アラタたちが旅行から帰って来てから数日後、セイは地下ダンジョンの奥を目指して歩き始めた。セイは週に一度、地下ダンジョンにいる倉田ユイの世話をしていた。
地下ダンジョンは
その莫大な魔力は崩壊現象を起こせるほどに強力であるため、隔離していると言っても良い。しかし、この考えはあまり好きではないのでセイは絶対にしない。
そんなセイだが、地下ダンジョンに向かっている最中に空気がおかしいことに気付いた。普段通っている時とは全く違うダンジョンに反射的にメイガスモードになった。
「これは魔力が暴走しているのか?」
『どうもそうみたいね。でも、それだけじゃないと思うわ』
「それだけじゃない?どういう意味だよ」
『ただ魔力が暴走しているだけじゃない、って事よ。周りの魔力がおかしい』
「ああ……どうもそうみたいだな」
セイの視線の先には黒い不定形な存在――――魔物の大群が向かってきていた。セイはその集団を支配の魔術で取り込むと、手を拳の形にした。すると、まるで圧縮されたかのように魔物が粉々に砕け散った。
セイのテーマ『
無論、破壊力という一点で語ればセイはアキオに劣っている。しかし、セイが支配の結界で囲むと結界はあらゆる干渉を弾き返す。それは総てを弾く絶対の盾であり、いかなる手法を持ってしても逃げられない牢獄となるのだ。
そしてその結界を操作できるのは術者であるセイだけである。それはつまり、セイに生殺与奪権を握られているのと同義である。結界を張った場所はセイにとっての守護領域であり、同時に殺戮領域でもあるのだ。
セイが結界を解除すると、左眼が急に青色に塗り替わった。そして髪は金色に変化した。その変化は劇的で、何が起こったのかはセイ本人ですら分かっていなかった。
「
手にあった魔導書が姿を変え、膨大な量の魔力を宿した槍の姿に変わった。それを振るうと、強化された膨大な魔力が魔物を襲う。たったそれだけで魔物は存在の維持が出来なくなり、肉体は砕け散った。
魔力が暴走した事で変異してしまった魔物を、その身に宿す魔力によって押し潰すその力。魔力を撒き散らしながら槍を携えるその姿は、まさしく物語における
「……これも奴が起きた影響か。そう考えると強化されたとはいえ、褒められた物ではないな」
まるで身体の調子を確かめているかのように、拳を開いたり閉じたりを繰り返していた。その姿はあまりにも無防備だったが、魔物は攻めてこなかった。否、出来なかった。
何故なら、男の身体から指向性を持った質量のある魔力に圧倒されていたのだから。一定ラインから近づけば、身体が砕けてしまうような力がそこにはあった。
セイが心臓を魔術で支配下に置くしかなかった魔力を、その男は事もなげに制御化に置いて見せた。槍に潤沢なまでの魔力を注ぎ込み、肉体を魔力で強化する。そして余った分で自分を中心に置いた崩壊の空間を作り出す。
これだけの工程をなしていても、その男は苦しそうな表情は浮かべなかった。それどころか、余裕に満ち溢れた表情を浮かべていたのだった。
「さて、発生源の娘はこの先か……」
そう呟くと、そのまま歩を進めた。目の前に現れる魔物を蟻の如く踏み潰し、ありとあらゆる脅威をものともせずに歩くその姿はまさに多くの戦場を渡り歩いた英雄のようだった。
そしてその頃アラタたちは学園の異変に気付き、学園長室に集まっていた。
「『崩壊現象』だね」
学園長室にはリリス、アラタ、アリン、レヴィ、ミラ、アキオが集まっていた。
「強い魔力を持っているキミら以外の生徒達は皆眠ってしまった……要はそういう事みたいだね。というわけで、だ!」
「?」
学園長は扉を勢いよく開けると――――
「早速、眠っているかわいこちゃん達にイタズラしにいこう!!」
「ふっ。ついに俺も本気を出す時がきたようだな」
リリスは調子に乗り出したアラタと学園長の顔面に強烈な一撃をかました。二人の顔面には赤い丸が残っていた。
「なにも……殴らなくてもいいと思うんだよ、リリスちゃん」
「クセになったらどうしてくれる!」
殴られた跡が相当痛いのか、アラタと学園長はそこを抑えながらリリスに文句を垂れるのだった。
「ふざけるのもいい加減にしてください!」
「バカバカしい。行きますよ、アキオ」
目の前の馬鹿なやりとりを見ていたミラは学園長の前まで行き、確認を取った。
「とっととその『崩壊現象』を消滅させれば良いのでしょう?」
「そ、そうそう!ここはみんなで力を合わせて――――」
「いえ」
「え?」
「私達以外は必要ありませんから……それでは」
そう告げると、ミラはアキオを伴って学園長室を去った。その時、ミラがアラタの方を睨んだのだった。
「なんだ?惚れられたか?」
「旦那様ったらとっても自意識過剰ね」
「ふっ……アリンももっと自分をみせていいんだぜ」
「……?……また裸を見せるの?」
「それはダメです!」
「難しいのね……」
「それより、学園長」
「ん?」
「あれは本当に『崩壊現象』なんですか?」
「ああ、学園の地下からすごい魔力が溢れていてね……」
「地下!?」
レヴィは学園長が告げた言葉に反応して声を上げた。
「……ってことは、やっぱりユイさんっスか?」
レヴィが告げた名前に聞き覚えのあったアラタは一応確認を取った。
「……ユイってあのリリスの次にスタイルのいい……」
「スタイルで覚えないで下さい!」
「ご明察。この『崩壊現象』は学園地下のダンジョンに住む彼女の魔力が大暴走して引き起こっている」
「ダンジョンなんかあるのかよ!」
「ここは、魔道学園だからね……」
アラタがリリスたちを伴って部屋を出て行こうとした瞬間、疑問に思った。魔力量の多い人物は起きているのなら何故、セイはここにいないのか?と。
「なぁ、学園長。セイってどこにいるか知らないか?」
「え?」
「いや、朝から姿を見てねぇんだよ。どこにいるか知らないか?」
「まさか……」
学園長がそう呟いた瞬間、莫大な魔力が爆発したかのような気配がした。その魔力は一瞬とはいえ、ユイの崩壊現象の影響を吹き飛ばすほどの力を持っていた。
「これは……あの時の」
「学園長、これは一体……!?」
「リリスちゃんたちは早く行った方が良いかもしれないね。これだけ膨大な魔力だ。ミラちゃんやアキオちゃんも気付いている筈だ。彼女たちが彼の所に辿り着けば、職務を執行する事は間違いない。それがどういう事か――――分かるよね?」
「協力してユイさんを殺しにかかる、って事っスか?」
「それもあるけど、ミラちゃんとアキオちゃんには彼を彼として認識できないはずだからね。何とか抑えてくれ」
「……?どういう事ですか?」
「百聞は一見に如かず。行ってみれば分かるよ。僕はなんとかこの崩壊現象を抑えているから、頼んだよ」
それからアラタたちは地下のダンジョンに向かった。途中で一悶着あったが、最下層に向かっている途中で振動が伝わってきた。それと共に爆発的に拡散していく魔力も。
「……なぁ、これってちょっとヤバいんじゃないか?」
「ちょっとどころじゃないっスよ、アラタさん」
「……こんなに魔力を消費したら死んでもおかしくないわ」
「しかも余波だけでこれだけの魔力です。……一刻も早く向かわないといけません」
アラタたちが歩を進めようとした瞬間、すぐ傍にあった壁が破壊された。そしてそこからミラとアキオが現れたのだった。
「あれ〜?おかしいな……確かにまっすぐ来たはずなんだけどな」
「ま、まっすぐ?」
「ああ。まず地面を壊すだろ?次に邪魔な壁を壊しながらまっすぐ進んできた、って訳さ」
アラタはアキオの返答に唖然とせずにはいられなかった。通路を進むのではなく、壁を壊しながら突き進むというあまりにも脳筋すぎる思考とそれに従っていたミラに驚いていたからだ。
「仕方ねぇだろ?このダンジョンでユイの場所を知ってるのは学園長と忍者、それにセイだけなんだからよ」
「え?そうなのか?」
「そうっスね。ユイさんの所に行くのなんて、それ相応の能力と用事がないと誰も行かないし行けないんっス。だから、このダンジョンの内部を知ってる人間も限られてるっス」
「まあ、そういう事だ。……そういや、大将。セイはどこにいるんだ?こんな事態にあいつが動かない訳ないと思うんだけど」
「あなたとずっと一緒にいた私が知っている訳ないでしょう。まあ、おそらく……この先にいるでしょう。行きますよ、アキオ」
「了解だ、大将」
「ま、待てよ!……行ってどうするって言うんだよ?」
「決まっています。私たちは私たちの職務を果たすだけですから。……とはいえ、普通に果たす事が出来るのか甚だ疑問ではありますが」
そう言いながらミラは奥の方に視線を向けた。そこから莫大な量の魔力が、爆発的な速度で波のように向かって来ていた。更に魔術の射程圏内に入ったのか、魔力が肌に張り付いてきていた。
「これはおそらく支配の魔術を利用をした威圧でしょう。こんな物を浴びれば下位の魔物はそれだけで消滅するでしょう」
「逆に言えば、これを浴びても消滅せず、尚且つこんだけ暴れまわる事が出来るほど強力な奴がこの先にはいる、って事だな」
「それって結構やばい状態なんじゃ……」
「やばいどころの騒ぎではありません。おそらくコードDクラスであっても驚くには値しないでしょう。リリス先生、私はあなた方に救援を要請します。戦力は多いに越した事はありませんから」
「分かりました。私も学園の危機をみすみす放置する訳にもいきません。喜んで手伝わせてもらいます」
「自分もやるっスよ。流石にこれは放っておける状態じゃないっスから」
その場にいた全員が頷くと、一斉にユイの部屋に向かった。ユイの部屋の扉は完全に壊れており、その先では空中に浮かぶユイとその周りにいるドラゴンがいた。
「あれ?前にあった時と姿が違うような……」
「旦那様が夢であったユイはユイの理想の姿よ」
「そうなのか?しかし、ロリ巨乳も中々捨てがたい……」
ドラゴンは現れたアラタたちは一切視線を向けず、ただ視線の先を見つめていた。そこにいる
アラタたちがその光景に驚いていると、
「誰だよ、あいつ……」
「最強の幻魔であるドラゴンを蹴りだけで吹き飛ばすなんて……」
アラタとリリスはその男の行動に驚きを隠せず、唖然としていた。逆にアリンとレヴィは静かに得物を構えた。しかし、ミラとアキオはドラゴンを警戒してはいるが、男には一切警戒心を向けていなかった。
「……ん?ほう、久しいな
「お久しぶりです、名もなき英雄殿。私たちは職務を果たそうと思ってきただけです」
「なるほど。だが、アレはお前たちを放ってはおかんぞ。この場に充満している魔力が奴を再生させるからな」
そう言いながら、男は槍を構えた。まるで芸術品でも見ているかのように、男の構えは完成されていた。一部の隙も存在せず、向かって行けば穴だらけにされるイメージしかアラタにはなかった。
「だが、ちょうど良い。おい、そこの魔王候補!」
「……ッ!な、なんだよ?」
「そこの
「分かった!だけど、その前に言っておく!俺の名前は春日アラタだ!覚えとけ!」
「……ふっ。お前の役割を果たせたら覚えてやる」
ドラゴンはその長い胴体を利用して叩きつけるように男を攻撃し始めた。トリニティセブンの面々は男に加勢し、ドラゴンを攻撃した。しかし、勢いと鱗の硬さによって全員の攻撃はドラゴンの命を危ぶむほどの物にはならなかった。
「これが……魔道士の戦いなのか?」
「混ざりたいっスか?」
「忍者……お前は混ざらなくて良いのか?」
「混ざるっスよ。でも、その前にしなくちゃいけない事があるっスから。ユイさんを救うには、アラタさんの力が必要不可欠っスからね」
「……仲が良いんだな」
「そんなんじゃないっスよ。ただそれが自分の関係だ、っていうだけっス」
「テーマって自分から最も遠いものだろ?」
「そうっスよ。自分は単独で動く事がほとんどの忍者っスから誰にも嫉妬しないし期待しない。ユイさんはあんな状態だから、強く望まないし友情を育んだりしない」
「期待、しないのか?」
「自分にはしないっス。でも……アラタさんには期待しまくってるっスよ」
レヴィのその返答にアラタは自然と頬を緩ませた。今、この場で最も役立たずであると言われてもおかしくない自分が期待されている。ならば、それに応えたいと想うのは自然な事だろう。
「……そっか。よし、忍者!俺に魔道について教えてくれ!」
「分かったっス。でも、それには他に適任がいるっス。……リリス先生!アラタさんに魔道のレクチャーを!」
「はい!」
アラタがリリスから魔道を教わっている中、男は注意を引き続けた。ドラゴンもいつまで経っても潰すことの出来ない男にイライラを募らせていた。
もはや我慢ならないとばかりに、口元に膨大な量の魔力のこもった魔力球を出現させた。それを地面に向かって撃とうとした瞬間、強烈な衝撃が口の下から襲ってきた。それによって莫大な魔力が無作為に拡散しようとした瞬間、魔力が結界によって固定化され一瞬にして姿を消した。
「さすがにそれはやらせんよ」
物理的な支配に特化しているセイの魔術を使用している男だが、別に魔力を消す手段がない訳ではない。だが、ドラゴンを包み込むほどのサイズともなると時間が掛かり、さらには作っても壊される可能性が高いので実行に移さなかったのだ。
「しかし……流石にしぶといな。あんたが削ってたのに全く衰えてないぜ」
「愚痴っている暇はありませんよ、アキオ。私たちの役割は、あの不浄な魔王候補の準備が整うまでの時間稼ぎなのですから」
「それは分かっているけどさ……っ!」
「皆、そこを退いてくれ!」
魔導書を銃の姿に変化させたアラタがドラゴンに向かって走ってきた。それを見たミラとアキオ、男はその場を離れた。男がドラゴンの身体の端々を結界で囲み、その動きを止めた。
「崩壊現象を消し去りやがれ、メテオパニッシャー!」
アラタの放った一撃は動きの止まったドラゴンの顔面に直撃し、その一撃によって存在を保っていられなくなったドラゴンは姿を消すのだった。
そしてその場にいたほぼ全員がユイに近付いていく中、男は壁に凭れ掛かった。すると、瞳と髪が黒色に戻った。そして次の瞬間、男――――セイは心臓に手を押し当てた。
「……ふぅ。まったく、あいつも勝手な事をしてくれる。こっちの都合も考えろっての。お前の方は大丈夫か?」
『……なんとか。ただ、あっちのあなたは使い方が荒すぎる』
「まあ、魔道士じゃないからな。仕方ないと言えば仕方ないんだが……弁解のしようがないな」
『同じならなんとかして』
「そりゃ無理だ。俺とあいつは使う身体が同じだけだからな。まあ、何にしても……これにて一件落着、か」
セイは眼前に広がる騒がしい光景を見ながら、そう呟くのだった。