八話
神奈川県川神市。
川神院を始めとした数々の観光名所が散在するこの街は、風光明媚な市として国内外にその名を轟かせている。
川神市にだけ自生する野草など独特な自然環境が有名だが、それよりも前述した川神院。
かつて武神として武の世界に君臨した男、川神 鉄心が運営する武道の総本山。
実は国外に轟く名声のほとんどが川神院に関することだったりする。
曰く、一人で一個師団壊滅させた。
曰く、手からビームを出す。
曰く、銃を撃ってもミサイル撃っても無傷。
一般人が聞けば冗談だろと笑い飛ばす逸話のほとんどが事実なのだから、川神院は手におえない。
何か奇想天外なことが起こっても、「原因は川神院です」と言われれば「なんだそうか」と納得してしまうぐらいには諦められていた。
そんな場所で師範代にまでなれれば人間やめてる証だ。
そんな証が欲しくて、世界の猛者らは川神院を目指す。
人間やめたくて、川神学院の門を叩く人間が大勢いる。必然的に門下生も多い。
来るもの拒まず、去る者追わず。
全員が全員人間やめている訳ではないが、それでもそこらの道場と比べれば、優秀な人材が数多く居る。
化け物を何人も排出したりもした。
それらは世界に誇る九鬼家従者部隊序列0番が保障している事実だ。
そんな川神院。
聞けば聞くほど耳をふさぎたくなるような逸話でいっぱいだが、実は恐ろしいことに、川神鉄心が運営しているのはそこだけではない。
川神市でも上位の偏差値に位置する進学校。
川神学園。
そこも川神鉄心が運営する学校なのだ。
校風は自由がモットー。ほかの学校との違いとしてSからFまでのランク付けがあり、競争力を煽る仕組み。
さらに最大の特色として決闘制度がある。
問題が起きたときに決闘を行い勝った方の意見を通す。
決闘と言っても、武力を競うだけが決闘ではないらしく、知力を競ったり運を競ったりもOK。
決闘を行う際は教師の監督が必須で、教師陣はどれもこれもが実力者。
滅多なことでは決闘中の事故は起こらない。
川神院の師範代クラスの実力者が教師として働いている川神学園だからこそできることだ。
さて、川神院と川神学園について簡単に説明し終えたところで、話は東西交流戦前にまで遡る。
具体的には、川神学園の朝会で学園長こと川神鉄心がいきなり東西交流戦について発表したところからだ。
「あー。あー。聞こえとるかの? 聞こえてる? ならばよし」
学園長が全校生徒を前にしてマイクのテストを行い、無事に稼働していることを確認。
そして眠たそうな生徒たちを目にして溜息を吐いた。
「やれやれ。春の陽気にやられとるの。気合の足らんもんが多い。これから儂、ちょっと重要なこと話すんじゃが、大丈夫?」
生徒たちからは特に反応がない。
空気を読めば「早く話せ糞爺」と言っていた。生徒たちは学園長を敬う気持ちを特には持ち合わせていない。それもまたこの学校の特色だ。
「ま、聞かん奴は聞かん奴で別によいじゃろう。来週、天神館と東西交流戦を行うことになったのじゃがな」
…………ん?
あれ、今なにか変なこと言わなかったか?
生徒たちの眠気が飛び始める。
「一学年につき参加人数は200人。強制ではなく、希望者のみじゃ。場所は九鬼家が提供してくれた工場。九鬼管理じゃから結構なんでもしていいのぉ。詳しいことはプリントを配るからそれを見ればよい。参加したいものは担任に言うように。人数制限もあるから早い者勝ちじゃ。それでは解散!」
…………………………は?
「おい、待てじじい」
「なんじゃモモ」
「もっときちんと説明していけ。突然すぎて意味わからんぞ」
「だって儂眠いんだもん」
「春の陽気にやられてるのお前だろうが!!」
百代と鉄心の言い合いの中、数秒遅れで生徒の中を動揺が走った。
交流戦? 天神館と?
天神館って学園長の愛弟子が運営するあの天神館?
まじで?
「うおおおおおおおおお!?」
「まじか! まじかよ?」
「私の実力を試せるのね!」
思い思い、好き勝手に声を上げ、熱を上げ、騒然とするグラウンド。
朝礼が終わってもその熱気は冷めやらず、クラスに戻ってもその話題で持ち切りだった。
「大和大和! 聞いた? 交流戦だって! あたし絶対に参加するわよ!」
「ワン子はそういうの好きだしな」
「大和も出ましょ?」
「うーん……」
2-F直江 大和と同クラスの川神一子。
一子は既に参加する気満々で、大和は今一乗り切れない様子だった。
そこに風間ファミリー男衆が集結する。
「何だよ大和ぉ、出ないのか? 俺は出るぜ!」
「俺様も同じく出る。これに燃えなきゃ男じゃねえ!」
「あっははは。みんな元気だねえ」
上から風間 翔一、島津岳人、師岡卓也。
前者二人は活動的、好奇心旺盛、運動が得意な二人。
対照的に卓也はアニメ好きのインドア派。彼も大和と同じく、それほど積極的に参加しようとする意欲はない。
「モロは出ないのか?」
「僕は戦闘とか得意じゃないしねえ。出るにしても後方支援係かなあ」
そうだよなあと大和は相槌を打ち、どうしたものかと思案する。
「大和は参謀として出ればいいんじゃない?」
「まあ、出るとしたらそれしかないんだけどな……」
ちょっと気がかりがあり、歯切れ悪く返事をする。
二年生で参謀と言ったら大和とあと一人、S組の葵 冬馬がいる。
もし彼が出るのなら自分がするべきことはほとんどなくなってしまうだろう。そして、恐らく冬馬は出る。九鬼英雄の唯一の友人として、彼をサポートするために参加するだろう。
そうなった時、果たして自分は出る必要があるのだろうか。
クラスを見渡せば意欲満々なのは一子や翔一、岳人のほかにクリスティアーネ・フリードリヒぐらいだ。
あとの人間は、まあ他の人―――特にS組―――がやってくれるだろうと短絡的な考えを見せている。
さて、どうしようかなと深く思案しようとした時に、自分を呼ぶ声が聞こえた。
「大和くん」
「ん?」
振り返り、ドアの方を見てみれば、S組の葵冬馬が立っていた。
S組とF組は普段から諍いを起こすほどに仲が悪く、突然のS組の出現にF組の面々は何だなんだと冬馬を見ている。
「どうも」
「ああ。どうしたんだ?」
「いえ、ちょっとした確認です。……大和くんはもちろん参加しますよね」
主語はないが、普通に考えれば交流戦の事だと分かる。
「いや、どうしようかと考えてたところだ」
「そうなんですか。僕としては是非大和くんに参加してほしいのですが」
「俺が参加しても大した役には立てないぞ」
「何を言っているんですか、大和くん。貴方には貴方しかできないことがちゃんとあります」
手を握りながら、良い笑顔を近づけながら、「僕の側に居てください」とでも言いそうな雰囲気で冬馬が言った。
多分、自分が持っている人脈の事を言っているのだろう。
相手の事を探るのにはそれを使うのが一番手っ取り早い。そう言う意味では確かに役には立てる。
しかしそこまでだ。その後はほとんど役には立てないだろう。
自分が出来ることは冬馬が出来る。もっと言えば冬馬の方が出来る。
果たして、同じ能力を持った軍師が二人もいるだろうか。そう考えると今一乗り切れない。
「でもなあ……」
「気が乗らないのですか?」
「まあ……」
学年ごとの対抗戦。
三年生にはあの川神百代が居り、一勝は確定したような物。
二年生にしても一子やクリス、マルギッテにあずみなど、武に富んだ女の子たちが参加を表明している。
そしてそれを支援する冬馬に大将たる九鬼英雄。正直この面子では負ける方法を考える方が難しい。
"別に俺が出なくても"
そんな思いが大和の内を占める。早い話が面倒くさかった。
そんな心の内を見透かしたのか、冬馬はそこをぐさりと突いてくる。
「ふむ。どうやら、大和くんは天神館を甘く見ているようですね」
「え?」
甘く見ているつもりなどない。
なかったが、冬馬は有無を言わさない説得力を持って話し始めた。
「天神館は川神鉄心の愛弟子、鍋島 正が館長を務めています。愛弟子というからにはその能力も相応な物でしょう。加えて天神館には西方十勇士という、館長自らスカウトした、文武に優れた生徒で構成されるグループがあるそうです。特に、今の十勇士は全員が二年生。それぞれが西で名を轟かせている猛者だとか」
そこでふっと、思い出し笑いをしたように冬馬が微笑んだ。
「それだけならまだ何とかなりそうですが、英雄にいくつか信じられない話を聞きましてね。SとFの不和を気にして遠慮している余裕はなさそうなんです。大和くん、ぜひ君も交流戦に参加してください。川神学園の名誉のために」
勝つためには形振り構っていられない。
そう行動で示して、冬馬は大和に参加するように再度求めてきた。
葵冬馬がそこまで言う程の相手なのかと大和は唾を飲み、そして言う。
「そこまでお願いされて断っちゃ男が廃るな」
俺も男だと、大和は参加することに決めた。自動的に、椎名京と師岡卓也も参加することになる。
「そうと決めれば早速情報収集だ」
大和がぽちぽちと携帯を取り出しメールを打ち始める。得意の人脈を頼っての情報収集だ。
にっこりと満足そうに微笑む冬馬の横で、京が「ステキ!」と頬を染めた。
「ありがとうございます。これでだいぶ楽になりますね」
直江大和の参加を確実にすることで情報をいち早く得て、天下五弓の一人の椎名京の参加も確実なものにする。
それが葵冬馬の目的だ。
直江大和なら、今日中に十勇士について詳しい情報を得られるだろう。
それはつまり、明日以降を対策を講じる時間に使えるということだ。これは大きい。
ましてや、彼が参加すると決めたら椎名京も必ず参加するのだ。逆に言えば、大和が参加しなければ京も参加しないだろう。
優秀な狙撃手が居るか居ないかの差は非常に大きい。それだけで大和に参加してもらう意味がある。
無論、大和も冬馬の企みは分かっているだろうが、分かったうえでの了承だ。
『川神学園の名誉のため』という言葉が利いてくれた。本気で川神学園の負けを考えていなければ出てこない言葉だ。冬馬がどれだけそのことを危惧しているのか、大和も察したのだろう。
冬馬は一先ずは安心して、「近々、作戦会議を開く予定です。ぜひ参加してください」と言い、自分のクラスへ帰ろうとする。
しかし扉に手を掛けたところで風間翔一が呼び止めた。
「なぁなぁ」
「はい?」
「九鬼英雄が言ってた信じられないことってどんなこと?」
ただの興味本位だ。嘘も方便ですよと言われればそれで納得してしまう程度の興味しかない。
冬馬は答える前にちらっと時計を見る。もう次の授業が始まってしまう時間だった。
「……詳しく話すと長くなるので、簡単に言わせてもらいますと、『武神に匹敵する人間が天神館にいる』そうです」
返事は聞かずに廊下に出た。
SクラスとFクラスは廊下の端から端まで離れている。
歩いて授業が始まる前にクラスに着けるかは微妙な時刻だ。
次の授業は何だったかと考えて、学級担任でもある宇佐美 巨人の授業だったと思いだす。
彼ならば理由を説明すれば遅刻扱いにはならないだろうと、汗臭いのが苦手な冬馬は走ることはせず、ゆっくりと歩いて教室に向かった。