夢を目指す魔道士   作:シュトレンベルク

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守る支配者

アラタの姿は跡形もなく消え去ってしまったが、それは崩壊現象の終わりを意味している訳ではない。あくまでもこの場から消えただけで、その存在が消えたわけではないのだから。

 

「……先輩、一体どういうつもりですか?」

 

「何がだ?」

 

「崩壊現象、その大元である彼を生かす意味など欠片もありません。ならば、消すのが最上手である事は明らか――――だと言うのに、なぜ邪魔をするのですか?」

 

「お前は相変わらず固いな、ミラ。王立図書館検閲官(グリモワールセキュリティ)というのは、ただ相手を抹消すればいいと言う訳ではない。それが制御できる物であれば、殺す意味はない」

 

「私のテーマは正義(ユースティティア)です。崩壊現象はただ消すだけです」

 

「ならばどうする?俺が支配した対象は俺の守護する対象だ。お前の正義は俺の支配を破れるかな?」

 

セイは泰然自若と言った姿でそう告げる。その姿はまさしく支配者のようで――――だからこそ、正義の代行者たるミラにはその支配を破る事が出来ない。

 

何故なら、それが守るために存在しているから。古今東西、悪を捌くために存在する正義は決して罪のない民衆へと振りかざされる事はない。振りかざした瞬間、それは悪へと堕ちるのだから。

 

セイの支配が守る事を根幹にしている限り、ミラには破れない。ありとあらゆる魔を跳ね返し、その支配下に置いた存在を守るためにある支配の結界。

 

「そしてそれはアキオ、お前も同じだろう?」

 

「……ああ、そうだな」

 

「お前のテーマは信仰(フィデス)。信仰の対象とは神であり、神とは世界の支配者だ。無論、テーマとそれは関係ないだろうが……お前の罪で俺の罪を壊す事は出来ない」

 

支配者たる傲慢さ。本来、術者とは正反対に位置するその罪が術者を蝕んでいく。

 

「それに――――今回に限っては消す必要は全くない」

 

「なんですって……?」

 

「あいつはまだ素人だ。自らのテーマすら存在しない、魔道士と呼ぶには値しない存在だ。だからこそ、テーマがあいつの要になる」

 

「テーマによって再び魔導書との繋がりを取り戻させる、という事ですか?」

 

「あいつはきっと手に入れる。それはきっと――――世界を変えるぞ」

 

魔王はその名の通り、魔道士の頂点に立つ存在。その候補がテーマを決め、魔道士として完全な姿になれば――――否応なく世界は変わっていく。その予兆を、セイは確かに感じていた。

 

そしてだからこそ、セイは気付く事が出来なかった。セイの顔が歪んでいた事、そしてその表情は愉悦のような笑みを浮かべ、それに反応する形でセイの魔力が強くなっている事を。

 

誰かはその様を見つめていた。笑みを濃くする。そうだ、お前はそれで良い。その本懐を果たせ。お前が至るべき場所に到達するために、総てを利用しろと。そう囁いている。

 

その言葉に心臓が強く高く鳴り響く。その鼓動が世界を魅了する。世界を犯しながら、喰らいながら、呑みこみながらその猛威は確実に首をもたげていた。

 

――――自分をここから出せ。さすれば貴様の望みを叶えてやろう。

 

世界に存在する生物種の頂点に立っているが傲慢さがセイの脳裏をよぎり、その本質を侵食していく。アラタが戻らなければ、セイは呑まれていたかもしれない程に危険な状態だった。

 

「そいやぁぁ!」

 

「アラタ!」

 

「やっと戻ってきたか……」

 

「ああ、何とかな……。この『崩壊現象』、俺がコントロールできれば問題ないんだろ?」

 

「何を言い出すのかと思えば……」

 

「そうですよ、アラタ。そんなこと出来るはずが……」

 

ミラは呆れ、リリスは不安そうにアラタに言い聞かす。崩壊現象の元凶たる存在が、崩壊現象をコントロールすることが出来る訳がない。

 

「わかりました。今すぐ貴方を消滅させます」

 

「落ち着け、ミラ」

 

セイはミラがアラタを消そうとするのを、肩に手を置く事で止めた。ミラは不満そうな目でセイを見た。

 

「やらせてみろ。無理だった時は、俺が全力でこれを排除するからな」

 

セイがそう告げた上で、アラタを見るとアラタは強く頷いた。

 

「てなわけで魔道書よ」

 

「あん?……ああ、なんだ。決まったのか?」

 

「ああ」

 

そういうとアラタは口角をあげてニヤリと笑う。

 

「俺のテーマは――――『支配』だ」

 

アラタがそう告げると、『アスティルの写本』の鎖がちぎれた上に元の大きさの魔道書になって光りながら、本を開きすごい勢いでページが捲られている。

 

「確かに。お前の心、存在、本質、魂の意味。それは正に『支配』。インペルだ!マスター!」

 

『アスティルの写本』は実に嬉しそうに声を上げながら告げる。周りの人間は驚きながら、セイにその視線を集中させた。

 

「そしてそれは傲慢(スペルビア)書庫(アーカイブ)にある。今ここに『アスティルの写本』はマスターと契約することを誓うぜ!」

 

「おおよ!――――傲慢スペルビアの書庫アーカイブに接続。『テーマ』を実行する!!」

 

「それが……アラタのメイガスモード……」

 

リリスは信じられないようものを見る目でアラタを見つめていた。

 

「ここに溢れる全魔力を支配して打ち消すぜ!アスティルの写本!」

 

「はいよ、マスター」

 

その言葉を聞いた瞬間、自分の周りに結界を作り出した。その行動に対して、その場にいたほとんどの人間が疑問符を浮かべた。

 

「崩壊現象だがなんだが知らないがここに満ちた魔力よ!消え失せろ!」

 

そう言って腕を振り降ろすと、確かに崩壊現象は消失した。消失したが――――それと同時にその場にいたほとんどの人間の服が破けた。例外は自分の魔術で防いだセイと術を反射させたミラだけだった。

 

魔道士の用いるメイガスモードという物は、魔道士の魔力によって構成されている。そして今、アラタが行ったのはこの空間に存在する全魔力の消滅。

 

それは崩壊現象の消滅を行った。だが、同時にメイガスモードに使用された魔力も消滅させていたのだった。

 

「……あ、あれ?」

 

「……?……ッ!キャアァァァァ!」

 

「……メイガスモードの強制解除か」

 

「って、ミラ!セイ!な、なんでお前らだけ平気なんだよ!!」

 

「俺は咄嗟に自分を結界で囲んで、お前の魔術で防いだからな」

 

「私は彼の魔力を水晶に反射させました。次はありませんからね。不浄な魔王候補」

 

「お、おい!まてって!」

 

ミラが立ち去ろうとすると、アキオがカーテンで身を隠した。それと同時に、アラタの服も弾けて無くなった。

 

「………………ん?」

 

アラタの後ろ姿(全裸)を見たリリスは悲鳴を上げた。

 

「イヤァァーーーーッ!!」

 

そして強烈なビンタを後頭部に喰らって気絶した。セイはリリスとアリンにカーテンを渡すと、保健室から立ち去った。そして人気のない場所まで移動すると、メイガスモードを解除し――――地面に倒れ込んだ。

 

「ご……あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!」

 

眼帯で覆っている片目から激痛が走る。その痛みはまるで、別種の何かが瞳の中でのたうち回っているかのような痛みだった。

 

その痛みを感じていると分かってきた事があった。それは、先程の自分の異質さだった。まるで別の何かに支配されたかのような思考。まるで己が神であるかのように振舞う傲慢さ。

 

その総てが、セイの中で一つの答えを生み出していた。それは――――

 

書庫(アーカイブ)に宿るテーマ……その顕現。まさか、既にここまで来ているとはね』

 

本来、魔王たる称号を得た者たちが宿すそれをセイは身に着けていた。一足とびで身に着けていたそれはセイの肉体をも侵食していた。

 

雷光のように奔り、濁流のように呑みこみ、崩落のように削っていく。セイの意志を喰らい、その身体を己の物にせんがために。そして己の役割を果たすために。

 

「やれやれ、そこまで進んでいるとは僕も予想外だよ」

 

『……ッ!マスター・ビブリア……貴様、邪魔立てする気か?』

 

「しょうがないだろう?こんな早期に()の出番はないよ。アラタ君には皆の変化のために尽力してもらうつもりだったけど、流石にこれは早すぎるんだよ」

 

『私が貴様の邪魔立てをそう易々と赦すとでも?』

 

セイの手元にあった『カルナディア断片』が光を放ち、その光が晴れると黒い長髪をたなびかせた軽装の少女が現れた。そしてその少女こそ、『カルナディア断片』であった。

 

「はははっ、元気だね。でも、君こそ僕の王の門(ソロモンズ・ゲート)を相手にどうにかできると思っているのかい?」

 

そう告げた学園長の後ろには、醜悪とも不気味とも呼べる門のような物が現れた。その門こそが学園長の魔導書である王の門(ソロモンズ・ゲート)である事は知っていた。だが、それは退く理由にはなりえなかった。

 

「だから何だと?目覚めまで時間を稼げばよいだけの事。私があなたを斃す必要は欠片もない」

 

「これは驚きだね……僕相手に時間稼ぎが出来るとでも?」

 

学園長から放たれるその威圧のような物は、『カルナディア断片』を圧倒していた。長き時を生きる魔道士である学園長を前にしては、如何に『カルナディア断片』と言えども余裕はない。

 

その瞬間、セイの身体から溢れだした膨大な魔力が稲光となって二人に襲い掛かった。対象を指定しないその一撃は見境がなかった。故に見えていた学園長はまだしも、『カルナディア断片』は躱す事が出来なかった。

 

ゆっくりと身体を起こしたセイは眼帯を外した。眼帯を外したそこには本来の黒色の瞳とは違い、縦の切れこみが入った爬虫類のような赤色の瞳があった。そしてセイはふぅ、とため息を吐いた。

 

そして、それだけの行動で学園長は構えた。そのため息一つから膨大な量の魔力が溢れていたからだ。まるで風船から空気を抜くように行われたその行動は、大魔公(パラディン)である自分と同等かそれ以上の魔力が込められていた。

 

「……おや、初めまして(・・・・・)。こうして顔を合わせる事は初めてになるね、マスター・ビブリア」

 

「そう、だね……さっきから驚かされっぱなしだ。まさかここまでの存在が隠れていたとはね」

 

「ハハハハッ。まあ、それも仕方のない事だよ。つい先程、起きたばかりだからね。気付けなくても無理はない」

 

「……まさか」

 

「そう、先程の崩壊現象。発生源は魔王候補。その潤沢な魔力を貰ってようやく起きる事が出来たんだよね。彼が打ち消したりしなかったら、もうちょっと取り込めたんだけど……まあ、言っても詮無い事か」

 

学園長はアラタの発生させた崩壊現象はとてつもない化け物も生み出していたのか、と冷や汗を流していた。確かに、自分にも原因の欠片があるとはいえアリンを少し恨まずにはいられなかった。

 

「そこまで身構えずとも良い。どうせ今の自分には何もできない。そこまでの余力がないからね」

 

「その言葉を信じろと言うのかい?」

 

「別にどちらでも良い。ただ、俺にあなたを害する気がないという事だけ分かってもらえれば、それでいいんだからね。ただ、これだけは先に言っておくよ――――崩壊の日は近い、とね」

 

そう一方的に告げると、セイは膝をついて地面に倒れ込んだ。それを見た学園長はため息を吐き、顔を空へ仰ぐのだった。

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