夢を目指す魔道士   作:シュトレンベルク

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覚悟を決めた魔道士

目を覚ましたセイは膝をついていた。両腕を壁に打ち込まれた杭から伸びている鎖に縛られ、身動きのできない状態だった。暫くすると、自分が何処にいるのかを理解した。

 

「ここは……地下のダンジョンか」

 

そう。そこは学園の地下に存在するダンジョン。学園長の部屋と学園にいる七人のトリニティセブンの一人、倉田ユイが眠っている場所でもあった。

 

セイがふと気づくと、普段は左眼に付けられている眼帯が外されていた。それは物心ついた頃、学園長から魔力を抑える枷として受け取った物だった。

 

当時は何故そんな物をつけなければならないのか分からなかったが、今となっては理解できる。気を失う前に起きたあの痛み――――あれは膨大すぎる魔力に身体が耐えられなかったのだ。

 

そもそも、魔とは人の反対の場所に位置する力である。通常の人間は魔力を発生させることが出来ない。だからこそ、魔力を使える人間はその身体に流れる魔力に耐える事が出来なければならない。

 

そして何度も世代を経る事で、魔力抵抗率を上げている。だが、その抵抗率を上回るほどの魔力が流し込まれれば、筆舌しがたき痛みが術者を襲う。

 

あの時、瞳を基点としてセイの身体を満たすどころか溢れかえるほどに流し込まれた魔力は、あと一歩遅ければセイを暴走体の残滓――――魔物にしていたかもしれない。

 

それほどに危険な所業であり、尋常ならざる事態でもあった。今も身体に蓄えられた魔力()を抜くために、鎖から力を吸い取られているのを感じていた。

 

そしてそうまでしても尚、身体の中に満ち満ちている魔力にいっそ恐れすら抱いていた。今までこんな事態に陥った事は一度もなかったのだから尚更だ。

 

「おや、起きていたのかい?身体の調子はどうだい?」

 

「学園長……あれからどれぐらい経ちました?」

 

「半日ってところだね。君の魔力暴走は僕以外は気付いていないから安心していいよ」

 

「……そうですか」

 

「こんな日が来るとは思ってたけど、ここまでだったとは少々予想外だったよ」

 

「学園長。あれは一体、何だったんですか?」

 

「君はどれぐらい覚えているんだい?」

 

「詳しい事は覚えていません。ただ……あの感じは覚えています」

 

「………………」

 

「あれはコードD……最強の幻想種と称されるドラゴンと同じ感じがしました。あれは……」

 

セイはとある事情で崩壊現象を解決するために動き回っていた時期があり、その時に手遅れと判断された街でコードDクラスの存在であるドラゴンを見たのだ。

 

その時、セイはドラゴンという存在の強大さよりも、そして崩壊現象の被害よりも何か懐かしい(・・・・)という想いを感じていた。見たことなど無い筈なのに。

 

「俺は……俺は一体、誰なのか分からない時があります。研究が進む度に、俺が人という物から離れていく感覚を感じます。それは別に覚悟していたので問題ありません。でも……これは違うと思うんです」

 

違う。まだ魔王となった訳でもないのに、セイはそう感じていた。

 

「三つのアーカイブを取得する事で、魔王に――――トリニティに至る事が出来る。でも、俺はそこじゃ終わりじゃないような気がしてならないんです」

 

「終わりじゃない?」

 

「はい。もっと、もっと深い場所に、俺の求めている物がある。そう感じるんです」

 

まるでその言葉に反応したかのように、セイの心臓の鼓動が急に強くなった。そしてそれと同時に、セイの肉体から膨大な量の魔力が溢れてきた。

 

その膨大な量の魔力に惹かれたかのように、セイの周りに大量の魔物が現れた。それに対し、学園長が取った行動は――――指を鳴らす事だった。

 

指に籠められた魔力が音となって拡散し、その魔力に反応する形で壁の中から大量の鎖が現れた。そしてその鎖がその場にいた魔物総てを射抜き、セイに絡みついた。そして鎖がセイから発生している膨大な魔力を吸収した。

 

この部屋は本来、拷問用として機能していた部屋だった。魔力が吸収されるという事は、この世界に存在するための力を吸収されているのと同意義なのだ。徐々に魔力を吸い上げる事で、鎖の絡みついている相手を死に至らしめるという物だ。

 

しかし、その部屋の鎖を最大稼働状態で運用してもセイの魔力は溢れ出していた。もはや異常を通り越してありえないと言わざるを得ないレベルで。

 

「これはちょっとやばいね。封印するにしても今の僕よりも魔力量は多いしな……」

 

学園長が思わずそう呟いた。その瞬間、今まで垂れ流しになっていた魔力が急速に整然とした物に変わった。学園長がすぐに鎖を外すと、そこにはメイガスモードの姿になっているセイがいた。

 

「一体、何をしたんだい?」

 

「ハァ、ハァ……魔術で心臓を制御化に置きました。支配の魔術を使えば、暴走状態の魔力を制御できますから」

 

「なるほど。魔力の発生源だった心臓を支配する事で、膨大な量の魔力を調整できるようになったんだね。しかし、肉体にかかる負荷は相当だろう」

 

常時暴走状態にある魔力を魔術によって制御し続けるという行為は、強烈な緊張状態を維持し続けるのと同義。いづれ身体が持たなくなることは確実だった。

 

「構いません。あくまで応急処置なのですから……この状態を維持できている間に、接続できる書庫(アーカイブ)の量を増やせば何とか出来る筈です」

 

扱えるテーマの数を増やすという事は、膨大な量の魔力に耐えられる肉体(うつわ)を作るという事である。もし、それが出来るのであれば確かにセイは元に戻る事が出来る。しかし――――

 

「出来なければ、君は悪質な爆弾になるんだよ?」

 

そう。出来なければ、崩壊現象を起こす爆弾となるしかない。それも歴史上、これ以上ない程の力を持った爆弾に成り果てる。世界中を巻き込んでも決しておかしくはないと断言出来た。

 

「その時は仕方がありません。――――魔術で心臓を潰します」

 

いくら魔道士(メイガス)とはいえ、その肉体構造は人間なのだ。心臓のような重要な器官を潰して、生きていられる訳がない。自分の後始末を他人に任せる気はセイにはなかった。

 

「君は一度言ったら本気でやるからなぁ……まあ、いいか。それじゃあ、その時はよろしく頼むよ。僕も旧知の間柄を自分で殺すのは後味悪いし」

 

「さすがに学園長の手にかかるのは嫌ですね。その魔導書の餌食になるのはごめんです」

 

今までとは桁違いの魔力量を有しているセイには学園長の魔導書、『王の門(ソロモンズ・ゲート)』が見えていた。その圧倒的な迫力、そしてそれを上回るほどの悪寒をセイは感じていた。

 

「君も見えるぐらいになったんだね。まったく凄い成長してくる人が多いねぇ」

 

「仕方ないですよ。いつかこんな日が来ることは分かっていましたし……何より、あなたも俺にとっては超えるべき目標ですから」

 

「あはははははっ。若いねぇ。でも、その上昇志向は実に良いよ。やはり彼を招いてよかった」

 

セイの黒髪は一房が白く染まっていた。それはセイの肉体が段々と魔王(トリニティ)へと近づいている証拠だった。魔王(トリニティ)へと変貌を遂げた者は等しく髪が白くなる。

 

これは魔王という存在が、肉体と魔力を完全に反転させた存在であるためだ。普通の魔道士よりも外部に与える影響が強くなり、逆に魔道士からの影響を受けにくい。

 

同時に魔の極点に立つ存在であるため、あらゆる物理的な干渉を弾き返すも出来る事になった。魔力によって形成されているため、色素を維持する必要が無くなったのだ。

 

それにセイは限りなく近づいていた。現状、最も魔王という存在に近付いている魔道士といえる。しかし、と学園長は思った。そこで終わりなようには見えない。正確に言うと、それ以上があるような気がする。

 

学園長は思い出していた。あの時、膨大な魔力をセイのようにばら撒くのではなく制御化に置いていた男を。あの男は言っていた。崩壊の日は近いと。しかし、崩壊の日が何なのかは学園長には分からなかった。

 

「つかぬ事を訊くけど、崩壊の日って言葉に聞き覚えは?」

 

「……?ありませんけど。それがどうかしたんですか?」

 

「いや、知らないなら良いんだ。ちょっと調べてる事でね。一応訊いてみただけだから」

 

セイ自身でも知らない事を何故、あの男は知っていたのか?学園長の胸には言いようのない不安、そして真逆の希望にあふれていた。

 

生徒学園長がそんな会話をしている頃、とある場所では二人の少女が紅茶を片手に談笑していた。

 

「お前の愛しの魔王候補はビブリア学園に入学したらしいな?」

 

「浅見リリスが接触した以上、自然な事じゃないですか。そんな事をわざわざ言いたかったんですか?」

 

「無論、違う。ビブリア学園にはちと変わった生徒がおってな。その生徒の事をお主が知っているか、と思っただけじゃよ」

 

「変わった生徒?トリニティセブンではなく?」

 

「応とも。そもそも、その生徒は男じゃよ。なんと、複数のテーマを使用するんじゃよ」

 

「……それだったら私もそうです。魔王因子を途中で手に入れた、とかじゃないんですか?」

 

そんな簡単に手に入ってもらっては困るわ、と笑いながら言った少女は紅茶を口にした。

 

「確かにお主も複数のテーマ持ちじゃ。しかしな……かの生徒は複数の書庫(アーカイブ)の魔術を使う事が出来るんじゃよ」

 

「馬鹿な……本当にそんな事が?」

 

「あり得るから、訊いとるんじゃよ。――――その生徒の名前は響セイ。聞き覚えはあるか?」

 

「……残念ですけど、ありません。写真とかはないんですか?」

 

「ふむ、少し待っておれ。確かこの辺りに……おお、あったあった。これじゃ」

 

「これは……」

 

渡された写真を見た少女は、驚きのあまり眼を見開いた。そしてその様子を見ていた少女はやはり知っていたのか、と思っていると少女に問われた。

 

「この人を、どうするんですか?」

 

「ふむ……中々に優秀な魔道士(メイガス)故な。福音探究会(イシュ・カリオテ)に招き入れてもよいのでは、と思っておる。あの学園の縁者もおる事じゃしの」

 

「そうですか……ならばその時は私も同行しても構いませんか?」

 

「うん?構わんが……どういう風の吹き回しじゃ?」

 

「いえ、少し話をしたいだけです。それでは私はこれで失礼します」

 

少女はそれだけ告げると、部屋から出て行った。それを後ろから眺めていた少女――――マスター・リベルは紅茶を口にしながらぼそりと呟いた。

 

「その顔で何でもない、と言うのは流石に無理があると思うがの。のう――――聖よ」

 

少女――――聖が部屋を出る寸前に見えたその表情は、待ち焦がれた者をやっと見つける事が出来た恋する乙女のようだった。

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