夢を目指す魔道士   作:シュトレンベルク

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【魔王】と【英雄】

莫大な魔力を撒き散らしながら、空間を引き裂くように転移したセイの目に映った物は――――爆発炎上しているビブリア学園の姿だった。

 

「これは……」

 

『どうやら襲撃を受けてるみたいだな』

 

「そんな事は見ればわかる。しかし、一体誰が……?」

 

セイが視線を降ろすと、そこにはレヴィと和装の白髪の少女がいた。レヴィが負傷しているのも気になったが、それ以上に白髪の少女の異質さに目が行った。

 

「魔王候補――――トリニティか」

 

『ああ、それも神話武装を三つ使って至ってるな。けったいな奴もいたもんだ』

 

「あれが聖の言っていた福音研究会(イシュカリオテ)とやらの構成員だろう。その後ろにいるのは……大魔公(パラディン)か」

 

莫大な魔力を撒き散らしながら現れたセイに視線は集まり、大魔公(パラディン)は誰なのか見抜いたうえで冷や汗をかいていた。

 

異形の姿もさることながら、放たれる威圧と言い魔力と言い魔王と呼ぶに相応しい存在になっていたからだ。特徴的な魔力であるためレヴィもすぐに気づき、逆に和装の少女は首を捻っていた。

 

「ふむ、当機、どういう事態かよく分かっていないのですが。あなたは誰ですか?」

 

「俺か?俺は響セイだ。そういうあんたこそ誰だ?」

 

「これはどうもご丁寧に。そして申し遅れました。当機はルーグと申します」

 

「ルーグ?……そうか、光輝術(イルダーナハ)の使い手か。名前は聞き及んでいたが、こうして出会えるとは思っていなかったな」

 

「そうでありますか?当機としてましても聖とリーゼロッテ・シャルロックが執着していたあなたに会えるのを楽しみにしていました。こうしてお会いできて光栄です」

 

「あの二人が……ね。まあ、良いさ。それで訊きたい事があるんだけど、良いかな?」

 

「何なりと訊いていただいて構いませんよ?当機、それほど重要な情報は知りませんが」

 

「別に構わないさ。俺が訊きたいのは――――」

 

 

――――君が俺の敵か、という事だけなんだから。

 

 

「っ!」

 

純粋な殺気と身体を圧迫するように放たれる魔力がルーグを襲う。獣、というより龍のように圧倒的で圧し掛かるように放たれるそれは、ルーグに危機感を抱かせるには十分すぎた。

 

「……当機はあなたを危険だと判断します」

 

「トリニティに至っているあんたに言われても、何とも思わないが。俺もあんた相手なら、力を振るえそうだ」

 

噴出する膨大な魔力は槍の形になり、セイの手に握られる。それを目にした瞬間、ルーグは眼にも止まらない速度で移動した。そして次の瞬間、セイの背後に現れた。

 

「――――無駄だ」

 

しかし、傷を負ったのは攻撃した側であろうルーグだった。

 

「っ……何故?」

 

「この空間で、俺にダメージを与えることは出来ない。俺の魔力に支配された、この空間ではな」

 

微細な魔力をばら撒くように翼が揺らめき、その場にいた全員の肌を舐めるように魔力が飛ぶ。それに直に触れた大魔公(パラディン)たちは戦慄を抱いた。

 

「……自分の魔力を周囲にばら撒く事で、より繊細な魔力コントロールを行っているのか」

 

「ご名答。俺の魔力が存在するこの空間は、俺の近くが及ぶ範囲でもある。いくら光の速度であっても、最初の初動が判明しているなら防ぐくらいは容易い」

 

「……なるほど。しかし、光で動く私の速度に対応できるとは思えませんが?」

 

「肉体の速度は音にすら劣るが、神経の速度は光に匹敵する。そして魔術を組むだけなら、肉体を動かす必要はない。なにせ、俺たちのアーカイブは肉体にある訳じゃないからな」

 

極端な話、魔力を通せさえすれば魔術は発動する。そしてそれだけであれば一瞬で完成するのだ。

 

「あんたとレヴィは相性が悪い。しかも、傷を負ってるとなれば尚更だろう。だが……俺は別だぞ?」

 

光速すら把握することが出来るのなら、ルーグの持つ光輝術(イルダーナハ)は無意味となる。ある意味で相性が悪いにもほどがある相手だった。

 

そんな風にルーグが追いつめられていた時、またも地面を踏みしめる音が聞こえた。全員の視線がそこに集まろうとした瞬間――――セイが何者かに吹き飛ばされた。

 

そこには槍を構えた金髪の男――――セイの英雄姿が形になった者がいた。吹き飛ばしたセイを忌々しげに見つめるその男は立ち上がったセイに槍を向けた。

 

「その姿……貴様、屈服したのか?」

 

「そんな訳ないだろう。逆だよ、逆。俺がアイツを取り込んだんだ。あの時とは逆に、な」

 

「ちっ……あの時の記憶も取り戻したのか」

 

「そうだよ。抑止より力を得た、もはや名すらも剥奪された輪廻世界の守護者と成り果てた英雄よ。始まりの――――原初の記憶も俺の中にはある」

 

「……そうか。まったく、取り戻さなくても良い記憶も取り戻したわけか」

 

ため息混じりにそう告げる英雄に対して、他の魔道士たち特に学園長たちは驚いていた。

 

「かつて、世界の大敵を討った事でその身は英雄へと召し上げられた。それ以来、魔王誕生以外で世界が危機に陥った時、お前はそれを討ってきた。世界の道具へと成り果てた」

 

「……………」

 

「嘆いた事だろう。悔やんだ事だろう。自分の願った英雄とは、こんな物ではないのだと。そう思っただろう?」

 

「……そうだな。確かに貴様の言う通りだ。だが、それがどうした。たとえ望んだ物とは違っても、俺はその過程に多くの理想を成し遂げた。貴様に同情される筋合いはない」

 

かつて世界にその身を売った英雄。確かに、やりたくない事もやってきた。しかし、その過程に己の理想を成し遂げてきたのだ。セイに同情などされたくはないだろう。

 

「いや、なに。お前のその旅路に終止符を打とうと思っただけだ。俺は、お前だ。お前は俺ではないが、お前の魂を宿し、その記憶を見た俺はお前だ。英雄という役割を与えられる前、魔道士であったお前だ」

 

「ふん。その身に龍を宿したお前が、俺に成り代わるだと?――――大きく出たな、小僧……ッ!」

 

「撤回はしない。英雄と魔王……その争いに決着をつけよう。この関係に終止符を打ち、新たな世界の創造としよう。この輪廻を俺が破壊する」

 

魔力を漲らせ、セイに槍を向ける英雄。そんな英雄に対して、堂々と立ち向かうセイ。両者の魔力は互いに鬩ぎ合い、空間の奪い合いを引き起こしていた。

 

セイはより広い空間を奪い、己の知覚範囲を広げるため。英雄は逆にセイの知覚範囲を狭めるために。ぶつかり合う前から戦いは始まっていた。

 

「行くぞ、魔王の後継。今度こそその命を絶ってやる」

 

「来い、かつての英雄。お前にも終焉をくれてやろう」

 

これより繰り広げられるは神話の戦い。誰も知る事のない時代、もはや語る者など残っていない時代に繰り広げられた戦いの塗り直し。かつて終わらせることの出来なかった物に今度こそ終わりを告げるために、二人はぶつかり合う。

 

■◆■◆■◆■◆■◆■◆■

 

とある男がいた。その男は魔術という物が風靡している世界の中にあった魔導学園に在籍し、数ある魔導学園の中でも最高の才能の持ち主だと称えられた。そして圧倒的な技量を持った者として【魔王(ワイズマン)】の称号を与えられた魔道士になった。

 

とある男がいた。その男は正義に憧れ、まるで子供のようにその正義を信じて生きてきた。そしてその心を持ったまま、力を得るために魔導学園で研鑽を積んだことでそれなりに名の知れた魔道士になった。その力を持って正義をなす【英雄(ヒーロー)】になった。

 

その二人に直接的な接点はなかった。精々、互いの噂話を耳にした程度だった。実際、二人とも最初の内は気にすらしていなかった。

 

だが、自分の在り方を貫いている内に二人はおかしな感覚に襲われた。どこからともなく声がする。誰とも知れぬ者が自分を呼んでいる。その誰とも知れぬ存在を拒絶しなかった。それこそが、二人にとっての終焉の始まりであったのに。

 

その者の呼びかけに応じ、二人は力を手に入れた。周りの人間を超越するほどの圧倒的な力。最初、周りの人間はさらに強くなった二人を祝福した。

 

けれど、その者たちを恐れていた者たちにとって強大な力は更なる恐怖でしかなかった。だからこそ、噂を流した。――――強くなったのはこの世ならざる者の力を得たからだ、という噂を。

 

周りは何を馬鹿な、と思っていた。本人たちはそもそも噂事態に関与しなかった。どうせ殆どの者は嘘だと思うだろうと思っていたから。

 

しかし、急に強大な力をつけた事が悪かったのだろう。その噂を嘘だと言いきる者はほとんどいなかった。本人たちでさえ言えないのだから、当然と言えば当然だが。

 

圧倒的な力によって魔道の研究を進めていた男の前に、とある人物が現れた。正義感に溢れたその人物は【魔王】に問うた。どうやってその力を手に入れたのか、と。

 

無論、【魔王】はその人物を無視した。自分の魔道研究にとって邪魔でしかなかったし、そもそも知り合いどころか名前すら知らないのだから当然だ。だが無視されて尚、人物は【魔王】に問い続けた。

 

とうとう煩わしくなったのか、【魔王】は答えた。知らん、と。実際、呼びかけには応じたが、それが一体どういう理屈でなっているのか【魔王】は知らなかった。興味もなかったが。

 

当たり前だが、そんな答えで納得出来る筈がない。その人物は【魔王】に問い返したが、面倒になったのか【魔王】はその人物を追い返した。その噂を聞きつけた周囲の者たちも【魔王】に問いかけるようになった。

 

そんな周りの反応が煩わしくなったのか、【魔王】は魔導学園から姿を消した。周囲の者たちが捜索する中、【魔王】はとある辺境でひっそりと魔導の研究を続けた。

 

だが、【魔王】が育て上げた弟子たちの中で七人の少女だけは分かっているように【魔王】の元を訪れていた。その少女たちは【魔王】に好意を抱き、足繁く【魔王】の元に通った。邪魔ではなかったからか、【魔王】もその少女たちだけは邪険に扱わなかった。

 

平和な時間を過ごしていた【魔王】の元に一人の男――――【英雄】が現れた。自分と同じように急に力を得た【魔王】であれば、この力も分かるのではないかと思ったからだ。

 

【魔王】は【英雄】に問われたが、かつてのように知らんと答えた。だが、同じように力を与えられた二人は自然と仲良くなった。その仲の良さは【英雄】が少女たちに嫉妬される程だった。

 

そんな平和な時間も長くは続かなかった。少女たちが己の研究を完成させ、七つの秘奥を生み出した。それを危険な物だと判断した【魔王】は自分たちよりも高次元の領域――――書庫(アーカイブ)に封印した。

 

多くの魔道士たちが繋がる場所に秘奥義として存在するそれを求めて、多くの者が少女たちに問うた。しかし、師である【魔王】が封印した物を弟子である彼女たちが答える筈がない。結局、誰も漏らすことはなかった。

 

しかし、彼女たちが迷惑している事を知った【魔王】はただこう思った。邪魔だな、こいつら。と。思っただけでしかなかったその思考に反応したのか、莫大な魔力が世界を呑みこみ始めた。

 

世界を崩壊に導くほどの魔力を前に、誰も抗う事は叶わなかった。その莫大な魔力は世界を崩壊させ、魔道士も何も関係なく滅ぼしつくす猛威を前に【英雄】が立たない訳がなかった。

 

少女たちの大半を失い、もはや残る物は何もなかった【魔王】は残っていた少女たちの魂を別世界に逃がした。その作業を終えた後、【英雄】が【魔王】の目の前に現れた。

 

そして二人は争った。本意ではなかったとしても、起こしてしまった事の最後は見届けなければならない。だったらせめて、最後ぐらいは親友と呼べる者との戦いに応じるのも良いと。

 

その戦いに勝者はいなかった。誰もその戦いを見た者はいなかった。結局の所、ただ純粋に我が道を行った男たちに周りの者たちはついて行けなかった。

 

正確に言うなら、男たちが介入を拒絶した。自分は一人で良いのだと、煩いと言いたげな態度がそう告げていた。その態度に、あり様に、誰もが怒り涙を流した。

 

しかし、最後には納得した。そういう不器用さに惹かれていたのだ。そういう意地っ張りな所が彼女たちにとっては魅力だったのだ。

 

それは輪廻の始まり。続いてきた螺旋の先端――――誰の記憶にも残っていない原初世界の物語。もはや誰も語らず、誰にも語れない世界の物語である。

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