ユイの魔力暴走事件から数日後のある日、アラタたちは体操服姿で芝生に座っていた。
「しかし、魔道学園にも体育があるなんてちっとも思わなかった」
「魔術を使うのにも体力が必要だからな。お話に登場する魔女みたいにただ研究してるだけなんて事はないさ」
「へぇ〜……セイは走ってこなくて良いのか?」
「それはお前もだろうが。俺が本気で鍛えようと思ったら、時間内に終わらないんだよ。お前もリリス先生みたいに走ってきたらどうだ?」
「いや、俺はいいよ。そんなに走るのは好きじゃないし……それにここは見応えがあるからな」
セイがアラタの視線の先に視線を向けると、リリスのたわわに実った胸に集中していた。アラタらしいと思いながら、こいつは本当に毎日楽しんでるなと思った。
「お兄さんは相変わらずだね」
そんなアラタに後ろから抱きついてきたのはユイだった。年齢の割にこれまた発育のいい胸を腕に押しつけられ、アラタは声を漏らしていた。そしてそんなユイに対抗するようにアリンがアラタの腕に抱きついていた。
「大丈夫だよ〜アリンちゃん。――――ユイは愛人でも全然OKだから☆」
「なら安心ね」
「俺の意志は何処に!?」
「少なくともここにはないんだろうな。……二人とも、ほどほどにしておけよ。後でリリス先生になんか言われるぞ」
「それじゃあ、今度はセイお兄ちゃんの方にするね!」
「そういう問題じゃないんだが……まあ、いいか」
言っておくがこの二人、別に血縁関係であるという訳ではない。
そうして騒がしくなっていると、後ろから足音が聞こえたので振り返るとミラとアキオがいた。ミラはこちらを見ているアラタを見ると、アキオに言った。
「アキオ、この男の眼球を潰してください」
「あいよ〜」
「いやいやいやいや、唐突すぎんだろ!?」
アラタはガチすぎる二人のやり取りに座りながら後ずさりした。そんなやり取りを見ていたセイは苦笑を浮かべた。魔の象徴たる魔王の候補であるアラタと正義をテーマとするミラはあまり相性がよくない。その実例を目にしていたからだ。
そんな苦笑を浮かべているセイを見て、アラタは思い出していた。ユイの事件が終わり、部屋に戻ってきた時にセイに質問した。
「……そう言えばセイに訊きたい事があったんだ。さっきまでいたあいつは、一体何者なんだ?」
「またいきなりだな。あいつは、そうだな……なんて言えば正解なのかな?」
「……?どういう意味だよ?」
「まずあいつには名前がない。何かの伝承から現れた存在じゃないからな。だが、あいつは英雄だ。とある命令を魂に刻みこまれた英雄だ」
「とある命令?」
「ああ。――――力を付けすぎた魔を滅ぼすという命令さ」
「えっと……どういう事なんだ?意味がよく分からないんだけど」
「まあ、その反応にも無理はない。お前にも分かりやすく言うとそうだな……生体型対魔王兵器だとでも思っておけば良い。崩壊現象を起こした或いはそれを維持する存在を当滅する。それがあいつの役割だ」
「普通の魔道士は良いのか?」
「アラタ。モデルガンを持ってる奴は危険かもしれないが、本物の拳銃に比べれば生命が危ぶまれる程ではないだろ?それと同じさ」
行きすぎなければ問題ない。セイは生体型対魔王兵器と言ったが、その比喩は妥当ではない。正確に言うならば、地球に大きな影響を与えるモノを討つ防衛装置。善も悪も関係なく、ただ中庸に立ち討つべきモノを討つ――――それが英雄の役割なのだ。
「それにしても英雄なんて大仰な名前だよな」
「常に悪を討つのが英雄という訳ではないからな。英雄だって元は人なんだ。間違いくらい起こす。それに善か悪かなどくだらない話だしな」
「それじゃあなんで英雄なんだよ?別に呼び方ぐらい他にも色々あると思うんだけど」
「そりゃあ簡単な話さ。英雄が常に悪を討つとは限らないが――――化け物を殺すのは何時だって英雄なんだよ」
そう言った時のセイの顔は誇らしげでありながらも、どこか寂しそうな色を出していたのだった。だが、それも当たり前な話と言えるだろう。
何故なら、セイが言ったとおり英雄は生体型対魔王兵器と称しても遜色ない存在だからだ。ならば、魔の象徴たる魔王の候補であるアラタと戦う日は必ずやってくる。自らの使命を果たすために動いている英雄が、アラタと戦わないという選択を取る事はない。そう確信している。
そもそも、英雄はそういう事態の為に用意されたカウンター兵器。地球という惑星存在に大きな影響を与える存在を討つためだけに存在する。たとえその過程でその惑星に生きる生物がどれほど死のうとも関係ない。
何故なら、惑星にとって生物などというモノは刹那に等しいのだから――――
「まったく……今度暴走すれば本当に消し去りますからね。あなたもですよ、ユイさん」
「分かってるよ、ミラちゃん」
「それなら結構です。先輩もそんなところで休んでいないで運動した方が良いのでは?」
「ミラは真面目だな。確かに魔道士にだって体力は必要だけど、必要以上に持つ必要はないんだぜ?なぁ、アキオ」
「ま、セイの言うことにも一理あるんだよな。体力は魔道の基礎だけど、別にそれだけじゃないからな」
そうしてガヤガヤと騒いでいると、カメラを構えたセリナが現れた。なにか震えていたのでどうかしたのかと思っていると――――
「こ、これは……トリニティセブンによるアラタさんとセイさんの争奪戦!?」
「何っ!俺とセイの争奪戦だと!?」
「ノリノリだな、アラタ。俺は早速頭が痛い……」
セリナの言葉にアラタは若干昂揚しながら立ち上がり、セイはため息を吐きながら額を抑えた。そんな集団になっているアラタたちのところにリリスが現れた。
「皆さん、何をしているんです?体力は魔道の基礎なんですよ?さぼらないでください」
「うむ、どうやら俺たちの争奪戦が起きるらしい」
「起こりません!まったくもう……」
リリスもため息を吐いていると、レヴィが立ち上がった。
「ここで一回、どっちが上か調べてみるのも良いッスね」
「え?」
「ああ、確かに。前々から気になってたんだよな。どっちの方が強いのかさ」
「え?え?」
動揺するリリスをよそにレヴィとアキオはメイガスモードを起動させた。
「『
「『
レヴィとアキオが魔道を展開すると、今度はアリンが立ち上がった。セイは頭痛がひどくなったのか、ため息がもっと深くなっていた。
「『
「おお!レヴィさんの
「え?私はそんな……」
「元々、先生のその揺れまくる胸が旦那様を欲情させた所為なのよ」
「え、ええっ!?」
胸を抑えながらたじろぐリリスに、セイはそれ逆効果だろ……と思っていた。そして今度はユイが立ち上がったのを見て何も言わなくなった。有り体に言うと、諦めた。
「ふふん、皆がその気ならユイもやっちゃうよ!アラタお兄さんはともかく、セイお兄ちゃんは譲りたくないもん!
『
「おお、誰も見たことがないユイさんのメイガスモード!それに
写真を取りながら興奮気味にそう言うセリナを見たアラタはリリスとセイに訊いた。
「そんなに凄いのか?」
「凄いぞ。ユイの魔力は
「はい。しかし、こんな場所で使われたら……」
「 『
その場をユイの大魔力が支配し、例外を除き誰も抵抗しきれずに眠りに落ちた。例外は魔術を弾いたミラとセイ、そして膨大な魔力故にかからなかったアラタと術者のユイだけだった。
「はぁ……まったく、面倒な事だ」
展開していた魔導書を仕舞い、メイガスモードを解除した。そして周りを見渡そうとした瞬間、後ろから何かがぶつかってきたような衝撃を受けた。
「こら、ユイ。そんなに簡単に大魔力を使うなって言っただろ?」
「てへへ。ごめんなさい」
「反省の色がまったく見えないんだが……」
ため息を吐いたセイと嬉しそうにくっついているユイを見ながら、アラタは首を傾げた。そしてすぐ傍にいたミラに話しかけた。
「なあ、セイとユイってなんであんなに仲良いんだ?別に兄妹ってわけじゃないんだろ?」
「……なんで私に訊くんですか?まあ、良いですが。二人は学園長の仲介で知り合ったそうです。歳もそれほど離れていませんでしたし、すぐに仲良くなったそうです」
「そうだよ。セイお兄ちゃんはね、ユイに愛を教えてくれたんだ!」
「えっ!?セイ、お前まさか……」
「……何を勘違いしているのか知らないが、俺はユイに兄貴代わりになってやる、って言っただけだ」
「セイお兄ちゃんは学園長やレヴィちゃん以外でユイに会える人だったんだ。だから、セイお兄ちゃんの言葉は凄く嬉しかったんだ」
「……そうだったのか」
本当に嬉しそうな笑みを浮かべるユイとそんなユイに苦笑気味に付き合うセイを見ながら、アラタはそう呟いた。そんな二人を見ていると、アラタも自然と聖の事を思い出していた。
「さて、そろそろ戻ろう。ここで時間を潰すのはもったいないからな。ユイ、頼むぞ」
「は~い!」
ユイの楽しそうな掛け声と共に、現実世界に戻るのだった。