莫大な魔力同士の激突。最終戦争と呼ぶに相応しいその攻防はセイの結界によって被害を免れているが、そうでもなければこの周囲一帯を更地に変えるだけの力が込められていた。
「そんな風に世界の傀儡になって尚、貴様は人を救うのか!?
「貴様こそ、また世界を滅ぼそうと言うのか?そんな事をして何になると言うんだ!」
ただ純粋に魔力が込められただけの一撃が、英雄に向かって放たれる。英雄はその一撃を難なく捌き、お返しとばかりに苛烈な一撃を叩きこむ。それを支配の魔術で防ぐ。
「――――雷よ、奔れ!」
「ぐぉっ……!?」
結界に現れた雷雲が英雄に向けて雷を放つ。それを寸でで躱しながら、下から反射された雷を両断した。そこで一安心したところで、セイはさらに術式を組み上げる。
「風よ、逆巻け。水よ、吹き荒れろ」
その場に招来されたのは――――大嵐。その場にあるモノ総てを粉砕するように猛威を発揮するそれは、術者以外の総てを壊すべく襲い掛かる。
だが、その猛威も英雄の前には存在する事すら許されない。大嵐ですら、英雄の一撃によって跡形もなく粉砕された。残されたのは水に濡れた結界と英雄、そして空から見下ろすセイだけだった。
「……馬鹿な。これだけの力をいとも簡単に……!?」
「不思議か?まあ、当然だろうな。だが、俺とて以前は【
「もしそうだとしても、かつての戦いでお前はここまでの力は……」
「かつての戦いでは俺は別の作業を終えたばかりで幾らか疲弊していた。十年ほど前の時は不完全な覚醒であったため、俺は一つのアーカイブの魔術しか使う事が出来なかった。だが――――今は違うぞ?」
途方もない魔力によって二人は次元の狭間に飛ばされた。無数に煌くまるで星のような物が存在し、その所為なのかこの空間は無重力だった。魔力によって足場を作り、二人は向かい合った。
「見えるか?この輝きが。そして何か分かるか?あれが」
「さあな。そういう事はインテリなお前の方が分かるんじゃないのか?」
「……会話のし甲斐のない奴だな。あれはな、世界だよ」
「……何?」
英雄は眉を顰めながら、セイに視線を向けた。逆にセイはそこら中に存在し、今も煌き続ける星々を眺めた。
「ここは数多の世界が繋がる場所であり、いわば世界の
セイは星々から眼を離し、英雄へと視線を向ける。そこに籠められた力に、英雄はさらに警戒レベルを上げる。
「さあ、ここならお互いに加減なしでぶつかり合えるだろう?手加減なんて止めてかかって来い」
二人が本気でぶつかり合えば、結界があろうがなかろうが影響は世界に及ぶ。緩やかであった世界崩壊に止めを刺したのはこの二人の戦いなのだ。それだけの戦いが結界程度で防ぎ切れる訳がない。
「さぁ、どうした
「黙っていろ。貴様こそこの程度ではないだろう、
抑止と終焉。相反する二つはぶつかり合う。ただ相反する敵を殺し、己の望む物を手に入れるために。
セイの掌の中に真っ赤な、今も赤々と灼熱色の球体が現れた。それを握り潰し、その掌を英雄に向けた。掌を開いたその先から途方もない衝撃が次元の狭間に響き渡った。その衝撃波は一つの世界を容易に壊すほどの一撃。
本来であれば防ぐ事すら叶わないその一撃を前に、英雄は立ち向かう。手にある槍に規格外の量の魔力を籠め、突きを放つ。ただそれだけで穴が開き、整合性が崩れたことによって衝撃波は霧散した。
「流石だな、守護者。あれは俺の持つ攻撃の中でもそれなりの威力を持つ一撃だったんだが」
「貴様も知っているだろう。守護者は世界に対する脅威度が高ければ高い程、抑止から与えられる力は強くなる。分かってやっているんだろう?その傲慢さ、確かに魔王だな」
「それはそうだ。かつて多くの魔力を持てば、それだけアーカイブからの干渉度合いは強くなる。アラタのように魔王としての別人格を持っている訳ではないからな、俺は」
魔力の多い者ほど、自分の属するアーカイブからの干渉は強くなる。魔王でない者は性格などに干渉を受けることがままある。魔術行使の状態は影響を受けるが、行使していない状態だと影響はあまり受けない。なので、大体ギャップ萌えとか言われたりする。
「この攻撃が防がれたなら、さて次はどうした物かな?」
「諦めると言うのはどうだ?俺も貴様も楽になるぞ」
「それはゴメンだな。なら――――こいつにするとしよう」
右腕に先ほどよりも膨大な魔力が集まり、その腕には小型の嵐が集まっていた。そして満を持してその名を明かす。太古の少女たち――――始まりのトリニティセブンが一人、天霧風音と共に創りあげた秘宝。
「万象総てを薙ぎ払え――――
これこそが太古の時代に創られた
「覚えているか?これが、かつてのお前に止めを刺した一撃だ……っ!」
――――太古の世界を完全に崩壊させた一撃でもあった。
「防げるものなら防いでみろ。お前に出来るのならな!」
「笑止。その程度防げずして何が英雄かっ!」
英雄の手元の槍に膨大な魔力を注ぎ込み、迫りくる竜の形をした嵐に向けて投擲する。槍は太陽の如き炎を放ちながら嵐と激突する。両者がぶつかり合うと雷光を迸らせ、ただ眼前に存在するモノを破壊しようと動き続ける。
だが、その拮抗も長くは続かず。槍が軋みをあげ、ついには木っ端微塵に砕け散った。無論、ぶつかり合った分の威力は下がっていたが、それでも一人殺すには十分に過ぎた。
「――――舐めるなと言っただろう。その程度、織り込み済みだ」
その手には二本目の槍が現れ、再び嵐に向かって投擲された。太陽の如き炎を纏った槍は再び嵐に喰らいついた。その命を奪わんとしているように放たれた槍。
だが、二本目も嵐を撃ち抜く事は叶わなかった。しかし、威力は格段に下がっており、英雄の身であれば何とか耐え切れるレベルに到達していた。無論、耐え切れるだけで途轍もないダメージであるのに変わりはないのだが。
「……耐えたか。俺の中でも一、二を誇る対界魔術を凌ぎきったか!流石は
「……言っただろう。この程度防げずして何が英雄か、とな」
「いやいや、誇れよ。今のは実際に世界を滅ぼすことの出来る一撃だった。抑止の力を借りたとはいえ、お前は世界を滅ぼせる攻撃を凌ぎきった。それは誇るべき功績だと思うが?」
「敵に褒められても嬉しくはないな。だが、気にはなる。貴様は一、二を争うほどの一撃で殺しきれなかったにも関わらず、そんなに嬉しそうなのだ?」
「うん?おいおい、勘違いするな。俺はこの魔術を一、二を誇る魔術だとは言ったが、俺の最強魔法という意味ではない。ただ単純に、あいつと創った唯一の魔術だったからそう言っただけだ。俺にとって一、二を争うほどの魔術は他にあるさ」
その言葉に英雄の動きは止まった。英雄が抑止の補助を受けてまで放ち、されど相殺する事の叶わなかった魔術がセイにとっては一、二を争うほどではない。その事実は一瞬であろうとも、英雄の動きを止めるに値する物だった。
もしこの場に他の誰かがいたとしても、仕方がないと思うだろう。だが、それは達人同士の戦いではあまりにも迂闊だった。そして、魔道士の頂点に立つ魔王は決してその隙を逃すことはない。
「俺を侮り過ぎだ」
占星術――――本来は星の並びによって使用される魔術。しかし、魔王ともなれば星に干渉する事すら可能になる。無論、本来の世界でそんな事をすれば大変な事になるが、次元の狭間であるこの場所では全く関係がない。
「吹き飛ばせ――――
恒星を自らの重力によって押し潰し、そのエネルギーでもって超新星を創造する。超新星は想像されたその瞬間―――――爆発する。その威力たるや、50光年の範囲内にある星に甚大な被害を及ぼす。因みに、1光年は9.5兆キロメートルの事である。
そんな膨大なエネルギーが英雄に襲い掛かった。ただでさえ構えるのが遅れていたのだ。人間の知覚範囲を超えた場所にすら影響を及ぼす一撃に耐え切る事は至難の技だった。
肉体を木っ端微塵に消滅させるほどの一撃を受け、英雄は確実に致命傷を受けていた。今この瞬間に死んでもおかしくはない、そんな状態になった瞬間。その身を炎が包み込んだ。
一体どういう状態になっているのか分からず、警戒したまま眺めていると炎が掻き消えた。すると、傷が完全に消えた状態の英雄が立っていた。
「なんだと……いや、そういう事か」
「死から蘇る権能。それが抑止から与えられた力だ。他の力はそのおまけに過ぎない」
炎は神話において再生を象徴している。代表的な物で言えばフェニックスだが、それを擬似的に再現した物を英雄は持っていた。
「だが、それも回数制限付きだろう。それに痛みを感じない訳じゃない。殺し続ければ何時かは終わるだろう」
セイの目の前に、背後に、足元に、頭上に、数多の魔法陣が現れる。魔法陣は煌々と輝きながら駆動する。そして雨霰のように英雄を攻撃し始める。そして莫大な攻撃が英雄を押し潰すように迫る。
それらを捌きつつも英雄は辛うじて生きていた。しかし、やはりと言うか当たり前と言うか総てに対応することは出来なかった。少しとはいえそれでも膨大な魔術攻撃を浴び、その度に炎がその身を包んでいた。
その様を黙って見つめていたセイは右掌を英雄に向けた。そこに新たな魔法陣が現れ、瞬く間に巨大化したそれは紫色の光を放ち始めた。そしてその輝きが最高潮に達すると、駆動音もかなり大きくなった。
「消し飛ばせ――――
放たれるは北欧が誇る雷神の一撃。誰も生き残る事を許さない雷霆が英雄を襲い、その肉体は欠片も残さずに消し飛んだ。しかし、またもや炎が空中に現れて人型になった。
「……なるほど。お前のその能力の条件が段々分かってきたぞ」
また魔法陣を駆動させながらセイはそう呟いた。英雄はその様子に眉を顰めながら舌打ちした。かつて英雄が魔王を認めていたのはその実力だけではなく、分析能力と知識もまたその対象だった。
「お前のその炎は一定以下の魔術によるダメージを遮断する。そしてお前が対応しきれない攻撃による死は無効化される。しかも、ダメージが一定値まで届くと自動で再生し始める。それに――――お前を魔術で殺す事は不可能、と言ったところか?」
「だが、それならそれでやりようなど幾らでもある」
右手を振ると、空間に展開された魔法陣の構成が変化された。次の瞬間、魔法陣から無数の武器が姿を現した。剣に槍に斧に短剣に矢……その他数えきれない量の武具が英雄に向けられた。
「――――圧殺してやる」
撃ち出す度に魔法陣に次の武具が装填され、命中したかどうかを確認する事すらせずに放つ。たとえ放った武器を盾にされようが、その盾すら崩壊されるほどの威力と保ちきれない数の武具を射出すればいい。
だが、そこは英雄の独壇場。炎を操る力を持つ英雄の前に、鋼で作られた武具が通用するはずがない。抑止相手にただの武具など無意味でしかない。
「次だ。まだまだ行くぞ。この程度でへばってくれるなよ?英雄」
そうして数十分の間、まるで実験を繰り返す研究者のように武器を変化させながら撃ち続ける。あまりにも長続きする魔術の雨の前に英雄は思わずにはいられなかった。セイの魔力は無尽蔵なのか?と。
「……俺の魔力は別に無尽蔵じゃない。だが、俺は大気中に存在するエーテルを自分に取り込むことが出来る。ガイアが生み出すソレを己の物に出来る俺が魔力切れになんてなる訳ないだろ」
重ねて言うならば、次元の狭間という場所も影響していた。世界同士が繋がるこの場所に置いて、エーテルはあり余るほどに存在している。だからこそ、セイは絶対に魔力切れにならない。
「エーテル……抑止が生み出す自然の魔力か」
「ああ。學園でも習っただろう?大気中に存在する自然の魔力がエーテル。魔道士の体内にある魔道士が操作できる魔力がマナだ、って」
「……俺は理屈なんてどうでも良かったからな。正直、使えればそれで良かった」
「教師はさぞ教え甲斐が無かっただろうな。まあ、良い。俺も授業をするつもりはないからな。では、俺も奥の手を出すとしようか」
魔法陣から一本の黄金色の槍が取り出された。それがセイの手に握られた瞬間、次元の狭間を揺らすほどの魔力が放出された。そしてその槍を見た英雄の眼の色も変わった。
「貴様、それは……」
「覚えているだろう?お前が使っていた武器であり、俺を最後に射抜いた槍だ。確か、抑止から与えられた物だったらしいな」
魔術によって強制的に支配されているため、英雄が握った時ほどの力は出せない。だが、それでもこの場で英雄を殺すのなら、それだけで十分だった。
「さあ――――無残に散れ」
セイが一歩踏み出すと、それだけで音の壁を越えた。そして英雄の心臓の上に触れ、元の世界に落ちて行った。英雄が魔力によって創りだした鎧が火花を散らし始める。
そしてビブリア学園上空に落ち、セイが更に魔力を後方に放出した事によって速度が上がり落ちた二人は、天井や階段をぶち抜きながらとある一室に落ちたのだった。