夢を目指す魔道士   作:シュトレンベルク

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別れる魔王

ビリビリするほどの魔力が空間を支配し、圧倒的な威圧感がその場を支配していた。魔王クラスの魔力が世界を侵食し始め、ビブリア学園よりも外の領域がエーテルに変化し始めていた。

 

「それじゃあ……お前は死ぬ気なのかよ!?」

 

「そうだよ。俺が始めたんだから、その後始末は俺がしなくてはならない。当然の理屈だろう?」

 

「そんな訳ないだろ!セイが犠牲になって、それで世界が元に戻っても誰も救われないじゃないか!」

 

「他人の理解なんて求めてないよ。だって、俺のあり方はそうじゃないんだから。俺は自分の目的を完遂させる。それ以外に道などありはしない」

 

セイは後ろにある壁を壊し、そこから外に出た。大空に向かって羽ばたき、まるで世界を侵食するように莫大な量の魔力が翼から放出される。急激に世界を支配し始めた無色のエーテルが大地を蝕む。

 

「俺は今度こそ、この輪廻を終わらせる。さあ、括目して見るがいい!世界の父母たる抑止(ガイア)終焉(ウラノス)よ。今、汝らの願いは成就する!」

 

【英雄】が抑止(ガイア)によって与えられた再生能力は、自らの力が籠った傷にだけは作用しない。そしてその法則は世界にもまた適用される。

 

「このためだけに、俺は力を求めたんだ。今まで、数多くの犠牲が生み出された。その連鎖を俺が終わらせる。このトリニティを極めし者(トリス・アギオン)の手によってな」

 

トリニティという言葉は三位一体の別名であり、三位一体は一つの物が三つの側面を持つと言う意味だ。そして今、セイは三つの力――――魔王・人・英雄の力――――をその身に宿している。

 

魔王の持つ終焉(ウラノス)の力、そして英雄の持つ抑止(ガイア)の力は本来相反する物だ。それを人としての力で束ねている。両極端の力を纏め上げる物が人間としての力。

 

「くそっ!俺たちには何か出来ないのか!?」

 

「あんな力に人が耐えられる筈がありません……このままでは先輩は」

 

アラタの悪態に続く形で告げたミラの言葉には途轍もない重みがあった。魔王としての肉体と英雄としての力を支えるには、ただの人間の魂では脆弱すぎる。

 

「リリス先生、ここから撃ち落とせないっスか!?」

 

「分かりません……ですが、あの魔力の嵐を撃ち抜いてセイさんに当てられる自信が私にはありません」

 

リリスの懸念は当たっていた。セイの放出している魔力は抑止(ガイア)終焉(ウラノス)の有するエーテルであり、人間の操るマナよりも高純度の魔力な物である。生半可な力では撃ち抜くことは出来ない。

 

「不思議か?アラタ。なんで俺がこんな事をするのか」

 

セイ自身ははるか上空にいるにも関わらず、アラタの所にセイの声が響いてきた。それが何なのかは分からなかったが、アラタは叫び返した。

 

「当たり前だろ!どうしてそんな……自分から死にに行くような事をするんだよ!?」

 

「……俺は原初の魔王だ。世界を滅ぼす事を運命づけられた男だ。だが、今の魔王はお前だろう?この世に魔王は二人といられない。もし、俺が死ねば――――次の世界に俺はいない。その魂は永遠に消滅する」

 

同じ役割は二人もいらない。世界を守護する事を運命づけられた英雄とは異なり、世界を滅ぼすことが役割である魔王はその役割を果たせば世界から消える。セイが今いるのは滅ぼすべき世界が残り、その役割を果たしきれていないからだ。

 

だが、セイが役割を果たすためには英雄の力が必要になる。しかし、セイのやろうとしている事に英雄が協力する訳がない。だからこそ、セイは英雄の心臓にある核を奪い取った。

 

しかし、その瞬間にセイは世界にとっての異端に変わった。有り体に言うと、世界の排除対象になった。もし、セイが死ぬことで肉体を失う事になれば、セイの魂は世界によって消されてしまう。

 

「俺はここで滅ぶ者たちのように、エーテルの海に戻る事すら許されない。俺はただ消える事を運命づけられている。だったら、せめて俺にしか出来ない事をしてから消えるとするさ。――――もうそろそろか」

 

「待てよ、セイ!まだ話は……!」

 

「……お前は被害者だ。俺が仕出かした事の尻拭いを任されただけの被害者だ。だから、俺はお前を救うぞ。まあ、問答の余地はないがな。俺は勝手にお前を救うとするさ」

 

そう一方的に告げると、セイは片手を頭上に存在する黒い太陽――――無の世界の門(タルタロス)へと向けた。その手に空中に漂うエーテルが集まり始めた。

 

魔道究極術(ラスト・クエスト)は対界魔術だと言ったな。対界魔術というのは文字通り、世界に干渉する魔術の事だ。そして世界に干渉する魔術という事は――――世界構築も出来るという事だ」

 

世界構築。それはアラタがビブリア学園に来る要因となった魔術。アラタの魔力に任せた力任せの物ではなく、術式として完成している繊細な物だ。その力はエーテルによって新たに世界を創造するのとほぼ同義。

 

「創造せよ――――招来せし万物創造(アスモデウス)

 

無の世界の門(タルタロス)の先に確かな光を見たセイは満足げに頷いた。そしてセイは片手をアラタたちに向けた。すると、アラタたちの足元に魔法陣が現れた。

 

アラタたちはそれに抗う暇もなく、魔法陣は目が眩むほどに光り輝いた。そして光が消えたその先には見覚えのない草原が広がっていた。セイの姿も、ビブリア学園の姿もどこにもなかった。

 

「どこだ、ここ……?」

 

「分かりません。でも、この魔力濃度はまるで別世界(・・・)にいるような……」

 

エーテルの量が格段に違う場所を前に、リリスはそう表現するしかなかった。その言葉を聞いて一番に反応したのはミラだった。

 

「リリス先生、確かアスモデウスって色欲を司る悪魔でしたよね?」

 

「え?あ、はい、確かにその通りですが……」

 

「さっきリーゼさんを超高速の世界から戻した時、ベルフェゴールって言っていました。ベルフェゴールが司る大罪は確か怠惰だった筈……という事は」

 

「セイの言ってた魔道究極術(ラスト・クエスト)の名前は大罪に対応する悪魔だって事か?大将」

 

「おそらく……予想でしかありませんが」

 

 

『いや、正解だ。そんな短時間で気付くとは驚きだな』

 

 

『ッ!?』

 

どこからか響き渡ったその声に驚きつつも、周りに視線を向けた。しかし、周りには何もなくただカラカラと笑う声だけが響いていた。

 

『探したって無意味だよ。俺はそんな所にはいないからな。リリス先生の言う通り、そこは俺が魔道究極術(ラスト・クエスト)で創りだした世界だよ。それが色欲(ルクスリア)魔道究極術(ラスト・クエスト)の力だからな』

 

即ち創造を司る力。色欲とは即ち性欲の事だ。そして性欲は誕生のために必要不可欠な物。その力にまつわる物が創造の力を持つことは当たり前とも言える。

 

『石ころから世界まで、大抵の物は簡単に創りだす事が出来る。これはそういう力さ』

 

「セイお兄ちゃん、今どこにいるの!?」

 

『俺はまったく動いてないよ、ユイ。そこは俺が新たに創りだした世界であり、お前たちが暮らす場所だ。俺は元々その世界を創りだすために莫大な量のエーテルを放出してたんだからな』

 

「なっ……どうして」

 

『どうして?当たり前だろ。この世界に残っていれば、お前たちはエーテルに分解される以外になかった。だが、そんな事を俺が望む訳がない。俺の後始末にお前らを付き合わせる訳がないだろ?』

 

至極当然の口調で言っているが、それは自己犠牲でしかない。内心、これ以上置いておいても煩いだろうしな。とか思ってたりはしない。

 

「セイ……お前、本当にそれで良いのかよ?あたしが言うのもなんだけど、そんな事をしても誰も救われないんだぞ?」

 

『救われるさ。本来、死ぬはずだったお前たちはその世界で暮らしていける。この世界よりもエーテル濃度が高いその世界なら、不老の魔術を使わなくても数百年は余裕で生きられる』

 

「そういう事じゃないだろうに……」

 

アキオはため息混じりに諦めた。そもそも争う論点が違うのだ。セイと他の者たちでは、そもそも見ている物が異なる。アラタたちはセイの事を案じているが、セイは自分のみが犠牲になる事を前提としてアラタたちを救おうとしているのだ。

 

『……そう言えば。なぁ、聖。覚えているか?』

 

「……何がですか?」

 

『昔、お前に俺の夢を語った事があったよな』

 

十年以上前、セイがレイと名乗っていた頃に聖と語り合った夢。今はもう懐かしいと言わざるを得ない程に古い記憶。もはや断片としてしか覚えていない昔の記憶の中でも、唯一鮮明に覚えている記憶。

 

『――――俺はなれたよ。総ての(テーマ)を司る魔道士(メイガス)に。それだけでも、俺に後悔は無い。だって俺は夢を叶える事が出来たんだから』

 

「でも……それで死んじゃったら何の意味もないじゃない!魔道士の頂点である魔王になって、それで満足なの?その先にある幸せに手を伸ばそうとは思わないの!?」

 

『――――思わない。いや、違うな。思ってはいけないんだ。俺は自分の身勝手で得た力によって自分が本当に守りたかった大切な者たちを死なせてしまった。そんな俺が、幸せを求める事なんて出来る訳がないだろう?』

 

太古の世界からセイがさい悩み続ける後悔。総てを滅ぼすために担い手となった。無論、担い手がそういう物だったなんて事は知らなかったが、そんな事が良い訳になる筈がない。

 

『なぁ、聖。俺は、最初に魔王としての責務を果たせなかった。だから、今まで春日アラタという男が世界を滅ぼし続ける事になった。分かるか?俺は関係のない連中も大量に殺したんだ。だから、せめて……これを最後の贖罪としようと思う。たとえ、二度と世界に生まれる事が叶わずとも……後悔はない』

 

その言葉には十数年程度では感じられない重みがあった。その言葉を前に、誰もが何も口にすることが出来なかった。――――かつてセイの魔導書であった『イーリアス断章』以外は、誰も。

 

「嘘ですね。そんな分かりやすい嘘を吐くなんてマスターらしくないです」

 

『その声……イリアか。らしくない、とはどういう意味だ?』

 

「後悔してない筈がないです。だって、マスターはグチグチと気にするタイプなんですから。今はただ思考を放棄してるだけでしょう?」

 

『……まさか、お前にそんな事を言われるとは思っても見なかったな。ああ、確かに俺は何かと気にするタイプだな。昔から気にし過ぎだとよく言われてたな……確かに何も思わない訳ではないさ。だが、俺に出来る事など限られている。その中でも後悔のない道を選んでいるだけだ』

 

「それが、世界の消滅と仲間との別れですか?誰にも救われず、ただ一人死に行くことが望みだって言うんですか!?」

 

『そうだ。これはいわば盛大な自殺だ。自殺に他人を巻き込むなんて言うのは、アホのする所業だ。俺にはそんなことは出来んさ』

 

「出来る出来ないの話なんてしてません。私はそれがあなたの望みなのか、と訊いてるんです」

 

『……俺はかつての弟子たちを愛していた。何よりも守りたいと思っていた。そんな奴らを守りたいと思う事が何かおかしいか?』

 

「……え?」

 

『俺は言ったな。原初のトリニティセブンの内、五人はエーテルに還ったと。エーテルとは、言ってしまえば魂のような物だ。世界は壊される度に周りに存在するエーテルを取り込み、再生する。そして今、懐かしい魂たちが俺には見える』

 

「まさか……」

 

色欲(ルクスリア)のトリニティセブン、リュー・ジェレスティア。嫉妬(インウィディア)のトリニティセブン、天霧風音。怠惰(アケディア)のトリニティセブン、ナル・フューネスタ。強欲(アワリティア)のトリニティセブン、宮木紬。憤怒(イラ)のトリニティセブン、真白由紀。

ああ、とても懐かしい。その姿が見れただけでも満足だ。お前たちがこれから幸せに生きていけることを願っているよ。それじゃあな』

 

言葉が途切れ、同時にセイの気配のような物も消え去った。そして誰も動けない中、一番最初に声を出したのは―――――リーゼだった。

 

「……ああああああああああああっ!腹が立つ!セイってば私たちの事を舐めてるんじゃないかしら!?」

 

「お、お姉ちゃん……どうしたの?」

 

「どうしたもこうしたもないわよ!あいつ、私のことを見てなかったのよ!?私を通して昔の人に思いを馳せてたの!こんなの侮辱以外の何物でもないでしょう!?」

 

そう、セイはリーゼたちを通じて昔愛していた女たちの姿を見ていた。だが、そんな物は今を生きているリーゼたちにとって侮辱でしかない。

 

「ちょっと、忍者も聖もユイもそれで良いの!?あいつ、私たちの事を相当舐めてるわよ!あいつに私たちは私たちだって認めさせなくても良いって言うの!?」

 

リーゼのその言葉を聞き、身体に力を込めた。そうだ、セイは今を生きている人間たちの事を見ていない。セイが見ているのは過去の人間たち。それによって救われても誰が嬉しいと思うだろうか?

 

「……そうっスね。このまま引き下がるのは気に入らないっスね」

 

「リーゼちゃんとレヴィちゃんの言う通りだね!ユイも絶対に引き下がらないよ!」

 

女性陣の怒りにアラタやリリスたちは少々引き気味だった。アラタが聖の方に視線を向けると、ボケッとしていたが事態を理解すると笑い始めていた。ぶっちゃけ不気味すぎた。

 

「そう……確かにその通りですね。幼馴染な上に会うのが久しぶり過ぎて忘れていました。私を無視してそんな事をするとは舐めてくれましたね、レイ……ッ!」

 

そして怒れる女性陣の視線がアラタに集中した。なんで、と言いたくなったが、女性陣の真剣な目にきちんと向き合う事にした。

 

「アラタ君、私たちは戻るわ。大切な人を失った安穏な生活より、大切な人と一緒に総てを失った方がマシ。何より、ちゃんとこっちを見ようとしないセイを一発殴らない事には気が済まないわ」

 

「アラタさんたちはどうするっスか?ここで生きていく、って言うなら無理にとは言わないっスけど……」

 

「お兄さんたちもセイお兄ちゃんに言いたい事があるんじゃない?」

 

ユイの言葉にアラタは納得した。先ほどから胸の中にモヤモヤとした感情が詰まっていた。これが一体何なのか、ようやく理解したのだ。そして理解した以上、アラタの行動は決まっている。

 

「行こう。俺はこんな結末を認めたくない。俺は絶対に――――セイを救ってやる」

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