身体を抱きしめる。

深く息を吸い、一気に吐き出す。何度か繰り返して冷静さを保とうとした。しかし出来なかった。恐怖がにじり寄って来る。

 

――――あれに勝つ……。

 

己に問いかける。

勝てるのかと。

 

久しぶりに見た工藤の本気。

解放された闘気だけで圧し潰されそうになった。肌を刺す威圧感は人の物とは思えない。向けられたわけではない。ただ近くにいただけなのに、指一本動かせなかった。

 

――――あんなのに勝てるわけが……。

 

挫けそうになる心。

それを否定して無理やり立ち上がる。

呼び止める声を無視して、出口へと走った。

 

走って、走って、気づけば河川敷に来ていた。

頬を滴る汗を拭う。喉が渇いていた。鼓動が早い。手が震えている。

 

「……勝たないと、いけない」

 

自分自身に言い聞かせる。

 

「勝たないと」

 

何度も何度も繰り返す。自分自身に言い聞かせるためだけの言葉。

それを剣華に追いついた松永燕だけが聞いていた。

 

出来るはずのない夢を見て、現実に圧し潰されかけている子供。

それは、粉々にされた覚悟を必死に拾い集めているようにも見え、哀れみすら抱かせる。

 

それほどに、会場で見せた工藤の力は圧倒的だった。相当の準備をしないと自分でも勝てない。それも絶対とは言えない。力の底がまるで見えなかったから。

 

「っ……」

 

いつの間にか、自身すら半ば諦めかけていることに気が付き、頭を振る。

 

「剣華ちゃん! まだ時間はあるよ!」

 

呼びかけ歩み寄る。

 

「あと一か月、出来ること全部やろう! 全力で協力するから!」

 

笑みを浮かべて表情を作る。

内心では苦しい戦いになると分かっていたが、おくびにも出さなかった。

 

――――何とかしないと。

 

手段は選んでいられない。

打てる手は全て打つ。

燕の頭の中で新しい予定が組まれ始めた。

 

 

 

 

 

全ての予選が終了し、本選出場者が決定した後、義経が興奮冷めやらぬ調子で言い募る。

 

「やったな弁慶! 本選出場だぞ!」

 

「やーやー。頑張りましたからねえ」

 

一体何度目の言葉かと弁慶は内心で思いながら義経の賛辞を受け取る。今日は無礼講と、弁慶に酌しながら褒めたたえる義経。

自身も同じく本選に出場を決めているが、それよりも弁慶が出場を決めたほうが嬉しいのだと全身で喜びを表現している。

犬みたいでかわいいなあと弁慶の杯は次から次へと空になる。

 

「与一は駄目だったが、弁慶は出場できた! 面目は保てたな!」

 

「そうだねえ。与一は駄目だったけど、私と主は出場できたから。与一は駄目だったけど」

 

「いてててっ! わかったから、いちいち頬をつねんな!」

 

「あーん? 随分と口が悪いなあ? 反省してんのお?」

 

「悪かった悪かった! 反省してる! してるって!!」

 

英雄のクローンと大々的に宣伝され、その優秀さは九鬼家が保証していた。

だからこそ、分かりやすい実績として三人ともが本選出場を望まれていた今大会。

蓋が開けば与一だけが敗退してしまったわけで、その点について彼女たちの教導役であるマープルからは叱りの言葉を受けている。

 

「全く情けないねえ。英雄の名折れだよ」

 

「ぐっ……ば、馬鹿言ってんじゃねえよマープル! 橘相手にあの距離でどうにかできるか! もっと距離があれば……」

 

「言い訳はおよし。本当に名が廃る。鍛錬の時間を増やすべきだね」

 

溜息を吐き、やれやれと首を振るマープル。二の句を告げない与一は悔しそうにするばかり。

その様子を見て、傍らに控えていたクラウディオが相好を崩した。

 

マープルも、他の従者部隊の面々も、表面上は辛辣な態度を貫いている。しかし内心ではそれほど悪い評価は下していない。どちらかと言うと、「よくやった」に傾いていた。

 

与一と剣華の実力差は本人が考えている以上に開いている。いくら剣華が不調を引きずっているとはいえ、壁を越えている人間なのは間違いない。組み合わせが決まった当初から、九鬼家としては与一の敗北は必至と考えていた。

丁度いいからそれを理由に厳しくしてやろうと言うのがマープルの考えである。最近は新しい友人も出来て精神的に安定しているのだから、引き締め時と言うやつだった。

 

「負けちまったもんは仕方がないからね。次に備えて鍛え直しだ。文句は言わせないよ。わかったね?」

 

「……ああ」

 

ここ数年では珍しく、与一は素直に言うことを聞いた。

ふんと鼻を鳴らしマープルは踵を返す。その背中に義経が尋ねた。

 

「あ、マープル。清楚さんはどこにいるんだ?」

 

「……今は勉強の時間だよ。何か用かい?」

 

「うん? うん、特に用と言うわけでは……ただちょっと話をしようかと……」

 

「なら、あとにしな」

 

取り付く島もない返答に、若干しょんぼりしながら「わかった」と頷く義経。

そのままマープルが部屋を出ていき、一息の沈黙。弁慶が破った。

 

「おー、こわ……。あれは怒ってますなあ」

 

「ちっ……」

 

弁慶の言葉に肩身を狭くする与一。

さすがの弁慶もこれ以上与一の敗北を茶化すことはしない。

 

「清楚先輩、忙しいみたいだねえ」

 

「うん……義経たちの試合、見てくれてたかな……」

 

義経の呟きに他の二人は答えられない。

事前の話では、葉桜清楚は予選会場に入ることを禁じられていた。そのため、「画面越しに応援するから」と言う話になっていたのだが、予選が始まってからと言うものタイミングが悪く、まだ話が出来ていなかった。

 

「ご安心ください。葉桜清楚様はきちんと全員のことを応援していたようですよ」

 

「本当ですか?」

 

「ええ。随分と熱心だったと報告を受けております」

 

クラウディオの言葉に義経が元気を取り戻す。

 

「あの、それじゃあFグループ予選の……」

 

「C予選が終わった時点で勉学の時間になり、それ以降は見ていないようですな」

 

どことなく冷たい言い方に、義経が再びしょんぼりする。

弁慶の視線が険しくなり、与一が視線を逸らす。

 

Fグループ予選。それの指すところはつまりは工藤である。

あの試合の時、義経たち三人は会場にいた。久しぶりに会う友達の晴れ舞台である。もしかしたら本選でぶつかるかもしれない。一言二言でも話が出来たら……。少なくとも義経はそんな気持ちで会場に赴き、そして工藤の本気を目の当たりにした。

 

今思い出しても身体が震える。

以前感じたものよりも更に巨大な闘気。練磨されたそれは、しかし懐かしさが込みあげ、自然と記憶が蘇った。

 

粗末なイカダで島にやって来た少年の顔。

執事として、友人として一緒に暮らした日々。守られてばかりだったあの頃。

ずっとずっと、越えるべき目標として追い続けていた。

 

今なお見上げるほど遠くにいるあの友人に、今なら手を伸ばせば届くだろうか。

 

無意識の内に手を伸ばしていた義経は、その先に工藤の姿を幻視する。

不安と興奮から震える手を握り締める。一向に震えは収まらず、両手を握り締めて胸に抱く。

 

ドクンドクンと鼓動が聞こえる。

心を落ち着かせて深呼吸をする。

 

想像する。満員の観客席。舞台に立つ自分。相対する対戦相手。――――工藤祐一郎。

一際大きく鼓動が跳ねて、弁慶が頬を引っ張って来た。

 

「……いひゃい」

 

「なーにを考えてたのかなあ」

 

「……ひゃにも」

 

一層強く引っ張られて悲鳴を上げる。

見え透いた嘘は弁慶には通じない。

 

「ほ、本選のこと考えてた!」

 

「ほー。真面目だねえ。本選までまだ一か月もあるのに」

 

「義経は今すぐにだって戦えるぞ!」

 

弁慶は苦笑する。

Fグループ予選。工藤の戦いを見てからと言うもの、義経はずっとこんな調子だ。

悪く言えば落ち着きがなく、よく言えばウズウズしている。その様子はまるでヒーローの戦いを目にした子供のよう。

 

弁慶だってあの戦いに思うところがないわけではない。

戦いたいと言う義経の気持ちも分からないわけではない。けれども、それ以上に文句を言ってやりたいと言う気持ちが勝る。何をしてるんだお前はと。一言言ってやらねば気が済まない。

 

「はてさて。どっちが先に当たるか。楽しみだねえ」

 

「義経は負けないぞ!」

 

「そうだねえ」

 

弁慶が杯を干す。

手酌で川神水を注ぐ。なみなみと注がれた杯に、苦笑を浮かべた自分の顔が映っていた。

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