一昔前、とある少女と少年がいた。その二人は実の兄弟のように仲が良く、近所の人々からもよくその仲の良さをからかわれる程に。
しかし、その二人の家は特別な家系だった。代々『魔』という物を継承し、それの研究を続けてきた家系だった。常にそのものが決めた研究テーマを基に、一生研究し続ける者たちだった。
それはその者たちの宿命でしかなかった。抗う事もなく、唯唯諾諾と従ってきた。二人ともそれが間違っているとは思っていなかったし、それがどんな事態になるのか分かっていなかったからだ。
「ねえ、■■。あなたは将来、どんな
「唐突に何だよ、■。そんな事訊いてくるなんて……お前だってそんなのイメージしてる訳じゃないだろ?」
「そりゃあ、そうだけどさ。それでも何かあるんじゃないの?」
「そういうお前はあるのかよ?」
「う~ん……まあ、私の事はいいじゃん。それで、■■はどんな
「そうだなぁ……総ての
魔道士には研究の題材となる七つの分類が存在する。それは七つの大罪――――
魔道士見習いは、まずそれぞれの「テーマ」探しから始まる。たとえ同一の「テーマ」があったとしても、個々の印象などが違ってくるため、決して同一の魔道は成立しない。
そしてそのテーマを纏めている
「それはちょっと荒唐無稽すぎるんじゃない?だって持てるテーマは一人一つだけなんだよ?」
そう。通常、魔道士は自らの「本質・塊の質」とは正反対の事柄をテーマにするため、1つしか研究することができない。故に複数個、それも総てのテーマを研究するというのは無理なのだ。
「そんな夢がない事を言うなよ。そもそもお前から訊いてきたんだろ?」
「だって……そんな突拍子もない、っていうか無理な事を言うとは思ってなかったし。どうしてそんな無理だって分かってる夢なの?」
「だってさ、魔王って存在は複数の魔術を使えたって話なんだぜ?だったら、俺にだって可能性ぐらいあるかもしれないだろ?」
「う~ん……まあ、そういう事なら頑張ってみたら良いんじゃない?応援はしておくよ」
「サンキュ」
二人は少なくともこの時、確かに幸せだった。何よりも無邪気な存在だった。魔道という存在を知りながら、子供らしい純真無垢さを失っていなかったのだから。だが、だからこそ二人は思いつきもしなかった。近い未来、あんなことが起こるとは――――
「ガ、アアアアァァァァァァァッ!」
壊れていく。少年はその身に与えられた力に壊されていく。何もできずにただその命を蝕まれていく。そして少女はただそれを見ている事しか出来なかった。いや、そもそも少女は何が起こっているのかすら理解していなかった。
クリスマス。一般的に聖夜と言われているその日も、少年と少女は自分が決めたテーマの研究に励んでいた。それでもまだ幼い彼らはその日を楽しみにしていた。
少女が一度自宅に戻ってから少年の家に向かうと、少年が自らの身体を抱きしめながら叫んでいた。そしてそのすぐ傍には注射器を手にした少年の母親がいた。
「フフフフフフフフフ……これで私の研究はもっと進む。私を見限って見捨てたあいつらに復讐する……後悔すればいいわ!アハハハハハハハハハハハ、ハハハハハハハハハハハハハ!」
どこからどう見ても、狂っているようにしか見えなかった。何より実の息子である■■の事を、実験動物か何かとしか見ていなかった。その瞳は完全に濁りきっているとしか言えなかった。
「しっかりして、■■!まだ研究は途中なんだよ!?こんな場所で終わっちゃいけない!そうでしょ!?」
「……■、逃げろ」
「……え?な、何を言ってるの?■■を置いて逃げられる訳ないじゃん!」
「これ以上……俺は、俺を……抑えきれる自信は……ない……だから、俺が……俺でいられる内に……逃げろ……!」
「嫌だ!そんなの嫌だ!」
「頼む……俺が……俺でいられる内に……逃げてくれ……!」
少年の肌を何かが覆っていく。それは一見すると爬虫類の鱗の様であったが、絶対に違うと少女は直感していた。何故なら、肌の色とは違い血のように濃い赤色だったからだ。
少年の瞳も身体の浸食具合が進むにつれて、生来の黒色の瞳は金色に変わっていった。それどころか、獣のように縦長の切れ込みが入っていた。明らかに人間のそれから変化していた。
そして変化が進むにつれて、魔力を身体から垂れ流しにしているかのように溢れ出させる。少女はそれだけでも何とか止めようとした。
何故なら、魔力が尽きるという事はその者の存在の力もなくなってしまうという事だからだ。そうなれば、少年はこの世界でその存在を保つ事すら不可能になってしまう。
だが、いざ止めようと行動しようとすると不可思議な事態に足を止めた。
何かがおかしい。これは一体どういう事なのか、少女は得体のしれない事態に身動きが取れなかった。魔力は本来湯水のごとく出てくる物ではない。人間を泉とするなら、魔力を使うという事はその泉から水を掬うのと同じ行為なのだ。
その様は
「〇〇〇……■を……頼む……お前も……■と一緒に……行け……」
『……私は絶対に離れません。たとえマスターが死にそうになっても、傍から離れません!』
「強情な奴……しょうがない……やりたくは……なかったんだけど……な……」
少年は手元の魔導書を少女に向かって投げた。少女がそれを受け取るのと同時に、膨大な魔力が少年の手元に集まった。そしてそれを少女に向けた。
「……
少年の服装が変わり、魔道士が魔術を使う際に身に着ける姿――――通称、メイガスモードになった。そして少女と魔導書を包み込むように魔術を使った。
膨張するように大きくなった魔力は完全に狂っている母親を吹き飛ばし、壁に叩きつけられた母親は気絶した。そしてそれだけの魔力を使って発動した魔術によって、少女は自分の意志で動くことが出来なくなった。
「何を……何をしたの!?」
「俺のテーマを……使っただけだ。なぁ、おい……聞いてるんだろ?だったら……何をすればいいか、分かるよな……?」
『……ああ。よく分かってるぜ。お前さんの時間がもう殆んど残ってない、って事もな』
「〇〇……!?待って、まだ私は……!」
『残念だが、時間切れだよマスター。これ以上はここに留まる訳にはいかないんだ。分かってくれ、とは言わない。それでも……聞き分けてくれ、マスター』
少女の足元から魔法陣が展開され、少女の姿が消えた。その姿に少年は笑みを浮かべた。そしてそれは気のゆるみを意味し、少年の身体を侵食していた物の浸食の速度が速まった。
そして少年を中心に魔力が放出され、家は完全に崩壊した上にその魔力は周辺にあった家を総て消し飛ばした。それどころか、舐めつくすように発せられた力は街を全壊に追い込んだ。
これによって発生した街に発生した崩壊現象――――特定の地域・範囲が重力震動や磁場発生により大破壊を引き起こす現象――――によってわずかに存在した生き残りの人々も完全に死に絶えた。
それから数日後、一人の男がその街を訪れた。目的としては崩壊現象が起こった原因の調査。そして、とある噂の真偽の確認だった。
「これはこれは……また随分と壊れてるねぇ」
街に入ると、辺り一帯が完膚なきまでに破壊されていた。経験のない魔道士であれば、崩壊現象のせいと思うかもしれない。しかし、男には分かっていた。これが崩壊現象によって起こった破壊痕ではなく、
そして男がそのまま歩を進めていくと、瓦礫の上に座っている傷だらけの
「ちょっと良いかな?僕はここにとある調査で来ているんだけど……」
「……
「ほう……見えるのかい?僕の魔導書『
「ふん。白々しい事を抜かすなよ、
「いやいや、そんな事はしないよ。たださっきも言った通り、崩壊現象の調査に来ただけなんだ」
「……まあ、構わん。原因なら俺が殺したぞ。骨の一片……いや、魂の一片すら残ってはおらん」
「へぇ……そこまで念入りに?それほど厄介な相手だったのかな?」
「要らぬことばかり言うようなら、その口を塞いでも構わんのだぞ?手負いだからと言ってあまりこちらを舐めるなよ、
「そういうつもりはないんだけどね……それで、どうしてこんなところに?目覚めたのなら、こんな場所は用済みなのでは?」
「戯け。貴様、分かっていて言っているだろう?俺はこれ以上、人格を保っていられん。貴様と軽く手合わせするのが精々だ」
そう言いながら傍に置いてある槍を取ろうとすると、槍が粒子状になって消えた。魔力で構成されていた槍が現界しきれなくなったからだ。それを見て少年はふぅ、とため息を吐いた。
「消耗しすぎたな。
「やれやれ……身勝手な
「ふっ……古今東西、英雄という者は身勝手な者だ。それでは、任せた……ぞ……」
少年は精根尽き果てたように地面に倒れそうになった。それを男は地面に倒れ伏す前に抱き留めた。気絶した事で金髪は
「さて、これからどうしようかな……」
そう呟きながら、男は少年を抱き上げて歩き始めた。詳細が分からないにしても、調べられることだけでも調べておくために。
ここから彼の物語は始まる。果たして彼が辿る物語は喜劇か?それとも悲劇か?あるいは……。
どちらにしても、これは神にとっての茶番である。何故なら、総ては神の意志のままに回るのだから。いかなる道筋を辿ろうとも、彼は神に選ばれた結末へと至る。ならばそれは茶番と呼ぶしかないだろう。
だが、それを知らぬ少年は駆け続ける。物語の終わりへ向かって。どこまでも尽きることなく、己の願いのために。